ぼっち・ざ・りたーんず!   作:百合原理主義者

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幕間:才能に狂わされた者達(1/3)

 

 

「…………ッチ」 

 

 

 差し込む日差し、閉めたはずのカーテンの僅かな隙間、そこを縫って差し込む光に目元を照らされ、彼女は目を覚ます。

 

 寝たければ寝たいだけ、起きたければ起きたいだけという自堕落な生活リズムを刻む彼女は、光を無視して布団をかぶって目をつむる。

 

 

「もう一度……」

 

 

 とても、とてもいい夢を見ていた。

 

 今となっては夢みたいなあの頃の夢

 

 普段の冷めてしまった彼女なら鼻で笑いそうな甘ったれで優しい空想

 

 

 しかし、いつもならすぐにでも寝起きの睡魔に捕らわれるはずの彼女の元に眠気は訪れない、皮肉なことにあまりの良い夢見で心と体が十分に回復しているのだと気づいた彼女は、忌々し気にベッドから這い出した。

 

 

「メール……」

 

 

 気分を切り替えるため、彼女は起きてすぐそこにあるPCへと向かう。

 

 そこでヘッドフォンをかぶり、最近気になっている音楽ジャンルから適当なものを流しながら昨日の深夜にあけたままのぬるいカフェオレを飲んだ。

 

 

「まずっ……」

 

 

 とりあえずは“本業”の方のメールを確認、いくつか送ったデモ音源に対する返信を眺めながら思案する。

 

 作りたかった音に対して協力してくれる人が何曲分かは集まった。

 

 具体的な予定を詰めるのは面倒ではあるが、各々の予定を調整するためのメールを書こうとする。

 

 しかしその直前、別のメール枠からの着信がポップアップすることで作業はさまたげられた。

 

 

「……」

 

 

 どうやらそれは“趣味”の方のメールの着信音であるらしい、いや、彼女にとってはもはや趣味ではなく、お遊戯という風に表現したほうが近いかもしれない

 

 

「阿保らしい……」

 

 

 見るのも億劫そうに開くと、そこに書いてあるのは何の中身もない文

 

 

 彼女の作った曲に対する長ったらしい賞賛と、向こうの面目のために外に引っ張りだそうとするくだらない誘いと、次の仕事の依頼だ。

 

 そのメールが何の曲に対して送られたメールかも彼女には思い出せない、ここ最近で言えば、この前作った適当な流行フレーズを繰り返した駄曲か、ふざけて作った時代遅れの悪ふざけか、それとも相手の箔付けのためにゴーストライターをやった曲か……

 

 

「最後のが一番いい出来だったっけ……、まっどうせ分からないだろうけど……」

 

 

 彼女はそういうとそのままメールを自分の代理人へ転送した後にメールを削除する。

 

 萎えた彼女はそのまますぐ横にあるベースを持ち上げようとするが、それは新たなメールの着信で遮られた。

 

 

「なんだよ……、もう……」

 

 

 メールは先ほど本文を転送したはずの代理人から、偉い人の集まりに出ろという端的なメール、彼女はそのまま見なかったことにしようとするが、直接迎えに向かっているという旨の内容が目についてしまいその端正な顔をしかめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪だ」

 

 

 しばらくした後、車に揺られながら、彼女は項垂れた。

 

 

「今回の会議にはレコード会社の役員が多く来ます。業務の継続上避けられないので諦めてください」

 

 

 億劫なせいで着替えすら途中のままで連れ出された車の中、最低限事務的な対応を崩さない運転手に、彼女が嫌味を言わないでいることは不可能だった。

 

 

「こういうのが嫌で雇ったんだよ? 適当にどうにかしてよ……、私雇用主だよ? 向こうの機嫌より私の機嫌を取らなきゃダメでしょ」

 

「ですから最大限私が対応しています。この最低限の集まりすらすっぽかされると仕事を失いますよ」

 

「へぇ、別に私は困らないからいいでしょ、いい機会じゃない?」

 

「その結果、私の仕事も自動的に失われるので非常に困ります」

 

 

 下手に踏み込んでこない、事務的な性格を気に入って雇った個人マネージャーだが失敗だったかもしれないと彼女は嘆息した。

 

 

「どうせ、出たって意味ないよ、あのおじさん達は私の作ったものが売れるかどうかが重要なんだ。予言しようか? 向こうからしたら小娘にしか過ぎない私がどんな失礼な態度を取ったって向こうはニコニコするだけだよ」

 

「はぁ……」

 

「私は金の卵の殻を産むガチョウだからね、向こうはそれでいい、卵の中身より金の殻を生む私の才能をありがたがってる。あぁ、ちゃんちゃらおかしいね」

 

「よくわかりませんがそれを言うなら金の卵では? それにその金の殻とやらを生むガチョウの才能が大切にされるのは当然でしょう、金は金なんですから」

 

「ハハッ……! そんな才能! 本物を知らないからそう言える」

 

 

 彼女は乾いた笑いを一つするとそのまま黙り込む、そして車内は沈黙を保ったまま、微妙な振動音のみが空間を満たす。

 

 マネージャーは途切れた会話を続けはせず、全く気にしていない様子で前を見ていた。

 

 そんな運転手の固く結ばれた口をバックミラー越しにみながら彼女はぽつりと呟いた。

 

 

「というか、ほぼ、寝起きで起きて着のまま出てきたんだよね、流石にこのまま行くのは恥ずかしいから帰っていい?」

 

「問題ありません」

 

「えー」

 

「貴方の美貌と才能も本物です。同じ女でも嫉妬するほどキマってます。眠たげな目元も寝癖のウェーブも向こうが殻しか気にしないなら、なおさら問題ないでしょう」

 

「くく、冗談のつもり? ちょっと言い方が気取り過ぎで恥ずかしいよ」

 

「いえ、本気です。業務上の冗談は好みません」

 

「あっ、そう」

 

 

 口で面白そうにしながらも、目が笑っていない彼女をちらりと見たマネージャーはそれ以降、車から降りるまで一切口を開くべきではないと前だけを見た。

 

 

「あのね、本物はいるよ」

 

 

 彼女の眠気が今頃来たのか、ぼんやりと窓の外に顔を向けながら、独り言のように話す。

 

 

「本物は全部が輝いているんだ。黄金なんか目じゃない」

 

 

 透明でよく通る少年のような声で一体誰に問いかけているのか、思わず理由を問いたくなるような儚げな雰囲気を醸し出す。

 

 

「目をふさいだって無駄だよ、それに関わった者は絶対に無視なんかできない」

 

 

 酷い人だと運転しながらマネージャーは思った。

 

 ここまで誘っておきながら、しかし彼女を追いかけたのならすぐに彼女は自分に暇を出すだろう、自分を雇うまでの数人はそういう末路をたどったとマネージャーは前任者から聞いている。

 

 

 

「偽物は炙りだされてメッキを剝がされるんだ」

 

 

 

 雇われマネージャーは最後までなにも答えず、見事に沈黙を守ったまま、彼女をお遊戯会へと運び込んだ。

 

 

 

 

 そして、重要な集まりだというそこで繰り広げられる光景は、全くもって彼女の言った通りになった。

 

 

 

「いやー、先生の曲の反響は素晴らしいですねぇ!」

 

「えぇ、はい、そうですね」

 

 

「次の映画にぜひ先生の作った曲をいただければ!」

 

「えぇ、はい、そうですね」

 

 

「どうでしょう? ぜひ 今度うちの者にも楽曲提供を!」

 

「えぇ、はい、そうですね」

 

 

 

 美人は得といえば聞こえはいいが、ここまで恣意的に都合よくみられると嫉妬を超えて呆れが勝ると運転手兼代理人も務めるマネージャーは思った。

 

 

 次々とくる役員たちに、微笑を湛えて一言二言

 

 それだけで口数の少なさはミステリアス、目も合わせないのは奥ゆかしさ、誰だろうと変えない態度は作家性に置き換えられているのだから、これを才能と言わずにして何を才能というのか

 

 

 結局顔出し程度の会議を”疲れてしまった”の一言で抜け出した彼女に変わり、雑務や調整をマネージャーただ一人で対応した。

 

 

「終わりました」

 

「あっ、終わった?」

 

 

 退屈そうに携帯端末を弄りながら目もむけずにいる彼女に対して、マネージャーは不機嫌そうになる心をこれは業務であるの一言で抑えながら帰りの車を準備した。

 

 

「じゃあこれと、これ、あとこれ、適当に時間空けて向こうに渡して、あとこっちは一つ目のヤツ出してなんか言って来たら二つ目のデモ渡せばいいよ、あとはいつも通り、追加の細かい条件出たらメールして」

 

 

 渡された仕事のリストに軽く目を通すと、そのまま車内で既に準備された音楽データを渡す彼女、先ほど取りつけた仕事だというのに彼女は無作為にしか見えない雑さで選んだ。

 

 

「これでそのまま通るのですから不思議です」

 

「いや、なんか映画のは泣けるエモい感じのヤツにしたし、アイドルの奴はポップなの、どっかのバンドの楽曲提供のヤツはちゃんとそれっぽい縦ノリなのにしてんじゃん」

 

 

 どうやら彼女には明確な判断基準があるらしく、それ以上、マネージャーは詳しく追及できない

 

 いやはや作曲家という職業はこれほど濡れ手で粟な職業であるのかと目と耳を疑う程であるが、そうではないことをマネージャーは痛いほど知っていた。

 

 

「帰りの途中CDショップに寄っていい?」

 

「わかりました」

 

「欲しいのがあるんだよね」

 

 

 そもそも作曲家自体が才能の世界である。

 

 しかも厄介なことに、いかに才能があろうと大成するわけでもない

 

 もしも作曲家として身を立てようとするならそれは茨の道だ。

 

 そもそも作曲家に免許など存在しない、自分がそうだといって作曲の仕事があるわけでもない

 

 

 普通ならいかに腕に覚えがあろうと芸能プロダクションや音楽事務所、制作会社などに普通の会社員のように務めて働くほうが大多数

 

 フリーランスとしてコンペに参加して依頼主から仕事を受ける方法もあるが、その場合はその才能を買いたたかれるだろう。

 

 書いた曲が大ヒットして、印税で良い生活なんて話は夢物語、大抵は買取型、つまりは楽曲そのものを買い上げられるだけがほとんどである。

 

 

「……もういいよ、車出して」

 

「手ぶらですが目当ての物はなかったんですか? ずいぶん早いですけど」

 

「私が書いた曲が流れてた。最悪だ」

 

 

 だからこそ、いま車内で天井を仰ぐ彼女がいかに怪物じみているかを知っているマネージャーは思わずにはいられない

 

 完全フリーランス、依頼主がこの人にこそとこぞって曲を依頼し、その要望に完璧に応えて、売れる曲を作り出す彼女ですら自分を偽物だと言い張る傲慢を

 

 以前、踏み込み過ぎかと思いながらも、その才能の秘訣をマネージャーは彼女に聞いたことがある。

 

 なぜそんなに売れる曲を作れるのかと

 

 

「その人たちが歌いそうで受けそうなのを今まで作ったやつから出してるだけだよ、まぁその人らしさを他人の私が書けてる時点でお話にならないんだけどね」

 

 

 それが出来る方法を作曲家に売ったらお金持ちになれますね、など、嫌いな冗談でも言わなければ耐えられないほどの寒気を覚えながら口を開くと

 

 

「あぁ、それ無駄なんだよね。才能があるなら教わる必要はないし、才能がないなら教える意味がないから」

 

 

 代理人は寒気を超えて恐怖を覚え、彼女に一歩踏み込む勇気は砕け散った。

 

 

 

 

 天才作曲家 山田リョウの付き人、それに憧れるものは多い

 

 

 その才能を生で垣間見えるとなればそれに群がる凡才達は多かった。

 

 しかも給料だって普通に作曲家をやるよりは高給、我儘は多いが普段一人で行動したがる彼女はそう手がかかるわけでもないうえに業務自体の時間も短く、休暇だって十分すぎるほど貰える。

 

 前任者は自分の作った曲を彼女に見てもらえることさえあったと聞き及んでいた。

 

 

「あー、なんか別の曲聞きたい、ラジオつけて」

 

「やめておいた方がいいですよ」

 

「いいから」

 

 

 だが、彼女の歴代のマネージャーは、そのほとんどがすぐに辞めた。

 

 彼女に踏み込み過ぎて怒りを買った数人の話ではない、それ以上にもっと多い人数が彼女の元から去ったのだ

 

 

 なぜか?

 

 それは耐え切れなかったからだ。

 

 

 

「……この曲好き?」

 

「普通です。ありふれてますね」

 

「そうそう、これ前に私が作った駄作なんだよね」

 

 

 彼女はほんの少しだけ嬉しそうに目を細めた。

 

 

「だからラジオは止めようと言ったんです」

 

「じゃあ別の曲にして」

 

 

 もちろんマネージャーは知っている。この曲は彼女が作ったものだ。

 

 それを褒めて彼女が喜ぶわけがないと分かっていたので、マネージャーはとても好きなその曲をあえてそう言い切る。

 

 

 本物を目の前にして偽物がどうなるか?

 

 そんなことわざわざ講釈を垂れて貰わなくてもマネージャーは知っている。

 

 

 マネージャーに言わせれば、目をふさいだって無駄、それに関わった者は絶対に無視なんかできない、本物は黄金なんか目じゃない程に全部が輝いているのだ。

 

 

「こっちの局のヤツはどうです?」

 

「ふーん、この曲はどう? 好き?」

 

「さっきよりは好きです。これのCD持ってます」

 

「へぇ、そうなんだ。やっぱメロディ?」

 

「えぇ、特にここの……」

 

 

「残念、これ私がゴーストでかいた奴、直接依頼されたのだったから知らなかったでしょ?」

 

 

 

 そう、そして偽物は炙りだされてメッキを剝がされる。

 

 

 

 彼女は後部座席からヘッドレストの横に顎をのせる

 

 マネージャーのすぐそこの視界の端に薄い色の肌と流れる髪が見れる。

 

 だがその目だけは見ることができなかった。

 

 

 マネージャーは鉄の意志で取り落としそうになるハンドルになんとかしがみ付くと声を絞り出した。

 

 

「…………少し……、車を、路肩……、路肩に止めても?」

 

「いいよ」

 

 

 車はゆっくりと停止する。

 

 マネージャーは締め付けてあったシートベルトを取ると、助手席にある収納ボックスからタバコとライターを取り出した。

 

 

「すこし外に出ます」

 

「いいよ、別にここでも、嫌じゃなきゃだけど」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 

 マネージャーは震えた手つきでありながら慣れたように火をつけると、タバコ咥えたまま長く息を吸い、さらに長い時間をかけて煙を吐きだした。

 

 

「自分はDTMから作曲に入りました」

 

「そうなんだ」

 

「今はそうでもないんですが、当時は風当たりが強くてですね、DTMから作曲をやるような奴は音楽理論を理解してない、安っぽい曲ばっかりだなんて馬鹿にされましたよ」

 

「まぁ、そういうのもあるね、演奏する側だったり全体を意識しない感じの」

 

「えぇそうなんです。当時は何をこなくそと腹を立ててがむしゃらに作っていましたが、やってる内にそういう言葉の本当の意味にも気づいて、遅まきながらそこでもっと勉強しなきゃなって思いましたね」

 

「あるある。私も正直昔作った曲を聞き返すと死にたくなる時あるよ」

 

「ハハッ、貴方でさえでもそうなんですね、えぇっとそれで……」

 

「勉強してから?」

 

 

 いつものマネージャーらしからぬ、饒舌さ、しかし彼女はそれを咎めずに興味深そうに話を聞いていた。

 

 

「あぁ、そうです。勉強して自分なりに色んなとこに送ってみたら、ゲームの制作会社で音楽担当として雇ってもらえるようになったんです。いやもうほんと、大学卒業して、実家に帰るかどうかって瀬戸際で……、本当にうれしかったですよ」

 

「うん、やるね」

 

「ようやく、音楽で食っていけるんだって思って、思って……、たんですけどね」

 

「会社に入れたんだし食えはしたんでしょ?」

 

「アハハ……、まぁそうです。ゲームのね、効果音とか作るんです。ピコン! とかそういうの、あっ、いま笑いましたね!? 馬鹿にしたもんじゃありませんよ、これがあるとないとじゃ出来上がりが全然違うんですから! 私は全力で取り組みましたよ!」

 

「ふっ、いやごめん真面目なのは知ってるから」

 

「いやぁ、今のはちょっと含みを感じましたよ」

 

 

 二人は見た目上は休憩中に不意に話の馬が合った同僚かのように、ただ普通に歓談を楽しむような雰囲気のまま会話に興じる。

 

 

「えぇ、はい、まぁ、そんな下積みを続けてたらですね、とうとう私もいくつか曲を任せてもらえるようになりましてね、……雪の降る町のBGM なんですけど、もう何曲も作りましたよ、社内コンペで相手は直属の上司ですけど負けてやるものかって、もう全身全霊です」

 

「おー、雪の降る町は終盤感あるね」

 

「雪の降る町の音楽って何だろう、もう、何日もそれだけを考えて作ってみて……、まぁ結局コンペに負けちゃって……、あぁ、違うんです。そんな程度であきらめませんよ! でも……」

 

「でも……?」

 

「でもムカつくのが私の作った雪の降る町の曲、主人公の故郷の町のBGMにされちゃったんですよね……」

 

「うーん、でもそれあるあるじゃない? 」

 

「いやいや! 雪の降る町ですよ! どうしてそれが故郷の町になるんですか!? もうすっかり気落ちして!」

 

「雪の降る町のBGMの切ない感じがノスタルジー感があり過ぎたとか……? 受け手がこっちの意図を理解してくれないなんてよくあるよ」

 

「まぁ……、同じようなこと、上司にも言われました。自分でもなんとか折り合いをつけてその後も頑張って続けましたよ」

 

「おぉ」

 

「実際、おっしゃる通り思い通りにはいきませんね、なんで通ったか分からないものもあれば、渾身の力作がだめだったりで、そんなのを何年も続けて、まぁ安定しました。会社勤めの作曲家なりの矜持もありましたよ、望まれるものを作るというのも、その中で自分の色を出せることに気づいたら案外達成感もあって」

 

 

 自身のことを楽しそうに語るマネージャーに暗さは感じない、本当に朴訥に自身の仕事に誇りを持っているのだと感じる誠実さがそこにはあった。

 

 

「……いや、それ、すごいね」

 

 

 彼女はその音楽に対する姿勢を素直に褒めた。

 

 そこに嘲りなどない、純粋な賞賛

 

 しかしその言葉を聞いてマネージャーは静かに俯く。

 

 

 ギリギリと歯をかみしめる音が車内に聞こえる。

 

 

 彼女は聞こえてるそれに対して表情を変えずに続きを促した。

 

 

「それで?」

 

「……そんな時にですね、会社が気合いを入れた久々の新規IP、そのテーマ曲で、外部も含めた大規模なコンペがあったんです」

 

「ふーん」

 

「こう言ってはあれですが、内部の人間なんでゲームのストーリーも知ってましたからね、がっちりハマった曲を作りましたよ、独りよがりじゃない、長年作曲に携わってこれは通るなっていう確信が私にはありました。…………で、どうなったと思います?」

 

「まぁ、話の流れ的に……、ダメだった?」

 

「えぇ、えぇ! 見事にかっさらわれました。外部の、大まかなストーリーしか知らされてない方に! もう凄いんですよその人は、完全に負けました。ただの負けじゃありません、私が全部知って全力でやることを、その人は一欠けら摘んでみただけで完璧な正解を出してきた!」

 

「……あぁ、うんそういう」

 

「もうプライドを打ち砕かれましたよ、しかも調べてみたら、そんな馬鹿みたいな曲をポンポン出すんです。人の音楽に嫉妬するなんてもう卒業したと思ってたのに、もう駄目でしたね、その人のことを無視することができなくなったんです」

 

「まぁそういうのあるよね」

 

「その人がどんな人か調べ倒して、出した音楽を全部聞いて、マネして音楽を作ってみて! いやね、もう、ここまでくると嫌いとか好きじゃないんですよ、ただもう苦しいんですよ! その人はどう足掻いても頭から出ていかないのに、ただ私は普通に作曲で食べれればいいぐらいにしか思わない平凡な作曲家にようやくなれたのに! もうその特別な人が私の中から消せないんです……!」

 

 

 息が切れた様子の彼女は、震えた手でタバコを吸いなおそうと手を持ち上げ、めいいっぱい吸い込む

 

 しかしタバコは既にマネージャーの指を焦がしていた。

 

 それでもマネージャーは震えた呼吸でタバコを吸った。

 

 

「ゴホッ……、でもね、そんな人でも作る者の苦しみからは逃れられなかった。それを知ったらなんだか諦めがつきました」

 

「なんだ、もうやめちゃうの?」

 

「あぁ、この仕事はまだ辞めませんよ、こっちも生活がかかってるんで……、でも」

 

 

 そう言って今更になって焼けた指に気づいたのか、苦笑いをしながら指をさすった。

 

 

「もう、音楽の方は諦めようと思います。続けても趣味程度ですね……、実家からもいい加減結婚しろってせっつかれてるし、まぁ今のカレシともそういう話もあって……、良い機会です。もう少し落ち着いて、そしたらこっちの仕事も引き継いで辞めますよ」

 

「フフ、それって、体のいい言い訳に人を使ってない?」

 

「えぇ、そうですよ、なにか文句が?」

 

「……いや、なんかいいね、それ、私にはもう絶対無理だから、うらやましいよ」

 

 

 今までの話を聞きながらも、彼女は申し訳なさや悪いことをしたといった後ろめたさを感じさせるような態度は微塵も見せない。

 

 その彼女の姿にマネージャーはとてつもない安心感と小憎たらしさを覚え、大きく息を吐いた。

 

 

「よくそこまで人の心を逆なで出来る言葉が言えますね、まぁそうでなくちゃ困りますが……」

 

「えー……」

 

「はい、休憩は終わりです、助かりました」

 

 

 次の瞬間にはマネージャーはいつもの無表情を張り付けると、話は終わりだといったように業務的な態度に戻る。

 

 

「次はどこへ? もう帰られますか?」

 

「ううん、いや、ちょっとこのままどこかのカフェに寄ってもらえる? 長居しても良くて人もいないとことかない?」

 

「何件か心当たりが、……しかしなにかされるんですか?」

 

 

 

「あぁ、うん、なんとなく今のマネージャーの気持ちと独白さ、曲に使えるなって」

 

 

 

 そう言ってほほ笑む彼女にマネージャーは息をのむ

 

 

「えぇ、分かりました」

 

 

 マネージャーは心底恐ろしく、理解できないものを見るような目で、それでも笑みを浮かべてアクセルを踏んだ。

 

 

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