ぼっち・ざ・りたーんず! 作:百合原理主義者
彼女は手元にある新聞記事をくしゃくしゃに纏めるとゴミ箱へ放り込む。
そして夕食の準備を終えると、すぐに実家でもあるライブハウスのスタジオでドラム練習を行った。
「なぁ、もういいんじゃないか? 確かに今はまだ整理がつかないだろうがきっと……」
「やれることはやりたいから」
今日はもう休んだほうがいい、そんな姉の助言を「練習は普段通りにやらなければ」と受け流し、彼女は今日も変わらない時間を過ごしている。
「……だめだ。全然足りない」
メトロノームに合わせて叩く基礎から実際に音源を流しての練習など、ただ淡々と彼女はリズムを叩く。
ドラムの演奏法は叩くこと、正確なリズムを叩き出すことが求められる。
だがそれは機械のように正確なだけではだめだ。
優れたドラマーとはバンドの音を支える土台
相手にギターやボーカルなどの聞かせたい音を聞かせるよう、アンテナを張り、場全体を掌握しなければならない
「……できてない」
だが彼女は自身の実力がバンドの柱足り得ないと己のスティックを握りしめながら呻いた。
「皆みたいに上手くいかないなぁ……」
才能という言葉で片付けるのは簡単だが、それを認めたくない彼女は自嘲する。
ドラムの上達は毎日の鍛錬にしかありえず、そしてその成長が劇的であることはない
彼女は9歳からドラムをはじめた。実家はライブハウス、家族もバンド活動に理解がある。
自分が音楽をするうえでどれほど恵まれた環境にいるか、彼女は自覚していた。
「へたくそ、何年ドラムやってんだよ……」
だがそれでもあのメンバーの中で、誰が劣っているかと言えば、楽器の差はあれど、それは自分だったと彼女は確信を持って言うだろう。
驚異的な集中力でのめり込むベース、初めは初心者だったというのにどんどん何かを掴み上達していくボーカル、……そしてギター
彼女は才能という陳腐な言葉に納得したくない、だけども一歩一歩積み重ねていくしかない彼女のドラムの技術と、凄まじいスピードで進化していくメンバー達の距離にそれ以外の適切な言葉が彼女には思いつかなかった。
自分が特別な技術で彼女たちを支えることはない。
その現実に直面した時、彼女のとった行動は非常に現実的で地道な選択であった。
自分に奇跡を起こす才能、不可能を可能にする才がないなら自分にも可能なことを全てやるしかない
彼女は演奏技術が劣っているなら、それ以外で補おうと奮起した。
皆がそれぞれのことに集中できるように手を回し、活動を邪魔する外部の動きを誰よりも早く察知して矢面に立つ。
困難な挑戦に勝ち目を作るのが彼女の仲間達なら、彼女は徹底して負け目を潰して回った。
それがバンドリーダーである自身の役目だと彼女自身は自負していたし、実際に上手く行っているとあの頃の彼女は思っていたのだ。
がむしゃらに目立とうとライブや告知を行い、レーベルに勧誘され、そこから地道にファンを増やし、メジャーに挑戦し、業界からメンバーを守り、一躍世間に認知されるようになって……
そして失敗した。
公平に見れば失敗の原因はそれこそ各人にあっただろう、誰もに責任があった。
いやあるいは、誰も悪くなかったのだと彼女の姉ならそう諭すだろう。
しかし失敗の原因はそれぞれにあったとしても、その責任は明らかだと彼女は分かっていた。
つまりはあの中で一人、たった一人だけ自身の役割をこなせなかった者がいたのだと彼女はいつも考える。
しかしどういうわけか、皆の中で役割を果たせなかった者の願いだけが叶えられた。
彼女の大好きなライブハウスは、彼女たちの末路と関係なく、いやむしろその最期から注目を集め“あのバンド”を輩出したライブハウス、そんな箔がつき店の名は売れて賑わった。
だから、今自分がやっているこれらは頑張りの内に入らず、今日も誰が戻ってくるわけでもないこの場所を飾り付けて守り続けるのは当然の責務であると、そう彼女は思っている。
「そうだ、諦めるな別の方法を探せ……、こんどこそ間違えるな……」
時刻は午前二時
明日も誰も来ないことを知っていた彼女の夜は更けていった。
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20〇△年 ★☆新聞 抜粋
『バンドは誰のもの? 現メンバーと脱退メンバー争う構え 争点はどこに?』
事の発端となったバンドである「結束バンド」は20〇〇年に東京下北沢で結成された人気ロックバンド。近年、映画『〇〇』の主題歌として大ヒットした「――――」や「――――」など、数々のヒット曲を打ち出した彼女達結束バンドは20××年に音楽性の違いにより電撃解散したことは記憶に新しい。
事務所に一人残る選択を取ったギターの■■氏、彼女自身の活動名義であるギターヒーローを芸名としてしばらく活動を続けた後、20〇△年に突如結束バンドの新盤発表と再結成が決まったと□□事務所からの発表があった。これによりかつてのファン達を沸かせたが、ここに元メンバーであったドラムの●●●氏より待ったがかかる。
なんとこの結束バンドの再結成、かつての主要メンバーからは■■氏ひとりのみ、それ以外は新メンバーが占めている。旧メンバーの●●●氏はこの再結成に対しバンド名の使用を止めるように訴えるが、□□事務所側はグループ名に関するパブリシティ権は事務所側にあると争う構えだ。
バンド名の帰属をめぐる本件は、一体誰にバンド名の権利があるかについてが争点と見られ、知的財産権に詳しい××弁護士は……
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「…………んぅ」
朝日が昇る直前の薄暗い部屋の中で、彼女は目を開き目覚まし時計が鳴る直前に止め、静かにベットから起き上がる。
規則的に朝の準備を行うが、流石に連日の疲れで頭は回っていない、それでも習慣とは恐ろしいもので、彼女はほぼ無意識のまま朝食の準備をこなしていく。
彼女はそこでようやく、今日見た夢についてふと思い出した。
今となっては夢みたいなあの頃の夢
「だめでしょ、こんな甘えた夢なんかみちゃ……」
夢は潜在的な欲望を表すといわれるが、彼女はその夢を自分の弱さと自身を戒め、濃いめのインスタントコーヒーを一気に飲み下した。
「おねぇちゃん、行ってきます」
身だしなみを整えながら、早く取り掛かりたい仕事を思い出し、彼女は自身の姉に一声かけてそのまま、立ち上げたレーベルの事務所へと向かう。
「おはようございます」
まだ薄暗い事務所の電気をつけ、彼女は誰もいない事務所で一人声を出す。
着いた場所は下北沢に近い貸しビルの3階、彼女にとって多少の見栄もあったが、人を雇うにあたって必要な活動拠点だと割り切って借りた事務所は、なんとかギリギリ収支の方は割らずにここまでやってきている。
彼女は初めに事務所で軽く掃き掃除をしてから、一応はこのレーベルの社長であるため、奥の方においてある少しだけマシな作りの自分のデスクに座った。
仕事は多岐に渡り、やるべきことは多い、時間はあればあるほど使い込める。
そんな風に彼女が先々の仕事を詰めていけば次第に空は明るくなり、事務所に社員も出社してくる時間となっていた。
「早いですね社長」
「今日は新しい子がウチに来るかもしれない日でしょ? 張り切ってやらないとね!」
「ははぁ、流石ですね、またスターリーで目をつけていた子たちでしたっけ? いやあそこもレベルが高いライブハウスですよね」
「そうそう、あの子達、きっとこれから上がってくると思うんだよね、入ってくれるといいけど」
「正直、私はちょーっと地味かなぁ、なんて思いましたが……、我がレーベルの誇る社長の先見の明を信じますよ!」
「あはは、そんなもんじゃないよ、なんとなく気になった子たちに声をかけてるだけ」
今年で28とは思えない朗らかな笑みを浮かべる若社長を見て、社員たちは癒されながらも尊敬の眼差しを向ける。
元メジャーアーティスト、現インディーズ・レーベル社長の伊地知虹夏
レーベルとしての音楽の傾向はロックバンドを中心としながらも社長自らの手広い勧誘により、幅広い音楽を提供している。
そんな彼女の会社は今最も勢いのあるインディーズ・レーベルとして業界で話題となっていた。
レーベルの色としてポップスに迎合しないロックバンドや独自路線を貫くグループなど多くの個性的なアーティストが所属しており、そこから出される音楽はこだわりを持ちながらも柔軟に今の音楽的流行も抑えて人気が高い作品が多くある。
その所属アーティスト達の中にはメジャーデビューを打診される程の人気と集客を持つ者すら複数所属しており、その存在感を確実に音楽シーンに食い込ませていた。
会社としては給料はそこそこだが、社長の気さくな性格もあり社内の雰囲気は良好、仕事は楽ではないがやりがいだけは尽きない、社員達は概ねこの会社に対して充足感をもって働いていた。
「そうはいっても、メジャーを蹴ってインディーズに残ってくれたのは社長に恩があるからだって皆口を揃えて言ってましたよ」
「うーん、私が好きにやってる趣味のレーベルみたいなもんだから、気にしないでいいのに」
彼女は自身のことを誇るような人柄ではないが、社員達にとっては違った。
このレーベルは彼女の才覚によって成り立っていると皆が思っている。
そもそもレーベルなんてものは今から私たちはレーベルを立ち上げますと言えばそれで立ち上げられるような軽い存在。
それこそ自分のバンドしか所属していないようなレーベルがほとんどを占めているのがインディーズレーベルの実態だ。
そんな中で彼女のレーベルが飛びぬけた理由は、過去の経歴から音源作成、グッズ作成、流通、広告、ストリーミング、イベント、これらに関するコネと経験、そして社長の経理技能や人柄、……ではない
もちろんそれらも必要であるが、彼女のレーベルの真の強さは別にある。
レーベルの実力とは所属している中身であり、つまるところ所属アーティストの質である。
個人で音楽を発信できる今の時代で、光るものがあれば声をかけるかはともかくその音楽をすでに誰かがチェックしているのが生き馬の目を抜くこの業界だ。
そんな中で、個人レベルのレーベルが出来ることと言ったら、ダイヤモンドの原石を幸運にも掘り当てるか、まだ芽の出ていないアーティストに声をかけて育て上げていかなければいけない。
つまり、いまだ誰にも見つかっていない才能の発掘、そしてそれを育て上げる力がインディーズ・レーベルには求められる。
そして、彼女はアーティストの発掘と育成に関して卓越した才覚を有していた。
「社長のお眼鏡にかなったバンド、楽しみですね」
「どうやら契約には慎重な様子でね、今日中に上手く行くといいんだけど……」
「いや、社長なら心配ないでしょう」
社員達は彼女の心配を笑い飛ばすとそれぞれの仕事に戻った。
「……その、俺たちのバンドに声をかけてくださってありがとうございます」
しばらく時が経ち、この事務所にギター、ベース、ドラムのオーソドックスなスリーピースバンドが来客として訪れた。
目の前の来客用ソファにあまりに浅く腰を掛けている彼らをみて緊張を感じ取った彼女は、あまり固くならずに穏やかな口調を心がけてあいさつをする。
「今日はこちらから是非という話ですから、よろしくお願いしますね」
彼女は笑顔で細めた目のまま、彼らを一瞥する。
このチャンスを掴みたいと思いながらも警戒心を露わにしているギター
緊張しているのか腕を組みながら神経質そうに貧乏揺すりをするドラム
おっとりとした雰囲気だが他の二人の姿を心配し交互に見ているベース
届け出上のリーダーは意外にもベースの女性、おそらく音楽面と活動面、実際のリーダーがそれぞれ別なパターンなのだろうかと彼女はあたりをつけた。
彼女はまず、無難にリーダーであるベーシストへ話を振る。
「皆さんのバンド、うちのスターリーで聞いた時から気になってて、いい演奏してましたね」
「あ、ありがとうございます……、でも私達、そこそこバンドやってますが、未だに目立ってないですし……」
自信なさげに話すベーシストに対して彼女はにこりと微笑む。
「そうかなぁ……、集客と実力は単純に比例しないからね、正直4ピースや5ピースよりよく考えていて、いい意味ですごく詰まってる音楽するなって驚いたけど」
「えっ、あの……」
「正直たった3人だけでシンプルだけどあそこまで聞かせる曲を作るバンド、私としては見過ごせないね」
「そ、そんな風に思っていただけるなんて、嬉しいです!」
「まぁ、うん、そりゃそう思われなきゃ僕たち呼ばれないわけだから、喜ぶようなことでもないかな」
褒めごろされたベーシストは照れながら頭を搔く、横にいたドラマーも褒められて当然という態度を取りながらもほんの少し鼻の穴が膨らんだ。
離れた場所で聞いていた社員の一人は、よくそんなにスラスラと褒め言葉が出てくるものだと感心していたが、彼女は全く別のことを考えていた。
楽曲を褒めていた時の反応から、なんとなくではあるがこのバンドの楽曲担当がドラムであることを彼女は理解する。
「その……、確かに僕たちの音楽を良く聞いてくれたのは分かりました」
ドラマーがひかえ目に手を上げたその瞬間、彼女は上げられたその利き手を軽く見て逡巡した。
手のタコの形状からギター、ピアノも一通りやっている可能性あり、服装は無頓着そうなラフな格好でありながら芳香剤の香り、丁寧にアイロンもかけてある。
女性、あるいは親にしてもらっている、おそらく家は裕福で音楽的な素養がある確率が高い。
彼女自身の境遇を棚に上げるようではあるが、ドラマーは金銭と音楽への理解があるような余裕のある家庭であることが望ましい、今回の場合は作曲もドラマーの担当となると幼いころから音楽に触れている可能性が高いと彼女は考えた。
「僕たちは確かにバンドで食っていけるようになりたい、でもそれ以上に僕たちは僕たちの音楽で勝負したいんです」
「というと?」
「曲のクオリティも演奏技術も低くて、SNSで目立つことをしているだけで注目を浴びているようなバンドは嫌なんです」
「まぁ、今の時代そういうバンドが売れてるのは否定できないけどね」
ここで、他の二人を彼女は確認
ギターの彼はドラマーの言い分に一瞬目をそらし、ベースの彼女は心配そうに二人を見ている。
ドラマーの彼に対して、ギターの彼はそこまで裕福には見えない、あえて外見上分かる説明を省けば、彼女自身覚えのある貧乏バンドマンそのものだ。
「……ただ刺激的なだけの歌詞やパフォーマンスとか、派手な女遊びの私生活を演出するとか、それっぽいコードを綴ってるだけのメロディをやるようなのは僕たちの音楽じゃない、そんな余分なところじゃない、音楽で僕たちは勝負したいんです」
ドラムからの強い意志を感じる視線に、彼女は一切の目をそらさず、ただ安心してほしいと語り掛けるかのような微笑みを浮かべながら、しかし意識の方向は横の二人、特にギタリストの表情に集中していた。
売れることより自分たちの音楽をしたいというドラマーに対し、なにか言いたげで複雑そうな顔をしながらも、ギタリストの彼は一応は頷いていた。
わずかな不和の香りを感じ取りながら、このバンドの価値を再計算しなおす。
バンド内に対立があるということはレーベルを運営する彼女にとっては損切りまで考えるマイナスポイントだ。
どんなに腕がよくても、どんなにレーベル側が盛り立てようとしても、全員一丸で売れようとするバンドのパワー自体なければかけた労力に対するリターンは望めないと普段の彼女なら考えていた。
「うちのレーベルの方針としては“アーティスト第一だからね!」
だが、今回に関してはバンド内不和の理由におおよその見当がついたため、彼女はそのまま話を続ける。
「”君たちの望まない売り出し方”は絶対にしないと約束するよ」
おそらく彼らの小さなプライドは一度売れて、お金とファンがついてしまえば容易に客の望む方向へ流せると彼女は算段を立てた。
誠実そうな顔と裏腹に、望まない売り出し方をいつの間にか望ませるようにするのは簡単にできるので問題はないだろうと、彼女は過去にやってきた経験から結論付ける。
「……ありがとうございます。まぁこのレーベルがそういうポップスに迎合しない所だって聞いて話だけは聞こうってなったんです」
「別にそれも縛ってないけど、君たちらしさが大切なんだからね」
彼女の本心をひた隠しにした言葉はドラマーの心を揺らしたようで、すこしだけ安心した様子がうかがえる。
だがこの時、彼女の脳内ではこのバンドにどこまでベットすべきかを冷徹に考え終えていた。
彼女が必要としているのはレーベルにとって良いバンドである。
それは良い音楽を生み出せるかよりは会社のプロデュースを理解した上で客に意識を向けられる。売れるための努力を続けられるバンドというのが正解に近い
彼女のレーベルは商業主義にこびない音楽を出しているレーベルだと世間に思われているが、彼女の脳内での認識は全く違う。
彼女に言わせれば、所詮は流れに逆らうことも流れの中でしかない、主流に乗れない人々という二番目に大きな市場を狙って稼いでいるのだからこれを商業主義と言わずなんというのだろうかとさえ彼女は考えていた。
「……僕からいうことはもう特に何もないです。」
満足した様子のドラマーはどっかりとソファに背を預けた。
彼女がそれを見てどうやら契約には一応乗り気であることを確認したと同時……
「おい、お前ら、あんまり浮かれすぎんなよ」
そんな様子のバンドメンバー達を見て、ギタリストは気を張らせた刺々しい声を上げる。
「まだ具体的な話を俺たちは一つもしてないんだ。気を抜くもんじゃないだろ」
「し、失礼なこと言っちゃダメだよ!」
「あはは、いいよいいよ、気にしてないから」
金銭関係に対して関心が強く契約の話を熱心に聞いているのに、無駄に警戒感は高い、その態度にチグハグ感を感じ、彼女はそれとなく確認するために一旦ギタリストの話を静かに聞く。
「褒められただけで相手のペースに乗せられちゃダメだろ」
ベーシストに対して諫めるように口を尖らしているが、自分にも言い聞かせるように話しているなと彼女は感じた。
さらにギタリストは、ドラマーにも目を向ける。
「おまえもだ。自由に音楽をさせるって言われてもインディーズ・レーベルの強みなんて、そもそもがアーティストが自由にやれることだろうが」
「まぁ……、そうだが……」
ギタリストの彼は深呼吸をすると、警戒心を露わにしながら彼女に切り込んだ。
「……詐欺まがいのレーベルだってあるんだ。気を抜くな」
「そ、その言い方は失礼すぎるよ!」
「そうだぞ」
「忘れたのか? 口約束なんて約束の内にも入らねぇよ!」
彼女は攻撃的な態度を見て動揺することもなく、むしろ違和感が氷解していく安心感すら覚えていた。
おそらく過去に契約がらみのトラブル経験あり、それで契約には乗り気だが妙に警戒心が強いのだろうと彼女は予想した。
三人のやり取りを眺めた彼女は、どう話せば相手に響くかをまとめてから口を開く。
「うーん、よくそういう宣材写真代のお金を何割か出させたり、無理に大きな箱にブッキングして負担しろとか……、そういうレーベルもあるね」
「そうだ、だからアンタらもそういう……」
「でもね、そういうバンドを食い物にしてるようなレーベル、私は嫌いです」
今までの優し気な口調から、相手の言葉を遮るはっきりとした口調に皆の意識が強制的に彼女へ集めさせられる。
「確かに、君が心配するように不平等な契約を飲ませるところはたくさんある」
「あぁ……、そうだ」
「正直私は所属アーティストにお金を出させるような場所はみんな悪徳レーベルだと思ってるから、ウチは絶対にそういうのはしないよ」
「……そ、そりゃ、それが本当にそうなら嬉しいが……」
彼女は素直に金銭的な不安を払拭させるためにそう伝えるとギタリストは安心を何とかこらえたようなしかめ面を見せる。
「うん、慎重なのはいいことだよ、きっと皆のために気を張ってくれたんでしょ、私はそういう責任感を持てる人は偉いと思うな」
「うっ……」
「だからこそ今日は契約について、お互い納得できるまで話し合いましょう、私は君たちの才能が見たい、……だから何日だって話し合うつもりだよ」
彼らにどう取り入り、どう売り出すか考えながら彼女は微笑む。
ほんの少しだけ表情を緩めるギターの姿を見て、どうやら契約は今日中に終えられるかもしれないと彼女は予感していた。
「よかったぁ、無事に話がまとまりそうで!」
こうして、彼女のいつものように忙しない一日が終わる
結局は今日の話し合いだけで契約の同意まで取れてしまっていた。
「社長の手腕には惚れ惚れしますね、最初はあんなに距離があったのに、最後はみんな社長に前のめりでしたよ」
「肝心なのはこれからだよ!」
そう彼女は本心を取り繕いながら虚像を作る。
前向きに自身のやりたいことに向かって突き進むエネルギー溢れた若社長
なんてことはない、彼女にとってそれらは全て手段でしかない
スターリーを有名な場所にするという個人の夢のために、手の中で自由に動かせるバンドを売れるようにしているに過ぎないのだ。
彼らに対する情はあるが、それ以上にその情を使ってコントロールする自分に彼女は慣れてしまっていた。
彼らは自分の音楽が実力で売れたと気持ちよく思って、気持ちよく音楽を続けていればそれでいいとすら彼女は考える。
なぜならそのおかげで彼女のもう一つの夢を願い続けることをやめないでいられるからだ。
だからこそ、もう一つの目的のためレーベルを立ち上げ、彼女は自身の思い通りになる手駒を集めた。
今一つで燻っており、彼女が押し上げて売れば恩を感じるような手ごろなバンドを探し出し、勧誘する。
そしてそのバンドのボトルネックを見定め、介入してより売りやすい形に揃えてから世に出し、人気とファンを得させて、より彼女自身への依存を深めさせる。
当然そこまでいけばメジャーへの引き抜きもあったが、彼女の計画のため、自主的に話を蹴るように誘導した。
会社として利益などは最低限にしてアーティストを重視すれば規模は小さいといえども、売り上げの吸われるメジャーより丸まるバンドの懐へ直接おさまるインディーズの方が実入りは大きい、またメジャーを敬遠するアングラな気風をレーベルとしてあえて醸し出すことで、アーティスト達を囲っている。
こうして所属アーティスト達は皆、一から見い出した彼女へ全幅の信頼を寄せ、欠けることなく彼女の手元に揃っているのだ。
「やれることは全部やっていくからね?」
いつかの約束を守るために、その挑戦への道を途切れさせないためにやれることは全てやる。
吐かれたあまりに重い言葉は、彼女の明るい笑顔につれられて音は軽くなり、誰にも気づかれることはなかった。