ぼっち・ざ・りたーんず! 作:百合原理主義者
とにかく彼女は疲れていた。
身から出た錆と言えばそれまでだが、ここ最近の仕事に求められている自身のキャラクターに変化があったからだ。
以前、仕事をした時に出た番組で演奏してみせた下手なギター
あれが世間に妙に受けてしまい、いくつかの番組への出演依頼は増え、それに伴い、そういった役割を求められるようになってしまっていた。
「喜多さん、AとB、どちらかが1万円の安物エレキギター、そしてもう一方が100万円のハイエンドエレキギター! さぁどっち!」
「えぇ……! まぁはい、そりゃそのくらいわかりますよ……! ぷ、プロですから……!!」
「めっちゃ声が震えとるやん!!」
スタジオから笑い声が響く。
「今回、公平を期すため、演奏者は同じ方です。では一つ目、どうぞ!」
彼女もあれから何本ものギターを触ってみたが、結局はそこそこの価格帯であれば、あとは音の好みだと考えるようになった。
たとえば繊細な音を自由に出せる100万のストラトがあったとしても、 パワフルな音がする3万のレスポールの方が好きでもおかしくはないし、どちらも腕があればその垣根を越えて自由に音は作れる。
「ふむふむ、なるほどぉ……、はいはい! いいですねぇ!!」
「ははは、ほんまにわかってるのか?」
流石に1万円台の超低価格帯となれば音のノイズを拾ったり、こもった風に聞こえるのはしょうがない、とはいえそれを感じさせないように高音のビブラート、低音の速弾きなど奏者の技量の高さに彼女は感心する。
そうはいってもそもそも最初に彼女に見せられたギターが形だけストラトキャスターに寄せたシングルコイルの安価なギター、一方がこれぞといったハムバッカーのギブソンレスポールだったので流石にこれは問題としてどうなのかとも彼女は思ってしまう。
「では次はBのギターを聞いてみましょう!」
ギターが音の鳴る仕組みとはつまり金属製の弦の振動があり、それを電気信号に変えるピックアップと呼ばれるコイルを通してスピーカーに出力される。
シングルコイルとはそのピックアップが一つ、ハムバッカーはそれを二つ並べたもので減の振動をより多く拾うのだから当然音の質が大きく変わる。
例え安価なギターが同じ百万のストラトキャスターでも問題としては成り立たないだろう。
「あれ? こっちもめっちゃ良い音出しますね」
「わははは、やっぱりわかっとらんやん!」
ハムバッカー特有の太い音、高音域が丸く膨らんだギターの良さを引き出す技量に彼女は舌を巻いた。
先ほどのノイズを拾いやすいシングルコイル、そのキレのある音を十二分に引き出したAの演奏を聞いて、普段はこっちの方をメインに引いているかと思えば、ハムバッカーの方も全く引けを取らないほど巧みに良い音を出している。
「いや、これ、ほんとに分かりません……、Bもすごくいいんですけど……、Aも様になってたし……」
出演者の笑い声を聞きながら彼女は悩みに悩みぬき答えを出した。
「Aです!! Aの方がカッティングのキレがずば抜けてました! これは間違えなくAです!」
「では実演してもらいましょう!! どうぞ!!」
そうして答え合わせで出るAの一万円のギターとBの100万円のギター
その演奏者は絶賛売り出し中である彼女の事務所の後輩だった。
いつかの番組で一緒になった時にいつも持っていたギターはたしかフェンダー・ストラトキャスターだったように覚えている。
笑いに包まれるスタジオ
「えぇ!! いや! もう一回! もう一回やらせてください! 私一応ミュージシャンだったんですよ!」
「アハハハハ! 自信満々で間違え取るやん!」
「えー演奏にご協力していただいたのは同じ事務所でロックアイドルをされている――さんでした」
「えぇ、それは当てんとかわいそうやろ、なぁ――ちゃん!!」
タレントの一人がそう声をかけるが、そんな中で少女と言ってもいいほど年若い彼女の後輩が暗い顔をしたまま黙り込んでいる。
一瞬の沈黙の間を察知した彼女は直ぐに頭を巡らして口を開いた。
「いや、はい、その……、前も似たような番組で私のギターを聞いたんですけど、その日からどんどん私を見る目が冷ややかになっているんです……」
「後輩に見下されとるやん!!」
再度、皆がどっと笑いだしたのをみて、彼女の後輩は顔を歪めるが、その顔でさらに笑いが起き、番組は滞りなく盛り上がり進行していった。
マルチタレント喜多郁代
現場からの評価が高く、その嫌みのない礼儀正しい性格でどんな現場にもフィットし、明るく少し抜けたキャラはお茶の間に不快感を与えないタレントとして仕事の幅はさらに増えている。
人気タレントと言っても差し支えない人物だ。
「はぁ……、疲れたなぁ……」
自宅で彼女はそう独り言をこぼす。
過去の自分を踏みにじるようなテレビのキャラクター、しかし世間はそういった彼女を求めている。
少し前のカラオケの得点を競うような番組では自身の過去の歌を歌って70点を出すような脚本を渡された時すらあった。
彼女はとても疲れていた。
「……これじゃあ練習の時間が取れないじゃない」
そう、だがそれは彼女が誰かを演じている、世間にどう見られているかなどでは全くない
そんなものは彼女にとっては“どうでもいい”のだ。
世間の求めるキャラクターと実際の自分のズレ?
好きに思えばいいだろう、どう思われようと彼女がどう思うかは関係ない
美しかった過去が踏みにじられてるような現状?
勝手に笑えばいいだろう、そんなプライドは彼女にとって何の価値もない
使い勝手のいい置物のように扱われる今の環境?
かまわない、そんなことでこちらを重用するなら都合がいいと思うほどだ
彼女にとって重要なのはこの欲望が渦巻く芸能界という場所はある種の力との繋がりを得やすいからいるだけであった。
それは例えば影響力といった目に見えない力
絶対に世に忘れさせてなんかやるものか
その一心で彼女はこの芸能界で生きていた。
「でも最近仕事が増えすぎ……」
そうぼやきながら彼女はいつものように自宅に備え付けられた音響室へと入っていく
室内を照らすのは、まるで夕日のような暖色が過ぎるサンセットライト、置いてある家具は向かい合うように置かれた椅子が二つだけ
そう、まるでいつかのどこかのような小さな部屋
とにかく集中できる環境をと考えてできたのがこれだと思うと彼女も自分の執着心に呆れて苦笑する。
「……理想は毎日時6時間以上なんだけどね」
こうして今日も彼女はいつも通りの日々を送った。
目が覚めた時、頭の奥のしびれと共に、じんわりと満たされるような温かさが胸に去来する。
今となっては夢みたいなあの頃の夢
起きてすぐにそのあまりにやさしい夢は現実に溶かされ、記憶の輪郭は崩れてゆく
「……絶対わすれてあげるもんですか」
疲れや疲労は意思でねじ伏せ、彼女はベッドから身を起こした。
そんな風に家を出るころには完璧に何時もの明るい“喜多郁代”へと変貌した彼女は事務所へと向かう。
今日の仕事は午前のラジオ収録だけで終わる予定であったため、余力を残してその仕事を終えると事務所へとんぼ返り、すぐに帰ってギターに触れようとするが、そこで彼女は足止めを食らう。
「すっ!すいま゛っ!!」
いつかの彼女の後輩、事務所でばったり会ったその少女は彼女を見るなり盛大に舌を噛むと、目の前から脱兎のごとく去っていった。
意味不明、近くにいたマネージャーはポカンと口を開いたまま目を丸くしていた。
「えっ、あぁ、うん、それじゃあ喜多さんお疲れ様ね」
「はい、お疲れ様です!」
何事もなかったかのように無視を決め込んだマネージャー、彼女もあとは家に帰るだけである。
「なにか私に言いたいことがあるかもしれないのでちょっと追いかけてみますね」
「いや、本当に面倒見良いね喜多さん……」
そんな言葉を微妙な笑みで返して彼女は、なんとなくああいう子が行きそうな所に心当たりがあるのか歩き出した。
こうして恐らく日差しを避けた敷地内、かつ一番冷えて湿っていた事務所の水分振りまく室外機の脇で彼女は少女を見つけた。
そんな少女をやや強引にランチに連れ出し、改めて話を聞こうと彼女は画策したのだが
「き、喜多先輩は本当はすごいんです!」
「えっ、うん、ありがとう、嬉しいわ!」
フォークの上に乗ったパスタが口に運ばれる直前、ようやく話した少女の第一声に彼女はひどく困惑していた。
何故か目の前の少女は彼女を慕っていた。
確かに同じ事務所、テレビ慣れしないこの少女と何回か仕事をして、そっちの関係でフォローもしたことがある。
少女は今売り出し中のロック系アイドルグループ、そのセンターでギターボーカル、昔の自分に重なる経歴であり、多少の同族意識が芽生えやすいこともあるだろう。
しかし向こうは一言もしゃべらないまま料理が運ばれ、仕方がないので食べようかと料理に手を付けた瞬間に発した第一声に多少の動揺を彼女は隠せない。
「あっ、す、すいません、大声出しちゃって……」
「ふふ、いいわよ、私も無理に誘って萎縮させちゃってたかなって心配だったの」
「そ、そんなことないです……、せっかくの昼上がりなのに私なんか誘ってもらって……」
しかし、実際チラチラとこちらの顔を見て、照れている様子の彼女を見て、ここまで懐かれるようなことをしたのだろうかと彼女は疑問に思わずにはいられない。
「なにか、思い悩んでる様子が気になってたの、最近忙しそうだし大丈夫かなってね、だから元気ならそれでいいわ!」
「……っ!!」
少女が顔を紅潮させながらヘッドバンキングのごとく縦に頭を振る。
円滑な業務のため会社の同僚とコミュニケーションを取るぐらいの気持ちで誘った彼女であったが、その挙動不審さを見てなんというかテレビに向いていない子だなと失礼ながらにも彼女は思った。
「えっと、それでなんだっけ? 悩みと思ったら私に言いたいことがあったのね? えーっと……」
「き、喜多先輩はすごいんです!」
「うん、ありがとう」
「きゅ、急にすみません……」
そして巻き戻る会話、彼女はそのやり取りに苦笑いを浮かべながら、今度はさらにゆっくりと話を促した。
「そんな風に思ってくれて嬉しいわ、でもわざわざ私を褒めたくてというだけじゃない雰囲気だったけど……」
「あの、その……」
口をまごつかせる少女が話し始めるのを彼女は辛抱強く待った。
「その、私……、結束バンドの……、というより……、喜多先輩のファンだったんです!」
「えっ! そうなの! 私嬉しいわ!」
その声に喜色満面の笑みを浮かべる彼女、それは完璧な笑顔であった。
彼女は時々、今でもこういうファンに会う時がある。
もう慣れた彼女はここで自分の陰りを見せない方法を熟知していた。
「もうそっちの方を離れて久しいから、まだ覚えている人がいてうれしいわ!」
世間一般ではもう済んだことにいちいち表情を歪ませるのは違和だ。
穏やかな流れにそぐわない異物、だから何も気にしていないといった風を装うことに彼女は慣れきっていた。
「そんなことはないです。結束バンドの曲、今でも聞いています。ギターが好きで……」
「あらあら、私のファンだって言ってくれたのに、ギターを褒めちゃうなんて嫉妬しちゃうわ」
だからこそ、話していれば避けられないことを触れられようが、彼女にとって取り繕うことは容易い。
「え? あの、私が好きなのは喜多先輩のギターですけど……、あっもちろん歌も好きです! 同じギターヴォーカルで、あんなに歌詞の感情をのせて歌って弾ける喜多先輩に憧れて……」
「あはは、えと、うん、なんで、あぁ! じゃなくて、嬉しいわ!」
しかし、どうしてか彼女は思った。
少女との会話になぜかやり辛さを感じてしまう。
「だ、だけど、喜多先輩、前の番組でもあんなに下手な演奏をわざと……、本当なら喜多先輩はすごいギタリストなのに……」
「うーん、言ってしまえば脚本のせい? でもそれで番組が盛り上がるなら私は別に……、それに音楽から離れて久しいから腕が落ちたのは本当だし」
「で、でも喜多先輩の指先、ケアして隠してますけどかなり固いですよね、ギタリストの指です」
なぜか、あれだけの人見知りをしていたはずの少女はなんの躊躇いもなく彼女の指先に触れる。
「……あはは、逆だよ、指先がきれいなプロギタリストなんて結構いるでしょ? ギターの弦がフレットに当たればいいんだから、本当に上手い人は滑らかに動かして指にこんなタコなんてできないの、私みたいに時々趣味程度でギターを弾くような人間は逆に力んじゃって出来るってだけ」
「それはそうですけど、そんな趣味程度の時間で手にタコはできません、それに喜多先輩の指さばきは滑らかで……」
「あらうれしい! 私の腕も捨てたもんじゃないわね」
「そ、そうじゃなくて、その、そんなに上手くギターを弾ける人が手にタコができるまで練習してるんです。喜多先輩、どうして”ギターなんてどうでもいい”なんてそんな悲しい嘘をつくんですか……」
彼女の自分でも苦し紛れだなと思った話題そらしに、少女はまっすぐに目を向ける。
「わ、私! 先輩に憧れて音楽を始めたんです。 喜多先輩にはまた音楽をしてほしいです!」
少女に手をぎゅっと両手で握り込まれ、自分の感情をまっすぐに伝える目をむけられたこの時、彼女はどうしてその少女にやり辛さを感じるか今更ながらに自覚する。
うつむき気味でいつもは人の目を見れず、ひと見知りで気が弱いくせに絶対に自分のやりたいことは曲げない少し傲慢な所
「……私、同じタイプに弱いのかしら」
「えっ……?」
「あぁ、うん、そうね……、とりあえずだけどご飯、冷めちゃう前に食べない? あぁ、誤魔化すつもりはないわ、それはそれ、お腹が減っちゃったの」
「えっ、あっ、そうですよね、ご、ごめんなさい」
慌てたように手を放し、自分がしでかしたことを後悔して真っ青になる少女
今更ながら少女はたまたまランチに同席しただけの事務所の大先輩にあまりに突っ込んだことを言い過ぎたのではないかと顔を俯かせて、ただ食事と口の間にあるフォークを黙々と動かしていた。
その様子を見て、そんなに後悔するなら止めておけば良かったのにと懐かしいものを見るように彼女は目を細める。
「ねぇ、結束バンドが好きって言ってくれたけど、好きな曲とかあるのかしら?」
「えっ、あっ、はい! やっぱり結束バンドと言ったらメジャーに入ってからの完成度の高い曲たちもいいですけど、やっぱり初期の粗削りでも胸に迫る曲達も捨てがたくて! やっぱり私の一押しは”星座になれたら”です! 特に……」
急に早口になる少女を彼女は微笑ましく眺める。
「でもまぁ、結局結束バンドのバンドとしての立ち位置を明確にしたのは売れだしたきっかけのアニメとのタイアップではなく、その後に出した…………」
食事中ずっと話し続ける少女が我に返るのは、かなりの時間がたってからだ。
「歌詞もいいんですよねぇ、明るい歌がどうも苦手で、結束バンドのあの重くて胸が締め付けられるけど、だからこそ勇気づけられる歌詞、それが喜多先輩の声とギターで歌いあげられたらもう一発でファンになりました!」
結局目の前の皿が空になっていることも気づかずにフォークを突き立てた時、少女は自分がどれだけ一方的に話していたかに気づいた。
「…………ってわ、私、結束バンドの喜多先輩になんてことを……、しゃ、釈迦に説法、ジミヘンにギターを語るような真似を……!」
「あら、聞いてるこっちは楽しかったわよ?」
「あ、あぅ………、ファンとして情けないです」
自分の好きなことになると饒舌になる少女、そんな話を心地よさそうに聞き終えた彼女は薄く微笑んだまま口を開く。
「私の声とギターのどこがそんなに良かったの?」
「そっそれは、き、喜多先輩に直接言うと恥ずかしいんですけど、その、 暗い歌詞が好きなくせに喜多先輩の底抜けに明るくて、きれいで、優しい声が好きで……、ギターも何かを追いかけてるのに支えるような優しい演奏で……、と、とにかく先輩のおかげで私は勇気づけられてここまできたというか……!」
「へぇ……」
「歌詞を読みこんだだけじゃないです。完璧な理解の上でそれを表現できる技術も喜多先輩にはあって……! とにかく自分も優しい気持ちになれて……!」
本人を目の前にしてあまりにも赤裸々な言葉の数々
彼女はそれを聞いてこの目の前の純真無垢な少女に得も言われぬ感情を抱いた。
目の前の自分を慕う少女に本当の自分を見せたらどうなるのだろうかと、そんな薄汚れた心がきれいに着飾った自分の隙間から滲み出す。
「私が完璧な理解で歌った……、そういってくれるのは嬉しいけど、正直に言うとね、昔の私って歌詞の意味なんて半分も分かってなかったの」
「え……?」
彼女は一瞬だけ自分の自制が外れかかっているのを自覚する。
「あなたの好きな”星座になれたら”なんて特にそう」
「先輩?」
「あんなにまっすぐに自分の気持ちを書いてくれたのにそれを理解できない、しかもそれで一番の理解者気取りだったんですから」
目の前の少女が決して同じ存在ではないと気づきながらも、漏れ出す言葉が止められないことを悟った彼女
いっそこのままぶちまけて本当に見放されてしまえば気が楽だと考えてすぐに自嘲する。
まさか自分が今更責められて許されたいという気持ちがあることに気づいて彼女は吹き出してしまったのだ。
「フフッ、貴方が言う通り、昔の私って能天気でね、ただ明るいだけで……、正直言えば暗い歌よりは明るい歌の方が好きだった。そんな私が暗い歌詞を歌うのがいいんだって、皆は笑ってくれたけどね」
彼女は食べかけの食事を前にフォークを置き、テーブルの上で体を抱くように腕を組んだ。
「今はね……、不思議なんだけど、あれほど好きだった明るい曲が聞けなくなっちゃったの、夢とか希望とかそういう感じの」
彼女の話を黙って少女は耳を傾ける。
「だからごめんなさい、あなたが憧れた昔の明るい私はもういないかな」
彼女の変貌もそうだが、今彼女は自分ではなく別の誰かに話しかけてるような気がしたので、黙って彼女の方を見つめ返すことしかできなかったからだ。
「私がね、”ギターなんてどうでもいい”と思うのはそこまで嘘じゃないわ 、だってひとりでやってもちっとも楽しくないもの、……だから私一人で音楽はしない、あの人たち以外と音楽をするつもりがないから」
少女も好きなバンドの結末は知っていた。
少女はファンではあったがその破局への経緯に詳しくない、というよりは一切不明なまま、憶測のみが飛び交い真実はとうに散逸していたからだ。
それでも明るさを失わない彼女は、後ろ暗さと言ったものを微塵も感じさせなかった。
「あなた、あの子に少し似てるわ、ねぇ、今の私、あなたならどう思う?」
その一言に少女の喉が渇く、なんといえば正解なのか、そもそも正解を選ぶことが正しいのか
悪くないと赦しの言葉でもかけるか、すべて忘れてやり直すべきと発破をかけるべきか、少女には目の前の人間の懊悩にこたえられるような何かを持ち合わせていなかった。
「ごめんなさい、こんなこと言われても困るわよね!」
「あっ……」
結局、少女は何も言えないまま、いつもの明るい彼女が戻ってきてしまう、彼女がもう何を言っても響かない硬い殻をかぶったのだと、そのあまりにも綺麗な笑顔に自然に分からせられてしまった。
話はそこで終わる。
「先輩の顔を立ててここは奢らせてちょうだい」
去っていく彼女に少女は何か声をかけようとして止めた。
おそらく彼女にそれを言えるのは自分じゃない、だからこそさっきの無言が正解なんだと、無理やり納得するしかなかったからだ。
ずっと夕焼けの音響室
「今日は昼上がりの予定だったけど……、遅くなっちゃったわね」
せめて練習時間だけは取らないといけないと考えている彼女は、余計な時間を削って練習に打ち込む。
まず初めに削ったのは睡眠時間、一番削りやすく自由が利く、彼女にとって翌日の肌に響くのは死活問題だったが、若いうちはしなかったような覆い隠すメイクで何とか誤魔化した。
次に交友関係、今まで培った関係を捨てるようなマネもしなかったが、自分から誘うようなことは減らした。大人ともなれば向こう側も頻繁に 誘えないのだからかつての様に休日に常に予定が入るなんてこともない、事務所の交友は最低限、だけどもこの業界でしか手に入らない得難い人脈は積極的に繋いだ。
そんな彼女は持てる時間を可能な限り音楽へとつぎ込む生活をしている。
それは昔の彼女から見れば顔をしかめる未来であるのかもしれない。
「みんな、……ちゃんの所為なんだから」
そんな思ってもいない、でも言わなければ彼女自身がつぶれそうで言ってしまった恨み言
そう呟く彼女は、ふと昼間の少女の顔を思い出す。
「いえ……」
ひょっとしたら、あの人に狂わされた自分たちも多くの誰かを狂わしていたりするのだろうか?
そんなふいに浮かんだ気づきを彼女は笑い飛ばす。
「でも、どうしようもないでしょう? ねぇ?」
彼女は画面越しの誰かにそう尋ねる。
だが、画面の向こうのヒーローにはその声は届かない
「……だって才能ってそういうモノでしょ」
彼女は動画を再生する。
動画投稿サイトでかつて一世を風靡した動画投稿者
昔は流行曲を高い技量で演奏していたその投稿者であったが今は違う、更新頻度は落ち込み、数か月に一度程度の投稿、撮影環境も薄汚れた和室で画面端には適当に寄せたゴミが見えた。
かつてのヒーローの姿はそこになく、何者でもない落ちぶれた人間がただ一人いるだけ、そのありさまを見て動画登録していた者達の中には離れた者も多くいる。
だが、動画の登録者数はあの頃から増えていた。
彼女は動画に映るその姿を見る。
幽鬼の様にふらりと立ち、全体的に薄暗い画面からでさえ分かる病的な肌の白さ、そんな細腕でまるでこちらに突き立てるように構えるギター
そしてその曲はタイトルすらない、ギターの音と絞り出すような声。
そしてそのあげられた曲を表現するならこれは感情の暴力だ。
後悔、絶望、懺悔、嫉妬、偏執、孤独そういった世のありとあらゆる負の感情を聞く者にぶつけてくる。
世の流行り曲を聞きたいなどと浮かれた気持ちの人間が聞いたら泡を吹きかねないような想念の渦
しかしそれは同じ心の闇を抱えた人間が聞くならば二度と無視できない、心を掠う魔王の曲となるだろう。
かつて“guitarhero”と呼ばれた彼女はもういない
チャンネル登録者数は1000万以上
そのあまりの魔的な演奏技術で人の心を狂わせる。狂い壊れてしまったミュージシャン
十字路の悪魔に魂を売ったどころか悪魔そのもの
人の魂を奪うギタリスト
彼女は“ギターの悪魔”として、カルト的な人気を誇っている。