ぼっち・ざ・りたーんず! 作:百合原理主義者
大きいことは、凄いことだと思います。
でも、私は大きいものが苦手です。
ただでさえ小さな自分が、責められているような気分になるからです。
契約のために来たそこは、高いビルがいくつも立つような場所で、その中の一つに入ると広いエントランスホール、通された部屋の高そうな置物やソファー
私たちはそんな場所に圧倒されてしまい、私なんかは緊張で、これから何の話をされたって分からないほどでした。
「おっ、おっきいですね」
「……うん」
「おねぇちゃん……」
「落ち着け虹夏、リョウも何ビビってんだいつもの図太さはどこ行った。喜多ちゃんもめったに来れない場所なんだ、折角なら楽しめよ」
「でも……」
「おいおい、お前らがそんな調子だとぼっちちゃんはどうなる?」
当時の結束バンドのメンバーの半分は未成年だったので、契約には保護者が必要です。
音楽の契約なんて、普通の一般人が詳しいことを知っているわけもなく
だからこそ、そう言った契約に詳しい保護者代表の店長さんはとても心強かったです。
「……ブクブクブクブク、あぁ、ああ……、もうだめだぁ……、おしまいだぁ……」
「ぼっちちゃんが泡吹いてる!?」
「わ、わ、わ、私たちはこれから奴隷契約を交わされて、一生地下帝国で働かされるんだぁ……」
「すごい、震えすぎてカプチーノマシンみたいな泡を口から出しているわ……!」
「スーパーの呼び込みの音楽を気が狂っても演奏させられて、使いつぶされるんだぁ……!」
「……あれ、生演奏だったんだ」
「契約の説明には私達も同席するから、お前ら言いたいことを言えばいいさ、……まぁ、ぼっちちゃんは、お前たちが何とかしとけよな」
「いや、うん、自分より緊張してる人を見ると落ち着くって言うけど、これほど強烈な緊張を見ると、もうなんか私がしっかりしないとって気になるね……、一応私だってもう18だし」
「頼んだ。バンマスの座は最年長の虹夏に任せる」
「リョウも同い年で、免許もうとったでしょ! 人任せにしないの!」
「もうひとりちゃん! こんな姿、かっこ悪いでしょ、ほらテッシュ」
「ウブブウブブブ」
「あーもう、私が左の肩を貸すから、リョウはそっちの肩かしてあげて」
「バンマスさまのおっしゃる通りに……」
「調子いいこと言って、面倒なことは全部投げる気なのはわかってるんだからね」
「ギャランティーの交渉は任せて……!」
少しすれば、みんなは自分で緊張を何とかしてしまっていて
結局、私は助けてもらってばかりでした。
「本日は遠いところからご足労いただきありがとうございます。契約担当の……」
出てきた人は女性でした。
歯が白くて、日に焼けていて、スーツではなくラフな姿をして、なんというか陽のオーラがすごかったです。
まともに眼も合わせられない私の出る幕なんてなく、ただ俯いて座るだけでした。
「いやー、結束バンドさんは、結構わたし達の中でも話題には上がってたんですよ! でもワンマンとかやったことないし、動員でどれだけ集まるか分からないからって話してたんですけど、この前バンドのフォロワー3万越えたときに抽選でワンマンやってましたよね、かなりの応募数でしたし、そこにスカウトマン行かせて見させたら絶賛して推してましてねー」
「あの時のお客さんに居たんだ……」
「プロデューサーもそれで今回の話をさせてもらったってわけなんですよ!」
身構えていた契約自体は時間をかけながらも、思ったよりすんなりと進みました。
「なるほど、事前に伺ってましたがストレイビートさんとは楽曲の契約だけだったんですね、それでは結束バンドさんにはうちの傘下の事務所に所属してもらうことになります」
「ご、ごめんなさい それってつまりどういうことなんですか?」
「喜多ちゃん、私達はレコード会社の子会社の事務所に入って活動するってこと」
「へぇ……」
音楽業界の仕組みや関係はかなり複雑で、私達が何をしてよくて何が駄目なのか、初めて聞くことばかりで新鮮でした。
「演奏権、著作隣接権……、一気に説明して分からない所もあると思いますが質問はありませんか?」
「……ストレイビートだとギャラの配分がもっと高かった」
「コラっ、初めに聞くことがそれかい!」
「お金のことは一番大事」
「あー、リョウ、それは仕方ねぇ、でかい分動く人も金もでかくなる。この額だと妥当なとこだと思うぞ」
「いや、その通りでしてね、というかもしかして、保護者さんも音楽業界の方ですか?」
契約の話は続きました。
この時もみんなは臆せず、大人と対等に渡り合おうとしていました。
初めはきっと怖かったのに、それが出来るように成長しようとしていたのです。
その時の私はそんな大事なことが分かってなかった。
みんなの陰に隠れれば、それでうまくいくなんて本気で思ってたんです。
鎖の強さはその輪が持つもっとも弱い輪の丈夫さしかない
私たち4人でできた。結束バンド
そんな個人という一つ一つの小さな存在が繋がったバンドで、変われない私という存在が、このバンドにとってどういうものになるかということを、あの時の私はまだ知りませんでした。
「は!?」
「あっ、ぼっち戻った」
気が付くと私はスターリーの床で横になっていた。
「ごめんね、まさか接客の途中で気分が悪くなるなんて」
「すっ、すす! すいません!! 使えないバイトでモシャッケナッス……」
私はあわてて頭を下げて、ろれつの回らない舌で謝り倒す。
「ぼっちのライブ、演奏の途中でまさか、ダムの決壊を見ることになろうとはね……」
「す、すいません……、ちょっと、もう人前でみられると、もう我慢できなくて……」
「そのままのぼっちが無表情で続きを弾いてたから、そういうパフォーマンスだと思った」
「うっ……」
「……だからこそ! それを克服するためにこのライブハウスで働いてるぼっちちゃんは、がんばってるよ、それにバイトで稼げばノルマ分のお金も稼げるし!」
「ノルマ!? あっ゛! はひぃ!?」
ノルマ未達成、反省会、改善案、顛末書
ノルマと聞いて、私の中にあるトラウマが刺激され、強烈なひきつけが起きてしまう。
「は、はいっ! ノルマは親戚縁者全員に土下座してでも達成します!!」
「いやいや、そんな気負わなくていいよぼっちちゃん、うちがブラックみたいじゃん」
「店長は実際横暴」
そんな話をしていると、バーカウンターの裏から店長さんが冷めた目でこちらを覗いてくる。
「雇ってやってるのに何言ってやがる。油売ってないでさっさと働け」
「労働者に自由はない……」
「まだいうか」
「はいよろこんでぇ! 働かせていただきありがとうございます!」
「ぼっちちゃんは……、そんなにおびえんなよ……」
「あっ、おねえちゃんちょっと傷ついてる」
「お前も働け」
スターリーでのアルバイト、引きこもりだった私にとってはこれ以上ないほど恵まれた環境、出勤する時、嫌すぎて吐きもしかけたがここでもう一度働けて、本当にうれしい
「あっ、ぼっちちゃん、レバーを倒すの逆だから、ビールの泡は3対7ね」
「アワワワワワワ……」
「泡だけのビール……」
ちなみにではあるが
一度自転車に乗ることが出来れば、時間が空いたとしても乗れなくなることはないというが、私は一度経験したはずの仕事が出来なくなっていた。
「学校が辛い……」
学校が辛い……
そう、学校に居るのが辛い……
私の実年齢は、もはや高校生を名乗るなんておこがましいおばさん
キラキラの象徴、エネルギーにあふれた若人に関わるだけで、私は枯死しかけていた。
「早くジメジメした場所に戻らないと死んでしまう……!」
私は学校の廊下をふらふらさ迷いながら歩いていた。
昼休み中の廊下は人で溢れかえっており、近い未来の確実な死を私に予感させていた。
「で、でも、さ、誘わなきゃ!」
だが、自分の命の危険があろうとも、私はどうしてもやらなければいけないことがあった。
「あー! 喜多ちゃん! 聞いてよ、この前買ったコスメなんだけどさー」
「あっ、この前一緒に買ったやつね!」
「あれ、色良くて買ったのに粉の飛びやばくなかった?」
「あれ付属のチップが悪いわよね、それでもう私、それ用のブラシつくっちゃったもん」
いや、もう帰ろう、もうダメだ。
本当に私は皆と同じ女子高生……、いや、女なんだろうか?
話の内容のほとんどが分からない……
チップ? ギター用のアクセサリーかなにかですか?
あんな話を聞いていたら頭がおかしくなってしまう……
「でさー、このマニキュアなんだけど……、あれ?喜多ちゃん、左右で爪の長さ違くない? なんか左だけ中途半端……」
「え? あっ、これね! う、運動部の助っ人を頼まれたから、切ったの!」
「へー、ガチじゃん喜多ちゃん」
「こんなの真剣にやってる人達と比べたら、……本気じゃないよ」
「喜多ちゃん?」
「い、いや、やっぱり部活に打ち込んでる人に比べたらって話」
「そんなこと言って、大活躍って聞いたよ」
「……喜多ちゃんはいつだって真剣だったよ」
萎えそうになる気力を無理やりにでも奮い立たせる。
私がこんなところにいる理由、それはひとえに結束バンドの最後のメンバーを勧誘するためだ。
喜多ちゃん、やさしくて、可愛くて、運動が出来て、友達がたくさんいる女の子
私となんて何の接点もない彼女をもう一度結束バンドに呼び戻す……、そのために私が動かなければいけない。
そう思い握りこぶしを作る私の耳に馴染みのチャイムが三つ鳴る。
「やば、もう予鈴なった」
「戻らなきゃ」
うん、そんなことを言いながら、もう何日もたったというのだろうか
「やっぱり無理だぁ……、できっこない……」
誘えない、二人で話せるチャンスを見計らっているというのに、タイミングがない
まず登校時点で、友達と歩いている。
授業中は当然無理だし、休み時間も必ず誰かしらいるし、トイレに向かうのも集団行動
下校時間はそのまま友達と街にくり出し遊びに行く
私が付け入るスキがない……、鉄壁の守り、陽キャ砦の陽キャッスル
か、勝てるはずがなかったよ……
そもそも私はどうやって喜多ちゃんを勧誘できたのだろうか……
そうだ、たしか偶然クラスに残った喜多ちゃんに話しかけたら……
「ねぇ、あなたクラスの誰かに用事でもあるの?」
「バンッ! ボッ! ギッ! (“バンドのボーカルギターを探しています うちのバンドに興味ないですか”の意)」
「突然のヒューマンビートボックス!? えっ、ぶ、ぶんつきぱーつく つくつくぱーつく……?」
「ごっ、ごめんなさい!!」
「あっ、ちょっと待って!」
あれ、もしかして私勧誘してない?
あの後喜多ちゃんが来てむしろ私が勧誘されてる?
衝撃の過去に打ち震えながら……、わたしはそれでも喜多ちゃんをバンドに誘うための方法を考えて、考えて……、考え抜いて……
そしてたった一つの冴えたやり方を思いついた。
「じゃあねー」
「うん、部活がんばって」
「じゃっ私達も今日は合コンあるから! 断ったことを後悔させてやるわ!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「さてと。私も帰ろうかしら……、……ん?」
私は持参したレゲエホーンを三度慣らし、持参したサングラスを装着する。
「!?」
突然のホーンに喜多ちゃんは動揺している。
仕掛けるなら今しかないと、私はビートを鳴らして教室に突入する。
「え!? 何!?」
戦いは速攻、先行をさらい、私は喜多ちゃんにMCバトルを仕掛けた。
「Yo! 聞いてくれよ ひとりごと! しょうもないような わたくしごとぉを! 」
「ェ!?」
「まずは紹介! 1年2組ぃ! 後藤ひとりぃ! 私のお願い、聞いてちょうだい!」
「なっ! えっ」
「私のバンドの人手が足りない、そこで必要、歌えるギター! まさに天恵! 求める期待!」
「後藤さんなの……?」
「あなたが入れば、心配ご無用!喜多郁代!」カチッ
私は担いでいたラジカセを床において喜多ちゃんが私と音楽をしてくれるという返事を待つ。
「その……、あの……、ごめんなさい私ラップはあまり詳しくなくて……」
ダメだった。
「ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」
「あっ、ちょっと待って!」
全力でその場を離脱する。
私のラップ程度では喜多ちゃんの魂のビートを揺らすことはできなかった。
そう考えて避難した階段裏
一人萎れて、冷静に考えると、もしかしてこの方法は少し奇抜すぎたのでは?
「えっ、怖い、私なんであんなことしたの……?」
失敗した失敗した失敗した
急にラップで話しかけてくる話しかけたこともない同級生
不審者飛び越して犯罪だよこんなもん
「聞いてください……、新曲、繰り返す黒歴史 ぼっち弾き語りversion」
「己の行いを恥じる午前二時……、ストレージに刻まれた黒歴史……、なんどもなぞる方程式……、Say Ho……」
自分から動こうとしたらこのありさま
動いても、動かなくても失敗するとか、私っていったい何なんだろう……
「すごーい! 感動! 後藤さんギター上手いのね!」
「!? き、喜多さん……!」
自分で言うのも嫌味みたいに聞こえるかもしれないけど、私は小器用な人間だと思う。
運動も勉強も、人付き合いだって、それなりにうまくやってきた。
だからなのかもしれない、私は時折思ってしまう。
「喜多さん、バレー部の助っ人助かったよ!」
「ぜんぜん!」
「喜多ー、勉強教えてー」
「いいよー!」
「喜多ちゃん、今度カラオケ行かない?」
「もちろん!」
下手に上手くできてしまうせいで、私は生まれてから、何かに対して本気になったことなんて、一度もないんじゃないかって
部活だって入ったことがない、勉強だって必要以上にする気もない
あぁ……、ひょっとしたら人付き合いすら私にとっては……
そんな、人に言ったら眉を顰められる傲慢な悩みを持ちながら、私はいつも通りの日常を送る。
いつも通りの、次の休みに遊びに行かない? なんて誘い
休日の隙間が好きでない私は、可能であれば誘いは受けることにしている。
同じことを考え、同じことをして、同じ時間を過ごす。
そうすることで人の関係は強固になると私は考えていた。
だから初めてその人を見たときに、私は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
友人と遊んでいる途中で見かけた路上ライブ、結構な人が集まっているなと、興味を持ってみるその人だかりの中心
美しい人がいた。
涼やかな、パッと見て男とか女とかの前にきれいと思ってしまうような整った顔貌、体の線は女性的なはずなのに、すらっと伸びた指先で鉄の糸を弾く姿は男性的な魅力を醸し出している。
演奏しているその人は、たくさんの人に囲まれながら、全く他人に興味がないようだ。
この場で、この人の音楽を誰よりも真剣に聞いているのはこの人自身なのだろう。
自分の世界に入り込んでいると、素人でも分かるほど、あの人は演奏に集中している。
「ありがとうございました。近いうちにライブやります。興味あったら来てください」
演奏が終わった時、その人はライブの告知を一言だけ言って、去ってしまった。
そこから私がその人について調べ、ライブを見にいくのに時間はかからなかった。
初めて訪れたライブハウス
そこで私は自分の常識が壊されていく音を聞いた。
音で揺れる空間、体全体に突き抜けるビート
個性のぶつかり合い、全く違う主義主張を持つ人たちが一つの演奏を奏でている。
そんな中でもあの人は一番自由で、きれいだった。
だから、その姿を見た時、私の中で初めて胸の芯に熱がともった。
この人みたいに、自分と全く違う人達と、同じなにかをやってみたら、それはすごく熱中できる楽しいことなんじゃないかって、そう思えたのだ。
でも、私はそこで、生まれて初めて挫折というものを経験することとなる。
どうしても一緒になりたかった。
「ドラムとベース、あとはギターがいればいいんだけど、リョウ、当てとかある?」
「ケンカ別れだったから昔の人脈は使いたくない、虹夏、頼んだ。ギターボーカルでフロントマンを任せられる美形でお願い」
「さりげなくハードル上げるな、……まぁ探してみるけどさ」
「バンドでギターをやりたい奴なんて掃いて捨てるほどいるよ、楽勝だ」
「こいつ……」
憧れのあの人のバンドが解散したと知り、しかも新しいバンドを組んだと聞いて思わず駆け付けたライブハウス
そこで私は、あの人がメンバーを探しているという話を立ち聞きしてしまう。
目の前に舞い降りたチャンス
「あっ、あの! 私! 歌えます!」
自分がなにをしてるかなんて、その時は分かってなくて、こんな無謀で恥知らずなことをする自分が信じられなかった。
それから、私は二人に歓迎されてバンドメンバーに加入した。
どのくらいギターを弾けるか聞かれた時には今は持っていないと嘘をつく、どんなギターか聞かれても曖昧な返事で場をしのいだ。
それ以上話せばバレると思った私は、楽器の知識がないことに不審がられないように、逆にこちらから話題をふり続けて、話を反らす。
歌なら多少の自信があったので、流行歌の一つでも歌って見せて嘘をもっともらしく見せた。
すぐにバレると思っていた嘘を二人は信じ込む。
というより、ただ一緒に居たいからという理由で、楽器もできない人間がバンドに入りたいなんて、馬鹿げた話があると思うわけがなかったのだろう。
それでも諦めたくなかった。
後で父に頼み込み、お小遣いとお年玉を2年分前借りして、ついた嘘を覆い隠すため、それらしいギターを買った。
それから私は生まれてきて初めて、こんなに努力はしたことがないと思う程、ギターの練習に打ち込んだ。
友達と遊ぶ時間の余裕などなかった。
せめて最低限、格好だけでもつくくらいには弾けるようにならなければいけない
そうして練習に打ち込み続けて日がたった後
「うっ……」
バンドから連絡が来た。今度全員で集まって練習しようという至極まっとうな提案。
「あっ、あぁっ、どうして!? ひけない! ひけないよぉ……」
小器用を自称する私の化けの皮はボロボロになっていた。
固い弦を必死に抑えてピックでいくら弾いても、出てくる音は鈍い
参考の動画をいくつも見て、爪が割れて血が出るまで練習しても、私はギターを弾けなかった。
近づく約束の日、私は後悔と恐怖で眠れないでいた。
布団に入っても寝れず、ギターに向き合うがそれでもダメで、私は何もできずに呆然と座り込む。
「き、きらわれちゃう……、軽蔑されっ……、う゛うぅぅぅ………」
結局、その日は、急用でいけないと私は返事をした。
そして、その日の夕方、バンドのライブの日時が決まったと、連絡がきた。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
すべては因果応報、しかも人に迷惑をかけているのだからたちが悪い
今すぐ全てを正直に話すべきなのに、それすらできない。
自分がここまで最低な人間だと思ったことはなかった。
結局、私はライブの当日、バンドを辞めると一方的に連絡し、誰の連絡も繋がらないようにした後、布団にもぐりこみ、3日ぶりに眠った。
そこから、私は元の生活に戻った。
あの時感じた胸の熱もなかったことにした。
いつも通り、何の問題もない日常を過ごす。
結局、私はあの時求めたなにかを手に入れることはできなかった。
だから、学校の隅っこでその音を聞いた時、私はもう一度、あの時の路上で出会った衝撃を思い出した。
珍しく一人で帰ろうとした私に話しかけてきた隣のクラスの子
物静かだと思っていたその子のあまりの奇行に、何か本当に私に話しかけたい大事な用事があるのではないかと追いかけると、どこからか音が聞こえた。
「きれい……」
それは私の鳴らした音など比べるべくもない、しっかりとした音、それが切ないメロディーをかなで、校舎の吹き抜けの階段に響く
ゆっくりとした曲調なのにどこか技巧的な、よどみなく動く指先が想像できるほどの演奏
その技術の高さを私は身をもって知っていた。
思わず私は、その人の演奏を傍で座り込んで聞き入った。
そして音が止んだ後
「すごーい! 感動! 後藤さんギター上手いのね!」
「!? き、喜多さん……!」
私は私にとってのヒーローと出会った。