ぼっち・ざ・りたーんず!   作:百合原理主義者

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第6話

 好きなことを仕事にする。

 

 

 聞こえはいいですが、それはとても難しいことです。

 

 好きなことで稼ぐことが難しいのではありません。

 

 

 

 好きなことを好きなままでいることが難しいのです。

 

 

 

 

 

 

「アニメのオープニングですか?」

 

 

「そそ! OPと劇中歌をかねた奴を1曲! やっぱり手っ取り早いのがタイアップなのよね~、特にアニメだよ! 分かってると思うけど、これ今の日本の売れるゴールデンルートね。このチャンスはデカいよ~」

 

 

 突然呼び出された私たちを前に、プロデューサーさんは鼻息を荒くしながら拳を握りこんでます。

 

 

「いやぁ~、ねじ込むのがホントきつくてさ、監督がこの作品において音楽は作品の根幹に関わる部分だから指図は受けないって、ほんと頑固で困っちゃってたけど、君たちの演奏見せたら手の平かえしてやんの!」

 

 

 私はよくわかりませんでしたが、私達の演奏を見て評価してくれたというならばと、気を良くします。

 

 

「君たちみたいな高校生バンドが題材なんだけどさ、原作は有名……、とまではいかないけど内容的に売れると思うよ、原作の感じと制作のメンツを見るにかなりいい線行くんじゃないかって思うんだよね」

 

 

 しかも、私はそのマンガを知ってました。

 

 というより買ってました。内容はバンドを始めたいギターボーカルの女の子が主人公の青春物です。

 

 上手く仲間が集まらずに落ち込む主人公と自分を重ねて、当時はギターの練習の合間にも見てしまうぐらいハマってました

 

 そう、そこから最初の理解者が現れ、仲間も徐々に集まって……、知り合いや新しい世界が広がっていき……

 

 途中まで自分と重ねていた主人公、現実の何もない私という存在を浮き彫りに――

 

 

 

「え、なんでぼっちちゃん砂になってるの?」

 

「青春物っぽいマンガなんで、堪えられなくなったんじゃないですか」

 

 

 

 青春にはトラウマがあるのに、こういうマンガでその光を求め、最後に灼かれてしまうのは何故なのでしょうか……、あっでも最新刊もってます。

 

 

「確かに今のアニメって人気アーティストがたくさん歌ってますよね」

 

「一曲目がアニソンとか……、その後そればっかやらされそう……」

 

「こ、こらッ! リョウ……!」

 

「すでに売れた後のことを考えてる先輩、さすがです!」

 

 

 リョウさんの棘の少し入ったボヤキにもプロデューサーさんは笑顔を崩しません。

 

 

「まぁね、言いたいことは分かるよ、君たちはロックバンド、変なイメージがつくのが気に食わないのはわかるさ!」

 

「い、いえ、別に私たちはそこまで……」

 

「この話がうまくいけば必要なステップを2つ3つは飛ばせるんだ! いいかい? 君たちの夢に近づくんだ! 伊地知ちゃんも将来この世界に入るのが夢なら、そういう押しの気持ちは大事だからね!」

 

 

 ずずいと顔を寄せてくるプロデューサーさんの圧に虹夏ちゃんは押され気味です。

 

 リョウさんの適当な嘘のせいで変な絡み方をされる虹夏ちゃんに同情しながら、リョウさんはなんであんな出まかせをと思わずにはいられません

 

 ……まぁついしょうもない嘘をついちゃう気持ちはすごく分かるんですけどね

 

 

「踏み台だと思えばいい! まずは認知されることが大事なんだ そうすれば君たちの音楽に多くの人たちが触れてくれる! そこからの自信はもちろんあるんだろう?」

 

 

 私達に発破をかけているつもりなのか、そう言われて自信がないとはいえません。

 

 

「……いいよねリョウ」

 

「別に反対はしてない」

 

「私は構いません! ほらっ楽しそうじゃないですか!」

 

 

 何も言わない私は最後に目線の集中砲火をうけてしまいます。

 

 

「えっ、あっ、その……、私も構いません」

 

「その話、受けます!」

 

 

 わざわざ私の一言を待ってから虹夏ちゃんはプロデューサーさんの方へと一歩足を踏み出しました。

 

 

「いや! わかってくれたかい! ありがとう! うん、で、なんだけどさ……」

 

 

 話はまとまった。

 

 そう思った私たちに対し、プロデューサーさんは先ほどの勢いは鳴りを潜め、頭をかいています。

 

 

「実はこの話、本決まりじゃないんだよね」

 

「えっ、そうなんですか」

 

 

 プロデューサーさんは、ぽつぽつと申し訳なさそうに弁明します。

 

 

「いや、売れる定石ということは、それだけ集まる奴も多くてさ、大体は金を出すこっちに配慮してくれたんだけど、僕の大学の同期で声優を売り込みたいって言う奴が他事務所にいてブッキングしちゃってさぁ」

 

 

 まずその話をして欲しかったという表情を抑えている様子の虹夏ちゃん、その顔を横目で見ながら、私は嫌な予感をひしひしと感じます。

 

 

「いやね、ひどいんだよ、もう主役も取ってるのに“OPも歌わせろ! 金ならこっちはもっと出す”って言って、がめつく最後まで引かなくてさ、そしたら向こうの監督がじゃあオーディションで決めようって……」

 

 

 やはりそういう話のようです。

 

 オーディションや対バンなど、対決や競争といった面が与えるプレッシャーに私は非常に弱いので、すでに憂鬱な気分になってしまいます。

 

 

「というわけで! 軽くひねっちゃって! なぁに、監督は音楽に拘ってるんだ。君たちが負ける道理はないさ!」

 

 

 好きかって言っておきながら、最後は完全に調子を取り戻したプロデューサーさんは、颯爽と部屋から出ようとし、最後にドアから顔を出して一言。

 

 

「こっちで大々的に売り出す第一曲目! いいのかいてね山田チャン! 分かりやすい代・表・曲! たのむよぉ~!」

 

「せめて決まってから作るようにいうべきでは……?」

 

 

 リョウ先輩の指摘をプロデューサーさんは笑ってごまかすと、今度は本当に部屋から出ていきます。

 

 

 残された私たちは少し呆けてから顔を見合わせます。

 

 

「な、なんだか大変な話になってきましたね」

 

「めんどくさい……」

 

「リョウ、プロデューサーさんは一応私達の上司なんだからもうちょっと態度を……」

 

 

 虹夏ちゃんは諭そうとしますが、リョウ先輩は面倒くささを隠さずにそっぽを向きます。

 

 

「なんか信用できない」

 

「なんかって、あのねぇ……、仕事なんだからもうちょっと人間関係を円滑にしようとする努力を……」

 

 

 リョウさんの信用できないという言葉を聞いて、私はふとプロデューサーさんと話していた時に感じた違和感の答えに気づきました。

 

 

「あっ、だからリョウさん、虹夏ちゃんの夢を適当に言ったんですか」

 

 

 虹夏ちゃんはその言葉で、はっとした表情を見せると、嬉しいのか恨んでいるのか、よくわからない表情をリョウ先輩に向けます。

 

 

「……なんでも使いそうな感じがする。ぼっちのギターヒーローの話だって、前の事務所から話がいかないようにしてたの、たぶん虹夏でしょ」

 

 

「えっ」

 

 

 予想外の言葉に、今度は私が思わず虹夏ちゃんの方へ眼を向けました。

 

 

「あっ、私もちょっと思ってました。プロデューサーさん、すごい広告に熱心でしたから、ギターヒーローなんて分かりやすいネームバリューを使わないのはなんでだろうって……」

 

「それは……、だ、だってぼっちちゃんは、私達結束バンドの最終兵器だからでしょ! 前だってそう話してたし!」

 

「それだと事務所前に話を通さないといけないんだから時期的におかしい」

 

「うっ」

 

 

 突然の新事実発覚に私は衝撃を受け、そうだったんだ……、と呟くことしかできませんでした。

 

 

「おぉ、なんてことだ……、信頼と言いながらその心の下では刃を研ぎ続けているとは……、恐ろしいよ虹夏……」

 

「そういうんじゃないって!」

 

 

 私はいつだって、私の知らない所で守られていました。

 

 それは良くないことだとは知っていましたが、それでも私は嬉しく思ってしまう気持ちを止められません。

 

 

 この仲間に報いるため、私はオーデションに向けて一層練習に打ち込みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は僕も来たよ!」

 

 

 オーディション当日、その日はプロデューサーさんについて会場に行くことになっていました。

 

 

 オーディションの場はスタジオも併設されてます。

 

 もしかして演奏を要求されるかもしれないという話だったので、私達は若干の緊張を含みながらその場所へ向かいました。

 

 

 そんな風に歩いていると、ふと近くに私達と同じくらいの年の女の子を連れた。明らかに業界人といったスーツの男性の方が近づいてきます。

 

 

「よぉ! 久しぶりだな」

 

「あぁ、君か! 今日は僕が勝っても恨みっこなしで頼むよ!」

 

「いや、こっちのセリフだ。俺がこの話をとっても、うまい話は回してくれよ!」

 

 

 手を握りながら大笑いしてるのに、目は一切笑ってない両者に近寄りがたい空気を感じてしまいます。

 

 機材のチェックをするため別れる私達と向こうの一団でしたが、分かれた直後にプロデューサーさんは苦々しい表情を浮かべました。

 

 

「向こうは色んなタレントを抱えている事務所でね、今回もお得意の声優を売って自分のところでCDもだしてって腹だろう、音楽一本でやってるうちのお株を奪うつもりさ……、さっきアイツの横に居た子、たしか最近推してる子だね、歌もギターもやれるって話だよ」

 

「えっ、あの人ギターも弾けるんですか?」

 

「今の時代、声優も声だけじゃない、そこからの付加価値がないとね……」

 

「郁代も対抗して声優もできるギターボーカルを目指そう」

 

「おっ、いいねぇ! そっちの枠も狙っちゃうか!」

 

「む、無理です」

 

 

 ギターしか存在価値のない私は、私のできることが出来て、それ以外のことも平然とこなす喜多ちゃんやそういった人のことを思い、砂になってしまいます。

 

 

 

 貴重なオーディション前の時間を私が割いてしまい、気が付けばその直前

 

 しかも別々で呼ばれると思ったオーディションでしたが、監督さんは全員を同じ部屋に呼んで選考をするつもりとのことで、私達は限られた席を奪い合う相手を見ながら戦うことになったのです。 

 

 

「どうも、よく来ていただきました。どちらのテープも見させていただきましたが素晴らしい出来ですね、今日は会えるのを楽しみにしていました。どうぞおかけください」

 

 

 同時に入室すると、そこには右と左に分かれた人数分の椅子、向かい合うのは3人

 

 初めに声をかけた年配の優しそうな男性、向かって左にはむっつりと黙り込んで腕を組んだ壮年の男性、最後の細身の若い男性はしきりに指を絡ませながら、机の上を見ていました。

 

 

 初めの一言から何も声を発さずにこちらを見る彼らに、面接のような圧迫感を感じてしまい足が動きません

 

 ぞろぞろと移動する結束バンドのメンバーの陰に隠れながら、一番隅に座ります。

 

 

「では自己紹介からさせていただきましょうか、私がこの作品のプロデューサーの――です。この機嫌の悪そうな彼が監督です。この顔は素ですから怒ってるわけじゃないですよ」

 

 

 はっはっはと笑っていますが、それに続く声はありません

 

 

「おっと、あまり余計なことを言うものではありませんね、では皆さんの自己紹介を聞かせてくださるとうれしいです。……では端の方からいきましょうか」

 

 

 端になんて座るんじゃなかった……! そう後悔して私は瞬時に目をそらします。

 

 アニメのプロデューサーさんは椅子の端、つまり私か声優さんのどちらにしようかと目を滑らせ、声優さんから自己紹介が始まりました。

 

 

「はい! ご存じかもしれませんが、今作の主人公役をさせていただく――です!」

 

 

 すごくハキハキとしゃべっています。

 

 ここに来た時の動きもキビキビしていましたし、明らかにこういう場に慣れてると分かりました。

 

 私は緊張で、既に吐く直前まで追い詰められてしまいます。

 

 

「えっ、えー! 私達は人数が多いので私の方から紹介させてください! 結束バンドです! 私はドラムの伊地知虹夏、ギターボーカルは……」

 

 

 その緊張を察してくれたのか、虹夏ちゃんが私達全員分の自己紹介をしてくれたので何とか命拾いをします。

 

 

「じゃあ初めに……」

 

「あー、俺からいくつか聞かせてくれ」

 

「……まぁ、監督から聞きたいことを聞いていただいた方がはやいですからね、あとそんなにぶっきらぼうな態度はとらないでください」

 

「これが素だ。楽曲の要望だが、もう作ってきてくれたのか? はやいな」

 

「あっはい、それは……」

 

 

 質問の内容は曲のこと、出せる人員、お金のこと、本当に難しくて細々とした話です。

 

 私達バンドに対しての質問は虹夏ちゃんか喜多ちゃん、その他の話はそれぞれのプロデューサーさんが答えてくれたおかげで、私が何もしないでも話は進みます。

 

 

「……こんなところか、俺はもういいぞ」

 

「分かりました。では、両事務所とも決まればすぐに動き出してくださるんですね、それではさっそく、あなた方の実際の演奏を見せていただきたいのですが……」

 

 

 ようやく面接のような時間が終わってくれる。

 

 演奏をやれと言われた方がマシなので、既に私はこの場から逃げるために腰が浮きかけていました。

 

 

「最後にどうです。せっかくですから、なにかご質問でもありましたら是非言ってください」

 

「えっ!? い、いえ、たまたま今日ここに居ただけで……、同席させていただいた私なんかが質問なんてとてもとても……!」

 

 

 アニメのプロデューサーさんが最後まで、何も話さなかった男の人に笑顔を向けます。

 

 その時はじめて気づきましたが、その人は初めに来た時と同じ姿勢で机の上に焦点を合わせていました。

 

 この面接の場で、下を向いている人間が自分以外に居ると思わずに、かすかな仲間意識を感じてしまいます。

 

 

「いや、いい機会だ、あんたさんが納得しなきゃ始まんないんだ。本格的に作る前に聞いといた方がいいですぜ」

 

「えー、あ、あの、じゃあ一つだけ……、みなさん原作の漫画見たことあったり、知ってたりする……?」

 

 

 その一言に、虹夏ちゃんと喜多ちゃんの表情が固まります。

 

 

「私はないですね」

 

「そ、そっか、本職のロックバンドだもんね、そういう人達はあんまり見ないか……!」

 

 

 固まった二人の代わりに正直に答えるリョウ先輩に、虹夏ちゃんが言い方があるだろうと全力で目で訴えかけています。

 

 

「はい、私は見させていただきました」

 

 

 私達がそんな状態の一方で、声優さんはよどみなく答えていきます。

 

 

「主人公が仲間たちと切磋琢磨していく姿が私は好きです。特に先日出た最新刊のライブシーンですけど……」

 

 

 あっ、あのこの前見た。学校対抗の対バンとかいう謎設定の話かと私は思い出しました。

 

 

「あぁ、あれね、ちょっと路線変更してるけど、うけてるね……」

 

 

 声優さんの語る言葉に私は途中途中聞き入り、心で返事をしながら頷いてしまいます。

 

 最新話でなぜかトーナメント形式の対バンが行われるという謎設定ですが、正直最近はコメディ色が入りすぎじゃないかと、一読者として思ってしまいました。

 

 

「最新話もおもしろいけど……やっぱり初期の話のうまくいかない主人公が、くじけない所に私は勇気づけられたというか……、結成したはいいけど実は結構みんなバラバラで、ベースは設定的にまだ爆弾を抱えてそうだし、ドラムも実は過去が重いし……、ギターはちょっとメンタルに問題があって……、これからそういう壁が来るんだろうなってドキドキしてたところだったけど、今は変にコメディに走ってる気が……。一応面白いんだけど、今はただの次の展開のための助走期間なのかな……、それともこのまま路線変更したまま進むんだろうか……、何度も思うけど私としては初期の……」

 

 

「ぼ、ぼっちちゃん」

 

「もれてる! 心の声がもれてるわ、ひとりちゃん!」

 

「プッ……、しかも面倒なタイプの初期ファンみたい」

 

「はっ!? す、すすすすすすす、すいません! ひとりごとです! 聞かなかったことにしてください」

 

 

 二人の声に、一人で妄想の世界に浸っていたことに気づいた私は慌てて現実に戻ります。

 

 

「い、いや、……うん、そうだね、もしかしてこのオーディションに合わせて読んでくれたのかな?」

 

 

 細身の男の人は私に引いてしまったのでしょうか、驚いた表情でこちらを見てきます。

 

 

「た、たまたま読んでて……、追っかけてます」

 

「そっ、そっかぁ……!! ロックバンドの人も見てくれるんだ……!」

 

「えっ、あっ、はい、けっこう、バンドとオタクって近いっていうか……、私が単にオタク気質なだけというか……」

 

 

 細身の男性は感慨深そうにうなずく、そして私達の話を聞いていた隣のリョウさんが肩を叩いてきた。

 

 

「原作持ってたんだ。ぼっちがそこまで語るのは興味ある。今度貸して」

 

「私も見たいわ!」

 

「あっはい……、今度もってきます」

 

「……リョウ、ぼっちちゃんに貸りたCD、私の部屋に置きっぱなしにしたでしょ」

 

「……スターリーにぼっちが来た時に返そうと思ってた」

 

「そういうとこ! 借りる前に返すものを返す!」

 

「あっ、良いです別に、返す時に言ってください、取りに行きます……」

 

「ぼっちちゃんはリョウの怠惰に負けないで!」

 

 

「君たち! 今はオーディション中だからね! ステイステイ!」

 

 

 私達はプロデューサーさんに怒られてからようやく静かになりました。

 

 

 その姿を見ていたアニメのプロデューサーさんはこちらを見て人のよさそうな笑顔を見せます。

 

 

「ふふ、では今度は実際に作ってきた曲を見せてもらいましょうか」

 

 

 その言葉に私達に再度緊張が走ります。

 

 

 先に演奏するのはこのアニメの主役も兼ねている声優さんです。

 

 

「じゃあみんな! 聞いてください!」

 

 

 アニメのキャラの声の演技で前口上をしてから、ポップな音源にのせて、歌いだします。

 

 外れない、安定した美しい歌声、何よりその声質が先ほど少し披露した主人公の演技と同じことに私は気づきました。

 

 

「わ、私よりうまい……」

 

 

 その歌声を聞いて喜多ちゃんは衝撃を受けた表情を浮かべていました。

 

 

「ま、まぁ、これくらい、そもそも楽曲は音源、主人公はギターボーカルだろう? 彼女ギターを弾いてないじゃないか」

 

 

 プロデューサーさんは苛立たしそうに呟きます。

 

 

「ふん、大切なのはキャラとその声だ。彼女の歌声を聞いたか? そこらのアーティスト気取りなんかより、厳しいボイストレーニングをしてる」

 

「……歌だってうちの喜多チャンが負けてるとは思わないよ」

 

「フフ、別にお前のところのボーカルをそこらのアーティストなんていってないが?」

 

「ぐ、グゥ……!」

 

「まっ、そうじゃなくても、お前のとこのボーカルはあの子みたいに歌いながら演技ができるのか? 劇中歌で主人公の声が変わったら不自然だろう」

 

 

 得意顔で語る向こうのプロデューサーさんに、こちらのプロデューサーさんは顔を赤くしています。

 

 それを聞いていた喜多ちゃんの顔はさらに強張りました。

 

「喜多ちゃん! だいじょうぶだよ!」

 

「は、はい……」

 

 私はそれを見て、プロデューサーさんと同じように、いえ、それ以上に悔しい気持ちになってしまいます。

 

 

「うーん、やっぱり彼女いいね、そのまま主役に歌わせた方が自然かな、どう思う監督?」

 

「主役で出すよう押し付けられたときは殴りこもうとしたが、さすが向こうが押すだけの実力はあって抜擢したんだ。でももう一方を聞かない事には決められんだろ、じゃあ次」

 

「君ねぇ……、うん、じゃあ結束バンドさん、よろしくお願いします」

 

 

 私達は演奏の準備をしますが、喜多ちゃんのこわ張りがとれません

 

 虹夏ちゃんが声をかけると笑顔は見せますが、それでも緊張しているのはギターを持つ肩に力が入っている後ろ姿を見れば分かってしまいます。

 

 

「あ、あの!」

 

「ひとりちゃん?」

 

 

 それぞれが場所について、演奏が始まる直前、私はどうしても自分を我慢できませんでした。

 

 

「わ、私は喜多ちゃんの声が好きです」

 

「え?」

 

「笑った時の軽く空気の抜けるやさしい声とか、は、端っこに居る私に声をかける時の周りに私がいることを知らせるための1トーン明るい声とか、私の書いた詩を歌ってるライブの時の声とか、とにかく私は声なら喜多ちゃんが一番好きです! だから……!」

 

「……う、うん」

 

「だ、だから」

 

 

 そこまで言って、私は喜多ちゃんの声が好きということ以外の考えが、浮かんでいなかったことに気づいてしまいます。

 

 

「喜多ちゃんの声が好きだから……、喜多ちゃんの声が好きです。はい……、個人的感想でした……」

 

「そこまで言ったらもうちょっと頑張ろうよぼっちちゃん……!」

 

 

 虹夏ちゃんにも叱られて、しょぼくれてしまいます。

 

 

「待たせてる。早くやろう」

 

「リョウに正論を言われるとはね……、二人とも! やるよ!」

 

「郁代、ぼっち」

 

「はい!」

 

「う、は、はい!」

 

 

 こうなったら、演奏で喜多ちゃんの、そして結束バンドみんなの素晴らしさを伝えるしかない、そう考えた私はギターを弾きます。

 

 

 オープニングのたった1分30秒ほどの演奏を全力で駆け抜けました。

 

 

 リョウさんと私で突貫で作ったので2番にあたる部分はまだできていないのは内緒です。

 

 一応私は原作を知っているので、歌詞はそれに合わせて書いたつもりでしたが、リョウさん曰く“ぼっちから見た歪んだ青春ソングだね”と褒められたような、そうでもないような言葉をもらいました。

 

 そんな拗れた私の青春観を喜多ちゃんが歌い上げるとまた違った印象を受けて、やっぱり喜多ちゃんの声が好きだと再確認できます。

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

 演奏終了後、私達は静まり返ったスタジオで、審査員たちの反応を待ちました。

 

 

 

 

 

「はぁ……、さすがプロのアーティストさんですね……、喜多さんでしたっけ、すごかったです……!」

 

 

 声優さんが喜多ちゃんを見て頬を上気させながら見上げています。

 

 

「うまい下手とかじゃなくて……、いえ、歌はもちろん上手でしたけど、周りの演奏も……、すごく生きてる音でした!」

 

 

 それを見たプロデューサーさんは勝ち誇ったかのように他所のプロデューサーさんに絡んでいました。

 

 

「ふ、フフ、君こそ思い知ったかい? これはバンド物なんだよ? バンドの主役はボーカルだけだとでも? 浅いねぇ……」

 

「ぐっ……」

 

「ウチのバンドの演奏をみれば、どっちが原作に寄り添ってるかなんて分かりきった話だよねぇ!」

 

「う、ウチの子だって負けてるとは思わんぞ!」

 

 

 この場でもっとも競り合ってる二人ですが、この話の決定権を持っているのは彼らではありません。

 

 

「いや、すごいですね、これはどうしましょうか、監督」

 

「そうだな……」

 

 

「「監督!」」

 

 

プロデューサーさん達は監督に駆け寄っていき、答えを聞こうとします。

 

 

 

「……すこし考える時間をくれ」

 

 

 

 こうしてアニメ制作側の人たちが席を外し、かなり長い時間を待たされます。

 

 プロデューサーさんは変わらずケンカを続け、私は緊張で何も手につきませんでしたが、リョウさんは持ち込んだ音楽雑誌を読んで寛いでいるし、虹夏ちゃんと喜多ちゃんは向こうの声優さんと仲良くなっています。

 

 

 

「決めた。今ここで伝えてもいいか?」

 

 

 結局監督さん達が現れたのは1時間後でした。

 

 

「話自体は悩んだが10分ぐらいでついてたんだ」

 

 

 監督とアニメのプロデューサーさんは話し出します。

 

 

「両方素晴らしかったですよ、どっちに歌わせてもきっとうまくいく、それほどのものでした」

 

「演技に寄せた歌声であそこまで歌える奴はなかなかいない、そしてここまで原作のイメージ通りの演奏をするバンドは多分ない……、だが俺たちが選ぶとしたら」

 

 

 誰かが生唾を飲む音が聞こえます。

 

 

 

 

「俺たちは演技とそれに合わせた歌声を出せるアンタを選んだ」

 

 

 

 選ばれたのは向こうの事務所でした。

 

 

 

「あっ、ありがとうございます!!!」

 

「ヨォーし!! ヨシヨシヨシ!! グッド!!」

 

 

 

 

 届かなかった。

 

 私は唇を噛みます。

 

 私達の音楽が負けていたとは思いませんが、それでも悔しく思うことは止められません

 

 

 

 

 

「だがね、話し合いは1時間続いた」

 

 

 

 でも監督が笑いをこらえながらそういいます。

 

 

「10分経ったら、この作品を作るうえで一番偉い奴がこういいだした。“初めに言った今のコメディ中心という路線を変えてくれないか”というふざけた話だ」

 

「えっ……?」

 

「本格的に作り始めた後に言ってきやがったらぶん殴ってたところだぜ」

 

「監督……」

 

「ゴホン! とにかく、大幅な脚本の変更があった。それに伴い、構成を一部変更した」

 

「それでですね……、どうやら原作を再構成するにあたって、もう一曲欲しいと思ってたところなんです。ですので……」

 

「それって……!」

 

 

 

「双方にぜひ作品に参加していただきたい」

 

 

 

 その一言の意味を私は喜多ちゃんに抱き着かれるまで、理解できずにポカンと口を開いたままでした。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください、ウチを取るんなら曲も役もウチを使ってもらうって話じゃ……!?」

 

「ふむ? 矛盾しませんよ、OPと主役はしていただきます。ただ、劇中歌は結束バンドさんにお願いさせていただきます」

 

「こ、声が違う、違和感がですね……!」

 

「アンタとボーカル、結構声質が似てるような気がするんだが、演技でアンタの方が寄せられるか?」

 

「はい、できます! よろしくお願いしますね!」

 

 

 その声は確かに喜多ちゃんに似た声で、私は思わずピクリと反応しそうになりましたが、喜多ちゃんに頬をつねられ阻止されます。

 

 

「うんうん、思った通りですね、さすがそちらの事務所が推す声優さんです……、では、もちろんお二方には約束通り、スポンサーと出資の件、よろしくお願いいたしますよ」

 

「こ、転がしてくれるなぁ……」

 

「た、タヌキめ……、初めからこうするつもりだったんじゃ……!」

 

「おや、なにか言いましたかな? いや偶然とは恐ろしい」

 

 

 

 

 

 結局、私達結束バンドは劇中歌を担当させてもらいました。

 

 

 しかも幸運なことに、その曲に原作者さんが感動したとのことで、もう一曲私達が劇中歌を作ることになったのです。

 

 

 そして肝心のアニメですが、これが大ヒット

 

 

 私達の売り上げも相乗効果で売れに売れました。

 

 1枚目と2枚目、それぞれシングルで売り出し、その後の2つのCDの販売枚数は合わせて40万枚、さらにそれが影響し以前に出したミニアルバムも売れたそうです。

 

 

 次月に振り込まれる金額は凄まじく

 

 その数字を見て飛び出した目玉を探し、部屋中を探し回らなければならなくなったほどです。

 

 

 

 

「フフフフ、波が来てるよ君たち、順調だ。けどね、ここが同時に正念場でもあるんだ。 ここを間違えれば、君たちはこのままかもしれない、そのためのもう一歩が必要だ……」

 

 いつものように私たちを呼び出したプロデューサーさん

 

 普段なら根拠もなく無条件で私達を肯定するのですがその日は違いました。

 

 ともすれば脅すような言葉を私たちにぶつけ、目はギラギラと光っています。

 

 

「アニメの曲を歌ってた一発屋、そんな寝ぼけた考えをしている奴らに君たちのロックをぶつけて欲しい、そこを抜ければ君たちは必ず時代を代表するようなスターダムに乗れる!」

 

 

 確かに、最近ライブがめっきりできていません

 

 たまに演奏する機会があっても、やはり同じ曲をリクエストされてしまいます。

 

 一度スターリーでライブをしたいと虹夏ちゃんが店長に相談しましたが、断られてしまいました。

 

 スターリーのキャパシティーでは危険でチケットを買ってない客も店周辺に集まるかもしれない可能性を考えれば、やめた方がいいからだそうです。

 

 

「売れる! やはり君たちは売れるんだ! 売れるべくして! ここからだ!! もっと!!」

 

 

 

 この時の私達は、すべてがうまくとは行きませんでしたが、それでも前に進んでいる充足感がありました。

 

 

 好きなギターでとうとう稼げるようになった私は嬉しかったのです。

 

 報われたように思えました。

 

 

 しかし今になって思うのです。

 

 

 好きなことを仕事にするのなら人は覚悟しなければいけません

 

 

 

 好きなものが嫌いになるという地獄のような苦痛と悲しみを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして私は思い出を揺りかごに、深い眠りから皆を呼んだ優しい夢へと浮上するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼっちちゃーん! 起きて! もうノルマの話はいいから!」

 

「……ここは」

 

 

 私の意識は途切れ、浮上する。

 

 

 それと同時に全力で舌を噛んだ。

 

 

「自死!? ひとりちゃんッ!! ホントにもうノルマは良いからっ! もう二度とこの話しないから!?」

 

 

 舌から強烈な痛みを感じダラダラと血液を垂れ流すが、一向に目覚めない。

 

 今、私は確かノルマチケットの話をされて気絶していた……という体で目覚めたらしいことを私は知ってしまっていた。

 

 この世界は現実ではありえない、だが、どうしても夢とも思えなかった。

 

 

「……せっかくぼっちのおかげで新曲もできて、バンドのオーディションで店長を納得させたのに……、虹夏……、なんて惨いことを……」

 

「人聞きの悪いこと言わないで! ぼ、ぼっちちゃんにはまだ、ちょっとそういうのがはやかっただけだから……!」

 

「しょうがないですよ! とりあえず私の方で欲しい人がいないか探してみますから!」

 

 

 これが、ゆめ、本当に夢なのだろうか、こんなにきれいで、暖かくて、優しい場所が……?

 

 ……いや、こんなにきれいで温かくて優しい場所だからこそ、ここは夢なのだろう

 

 

「ひとりちゃん? 袖を掴んで何?」

 

 

 喜多ちゃんに話しかけられた私はふと疑問に思う

 

 

「……喜多ちゃん、そういえば私っていつからひとりちゃんって言われてましたっけ?」

 

「急にどうしたの、いつからって? 自然にそうなってたから何時って言われても、……あれ?」

 

 

 少し苦しそうに唸る喜多ちゃんを見て、私は思わず余計なことを言ってしまったと感じた。

 

 

「ご、ごめんなさい! いえ、いいんです、どうでもいいことで……」

 

 

「どうでも良くなんかないわ!!!」

 

 

 突然声を荒げる喜多さんに私は吹き飛びかけるが何とか堪える。

 

 

「あっ、え、ごめんなさいね、つい大声を出しちゃって」

 

「い、いきてて、しゅ、しゅみません……」

 

「ぼっちの顔が半分吹き飛んでる」

 

 

 

 あぁ、喜多ちゃんを怒らせてしまった。

 

 

 そう、余計なことは考えてはいけない

 

 今の私達の問題はライブのノルマのことなのに。

 

 

「まってください……! 私も配ります、父と母……、後3人くらいなら……、心当たりがないわけでも……」

 

 

 

 そうだ例えこれが泡沫の夢だとしても、だからどうすればいいというのだろうか

 

 起きようにも方法が分からない、ここでこの世界は夢だと吹聴する狂人にでもなったところで何の意味もない

 

 

 

 なら幸せな夢に浸かって何が悪いのだろうか?

 

 

 どうせ死ぬなら、最後に優しい夢を見て死にたいと思うのはそんなにおかしいことだろうか?

 

 

 

 

 これでいい……

 

 これでいいんだよね……?

 

 

 

 

 

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