ぼっち・ざ・りたーんず!   作:百合原理主義者

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第8話

 

 

 

 

 私達は今、金沢八景のお祭り、その中の屋台が出ている通りを歩いていた。

 

 

 

「見てください! 射的があります! 次はあそこを覗いてみましょうよ!」

 

 

 喜多ちゃんが少し先を歩くと、くるりと振り返り、その浴衣の裾がふわりと広がる。

 

 

「本番は花火がある夜らしいけどすごい人だねぇ」

 

「ごみごみしてる……」

 

 

 和装をしているのは喜多ちゃんだけだけど、虹夏ちゃんは頭にお面をつけているし、リョウさんは両手にツイスターポテトとかき氷を構えながらお祭りの雰囲気に馴染んでいた。

 

 私は皆が遊んでいる後ろについて行くだけだけど、それでも楽しい

 

 祭りで友達と遊ぶなんて大人になっちゃったらできないし、高校でお祭りは1年の夏はいけなかったし、2,3年の頃はバンド活動でそれどころじゃなかった。

 

 こうしてみんなとお祭りで遊ぶのは、実のところ初めてだったのだ。

 

 

 そう、私にとってのお祭りは部屋の押し入れで花火の音を遠く聞いて、夏の気配を羨む程度の行事で……

 

 そりゃ子供の時は家族で行ったら多少は楽しい時もあったけど、ある程度大きくなって、お金をもらって、ひとりでお祭りに行っても高めの値段の食べ物を薄暗い神社の隅で食べるぐらいしかできなくて……

 

 そうだ。私は小さいころ金沢八景のお祭りに来た時がある。たしかあのときはお父さんとはぐれて、人ごみを避けて歩いて行って……

 

 でもそんな人気のない場所には普段は来ないカップルがイチャイチャしてて、それを見せつけられた私は冷えた焼きそばを片手に……

 

 

「」ドロッ

 

「あっ、ぼっちちゃん溶けかけてる。ちょっとそこで休憩しようか」

 

「そうですね、少し歩き疲れましたしね! リョウ先輩、ひとりちゃんにかき氷をかけて、冷やしてあげてください」

 

「シロップは吸い尽くしたからあげる」ダバー

 

 

 んはっ!?

 

 少し意識が飛んでいたが、私はびくりと体を振るわせて顔を上げる。

 

 冷たさにキーンとする頭をさすりながら私は皆に謝る。

 

 いつの間にか私は出店の裏、ビールケースを裏返して板を敷いただけの簡素な休憩スペースに座らされていた。

 

 

「す、すみません、前にこのお祭りに来た時の記憶を思い出して……」

 

「あっそうなんだ。でもぼっちちゃんがそんな風に出かけるなんて珍しいね」

 

「いえ、小学校に上がる前の家族と一緒に来た時なんでかなり昔の話です……、あの時の両親はまだ私の性格を直そうと無駄な努力をしていた節がありましたから……」

 

「あっ、うん」

 

「結局、溶けかけていたところを母が見つけて、今みたいにかき氷で冷やしてくれたんですよ……、懐かしい……、今にしてみればいい思い出です」

 

「そんなことあります?」

 

「しかもいい思い出の分類なのか……」

 

 

 なぜか微妙な沈黙が訪れている私達

 

 そんな風にしていたからだろうか、同じ休憩所に座っていたお祭りの客の話声が聞こえる。

 

 

「おまえらしってるか? この神社にでる幽霊の話」

 

 

 すぐ後ろで、小学生の集団の一人が声を低くして囁いた。

 

 

「なにそれ? どうせつくりばなしだろ」

 

「これは見たヤツだっている。マジの話だぜ?」

 

「ぼくもしってる。境内の裏にでる女の子の幽霊の話、地元民ならみんな知ってる有名な話だよ、この神社の裏で告白したカップルは幽霊に呪われて必ず別れてしまうってね」

 

「くくく、一説では大昔、口減らしのため、平潟湾に捨てられた女の子がそれを恨んで、自分を捨てた男と女のつがいを見ると呪いにくるって話だ」

 

「は、はん! うそくせー」

 

「知ってるか? 平潟湾はハゼが良く釣れることで有名なんだぜ」

 

「……それがどうしたんだよ」

 

「ハゼは雑食で浮いてるもんなら何でも食べちまう……、口減らしに捨てられた女の子は水を吸い、魚に食いつかれ、打ち上げられた時にはなっちまった……、そしてその姿のままで現れるんだよ……」

 

「な、なににだよ……」

 

「溶けたどろどろの死体の姿でなぁ!」

 

 

 怪談話よろしく、最後に迫るように驚かす声に、その話を聞かされた子供たちの背がピンと伸びる。

 

 

「そ、そんな作り話にびびらねぇ……、あ、あっ、あぁ……! ウワァァァァァァァ!!!」

 

 

 その中の一人は何とか平静を保っていたものの、途中で何かに気づいたように奇声を上げて走り去っていく。

 

 

「ギャハハハハ、ビビりすぎだろ!」

 

「あっ、あぁ、う、うしろ…・・・」

 

「は? おいおい、あんまりにも古い手すぎんぞ、後ろにその幽霊が~~ってか? ははっ……」

 

 

 振り向いたそのワンパクそうな男の子と私の目が合う。

 

 

「」ドロッ

 

「うっ、ウワァァァァァァァ!!!!」

 

 

 そして私を見た子供たちはその場から、逃げるように走り去っていった。

 

 

 

 

 いや、逃げるようにではないだろう、実際に私を恐れて逃げているのか……

 

 

「……ひとりちゃん、前にこのお祭りに来たのって何時?」

 

「小学校に上がるか上がらないかくらいですね……、カップルがいちゃついているのを見て、さっきみたいに……、溶けました……」

 

「語り継がれてる!? 幽霊にされてるよぼっちちゃん!?」

 

「ぷっ、クク、おもしろ……」

 

「すいません、すぐ、成仏します」ファサー

 

「ぼっちちゃん! ここで粉になったら大変だからやめて!」

 

 

 結局、その後も何度も皆に迷惑をかけ、遊ぶ時間は私のせいでかなり削れてしまった。

 

 

「いやー! 遊んだね、たのしかったー!」

 

「粉になった後藤さんが綿あめ機に混入した時は、もうダメかと思いましたね……!」

 

「プフっ、普通こんなことある?」

 

「す、すいません……」

 

 

 みんなは表面上は笑って許してくれているが、私のせいで、お祭りを十分に回れなかったのではないかと不安になる。

 

 

「ひとりちゃんは楽しかった?」

 

「え、あっ、はい、初めて友達と夏祭りに行きましたから、たのしかったです……、すいません、私だけ……」

 

「うんうん! ならオッケー! じゃあ次は路上ライブだね! 荷物を取りに駅のコインロッカーに戻ろうか!」

 

 

 私の言葉を聞いて、なぜか楽しそうに声を弾ませる二人を見ながら、せめて路上ライブでは役に立とうと決心した。

 

 

 こうして駅に預けた荷物を取ると、私たちはどこで路上ライブをしようかと話し合いながら歩きだす。

 

 

「行きの時、良さそうな場所見つけた」

 

 

 リョウさんが指さす場所は、祭りと駅までの人通りの多い道、かつ、車道から見えにくく、ある程度の広さがある場所だった。

 

 

「会場と駅は取り締まりが厳しい、交通整理でパトカーもいるから、車道から見えないここでやろう、まぁ徒歩で巡回してる警官に当たったらその時はその時」

 

「……リョウ、手慣れてるけど、何もしてないよね」

 

「何とは何か? ゲリラライブのために決まってる。虹夏は私を何だと思ってるの」

 

 

 リョウさんは虹夏ちゃんの視線を背中にてきぱきと機材を組み立てていき、いつの間にか作った看板を立てかける。

 

 

「余計な手出しをされるうちに始めよう」

 

 

 その一言を皮切りに、私達も準備を行うため、キャリーバックにつめたマイクスタンドやアンプを引っ張り出していく。

 

 

「みなさーん、今から路上ライブをしますので、良ければ見ていってくださーい! お祭りの余興にどうでしょうか!」

 

 

 ゲリラライブときいて、許可もないのに良いんだろうかと不安そうだった喜多ちゃんは、いざ始まるとなれば誰よりも順応して呼び込みを始める。

 

 

 私は早々に準備を終わらせているが、喜多ちゃんの真似は出来ないので、集まりだす人たちの顔を、うつむいて垂れる前髪の隙間からうかがう。

 

 

 その中にあの人たちはいなかった。

 

 

「みなさん、私達は結束バンド! 普段は下北沢を中心に活動しているロックバンドです! 金沢八景といえば琵琶島神社の弁財天様、今回は音楽の神様でもある弁財天様にあやかって演奏をさせていただきます! まず一曲目!」 

 

 

 今はまだ、見えないだけかもしれない、そう思いなおして、私は演奏に集中する。

 

 

 路上ライブは、いつもと違った緊張感がある。

 

 箱でやるライブは少なくとも音楽を聴きたくて来てくれた人たちに演奏するのに対し、路上ライブはそんな聴衆側に問答無用に私たちの音楽をぶつける、正にゲリラ的な戦いだ。

 

 単純にうるさくて不快だと、眉を顰めて通り過ぎる人もいるし、こちらの音楽をなんとなくで聴きながら読めない表情をするひとだっている。

 

 そんな中、いつもと同じ心情で演奏するのは非常に難しい。

 

 私の記憶ではこれが私達4人の結束バンドが初めて人前でやるライブ、しかも前回のオーディションとは違う通行人への演奏だ。

 

 初のライブが路上ライブ

 

 はっきり言って無茶なんてもんじゃないと私は思う、私だって未来の経験がなければ逃げ出していただろう。

 

 虹夏ちゃんやリョウさんはまだバンドとしての経験があるからいい、でも喜多ちゃんは本当のぶっつけ本番だ。

 

 そのプレッシャーは計り知れない。

 

 

「ひとりちゃん」

 

 

 私があまりにも喜多ちゃんを見ていたからだろう、いつの間にか喜多ちゃんと目が合っていた。

 

 

「ちゃんと見ててね」

 

 

 そう言ってニコリと笑うと、彼女は堂々と前を向いた。

 

 

 虹夏ちゃんのカウントが鳴る。

 

 

 喜多ちゃんの歌声が響く。

 

 

 私の心配なんて、杞憂もいいところで、私の方が置いてかれそうな心地になって、手は自然にギターに触れた。

 

 もっと喜多ちゃんに応えて良い演奏をしなければいけない

 

 左で弾いてる自分を恨んだ。

 

 

 今日はリョウさんも虹夏ちゃんも調子がいい……

 

 リョウさんと虹夏ちゃんはしっかりとしたリズムで喜多ちゃんの歌を押し上げている。

 

 いや、喜多ちゃんの歌声がみんなを引っ張ってるのかも

 

 

 この感じ、懐かしい気がした。

 

 

 みんなが……、なんというんだろうか、バラバラなのに遠くから見れば一つになってるこの感じ

 

 統一感がないのが統一感とでもいうような、おかしな形に笑いたくなるような愉快な気持ち

 

 

 自然に私の口元は緩んでしまう

 

 

「――りがとうございました。二曲目は――」

 

 

 もう一曲目が終わってしまった。

 

 やっぱり楽しい、この4人でやるバンドは最高だ。

 

 

 私の空っぽが満たされる。

 

 

 これ以上ない充足感、それを感じてしまう。

 

 

 

 あぁ、私は学ばない、この世界で、それを感じるということが、どういう意味を持つのか

 

 

 本当は理解している。

 

 

 この世界が私の心を癒す優しい世界なら、欠けた私が満ちれば私は選択をしなければいけない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は優しい夢から浮上する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポーンとひとつ、間抜けな電子音が鳴り、ピッ、ピッ、ピッと規則的な音が流れる。

 

 始めはその規則的な音も面白いとも思ったが、そればかりしか続かなければうんざりする。

 

 時がたち、ぼんやりと視界が戻るが、見える景色は白っぽい色ばかり、なんとなく葬式を連想してしまう。

 

 体は動かない、動かす気もおきなかった。 

 

 

 ここに居たくない、戻りたい、早くみんなのところに帰りたい

 

 

 音一つ立てられない私の癇癪に答えるように規則的な音は乱れる。

 

 

 規則的な音だったそれが乱れ、愉快な音が増える。

 

 ぴーぴーと騒がしい音、ピコンピコンと視界の端が光れば、バタバタと揺れる。

 

 先ほどよりはにぎやかだ。

 

 

「心拍が――、」

 

「――全く原因が不明で」

  

「――いいからアドレナリンを!――」

 

 

 やっぱりここは寂しい

 

 

 

 

 意識が薄れて沈んでいく感覚に、私は安心感を覚えながら、細く息を吐き、身をゆだねた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

 私の手は力を失い、蝋人形のように固まったままだ

 

 

 

「私達のオリジナル曲、――でした!」

 

 

 場の盛り上がりは右肩上がり、見物人は増え、私達を見るその興奮は次を見せて欲しいという期待感で満ちている。

 

 そんな目をお構いなしに、みんなはただ自分の音楽をぶつけようと、お互いの目に挑戦的な意志を孕んでいた。

 

 この感覚、きっとこのまま続ければ最高に楽しくなる。

 

 そんな確信が、このライブにはあった。 

 

 

「ではこのまま続けて最後に……、ひとりちゃん?」

 

 

 だから私はギターを掴んだまま、その場から逃げ出した。

 

 

 

「えっ、えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

「ぼっちちゃん!?」

 

 

「あー、君たち、路上ライブには道路使用許可証がいるがもっているかい?」

 

 

「おっ、お巡りさん!?」

 

「くっ、これを察知してたのかぼっち、なかなかやるね……!」

 

 

 

 私の後ろで聞こえる音を無視してその場から手足をばたつかせながら逃げる。

 

 

 とにかく人のいない場所を目指し、にげて、にげて、にげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか行き着いたその場所で膝を抱え込んでうずくまる。

 

 

 

「い、いやだ、あんな所には戻りたくない……!」

 

 

 口をついた言葉は怯えだった。

 

 

 人はいつまでも寝てはいられない、体と心が癒えたのなら目を覚まさなければいけないのが道理なのだ。

 

 

 もしもそれを拒み、永遠の夢を望むなら

 

 

 人にとって“二度と目覚めない眠り”がどのような意味を持つのか

 

 

「……べつにいいよね、もういい、このままここにいれば……、皆とずっと一緒に居れる」

 

 

 それでも構わないと、私は呟き、しかし震えが止まらない体を抱きしめる。

 

 

 そうして少し落ち着いてから、今になってようやく、私はひとりゲリラライブから逃げ出してきてここにいるのだと気づく。

 

 

「……、どう謝って、みんなのところに戻ればいいんだろう……」

 

 

 そう途方に暮れて、うつむいていると、熱い夏の日差しがふいに黒い影に隠れる。

 

 それが自分の前に誰かが立っているということだと気づいた時、私はゆっくりと顔を上げた。

 

 

 

「……へい、へい、どうしたのキミぃ! へえへへ、寒そうだねェ、おさぇ飲むぅ? うっ……、ヴォッ! ヴォうっ! ボロォロロロロォ!」

 

 

 そして突然現れたその人は、夢だの現だのという思考を吹きとばすビチャビチャとなる音と汚物の暴力を、鼻と目と耳から叩きつけてきた。

 

 

「オ゛ェッ!? うっ、うぅ、う゛っ……、みじゅ……、みじゅをください……」

 

「あっ、だ、だいじょうぶですか……、飲みすぎですよ……」

 

 

 どうしようもないその姿を見て、今更自分がどの口が言うのだという言葉をかけて、吐物の池に倒れ込みかねないその人の肩を支える。

 

 

「うぅ、やさしぃね、きみぃ……」

 

 

 私は落ち着くまで、その背中をさすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助かった~! 本当にありがとう、名前なんてゆーの?」

 

「後藤ひとりです……」

 

「私は廣井きくり! いや~お酒はほどほどにしとかないとねー、よっと」

 

 

 お姉さんは懐から次々と日本酒パックを取り出して並べていく

 

 

「って、言った傍から飲んじゃうんだけど! あっはっはっは!」

 

 

 はじめて会った時はやばい人を助けてしまったと思ったものだ。

 

 まぁそれは間違えではなかったのだけれども、今の私にこの人をやばいという資格はない

 

 

「ひとりちゃんも飲む? 安酒だけど、ん? ひとりちゃんって未成年だっけ?」

 

 

 そして差し出されるパック酒、何気なく出されたそれを、私は手を震わせながら触れるか触れないかの位置にのばす。

 

 

「お酒……、お酒があれば……、全部忘れられるのでは……」

 

「おっ?」

 

 

 いや、待つんだ私、今の私は高校生、クリーンな肝臓と肺をもっているんだ。

 

 この沼にハマれば私は帰ってこられなくなってしまう……!

 

 

「い、いりません!」

 

「なんだ~、って飲ませちゃったら私が捕まるかぁ~、ごめんごめん!」

 

 

 笑いながら、いつのまにか取り出した一升瓶を傾けるお姉さんを見る。

 

 昔はダメな大人と思ってみていたが、今見れば酒に溺れるその気持ちは痛いほどわかった。

 

 

「うわぁー、飲みにくい、そんな、悲しみと慈愛が混じった目で見られるのは初めてだよ」

 

「いえ、どうしようもないですよね、分かるんです。酒もタバコもほどほどにしなきゃいけない、ですけど、弱い人間にはそんなのできっこないんですよ……」

 

「えっ、君、未成年だよね?」

 

「この世はシラフで生きるには辛すぎますし、頭に浮かぶ不安は煙に巻かなきゃやっていけない……、現実から逃げて酒とタバコに溺れてるんじゃないんです。いつだって私たちは現実に溺れかけているんです」

 

「君もしかして結構やばい子? かなりロックだねぇ……!」

 

 

 いつの間にか口から垂れ流された言葉は、女子高生が言うような言葉ではなかったことに私は気づく

 

 

「って、お父さんが言ってました……、あっでもお姉さん、お酒はほどほどにした方がいいと思います。健康が第一ですよ」

 

「そっかぁ……、あまりにも真に迫った言葉で驚いたよ」

 

 

 お父さん、よく言い訳につかってごめんなさい、お姉さんの脳内では酒浸りのダメ親父が想像されていることだろう。

 

 

「ていうかさ、その背中の楽器、もしかしてギター弾いてる?」

 

「あっはい、でも……」

 

「でも?」

 

 

 ここにきて、私はこの場に、逃げ込んできたという事実を思い出してしまう。

 

 

「初ライブから、逃げちゃったんです……、怖くて」

 

「そっかぁ、分かるよ、うん、すっごい分かる。なにが怖かったの?」

 

 

 頼れる……、とかじゃないけど、言ってしまっても大丈夫だろうという、ダメ人間同士のシンパシーを感じかけてしまう。

 

 でも、私の悩みを具体的に言えるはずもないので誤魔化した。

 

 

「えーと、その、ライブを見られるのが怖くて、緊張しちゃったんです」

 

「ふぅん? 客に? メンバーに?」

 

「どっちも、みたいな……、はい、そんな感じです」

 

「なるほどなるほど、でもそれだけ?」

 

 

 私の適当に作った悩みに、お姉さんはうんうんと頷きながら、考え込んでいるかと思えばこちらの目をを覗き込んでくる。

 

 

「えっ、あの、はい?」

 

「いやさ、結構君物怖じしないように見えたからさ、私みたいな不審者を見ても引かないし」

 

「あっ、いえ、あの、お姉さんは何というか同類のように思ったっていうか……」

 

「ふふふ、実は私も君をみてなんとなく他人じゃない気がしてたよ! もしかしてなんだけどさ、君のやってるバンドってロック?」

 

「えっ、あっ、はい、一応ロックバンドのギターやってます……」

 

「うんうん! やっぱりね! 絶対そうだと思った!」

 

 

 お姉さんはすごくうれしそうな顔をしながら何度もうなずいていた。

 

 

「人の悩みにどう答えるかなんて分かんないから、こういう時こそ酒を飲め! と言いたいところだけどその手は使えないんだもんね、ううむ、どうしたものか……」

 

 

 お姉さんは考え込み、私達の間に沈黙が訪れる。

 

 お互い話すことが見つからない気まずい沈黙というか……、何と言えばいいだろう、気だるいからぼーっと風景を眺めるようなそう悪い気分はしない沈黙だ。

 

 

 

「……どう言っていいか分からないんですけど」

 

 

 そんな懐かしい姿を見せつけられたからだろうか、私は自分の本当の悩みをぽつりぽつりとこぼした。

 

 

「一番やりたいことがあって、それができる手段もある。でも、それをやったら、全部が終わってしまうんです」

 

「……イカロスの翼的な?」

 

「そんな高尚なモノじゃ……」

 

「じゃあ、好きな漫画の最終話を見たくない的な?」

 

「俗っぽいけど、そんな感じです。でもきっとそれには期限がある。期限を過ぎれば最終話も見れずに打ち切り、でもどうせその最終回もハッピーエンドなわけじゃない……みたいな」

 

「ふーん、で、読者はいったいどうしたいの?」

 

「どうしたい……、ですか、別に、どうもしなければいいってだけの話なんだと思います」

 

「なるほどなるほど」 

 

 

 

 よっこいしょと、言いながら立ち上がるとこちらに振り替える

 

 

「なら、演奏しよう、君ロッカーだろ?」

 

 

 そして相談の前後が繋がらない唐突さで手を突き出した

 

 

「えっと……、でも私、自分のバンドから逃げて……、今の私にそんなこと」

 

「君みたいな子にはロックしかないよ」

 

 

 お姉さんは無理やり私を立たせると、電話をかけて、ライブの機材を手配しだす。

 

 

「うんそう、機材だけでいいよ、おねがーい、え? 楽器? ……あっ、そういえば私ベースないじゃん! はははは! だいじょぶー、すぐに取ってくるから現地でよろしくー」

 

「あっ、その、だから、私は……」

 

「よーし! いくぞぉー!」

 

 

 強引に手首をつかまれた私はされるがままに手を引かれることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川を背にした歩道、そこから大きく膨らんだ広場の真ん中に私はいた。

 

 

「いまからライブしまーす。 曲は……うん、良く知らないけどなんかいい感じのです!」

 

「……」

 

「どったの? そう緊張しないで楽しんでいこー!」

 

 

 流されるままに来てしまった私だが、ここにきて怖気づいていた。

 

 昔の時もそうだった。

 

 ノルマのチケットが売れない私にお姉さんはゲリラライブをするように提案して……、他人に向けた演奏に恐怖していた私に、その楽しさを教えてくれた

 

 あの時と違うのは、いまの私の恐怖の対象はその楽しむこと自体であることだ。

 

 

「あっ、その、やっぱり、無理です……」

 

「うーん、なんで?」

 

「……」

 

 

 私は何も言えずに俯くが、そんな私の首にお姉さんが無遠慮に手をまわしてくる。

 

 

「演奏するのが怖い?」

 

「……こわいです」

 

「私が? 客が?」

 

「えと……、全部です……」

 

「はっはっはー、全部と来たか!」

 

「はい、だから……」

 

 

 お姉さんは酒臭い息が鼻にかかるほどの近さで私の顔をじっとのぞき込んでくる。

 

 

「でもね、きっと君にはそれしかないよ、それにあえて言うなら、うん、君が恐れてるのはどう考えても自分でしょ? 楽しめない? なら叩きつけろよ」

 

 

 残酷なまでの真実を突きつけて、ニヤリと笑った。

 

 

「“敵を見誤るなよ”ってやつだ」

 

 

 私は目をそらし、ギターを鳴らした。

 

 

 ライブは何というのだろうか、まぁ普通だ。

 

 私は昔より堂々とギターを弾けて入ると思う、巧緻で言うなら、十分な演奏ができている。

 

 そしてお姉さんのベースの技術は相変わらずで、即興だというのに私のギターを完璧に支えていた。

 

 

 音だけでわかる。楽しんでいるって音だ

 

 

 そのベースにつられそうになる自分に気づいて、私は心を止める。

 

 より正確でうまい演奏、それだけを心掛けた。

 

 

 これでいい、別に悪いわけじゃない、余計なことはしないでいい

 

 

 そう抑えた音色を出し続けていると、お姉さんは急に音を外しだすのだから私のペースは乱された。

 

 余計なアドリブ、リズムを崩し、ベースの意義を放棄したこちら側への挑発。

 

 

 ――きみをみせてみろ

 

 

 そんなことが言いたげだと私は感じた。

 

 

 私はそれを無視して、受け流す。

 

 暴れたいなら勝手にやればいい、私がベースに合わせればいいだけだ。

 

 

 暴れ馬を乗りこなすように私はギターを弾く。

 

 

 お姉さんの挑発には乗らない、傍から聞けば一応の体裁はとれているはずだ。

 

 そうだ、これでいい、これでいいんだ。

 

 

「だ、大丈夫! がんばって!」

 

 

 え?

 

 

「ちょっとあんた、何言ってんの?」

 

「なんか、ギターの人、我慢して辛そうだったからつい……」

 

「ついって……」

 

 

 安定した演奏をしているはずだった。

 

 私の内心はとにかく、技術で言えばこのライブには何の痂疲もない

 

 

 私の動揺とタイミングを合わせたように、お姉さんの演奏がさらに自由なものとなる。

 

 

 ライブを壊しかねないほどのアドリブに、私は思わず抗議の声を上げそうだった。

 

 

 ――やりたいようにやれよ

 

 

 ベースはそう好き勝手に言ってくる。お姉さんはいつもそうだ。

 

 

 不意に、猛烈な熱が腹の底に渦巻いた。

 

 

 それが怒りによるものと気づく前に、私の指が弦に吸い付き、ギターをかき鳴らす。

 

 ベースを置き去りにするぐらいの気持ちで私は弾いた。

 

 

「おぉ、そんな感じね」

 

 

 お姉さんのそんな呟きと半笑いの表情が癪に障り、私の指がさらに加速する。

 

 

 好きにやってみろだって! どうもできない!

 

 終わった話なんだ! 今更!

 

 このままだ! わたしはこのままでいる!

 

 どうしようもないことを考えずにしておくなんて、貴方だってそうしてきたじゃないか、私と何が違う!

 

 

「……ッ! それってさ、左でやりにくくないの?」

 

 

 まだ足りない、私の速度についてくる。

 

 

 

 1つの曲が終わった。

 

 

 私は次の曲でギターを逆に構えなおすために、ストラップを付け替えようとして……。

 

 

「あっ、逃げたギターだ」

 

「ここにいたのね、ひとりちゃん、ってコレどういう状況……」

 

「……! SICK HACKの廣井さん……!」

 

 

 

 その一言で私はライブのことなんて忘れて飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、それじゃあチケット2枚で3000円です!」

 

「はじめて路上ライブ見たけど良かったです!」

 

「今度のライブも頑張ってくださいね! あっ今やった曲もやりますか!」

 

 

 虹夏ちゃんがテキパキとチケットを販売する後ろで私は慌てふためいていた。

 

 

「だってさぼっちちゃん! 今の曲もやりますんでぜひ来てください!」

 

「すすすす、すいません、ライブからに、逃げてしまって……!」

 

「いいよいいよ、こうやってチケットもさばけてるし、残りあと一枚だけならなんとか」

 

「あっ、その一枚、私に売ってよ」

 

 

 虹夏ちゃんの持ち上げたチケットを指さすお姉さんは懐からお金を取り出した。

 

 

「えっ、いいんですか、チケットを売るのも手伝ってもらったのに」

 

「ははは、手伝ったわけじゃなくて、ひとりちゃんに興味があるから一緒に演ったんだよ、それに結束バンドだっけ? 君たちのライブも見たいから!」

 

「あっ……、ありがとうございます。その、さっきの演奏は……」

 

 

 私は多少の気まずさを感じながらお礼を言った。

 

 ケンカのような演奏の仕掛け合いのまま終わったのだから、私は引け目のようなものを感じてしまう。

 

 

「あれね! こっちこそごめんね、お悩み相談はうまくできなかったみたいだ。けどまぁいいじゃん、ライブは楽しかったし!」

 

 

 だけどもやっぱり、お姉さんはそんなことを気にせずけらけらと笑った。

 

 

「どうにもできないものをどうするかなんて、私達みたいな人種が出来ることはどうせ一つしかないんだから、悩むのも馬鹿らしいよ、じゃ! ライブ楽しみにしてるよ!」

 

 

 お姉さんはお金を押し付けるように渡すと、来た時と同じ唐突さで、帰ろうとする。

 

「ま、待ってください!」

 

「ははは、さっきのことはホントに気にしないくていーよ」

 

 

 

 軽く手を挙げて、お姉さんは振り返らずに去っていく

 

 

 

「い、いえ、帰りの電車代とか足りてます?」

 

 

「…・・・ぼっちちゃん、ちょーっとお金貸してくれたらうれしいなって……」

 

 

 少し先でごそごそと体をさすっていた人影はくるりと振り返って、小走りで近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ううん? あぁ~、良く寝……、たきが全然しない。うえー、頭がガンガンするぅ~」

 

 

 暗く薄暗い地下、ひとたびライブが始まれば色とりどりの閃光が飛び交うそこに女はいた。

 

 

「だめだぁ……、向い酒をキメないと……」

 

 

 慣れた手つきで懐から常備されたパック酒を取り出し、ストローで突き破ろうと力を籠める直前

 

 

「……うーん、やっぱりちょっとだけ水飲んで休もうか、1時間だけ禁酒してあげよう、今日はそんな気分だ」

 

 

 

 そう女は呟き

 

 

「珍しいですね、廣井さんが酒を控えるなんて、とうとう体が……?」

 

 

 それに答えるものがいた。

 

 

「いんや~、それにロッカーが酒とタバコで死ぬわけないじゃん! はははは!」

 

 

 大笑いする女に対して薄い反応をかえして、その人物は自分の物であろうパソコンに向きなおる。

 

 

「そういえば前のバンド面白かったね! ドラムとキーボード、あとヴァイオリンでやった奴! あれでよくやろうと思ったよ」

 

「ちょっと思いついた曲に必要だったんで揃えたんです」

 

「キーボードがさー、ゴリゴリにエフェクターかけてギターの代りやってて、それがいい感じにはまってたねぇ、またなんかあのメンバーでやるの?」

 

「あぁ、あれは一回限りですよ、たまたま話に乗ってくれそうな人がいて頼んだだけなんで」

 

 

 既に終わったことに興味はないとでも言いたげな背中を向けながら、事も無げにそう言い切った。

 

 

「じゃあ今回、この天才ベーシスト廣井きくりを呼んだのも思いつき?」

 

「ツインベースでやりたいことがあるんで、先週に曲を作ったんです。でもこれを演奏するには私の次か、同じくらい上手いベースじゃなきゃ意味ないですから」

 

「へぇ、言うようになったじゃん!」

 

 

 互いに目を合わせることはせず、口の端を持ち上げる。

 

 

「ふーん、でも、それじゃあ固定のメンバーでやるのはもうないんだ」

 

「えぇ、結局自由に音楽をやるなら、こっちの方が都合がいいですから」

 

 

 背中越しにはその表情は一切伺えない

 

 

「じゃあ、今作ってるのって何の曲?」

 

 

 パソコンに何かを打ち込んだ手が一瞬止まる。

 

 女は体勢を変えてその画面をのぞき込むと、そこには歌詞が映され、それに曲をつけている作業であることに気づいた。

 

 

「ボーカル付き? なんか珍しいね、仕事以外で作る曲、最近めっきりインストしか聞かないから」

 

「……さぁ、気まぐれですよ、歌詞を考えるのは不得意ですけど、たまに思い浮かぶときはあります。あと、あんまり作りかけの曲は見ないでください」

 

 

 女はヘラヘラと笑いながら謝る。

 

 そしてしばらく考え込んだ後、意地悪そうな顔をして話しかけた。

 

 

「そういえばさ、さっきぼっちちゃんの夢を見たんだ。いやー懐かしかったなー」

 

 

 パソコンの上で動いていた手が一瞬固まり、数秒後に何事もなかったのだと言いたそうに規則的に動き出した。

 

 

「そうですか」

 

 

「どんな夢を見たか知りたい? いや、笑えるんだよ、いつもみたいに落ち込んだぼ――」

 

 

「そういえばベースの件、一緒にやってもらうということでいいでしょうか、嫌なら別に構いませんけど」

 

 

 あまりに露骨な反応に苦笑しながら女は別に異論はないと同意する。

 

 

「昔話に花を咲かせたかっただけなのに……、じゃあよろしく、作曲家の山田リョウさん、聞いたよ、チャート2位の楽曲提供したヤツ、大活躍じゃん」

 

「仕事ですから、本当にしたいことのためのコネと金作りです、私としては今作ってる曲が本業のつもりですよ」

 

「なるほどねぇ……」

 

 

 それが本当に君がしたいことなら手伝うよ、そうからかおうとした女は、さすがにそこまで言うと怒らせてしまうかと、ネジの緩んだ脳で幸運にも思いとどまる。

 

 

 難儀なもんだと、他人事のように考えて、女は紙パックの酒にストローを突き立てた。

 

 

 

 

 

 

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