ぼっち・ざ・りたーんず!   作:百合原理主義者

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第9話

 

 

 

 昔から自分が器用な方ではないと自覚はしていました。

 

 

 走れば転ぶし勉強はいつもドベ、人付き合いに関しても、ここまで不器用な人間はなかなかいないんじゃないかなと自負しています。

 

 できないことを続けるというのは非常に苦しいもので、苦手意識を持ったことをするというのはとても苦しく、つい逃げてしまうこともしばしばありました。

 

 

 ですが、そんな不器用な私でもギターだけは続けました。

 

 どんなに下手でも続ける中で手に入れたモノは自分を裏切らない

 

 それがいつか、私の中の小さな自信になりました。

 

 

 

 ……思えばきっと、人と関わることもそうすべきだったんでしょう。

 

 

 

 私の人との関係はいつだって幸運で手に入れたもので、自分から動いて手に入れたものではありません。

 

 そんな優しい関係の中で自分は成長した気になっていたのです。

 

 自分から関わるために動かなければ本当の意味で自分が成長しないのは分かってたというのに……

 

 

 言い訳を言うのなら

 

 

 それでも、どうしてもこわかったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とリョウさんが作った楽曲を世に出し、それから1月ほどが経ち、世間の反響はかなりのものでした。

 

 

 

「いやぁ! 売れてきたね!! 君たちはもはや一角のアーティスト! これからどんどん楽曲を出していこう!」

 

 

 ひょっとしたら私達結束バンドの名前は知らなくても曲はどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか

 

 そんな風にちょっとうぬぼれた事を私が言えるぐらい、当時のテレビやラジオで流されていたと思います。

 

 

「……それじゃあこれからは好きに曲を書かせてもらってもいいんですか?」

 

「こ、こらっリョウ!」

 

 

 リョウさんがそっけなさそうに言います。

 

 前回の楽曲はリョウさんが納得して出したものではなかった。

 

 プロデューサーさんとの詳しいやり取りを知っているのは私だけでしたが、期限に間に合わず未完のまま曲を出してしまったということは、自然と他のメンバーにも伝わってしまいました。

 

 

「うんうん! まぁ気持ちはわかるよ、そりゃなんでも自由にとはいかないけど、山田チャンが我慢した結果君たちは“有名アーティスト”としての地位を手に入れた。ハッキリ言って自由度は段違いだよ、この意味が分かるかい?」

 

 

 リョウさんの視線を笑顔で流すと人差し指をピンと立てて私たちに言い含めるようにプロデューサーさんは話します。

 

 

「いままで僕たちは売り込む側だった。前のタイアップ一つでも“楽曲の権利をあげるから、仕事をください!”って具合さ。 でも今はもう違う、君たちは求められる側になったんだ。世の業界人が君たちに仕事をしてくださいと頭を下げて頼まれる側になったんだよ」

 

 

「たしかに、仕事を選ぶ立場になったってことは、結構わがままも言えちゃうかも……? うん、これからはもっとノビノビとやれますよ! だからリョウ先輩も機嫌直してください!」

 

「フフ、これから私たちは人を顎で使う立場……、郁代、コップにお茶ついどいて」

 

「ハイ! 先輩!」

 

「秒で機嫌直ってるし、そもそも喜多ちゃんをパシらないの」

 

 

 私達の会話を聞いていたプロデューサーさんは苦笑いを浮かべます。

 

 

「まぁ、大体はそういう理解でいいよ、けど受けた仕事はきっちりとやってもらうし、そこで天狗になっちゃうと業界からそっぽ向かれちゃうから気を付けてね、有名になるってことは今後君たちが一緒に仕事をするだろう人たちだって一段上の有名な人たちになっていくんだからね」

 

 

 そう言葉を結んでプロデューサーさんは私達との打ち合わせに入りました。

 

 打ち合わせといっても話すのはもっぱら虹夏ちゃんですので私は端っこに座ってるだけです。

 

 

 

「うん、じゃあこの映画の主題歌、頼まれてくれるんだね」

 

「はい、リョウとぼっちちゃんもこれくらいの期間ならやれそう?」

 

「は、はい」

 

「今回はもうほぼ作り終わってるので、そこからどう売り出すかはお願いします」

 

 

 映画の雰囲気に合うかは知りませんけど……、そう最後にぼそりと話すリョウさんを虹夏ちゃんがたしなめながらも打ち合わせは続いていきます。

 

 そしてその話し合いも特に問題なく終わり、ほっと胸を撫でおろそうとした時、プロデューサーさんは思い出したかのように手を叩きました。

 

 

「あっそういえば仕事と言えばなんだけどさ、喜多チャン個人に仕事が入ってるんだよね」

 

「個人での仕事ですか?」

 

 

 突然の話に私の背がピンと伸びます。

 

 

「そう、向こうの人がぜひ君にってさ! 前の取材の時にたまたま君を見て美容品の宣伝をして欲しいって言ってくれてさ!」

 

 

 なんとなくですが、プロデューサーさんは本題を話す時、物のついでのように話してくる。

 

 そんな風に思えて思わず警戒してしまう私でしたが、話を聞く分にはそこまで警戒する内容ではありませんでした。

 

 

「いや、話だけでもって試供品も貰っちゃってさぁ……、僕が貰っても仕方がないから君たちどうだい?」

 

 

 目の前にどさりと置かれた箱の中、高級感のある小瓶の一つをとって、ラベルを眺めてみますが私にはオシャレな柄にオシャレな字体でなにかが書かれている程度しか分かりません

 

 

「な、なんとなく高そうなのは分かります……」

 

「ひとりちゃん! それが気になるの!」

 

「えっ、あっ。はい?」

 

「じゃあ教えてあげるね!」

 

 

 喜多ちゃんは私の手に持っている瓶と同じものを手に取って目を輝かせています。

 

 

「へぇ、喜多ちゃんに向いてそうな仕事だけど、……ってこれ結構高いとこのやつじゃない?」

 

「で、売ったらいくら位になりそう?」

 

「山田チャン、これ一応新商品だから転売はしないでね」

 

 

「ふ、ふふ、ひとりちゃんみて! 新商品ですから出回ってない品! ここのコスメ! 物はいいけど学生だとちょっと背伸びしないといけない値段なのにこんなに! 乳液のセット! こっちはトーンアップに使えるファンデ! それにそれにこっちは……」

 

 

 そんな虹夏ちゃん達の会話を横に、私に向かって話し出す喜多ちゃんに私は圧倒されていました。

 

 

「うわー、ベースの弦を語ってる時のリョウみたい」

 

「えっ……」

 

「ひとりちゃん! でねでね!」

 

 

 よくわからない専門用語をまくし立てられて頭の中はパンク寸前です。

 

 

「というよりひとりちゃんって肌綺麗だけど普段どういうケアやってるの!」

 

「えっ、あっ、その……」

 

「すごく真っ白で……、実は前から気になってたのよね!!!」

 

「あひっ」

 

「そういえばぼっちちゃん肌綺麗だよねー」

 

 

 喜多ちゃんの圧にやられそうになります。

 

 

「せ、洗顔とか、それで……、あっ……、日光とか浴びないようにしてます。……浴びないように? いや、私の場合は浴びれないだけだ……、ずっと家の光ささない押し入れにひとりぼっち……、この肌は健康故の白さじゃないんだ……」

 

 

 腕の袖をめくって自分の生白い腕を見ながら、物心ついてのインドアさを噛み締めました。

 

 

「ぼっちちゃんがネガティブにはいっちゃった」

 

「私は予想はしてたからあえて聞かなかった」

 

「ご、ごめんなさいひとりちゃん、ちょっと私、舞い上がっちゃって」

 

 

「あー、それでだねキタちゃん、どうだい、その調子だとこの仕事受けるってことでいいかい? 僕としてはこういうのは顔を繋げる意味でもやってみるのをお勧めするけど」

 

 

 私達の話を遠巻きに見ていたプロデューサーさんは咳ばらいを一つついてからそう聞きました。

 

 喜多ちゃんは少し悩んだ後

 

 

「ごめんなさい、見送らせてください」

 

「えっ、いいの喜多ちゃん? すごい乗り気な気がしてたけど」

 

 

 受けるものと思っていた私も意外に思って、少し申し訳なさそうに笑う喜多ちゃんを見ます。

 

 

「興味はあるんですけど……、今は一人でやる仕事よりこの4人でやる仕事の方が私にとってはなにより大切ですから!」

 

 

 そう言って太陽よりも明るい笑顔を私たちにみせます。

 

 

「お、おぉ、嬉しいこと言ってくれるね喜多ちゃん!」

 

「別にやりたければ好きにしていいと私は思うけどね」

 

 

 虹夏ちゃんは照れたようにはにかみ、口ではそっけないことを言ってるリョウさんも少し口角が上がっています。

 

 

「……うん! それならそれでいいさ、まぁこの手の話は今後も出てくるだろうからその都度相談させてもらうよ!」

 

 

 プロデューサーさんもそれ以降はこの仕事の話はせずに打ち合わせへと戻りました。

 

 

 この話はここで終わりと思いましたが、後日思わぬところで話が繋がります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは私達の楽曲が映画の主題歌として使ってもらえることになった時です。

 

 

「今回は共演者の方もいるんだからみんなくれぐれも頼むよ!」

 

 

 そう言って送り出された私達

 

 とはいっても私たちはミュージシャンであって俳優ではありません。

 

 今回呼ばれた理由は試写会の舞台挨拶

 

 そこで私達結束バンドは映画の主題歌を披露することになっていたのです。

 

 

「本物の俳優さんと話せるなんてめったにない機会ですよ! さぁみんなで挨拶に行きましょう!」

 

「うわぁ、この俳優さんとか、この女優さんとか、テレビで見たことがある人達だ……、いや当たり前なんだけどさ……、ちょっと気後れしちゃうよね」

 

「めんどくさ……」

 

「あっ、あ、あ、あ……、俳優……、び、美男美女……、陰キャバンドマンと対をなす陽キャのみにだけ許される職業……」

 

「いやぼっちちゃん、そんなことはないと思うよ」

 

 

 案内された楽屋でさっそく喜多ちゃんはワクワクした顔であいさつ回りを提案しますが、私は圧倒的偏見に囚われ、動けなくなってしまっていました。

 

 

「ひとりちゃん、がんばれそう?」

 

「人前に出ることに興奮を覚える人種……、表に出す態度がすべて虚構の闇の存在……、チヤホヤ界のトップランカー……」

 

「ぼっちちゃん、ダメみたいだね……、相手に失礼だから戻るまで置いておこうか」

 

「じゃあ、私はぼっち見てるから留守番して……」

 

「リョウも行くの、ぼっちちゃんは体調悪いとでも言っておくから、ホラ立って」

 

 

 

 結局その後の試写会も話を振られても前にでるのは虹夏ちゃんか喜多ちゃんで、私はただ演奏だけして何とかその日の仕事を終えることが出来たのです。

 

 

 

 そこで終ればよかったのですが、話の本題はそれから1週間程たった後のことです。

 

 

 

 

「ひとりちゃん、行きましょ」

 

「あっはい」

 

 

 その日は新しい仕事で使う曲についてリョウさんが呼ばれ、虹夏ちゃんもその話し合いについて行ってしまったので、残る私たちは先に車に乗るために移動していました。

 

 

「あー、うん、後藤チャン、ちょっといいかな?」

 

 

 その時、廊下のドアが開いたところにプロデューサーさんの顔がヌッとでて、こちらを手招きしています。

 

 

「えっ、あっ、は、はい……」

 

 

 突然の呼び出し、私は思わず立ちすくんでしまうと、そっと肩に手が触れます。

 

 

「ひとりちゃんに用ですか? 珍しいですね」

 

 

 そう問いかける喜多ちゃんにプロデューサーさんが気まずそうな表情を浮かべます。

 

 

「あちゃー、喜多チャンも居たかー、うーん、ちょっと後藤チャンに用事が合ってさ」

 

「ひとりちゃんにどんな話ですか?」

 

「あー、まぁ、本当は一対一で話そうとしてたんだけど仕方がないか、ちょっと二人とも来てくれないかい?」

 

 

 そう言って部屋に招かれた私達に、プロデューサーさんが既に準備されていたティーカップを二つ出してくれます。

 

 

「大した話じゃないんだよ、けどまぁ言わないのも良くないから一応話しておこうと思ってね」

 

 

 あらかじめ用意された3つ目のお茶を飲みながら、プロデューサーさんがいつもと違う、重く真剣な表情で話し始めます。

 

 その迂遠な話の切り出し方に、私はあまり想像したくないような話を連想し、身を縮こませました。

 

 

「いやね、僕も人づてに聞いた話なんだけどさ、前にドラマの試写会で仕事をしたときさぁ、ぼっちちゃん体調悪かったんだって?」

 

「あっはい……」

 

「でさ、その時どうやらしてなかったみたいじゃない、挨拶とかさ……」

 

「うっ、あっ……、そ、そ、その……」

 

「あの! なのでその分私達が挨拶に……」

 

「僕も詳しい話は分からないんだけどさ、その時の俳優さんが一人だけ挨拶に来てないって怒ってるらしいんだよね、この業界は伝統的に挨拶を重視してる人多いからむしろこれだけは気を付けて欲しくてさ」

 

「ひとりちゃんの良いところはもっと別の所でたくさん……!」

 

 

 喜多ちゃんが横から私をフォローしますが、それがまた情けなく、自分を小さく感じてしまいます。

 

 

「まぁね、後藤チャンがそういうの苦手だけどがんばってるのは分かるよ、でもさ、それは僕たちには分かるけど、一緒に仕事する人たちに分かってくれとはいかないよ」

 

「それは……、でも、だから私たちがいるんです!」

 

「…………」

 

 

 喜多ちゃんが弁明してくれているというのに、当の注意されている私は何も言えずに下を向くことしかできませんでした。

 

 

「まぁまぁ、そんなに気にしないで」

 

 

 そんな私たちに対して、重い口調を止め、いつもの軽い笑顔をプロデューサーさんは見せます。

 

 

「こんな話はよくあること、別に僕も知っておいて欲しいだけで、次で気を付ければいいだけさ、都合がいいことにその俳優さんのとこのプロデューサーと僕、結構仲良くてね、悪いようにはならないさ」

 

 

 その話に私と喜多ちゃんはほんの少しだけ気を楽にします。

 

 

「で、なんだけどさ……」

 

 

 プロデューサーさんは唇を軽く舐めてからそう切り出します。

 

 

「この前した喜多チャンの仕事の話おぼえてる?」

 

「えっ?」

 

 

 話が飛んで、私達は困惑します。

 

 

「あぁ、いきなりで分からないよね、いやね、その俳優の所属するプロデューサーっていうのが前に話したキタちゃんを気に入って仕事をふってきた人なんだよね」

 

 

 私の話は既に置いていき、プロデューサーさんは喜多ちゃんに大きな身振り手振りで仕事の話を続けます。

 

 

「まぁ、頼みごとをするのにも手土産っていうかさ、そういうギブ&テイクがあるとないとじゃ話のしやすさが違くてね、どうだい喜多チャン、前の話、もう一度考えてみない? 興味がないわけじゃないんだろ?」

 

 

 喜多ちゃんがチラリと私の顔を見てから、まっすぐにプロデューサーさんの方を向きます。

 

 

「分かりました。もともと興味はありましたし……、そのお仕事お受けします」

 

 

 私は自分の不始末のしわ寄せをさせてしまったことに申し訳なさを感じ、更に頭を重く感じてしまいます。

 

 

「ひとりちゃん、別に挨拶ぐらい気にしないでいいのよ、ひとりちゃんはすごいんだから」

 

 

 そう言ってくれる喜多ちゃんは本当に気にしていないと分かってしまう程、曇りない表情で私に笑いかけてくれました。

 

 

 

 

 その後、喜多ちゃんは一人の仕事が増えました。

 

 

 もちろんバンドでの活動が第一で支障が出ない程度です。

 

 始めは一緒にやると言っていた喜多ちゃんが個人で急に仕事をすると言い、虹夏ちゃんとリョウさんは驚いていましたが、傍目からもわかるほど本人も楽しみながらやっているのでメンバーからの不満などは全くありませんでした。

 

 むしろ喜多ちゃんを皮切りに、それぞれでやれることでバンドに貢献していこうという方向にみんなは動き出しました。

 

 より外側へ、虹夏ちゃんは取材やゲスト出演など宣伝に力を入れて動き回りスタッフさん達とよく話し込んでいるのを見かけるようになりましたし、リョウさんは会社の伝手で知り合った作曲家の人と頻繁に連絡を取るなど意外な行動力を見せています。

 

 もちろん私も作詞など、やることは多くありましたがふと周りを見まわすとなぜか不安な気持ちになってしまいます。

 

 

 それぞれの場所で輝く仲間を見て、ひょっとして、自分だけ何も変わってないんじゃないだろうか?

 

 

 そんな不安がどうしても拭い去れなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふとギターの演奏を止め、顔をあげる

 

 顔をあげればそこは私の通う学校、その隅にある小さな部屋だった。

 

 

 

「どうしたのひとりちゃん?」

 

 

 視界が赤い、練習に集中しすぎていたのだろうか、もう6時前になってるのだと、窓からさす夕日をみてようやく気づいた。

 

 

「なんか、懐かしくて……?」

 

「ぷっ、なにそれ、でも夕日を見るとなんとなくノスタルジックな気持ちになるのは分かるかも」

 

 

 昔……、高校生の時、人と触れ合う機会の少ない学生生活だったが、そんな私でも思い出といえるものはあった。

 

 例えば、喜多ちゃんと放課後に残っての練習はまさにその中の一つだろう。

 

 

 特別教室棟の奥まった場所にある小部屋、夕日さすそこで二人向かい合ってギターの練習をしているこの何気ない時間が、未来の私にとってはかけがえのない思い出だった。

 

 

 穏やかな気持ちになって、自然と私の手はギターの弦に触れる。

 

 オリジナルというにはおこがましい適当なコードを鳴らしながら鼻歌まで鳴らしてしまう。

 

 ふと顔をあげると自分をじっと見る喜多ちゃんの目線とぶつかっていることに私は気づいた。

 

 

「はぁ……、やっぱりひとりちゃんは遠いなぁ、どんな練習をしたらそんなにうまくなれるの?」

 

「え、あ、その……」

 

「って前に言ってたわよね毎日練習6時間かぁ……」

 

 

 なにやら落ち込んだ様子の喜多ちゃんを見て私は慌てて何か気の利いた言葉をかけようとする。

 

 

「い、いえ、確かに初めは上手くいかないから練習って感じですけど、ある程度弾けてくると楽しくなって……! 私がそうだったんですけど、その後は練習なんて思わずにできるようになりますよ!」

 

 

 自分なりに元気づけようとした言葉ではあったが、喜多ちゃんは私の言葉を聞いて、逆にがっくりとうなだれるように頭を垂れた。

 

「……いま、すごく、才能の差という言葉の意味を感じたわ……」

 

「き、喜多ちゃんはすごいです、ギターだって、もう十分上手だよ」

 

 

 喜多ちゃんのギターの音を聞いて、私は素直にそう思う。

 

 私は自分の知っていることを伝えることしかできないので、喜多ちゃんにはギターをうまく教えることはできなかった。

 

 それでも喜多ちゃんの吸収力はすごく、あっという間に上達していくのだから本当の天才とはこういう人のことをいうのだろうと思ったものだ。

 

 

「むっ、ひとりちゃんにそう言われても、素直に喜べないかも」

 

「えっ、あっ、す、す、すいません」

 

 

 でも喜多ちゃんは素直に喜んではくれず、難しい顔をして少し不機嫌そうにそっぽをむいたので、どうしてそんな表情をするのかわからない私は酷く狼狽してしまう。

 

 

「フフ、冗談よ、先生に褒めてもらって嬉しいわ! 下校のチャイムが鳴るまでまだ時間あるでしょ? 一緒に何か弾きましょうよ」

 

 

 喜多ちゃんがそういってギターを構えなおすのを見て、私もギターを抱えなおす。

 

 

「一緒に演奏するなら、私だって楽しいと思うんだから」

 

「はい、私もそう思います」

 

「むっ、それだと意味ないじゃない。楽しむの禁止……とは言わないけど、まじめな感じでお願い」

 

「えっなぜ……?」

 

 

 この何気ない時間がどれだけ大切かを噛み締めながら、喜多ちゃんにとっても記憶の片隅に残ってくれればいいのにな、そんな少し自意識過剰なことを考えながらもう一度曲を弾きはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ、最近どうも疲れているのかしら」

 

 

 

 化粧台の前に座る彼女は、ほんの少しの居眠りから覚めた後、痛みを与えるように眉間を揉んだ。

 

 

「いけない、そろそろ時間だわ」

 

 

 その短い時間で彼女は完璧に意識を切り替える。

 

 一人しかいない楽屋を出ると廊下を進み、目的地へ、そこに行くにしたがって一気に猥雑な活気があふれだす。

 

  だだっ広いスタジオ、カメラとそこから伸びたコード、そこを駆け回るスタッフ達

 

 そんな中で光が当たる中央の煌びやかな場所に彼女は向かう。

 

 

 

「今日はよろしくお願いします!」

 

 

目の前の共演者達に向けて、彼女はいつものように笑顔を浮かべた。

 

 

「ご丁寧にどうも、ほんま今どきの若者にしては礼儀正しい子やな、今日も頼むで喜多チャン!」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

 この番組の司会者である大御所芸人に彼女は頭を下げ、決められた座席に座る。

 

 

 

 

 

 

「ハーイ 本番5秒前! 4! 3!」

 

 

 ADの威勢のいいカウントを聞きながら、彼女は前髪をさっと直し、しっかりと前に向き直る。

 

 

「いや、今日は初めての人が多くて賑やかでええけど、ファ-! なんや紹介が手間やなぁ! 」

 

 

 ここは次々と紹介されていく芸人、アイドル、文化人、アスリート、変わり種の職業まで、その時々の話題の人を集めて、司会の大御所芸人であるサバさんのトークでしゃべり倒すご長寿バラエティー番組

 

 

「どうも! マルチタレントの喜多郁代です!」

 

 

 拍手とともに次々と紹介されていく、そんな煌びやかな世界の中に彼女はいた。

 

 理由は単純、彼女と同じ事務所の後輩をサポートしてほしいということでこの番組に抜擢されたからである。

 

 

「えー、――さんは初登場、ロックのギターボーカル! はぁ~、そのごついギターなんや鈍器かと思ったわ」

 

「は、はいッ!」

 

 

 緊張でカチコチになっている後輩を見て、彼女はチラリと司会者の方を見ると一瞬だけ目が合う。

 

 後輩を売り出したい事務所の思惑に合わせるため彼女は行動した。

 

 

「へぇ! ロックやなぁ! そういえば喜多チャンもロックやってたらしいんよな?」

 

「そうだよ、ロックアイドルやってたじゃん、俺もみてたわー」

 

「そうですね! 結構有名だったんですよ! もぉー私、ギターでブイブイ言わせてましたから! ――ちゃんには負けませんよ!」

 

 

 彼女はロックバンドであって、アイドルであったことはない、しかしそんなことを言う必要はなく、求められてもいないことを彼女は知っていた。

 

 

「ほなちょっと見せてもらえるか?」

 

「いいですよ! 見ててください! ごめんなさい、借りるね」

 

「喜多さん! は、はい! 光栄でシュ…」

 

 

 彼女は後輩からギターを借りると、あまり緊張しないようにと小さく一言声をかけた後、借り物を構える。

 

 

 この番組は今どき珍しく、台本の意味があまりない、あるのは出演者とそのバックの要望だ。

 

 彼女は求められている通り、事務所の意向を叶えるだけの行動をする。

 

 

 彼女が弾いた曲はこの番組のエンディング曲でもあるアロエ・スミスのウォーキング・ディス・ウェイ、誰もが一度は聞いたことがあるような有名なリフだ。

 

 

 それを弾く、とても下手に。

 

 リズムは伸びて、抑えの甘い外れた音、ぎりぎり何の曲かわかるフレーズを彼女は弾いた。

 

 

「びっくりしたわ! 死にかけの馬のいななきかと思ったわ!」

 

「ひ、ひさしぶりで。それに他人のギターだから上手く引けなかったんです!」

 

「そんなレベルちゃうかったやろ!」

 

「じ、実は最近ギター触ってなくて……」

 

 

 芸人達の野次に共演者の笑い声が上がる。

 

 

「そ、即興なんてこんなもんですよ、ねぇ!」

 

「ほな、――ちゃん、やってみせてくれるか?」

 

「は、は、はい」

 

 

 言い訳のように口を尖らせた表情をした後、彼女はギターを丁寧に返そうとするが、まだかなり緊張している様子を見て、渡す前に顔を耳に寄せる。

 

 

「じゃあ、弾いてみて、大丈夫、すごくいいギターだった。きっと貴方もいいギタリストよ」

 

 

 彼女は他の人に見えないようにウィンクをして自分の席に戻る。

 

 

「……じゃあ弾きます」

 

 

 震えの収まった彼女が弾いたそれは、先ほどの演奏に比べれば雲泥の差で、分かりやすく賞賛された。

 

 それを見て彼女は外面は笑顔のまま、心の中でホッと一息つく。

 

 

 あとは笑顔と笑い声のタイミングだけは外さないようにしながら収録を続かせ、彼女の仕事は終わった。

 

 

 

 

 

「喜多チャンも若いのにご苦労やな、そんな芸人まがいなことせぇへんでもええのに」

 

「仕事ですから!」

 

 

 

 収録後にそう声をかけられるが彼女の笑顔は崩れない。

 

 

 辛くはない、なぜなら自分は人に合わせることが得意なのだからと、少なくとも彼女は自分でそう信じている。

 

 

「せ、先輩、今日はすいませんでした……」

 

「あら! 謝るところなんてなかった。今日も頑張ってたじゃない!」

 

「だ、だって先輩、あの演奏、先輩は本当はもっと…」

 

「あぁ、あれは別にいいの、もうギターなんて割とどうでもいいから」

 

「……え、でも」

 

「あら、ごめんなさい、これから用事があるの、じゃあまたね!」

 

 

 彼女は手首の時計を見ながらこう思う。

 

 

 別に自分のギターの腕がどう思われようとかまわないし、どうでもいい。

 

 あの場で私が上手い演奏をする意味はない、そういう“私”は求められていない

 

 

 彼女は他の同世代のタレント達のように売れるために目立とうとか、そういった気概は一切ない、ただ仕事として求められた役割を従順にこなすだけ

 

 そのような徹底した振る舞いが製作者側の人間に扱いやすいと評価をうけていた。

 

 

 

 事務所に帰り、彼女はマネージャーに仕事の報告をする。

 

 

「今日の収録お疲れ、プロデューサーも褒めてたよ、あの子、華はあるんだけど如何せんあがり症でな、同じ事務所の君がいれば少しは安心できただろう」

 

「マネージャー、えぇ、言われた通りにしましたよ」

 

「あの番組に台本はなくても、何を話すかは出演者次第だからね、君はこういう時に本当に心強いよ」

 

「そう言っていただけるとありがたいです。じゃあ私はこれで上がります」

 

「お疲れ様」

 

 

 

 こうして彼女の一日の仕事は終わる。

 

 

 帰る場所はそこそこ良い値段をするマンションの一室

 

 

 まずシャワーを浴びた後にストレッチとスキンケア、作り置きした簡単なもので軽く夕食を済ませる。

 

 そうして彼女は一息ついてから立ち上がり、部屋の奥にある一室に向かう。

 

 

 この一室を条件に部屋を探したので、彼女は部屋を探すのに苦労した。

 

 

 

 その部屋は小さく、置いてある家具は向かい合うように置かれた椅子が二つだけ、外界の音が入らない音響室

 

 室内を照らすのは、まるで夕日のような暖色が過ぎるサンセットライト

 

 そんな空間で彼女はその一つに立てかけてあるギターを掴むと、何も置いていない向かいの椅子にスマホを立てかけた。

 

 

 

 

 小さな画面から発される音楽をなぞる

 

 理解しようとする。

 

 あるいはその音を支えるためのメロディを弾く

 

 

 

 正確な運指練習のためのスケール練習、リズム感を鍛えるための実践や書籍での理解

 

 いろいろなことをしてきたが結局、彼女がたどり着いた方法は理想の音をなぞること

 

 

 人に合わせる。

 

 

 というよりはそれだけが自分の取り柄だと彼女は自嘲する。

 

 

 しばらくして、彼女の指の動きと画面の向こうの音が乖離しはじめていく。

 

 

 そして違和が大きくなり、それが聞くに堪えないほど決定的な瞬間となって訪れると、彼女は癇癪のように自分の太ももを叩いてしまう。

 

 

「何やってんの……、合わせるのだけは得意なんでしょ……!」

 

 

 画面の向こうから突き刺してくる音は、彼女の技量を大きく超えているのに。その後時々投稿されている動画を見れば、まだ成長を続けていることは分かっていた。

 

 

 一握りの天才というものは実際にいる。

 

 彼女の知るそれは、努力を努力とも思わないギターの申し子だった。

 

 

 単純に離され続ける実力に歯噛みしながら彼女はそれでもギターを弾いた。

 

 

 

「もう一度最初から……」

 

 

 

 それでも彼女は諦められない。

 

 

 彼女は向かいに座る椅子に少女の姿を幻視する。

 

 

 今日は仕事のせいで5時間しか取れない計算である。彼女はその内訳の中でボイトレに割く時間を考える。

 

 

 

 時間を無駄にしないためにも彼女は練習を続けた。

 

 

 

 

 

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