そのトカゲは一人だけでやってきた。
なにやら揉めていたらしく、仲間を何かしらの手段で麻痺させて無謀にもこちらへ来た。
まるで自分一人だけで済ませると言わんばかりに、自己犠牲のようでばかばかしく侮辱しているのではないかと思うくらいである。
「あんたが、あの時のアンデットを率いてた奴か?」
薄汚い緑のうろこを持つリザードマンがコキュートスに問いかける。
実際、先の戦いで低級アンデットのみを指揮していたのはコキュートスで間違いない。だが、それは敗北で、そして新たな可能性を見つけることが出来た戦いでもあった。
「ソウダ。私ガ指揮シタ」
「なるほど。あの感じだと初陣ではしゃいじゃってたんじゃないか?」
「……………………」
図星である。本当に初陣でありながら相手を侮り敗北してしまった傷をほじくり返してくるあたり挑発もできそうだと彼は考え、そして口を閉じた。
「まあいい。それよりも約束だ。俺があんたに勝てば金輪際俺たちリザードマンに危害を加えない、間違いないな?」
「…………アインズ様ノ慈悲ダ。今カラデモ遅クナイ、他ノ仲間ヲ連レテクルトイイ」
「へえ、その様子だと情報戦もあまり得意じゃなさそうだな」
まあ無理もない、とリザードマンは頭を振る。まるで自分が有名人であるかのように振るうさまはお山の大将である証明にしか見えなかった。
「一人だ。俺一人でお前を倒す」
「正気カ?」
「無論、正気だとも。何故なら…………」
不審に思ったコキュートスだったが、目の前のリザードマンの変化を止めることは出来なかった。
何故なら、くすんだ緑のうろこがエメラルドグリーンに輝き始め、その身から放たれる覇気は強大で、至高の御方に匹敵、いやそれ以上なのかもしれないと近くにいたコキュートスが考えてしまうほどの奔流が凍った沼地にひびを入れる。
「我が名は『メルト・ダウン』!ユグドラシルにてレイドボスを担当したことがあるリザードマン!さあ
そして
「(えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!?????)」
アインズことモモンガは顎の骨が取れて落ちてしまうかというくらいあんぐりと口を開いていた。
幸いにも支配者にふさわしくない顔は目の前のリザードマンの変化に注目していた守護者たちには見られていなかった。
即座に鎮静が入るもモモンガの無き脳をフル稼働して考える。
「(ウッソだろおい!よりによって非公式レイドボス引き当てちゃうのか!?来ていないって可能性が抜けていたのは確かだけど、これってヤバいんじゃ)」
「なんなんですかあのトカゲ。『れいどぼす』なんてよく分らない口上」
「何かしらの称号でしょうか?ですが聞いたことが無い以上、大したものではなさそうですね」
「何はともあれ、コキュートスの負けはないでしょう」
「(何も知らないから過小評価しちゃってるーーーーー!)」
上からシャルティア、デミウルゴス、アルベドの台詞だが、モモンガが言う通り過小評価してしまっている。
コキュートスが自慢の武器を空間から取り出した以上、負けはないと考えているのだろうが、モモンガは違った。
「あ、アインズ様?どうしたんですか手で顔を覆って」
無意識に顔を覆っていたもモモンガに対して疑問を投げかける。彼女はコキュートスの負けはないと考えているようで戦場には興味を持っていなかった。
「なんということだ…………」
「アインズ様?どうされましたか?」
こいつら何にも理解していない…………
そのような絶望に近い感覚でモモンガは問う。
「コキュートスは負けないと思うか?」
「それはもちろんでございます。武器を扱う点に関しては彼ほど上手なのは至高の御方くらいでしょう」
「ぼ、僕もそう思います!体もおっきいし、力強いし…………」
デミウルゴスが冷静に分析し、何故かマーレも口添えをした。
その回答にモモンガはため息を吐く。
「そうか…………この戦い」
そう言った瞬間、何かが切り落とされたような音が嫌に響く。
「コキュートスは負ける」
それは死の宣告だった。
時は少し巻き戻り、本当の姿を見せたメルトにコキュートスは静かに自分の最高の武器である斬神刀皇を取り出し構える。
武人としての勘が告げている、一瞬でも気を抜いたら死が迫るということを。
「…………ハアァッ!」
全力をもって斬りかかる。今、ここで、この一撃でこのリザードマンを倒さなければいけない!
自分の勘が間違っていないことを確信しながら刀を振り抜く。
だが、そこに感じたのは空を知る感触。つまり避けられたということだ。
「…………ッ!」
無論、一太刀で攻撃が終わるわけが無い。二の太刀、三の太刀とこの世界の住人のほとんどが見ることすら叶わず斬り捨てられるであろう剣戟を振るう。
だが何一つ当たらない。全て、完全に見切られている。
これこそレイドボスと言われる所以である。近接攻撃は全て回避してくる。基本的に気を散らすために振るう程度にしか効果がないのだ。
これはメルトがリアルで唯一誇れる(?)能力に由来する。
それは危機察知能力、命の危機に対して尋常じゃないほど頭が回転し、必ず生き延びることができる行動を取れる。
つまり、コキュートスの攻撃は一つ一つが命の危機に瀕するものであるため全部回避できているのだ。
逆に命の危機が無ければ回避できないのかと言われたらそうでもない。
彼の装備には『天翼の腕輪』という装備可能な重量を大幅に減らす代わりに素早さを大きく向上させるものを装備している。他にも『韋駄天の指輪』、『
つまり、大抵の攻撃は避けられてしまうのだ。
範囲攻撃なら当たるというが、前に説明した通り範囲攻撃を軽減するスキルをこれでもかと所有しているため減った装備可能枠を代わりにスキルで埋めているのだ。
「(当タラナイ!コノママデハ…………)」
あらゆる攻撃、角度やタイミングをずらしても必ず回避されてしまうということに焦りを感じるコキュートス。今までに出会ったことのないタイプの敵に彼は困惑し、危機を覚えていた。
何故なら向こうはまだ攻撃を一つもしていない。完全に様子見と言わんばかりに回避ばかりとっている。
PVPなら遅延行為と呼ばれそうだが、ここは現実かつ命を懸けた決闘だ。長期になるほど不利になる。
「なるほど、いいNPCを育てたな」
不意にメルトが言う。その間も攻撃は続けられており、そしてすべて回避されていた。
体格もいい上に尻尾という種族的に攻撃判定が増える部分もあるはずなのに、全て避けられている。
「そろそろ、終わりにしよう」
その言葉にコキュートスは一気に後退した。
未だにそこを見せぬ相手。そこから繰り出される攻撃は素手のみ。
何故そう言い切れるか?これは先ほども言った通り装備可能な重量をほかの装備によって大幅に減らしているため武器を持つ余裕がないのだ。
なのでリーチが短くても素手でいることが一番となる。
故にコキュートスは警戒していた。
特異なビルドをしている相手が徒手空拳による攻撃を極めていないはずがない。
下手をすれば一撃必殺になりうる攻撃を受けるわけにはいかなかった。
「『徒手聖剣』」
メルトが手を平らにする。それはまさしく手刀と言える形であり、限界まで引き絞るかのように外へと向けていた。
このまま突撃して手刀を叩き込むとコキュートスは考えた。距離も素手が届かない位置に立っており、あのリザードマンの回避行動から脚力も優れていて、詰め寄ることは造作もないだろうと判断したからである。
故に全力で防御する構えを取った。
それは間違いだった。
「『エクスカリバァ』」
離れているはずなのに届いた。そのような驚愕が最初に考えることが出来た思考。
それは、理解不能な出来事だった。
離れているはずのリザードマンが手を振りぬいた瞬間、まるで『次元が裂けたかのように』空間がずれ、そのずれが防御しているはずのコキュートスの体を切り裂いた。
次に感じたのは斬られたという熱い傷口の感覚。
「(マサカ、今ノハ『
冷たい血をまき散らしながら薄れゆく意識の中で後悔した。
「モウシワケ……アリマセン………アインズ様…………」
どさり、とコキュートスの巨体は倒れた。
「安心しろ。『手加減』はしておいたからな」
最後に聞こえたのは、これだけだった。
〜ちょっと解説・オリジナル要素〜
『天翼の腕輪』、『韋駄天の指輪』、『
・全部装備可能な重量を減らす代わりに素早さを上げる装備。装備しても防具がほとんどつけられないという点でゴミアイテム扱いされることが多い。
『
『手加減』
どれだけダメージを与えても体力を1残すスキル。デメリットとして与えるダメージが半減する。
『徒手聖剣エクスカリバァ』
メルトの強攻撃。その威力は文字通り『
非公式レイドボスとして名を馳せ始めた頃に運営に様々なイベントの敵役を手伝い、使用場所を制限されることを条件に報酬として使うことを許された。横暴すぎる。
ほかにも『徒手○○』シリーズがあるみたいだが…………?
これくらい許されるよね、だってレイドボスだもの(PVP基本禁止、その他レイド系参戦不可、基本一対多数でしか戦えない(もちろんメルトが一)