仮題:死狂う   作:属物

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第二話【ボンボンと昔話】

 

【chain saw man】

 

「乗りな、坊」

 

 夕闇に響いた祖父の声に頷く。

 ボンはクリームパンやらおにぎりやらなんやらを袋ごと投げ渡した。

 

「それじゃデンジ、元気でな。また持ってくるからちゃんと食えよ」

 

「ボンさん、あんがとなー!」

 

『ワンッ!』

 

 返事を背中に車に乗り込む。多分、デンジは手を振ってる。ポチタも尻尾を振ってるだろう。

 

「また犬に餌やってたのか」

 

「……残りモン食わせてただけだよ。犬でも人でもメシ食わせないでいい働きはしないでしょ」

 

 ガイコツに皮張ったみたいな身体でデビルハンターを出来てる今が異常なのだ。

 だからメシをやるのは雇い主として当然だ。自分と祖父の両方に言い聞かせる。

 

「はぁ〜〜〜。坊、おめぇはいい子だ。頭もいいし、性格もいい。俺の孫だから顔もいい」

 

 長いため息と共に長いお説教が始まった。ヤクザ教のお教えである。神妙に仁義を切り給え。

 

「けど甘ぇ。いいか、ヤクザに借金するような奴はクズだ。まともなら俺らに借金はしねえよ」

「だから飴を舐めさせたって恩を覚えねえ。こっちを舐めてつけあがるだけだ」

「まず鞭。それから鞭。そんでよく働くなら鞭を少し減らす。逆らうなら鞭をたっぷり増やす。それが犬の躾ってもんだ」

 

 多重債務者がそういう人間ばかりなのかはよく知らない。知ってるのはデンジくらいだ。

 

「デンジが借金したわけじゃないだろ」

 

「蛙の子は蛙ってやつだ。クズの親に育てられたらどうせクズになる」

 

 なるほど、自分もクズ予定のオタマジャクシか。口には出さず、窓の外へ視線を向ける。

 

「そっか」

 

 あの娘もそうなのだろうか。オタマジャクシみたいな黒目をしてた。死んだ蛙の卵みたいに濁った目だった。

 

 祖父の紹介で初風俗。脱童貞だと小躍りで行った。あの目が出てきた。萎える。萎えた。勃たなかった。

 親の借金で沈められた義務教育の歳相手。機能するはずもない。機能しなくてよかった。

 でも、仕事ができなきゃ殴られると震えてた。もう死んだ方がマシだと泣いていた。

 

「死んだ方がマシ、か……」

 

 ────

 

 ……にたくないっ! 死にたくないっ! 死にたくないぃっ!!』

 

 湯気の出てる内臓が溢れ出る。片手だからかき集めて押し込んでもまた飛び出す。右手はどこに落としたっけ。

 

『死ニタクナイノ? 死ニタクナイノネ。死ニタクナイヨネ!』

 

 メビウスの輪で出来たチェインメイル。嘲りの目玉が隙間から幾つも見てる。縦に割れた口が乱杭歯で嗤う。

 

 創作。漫画。チェンソーマン。悪魔。

 幻想。妄想。白昼夢。死に際の譫妄。

 

 でも死にたくなかった。だから契約を交わした。代価は……

 

 ────

 

「……ッ!」

 

 頭を降って記憶を追い出す。死ぬ前なんて思い出したくない。死ぬのは嫌だ。一度で充分。二度とゴメンだ。死にたくない。

 

「どうした、坊?」

 

「大丈夫、ヤなこと思い出しただけ」

 

 思考の軌道を無理矢理修正する。あの時あの子に何したっけ。

 そうだ。何もできなかった。何も言えなかった。デンジを前にした時と同じだった。

 だから口裏合わせると約束して、小遣いの万札を握らせた。店に奪われてなきゃいいんだが。

 

「そういや剣道はまだ続けてるのか? 大会とか出たのか?」

 

「続けてるよ、大会は出てないけど」

 

 ポチタがチェンソーの悪魔である以上、いずれマキマは来る。その時のために、巻き込まれないように、ひたすらに剣を鍛えている。

 役に立つだろうか。多分無駄だろう。でも縋れそうなものは他に思いつかなかった。

 

 いや、もう一つ。破茶滅茶で強く、無茶苦茶に強く、滅茶苦茶が強い奴がいる。

 

 デンジだ。

 

 

【chain saw man】

 

【chain saw man】

 

 

「ポチタ、気合い入れろよ。クリームパンまた食えるかもしんねぇぞ!」

 

「ワンッ!」

 

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ

 

 スターターの尻尾を引いて、ポチタのチェーンソーが周り出す。

 

『ピィィィ!』

 

 怯えたのか。興奮したのか。はたまたその両方か。ピーマンの悪魔が太いツタで鎌首をもたげる。

 鱗じみた葉と実を震わせて、巨大な頭部を四つに開いた。子供が大嫌いな悪魔ナンバーワンは一気に突っ込んだ。

 

 ボグン

 

 悪魔は土を存分に噛み締める。肉の味はしない。味わう予定の肉は30センチ横でチェンソーを振り上げている。

 

「そりゃあ!」

 

『ピィィィ!?』

 

 ギィィィン

 

 食い込んだチェンソーから血の味が満ちた。怯えた悪魔は頭を振り回す。

 だがチェンソーもデンジも離れてはくれない。ますます回転刃をねじ込む。

 

『ピィィィ! ピィィィ!』

 

「クリームパンなんだよ! 死ねえ!」

 

 あまりの痛みにピーマンの悪魔が悲鳴を上げる。苦痛に反応したのか、表面の実がボロボロと落ちた。爆ぜた。

 

 パァン パァン

 

「苦ぇ!? 苦ぇ!」

 

 殺意も吹っ飛ぶ驚きの苦さ。皮膚に触れただけでデンジの口の中は苦味でいっぱいだ。ポチタも苦かったのか半ベソをかいてる。

 

「クソ! 今はクリームパンの口なのに!」

 

『ピィィィ!』

 

 ビュオッ

 

 気の抜けた悪態に向けて、ツルの鞭が振り抜かれた。デンジは敢えて避けない。チェンソーの刃がツルにガッチリと食い込む。

 

「俺もポチタも苦ぇのヤだからよぉ〜

 一発で殺してやるぜぇーッ!」

 

 ギィィィィィィンッ

 

 チェンソーが回る。ツタをレールにデンジが加速する。

 チェンソーが回る。カタパルトのように一人と一匹が飛び出す。

 チェンソーが回る。重力加速度+チェンソー=真っ二つ。

 

 ギュィィィィィィィィッッッ

 

『ピィィィィィィ!!?』

 

「今日はクリームパンだぁぁぁっ!」

 

 悪魔でも頭から両断されて生きてられる筈もない。ピーマンの悪魔は当然死んだ。

 

 因みにデンジに渡したのはジャムパンだった。すごく微妙な顔をされた。

 

 ────

 

 デンジは強い。生身でも強かった。

 

 骨と皮の身で、ポチタだけを武器に、悪魔を降してみせた。

 

 その上、デンジは祖父が謳った理屈の例外だ。

 どうしようもない処はあるが、どうしようもない環境で育ちながらも、どうしようとも善性は失われなかった。

 今までのメシ分の恩義、そしてメシの種として善意を持って動けば、デンジは味方になってくれるだろう。

 

 だがデンジこそ……正しくはデンジではないが……マキマの標的なのだ。

 デンジを頼りとすれば必ず目をつけられる。支配されて、駒にされて、死なされる。

 

 死にたくない。

 

 例え何をしてでも死にたくない。

 誰を踏み躙っても死にたくない。

 

 全てはそこに行き着く。

 つまりはこうだ。

 

「やっぱオタマジャクシだな」

 

 

【chain saw man】


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