――コード・ウェイナー・スミス『人類補完機構(ショイヨルという名の星)』
第十話 0083 ゲリラ屋の影
二人の人物が、ジャブローの一室で対談している。
両者はソファに腰かけ、テーブルに並べられたサンドイッチをつまみながらコーヒーカップを傾けている。
地球連邦政府の首都であり、地球連邦軍の本部が設置されるジャブローにおいては、高官同士の談義など日常茶飯事である。
しかし、この二人――ゴップとレビルとなると話は変わる。
いまやレビル率いる結社であるエゥーゴは連邦政府議会において相応の議席を確保しており、連邦議会を通して地球連邦軍の編成に口を出せる、本物の権力主体となっている。
レビル自身は、相変わらず軍の高官として実権を握っており、こと地球軌道艦隊他、コンペイトウ等、仮想敵たる対ジオン戦においてキーとなる戦力を手中に収めている。
一方のゴップは、いずれ本人が政界に躍り出るだろうと噂される軍政家である。
「レビル君、ギレン総帥は君のところのアレが気に食わんらしい。GP02についてなんとか封印措置を施せんかね?」
何食わぬ顔で話すゴップ。それが諜報網で手に入れた話のネタなのか、それとも政治的取引で獲得したものなのかは定かではない。
「当たり前のことだと思いますよ、ゴップ元帥。ジオンにとって脅威ですからな。正しい評価だと思います」
当然だ、といわんばかりのレビル将軍。
二人は互いの意図を読みあっているというよりも、前提を確認しあっているだけのようにも思える。
「まだ……決意は変わらんかね」
困ったような笑みを浮かべるゴップ。
「変わりませんな。連邦を内からただし、ジオンとは対等な国交の回復を目指す――逆にそれ以外どういう道があるというのですか? そもそも、ゴップ元帥にお伺いしたい。私は、閣下が既存の連邦政府を存続させようとしているようには思えんのです。あなたは、あなたの何かを求めておられる」
レビルがゴップをじろりとにらむ。
「当たり前だよレビル君。私はね、いまの連邦政府のシステムが気に食わんのだ。政党や政治家によるポピュリスト的な言動、政党や政治家によるヘイトスピーチ、イデオロギーの分断、経済復興を成し遂げねばならんにも拘わらず平然と保護主義政策を煽る政治家ども。これはすべて連邦政府の民主主義が劣化している表れだよ」
ゴップ元帥の淡々とした語り口に、レビルは静かにうなずく。
「閣下、ならば我らとともに進んでいただきたい。エゥーゴはまさにそういう連邦政府を改めるべく、活動しておるのです」
レビルがゴップを説得する。だがゴップは微笑を浮かべて断る。
「君たちが目指しているのは寡頭政治だよ、レビル君」
ゴップはホワイトボードにレビルの考え方を書き出す。
「根底にあるのはノブレス・オブリージュだろう? 連邦政府の議席を、未来を見据え、現実を粘り強く変えていくことができるエリートで占有し、よりよい未来を導こうとしている――今まさに、君の息がかかった議員たちが、冷静と情熱をもって、議会工作を頑張っているようだね」
そして議席の一部をレビルのエゥーゴのカラーで塗る。
「いい手だと評価してもいい。しかし、君の勢力は決して議会で過半数を得られない。ほかの議員をすべて始末する以外はね」
そしてゴップはエゥーゴ以外の党派に×をつける。
「だが、君は生真面目だからな、そんなことはせん。その結果、君たちは行き詰る」
「どうでしょうか。私はそう思っておりませんので」
レビルがそういうと、ゴップが首を横に振る。
「それは君が人類の未来を真剣に考え、君の仲間たちもそうだからだよ。考えてもみたまえ。平均的な大衆というのは、どのような科学技術や高等教育に国が投資すべきかを『判断できない』のだ。それを判断できると言い切る君たちを信じて最初は一票を入れてくれるだろう」
しかし、とゴップが深く息を吐いた。
「君たちがやろうとしていることは、十年あるいは二十年後に人類をよりマシにするだろう。だが、連邦議会の選挙は中間選挙も含めて、約3年だ。大衆はたった三年で判断する。そのとき、何の成果も出ていない君たちを批判し始めるだろう。『何もやってない』と」
そうならぬために議席を確保し続けようとすると、レビルたちは目の前の経済対策や助成金、交付金、補助金などのわかりやすい札束政策を実施するしかない。『何もしていない』と暴れる大衆を宥め、議席を維持するために。
「レビル君は、アリストテレスの政治学を読んだかね?」
「民主主義の極北から、ディクタトール(独裁)が生まれる、ですかな」
「そう、紀元前のアテネは、そうして滅びた。にもかかわらず、この宇宙世紀に至ってもなお、我々は紀元前の政治アルゴリズムをバカの一つ覚えのように続けている。君がやっていることは、この古いアルゴリズムで動く時代遅れのシステムに、いけにえになるキャラクターを送り込んでいるに過ぎんよ」
「――それは、我々がわかりやすい改革派を演じさせられている、と?」
結構、とゴップは満足げに頷く。
ゴップには見えていた。人々がレビル派を一時の熱狂で推しているのは彼が対ジオン戦争の英雄であり、メディアで演出された(例の、ジオンに兵なし演説など)冷静沈着で大胆な指揮官であるという『印象』が大衆の中にキャラクターとして確立されているからだ。
だが、ゴップは理解している。
ガノタであるからこそ、ゴップはレビルをキャラクターではなく、人間としてとらえている。
人であるならば――時に弱く、その場をとりつくろったり、物事に向き合うのではなく逃げ出してしまったりすることもある、という前提に立つべきなのだ。
しかし、大衆は、レビルをそうは見ない。
そしてエゥーゴを、そうは見ない。
大衆は『彼ら』ならなんとかしてくれるだろうと期待する。
そして、レビルとエゥーゴはそれに決して応えられない。わずか3年の任期で、何かが激変することは決してないのが、議会制民主主義というものだから。何をなすにも調整と妥協が求められ、対立政党に対する『説明』を求められ、日々メディアにスキャンダルについて問い詰められる。
ゴップはガノタとして、そんな道に飛び込もうとするレビルを止めたかった。
その道は善意で舗装された地獄へ至る道だぞ、と。
だからこそ、この腐った仕組みをアップデートせねばと邁進してきたのだ。
「――閣下?」
どこか憐れむようにレビルをみつめていたゴップに対して、レビルが怪訝そうに尋ねる。
「すまんな、年を取ったのかもしれん。レビル君、覚えておいてくれたまえ。私はね、君たちのやることなすことを邪魔するかもしれんが……私の望みに反しない限り、助力は惜しまないよ」
「そう、なのでしょうな。少なくとも私は戦場で閣下に裏切られたと感じたことはありません。政界ではそうもいかんのでしょうが」
そういって、レビルが席を立った。
ゴップも起立し、互いに敬礼をして別れる。
去っていくレビルの後ろ姿を見送りながら、ゴップは秘密通信用の端末を手に取った。
「――ギレン総帥、すまんな。私には止められんかったよ」
『ふむ。レビル将軍の意固地にも困ったものですな。その意固地さゆえに、双方に死者がでることでしょう。ゴップ元帥にも責任を取っていただきましょう』
ギレンの声はどこか楽しげであった。
これから始まるパワーゲームの主導権を握ったことを確信しているのだろう。
ゴップはあの男と何度も交渉の席で戦闘を行ってきた。
その手癖と進め方はある程度まで把握できているつもりだ。
「責任はとるよ。貴様相手ではなく、私の愛する人類に対してな」
ゴップは秘密通信用の端末を切る。
そして別の端末から正式に、とある大尉に連絡をとる。
「シン大尉、仕事だ」
『はっ』
いつまでも使われることしかできないこの手ゴマもアップデートしてやらんとな、などとゴップは悪知恵をひねる。こいつが成長してくれなければ、間違いなくギレンの野望など阻止できないからである。
太陽がさんさんと輝くオーストラリア大陸、旧シドニーエリア。
エゥーゴの旗艦たる最新鋭ペガサス級アルビオンが、その白磁の装甲を太陽光にさらしながら青い海を見下ろしつつ航行していた。
ミノフスキークラフトによる地球圏一周航行慣熟航海は最終段階を迎え、いよいよ最終目的地たるオーストラリア、トリントン基地に向かうところだ。
さて、艦橋の艦長席を任されているブライト・ノア少佐はオーストラリアの蒼い海に盛り上がる宇宙育ちのクルーたちに動画撮影の許可を出しながら、通信機を片手になじみの大尉からの通信に応えていた。
『――あれこれあって、自分の部隊もトリントン基地に向かうことになった』
相手はシン大尉だ。中級幹部課程の同期で、俺、貴様の仲だ。
ただ、彼の上司がエゥーゴの邪魔ばかりするゴップ元帥であることもあって、ブライトは単純に彼の来訪を喜ぶことはできなかった。
(もしあいつがエゥーゴに来てくれたら……いや、無理か)
ブライトがレビル将軍直々にエゥーゴに誘われたとき、シン大尉のことも推薦したのだが――レビル将軍は「人には、任せていい地位や立場というものがあるのだよ」と諭されたことを思い出した。
「そうか。貴様が来るならどこかいい店を押さえないとな――秘匿ラインに切り替える」
ブライト少佐は、艦長席の通信機の設定を変更する。
「ゴップ元帥の差し金か? こちらの任務を邪魔するのは、貴様と言えども黙って見過ごせんぞ」
『おいおい、逆だ。こっちはそちらの増援だよ』
「増援? アルビオンの戦力とトリントン基地のエゥーゴ部隊だけでも相当な戦力のはずだ」
ブライトが艦長を務めるアルビオンの表向きの任務は、トリントン基地司令のシナプス大佐のもとに向かい、仮想敵たるジオンアフリカ方面軍に対する殴り込み部隊として錬成を行うこととされている。
しかし、真の目的は、トリントン基地に保管されている生物兵器『アスタロス』の防衛である。異常繁殖する植物であり、一度繁殖させてしまうとその地域の植物相と生物相を破壊してしまう環境破壊兵器である。
特に生物多様性の低いコロニーの土壌環境に対して有効であるとされ、これを散布されたコロニーはその持続可能性を喪失する。スペースノイドたちにとって、コロニーそのものの環境を破壊されることは忌避されるべきことであり、その意味で最強の生物兵器なのである。
「貴様のことは信じているが……俺の艦は大事な任務がある。エゥーゴに所属していない貴様の部隊が来ても、基地に受け入れることすらできんかもしれん」
『ブライト少佐は相変わらず生真面目だな。構わんさ。こっちはミデア改だから、寝床には困らんよ――ただ、うまいビールを出す店は探しとけよ』
「それは、約束する」
『ああ。また後で』
シン大尉との交信を終える。
ブリッジできゃあきゃあと盛り上がっていたクルーたちはこちらの話など誰も聞いていないらしく、写真を撮ったり家族に向けた動画メッセージなどをとるのに夢中になっている。
「まったく……」
ブライトは苦笑しつつ、緊急事態に備えてライトウィングのパイロット待機所で待機しているMS隊に連絡をとる。
「カイ少尉、ハヤト少尉の隊と交代だ。新入りたちを休ませておけ」
『了解、艦長。おーい、お前ら、艦長さまからの命令だ。これより上番解除、飯でも食いに行くぞ――OK艦長、あとはやっときますよ』
「頼んだ」
かつてホワイトベースで知り合った頼りない少年だった連中が、いまや速成課程出身とはいえ、いっぱしの将校としてMS隊を率いていることに、ブライトは誇りを覚える。
ただ、まだまだ頼りない連中もいる。
「ウラキ少尉、キース少尉、聞こえるか?」
今度はレフトウィングに待機しているナイメーヘン士官学校出身の問題児コンビを呼び出す。こちらも士官なのだが、カイやハヤトと違い、実戦を経たことのない、戦後任官組だ。
組織としては、こいつらに将来、連邦軍の中枢を担ってもらわねばならないと考えているので、ブライトに預けて育てさせているのである。
彼らには操縦学校出身の若い戦後組の部下を預けている。だが今のところ表面的にうまくやっているように見えるだけで、実戦になれば役に立たない可能性は高い。
ヒヨコにひな鳥を任せるという状況にウンザリするが、教育もまた士官の任務。
頼りない連中を一人前に育てるのもブライトの任務なのだ。
『はい、こちらキース少尉』
居眠りしていたのだろう、慌てて出たのがよくわかる。
「まったく……ウラキ少尉はどうした?」
『え、コウですか? えー、スレッガー大尉とガンダム試作2号機の外観チェックに行ってます』
「バカ者! さっさと呼び戻せ! 貴様らは上番継続だ!」
『えぇーっ!』
ブライトは乱暴に通信機を置く。
まったく、新人共の指導をこなさなきゃならんスレッガー大尉が率先して甘やかしてどうするんだ……。アルビオンのMS隊長を任せたのは、彼の面倒見の良さと厳しさの両面を評価していたからなのだが。
(いや、スレッガー大尉にも何か意図があるのかもしれん)
余計なことを考えてストレスを抱えるのは馬鹿らしい。
MS隊のことはスレッガー大尉に任せておこうと決めた。
こちらはやるべきことをやるだけだ、と艦長席で姿勢を正す。
「よーし、これから手動操艦に切り替えるぞ。ブリッジクルーは配置に着け」
「了解」
今まできゃっきゃと騒いでいたブリッジクルーたちは、それぞれの持ち場につく。
ウラキ少尉やキース少尉とは違い、なんとか艦橋勤務の連中は様になってきたようだ。
トリントン基地から数キロ離れた荒野。
薄暮となりいずれ闇にそまりゆく大地に、迷彩服姿の歩兵たちがいた。
ランバ・ラル少佐は迷彩服と偽装ネットを身にまといながら、トリントン基地に着陸態勢をとるペガサス級強襲揚陸艦アルビオンを、偵察キットで観測していた。
「ふん、定刻通りだな。生真面目な艦長とみた」
ラルはそう断定すると、秘匿用通信機を手に取る。
「こちらRR00。木馬の着陸を確認。対象がパッケージの封印を解除するまで、観測を継続する、おくれ」
「了解。引き続き観測せよ。RR00の要請に基づき、くるみ割り人形と王冠を動かす、おくれ」
「こちらRR00。了解」
ラルは交信を終えると、部下たちに交代で休むように命じた。
いつ何時ことが動くかわからないため、隠ぺいしてあるMSはいつでも出せるようにしろ、とも命じておく。
ドズル下でくすぶっていたランバ・ラルにとって、今回の任務は自分のわがままに巻き込んでしまった部下たちにいい暮らしをさせるためにも、どうしても成功させなければない。
これはギレン閣下からの仕事だ。
成功すればメリットが得られ、失敗するとそこまでだ。
なんでも、ギレン閣下が気に入らないものを連邦が持っているそうだ。
それを回収するべく、エギーユ・デラーズ大佐率いるデラーズ艦隊、アフリカ方面軍の一部、そして本国から派遣されたアナベル・ガトー少佐率いる分遣隊及び、クラウン大尉の特殊作戦大隊、さらにはシャリア・ブル少佐の特別増強大隊が投入されるらしい。
かなり本格的な侵攻作戦の様相を見せるだろうが、休戦協定は大丈夫なのだろうか?
(いや、それは政治屋の仕事だ。ゲリラ屋はゲリラ屋の仕事をやるだけだ)
ラルは意図的に政治から距離を置いている。父親が政治にかぶれて余計なことをしてくれたせいで、家門が傾いたからだ。
その家門を、名誉ある武門の家柄として立て直して、ついてきてくれる部下たちにいい思いをさせてやりたい――
そんな家父長的な思いはこの時代に合わないだろう、とラルは自嘲する。
しかし、それだけではないのである。
ラル自身が気づいているかは定かではないが、部下たちは知ってる。
ランバ・ラルは戦場の空気が好きなのだ、と。
0083、はじめました。