シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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身震いがした。いいかげんにしてくれ、もうたくさんだ!畜生、きっとこれは幻覚にちがいない!──私はそう思った。
「幻覚じゃない!」教授がいきいきとして答えた。
「現実(ガノタ)だよ、きみ、隅から隅まで全部現実(ガノタ)だ!」

──お気に入り500越えについて
――スタニスワフ・レム《泰平ヨンの未来学会議》


第一一話 0083 強襲 トリントン

 

 オーストラリア大陸に対するコロニー落としの影響を象徴しているのが、トリントン基地である。旧世紀のトリントンはオーストラリアの内陸にあり、決して沿岸と接してなどいなかった。

 しかし、ジオンのコロニー落としによってオーストラリア大陸が削れた(海没)した結果、トリントン基地は臨海施設として運用されている。

 そのため、基地施設として港湾と陸上拠点を併せ持つ様相を呈し、一介の辺境基地とするにはあまりにも多機能化していた。

 

 その利便性に着目したレビル将軍によって、かつての辺境基地もなんのその。

 トリントン基地は名実ともに地球のエゥーゴ拠点として再開発が進んでいた。

 

 さて、エゥーゴの重要拠点を任されているのはエイパー・シナプス大佐である。

 部下たちからジェントリ(郷紳)とあだ名されるほどに清廉潔白な男であった。

 軍務に忠実で、少々融通の利かないところがあるが、それがレビルにとって好ましかったのだろう。

 さまざまな『好ましからざるもの』を貯蔵しているトリントン基地を任せるには、賄賂などになびくこともない彼のような人物がある意味でふさわしかった。

 

「ブライト少佐、GP02の輸送任務、ご苦労だったな」

「はっ」

 

 簡素な内装の駐屯地司令執務室にて、二人の将校が挨拶を交わす。

 一人はシナプス大佐であり、もう一人はアルビオン艦長のブライトである。

 

「GP02の核搭載プラン――どうしてもやらねばならんかね?」

 

 シナプス大佐がブライトから渡された命令書を見ながら不満をこぼす。

 

「ジオンが再びコロニー落としを行うようなときは、GP02の核武装プランを実行するべきだと私は愚考します。それがコロニーではなく、隕石であった場合もまた、核攻撃プランによる排除を考えるべきです」

 

 ブライトはアナハイム社の売り文句をそのまま言った。

 

「ブライト少佐、君はまだ若いな。老練な商人や政治屋の言葉など信じるものではない。核武装を行えば、それはコロニー落としや隕石落としの阻止ではなく、むしろ居住コロニーに対する攻撃に使用されかねんよ」

「しかし、エゥーゴはそのような組織ではないと信じたい、です」

「レビル閣下の目が黒いうちはそうだろう。だが、仮にゴップ元帥のようなものの手に渡ってみろ? GP02は政争の道具に使われるだろう。いいかね、ブライト少佐。道具が悪いわけではない。悪をなすのは使い手たる人の側だよ」

 

 そういって、シナプス大佐は命令書を折りたたんだ。

 

「大佐……」

「私から今一度この命令についてレビル将軍に『確認』する」

 

 士官たるものが任務分析を行った際、その意図に深刻な誤りがあると思料するときに『確認』をするのは軍令としておかしなことではない。

 例えば民間人を殺せという命令に対して、士官はその作戦の疑義を上級部門に問いただすとともに、監査部に報告する義務すらあるのだ。

 それでもなお取り消し命令が出ない場合は、粛々と遂行することになるのが軍隊というものの暴力性ではあるのだが。

 

「大佐のお言葉はわかりました。ぜひ、ご確認ください」

「うむ。ブライト少佐、乗組員を休ませたまえ。みな久しぶりの地上だろう?」

「はい。中には初めてのものもおります」

 

 緊張感のある話題を切り上げたシナプス大佐は、若いブライトを気遣うようにソフトな話題に切り替えた。

 そして応接用のソファへと促し、二つのグラスを琥珀色の液体がゆれる瓶を取り出す。

 

「スコッチは好きかね?」

「はい。思い出がありましてね」

 

 二人はグラスにスコッチを注ぎあい、乾杯する。

 そしてブライトはスコッチを飲みすぎてアムロ・レイに敗れ去ったあるMSパイロットの話をした。

 

 

 

 夜の冷え込みが際立つ中、焚火を囲む二人のMSパイロットがいた。

 二人は毛布をひっかぶりながら、焚火にくべている金属製のコーヒーサーバーをあちちと言いながら手に取り、互いのマグに注ぎあっていた。

 

「ブライトのやつ、本当に自分たちを追い払うとは……」

 

 ブライトとシナプス大佐に酒の肴にされているなどとは知らないシン大尉は、トリントンから数キロ離れた、数多のコロニーの残骸が大地に突き刺ささっている地域にて野営をしていた。

 この野営地にはいくつもの焚火の光が見えるため、シン大尉たち以外にも相当の兵員が待機していることがわかる。

 

「仕方ないですよ。わたしたちの部隊は怪しすぎますし」

「うーん、ミデア改で行く、なんて冗談が良くなかったのか?」

「大尉、ブライト少佐に冗談はあまり通じないですよ……」

 

 ブライトを驚かせてやるつもりで、シン大尉はブライトに「ミデア改で行く」などと通信を入れてしまった。

 その実態はペガサス級強襲揚陸艦トロイホースであった。ゴップ元帥が艦艇運用の人員を抑えるべく企画、改良した、少人数操艦仕様の技術試験艦として改装されたものだ。

 ゆえに、操艦及び艦体・機関保守にかかる人員は10名程度で事足りる。

 ガノタ的な目線で見ると、ネェル・アーガマに用いられる技術の先行試験艦であるともいえる(相応の性能を発揮するならばその倍の人員は必要だが)。

 

「マッケンジー艦長、ブチ切れてましたけど、どうするんです?」

 

 そう、ガノタとして嬉しくも悲しいことが起きた。

 かのクリスティーナ・マッケンジー中尉が、ジャブローでの指揮幕僚課程を大変優秀な成績で修了なされて、マッケンジー少佐としてトロイホース艦長にご就任なされたことである。

 歓喜の紙吹雪をばらまいて、艦長就任おめでとうパーティを開くなど、ガノタとして良好な関係を築いてきたつもりだったが――今はどうだろうか?

 

「謝ったほうがいいよな?」

「それは、そうですよ。隊長の部屋、艦長室の隣だから居づらくてこんなとこで野宿してるんですよね?」

「ち、ちげーしっ! ヤザン少尉の部隊がキャンプ遊びするって言ったから付き合ってるだけだしっ」

 

 図星だったシン大尉は、他の連中――焚火やバーベキューサイトを囲んでわいわい盛り上がっているヤザン隊の隊員たちのほうをみた。

 

「おうおう、大尉殿。エリート艦長にバチ切れされて敵前逃亡かい?」

 

 ビール片手にやってきたのは、ヤザン少尉だった。バトルジャンキーとしてガノタ界隈で有名な彼であるが、いざ実物が配属されてみてびっくり。陽気なウェーイ系バトルジャンキーであり、部下たちとは兄弟姉妹の如し――いわば、海賊の親分みたいなやつであった。

 

「ヤザン少尉、すっかり出来上がっているな」

「そりゃそうよ。地球のこの埃っぽさの中で、炭火で焼いた肉を食らうっ! これが本来の人間ってもんだと思わねぇかい? 大尉どの」

「まぁ、そうかもしれん」

「だろ? おっ、少尉ちゃん飲んでねぇじゃん。よし、飲めねぇならこれ食いなっ」

 

 ヤザン少尉がしっかりローストされた大ぶりのチキンをナイフで切り分けて、シャニーナの皿に移す。

 

「ありがとうございます。ヤザン少尉」

「おう。少尉ちゃん、今度の実機演習は、ぜってぇボコボコにしてやるからな」

「こっわ。そういうこと言ってるから勘違いされるんですよ?」

「なーにが勘違いだ。オレは怖い野郎だぜ?」

 

 ワッハッハ、と剛毅な笑いを残して、ヤザン少尉はまた部下たちのもとに戻っていった。

 

「うぅ……ヤザン少尉も怖いし、マッケンジー艦長も怖いよぉ。自分は、隊長に向いてないんだよ」

 

 シン大尉は泣き言をこぼす。

 おそらく強気なクリスを上司に持ち、抜身のナイフのようなヤザンを部下に持つことに耐えられるガノタはそれほど多くないのではないか? とシン大尉は己の立場を嘆く。

 中にはうらやましいっ! と思って憤慨するガノタもどこかの並行世界にはいるのかもしれない。

 しかし、もし自分が無能だったら、かのジャマイカンの如く謀殺されかねない立場であることを楽しいと思える奇特な方など――いるかも、ガノタだもんな。とシン大尉は一人で青くなったり、赤くなったりしている。

 

「はい、よしよし。隊長のことはこのわたしが守ってあげますからね~」

 

 シャニーナ少尉がぽんぽんとシン大尉の肩を叩く。

 部下にまで励まされてしまい、ますます肩身が狭くなるシン大尉。

 

「あ~、いいっすねぇ、青春っすねぇ」

 

 やさぐれた雰囲気で絡んできたのは、フジオカ技術中尉であった。

 手に持ったワインボトルは半分以下になっている。

 幸せいっぱいの結婚生活を送って――はおらず、ゴップ元帥子飼いの技術屋として使い倒されているフジオカ技術中尉は、あちこちに派遣される日々の末に旦那に浮気されて離婚するという、あまり笑えないプライベートを経験してしまったそうだ。

 

「ノエミィ姐さん、だからあれほど幼馴染はやめとけって言ったんですよ」

 

 ノエミィ・フジオカ技術中尉(当時は技術少尉)の結婚式のとき、シャニーナ少尉(当時は士官候補生)がなにやらフンスついていたのを思い出した。連邦軍のオシドリ夫婦として有名なマチルダさんとウッディさんのようにはなれそうにないと当時は文句を言っていたが、それが短期離婚を意味しているとはシン大尉も気づいていなかった。

 

「いやー、もう最悪っすわ。男ってのはサルなんすね、サル」

「そうですっ! おさるさんですっ!」

 

 ゴップ元帥の命令でジム系の統合整備計画の仕事を手伝い、ようやく暇を見つけて新居に帰ってみれば元旦那が知らない女と寝ていたという最悪のケースだったらしい。

 なお、フジオカ技術中尉はそこで発砲事件を起こしているが、ゴップ元帥がなかったことにしてくれたらしい。

 

「あ、自分、空いてるけど……」

 

 隙あらば、くすぶっている恋心に火がついてしまう情けないシン大尉は、二人がぎゃーぎゃーと男の悪口を言っているところに、空気を読まずアプローチしてしまう。

 

「はあぁぁっ? 何言ってるんですか! 大尉はぜんっぜんフリーじゃないです! わたしに士官教育して、わたしに戦術教導して、そしてわたしへの指導、指導、指導! ほら、いま恋してる場合じゃないですよっ!」

「お、おぅ……」

「うっわぁ、シャニーナちゃんマジパネェっすわ」

 

 突然シャニーナ少尉まで怒り出し、フジオカ技術中尉がなにかを恐れて離れていった。

 シン大尉は自分が全く部隊に溶け込めていないのではないかと不安になってくる。

 少なくとも、創立時の第一メンバーだったはずなのだが――。

 

 

 

 

 UC0083 10月初旬、その日トリントン基地周辺の天気は乾燥注意報が出る程度には日差しが強く、長そでを着なければ太陽の光が痛いと思えるような状況であった。

 

 シナプス大佐の『確認』は時間がかかったものの、今は粛々と命令書の内容を実行すべく、基地全体は動いている。

 そして、大佐はトリントン基地の重要施設の認証に出向き、巨大施設の幾重ものセキュリティを解除し始めている。

 

 ブライトは念には念をいれるべく、自身の権限の範囲で警戒態勢を取らせている。

 上番待機となっているウラキ小隊とキース小隊が陸上基地施設側を警戒。

 そして本来は上番でないにもかかわらず、なんだか嫌な予感がすると言い出したカイとハヤトは、オーストラリアの大地で日光浴がしたいと嫌がる部下たちを強引に連れ出して、沿岸施設側を哨戒していた。

 

 アルビオン所属のMS隊に回されているRX81ジーラインは、連邦軍の量産機として正式採用されていないのだが、エゥーゴでは公然と主力機として運用されていた。連邦正規軍が標準採用しているジム改と違い、純粋なRX78の量産仕様であり、その性能はジム改をはるかに上回る。

 各種オプションパーツの選択によってさまざまな戦況に対応可能であるため、仮想敵としてエゥーゴが想定している、ジオンのMS(星一号作戦で苦戦した、ゲルググ及びその発展型)に対抗・凌駕する性能を十分に備えている。

 

 そして隊長機たるスレッガー・ロウ大尉は、フル装備のジーラインFCのコックピットで各種観測データとにらめっこしていた。

 

『――大尉、出番のようだ。上空の警戒部隊からの連絡も途絶えている。間違いないな』

 

 艦長から少々緊張気味の言葉とデータが届いた。

 すでにミノフスキー粒子濃度が上がっていて、無線の調子が悪くなっているらしい。

 光通信への切り替えと、作戦シナリオに入る。

 

「艦長さんよ、どう考えても『時化』てるぜ」

『スレッガー大尉、アルビオンは機関メンテ中だ。今『台風』に来られると非常に厄介だ。基地駐屯部隊を全部出すか?』

「その判断はありだな。すぐに緊急招集かけたほうがいい。航空機があるなら爆雷装備で出してくれ。海側を火力支援したほうがいい」

 

 スレッガー大尉は海中ソノブイなどから送られてくるデータを見て確信する。

 すでに連邦海軍の連中が大慌てでアクアジムを稼働させて海に飛び込ませているが……これはあまりあてにしないほうがいいだろう。

 

(さぁて、最初の上陸作戦は絶対、陽動でしょ)

 

 スレッガーはエリア図をディスプレイに移し、戦術展開図を描く。

 おそらく、沿岸部からジオンのお客さんたちがやってくる。その数は読み切れないが、ユーコン型潜水艦複数と、水陸両用型MSが指じゃ数えられないほどやってくるはず。

 そちらにこちらの気をそらして、主攻軸はどうなるんだ? 陸上からの突撃か? それとも空挺作戦か――いや、ここは両方だと考えたほうがいい、とスレッガーは敵の作戦を読む。

 これはガチの正規戦になる、と踏んでいるのだ。そうであるならば、相手は全方位からの圧力をかけてくるに決まってる。

 

「お?」

 

 駐屯していた海軍航空部隊が思ったよりも早く離陸し始めた。

 特に対潜哨戒機のドン・エスカルゴが素早く滑走路から飛び立っていく。続いて火力役のデプロッグやフライマンタが離陸していく。

 

 スクランブルした航空部隊がそのまま海上へと向かっていくのを見届けて、スレッガーは部下たちに通信を送る。

 

「カイ、ハヤト、諸君のカンは大当たりってね」

『最悪だぜスレッガーさん、早い、早すぎるよ。休戦協定ってのは吹けば飛ぶようなもんかい?』

『僕らは敵の上陸作戦に備えますよ。粘ってみせますけども、期待しないでくださいね』

「結構結構、そちらさんたちが粘ってる間に、他の基地から増援も来るでしょうよ。うちの頭の固い艦長が追い返したあいつらだって、ご近所で待ってんじゃないの?」

『聞こえているぞ、大尉』

 

 スレッガーの皮肉に、ブライトが割り込んでくる。

 

「あいつらも呼び出したほうがいい。こいつぁ、ガチだぜ?」

『――増援要請済みだ。20分待て』

「さーすが艦長さん、手が早いねぇ。奥さんもすぐ孕んだとか」

『家内の話は遠慮してもらいたいな、大尉』

 

 スレッガーのあえての馬鹿話にブライトが乗る。

 これは新兵たちの心理的緊張を解くための儀式であり、技術である。

 

「なぁ、知ってるか、ウラキ少尉、キース少尉。艦長のスピード婚からの育児休暇入りの話だ。なかなか面白いぞ」

『スレッガー隊長、そんなことよりも指示をください』

『そうですよ隊長。くだらない話をしてる場合じゃないですよっ』

 

 ウラキとキースから通信が返ってくる。

 今までブルって身を固くしてやり取りを聞いていただけの連中が、ようやく口を開いたってわけだ――と、スレッガーはにやりと笑う。

 

「おーおー元気いっぱいのヒヨコちゃんだこと。よし、お前ら、よく聞け。ウラキ隊、キース隊はともに北部ゲート側郊外だ。遮蔽物を利用して展開、敵を拘束して増援が来るまで粘れ。駐屯部隊の連中もいるから、多少抜かれたってかまうな」

 

 スレッガーはできる限り丁寧に、ウラキ隊とキース隊の任務を説明する。

 

「いいか、地上戦ってのはいい地形を抑えたほうが有利だ。士官学校のオベンキョを思い出して、しっかり部下を展開しろ。いいな!」

 

 スレッガーが思いのほか気合の入った言葉を返してきたので、ウラキ少尉とキース少尉から『了解っ』といい声が返ってきた。

 

 さてさて――と、スレッガー大尉はトリントン基地及び周辺のMAPに展開する友軍部隊情報を近接INS経由で取得する。ミノフスキー粒子はすでに戦闘濃度に散布されていることを見るに、高高度にルッグンか何かのジオン航空部隊がいるようだ。

 まったく、こちらの航空部隊は何をしてるのかね、と嘆きたくなる。海上戦力対応こそしているが、防空作戦が計画通りに実施されているようには思えない。

 遅ればせながら周辺基地からのセイバーフィッシュ部隊の来援情報がスレッガー大尉のHUDに続々と表示される。

 

「やれやれ、後手後手だぜ、こりゃよぉ」

 

 スレッガーはそんなことを言いながら、海上のほうをズームする。

 一条の光が空に向かって放射されていた。

 これに対して、ドン・エスカルゴが索敵行動と爆撃誘導を開始。デプロッグによる雷撃戦が始まった。

 

 

 

 トリントン基地郊外に待機していたランバ・ラル少佐は、連邦のガンダムモドキたちがのこのこと遮蔽物を探しまわりながら展開する状況を視認した。

 潜水艦部隊が気づかれるのは時間の問題だとは考えていたが、思ったよりも早かった。

 エゥーゴとやらは連邦軍の中でも精鋭が集まっていると情報部の資料にあったが、どうやら嘘ではないらしい、とラルは敵の評価を定める。

 そして、所定の作戦計画に基づいて、部下たちに命令を下す。

 

「全員、搭乗。これより奇襲をかけて混乱させる。我々の目的はここだ」

 

 ランバ・ラルは部下のクランプとコズンに秘匿情報を解禁する。

 そこはトリントン基地の核弾頭貯蔵庫だ。南極条約の締結にともない封印されているこれらの施設を狙っているかのように動くこと、と伝える。

 

「見せかけるだけですか?」

 

 クランプ中尉が尋ねる。

 

「そうだ。我々の目的はあくまでも戦場の混乱であり、主作戦目標の欺罔である。核兵器貯蔵施設への攻撃は南極条約違反だからな。そう見せるだけだ」

「流れ弾の一発もダメですかい?」

 

 今度はコズン中尉が冷やかしてくる。

 

「コズン、流れ弾をこぼしたらケツを蹴り上げるぞ。我々はしっかりと仕事をして、さっさと撤収だ。いいな?」

「了解」

 

 クランプとコズンが敬礼をして、預かっている部下たちのもとへと駆けていく。

 

 数分も経たずに、ランバ・ラルは機上の人となっていた。

 後ろに控えるは数多のドム・トローペン。

 ラル自身が乗り込むは青きイフリート・ナハト。

 機動力でかき回し、確実に打撃を与えて離脱するために編成された戦士集団である。

 

「ギレン閣下からの命令だ。慈悲をもって殺せ、以上」

『応っ!』

 

 そして部隊は統制のとれた動きで、砂塵を巻き上げながらホバー移動で出撃していく。

 始末すべきはガンダムモドキども。

 与えられた仕事はしっかりこなさんとな、とランバ・ラルは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 オーストラリアに砂嵐があるということを事前レクで知っていたウラキ少尉は、遠方に巻き起こる砂塵を見て、それだと勝手に思い込んでいた。

 そもそもオーストラリア大陸にやってきて数日。

 砂嵐というのがどういうものかもよく分かっておらず、巻き上がる砂塵がそういうものなのではないかと思い込んでしまうのも仕方ないことではあった。

 

 しかし、である。

 これは戦場において致命的なミスであった。

 

『ウラキ隊長、アレみえます?』

 

 部下からの通信に対してウラキ少尉はこう答えた。

 

「砂嵐、じゃないかな?」

『そうなんですか? どんどんこちらに近づいているような』

「気象情報をみてみるよ」

 

 ウラキ少尉がやるべきことは、気象情報を確認することではない。

 直ちに部下に射撃準備をとらせつつ、基地側砲兵部隊に支援要請を送ることだった。あるいはわからないならわからないなりに、上長であるスレッガー大尉に状況を知らせて指示を乞う手段もあった。

 

 だが、ウラキ少尉はミスをした。

 

 戦場の霧の中では、意思決定は確からしさの計算となり、ミスが少ないほうが結果として主導を握ることになるというは旧世紀のクラウゼヴィッツ以来の常識であるが、それがそのままこの戦場にも適用できた。

 

『コウっ! あれはやばいって!』

 

 先に動いたのはキース隊だった。

 右翼側に展開していたキース隊が砂嵐に向かって散発的な射撃を開始。

 ウラキ隊の隊員たちもそれにつられる形で、五月雨式の弾幕を形成し始める。

 二つの小隊の大多数を占めるジーライン・スタンダードアーマーはミサイルやガトリングスマッシャーを搭載しているため、たとえ五月雨式となってしまってもそれ相応の弾幕の厚さを確保できている、かのようにも思えた。

 

 しかし、砂塵の勢いは止まることを知らない。

 気が付けば、視界の先にはドムタイプの機体が数多映し出されていた。

 

『隊長っ! ドムです!』

『なんだか青いのもいますっ!』

「あれはイフリートじゃないか? ナハト型? くそっ、とにかく撃ちまくるんだ! シミュレータでやったドム戦を思い出せっ!」

 

 地上におけるドムの叩き方セオリーは、旋回時の速度低下を狙うものだった。

 ドムはホバー移動の性質上、直進速度や蛇行速度こそ早いのだが、急ターンを苦手とする特徴挙動を持つ。

 仮にドムが飛び込んできたなら、やり過ごして後ろから撃ち抜いたほうが生存率が高いというのはエゥーゴ隊員ならシミュレータでやりこんでいるはずだ。

 

「――ダメだ。とても仕留められそうにない」

 

 正面から躊躇なくビームライフルを部下たちが連射しているのだが、ドムの乱数機動が優れているのか、大破させた数が極めて少なく、このままでは交錯戦闘になることが予想できた。

 熟練のパイロットであればためらいなく抜刀戦に移行するところだが、ウラキ隊もキース隊も中途半端に射撃戦を継続していた。

 

 そのような躊躇いばかりの火線などものともしない敵のドムたちは、あっという間にウラキ隊とキース隊の間近に迫ってきた。

 

「――やり過ごすんだ! あえてすり抜かせて後ろをとれっ!」

 

 ウラキの指示を信じる部下は言われた通りにドムをスルーする。

 一方でウラキの指示を信じ切れなかったもの、あるいは聞こえなかったものはサーベルを抜き、ドムとの格闘戦に入ってしまう。

 キース隊も状況はほぼ同じだ。

 敵のドム・トローペンたちは一部がすり抜けていき、一部が差し向かいでMS同士の格闘戦を始めている。

 

 ウラキは正面に映っているイフリート・ナハトに向けてビームライフルを撃つ。

 だが青いイフリート・ナハトはこちらの射線を最小限の動作でかわし、ヒートソードを抜いて迫ってきた。

 ウラキのジーラインが慌ててサーベルを抜く。受け流して、すり抜けさせて、後ろから撃つ、とウラキは自らに言い聞かせながら、青いイフリート・ナハトを迎え撃たんと構える。

 

『まるで素人だな』

 

 相手のため息交じりの声を拾う。

 青いイフリート・ナハトがウラキのジーラインと切り結ぶことなく、蛇行で脇をすり抜けていく。

 反応が遅れたウラキのジーラインのサーベルは空を切るだけであった。

 

「でも、後ろは取れる――」

 

 ウラキのジーライン・ライトアーマーが急旋回し、そこにいるであろうイフリート・ナハトにビームライフルを向ける。

 だが、そこには砂塵のみ。

 コウは直観する。

 回り込まれている! むしろ後ろをとられたのは自分だ、と。

 

 ウラキ少尉のジーライン・ライトアーマーがバックパックを最大出力でふかす。

 急なGにウラキはうめき声を漏らすが、判断自体は間違っていなかった。

 青いイフリート・ナハトは確かに背後にいて、ヒートソードを背後から差し込まんとしていたのだから。

 

『機体性能と勘に助けられたな。だがそれだけでは戦争はできんよ』

「くそっ! どこだ!」

 

 ジーライン・ライトアーマーでなければ死んでいたという事実を見透かされた。

 恐怖を覚えながらも、ウラキ少尉は必死にイフリート・ナハトを探す。

 しかしながら、かの恐るべき敵を視界にとらえられないウラキ少尉は、センサーや計器類を確認する――ダメだ、他のドム・トローペンや味方を拾うばかりだ。

 くそ、どこだ、どこだ? とウラキ少尉のジーラインがおたおたしている様を見下すように、ドム・トローペンたちがすり抜けていく。

 ウラキ少尉は完全に混乱していた。

 自らの任務がなんであるのかを忘れ、イフリート・ナハトの恐怖にとらわれてしまっていた。

 

 

 

 

 港湾エリアでは、接戦が繰り広げられていた。

 ゴッグ、ハイゴッグを主力とするジオン上陸部隊による攻勢を、カイ少尉、ハヤト少尉が中心となって食い止めていた。

 

 カイ少尉はビームサーベルでなんとか迫ってきたズゴックEを片づけて、周りを見る。

 部下たちも、ハヤトの隊もあの手この手で防衛線を維持しているが、突撃を敢行してくるハイゴッグの群れをいくつか取りこぼしてしまっている。

 

「ハヤト! そっちはどうだ!」

「カイさん、こりゃ大仕事すぎるよっ!」

 

 ハヤトの泣き言をきいてそちらを見ると、ハヤトが乗るジーライン・スタンダードアーマーは数か所の被弾。

 いくらかの敵機は始末したようだが、ハヤト機を脅威と判断したらしいジオンの連中はハヤトを集中して狙っている。

 部下たちがハヤト機を援護しようとしてくれてはいるが、続々と上陸してくるジオンの水陸MS部隊に押されて十分とは言えない。

 このままでは押し切られるのも時間の問題ではないかとカイ少尉は考えていた。

 

「ハヤトぉ、一回退きなっ、援護するぜ」

 

 カイのジーライン・スタンダードアーマーが、ガトリングスマッシャーユニットをうならせ、ハヤトを狙っていたハイゴッグを数機ハチの巣にする。

 

『カイさん、助かった!』

「引いたら俺を援護してくれよぉ! こんどはこっちが囲まれる番だからなっ!」

 

 カイはジーラインを巧みに操りながら、包囲攻撃を回避する。

 このジオンども、脅威判定が正確すぎてくそやっかいだ、とカイは舌打ちする。

 相手のエースがいると判断すれば、即座に集中してくる。

 そこに歴戦のいやらしさのようなものを強く感じた。

 

「隊長さん、やばいぜぇ、これはよ」

 

 スレッガー大尉に、そう長くはもたないことを伝える。

 性能差があるジーライン相手にこれほどまでやりあえるゴッグやズゴックの乗り手たちだ。いずれこちらを疲弊させて潰す戦法を繰り出してくるだろう。

 

『だろうねぇ、お客さんはみんなプロだぜ』

 

 スレッガー大尉のジーラインFCも、基地内に侵入してきた青いイフリート・ナハトとやりあっているらしい。

 

「こいつらの狙い、なんなんだぁ?」

『知るかよっ! 核施設じゃねぇか?』

 

 イフリート・ナハトにまとわりつかれているスレッガー大尉は余裕が全くなさそうだ。

 駐屯地の駐留部隊はどうしたんだよ、とカイはぼやきながら戦況図を確認する。

 どうやら、核兵器貯蔵庫を防衛すべく、浸透してきているドム部隊への対処を優先しているらしい。

 

「艦長っ、港湾エリアに増援を回してくれって基地司令に頼んでくれよっ!」

『ガンタンクとジムを回してくれる。そいつらと協力して持たせろ』

「ウソだろっ? 駐屯部隊のジーラインはこねぇのかよ?」

『重要貯蔵施設優先だ。あきらめてくれ』

 

 あー、くそっ! とカイ少尉は通信を切り、目の前の敵を削ることに集中する。

 くそったれめ。

 仕方ない、アムロのやつが演習場から戻ってくるまで待つしかねぇな、とカイは頭を切り替え、港から続々と上陸するジオン部隊をにらみつけた。

 

 

 

 大空をゆくガウ攻撃空母の群れ。

 その腹に収まっているMSたちの中に、王冠のエンブレムを肩につけたハイザック試作型が待機していた。アナハイム・エレクトロニクスのグラナダ工場とジオニック社による初の合同開発計画によって生み出された、ジオンの次世代を担うべき主力機の、概念実証機である。

 全周囲モニターを搭載したコックピットに座る男は、ハマーン・カーン(様×100)から届いた手書きの手紙を静かに読んでいた。フォン・ブラウンシティでの留学を楽しんでいることや、初めて男子から告白されたことなどが楽しげに書かれていた。

 

 パイロットの男は、読み終えた手紙をまるで宝物のように丁寧に折りたたみ、ノーマルスーツの内側に潜ませた。

 

「ここからが、本番だ――」

 

 男はただハマーン・カーンが幸せであればそれでよかった。

 0083において、彼女が艦橋で自らの身を抱きながら『寒い……』と言わせることを、男は叩き壊してやったのだ。

 しかし、彼は知っている。彼女が朗らかに生きるための障害は、むしろこれから増えてくるはずなのだ、と。

 彼女が父を失い、16歳でアクシズに放置されて政敵らに一人立ち向かわなければならない、などという状況は何とか回避した。

 留学先で男子に告白されてキャッキャと喜ぶ手紙を送ってくる今の状況は、回避した状況に比べればご褒美みたいなものだ、と男は自らの行いの正しさを確信する。

 

 そして、これからも為すべきことは変わらない。

 彼女を悲しませたり、傷つけたりする因果をすべてを断ち切る。

 必要があれば、核兵器や生物兵器、ザビ家、シャア・アズナブル、アムロ・レイ――すべて始末するだけだ。

 

(俺は、ありのままの自分でいるために、死に物狂いで闘うんだ。それが肝心なんだ──闘い続けるってことが。たとえなにがあっても)

 

 胸元に隠した手紙のあたりに手を触れると、闘志が湧いてくる。

 決して尽きない、異次元からの熱量がほとばしる。

 ガノタたるもの、情熱に身を焦がせないなど恥でしかない。

 

『クラウン大尉、地上のラル少佐からです――白昼堂々、降りられたし』

 

 地上の攪乱作戦は無事成功。

 あとは己が降り立ち、ハマーン様を害する可能性があるアレらを消すだけだ。

 

「了解した。浸透予定のガトー少佐に伝えてくれ。進路は我が啓く。以上」

 

 クラウンは信じている。

 きっとどこかにあるはずなのだ。数多の扉を開けていけば、そのどれかが必ずやハマーン様が幸せに生きる世界に繋がっているはずなのだ、と。

 




あ、0083長くなるやつだこれ(察し)

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