シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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人間(ガノタ)の英知を信用しすぎるのは賢明ではない。
強者(ガノタ)も弱くなるかもしれないし、賢者(ガノタ)も間違うかもしれないと心に留めておくことは健康的である。

――ガンジー


第一四話 0083 モーラ・バシット

 

 

 本物だな、とシャリア・ブル少佐は確信した。

 優れた感性で引き際を察したアムロ・レイ。こちらが時間稼ぎ部隊であり、トリントン基地のほうがより危険であることを察した彼は、こちらを深追いするのをやめて即座に戦闘区域から離脱した。

 残念ながら、ザメルはもう使い物にならないため、回収に来てくれたザクの掌に載せて貰い、オーストラリアの砂埃を満喫させてもらっている。

 

 すでに日は沈み始め、赤く焼ける景色に心を躍らせる。

 これが、地球――この奇跡の星から人類は巣立たんとスペースコロニーを作り、数多のサイドを生み出し、人々はそこに移住していった。

 フロンティアへと向かっていく人類の歴史に逆行し、地球から宇宙を支配しようとする地球連邦政府は、もはや不要ではないか? という確信をますます深める。

 なぜなら、この雄大な景色を『管理』する権利を持つ人類など、どこにもいないはずだからだ。

 

 

 迎えに来たザンジバル級機動巡洋艦『リリー・マルレーン』に乗り込むと、歴戦の海兵隊員たちが出迎えてくれた。

 グラナダの悪魔とやりあって生き残った、という事実は、強面のかれらに訴えかけるなにかがあったのだろう。意外にも丁寧な歓迎を受けて、シャリア・ブルは海兵隊を見直した。

 かつて、コロニー落としのために汚れ仕事をさせられてきたという彼らだが、いまはキシリア閣下の後援を受けて十分な補給と、人事上の優遇を受けているときく。諜報をつかさどるキシリア機関の軍事部門を担っているのだから、ある意味で当然の待遇とはいえる。

 

 海兵隊員に連れられて、リリーマルレーンの艦橋に案内された。

 そこには、戦争のにおいがする女性士官がいた。

 

「へぇ、あんたがシャリア・ブル少佐かい? 木星帰りのエリートさんだって聞いてたけど――案外、男前じゃないかい」

 

 シーマ・ガラハウ中佐が、敬礼するシャリア・ブルの顎に扇子を当てて、くいっと上げる。

 

「お戯れを」

「あんた、思考が読めるんだろ? あたしを読んでみなよ」

 

 そう促される前から、シャリア・ブルはシーマから伝わる、裏切られ続けてきた辛さを感じ取っていた。

 

「ジオンが、お嫌いなようだ」

「――正直すぎる男は、気に食わないね」

 

 とだけ言って、シーマ中佐は扇子をしまった。

 

「あんたにはお届け物の尋問をしてもらうよ。ずっとだんまりでね、いっそ怖い目に合わせてやろうかと思ったくらいだよ」

 

 そういいながらも、シーマがわざわざ女性兵士をつけて南極条約に沿う形で捕虜を取り扱っていることを読み取ってしまうシャリア・ブルは、本当に尋問官向きだよと自嘲する。

 

「では、ご案内ください」

「ついてきな」

 

 シーマに案内されたのは、艦内の懲罰房。

 本来はやらかしてしまった海兵隊員にヤキを入れる場所だが、いまは条約通り、捕虜収容施設となっている。

 見張りの女性海兵がシーマに敬礼する。

 

「捕虜の様子はどうだい?」

「相変わらずです。何も言わず、水も口にしません。自白剤を恐れているようです」

「バカな子だねぇ。本気で吐かせるなら、そんな回りくどいことしないってのに」

 

 嘲笑とともにシーマが独房の廊下に立つ。

 格子の向こうには、大柄な体を縮めてベッドに座る、モーラ・バシット技術大佐がいた。

 

「シャリア・ブル少佐、悪いけど野郎と女を二人きりにはできないんでね。あたしもここで見せてもらうよ」

「はっ」

 

 独房の扉が開き、女性海兵たちがモーラ技術大佐を囲む。

 

「あー、捕虜尋問記録。責任者は艦長のあたしさ」

 

 独房内のカメラに宣言するシーマ中佐。

 

「さーて、怖いお姉さんと、いやらしいおじさんのご登場さ。さっさと喋んな。さもないとこのおっさんに好き放題させるよ?」

 

 シーマ中佐がシャリア・ブル少佐をダシにして尋問を開始する。

 

「――だんまりかい。まず、あんたはモーラ・バシット技術大佐。これで間違いないかい? なんなら認識番号も言ってやろうか? こっちは南極条約通りにあんたを扱ってるんだ。あんたも南極条約通りの、捕虜の応答義務ってのを果たしな」

 

 シーマ中佐は小娘を見下すかのように言い放つ。

 しかし、モーラ・バシット技術大佐は何も言わない。

 シャリア・ブル少佐も彼女の何かを読めないか、と意識を向けてみるが、恐怖も、困惑も、なにも感じられなかった。

 これは、あまりにも異質すぎる。

 

「うちみたいな小娘一人に、有名どころがせいぞろいかいな。大層なこっちゃ」

 

 モーラがやっと口を開いたかと思えば、そっけない挑発的言動だけだった。

 

「ようやくかい。そのガタイの割には小さい煽りだねぇ」

 

 シーマ中佐も上背があるほうだが、モーラ・バシット技術大佐もそれに負けない体格がある。

 

「シャリア・ブルはん、あんたニュータイプやろ? うちの心、のぞいてみぃや」

 

 シャリア・ブル少佐は得体のしれない女に、違和感を覚えた。

 あのギレン閣下の御心すら多少なりとも理解できるというのに、この女の思考は、ただ黒々と塗りつぶされているだけだ。

 感情の色すら見えない。

 

「おもろいやろ? 心理防壁ゆうねん。対ニュータイプ用に編み出された偽装心理やで。あんたみたいなクラシックなニュータイプやとただ黒々とした何かしか見えへんちゃうか?」

 

 モーラ・バシット技術大佐の言うとおりだった。

 読もうにも、読めない。

 心がすべてを拒んでいるかのように、すべてが内向きなのだ。

 

「少佐、こいつのいってることは本当かい?」

「はっ……間違いなく。モーラ・バシット技術大佐から、読み取れるものはありません」

「なんだいそりゃ。そんなら、体に聞いたほうが早いのかね?」

 

 シーマ中佐がどこからともなく例の閉じた扇子を取り出した。

 

「なんや? スペースノイドやらニュータイプやいうて、結局は暴力かいな? あーやだやだ。人類っちゅうのはホンマ愚かや。こんだけ広い宇宙に出て、やることなすこと人類史の延長、黒歴史のフラクタルばっかりや」

 

 シーマ中佐の一撃。

 モーラ・バシット技術大佐は頬を張られたが、何食わぬ顔でシーマ中佐を見る。

 

「あんた、ジオンなんて嫌いやろ? そないなのにジオンに忠義立てするん? あんたの本当の居場所は、誰もあんたのこと知らへんようなクソ田舎の牧場かなんかやないんか?」

 

 さらにシーマ中佐の追撃。

 唇が切れたモーラ・バシット技術大佐から、血がしたたり落ちる。

 シャリア・ブル少佐は、むしろシーマ・ガラハウ中佐のほうが動揺していることを鋭敏に感じ取っていた。

 

「中佐、失礼ながら――ここは私にお任せいただけませんか?」

 

 シャリア・ブル少佐がさらに打擲を繰り返そうとしたシーマ中佐の腕をそっと抑える。

 

「……ちっ! そこのお前、こいつらをちゃんと見張ってなっ!」

 

 女性海兵にそう告げると、シーマ中佐は足早に懲罰房から去っていった。

 

 シャリア・ブルはモーラ技術大佐の正面にたち、膝をついた。

 座るモーラを見下ろすのではなく、あえて視線の高さを合わせたのだ。

 

「……私は、そのように黒々とした心を初めて見た。教えてほしい。いったい、君の目的は何なのだ? なにゆえトリントン基地にいた? 要塞化を進めて何をしようとしていた?」

 

 シャリア・ブルが問う。

 ニュータイプとしての直観が、ただの若い娘が意地を張っているだけではないと察していた。

 

「なんや、心を読むだけやなくて、聞き分けもいいんかいな? ほんなら逆に聞いたるわ? あんたら、ザビ家がおらんようなったらどないすんねん?」

 

 ザビ家が、いない? いや、可能性としてはなくはない。

 もとより、ダイクンなくしてジオンなし、ということもないのだ。

 ダイクン亡き後、政治的求心力を発揮しているのが今のザビ家であり、たまたまシャリア・ブル自身もギレン閣下の行動とふるまいに共感しているだけに過ぎない。

 自分が死んだあと、いずれザビ家とて愚かな当主が現れ、公国の進路を過ることもあるだろう。それは歴史の必然にしか思えない。

 

「それは、その時のスペースノイドが考えることになるだろう」

「はぁーっ、無責任なやっちゃな。ええか、今のままいったら、ザビ家なき宇宙は単なる戦国時代や。強力なイデオロギー、強引な手腕、軍事力による強権、それらすべてを支える経済力と科学の力。単にギレン・ザビっちゅう天才政治家が、強権ふるって何に投資すべきが、どんな科学に金を突っ込むか、選択を間違わんかっただけやで、ジオンってもんは」

 

 モーラの言いぐさは、まるでなにか未来でも見てきたかのようだった。

 なにを知っている?

 いや、むしろ逆か? 何かを探しているのか?

 

「ジオンは幸運なだけ、だといいたいのかい、君は?」

「せや。たまたまザビ家っちゅう宝くじを引いただけやんか。それにおんぶにだっこで、この先の歴史を紡げるほど甘ない――甘ないんや……」

「――!!」

 

 ビジョンが、走った。

 まるで鮮明な記録。

 外宇宙、人類同士がMSを上回る巨大な化物級のロボット同士をぶつけ合い、惑星間での壮大な争いを繰り広げていた。

 しまいには、どちらの母星も滅び、戦いの執着はすべての生命をゼロにリセットして終わる。最後に映るは、我らが母星たる太陽系第三惑星だ。

 

「――人類史のフラクタルの、なれの果てや。そこにあるんは、輪廻する生命の輪。うちらの過去であり、未来の形」

 

 モーラから与えられたビジョンはあまりにも強烈で、頭から離れなかった。

 一体、何を見せられたのかシャリア・ブルにはまだ完全に把握できなかった。

 

「いずれあんたらニュータイプは時の最果てを見るやろな。そこで目にするんは、ただの無。うちらがやってきたことが巨大な時間軸の前では特に意味はない、っちゅう諦観の最果てや――ほんま下らんわ。そこにあんたらは行きたいんか?」

 

 狂人、か?

 いや、違う。

 モルモット役として、様々な人物を読んできた。

 たとえ精神疾患であろうとも、そこには支離滅裂なりのロジックがあり、感情があり、幸せも悲しみもあった。

 人は、たとえ狂気に苛まれたとしても、何かを感じる心を失うことはない。

 何も感じないというのは、ほぼ脳を物理的にいじられたときだけだ。

 それほどまでに、人間というのは根源的に感情的な動物なのである。

 

「――見えるんなら、見える、言うてほしいわ」

 

 シャリア・ブル少佐の中に、記憶が――これは、誰の記憶だ?

 静かな湖畔で一人の女性が眠ろうとしている。

 彼女に、褐色の肌が際立つ少年が、おやすみなさい、と声をかける。

 

「見える。これはなんだ?」

「そっか。ええ景色やろ? 黒歴史の後に来る、一つの幸せな人生の終わり方や」

「意味がわからない……君が私にこれを見せて、どうしようというのだ?」

 

 シャリア・ブルにはわからなかった。

 鋭敏な感性をもつ彼でも、モーラ・バシットが伝えたい何かがどんなものなのか、理解しきることはできなかった。

 ニュータイプ同士は分かり合うことができるというが、わかったことは、モーラ・バシット技術大佐が、自分には耐えられない寂寥感とともに歩んでいるということだけだった。

 

「あんた、木星船団におったやろ?」

 

 見抜かれているのか? とシャリア・ブルは目を見開いた。

 

「ならわかるはずや。木星の持つ、あの重力の底みたいな感覚。思い出せるやろ?」

 

 忘れられるはずもなかった。

 時間をかけて航海を続け、木星からヘリウム3を母国に持ち帰るあの任務。

 いざ木星にたどり着いてみれば、そこにあるのは過酷な環境に苦慮しながら過酷な資源採掘労働に従事するスペースノイドたちの、ウソ偽りない苦闘の日々を見せつけられる。

 人類のために、と信じて労働に従事し、死んでいくスペースノイドたちを残して木星往還船団はただヘリウム3を地球に持ち帰り、その資源を得たジオンは連邦相手に大義を振りかざして戦争をするのだ。

 

「――しかし、ギレン閣下は、それが大義だと」

「せやな。あいつは正しい。すぐいがみ合う人類を束ねるホンマのピエロや。自覚しとるやろな。なぁ、あんた。うちがトリントンで何をしとったんか教えたるわ」

 

 モーラ・バシット技術大佐は、すくっと立ち上がり、シャリア・ブル少佐を見下ろした。

 得体のしれない圧。思わずシャリア・ブルは後ずさった。

 

「黒歴史の翻訳。うちのここには、黒歴史が全部入っとる」

 

 とんとん、とモーラ・バシットが自らの頭を指さす。

 発言の意味は何一つわからないが、ギレン閣下はこの女をなぜ望んだのかの答えが、これだ。

 黒歴史。

 いったい、黒歴史とはなんなのだ?

 

「レビルはそれを利用したくて仕方ないし、ギレン閣下も欲しくて仕方ないんや。こいつらは人類を救うんやって信じこんどる深刻なメシア症候群患者やからな。あ、そういや、あのゴップっちゅうおばはんだけは違うわ。アイツは自力でやれるって信じとる。それはそれで、頭おかしいわな」

 

 そして、シャリア・ブルにトドメと言わんばかりにビジョンを与えてくる。

 巨大な……ジム? なんだこれは?

 

「木星の衛星、ガニメデ。そこを調査してみたらわかる。レビルはシロッコっちゅうおもろいあんちゃんを送り込んだみたいやで」

 

 惑星ガニメデにある巨大なジム? そんなことを口頭で言われても信じないだろう。

 だが、ニュータイプとしてのビジョンとして焼き付けられてしまった以上は、信じるほかない。正確な場所や、どの深さまで掘ればいいのかも、すべてわかってしまったのだから。

 

「よろしゅう頼んますわ。ギレンさんに謁見させてもらうときは、あんたが通訳してくれへんか」

 

 そして、モーラ・バシットが手錠のついた手で、シャリア・ブルの手を取る。

 震えて、いた。

 

「頼むで、ニュータイプ。時が、見えるんやろ。なら、うちのことも見つけてくれへんかな――本当のうちを見つけてくれたら、声かけたってや。もう大丈夫や。お前は、ちゃんと正しい世界線を見つけたってな」

 

 シャリア・ブルはモーラ・バシットのビジョンにより、確かに時を見た。

 あまたに枝分かれする時間軸の中に、本当の彼女の姿がぼんやりと見えた。

 

「――ガノタ? いったいなんなのだ、それは?」

「女の子の秘密を聞くときは、もっと優しく聞かなあかんで」

 

 

 シャリア・ブル少佐は目の前の大柄な女性に、別の影を見出した。

 何かが、この世界に何かが起きているとニュータイプとして直観する。

 黒歴史、繰り返される歴史のフラクタル。

 分からぬ。だが、ギレン閣下には伝えねばならぬ、ということだけはわかる。

 しかし、どう伝えたものか――あの方もまた、心をかたくなに閉ざす術にたけているお方だからだ。




明日の分も書くぞぉ。
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