シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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E pluribus unum
<世界は、一つ>

――アメリカ合衆国硬貨に書かれているラテン語の刻印



第一六話 0083 七人のギレンと英国紳士

 

 

 ラグランジュ点L2に位置するサイド3、ジオン公国の首都ズムシティ。

 行政関係施設が立ち並ぶ官庁街に、ひときわ異形の建造物がある。公国の――ザビ家の象徴として建設された、公王庁舎である。

 後部座席にモーラ・バシット技術大佐を乗せた公用車と、その護衛車列が公王庁舎前にぴたりと並んで停車したのは、午前の政務が始まってすぐのことであった。

 

 公王庁番の記者たちがなにごとかと集まってくる――が、シーマ・ガラハウ中佐率いる海兵隊に護衛された誰かであることを悟り、蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 

「へぇー、ギレンはんもちゃんとメディア意識しとるやん」

「総帥とて大衆の支持がなければ地位を盤石にはできんからな」

「独裁は大衆による自然権の委任形態の一つってか? せやな、ギレンはんは確かにリヴァイアサンかもしれへん」

 

 シャリア・ブルはモーラがトマス・ホッブスの社会契約説を揶揄しているのか、それとも総帥に皮肉を向けているのか、あるいは大衆に失望しているのか見当もつかない。

 そういうときは黙っておくものだ、とシャリア・ブルは沈黙を守る。

 

「――そろそろ黙んな。こっからはギレン総帥の親衛隊に引き渡す。虜囚たるモーラ・バシットの嘆願により、シャリア・ブル少佐のみ随行するように」

 

 形式的な辞令を読みあげて、シーマ中佐はモーラの肩をばんばん、と叩く。

 

「いったいわぁ。優しうしてなぁ」

「――あんたに人の痛みがわかるとは思えないねぇ」

「そら思い違いや。是我痛ってな、生きてるってことと痛みはセットやで」

 

 だから、あんたの痛みも、無価値やないで、とモーラがシーマ中佐に告げる。

 

「減らず口を」

 

 それだけ言い残し、シーマ中佐が去っていく。

 

 残されたモーラとシャリア・ブル少佐は、親衛隊のガードたちに案内され、公王庁の謁見の間に通された。

 公国の王たるデギン公の姿はなく、玉座は空いていた。

 玉座に至る階段の脇に、一人の長身の男が立っている。

 

 ギレン・ザビである。

 

「ご足労いただき感謝するよ、モーラ・バシット技術大佐」

 

 そっけない歓迎のあいさつ。

 ギレンは即座に人払いをし、モーラとシャリアだけが残る。

 

「素敵な送迎ありがとさん。せっかくのトリントン暮らしがおかげさまで台無しやわ」

「――木星のアレはなにか、答えていただきたい」

 

 ギレンが小手先のネゴなしで、ストレートに切り込んでくる。

 

「でっかいジムやろ?」

「冗談は不要だ。あの巨大人型遺跡について、ジオンがデータを持たないとでも?」

「そらまぁ、もともとはギレンはんが見つけたもんやからなぁ」

 

 UC0063年、ギレン・ザビはきたるべきジオンと連邦政府の総力戦に備えるべく、重要資源たるヘリウム3安定供給のためのジオン木星開発船団を立ち上げ、第一次派遣艦隊を自ら指揮して木星開拓を行った。

 ジオンにとっての資源フロンティアとして、衛星ガニメデに仮設拠点を設立するとともに、ヘリウム3採掘プローブの建設を指揮した。

 あの巨人遺跡の発掘は、文字通りの偶然。

 資源採掘の仮拠点を建設すべく地質調査を行っていたときに、みつけたのだ。

 

「――私は、あれの採掘調査を途中で凍結した。学者どもには嘆願されたが、私の中の7人のギレン・ザビのうち、5人が凍結すべしと主張したのでな」

 

 ギレン・ザビが特徴的な髪型の頭をとんとん、と指さした。

 

「人は私のことを独裁者と呼ぶが、語弊がある。私はここに7人で構成される元老院を持っていて、その助言に従っているだけだ。元老院と市民によるジオン公国と言ってもいい」

「ギレンはんのいうことは信じたるけど、大衆はあたまおかしぃこというてるわぁ、ってなるで」

 

 モーラがやれやれと両手を上げる。

 だが、ギレンはそんなモーラのことは無視して、問いを続ける。

 

「答えろ、あの遺跡はなんだ?」

「せっかちやなぁ。ええか、第六文明人のなれ果てや」

 

 人類が遭遇した六番目の文明人だとモーラは説明する。

 

 第一文明人、すなわち最初に遭遇したのは電子妖精。ノイマン型、非ノイマン型計算機の計算資源に生存圏を確立する計算生物である。高度にネットワーク化された思考形態をとるので、本質的に不死である。

 すでに人類と電子妖精のファーストコンタクトは完了済み。電子妖精側はAIという形で社会に広くインターフェイスを展開し、人類について学習し、共存の道を探っている。ゴップに協力している一派でもある。

 

 第二~第五はすでに滅んでいた。

 主に月面や火星の遺跡で発掘される、今よりも高度に進んだ文明人たちのそれである。

 ターン計画を遂行すべしとモーラを送り出した文明とは違い、闘争本能を持たない融和的文明であったことが推測でわかっている。なぜ第二~第五文明人が滅んだのかはわからず、モーラも知らないと説明した。

 

「で、ガニメデに寝とるアレは、第六文明人やな。遺跡やなくて、第六文明人の知性の御柱やね。あのでっかいジムに、すべての第六文明人の認識力が集中しとるんや。ほんまもんの超越存在やな」

 

 それを直観し、手を出さぬことを選択したギレン・ザビの政治センスはバケモノじみているな、とモーラは思う。

 

「なるほど、オカルトだな」

 

 ギレン・ザビが失笑する。政治家たるギレンにとってガニメデの巨人そのものとは『政治交渉』できぬことを即座に理解したからである。それほどまでの超越的存在であるならば、愚かな人類同士の利益対立を調整する『政治』などという行為を必要としないはずだ、とギレンが結論付ける。

 

「さて、それをレビルに押さえさせた理由をきこう」

 

 ギレン・ザビが謁見の間に巨大モニターを展開する。

 そこには木星の戦況図が映し出されていた。

 日付は、本日。

 ガニメデの巨人が眠る遺跡には、ジュピトリス級とマゼラン級が数隻、そして相応のコロンブス級が表示されている。

 一方、ジオン側の軍事力はゼロ。

 ジオン公国の木星開発船団が映っているが、その詳報は伏せられている。

 

「へー、シロッコのやつ、やるやん。ちゃんと南極条約は守っとる」

 

 連邦、ジオンのいずれにとっても木星の資源船団は重要である。いわゆる木星開発公団(非政府組織)のみならず、連邦政府、ジオン双方が派遣している木星開発関係の船団及び資源拠点を攻撃しないというルールが、南極条約に織り込まれている。

 もしそこで破壊合戦を行ってしまうと、究極的には人類という文明が後退しかねないからだ。

 

「――理由は、言えないか?」

「イデの発動を止めるためや」

 

 モーラは、結論だけを伝える。

 もし今、あれを確たる権力主体に確保させなかった場合、ザビ家滅亡後にくだらん勢力がイデオンを利用しないとも限らない。ギレンが天才的政治センスのせいでイデオン確保を回避している以上、選択肢はなかった。

 放置すれば事故が起きるのなら、使えそうな権力に管理させるしかない。

 

「くだらん深謀遠慮だ。人類が自ら滅びを選ぶなら、滅びさせればいいだけのこと」

 

 何かを察したのか、ギレンが淡々と持論を展開する。

 

「ギレンはん、そらちゃうで。人類と人はちゃうんやで。人は半ネットワーク個体やから、スタンドアローンでの意思決定もできるやろ? けど、選挙やら雰囲気やらいう得体のしれん集合意識ネットワークで『集団』に接続されたら、あっという間に『人類』としての選択をさせられる。これっておかしぃおもわんか?」

 

 モーラがうんざりだと、天井を仰ぐ。

 

「連邦市民だろうが、ジオンの民やろうが、個人は環境破壊したない思うとるやろ? けど、クソネットワーク経由で国っちゅう出力装置に繋がれたら、吐き出される政策は『ジオンと連邦の戦争』やで? コロニー落として地球ボコボコ。イカれとるわ」

「ふむ。連邦はそうかもしれないが、ジオンは違うな。ここの元老院がそう決めた。全人口の半数を減らすべきだ、と」

 

 ギレン・ザビが不敵な笑みを浮かべながら、自らの頭を指し示す。

 例の、七人のギレン・ザビだ。

 

「――モーラ・バシット。屋敷を用意した。シャリア・ブル少佐を家令としてつける」

 

 今日のところは平行線だったな、とギレンが締めくくる。

 人類の未来をギレンがどう考えているのか、モーラ・バシットにはまだわからなかった。

 あの手この手で釣り文句を垂れてみたが、何にも食いつかない。

 口頭でのネゴは無理かもしれんな、とモーラは首を振った。

 

 

 

 

 戦艦バーミンガムに座乗するワイアット大将は、眼前の交渉相手をみつめていた。

 率いる特務分遣艦隊とハンフリー戦闘団は、月軌道上でジオンの艦隊と接触していた。

 ジオン艦隊にはグワジンが含まれていることから、キシリア・ザビ自らここに出向いているであろうことがわかる。

 今はこちらの佐官レベルの調整団が、グワジン艦内で相手方の調整官たちと喧々諤々やっているだろう。

 

 任務は『ビューティ・メモリ』の回収である。

 モーラ・バシットをギレンに与える代わりに、キシリア機関が月面で発掘した遺物『ビューティ・メモリ』なる代物を引き渡してもらい、それをルナⅡで管理することなっている。

 

(閣下の意図は分らんが……連邦軍再編計画でゴップグループの支援を受けられるというならば、ここはひとつ、政治ゲームに付き合ってもみせよう)

 

 ワイアット大将はバーミンガムの艦橋に備えられた、特別仕様の司令席の座り心地を堪能しつつ思案する。

 

 もとよりワイアット大将は政治家ではない。自他ともに戦略家であると考えていた。

 事実、連邦軍屈指の戦略家として名高く、星一号作戦では第三艦隊を率いて担当していたア・バオア・クーSフィールドを陥落させ、ジオンに多大な損害を与えている。

 

 ソーラ・レイによる艦隊殲滅を恐れたティアンム、レビルと違い、ワイアットは第三艦隊を集中運用。火力と機動により、Sフィールドを突破し、ア・バオア・クーそのものを盾とすることでソーラ・レイの脅威から艦隊を守りつつ、自らの任務を完遂するという局地的大勝利を収めていた。

 

 実績はある。

 しかし、実績だけでは予算は手に入れられない。

 

 ワイアット大将はジオンとの再戦まで、10年程度の猶予しかないと考えていた。

 

(かつて英国とアメリカ合衆国が争った歴史をなぞるかのように、ジオンが連邦からの離脱を志向することは、数字が語っているからな)

 

 ワイアット大将が若き頃、指揮幕僚課程の修了論文として書き上げた『アメリカ独立戦争という誤り』は、かのゴップ閣下すら感心して教えを請いに来たほどの名著である。

 

 かつての少佐時代、指揮幕僚課程という暇つぶしにもならぬ型通りの講義はそこそこに、実家たる英国ワイアット男爵家に残された英国の古文書と対話し、一つの真実にたどり着いていた。

 

 アメリカ独立戦争は間違いである、と。

 

 あれは英国からアメリカが独立したのではない。

 アメリカが『革命を宣言したのだ』とワイアットが結論づけるその論文は、当時の指揮幕僚課程で『過去最低点』をたたき出し、一時、ワイアットの士官生命は絶たれるかに見えた。

 

 しかし、当時の戦略担当教官であったゴップ准将だけが、わざわざ頭を下げて若輩者のワイアットに教えを請いに来たのだ。

 

(――ゴップ准将は間違いなく元帥位に上り詰めるだろう)と確信した瞬間でもある。

 

 当時のゴップ准将は、特にフレンチ・インディアン戦争からの歴史を熱心に分析されておられた。

 ワイアットはゴップに教官の如く、それらを指導した。

 各国の植民地支配を受けていた北米大陸は、フレンチ・インディアン戦争に代表されるように、英国とフランスの代理戦争の戦場としても利用されていた。英国は植民地たる英領アメリカを守るべく、ヌーベルフランス(フランス系カナダ)と長きにわたる戦争を行ったことを丁寧に説明。

 

 このフランス系アメリカ移民及び、インディアン連合との戦役は英国を疲弊させ、詰みあがった戦費についての経済的負担を植民地に求めた事実をゴップ准将(当時)に提示した(各種植民地課税立法)。

 

 しかし、英領アメリカは、英国軍の支援によって他国系植民地の脅威を排除できていたため、英国そのものの保護政策すら不要であると感じるようになっていた、と皮肉な因果を説明したことをよく覚えている。

 

(これだっ!)

 

 と、当時のワイアットは天啓を得た。

 

 この歴史構造は、宇宙世紀における連邦政府と各サイドの対立においてもフラクタルでありうることを、各種経済指標と工業指数をもって、オペレーションズリサーチにて説明を試みた。

 

 そして、過去最低点をたたき出した『アメリカ独立戦争という誤り』論文が発表されて20年後、宇宙世紀0078年にその正しさがやっと証明された。

 

(本質的に、ジオンは独立戦争を仕掛けているのではない。奴らが目指すは革命だよ)

 

 眼前のジオン艦隊の姿を見ながら、ワイアットはそこに外交相手ではなく、革命集団の存在を見出だす

 

(ジオニズムとはよく言ったものだ。ジオン・ズム・ダイクンという男の言葉に熱狂した革命の熱が、あれか)

 

 英領アメリカは、英国の政治体制(王政)を否定し、武力闘争を開始。この革命理論の支柱はトマス・ペインによる『コモン・センス』である。世襲君主制という概念に攻撃を加え、「これまでに存在した、王冠をかぶったすべての暴君」よりも、1人の正直な人間の方が社会にとって価値がある、ときっぱり述べた。ペインは、専制的な国王と疲弊した政府に対して服従を続けるのか、それとも自己充足的な独立した共和国としての自由と幸福を得るのか、という選択肢を提示したのだ。

 

 まさに、ジオン・ズム・ダイクンがやったことと同じである。

 

(これは、間違いなく連邦政府と各植民地サイドとの間でも発生する、過去に起きた未来の話だ――)

 

 歴史は、革命の結果としての独立をもたらし、アメリカ合衆国を誕生させた。

 しかし、独立が目的だったのではない。それは結果に過ぎず、アメリカ合衆国の本質は革命主義であり、そのトマス・ペイン以来の革命の精神(民主主義と自由主義)を世界に波及させるべく、国家として活動をしていくのは旧世紀の歴史を見れば明らかである。

 

(ジオン・ズム・ダイクンの思想は間違いなく、コロニー自治政府の革命理論を下支えするだろう。となれば我ら連邦政府が目指すところは、英国の失敗を繰り返さぬことだ)

 

 そう結論付けたワイアットはその日以来、失敗した英国から学ぶべく、まずは英国紳士としての立ち居振る舞いを自らに課した。

 これは連邦軍人として地球圏の正義を守るために必要な、道化のごとき修練であった。

 

 ゆえに、ついたあだ名はイギリスかぶれのワイアット、だ。

 何事にも英国式を好む数寄者と誰もが評する中で、かのゴップ閣下だけがワイアットに目をかけ、権力を与えるべく配慮してくれた。

 

 その結果、ようやく大将の地位にたどり着き、連邦の軍事力を運用できる立場に立てた。

 英国式の修練が実を結びつつある瞬間であった。

 

(あとは、この任務を遂行し、成果を持ち帰るだけだ)

 

 さすれば、ゴップ閣下の支援の下、連邦艦隊の再編――かつての英国が失敗した、植民地に対する徹底的な軍事力の投入、を可能とする大艦隊とMS部隊の再編計画を実施できる。

 

(――革命の炎を鎮め、ジオン・ズム・ダイクンの思想潮流を連邦政府の内側に取り込み、正統なる人類の統合政府を維持し、未来へとつなぐ……!)

 

 ワイアットは戦略家でもあり、ロマンチストでもあった。

 紳士たるもの、人と人は分かり合える、という可能性に賭けるべきだと確信していた。その舞台となりうるのは、ザビ家の独裁を許すジオンの政体ではなく、多様性を維持する連邦の政体こそが土壌足りうると信じていた。

 

 そして、紳士としてのワイアットは知っていた。

 互いに殺戮を繰り広げて正しさをぶつけ合うなど、紳士的ではない。

 本来の紳士淑女というものは、寛容でなければならないのだ、と。

 

「――閣下、調整団の交渉が終了。閣下にグワジンまでご足労願いたいそうです」

 

 副官から告げられて、ワイアットは司令席を立つ。

 

「ふむ。淑女のお誘いを断ったとあらば、紳士として恥じるところがある。君、例の手土産を用意しておきたまえ」

 

 英国式ギフトセット一式を副官に用意するように命じつつ、ワイアットは優雅な足取りで艦橋を後にした。

 




さてさて、また次回から戦闘回。
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