休戦から3年。サイド3では市民たちがようやく普段の日常を取り戻しつつあった。
一部動員解除された復員兵たちが家路につき、それぞれの家庭に喜びをもたらした。
一方、不幸にして訃報をもたらされた家族に対しては、ガルマ・ザビが総裁を務める戦没遺族会のボランティアたちの慰弔訪問が行われ、遺族に罵倒されたり、あるいは悲しみを受け止めたりと様々である。
さて、市井の人々とは違い、独特のアルゴリズムを持つ人々が存在する。それがザビ家及び、政治家と高級軍人たちであった。
だが、クラウン大尉にとってそれはネゴシエーションの世界であり、まだ対応ができた。
それよりも問題は、忠誠を誓うハマーン・カーン様とのコミュニケーションである。
久しぶり、であった。
屋敷を空けて特殊任務に従事し、己の道を邪魔する忌まわしきシステムを破壊。
為すべきことは為した。
アフリカ経由で国に戻り、ようやくあの方のお顔を一目拝見せん、とカーン家の屋敷へと戻ったのだ。
季節の花が茂る前庭を抜け、女中たちに挨拶をしながら屋敷に入る。
さて、数分後、クラウン大尉は、頭を抱えていた。
いざ屋敷で拝謁してみると、ハマーン様は顔を真っ赤にしていた。
いったい、どういうことだ?
「クラウン、あなた、シャア・アズナブルとかいう男とただならぬ関係にあるらしいじゃない? 白状なさいな!」
お嬢様が突き付けてきたのは、どこぞの週刊誌がばらまいている動画付きの記事であった。
救国の英雄シャア・アズナブル大佐の恋人はア・バオア・クーの撃墜王、クラウン大尉!? と題されている。
動画ではバーでシャア大佐とクラウン大尉がカウンタに並んで談笑している姿と、それに嫉妬するかのように歯ぎしりするララァ元少尉が映っていた。
これは――半年以上前にシャア大佐に誘われて飲みに行った時のシーンだな、と心当たりがあった。ララァ元少尉と楽しく過ごしてもらわないと、ハマーン様との関係で厄介なことになる。
シャア大佐はしっかりララァ元少尉と仲良くしてもらい、ハマーン様に出会わぬようあの手この手で阻止させてもらっている。これも、そのワンシーンである。
「それとも、こっちが真実かしら?」
ソロモンの悪夢、新恋人か!? とのタイトル。
こちらは最新の記事だ。
アナベル・ガトー少佐と抱き合うクラウン大尉の姿。
解説によれば、宇宙空港でのワンシーンだそうだ。
これも心当たりがある。秘密任務を終えて空港で互いの忠誠心を讃えあい、この表の歴史には乗らない任務についての万感の思いを、無言で互いに共有したのだ。
「……お嬢様」
言い訳、というよりも正しい事情を説明しようとするが、ハマーン様にさえぎられる。
「屋敷を空けてどこに行ってるかと思ったら……こんな――こんな素敵な殿方たちとクラウンは……なんて、いやらしい! 主人に報告もせずに色恋にうつつを抜かすなど、お前はセイン(従士)としての心構えがなってないわ」
これはア・バオア・クーの激戦より困難な戦いを強いられているなぁ、などとクラウン大尉は血の気が引いていく。
年のころも16になられて、ハマーン様はすっかり――0083時代のあのお姿とは違う。
ありがたいことに、まだCDAハマーンさまのお姿であり、ダークサイドには落ちていない。これからも光のフォースとともに生きてほしい。
「お嬢さま、大佐や少佐とはそういう関係ではありませんよ」
「――まさか、まさかあなた……」
ハマーン様の鼻息がフンスフンスと荒くなる。
「体だけの関係だとでもいうのですか!? わたくしは……わたくしは、見損ないましたわ! わたくし、何も知らない小娘ではないのですよ? 殿方と、殿方が、たがいに一心不乱に愛し合うこともある、ということを学友の本から学びましたものッ!」
脱兎のごとく逃げ出してしまったハマーン様を追いかけて、女中たちが走っていく。
取り残されたクラウン大尉は、一人どうすることもできなかった。
あ、え、ハマーン様はどのようなご学友をお持ちなので? 消すべきか?
そんな放心状態の中、通信が入る。
「はい、クラウンです」
『クラウン大尉、すまないが今すぐ来てもらいたい』
呼び出しもとは、アナベル・ガトー少佐であった。
市中でタクシーを拾い、ガトー少佐のつつましい一軒家の前に降り立つ。
庭先にはポロシャツとチノパン姿で芝生の手入れをする英雄がいた。電動芝刈り機の甲高い駆動音がプツりと切れる。
「クラウン大尉、急に呼び立ててすまないな」
「いえ、少佐」
チノパンについた草を払いながら、ガトー少佐が庭先のテーブルにクラウンを案内する。
「ビールでいいかね?」
「まさか……いいのが手に入ったんですか?」
「ギレン総帥からの下賜されたものだ。君もご相伴に預かる権利くらいあるだろう」
「なるほど、それは遠慮なく」
「ああ。ニナ、クラウン大尉がお越しだ。ギレン総帥のあれを頼む」
「はぁい」
家の中からニナさんのあかるい返事が聞こえた。
しばらく少佐と連邦の悪口を言い合っていると、ニナさんがキンキンに冷えたビール瓶を三本と、ナッツ類の盛り合わせを持ってきてくれた。
「ありがとうございます、パープルトンさん」
「いやね、もうパープルトンじゃないわ」とニナ。
配膳を終えたニナもテーブルに同席する。
「ギレン総帥に、乾杯」とガトー大佐に合わせ、皆でビンを鳴らす。
喉に流し込んでみれば、さすがギレン様の一品、いいものであった。
「アフリカのマ・クベ少将がうらやむでしょうね」
いいものを好む文化人である彼のことを不意に思い出したクラウン。
地球にいたころは彼にも世話になったものだ。
残念ながらガノタの同志ではなさそうだ。隠しているだけかもしれないが。
「クラウンはマ少将と懇意だったな。今回も彼に助けられた」とガトー少佐。
「趣味が合うんですよ」
「中世期のアニメーションでしょう? いまのフルCGアニメーションとなにが違うのかしら?」とニナがクラウンに訊ねる。
「CGがまだ進化しきっていない頃ですから、アニメーターという職人たちが手書きで動画を作っていたんです」
「すごいわ。まさに文化ね」とニナがいった。
「クラウン大尉のクラシック趣味は、私にはわからんな」
少佐がそう言ってビール瓶をかたむける。
「ガトーはジオンのことしか考えていませんからね」とニナ。
「ニナ、いまは君のことをみている」
互いにうっとり見つめあう二人を見ていると、日が暮れてしまうのでクラウン大尉は咳払いをする。
ニナ・パープルトン悪評問題を解決するか、とあの手この手で暗躍し、二人を結びつけることに成功したのはいいのだが――これはこれで、なぜだろうか。なんか違う、などと思ってしまう己の下らぬガノタ心を叩き潰す。
「――すまない、クラウン。どうにも、幸福というものを知ると、浸ってしまう」
ずっと戦争に身を置いてきた男が、ようやく理解者を手に入れたのだから――とはクラウンも思う。
「いいんですよ。それで、私を呼び出した用件をお願いします。まさかお二人のノロケを見せつけられるためや、ギレン総帥のビールを攻略するだけではないでしょう?」
「そうだな」とガトー少佐が態度を改める。
少佐からデータが転送されてきたので、コンタクトレンズ状にして瞳に入れている網膜ディスプレイに投影する。
「これは!?」
クラウンは網膜レンズに表示されている交戦宙域を見て言葉を失った。
Gの影忍に出てくる、宇宙の妖怪共ではないか。
「厄介なことになった。ギレン総帥はジオン公国軍を正式に動かすことはできない、と決心なされた」
その言葉の含みに、武人の実直さを感じ取ったクラウンは、すぐに答えた。
「協力します、少佐」
「助かる。いまデラーズ大佐が信頼できるものを募っておられる」
「つまり、これは親衛隊だけの?」
クラウンは察した。おそらくギレン総帥は宇宙怪獣の本隊があれだとは考えていないのだ。ガノタとして真実を知るクラウンは、ギレンの慧眼を賛美するほかない。
たしかに、あれは数多ある要塞型の一つに過ぎないからだ。宇宙にはあのような化物の類はいくらでもはびこっている。
ジオン公国とその友邦を守るべく、ジオンは戦力をすべてあの戦場に差し向けるわけにはいかない。手持ちの戦力は多ければ多いほど、異常事態に対処しやすくなる。
しかし、あれが人類の危機でもあるのは事実。
そこで、ギレン閣下は手勢のみで対処することとしたようだ。
「少佐……」とニナが心配そうにガトー少佐の袖をひく。
「すまない、ニナ。人類のためなのだ。私は、義によって立っているからな」
ガトーがやさしくニナに告げる。
「――これだけは片づけていこう」
「はい」
それからクラウン大尉は数本のビールをガトー少佐、ニナと攻略して家路についた。
つまり、それなりに顔を赤くしてカーン家の屋敷に戻ったわけである。
ガトーと楽しく飲んでいた。これから彼と仕事に行く、とお嬢様に報告するクラウンがどうなったかは、すべての女中に緘口令が出たため判明はしていない。
これで明日は、わけわからん話に集中できるぞい。0083無事に終わるのかなぁ。