シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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あえて言おう、カスであると!


~ギレン・ザビ氏の演説より~


第二話 ア・バオア・クーに救いはない

 知らない天井でござる、というのが負傷後のワンシーンテンプレだが、そうはいかないのがガノタである。

 研鑽を積んだガノタならば当然だが、寝ていようとも宇宙世紀の歴史に思いをはせてしまうものだ。

 朦朧とした意識の中で、シン少尉はソロモンで歴史改変を巻き起こしたこと、そしてそれの影響をシミュレートしてしまう。

 

(うう、歴史が、やばい……)

 

 情報量の洪水。

 宇宙世紀のマクロ経済学が行動経済学と絡み合い、数式のタペストリーになってしまう。

 いやこれは生体脳じゃ演算しきれないぞ。

 いかん――オーバーフローするっ……。

 

 でも、大丈夫。

 ガノタならだれでも、危険な思考迷路にとらわれたときに脱出するための思考護身術を身に着けている。

 狂いかけたとき、特定の作品を自動再生し、精神のセルフチェックと自己同一性保持及びメンタルクレンジングを行うのだ。

 8歳と9歳と、12歳と13歳とのころに、クリスマスプレゼントがもらえなかったことをブチ切れている光景――ママン……オルファン=サン……。

 

 そして、一筋の涙とともにガノタは目を覚ます。

 

 目覚めたシン少尉が収まっているのは明らかに遺体袋。

 これはもうキリコ・キュービィさんとほとんど同じ状況ですな、などとシン少尉はうんざりする。

 

 ここでまたしてもオールドタイプのフラッシュバックが起きる。

 戦場→遺体袋→集団火葬→サンダーボルトの集団火葬する船!→アビャァァァ!である。

 

「いかん、危ない危ない危ない……」

 

 じたばたと暴れながらも、ノーマルスーツのブーツに仕込んであるナイフを引っ張り出して遺体袋を斬り裂いた。

 あっと驚き桃ノ木である。

 オーラロードが突然開いても驚かないどころかワクワクするタイプのシン少尉の中の人だが、さすがにこれはドン引きである。

 

 鳴り響くラウドフルな読経のパーリィピーポー、集団火葬の真っ最中であった。

 某サンダーボルト宙域うんぬんの劇中で描写される、遺体回収と集団葬儀を専門とするコロンブス級に放り込まれてしまったらしく、ビグザム戦以上にピンチであった。

 

「ゲホッ、ゲホッ! おい、俺、生きてます! 頼まれなくたって、生きてやる!」

 

 幸い、なんらかのオーガニック的な力が働いたらしく、葬儀場で火葬作業に従事していた僧侶が気づいてくれて、シン少尉は無事保護された。

 むむ、これは南洋同盟との接触フラグ→ニュータイプへの開眼ルート? などと淡い期待を抱いたシン少尉だったが、そうは問屋が卸さなかった。

 いたって事務的に、シン少尉は超高速シャトルで病院船に移送された。

 

 

 移送先の病院船に運び込まれるシン少尉。

 集団病室ながら、誰もいない。

 どういうことだ? とシン少尉は医療機器の点検をしていた医療技師曹長に訊ねた。

 

「すまない、曹長。目が覚めたら、なぜかここに寝かされていたんだが」

「あ、シン少尉殿。お疲れ様です。本艦は星一号作戦に従事中です。いまさっさとスキャンしますからねー」

「え? 星一号作戦?」

 

 なんでだよ。どんだけパイロット枯渇してるんだよ前線は。

 休ませて……。

 

 そんなことを思っているうちに、あれよあれよと機械検査が行われた。

 さすが宇宙世紀。戦場医療のシステム化が進んでいて、機器操作を専門とする技師が一次トリアージをするらしい。

 

 さて、技師の連絡を受けてやってきた軍医と衛生兵が、医療技師からの報告を受けている。

 軍医が、メディカルデータを参照しつつ、携帯している謎の医療器具を使って検査をする。

 シンは黙ってそれを受け入れるほかなかった。

 

「あの~……」

「よし、異常なし。なかなか頑丈な体をしているな。前線送りで問題ない」

「健康なのはうれしいのですが、その、なぜ自分はここに?」

 

 軍医が「あー、そんなことか」と衛生兵に携帯情報端末を持ってこさせた。

 

「ほれ、自分で確認したまえ。退院手続きを済ませ、薬を受け取ったら、割り当てられた士官居室で待機休養すること。以上」

 

 軍医と衛生兵が「お大事に~」と決まりきった挨拶をして去っていった。

 

『シン少尉を、コロンブス級空母『フゲン』に新編される10902小隊長に命ずる』

 

 第1連合艦隊第9MS大隊所属、第2小隊長、略して10902小隊である。

 もちろん、原作を知っているガノタならわかっているだろう。

 第1連合艦隊、そう、照準『ゲル・ドルバ』で甚大な被害を受ける、あの艦隊である。

 

 

 

 どうやったらこの状況から逃げ出せる? などと病院船の中でうんうん思案しているうちに、あっさりと第一連合艦隊と合流してしまった。

 UC0079年12月27日。あと二日で第一艦隊はソロモンを出立する。

 

 ――あれ!? ああ、もぉう、最悪だよぉ!

 病院船に放り込まれたせいで、重大な失策をしでかした、とシン少尉は天井を仰いだ。

 

 クリスとバーニィ、アルの悲劇を間違いなく阻止できなかった。

 頭を壁に叩きつけたくなる。

 ガノタなら、あの悲劇を何とかしなければならないという使命にかられるものなのだが――不幸にも、シン少尉に憑依してしまっているため打つ手がなかった。

 さすがにトンボ返りでサイド6に行って悲劇を止めてア・バオア・クーへ戻る、などという無理筋を実現する術を、一介の現場士官に過ぎないシン少尉が持ち合わせているわけもなかった。

 

 さて、すまない、すまない、などと贖罪の念に駆られながら、シン少尉は病院船から追い出されるように連絡艇に乗り、そのまま赴任先のコロンブス級空母『フゲン』にランディングする。

 

 出迎えに来ていた一等兵に案内されて、そのまま艦橋へと移動する。

 行きかう兵たちはとてもあわただしい。どうやらダメージコントロール演習をしているらしく、いざというときの消火や応急修理、最悪の場合における隔壁閉鎖やブロック分離について、ベテランの下士官らにどやされながら忙しくしている。

 

「戦時の船だな」

「当然ですよ、少尉殿。星一号作戦はデカいヤマになるらしいですから」

 

 そんなことを言いながら、どこかから脱走できそうな何かがないだろうかとキョロキョロあたりを見る。ゲル・ドルバ照準とやらで焼かれる前に脱出したい……が、もうこれ覚悟キメるしかないんじゃないか?

 

「少尉殿、こちらです」

「ご苦労」

 

 案内されるがままに艦橋の気密ドアをくぐると『10902小隊長、ブリッジ・イン』と機械音声が流れる。

 艦内統合情報システムと幕僚部の人事基幹システムの連携は完ぺきなようだ。

 

 つまり、艦のセンサー群がくたばらない限り、シン少尉の脱走など不可能ということである。いや、原作のアムロ君よろしくはジム盗んで大脱走……こんな大艦隊のど真ん中で?  撃墜される未来しか見えない。

 

「シン少尉です。ただいま着任いたしました」

 

 不動の姿勢から艦長に敬礼。

 

「ご苦労。楽にしたまえ」と艦長。

 

 事前に頭に叩き込んできたレク情報によると、この艦長はテッド・アヤチ大佐。

 

「シン少尉、だったか。君には10902小隊を任せる。本艦は10901~10910までの10個小隊を運用するが、ほとんどのパイロットは操縦学校や予科練を出たばかりの新人だ。ゆえに、大隊長を補佐し、任務を遂行したまえ」

「はっ。では、大隊長のもとに出頭いたします」

 

 敬礼すると、艦長はどこか疲れた様子で答礼。

 戦時昇任で二階級かさ上げされて大佐の仕事をさせられているのが大変なのだろう。なお、このテッドさん、ガノタナレッジによれば後々アレキサンドリア級のハリオ艦長になる人でもある(しかも戦後の階級調整で少佐に戻されている……)。

 

 その後、第1MS大隊長に挨拶に伺ったが、不在だった。というかMS部隊自体が船外演習に出ているそうだ。

 否応なく待機である。

 

 仕方ないのでシン少尉は与えられたクソ狭い個室に移動して、ベッドに寝転んで(とはいえ無重力なので、浮いているだけだが)情報端末を開き、情報収集とメモを取る。

 

 まず超国家同士の総力戦となっている現在の戦力事情を調べた。

結論から言えば、シン少尉が知っているガンダムのデータが役に立たないことを突き付けられた。

 そもそも、MSの生産台数が違う。

 いわゆるファーストガンダムのアニメについて、シン少尉が生前所持していた資料によると、ジムの生産台数は300機~4000機前後とされる。

 

 仮に地球を196の戦区(シン少尉がいたころの地球の国家数)に分けると、1戦区あたり1.5機~20機ということになる(より詳細に計算するならば、そもそも宇宙の戦区を考慮したうえで、地上におけるコロニー落としによる人口集中地域の偏重等、複数の変数を考慮すべきではあるが、シン少尉はそれを省くことにした)。

 この設定は、どちらかといえば出版にまつわる商業的理由によって生まれたものだ。MSを希少性ある兵器として設定することで何かしらのフレーバーを醸し出す意図もあったのかもしれない。

 

 だが、シン少尉がいる世界は、ガチの世界である。

 

 ゆえに設定ではなく、OR(オペレーションズリサーチ)が優先される。

 戦争の数理研究が戦略の基底となるのだ。

 現実はロマンもクソもなく、最大限の殺傷効率を求めた果てに、かのテム・レイ博士が断言したように『歩兵の延長』としてMS戦闘ドクトリンが練り上げられている。

 

 もはやMSは希少性のあるエースの乗り物ではない。

 100万機体制で運用される、むせる世界になってしまっていたのだ。

 

(設定熟知系無双は不可能だ。すべて学びなおすしかない)

 

 シン少尉は思考を切り替える。

 知らぬものを考えても無駄だからだ。

 

 いま知っている知見をもとに思考を洗練させる。

 ドズル中将が生き延びた→ア・バオア・クー戦の局面が変わるだろう。

 ギレンとキシリアの政争で崩壊するア・バオア・クーの防衛体制――このシナリオはもうありえないとシン少尉は切り捨てた。

 

 ギレンは他人に任せることのできる政治家だ。

 軍事専門領域を委ねられる、しかも手練れの男が手元にいるならば、自ら指揮を執るなどということはしないはずだ。

 むしろ、より高次の局面――大戦略レベルの問題に向き合うことを選択するのが、ギレンという男だと、シン少尉は分析する。

 ギレンは自らが高次の局面にあたるべく、『些事』を『完璧に処理』するためにドズルに指揮権を集約するはず。

 自らの親衛隊や、ドロス、ドロワなどの巨大空母及びキシリアの手勢を統制下に置かせ、連邦軍の相手をさせておくだろう。

 

(ゲル・ドルバ照準のコロニーレーザーを使用せず、純粋に軍事作戦で連邦軍を拘束。そしてコロニーレーザーを脅迫材料とする停戦交渉成立、あたりがギレンの狙い……か?)

 

 いくら練磨したガノタとはいえ、ギレンの考えていることなど正確には読み切れない。

 人類の数をバンバン減らして管理しなきゃ(使命感)、という思想を実際にやってのけてしまう男の思考をトレースするのは、容易ではない。

 

 だが、ギレンは狂気じみているが合理的な男。

 

 連邦政府を排除しての新たな統一政体(それがジオン公国なのか、ザビ政府なのかはさておいて)による地球圏統治――という戦略目標はもう実現不可能なことくらい理解しているはず。

 

 やつは不可能なことを追い求めるような夢想家ではない。

となると、地球連邦政府と地球圏統治をシェアするシナリオは次点のゴールになりうる。

 そして、それが実現した場合――

 

(やらかしたな。いわゆる原作知識無双ができない状況だ)

 

 シン少尉はメモを書き込んでいた端末を放り投げて、頭を抱えてしまった。

 

 

 

 

 大隊長からの呼び出しに応じて、MSハンガーに集合。

 居並ぶ数十のMSに見降ろされながら、新任小隊長紹介の挨拶をすませた。

 そしてあっさりと部下を三人紹介されたシン少尉は、そのドライさになにやら懐かしさを覚えた。確か、北韓内戦の平和維持活動に従事した時も、こんな感じだったような気がする。

 

 いきなり隊長になり、よく知らない部下を預かり、そして死なせる。

 そんな理不尽さに適応する方法は、心のスイッチを切るくらいしかない。

 

 シン少尉は部下たちに自分を知ってもらうため、そして部下たちを知るために機体搭乗命令を出し、シミュレータを準備させる。

 新人の部下たちがもたもたと準備している間に、シン少尉はオーラ力(ぢから)を込めながら集中する。

 

 よく調教されたガノタならば誰でも持っている、ファーストガンダム(テレビ版、劇場版、小説版)の超高速脳内再生機能を発動するには一定程度のオーラ力(ぢから)が必要なのだ(ラーメン屋に10分並ぶ程度の忍耐力のこと)。

 

 ガノタであればトミノ文体を目にしただけで映像に変換できる上に、その変換した映像を脳内に蓄えておくことなど造作もないことである。

 さて、シン少尉の中の人も当然ながらそのスキルを使い、未来を占っていた。

 

(よし。アムロ、シャア、ララァの精神的三角関係+死亡事故を引き起こすのは12月30日だったのか。忘れてるもんだな)

 

 そして、ララァ事故死ののち、わちゃわちゃしてる時にソーラレイが発射されて、第一連合艦隊が消し飛ぶ、と。

 

(うーん、ギレンよ、頼むからソーラレイはナシで……)

 

 無事第一連合艦隊第9MS大隊第2小隊長を拝命しているシン少尉は、ジムTB仕様のコックピット内で頭を抱える。

 

 なんとかワンチャンスないか? → いや、何一つないわ。

 というループを繰り返しているばかり。

 

 ダメだ、いっそ無心になろう、と思い、部下たちと交流(演習)することにする。

 

 

 

 コクピット内に疑似的な宇宙空間が現れる。

 そして、コクピットに至る衝撃をコントロールするための制震ダンパやアクティブサーボが仮想の戦闘衝撃を演出してくれる。

 

「とりあえず、各機自分を落としてみろ」

 

 シン少尉はそういって、シミュレータ上で模擬戦闘を開始する。

 ジム同士をネットワークでつないで、サクッと戦闘訓練ができるというシステムは、パイロットを速成しなければならない連邦軍の体制を下支えしている優れものだ。

 

(さて、どう攻めてくるやら)

 

 セオリー通り、というべきか。

 シュヴァイツァー伍長とチェン=リェン曹長の機体が2マンセルで突っ込んできた。

 ジムTB仕様のセオリーであるダブルビームガン連射突撃である。

 

 基本、これがなかなかに強い。

 

 実弾武器の数倍と言われる弾速を持つ、重金属粒子の塊を発射するビーム兵器が弱いなんてことはなく……事実、シミュレータ上で再現された輝くビーム粒子は、超音速で飛来する。

 見てよける、などというのは到底不可能であるのは誰だってわかることだ。

 

 しかし、である。

 

 シン少尉は何食わぬ顔で回避してしまう。

 これはシン少尉がニュータイプだからではなく、中の人がフルダイブVRガンダムワールドをやりこみすぎて、だいたいこの辺でビームをぶっぱなすだろうというのがわかってしまうからだ。

 タイミングさえ合えば、宇宙空間における三次元機動でさらりと回避できてしまう。

 ガノタたるもの、いつでも転生、憑依できるよう備えておくのも嗜みといえよう。

 

『はぁ? よけた?』

 

 シュヴァイツァー伍長の驚きが聞こえるが、こんなことで驚かれても困る。

 ガノタにとって、ビーム回避などテーブルマナー同様、身に着けておくべき作法でしかない。

 

「おいおい、乱数機動くらいしよう」

 

 シン少尉のジムは、左右に保持しているビームスプレーガンとダブルビームガンをマルチロックで数発、連射。

 

 回避されるだろうと思い、予想される位置に弾を撒いておいただけなのだがなんてことはない。

 普通に初弾で二機を撃墜してしまった。

 

『うそっ!』とチェン=リェン曹長。

 

 ウソも何も、そんな相手に直線で仕掛けたらダメだろう。予科練とかで絶対戦場機動の訓練をしているはずなのに、なんてことだ。

 

『とる!』

 

 頭上からビームサーベルをうならせるジムが近づいてくる。

 シャニーナ伍長のジムだ。

 いい動きだ。三次元戦闘の何たるかを理解している部下がいて、シン少尉は少し安心する。

 

「いい判断だ。だが、相手との鍔競り合いは避けろ」

 

 シン少尉のジムTB仕様はさっとサーベルを展開してシャニーナ機の近接攻撃をいなした。

 ここ数日、というよりもこちらの世界に来てからずっと作りこんできたMSの動作パターンの一つであった。

 MS操縦の本質はパターン呼び出しとその応用なので(人間の身振り手振りをMSがトレースしているわけではない……それはモビルファイターじゃねぇか)、事前準備と使い方がものをいう(※0083のコウ・ウラキさんのGP01宇宙飛び出し失敗事例からガノタは学ぶ)。

 

「そう、その通りだ。やばいと思ったら距離をとれ。だが、もっと素早くないとな」

 

 シン少尉のジムTB仕様は、サブアームに保持していたシールドでシャニーナ伍長の機体を殴りつける。

 

『くっ。ただのモヤシ少尉じゃない!』

「今のは聞かなかったことにする。ほら、どんどん攻めてこい」

 

 結局、一時間の連続戦闘演習でシン少尉を誰も落とせなかった。

 これは決してシン少尉が無双しているわけではなく、単に部下一同のレベルが残念だっただけである。

 唯一、シャニーナ伍長だけがシン少尉のシールドを叩き切る戦果を挙げたことくらいが特記すべきことであった。

 

「よし、これより講評と指導を行う……と言いたいところだが、その前に小休止を入れる。一度シャワーでも浴びてこい。15分後に現在位置に再集合。かかれ」

「かかります……」

 

 元気のない部下たちの頼りない後ろ姿を見送る。

 シン少尉は今のシミュレータ演習でコクピット環境があまり自分にフィットしていないことを感じていたので、この隙間時間のうちに調整してしまうことにした。

 

「おーい、フジオカ軍曹、コックピット内の調整をするから手伝ってくれ」

 

 機付整備士のフジオカ軍曹が熱心に携帯端末でゲームをしていたので声をかける。

 

「えー、後じゃダメっすか? あたし、ガチャチケットもらえるイベントで忙しいんすけど」

「何言ってるんだ、勤務中だろうが。ほら、手伝え」

「少尉、モテないっしょ? そういうところっす」

「うるさい。手伝え。まず制振ダンパからいじりたいんだが」

「めんどくさっ! サーボモータ調整じゃダメっすか? 機械いじるよりパラメータいじるほうが楽だし」

 

 コクピット内でぎゃーぎゃーとフジオカ軍曹と軽口をたたきあいながら調整作業をしていたら、大隊長のブランドン大尉がやってきた。

 

「狭い空間に若い男女……これはなにかはじまるアレか?」

「大隊長のセクハラ行為をシン少尉どのに告発するっす」

「確かに受理した。確実に処分が下るよう対処する」

「おいおい、勘弁してくれよ。おっさんをいじめるのも立派なハラスメントだぞ」

 

 コックピットハッチに手をかけてフワフワと浮いているブランドン大尉が苦笑する。

 

「それで、大尉、ご用件は?」

 

 シン少尉は作業中なので失礼、といいつつ対応する。

 

「お前の部下に対する模擬戦闘をみた」

「あー」

「シン少尉、寒気を感じないか」

「ええ、全くその通りですよ」

「あたしは暑苦しくって仕方ないっすね。ジムのコックピットって狭いから嫌いなんすよ」

 

 フジオカ軍曹のボヤキはさておく。

 

「あんな子たちを前に出せませんよ。無駄死にさせるだけです」

 

 部下たちのことを深く知っているわけではないが、知り合うのも何かの縁。

縁あるものが無残に死んでいくのを見過ごせるような図太さなど、シン少尉にはない。

 

「どうせ戦争はもうすぐ終わりだ。無駄死にさせるな。援護役にでも使って、被弾したらすぐに後退させろ」

「いいんですか? 大隊担当戦区を保持でなくなりますよ」

「バカ野郎、なに生意気言ってるんだ。俺と、貴様で何とかするんだよ」

「あっ(察し)」

「大隊士官や下士官の使えそうな連中で戦区を支えるのが『現実的』な対応ってやつだ。本当にヤバかったら、名誉の負傷で後退させろ。これは艦長との暗黙の了解だ」

 

 ブランドン大尉の考えはわかった。

 それを伝えるために、わざわざ口頭伝達に来たわけだ。こんな内容、ログが残るようなやり取りでは伝えられないだろう。

 

「大尉の方針ってやつは掌握しました。やってみせますよ。無駄死にさせたら寝覚めが悪いですしね」

「そう――」

 

 ブランドン大尉が返事をしたその時だった。

 一条のビームが格納庫に突き刺ささった。

 シン少尉は反射的にフジオカ軍曹をコックピットの奥に押しやりながら、ブランドン大尉に手を伸ばす。

 

「大尉!」

 

 だが、遅かった。

 ビームはそのまま格納下の弾薬庫にまで貫通。

 誘爆によって床下が吹きとび、ブランドン大尉が破片に巻き込まれて視界から消えた。

 コックピットハッチがオートで閉鎖される。

 眼前のディスプレイパネルとシン少尉の手にはブランドン大尉の血痕がはっきりと残っていた。

 

「ウソだろ……」

 

 シン少尉は着用していたノーマルスーツの気密を確認。ヘルメットのバイザーを閉じる。

 

 とんでもない圧量に押し負けて破裂した床。

 どうやら風穴が空いてしまったらしく、気圧差で格納庫の中にいた人間やモノが吸い出されていく。

 

「……少尉、マジやばなんじゃ、これ」

 

 泣き言を垂れているフジオカ軍曹をメインシート背面にあるエマージェンシーシート側に押し込んでおく。

 そしてシン少尉はメインシートに座り、淡々と機体を起動させる。

 シン少尉のジムTB仕様が起動した時点で、どうやら空気の流出が止まった。

格納庫は真空状態。火災も当然ない。

 

『艦長よりBCPへ。聞こえるか』

「こちらBCP」

 

 シン少尉は躊躇を覚えつつ答える。

 本来のBCP(大隊コマンドポスト)を務めるべきブランドン大尉はKIA。

 その他士官で上番しているのはシン少尉だけだ。

 であれば、BCPを引き継ぐことになるというのが軍隊のルールだ。

 

『S909か。V018はダメそうか?』

「眼前で、消失しました」

 

 ブランドン大尉がKIAである旨を伝える。

 

『……直ちに大隊を掌握し、船外救助に当たれ』

「了解――大隊各員、点呼後ただちに救助にかかる。ダメージコントロールマップを開け」

 

 シン少尉は部隊人員を掌握しながら、DCマップを参照して捜索救難要員を配置していく。

 

『シン隊長! アインスとリェンが大変なんです! どうしたらいいですか?』

 

 突然、シャニーナ伍長のノーマルスーツ備付きヘッドカメラ映像が割り込んできた。

 そこには首があらぬ方向に曲がっているチェン=リェン曹長、そして瓦礫に押しつぶされたアインス・シュヴァイツァー伍長の姿。

 

「シャニーナ伍長、二人のバイタルは正常か?」

『わかりません! 反応がありません! センサーが壊れたのかもしれません……』

  

 初めて持った部下は、死んでしまったらしい。

 二人のことを何も知らない。

 そして何もしてやれなかった。

 あと数日で戦争は終わるというのに。

 

「シャニーナ伍長、遺体回収ビーコンを残し、4番デッキに移動だ。使えるジムが一機あるから割り当てておく。速やかに船外救難にあたるぞ」

「だって、隊長、あの……」

 

 シャニーナ伍長の主観視点ゆえに表情は見えない。

 映っているのは、ただ死んだ部下の姿だ。

 

「命令だ、シャニーナ伍長。復唱はどうした?」

 

 しばしの沈黙。

 

「――シャニーナ伍長は、4番デッキに向かいジムを受領し、船外救難任務に就きます」

「そうだ。かかれ」

「……かかります」

 

 シャニーナ伍長のビーコンが4番デッキに向かうのをモニタで確認しながら、シン少尉はゆっくりと深呼吸をした。

 

 誰がこれをやったのか。

 

 わかりきっている。

 連合艦隊の電子防護網を潜り抜けての対艦攻撃――サイコミュ攻撃を仕掛けるなんて所業をやらかせるのは、この時点では奴らしかいないからだ。

 

 シャアとララァ、あるいはシャリア・ブル。

 

 恐るべき、ニュータイプたちである。

 




ここで止めたら、自分が自分(ガノタ)でなくなっちまう!

の精神で、まだまだ続きますのよ。

登り始めちまったよ。あの長く険しいア・バオア・クー坂をよ……。
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