2話くらいで終わる予定ですが、増えるかも。
趣味の天体観測にまつわるデータ処理を行いながら、ギレン・ザビが私室で白ワインを傾けていると、空間を引き裂くようにモーラ・バシットが現れた。
テレポートしてきた彼女に驚くこともなく、ギレンは「一杯、どうかね?」と進める。
「それ、休戦協定の時にゴップから送られてきたやつやん」
二人は暖炉の前にテーブルを囲んだ。
モーラは勧められるままにグラスを受け取る。
ゴップ好みのすこし甘みが強いそれは、人の心を溶かすような趣があった。
「いいものだろう?」
互いに、ワインを注ぎあう。
「――ギレン、普段あんた白ワインなんて飲まんのに」
モーラはグラスを傾けながら訊ねる。
パチパチと薪がはぜる。
コロニーにおいて、酸素はぜいたく品だ。普通はホログラフとサウンドシステムによるフェイクを楽しむものだが、ジオンの総帥はホンモノを御好みらしい。
「そんなにゴップはんが逝ったのがうらやましいんか」
はぁーっとため息をつきながら、モーラはギレンの横顔を見る。
何も言わずにグラスに口をつけるギレンの姿に、憐れみを覚える。
「あんたにとってゴップはんは、少なからず会話が成立する相手やったからなぁ」
高次幾何学存在からのデータをわずかながら展開できる頭脳を保持しているギレンにとって、普通の人類のほうがエイリアンやろな、とモーラは同情を覚える。
「――ゴップはんの葬儀潰して、満足か?」
本当は地球を救った英雄であるゴップだが、今では宇宙怪獣からの侵略を阻止できなかった無能な将軍の代表という形で世論誘導が行われている。ギレンとしても連邦政府がその暗愚を極めていくことにデメリットはないので、相応の政治資金を動かし、アンチゴップキャンペーンに加担している。
無能のそしりを受けたゴップは、国葬にすることは認められず、本来戦死した軍人に認められる軍葬すら認められない流れに誘導されている。
これもすべて、ギレンとジャミトフ、コリニーによるメディアキャンペーンの成果である。
「人類という有機ネットワークは、常に個体の喪失に備えている。たとえゴップが死のうが、その意思や願い、祈りは、つながっていたネットワーク上に分散配置され、継承されるものだ」
「誤魔化しても無駄やで。ええから言え。これが、あんたの葬式か?」
モーラが、ギレンが処理していたペガスス座の観測データを示す。
ゴップが最後に乗り込んでいた艦名そのままの星座は古くから観測されていて、今更新発見があるようのところではない。
そんなところを観測して当たり前のデータを処理するなど、無駄を嫌うギレンらしくないとモーラは思う。
「――そうだ。ジオン公国による国葬。この私、ギレン・ザビが一人で執り行うと決めた。人類ごときに邪魔されていい儀式ではない」
あー、相当連邦に腹立ててるんやなぁ、とモーラはギレンの青さに乾杯する。
「なら、うちも参加させてほしいなぁ」
「人間ではない貴様なら、問題はない」
失礼な、とモーラはギレンの不器用な意地の張り方に笑ってしまう。
「葬儀場で笑う奴があるか」とギレンにあきれられる。
二人、無言で暖炉の炎を見つめながら、白ワインを少しずつ減らしていく。
「――なぁ、ゴップはんを生贄にせんと、やっぱダメやったんか?」
モーラは今まで、自らに増設した補助量子脳で何度も重なり合いに関する計算を繰り返した。ゴップが死なないシナリオでは、大抵ギレンがこの世からおさらばするしかなく、両者が残れる特殊解は見つけたことがない。
こちらよりも高度な演算能力を持つギレン側であれば、何か可能性があったのかもしれない、ということは気にかかっていた。
「……無意味な問いだ」
白ワインの空瓶を見つめるギレンのまなざしに、一瞬の後悔を見出したモーラは、何も言えなかった。
最善手だったということだろう。
人類の未来を紡ぐために、身を切れるキメキメの輩はそう多くない。
数少ない生贄をどのタイミングで切り札にするか。
それだけのこと。
当然、こいつは自分のことも、いつか切り札として使い倒すんやろなぁ、などとモーラは人類史の業を背負う立場のギレン・ザビに同情する。
「貴様は、貴様の道を進め――もし私が倒れても、道が続いていると信じたい」
すっかり弱気になった独裁者の横顔を、モーラは脳内の画像フォルダに保存しておく。
モーラはゴップの画像集や、ギレンの画像集をたくさん持ち合わせている。
いつか自分が一人になってしまったときに、立場こそ違えども、同じ使命感を秘めて挑んだ連中のことを覚えていたいからだ。
煩雑なネオンの街並みを置き去りにして通り抜け、ひときわ静かなフォンブラウン市の高級住宅街の一角にそびえるタワーマンションの前に無人タクシーが停車する。
降り立ったのは、カジュアルスーツスタイルのシン大尉。
彼は特に迷うこともなくタワーマンションの自動入館ゲートに向かい、手持ちの量子キーを使い開錠。
そのまま足早にエレベータに乗り込んだ。
エレベータの階数指定ボタンを押さず、量子キーインターフェイスに端末を差し込む。
すると、エレベータが動き出し、存在しない階数でドアが開いた。
暗闇だったが、人感センサーが反応し、照明が自動で点灯する。
フロアすべてを居住空間とした、最高級のペントハウス。
外に広がる月面都市を一望できるその様は、風景が贅沢品たりうることをシン大尉に教えてくれている。
これがモニターなのか、ガラスなのかはシン大尉には判別がつかなかった。
さて、広大な室内には、最低限の家具があるだけである。
しかし、目立つ代物が中心にそびえている。
生命維持ポッドにも似たその設備の中には、全裸の女性が収まっている。
シン大尉は、何も言わずその女性の造顔と肢体をみつめ、ため息をついた。サララが理想とするカラダを目指して設計したというが、どうやら本当だったようだ。男女問わず目を引かれるだろうその造顔とプロポーションは、見ているものを確実に惑わす。
クローゼットから下着と洋服を集めてきて、かごに入れておく。彼女が起動したときにすぐに差し出すためだ。
装置に備え付けられている認証ソケットに、先ほどから使用している量子キーを差し込む。
イングリッドは意識を得た。目の前にいるのは、生まれて初めて出会った男。
刷り込み記憶に従い、自らの魅力についてのテストを始めることとする。
ポッドからゆっくりと歩み出る。
惜しげなく裸体をさらして、特に何の感慨もなくシン大尉の顔に手を触れる。
「――あなたが、シン大尉ね?」
イングリッドから発せられた声は、創造主たるゴップが調整した理想のトーンなのだろう。
低すぎず、高すぎず。
人に何かを命じる声色に特化した調整が施されているようだ。
なぜ自分が作られたのかはわからないが、それはカラダのテストを終えてから確認しても遅くはない。
「はっ。こちらに衣服を用意してあります、イングリッド様」
シン大尉が彼女に衣服をいれたカゴを差し出す。
しかし、彼女はカゴをわきによけて、そのままシン大尉に迫る。
後ずさったシン大尉が、あわわとそのままソファに倒れこんだ。
イングリッドはそのまま獲物を狩るヒョウのようにシン大尉に四つん這いで覆いかぶさる。
「ねぇ、あなたはあたしをみて、ドキドキする?」
シン大尉の答えはなかった。
ただただ、こちらをじっとみつめるばかりだ。
「触って」
シン大尉の手を取り、自らの胸に誘導する。
そして、器用に彼の真っ白なシャツのボタンに手をかけていく。
「どう、エッチな気分になった?」
イングリッドは好奇心から訊ねたが、シン大尉は無言でイングリッドをじっと見つめるばかりだ。
あげく、彼の瞳から、大粒の涙がこぼれる。
「え?」
イングリッドは動揺した。
そして困惑する。
彼女は初めて出会った男が自分にどの程度の性的興奮を抱くのかデータをとり、今後の活動に生かすつもりだっただけなのに、想定外の反応だったのだ。
そして、その涙とまなざしにどうしようもない羞恥を感じる。
何か、間違えたのだ。
イングリッドは急に恥じらいを覚え、彼の腕を離す。
胸を手で覆いながら、先ほど押しのけたカゴを手にして『装置』の影に隠れる。
下着を身に着けながら、シン大尉の様子をちらりと見てみると、彼はシャツを整えながらゆっくりと立ちあがり、ポケットから取り出したハンカチで涙をぬぐっている。
イングリッドは、生まれて初めて罪悪感というものがどういうものかを覚えた。
「――あ、あんたが悪いんだからね!」
自分が悪いわけではない。魅力的なはずのあたしが迫ったのに、喜びもせずに泣いたあいつが悪いんだと、まるで子どものような思考に戸惑いつつも、イングリッドは止められなかった。
「……ねぇ、ちょっと、なんでそんなに泣いてるの?」
シン大尉が用意してくれたらしいカジュアルなチノパンとパーカーに身をつつみ、装置の影からでてきたイングリッドは、おそるおそるシン大尉に近づいて尋ねる。
いざとなれば近接格闘アドオンの力で瞬殺できるから、なにも恐れる必要はないはずなのだが、なぜか罪悪感が警戒心を生み出してしまうようだ、と自己分析する。
「ねぇってばっ!」
泣きじゃくるばかりのシン大尉の手を、ちょっと怒りと困惑を含みつつも、出来るだけ優しく取ってあげた。
「――イングリッド様は、イングリッド様なのだと分かって……すみません」
「変なこと言う奴ね。あたしはあたしよ」
そう、量子脳搭載型サステイナブル人類の一号機。わたしの量子脳は常時、別の量子脳にバックアップを取っている。理論上、あたしは義体を交換することさえできれば、不老不死を実現している最初の人類ということになるはず。
そんなにすごいあたしなのに、このシン大尉という奴は、まるでどこかのお嬢様でも扱うかのように接してくる――まるで他人行儀で、それがまだ成長途上の人格回路にどうもひっかかる。
時間が経てば解決するのだろうか?
「まぁいいわ。シン大尉、イングリッド・サララ・ゴップとして命じる。このあたしを補佐し、世界征服――じゃない、世界平和事業を手伝いなさいっ」
シン大尉がなぜか驚いているけれど、あえて無視する。
いちいちこんな冴えない男――あたしにドキドキしなかった男のことなんて考えていても無駄だと判断した。
「サララ、か……本当に、いい名前ですね」
妙に感慨深そうなまなざしをこちらに向けてくる。
イングリッドのほうも褒めなさいよ、とは言わない。器が小さそうにみえそうだからだ。
それにしても――色仕掛けは効かないが、世界平和に興味があるのか?
それはそれで頭のネジが外れているのではないかとイングリッドは不安になる。
政治の怪物は慎重に扱わなければならないと、プレインストールされている様々な補助AIが警告を出してくる。
「いいでしょう、喜んでお手伝いしましょう。あなたに仕える、地球連邦軍の犬でも手駒でもなんでもやってやりますよ。世界征服でしたっけ? 上等じゃないですか」
シン大尉は何がおかしかったのか、にやにやと笑っている。
なんだかすごく腹が立つが、人の上に立つべく作られたイングリッドはそれをなんとか受け流す……ことができなかった。
「世界平和事業だっていったのっ――なんなのそのニヤニヤ顔は! なんかすんごい腹立つんだけど! なに? あたしのプランに入れてやろうってのにその態度、なんか気に食わないわ」
「へー、プランかぁ。どんな悪だくみだろう。楽しみだなぁ……ほんとに、楽しみですよ……うぅっ」
また涙目になりながら答えるこいつは、情緒不安定なのかと心配になってきた。
この世に目覚めたときに流れ込んできたレク情報を確認する。
シン大尉とかいう連邦軍人はイングリッド・サララ・ゴップにとって最高の右腕になると引継ぎ資料に書いてあるが、資料が間違っているのか?
「ったく、前途多難な気がしてきたわ。ほら、シン大尉、これで涙ふいて鼻もかむ」
ティッシュの箱を差し出しつつ、イングリッドは『装置』に量子脳でアクセスし、床下へと格納する。
これで、パッと見は金持ちの道楽娘が住まう高級マンションに様変わりである。
「ほら、さっさと打合せを済ませるわよ。あんた普通の生体脳なんでしょ? いちいち説明してあげなきゃなんだから、そこに座って」
鼻をぶーぶーかんでいるシン大尉を見ていると、本当に連邦軍は大丈夫なのか心配になってくる。データ上は凄腕のMSパイロットらしいけれど、どうもそうは見えない。
しかし、数少ない手駒だ。
捨てるわけにはいかないし、手なずけるトレーニングとして活かしたほうがいい。
――そう、これは人心掌握トレーニングだ、と割り切ったイングリッド。
そうなると彼女の判断は早い。
シン大尉は有機生命体だから何かしらの食べ物が必要なはず、とイングリッドは思い至った。
男をつかむにはまず胃袋から、という学習済みのメソッドに従い、キッチンに行き冷蔵庫を見てみる。
ダメだ――中身は義体用のメンテナンス液ばかりで、とてもではないがシン大尉には使えない。
「シン大尉」
「はい、なんでしょうか」
ようやく泣き止んだらしいシン大尉が、丸めたティッシュをゴミ箱に捨てている。
「ラーメン、というものを食べてみたいわ。案内なさい」
対人コミュニケーション用に搭載されている飲食モジュールの試運転も行える上に、シン大尉を懐柔できる可能性もある。
少しだけ他人行儀感は薄れてきたが、いまだイングリッドのためならば命だって捨てる、という状態には程遠そうだと、分析する。
「ラーメンですか。いい店を知っています。いきましょう。ただ準備だけさせてください」
シン大尉が、小火器が隠されている壁面をタッチする。
この部屋をある程度自由にできる量子キーを持つ彼が用意したのは、アタッシェケースに収納できるサブマシンガンだった。
ふと、イングリッドは不安を覚えた。
外の世界のニュース情報やSNS情報はすべて取得し、いかなる世情かはおおむね解析している。
しかし、生まれて初めて実際に外に出るとなると、まだ未成熟な人格回路が不安を算出してくる。
「――シン大尉、その、外はそんなに危ないの?」
サブマシンガンを手早く確認し、弾倉をスーツの裏側に忍ばせる彼の姿は、先ほどまでの情緒不安定な彼とがらりと変わり、文字通り冷酷な兵士にしか見えなかった。
彼はサブマシンガンをコンパクトなアタッシェケースに収めて、こちらに向き直る。
そのまなざしは、謎の使命感に満ちているようにみえる。
兵士ってこんななの? とイングリッドはコモンセンスを修正する。
「ご心配なく。あなたに害をなす者は、自分が必ず始末します」
ラーメンを食べに行くだけで、そんなに警戒しなくてはいけないのかとイングリッドは己の認識を補正する。
「そ、そう。じゃ、いくわよっ!」
「了解、イングリッド様」
二人はエレベータに乗り、初めての冒険に出かけた。
フォンブラウン市にて、ペガサス級強襲揚陸艦トロイホースはドック入りしていた。
アナハイム社の艦艇改修パッケージサービスを受けるという目的もあったが、戦時体制が続いた乗組員たちの休暇も兼ねている。
月面中立原則(という名の月面経済界保護)の理由から、連邦、ジオン両国の艦艇が出入りするフォンブラウンらしく、トロイホースの隣のドッグには、ザンジバルⅡが改修作業を受けている。
月面都市のほとんどは政治的にジオン寄りであるが、経済界は金さえ払えば顧客なので、資本主義の倫理がそのまま表れているといえる。
さて、クリスティーナ・マッケンジー少佐は久しぶりの休暇ということで、艦長室のドアをロックし、築うん十年の借家で待っているバーニィに遠距離通信を繋ぐ。
『やぁ、クリスっ! ケガはないか?』
まっさきに心配事から始まるバーニィの姿に、マッケンジー少佐は変わらない安心感を覚える。
「もちろん。あなたのクリスは、いつだって健康第一よ」
『よかったぁ……あんまりにも心配でさ、俺、ザクで飛び出そうかと』
「やめてよもう。あなたを守るために戦ってるのに」
クリスがそう告げると、バーニィがごめんごめんと謝る。
「あ、そうそう、斜め向かいのアマダさんとこ、お子さん生まれたんだ」
「あらっ。アイナさんにお祝いのお手紙出さなくちゃ」
一年戦争後に引っ越してきたアマダさんたちは、クリスたちと同じく連邦・ジオンカップルだったので、何かと親しい近所づきあいを続けている。
そっか――子ども、か。
指揮幕僚課程で知り合ったブライト少佐も、子育ての話をしていたような気がする。
『なぁ、クリス。今度いつ帰ってくるんだ?』
艦艇勤務は長期に渡りがちだが、今のようなドック入りしているタイミングなどでは、申請次第で長期休暇がとれる。
誰か、誰かが艦長代行をやってくれれば何とかなる。
だが、誰を立てる?
機関科のボースン大尉はすでに休暇入りしてしまったし、シン大尉もどうしても行かなければいけないところがあるとかで、外出中だ。
ええい、誰かいるだろうっ、と高ぶったマッケンジー少佐は普段の冷静さをかなぐり捨てて、勢いのままに突き進む。
「明日。明日帰るっ。今から空港にいくからっ」
クリスはついつい声がうわずってしまう。
『えぇっ!? 戦闘指揮明けなのに大丈夫か?』
「――子ども」
ちょっと勇気をだして言ってみる。
『え? アルがどうしたって?』
「アルじゃない。アルも大事だけど……私たちの、子ども……」
『あ……』
互いに顔を見合わせ、そして真っ赤になる二人。
「か、か、か、家族、計画、どう……かな?」
『そ、そそ、それは一大事だぁっ!』
バーニィがあたふたして、画面の向こう側で何やらスクワットをしている。
「な、何してるの、バーニィ?」
『た、体力を、削ってる……明日帰ってきたとき、その……俺、止まらないかもしれないから』
「え、あ、うん――やさしく、ね?」
『お、おうっ! 準備しなきゃな、クリス、気を付けて帰って来いよっ!』
通信を終えて、クリスはもじもじした後、机に突っ伏した。
どうしよう。結構、ダイレクトすぎたかな?
いけないいけない、ちょっと頭を冷やしてこよう――。
マッケンジー少佐が艦長室の扉をあけて廊下に出ると、ヤザン少尉がシャワー室の帰りらしく、手桶をもって歩いていた。
「お疲れっす、艦長」とヤザンがこちらに適当な敬礼をする。
「ああ。貴官は外に出ないのか?」と答礼。
ラムサスやダンケルなどとヤザンの部下たちはみんな外出申請をして飛び出していったのだが、ヤザン少尉は一人艦内に残っていた。
あ、とマッケンジー少佐は光明が差した気がした。
「ヤザン少尉」
クリスが真剣なまなざしでにらむと、さすがのヤザン少尉も驚いたのか、姿勢を正す。
「貴官を現時より艦長代理に指名する。異論は認めない」
口をあんぐりとあけたヤザンだったが、何か納得したようににやにやとマッケンジー少佐を見る。
「あ~なるほどな。仕方ありませんな、ヤザン少尉、艦長代理を、拝命いたします」
ビシっと敬礼するヤザンの態度に、クリスはいぶかしみを覚える。
「なんだ、妙に物分かりがいいな」
「そりゃ、まぁ……このヤザン・ゲーブル、女になってる艦長様を止めるような無粋はしませんよ」
「――っ!!」
顔が燃えるように熱くなったマッケンジー少佐は、足早にその場を離れた。
わ、わたしって、そんなに顔に出るタイプなのかな?
ネオン輝くフォンブラウン市内の繁華街。その一角にあるゲームバーは人だかりができていた。
MSのシミュレータとそう変わらないオンラインゲーム筐体を使った、大規模な対戦が行われており、その配信が店内の大型モニターに映し出されている。
そのモニターを囲む人だかりのお目当ては、グラナダの悪魔ことアムロ・レイと、赤い彗星シャア・アズナブルのドリームマッチである。
両部隊ともフォンブラウンでの修繕とMS積載任務のために寄港していたことから、このような偶然の交流会と相成ったのである。
店内の筐体の中にはまさにアルビオン隊と、ファルメル艦隊のパイロットたちが勢ぞろいしており、互いの腕を競い合っていた。
今のところのスコアは互角。
どちらが勝ってもおかしくはない。
「そんなに感動的ですかね、これ?」
モニターを見ながらバーカウンターに腰掛けるシャニーナ少尉は、隣で大粒の涙を流しながら嗚咽するクラウン大尉に話しかける。
適当なところで呑んで帰ろう、と思っていたのだが、ちゃんと御礼を言わなくてはいけないジオンの人がいたので声をかけたのだ。
「尊い……」
などと、クラウン大尉はよくわからないことを言いながら、ビールをちびちび飲んでいる。
ジオン屈指のエースたるクラウン大尉は――もしかしてうちのシン大尉と同類なのかな、とシャニーナ少尉はいぶかしんだ。
突然変なところで泣き出すところとか、ちょっと似ている気がする。
「あ、この前の戦いで助けていただいてありがとうございました。うちの隊長に変わって御礼言っておきます」
「ああ、そんなことはいい。任務だったからな」
なんだろう、クラウン大尉にはどこかうちの隊長に近いものを感じるのだけれども――それがなんなのかはシャニーナには分からなかった。
ただ、一つだけ気がかりなことがあったので、訊ねる。
「あの、もし失礼なことだったら謝ります。その、戦闘中におっしゃっていたハマーン様というのは、クラウン大尉の想い人なのですか?」
シャニーナの興味本位な問いに、クラウンがまるで悟りを開いた宗教者のような穏やかな表情で答える。
「長くなるが、聞いていただけるのかな? これは、愛の話になるぞ」
愛の話、と訊いてなんだかぞくぞくしてきたシャニーナ少尉は、身を乗り出す。
「――こ、恋話ってやつですよね? うちの隊にそういう話する人いないから、興味あります!」
「そうか。マスター、この子にカルーアミルクを一つ」
コトッ、とシャニーナの前に素敵なアレンジが施されたカクテルが置かれた。
この時、シャニーナ少尉は知らなかった。
激重な輩の話は、とにかく信じられないほどに長いということを。
完全に拙者のリハビリのために書いてます。ゴップが逝ったせいでダメージがでかいです。