シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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やめてよね。本気で喧嘩したら、サイが僕に敵うはずないだろ。

――マネーゲームに興じていた誰かの言葉。


第二八話 0086 地獄の窯に火をくべるものたち 終

 

 UC0086年2月初旬。夏の終わりに差し掛かりつつあったジャブローでは、ティターンズの艦艇が宇宙に向けて続々と打ち上げられていた。ほとんどはサラミス改級とコロンブス級空母だが、ごくまれにアレキサンドリア級も含まれていた。

 

 さて、ジャミトフ・ハイマンは経済人ではなく軍人として、ティターンズ総司令部が置かれている地下センターの執務室にいた。

 相変わらず壁面は様々な数字とグラフを表示するモニターに埋め尽くされている。

 単純に数字というものをみていると、この世の何かを可視化した気持ちになれるので、どことなく安心感を覚えるというのもある。

 

「……終わったな」

 

 椅子の背もたれに体をあずけ、こともなげにそうこぼすジャミトフは、己の人生が無意味だったことを悟っていた

 

 地球連邦政府首相がモニターの向こうで、地球連邦市民に対する新たな増税立法の成立に関する理解を求める姿が映っていた。

 

『――地球連邦市民の皆様には、地球連邦政府が支える各サイドへの交付金や防衛費など、増大する政府に対する需要をご理解いただき、受益者負担を切にお願いするところでございます』

 

 逆だよ――とジャミトフは失笑する。

 本来であれば、この金融好況を利用して減税政策と巨額の財政出動を連邦政府が行い、さらなる景気増進を図り、より宇宙経済圏を拡大させて、地球の宇宙経済圏依存度を高めさせるべきなのだ。

 事実、コロニー側は積極財政に振り切っている。

 あとは、眠れる巨象たる地球連邦政府が金をばらまくだけだ。

 

 そうすれば、急速な経済発展を始めた宇宙の各サイドこそ真の経済フロンティアになり、地球は忘れ去られた経済圏に堕ちる。

 

 立ち行かなくなった地球経済を捨てて、人々は宇宙に行かざるを得なくなるだろう。

 

 結果、地球環境の再生は自ずから始まり、人々は新たなるフロンティアでもう一度、新しい世界を創造することができたはずだ。拡大を志向するフロンティアは人々にチャンスと富を思う存分与えてくれるだろう。

 

 それこそ、地球をすててよかったと思えるほどに。

 

 そんな大それた野心も、願いも、いまモニターの向こうに映っている政治家連中の愚かな判断によって、すべて終わった。

 

 そもそも税とは、国家が市中から貨幣を回収する仕組みでしかない。

 市中に通貨が余っているインフレ時には増税で通貨を回収し、市中に通貨需要が高まっているデフレ時には減税により通貨を供給する。

 

 きわめて単純な経済の小道具にすぎないにも変わらず……政治家は、それを権力の源泉として使用する。

 おそらく財務省が提出した連邦政府経済に関する試算表を目にした政治家たちが、慌てふためいてこのような増税路線を打ち出したのだろう。

 

 このままでは、地球はいらなくなる。

 自分たちの『金の分配』という権力基盤が失われる、と気づいたのだ。

 

 0080年に比較して、0086年現在の連邦政府管轄下の宇宙移民数は、統計的にみると数百倍に及ぶ。ジャミトフが誘導してきた住宅ローンの潤沢な供給の効果により、人々は地球を捨てて宇宙の新天地へと移っていった。

 激増したバンチコロニーを支えるべく、各サイド自治政府はインターナショナル国債公社経由での資金調達を行い、巨額の財政出動を行い、様々な社会インフラや公共サービスを整えていった。

 

 0080年以降、あの手この手で人類を地球から追い出すべく、様々なメリットを持たせた金融政策を打ち上げ続けてきた。どれもこれもおおむね滞りなく進み、金は金を生み、人々は潤沢な手元資金を活かして生活を再建できるようになったはず――だった。

 

 ――にもかかわらず、このタイミングで、権力のために奴らは増税を決めた。

 

 ジャミトフは生まれてから怒りに震えるということはなかった。

 今もそうだ。

 冷静に計算しつくしたシステムによって、地球連邦政府を根本から変える算段を積みあげてきたがゆえに、ただ、徒労感だけを覚える。

 

 この増税は、地球圏経済にトドメをさす。

 

「民主主義の死、というやつか」

 

 この新課税立法の施行は4月からだ。

 昨年末ごろから新税法成立予定の報道を受けて、市況の数字は悪い方向に転じていたが――もう止まらない。活況に沸いていた宇宙経済は急速に縮退するだろう。

 そして、住宅ローンの返済が滞り始めるのが7、8月あたりだろう。

 

 間違いなく、CDOの請求権を支えていたローン返済が滞り、CDOが揺らぎ始める。

 大量のCDOが不良債権化していくことにより、連邦ジオン関係なく、すべての投資関係者が損害を被ることになるはずだ。

 これに備えるべく売り出していた保険であるCDSについても、先回りした鼻の利く投資家に買い占められており、いまそれを手に入れるためには相当の額を積みあげ、土下座覚悟でCDSを売ってくれ、と頼み込む必要があるだろう。

 

「失敗だな。こんなことなら、地球連邦議会の議員どもを皆殺しにし、首相も大臣もすべて消すべきだった」

 

 ゲームのルールに従って、おとなしく仕事をこなしてきたジャミトフは、己が悪になりきれなかったことに失望した。

 ゴップならやったはずだ。

 ギレンならやるだろう。

 だが、ジャミトフは……できなかった。

 地球連邦政府というものを信じすぎていた。自分をここまで上り詰めさせるだけのシステムが設計されていたのだから、システムとしての自浄作用が機能すると、信じてしまった。

 

 通信端末が鳴り、ジャミトフはそれを手に取る。

 

『ジャミトフ大将、やられましたな』

 

 ブレックス准将であった。

 

「終わりだ。もう止められん。金融システムの欠陥は理解していたし、それを利用する輩も出ることは踏んでいた。だが……まさか、地球連邦政府が自殺するなどという選択肢をとるなど想像できるかね?」

『ジャミトフ大将、あなたは人の愚かしさを軽く見積もる悪癖がありますな。それで、ダンディライオン計画はどうしますか?』

 

 ブレックスが気にしているのは、破滅する連邦政府のことではない。

 木星から引っ張り出してきた巨人の無限力を利用した、超長距離移民船団『ダンディライオン』プロジェクトである。

 地球、ジオン、月、火星、木星と人類の生存圏は太陽系に広がっているが、そこからもう一歩飛び出し、移民可能な別の星系を目指す巨大計画である。

 

 この計画を進めるために、可変MS開発などという金を食う研究開発プロジェクトをアナハイムやジオニックに発注したのだ。

 

「ダンディライオン計画、そしてこれに付随するZ計画は継続させる。たとえ地球連邦が滅んだとしても、太陽系の外に人類を飛び立たせることができれば、我々の勝利だ」

 

 ジャミトフはすべてが壊れていく中で、このプロジェクトだけは残したいという私的な願望があった。老境に差し掛かっているからこそ、希望とやらを信じてみたくなったのだ。

 

『計画の続行に感謝しますよ。レビル閣下にも伝えます。ところで、今後コロニーで起きるだろう暴動はどうなさるおつもりか?』

 

 コロニー暴動は避けられないだろう。自治政府に対する不満ではない。連邦政府に対する抗議運動だ。突然の連邦税増税による所得圧迫により、住宅ローンが支払えずに家を手放すなどということになれば、誰だって暴れたくなる。

 

「こういうときのためのティターンズだ。強権的に秩序を維持し、地球圏の安全を保障する権利と義務がある。コジマ准将ならば筋違いの手を打つこともなかろう」

 

 ジャミトフはティターンズの実働指揮を任せているコジマ准将の人となりをよく知っている。アジアの熱帯地域で地元武装組織や民間人、ゲリラ活動家やジオンが入り乱れる戦区で粘り腰の戦いを繰り広げた男だ。

 民間人(あるいは地元武装勢力)と様々な政治的折衝と利益供与によって戦況をコントロールしていた彼ならば、さすがにコロニーの暴徒鎮圧を名目に毒ガスを撒くなどというような、頭のイカレた行為はすまい。

 

『コジマ准将なら任せてもいいと思うが……それ以上にジオンが心配だ』

「どういうことかね?」

 

 ジャミトフは仮想敵ながらギレン・ザビのことを信頼していた。ジオン公国との紛争が0083事件以外にないのは、彼が極めて理性的な人間であり、無意味な戦争に価値を見出さない男だからだ。彼は戦争を、政治的意思を強要するための外交手段として用いるため、外交的に意味がない戦争を仕掛けてくることはほぼあり得ない――意味があれば仕掛けてくるのだが。

 

『公国とて経済はある。統制経済ではなく、月の企業群と深く結びついた本物の資本主義があるのだよ。もし月企業で金融危機が起きてみろ。流動性を失った企業群が宗主国たるジオンに経済支援を求めるぞ』

「――ジオンは、財政出動を行う能力をもっているのか?」

『ないな。確実に』

 

 ブレックスの言葉を受けて、ジャミトフは直ちに打たなければならぬ政策を組み立てる。

 その中で最優先なのが、連邦政府がジオン公国に行っている様々な経済制裁の撤廃だ。

 大まかに言ってわずか二か国しかない人類の生存圏が、互いに自由貿易できないなどというクレイジーな状態は、間違いなく流動性の危機を惹起する。自由貿易なき今のままでは、確実に人類は、立ち直れないところまで行ってしまう。

 

「0087年の平和条約だが、必ず自由貿易協定を成立させねばならん。その時に起きているであろう両国の危機とダメージをわずかでも減らすために」

 

 ジャミトフが告げると、ブレックスの声が強くなる。

 

『馬鹿も休み休みいいたまえ、ジャミトフ大将。そんなことをしたら、あなたが対ジオン強硬派に消されるぞ。連邦政府には、本当に権力のことしか考えていないバケモノがうろうろしているんだぞっ!』

「何が強硬派だ。ティターンズで叩き潰すまでのことだ」

 

 ジャミトフが徹底抗戦の構えをみせると、ブレックスの懇願するような声が届く。

 

『ダメだ、それが連中の狙いだっ! ゴップ閣下の時と同じで、ジャミトフ、あなたも政府のスケープゴートにされるだけだっ! ここはおとなしく――』

 

 ジャミトフは平行線だな、と通話を切った。

 しつこくブレックスから着信があるが、技術スタッフを呼び出し、ブレックスからのホットラインを切らせた。

 

 そして、誰もいない執務室の天井を見つめる。

 ガノータよ、私の人生はこんなにくだらないんだな、と言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 はい、あたしの勝ち――と、イングリッド・サララ・ゴップは日本の出雲大社の拝殿にて、賽銭を放り投げて鈴を鳴らしていた。

 

 量子脳内に流れてくるLIVE映像には、連邦政府のクレイジーな増税政策についての広報映像が流れている。

 この内閣はもうすぐ倒れるだろう、というのは人の社会にそれほど詳しくないイングリッドでも分かった。

 

 さて、木漏れ日の美しさ、他とは違う凛とした空気をもつ神社のありようは、イングリッドにとってとても満足のいくものであった。

 参拝の作法はよくわからなかったが、地元民らしい老人のやり方を見よう見まねでやっていると、権禰宜の一人が声をかけてきた。

 

「おや、こんなところに若い方がお見えになるなんて」

 

 年老いた彼は、境内の建物の修理計画を立てるべく見回りをしているそうだ。

 

「あたしなりに考えたのですが、もう神頼みかな、という状況でして」

 

 特に何が、とは説明しない。イングリッドは破滅の足音が迫る中、一人だけCDSによる大金――文字通り、無数の保険会社と金融機関を吹き飛ばしてのゼロサムゲームでの勝利が約束された、ずるい女だからだ。

 

「神頼み、ですか。人はいつでも、どこへ行こうとも、神を奉りますからなぁ」

 

 宇宙世紀初頭を知っているのかもしれない権禰宜の嘆息に、イングリッドは簡単には読み解けない複雑な歴史への想いを読み取った。

 

「ねぇ、権禰宜さん。どうしてみんな幸せになりたいだけなのに、互いに足を引っ張ってしまうのかしら」

「そりゃ簡単だよ。幸せがなにか分かってないから、何でも手を伸ばしてしまうのさ。だから人の足をつかんだりもする。ままならぬものだよ、人の世は」

 

 すべては内なる神の声を聴けるか、だよと権禰宜が告げると、出雲大社を囲む大木の群れが大きく揺れ、境内に風が舞う。

 

「な、なんだぁ?」と権禰宜が烏帽子を抑えていると、境内に影がさした。

 

 権禰宜が空を見上げると、そこには地球連邦軍のペガサス級が複数飛来して、上空でホバリングしている。ミノフスキークラフトで滞空する巨大艦艇の威圧感に、権禰宜が腰を抜かす。

 

「あら、失礼。あたしのタクシーが来ちゃったみたい」

 

 イングリッドは権禰宜の手を取って助け起こすと、面白いお話をありがとう、と礼を述べた。

 

『イングリッド様、直ちに外の駐車エリアに来てください。迎えのSFSとMSが待機しています』

 

 なじみの声が聞こえる。

 普段は頼りないが、MSに乗っているときだけは使える男だ。

 イングリッドは境内を後にしつつ、彼に連絡を入れる。

 

「シン少佐。わざわざ来てくれたの?」

『ジョン・バウアー議員からの要請です。アルファ任務部隊はあなたの護衛任務に付きます』

「いいわね。まるで騎士たちに守られるお姫様みたい」

『……魔女の間違いでは?』

 

 上空に待機している、シン少佐が乗っているであろうネロトレーナーを背に乗せたドダイ改がふらふらと左にそれていく。

 

『――っ! 危なっ! 突然視界を奪うのやめてくださいよ、イングリッド様』

「減らず口を叩いたお仕置きよ」

 

 そんなことを言いながら、彼女は階段を下りて広い駐車場にたどり着く。

 イングリッドは駐車エリアに待機しているSFSと、そこに乗っているリックディアスを見上げる。

 

『ゴップちゃん、迎えに来ました』

「あら、シャニーナちゃん。正妻の座まであとちょっとみたいね。あと、大尉昇進おめでとう」

『ど、どこで聞いたんですか……!』

 

 うふふ、とシャニーナ大尉をからかいながら、イングリッドはSFSのサイドハッチから機内に入り、無人のコックピット内のシートに収まった。

 

『こちらアルファ101、目標を回収。離陸します』

『アルファリーダー了解。アルファマム、アルファ101の誘導を開始されたし』

『アルファマム、誘導する』

 

 シャニーナ、シン、マッケンジー中佐のやり取りが終わり、イングリッドはトロイホースⅡの船内に吸い込まれていった。

 

 

 

 とんでもない美人さんがいるらしい、とトロイホースⅡの艦内は盛り上がっていた。

 特に若い男性陣の熱狂ぶりは度を越していて、護衛対象たるイングリッドと記念写真を撮りたがる輩が続出していた。

 

 いま、シャニーナ大尉以下、護衛の兵たちはイングリッドを艦長室に案内すべく護送していたのだが、なかなかどうして、見知った艦内の廊下なのに突破できないのである。

 

「ちょ、引っ込んでくださいっ! 盛りのついた連中だなぁ……」

 

 人ごみを押しのける係を自ら買って出たシャニーナ大尉だったが、どうもうまくいかない。最初こそ大尉の階級の輝きで道を拓くことができたが、興奮したバカな男どもが相手となると、だんだん階級章の威力も落ちてきた。

 そう、階級こそ高くなったものの、まだまだ若輩者。ジャブロー軍官学校出身の特Aキャリアコースに乗っているがゆえに、階級がどんどん上がっていくが、実際の迫力に関しては追々身に着けていく必要がありそうだ。

 

「おう、貴様ら! 女とみりゃ盛りやがって! 全員特別指導受けてぇのか?」

 

 ドスの効いた声が響き、人混みが蜘蛛の子を散らすように散開していく。

 ヤザン中尉がダンケル、ラムサスとともに援軍に来てくれたらしい。黄鬼のヤザンなどと陰で恐れられる彼の迫力には、まだまだシャニーナは追いつけていない。

 ちなみに、黄鬼のヤザン他、赤鬼のマッケンジー、青鬼のサンダース、白鬼のイオなど訓練に厳しい上官たちには鬼のあだ名が割り当てられている。ちなみにシャニーナは……仏のシャニーナである。もっと厳しくしなきゃっ、とシャニーナは鼻息を荒くする。

 

「ったくよ。ハイスクールかよココは……」とヤザン。

「た、助かりました、ヤザン中尉」

「嬢ちゃん大尉殿、ここはこう、バシッと決めねぇとダメだぞ」

 

 ヤザンが小言を言いながら、シャニーナとその部下が連れていたイングリッドに視線を向ける。

 

「――失礼した。レディ・ゴップ様とお見受けします。私はヤザン・ゲーブル中尉です。おじいさまにはお世話になりました」

 

 背筋を伸ばし、さっと敬礼するヤザンの姿に、ダンケルとラムサスが後ずさりしている。

 もちろん、シャニーナ大尉も目を丸くする。

 

「あら、あなたがヤザン中尉ね。素敵な方だと伺っています。このあたしを守ってくださるなんて頼もしいわ」

 

 うげっ、とシャニーナが思わず声を漏らす。

 同性として嫉妬してしまう。あの男を殺す微笑みはマネできないからだ。

 

「ご安心を。この艦に御滞在の間は、必ずやご満足いただけるよう、力を尽くします」

「あらあら。願わくは花の下にて春死なん――」

「――その如月の望月の頃。マスター西行には失礼ですが、私としては、戦場のほうがありがたいですがね」

 

 二人の間に得体のしれない空気が流れる。

 何かを分かっている感を醸し出す、オトナの雰囲気に、まだまだ若いシャニーナ他、その場にいた兵たちは困惑する。

 

「???」

 

 シャニーナ少尉他、そこにいたすべての兵が頭上に疑問符を浮かべていた。

 ヤザン中尉って、こんな振舞できる人だっけ? と。

 

「おらっ、嬢ちゃん大尉、さっさと行けよ。オレがレディ・ゴップに手ぇ出したらどうすんだこら」

 

 ヤザンに額を小突かれたので、ヒィっ、となりながらシャニーナ大尉たちはイングリッドを連れて足早にその場を去った。

 

 

 

 シン少佐は当面自分が乗ることになるネロトレーナのコックピット内で、様々な調整作業に従事していた。

 最新鋭のインジェクションポッド内部に構成された、全周囲モニタ。

 フルCG処理で全周囲情報を映し出す様を見たときは、さすがのシン少佐も感動した。これで死角がだいぶ減ったぞ、と。

 

 ただ、感激してばかりもいられない。

 リニアシートの調整は必須である。

 かねてよりジムシリーズのケツ破壊型シートに虐められ続けてきたシン少佐のアスに合わせて、リニアシート周りの最適化が必須だからだ。

 

「いやー、こうしてると昔を思い出すっすねぇ」

 

 整備統括を任されているノエミィ・フジオカ技術少佐が、みずから手を動かしながら感慨深そうに言った。

 コックピットの中だと、昔のままの彼女の香りがして、シン少佐の心の燃えカスにちょっとだけ火が付く。

 

「打倒、ガンダム試作00号機、だよな」

「そっすねー。あの頃はマジ楽しかったっすねぇ。二人で作ったゴキブリマニューバも、もう時代遅れになったんで、ちょっと寂しいかなぁって思わないっすか?」

 

 シン少佐は、手を止めてフジオカ技術少佐の横顔をじっとみつめてしまう。

 

「時代遅れ……ってことはないだろう。だって、あれは思い出みたいなものだから」

「うわぁ、おっさんのセンチメンタリズムはキツイっすね」

「えぇ……」

 

 二人で笑いをかみ殺しながら、今までやってきたあれこれのよもやま話で盛り上がる。

 

「あ、そうそう、イオ大尉のガンダム、あれ見たんすか?」

 

 フジオカ技術少佐がリニアシートのエアサスをいじっているので、シン少佐はよいしょとシートを支える。

 

「ラムダガンダムだろ? イオ大尉が自慢しててさ、乗せてくれーって頼んだけどダメだったよ」

「そりゃムリっしょ。あれはイオ大尉の個人スポンサーからのモノっす。あのアナハイムの執行役員の人、えー……」

「ウェリントン卿だろ。イオの親父さんの親友なんだとさ」

「ヒェー、金のスプーンをくわえて生まれてきたんすね、イオ大尉は」

 

 生まれはいいかもしれないが、戦争で家庭も家族も滅茶苦茶にされているイオのことを想うと、なかなか冗談にはしにくい。

 

「ゴリゴリの試験機体らしいっすけど、アレ、なんかヤバい感じするんすよ」

 

 それは同感だとガノタたるシン少佐も思う。

 そもそもラムダガンダムは設定がほぼない。ネロの上半身はラムダガンダムを参考にした、という謎設定があるだけだ。ちなみにネロの下半身はSガンダムを参考にしているらしい――ということは、ALICEシステムを積んだSガンダムがどこかにあるんじゃないかと期待したいところだが、ゴップ閣下と違ってハンフリー准将は気軽に連絡できる相手ではないので相談もできやしない。

 

 あ、でもあっちのレディなら――と思い、シン少佐は量子通信を繋ぐ。

 

『Sガンダム? それならアムロ・レイが乗ってるわ。ALICEってのは別のファントム計画と統合されて、ブレックス准将が何かアナハイムに作らせてるみたいだけど、ガンダムじゃないからウォッチしてないの』

 

 ファントム計画って、一年戦争の時に無人MS動かすぞってことで動いていた先進AI研究計画じゃないか。まだ存続していたとは驚きでござる、とシン少佐は東京湾で暴れて始末されたジムコマンドに搭載されていたAIを追悼する。

 

「ガンダムじゃないから?」

『おじい様からの遺言で、あなたにガンダム渡すと碌なことにならないから監視しとけって言われてるの。ガンダムのことなら何でも聞いてね。ちなみにゼットガンダム? はまだ作ってる途中よ』

 

 ゼータガンダムです、と早口なオタクが飛び出しそうになるが抑える。

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 

 通信を切り、ふぅ、と己に課された宇野サララの呪いの重さを受け止める。

 

「またイングリッドとかっていうお嬢様と話してたんすか? あーしがあれこれ言うもんじゃないと思うんすけど、シャニーナちゃんの前でそれやると、ビンタもんっすよ」

「そんなこと言われても、ゴップ閣下のお孫さんで、一応、一蓮托生な関係なんだよなぁ」

「えぇっ!? そうなんすか……そういう込み入った事情があるなら、シャニーナちゃんにも説明したほうが」

「一応、してあるんだよ。イングリッド様とはあれこれあって離れることはできないって」

 

 そう答えると、はぁっ、とフジオカ技術少佐が大きく息を吐いた。

 

「こりゃシャニーナちゃんも苦労するっすね。あ、ダンパもいじるんで、気合入れてどーぞ」

「ふぬぬぬ……これ、普通にジャッキ入れたほうが……」

「口答えしないっ!」

「は、はいっ!」

 

 エンジニアリングにおいては、技術少佐が優越する。これは兵隊の常識である。命令違反は許されない。

 全力でシートを支えるシン少佐は、後日全身の筋肉痛に苛まれることになる。

 

 

 

 翌日の早朝。まだ上番まで時間があるとベッドで粘って寝転んでいたシン少佐の部屋に、シャニーナに連れられたイングリッドがやってきた。

 何事かと思うと、イングリッドがシャニーナに部屋の外で待て、と言っている。

 部屋の扉が閉じられ、イングリッドが勝手に椅子に腰かける。

 

「はじまるわ」

「はっ?」

 

 シン少佐は寝ぼけまなこのままベッドから起き上がる。

 

「始まる、というのは?」

「決まってるでしょ。最悪のZガンダム世界ってやつよ」

 

 意味が分からなかった。

 この数年間、イングリッドが何かしているのは知っていたし、それがその最悪のZガンダム世界とやらを阻止するために活動だと思っていたが、違うのか? とシン少佐は困惑する。

 

「え?」

 

 シン少佐は間抜けにも、そんな質問しか出なかった。

 

「今年の年末位に世界が悲鳴を上げるの。まさに絶叫。久しぶりのお祭り騒ぎに胸が高鳴るわね」

「いやいやいや、ちょっと、ちょっと待ってもらっていいですか、イングリッド様」

 

 シン少佐が制服を着ながら確認する。

 

「イングリッド様は、ずっとその、最悪のZガンダム世界というやつを止めようとしてたんですよね?」

「あら、そんなこと言ったかしら?」

 

 何を言ってるのあなたは? という彼女の態度に、シン少佐は記憶の糸を手繰り寄せる。

 言っていたような気がするんだが――

 

 ……あ。

 

「あたしたちが失敗すれば、最悪のZガンダム世界ってやつを鑑賞できるわ」

 

 イングリッドがそっくりそのまま、当時のセリフを引っ張り出した。

 

「ごめんね、シン少佐。あたしは無事失敗。いやぁー、思ったより全然お金が足りなくて、阻止どころか状況に対応するだけで手いっぱいね。マユナシ・エクイティ・ファンドと同じレベルってとこかしら」

 

 イングリッドからことの経緯は聞いている。そんなデカイ金融市場の話に、一介のMSパイロットが何かできる余地などあろうか、いや、ない(倒置)。

 

「――イングリッド様ならワンチャンあると思ってたんすけど」

「当然、そのワンチャンスとやらはつかんだわよ。みて、これが今回のパンドラの箱の最後に残る希望ってやつよ」

 

 イングリッドから送られてきた保有CDSから得られるであろう利益の予測値は、アナハイムグループとジオニックグループ、そしてブッホを買収してもまだ余るほどであった。

 つまり、彼女なりに次善の策は打ったということだ。

 MSに乗ってのんきに過ごしていたシン少佐には成しえない、素晴らしい成果だとは思う。

 

「マジかよ……。教えてくれ、自分はどうしたらいい?」

「大丈夫よ、シン少佐。頭の悪いあなたの代わりに、あたしがちゃーんと考えてあげる」

 

 イングリッド曰く、来年には大量に保有しているキャッシュを使って、連邦政府の政治任用職を買い取るつもりらしい。

 

「参謀次官っていう変な職があるの。ほら、地球連邦政府には、統合参謀本部があるでしょ?」

 

 首相や国防大臣、連邦安全保障委員会等の委員は建前上、シビリアンであるから、これに軍事専門職としての助言を与える機関が設けられている。

 これを統合参謀本部という。

 基本的に統合参謀本部は職業軍人によって構成されているのだが、奇怪なことに、政治任用される『参謀次官』という統合参謀本部議長に並ぶ政務官職のポストがある。

 原作ではアデナウアー・パラヤ(クエスの父親で、マフティーの精神上の義父)がこの仕事についていた。ロンドベル司令であるブライトを顎で使える立場であり、挙句、連邦政府を代理してネオジオンと交渉を行い決定権まで委任されている超大物ポストである。

 結論だけ言えば、かのゴップ元帥より偉い。

 

「ってことで、来年、あたしが参謀次官ってのになるから、あたしの指示に従ってドンパチしてくれればいいの。頑張ってね」

「うわぁ……」

 

 シン少佐は頭を抱えた。

 特にこれと言って何もできないまま、あっさりと0087年を迎えることになりそうだ。

 しかも、イングリッドの言葉通りなら、さようなら平和、こんにちは戦争である。

 せっかく宇宙怪獣で一致団結したんだから、もう人類同士の戦争は飽きたってことでいいじゃないですか、などとシン少佐は恨み節を心中で垂れ流す。

 

「ハッピバースデー、戦争♪」

 

 イングリッドの歌声を聞きながら、シン少佐はただ嫌な汗を背中に感じるばかりであった。

 

 

 

 UC0086年10月、イングリッドが設立していた投資会社に一時間当たり千件を超える着信があった。一切応答しないイングリッドだが、その録音だけは楽しく聞いていた。

 

『CDSを売買譲渡してくれ』

 

 これだけだ。そこに至る脅迫、泣きつき、恫喝といった人間のあの手この手の口上はとても面白くて、これから生きていくうえで勉強になることばかりだった。普通の人間とネゴシエーションをするときは、こういう風にやればいいのね、とイングリッドは実戦的学習を重ねることができ、とても幸せであった。

 

 

 

 同月、マユナシ・エクイティ・ファンドを名乗る投資会社にも一時間当たり万単位で着信があった。『CDSを売ってくれ』である。

 もちろん、様々な脅しや恫喝、懇願、あるいは泣き落としが録音され、それはAIによって文字起こしされてジャンクデータとしてどこかに保存されていく。

 ギレン・ザビは世界を破滅させる金融恐慌が始まったのだと理解していたが、モニターの向こう側の市民たちは違うようだ。

 一切の報道管制を敷いていないにもかかわらず、メディアは相変わらず娯楽番組を放送し、いまから何かとんでもないことが起こる、などという番組は全く存在していない。

 

 ギレンは、愛してやまない『黒い三連星のMSストリームアタック』で、三連星がカスタマイズしたオッゴでヅダに勝てるか、というムチャぶり企画に挑戦する姿を一心不乱にみつめていた。

 

「ギレンはーん、大事故やでぇ」

 

 モーラ・バシットが空間を斬り裂いて現れた。

 彼の私室に問答無用で侵入できるモーラは、ハッハッハと大笑いする彼の姿を見て、頭を抱える。

 

(こいつ……もう、覚悟決まっとるやないか)

 

 モーラが戦慄していると、ギレンがこちらを向いた。

 その顔には、かつてコロニー落としを決断した時と同じ顔が張り付いていた。

 四十億人を殺せる、あの顔である。

 

 

 

 




次回からぁ、グリプス戦役だぁよ(満面の笑み)。
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