~ウィンストン・チャーチル氏~
さて、ガノタというものはガンダム世界における様々な不幸や残酷な運命に対して、常日頃から備えているものだ。
そして、シン少尉の中の人も、そうである。
彼は、フル装備のジムTB仕様のコクピットの中で、小さなスイッチをイメージする。
そう、ご家庭の蛍光灯を操作するあのスイッチだ。
パチン、とシン少尉が心象風景の中でスイッチを切る。
第四次限定戦争、北韓内戦、本土内戦など、シン少尉の中の人が経験したひどい世界に適応すべく編み出した自分の心を保つためのスキル。
たったこれだけで、シン少尉は敵を殺すことだけに最適化された兵士に切り替わる。
『大隊長代理、方針をお願いします』
シン少尉の周りに集結しているジムは十機。本来の大隊戦力の3分の2を損耗している状態だ。
恐るべきサイコミュ兵器による奇襲。
コロンブス級MS空母や戦時標準輸送艦艇ばかりが狙われたせいで、他の艦所属のMS大隊も深刻な打撃を受けたようだ。
さて、船外救難活動を終えて、整備型ボールからの補給を受けているシン少尉の大隊には、臨戦待機命令が出ていた。
いつでも出撃できるよう、そこで待て、という死刑の執行猶予のごとき命令である。
補給を受けている間に、大隊長向けの戦況レクを振り返る。
レビル将軍隷下の第一連合艦隊、ティアンム提督隷下の第二連合艦隊、そしてワイアット中将隷下の予備戦力たる第三連合艦隊。
連邦が供出できるすべての宇宙船力を振り出したといってもいい。
艦艇規模は数えるのも馬鹿らしく、運用されるMSの量は第一次大戦の西部戦線に動員された戦力数かと思うほどだ。
確かに、大筋はガンダムの原作に極めて近いかもしれない。
しかし、そのスケールとディティールは完全に別物だ。
ゆえに、シン少尉は考えるのを一時やめて、いま生き残ることを最優先にする。
「――シャニーナ伍長、君が先任下士官だ」
『は、はい』
ビットによる奇襲攻撃で、コロンブス級空母フゲンは大打撃を受けた。
主力たる歴戦の士官、下士官も失ってしまった。
生き残った悪運には感謝だが、生きのこっているものには常に責任が生まれる。
「皆に告げる。いいか、大丈夫だ。俺を援護していればいい――ほかの皆も聞こえているな。君たちはとても未熟。ゆえに、俺を援護することに集中しろ。互いにカバーしあい、単独行動を厳に慎め」
盾構えてビーム撃つことしかできない連中を前に出すなんて気の狂った判断はしない。
シン少尉は部下たちに自分のビーコンを追うように命じ、常に多対1の状況に持ち込めるように動くよう念を押す。
『――シン少尉、艦隊司令部から命令アセットが届いた。開封し担当戦区に前進せよ』
MSハンガーと発着口を派手にやられた母艦のオペレーターから指示が入る。
「了解。これより109大隊は目標宙域に前進する」
シン少尉の機体がスラスタを輝かせながら前進する。
随行するジムたちの列は、さながらカルガモの親子である。
担当戦区の宙域では、すでに前哨戦が始まっていた。
シン少尉は不用意に前に出るなよ、といきり立つ新米たちを宥めすかしながら、戦場の気配を読んでいた。
もとよりシン少尉の中の人は、最大同時交戦人数数万人とかいうクレイジーなフルダイブVRガンダムワールドを平和が続く限り毎日、課業後から就寝するまでひたすらやり続けたガノタの鑑である。数千機が入り乱れる総力戦など毎日のようにこなしてきた。
とはいえ、今回はケタが違うが。
(この景色、この戦況……間違いない、劇場版ガンダムⅢのララァが死ぬ戦闘だ。第一連合艦隊担当戦区なのに、だ。自分の介入でバタフライエフェクト的に歴史が変わり始めているのか? うーん……)
『大隊長、ほかの大隊も突撃しています! 我々も……』
「シャニーナ伍長、ここでいい。すり抜けてきた連中を仕留める」
『ですが、前線を押していかないと』
「そういうのはエース部隊がやればいい。俺たちはここで傷ついた獅子を狩る。俺たちが受けた命令は、担当戦区の優勢を確保することであって、突撃することじゃない」
それだけ説明すると、随伴している兵たちから不満が漏れる。
しかし、シン少尉は自身の考えを曲げない。
最前線のエースとベテランが入り乱れる状況で戦うくらいなら、傷つきながらもすり抜けてきた猛者を多人数で叩いたほうがマシだ。
「――ほれみろ。来たぞ。各機傾聴。俺に続け」
最前線の数多の閃光をくぐりぬけて、ツノ付きのザクⅡ高機動型と随伴機らしきドムが二機。
どんな意図で飛び出してきたのかはわからないが、数で押すならいいターゲットだろう。
(合計三機)
シン少尉はジムTB仕様のシールドを構えて、目標に向けて突貫する。
敵、三機ともこちらの十機に気付き、ドムがバズーカを構えている。
一方、ザクⅡ高機動型は応戦の構えを見せることもなくそのまま加速してこちらの背後を突く軌道をとっている。
(ザクⅡ高機動型指揮官仕様――間違いなくエースだな。王冠のパーソナルマークに、肩スパイクも4本――クソ! わからん! 自分が知らないエースか?)
シン少尉の中の人は、あのザク一機に背後のヒヨコたちが狩られてしまう姿を想像した。
間違いない、この予感は的中する。
それにしても、王冠のマークに4本の肩スパイク……何かが引っかかる。
「シャニーナ伍長、このまま突っ込んでスカート付(ドム)を袋叩きにしてやれ。俺はツノ付きのザクを仕留める。気取りやがって、4本スパイク野郎」
『了解』
シャニーナたちのジムがドムを包囲すべく戦闘機動に入る。
ドムも包囲されまいと乱数機動をとり始める。
シン少尉はシャニーナたちに意識をとられながらも、敵のザクを追いかけていた。
間違いなく、ここで取りこぼしてはいけない相手だとわかっていながらも、心のスイッチにガタが来ていたのか、ついつい味方を気にしすぎていた。
『――戦場で子守か? 連邦のパイロット』
半ば意識をシャニーナたちのほうにむけていたのを見透かされたのか、ツノ付きのザクがダイナミックな軌道でシン少尉に突っ込んできた。
交錯する可視光通信。
凄みのある戦士の声。
ザクが両手に構えたあれは――MMP-80!
「戦後はカリスマベビーシッターで食ってくつもりだからな!」
『減らず口を……』
相手と戦口上を交わしていざ、尋常に勝負。
先手はあちらのザクⅡ高機動型。
二丁持ちのMMPを遠慮なくバラまいてくる思いっきりの良さに、シン少尉は辟易する。
これをシールドで受けたら最後、視界から消えていてハイ、サヨナラ。側面から容赦なく射殺なり斬殺されるコースである。
シン少尉のジムは遠慮なくスラスターを最大推力でふかしてMMPの弾幕を回避して、携行していたジムTB仕様のダブルビームライフルとスプレーガンをぶっ放す。
無論、ロックオンしていたのだが、ツノ付きのザクはなんてことはなくビーム光を回避して見せた。
「よけやがるのかよ! これだからエースは!」
コクピット内で愚痴をこぼしながら、シン少尉は頭部バルカンを連射する。
なぜなら、すでに相手のザクは懐に飛び込んできていたからだ。
『豆鉄砲などでっ!』
当然ひるんでくれることもなく、相手のザクはバルカンの弾丸を受け流しながら飛び込んできた。
そして、見事な蹴りを叩き込んできた。
「ですよねー」
シン少尉は即座に機体前面のアポジモータから火を噴かせて、後退。
蹴りの運動エネルギーをしっかりと殺していく。
とはいえ、衝撃はかなりのものだ。
コクピット内の各種耐震ダンパが機能するとともに、装着しているノーマルスーツの対G機能が働く。
腕や足、首元が圧迫され、全身の血流が機械的に調整される。
正直、吐きそうになる。
『外したか!』
「避けたんだよ!」
そして、これで死んでくれないか、という淡い期待をかけながらダブルビームライフルを連射する。
しかし、期待は裏切られる。
蹴り飛ばす態勢から瞬時に回避機動に転じたザクが、あっさりとこちらの光弾を避けてしまう。
(……マズい! 滅茶苦茶強いじゃないかこのザク!)
当然、ザクⅡ高機動型とジムTB仕様では差がある。ジムのほうが不利だ。
とはいえ何か手はないか、とガノタのライブラリを光速で検索したが、どれもザクが簡単にやられていくデータしかなく、クッソ強いザクに悪戦苦闘する話なんぞどこにも……
――いや、ある!
(サイコザク戦だ! あれを参考にできないか?)
ガノタたるもの、戦闘中に一瞬で単行本および映像化資料を参照するなど屁をひり出すより簡単だ。
そして、コクピットの中でニヤリと不敵に笑うシン少尉。
(……全然参考にならねぇや。割り切って後先考えずに、全力で行くしかない)
サンダーボルトの速読、速視聴から導き出される結論はそれだけだった。
このザクを仕留めた後の継戦についてあれこれ配慮しているのがそもそもの間違いだ。
ダリルも、イオも、目の前の強敵を倒すために全力だったではないか。
何か出し惜しみしたか?
何かを気にかけて気が散っていたか?
否である。
持ちうる武装と戦術をすべて出し切って、最後は運の勝負にまで持ち込む。
これしかない。
シン少尉は長期継戦モードで節約していた推進系の供給ラインをフル解放する。
本来、ジムというものはガンダムよりもカタログスペック上『速い』のだ。
ましてやTB仕様。でかいバックパックは伊達じゃない。
「見せてやるよ。連邦の主力MSの実力ってやつを」
シン少尉のジムが急加速する。
対G機能が機能し、全身が圧迫される。
本来のジムの性能をすべて吐き出したその速度、その応答性、その旋回性能は、パイロットの肉体を徹底的に使い潰す代物だ。
そして、ほぼ一瞬のことだった。
ジムが、すれ違いざまにザクを斬り裂いたのだ。
『やはり子守は似合わんな、連邦のパイロット』
「バケモンかよ!」
だが、致命傷ではなかった。
瞬時の判断なのだろう。必殺の一撃を察したツノ付きのザクがその性能一杯でできる回避を行った。
結果、シン少尉ができたことは相手の腕一本を奪っただけだった。
そして、残った腕一本で、ザクがMMP-80を構えて速射。
すり抜ける形になってしまったシン少尉のジムのバックパックに直撃する。
「くそったれ!」
シン少尉はコンソールを叩いてバックパックを強制的にパージする。
分離されたバックパックとサブアーム付き兵装は派手に吹き飛んだ。
いわゆる素ジムになってしまったシン少尉は、潔く左腕にマウントしていたダブルビームライフルもパージする。
素ジムの推力と主機関だけでは、重量物兼エネルギー消耗率がでかいモノを運用することはできない。
『南無三!』
「ふざけんな! てめぇが成仏しろ!」
ビームサーベルを抜きはらい、相手の追撃たるヒートホークの一撃と切り結ぶ。
サイエンスの合理に基づき、ジムのビームサーベルが容赦なくザクのヒートホークを溶かす。
だが、ザクは一枚上手だった。
切り結んだかに見せかけて、ヒートホークを即放棄。
武器を素早く持ち替えていたのだ。
シン少尉の視界には、ザクが構えるMMP-80の銃口が映っている。
「物騒なもん向けんじゃねぇ!」
シン少尉のジムの右足のアポジモータ―が火を噴いて、ザクが向けていたマシンガンを蹴り飛ばす。
無論、ザクⅡ高機動型も格闘戦に対応してくる。
もはや互いに取っ組み合い状態である。
『くそっ! いい加減にくたばれ!』
「貴様がくたばりやがれ!」
ザクが腕をこちらに向ける。
シン少尉が息をのんだ。
ザクの腕部にはしっかりと機関砲が埋め込まれているではないか。
(オリジン仕様かよ!)
あああ! と絶叫しながら、シン少尉はバルカンでザクの頭をハチの巣にする。
照準さえ狂ってくれれば、ワンチャンスあるはずだという賭博だった。
――コクピットが強烈に揺すられる。
間違いなく至近距離でザクの腕部機関砲を叩き込まれているせいだ。
「死ぬかよぉおおおお!」
イデの力を言葉に乗せんがごとく喚き散らして、グリップを握りトリガーを引き続ける。
兵装選択されているバルカンの残弾数が溶けるように減っていく。
同時に、素早く格闘レバガチャを仕掛ける。
バルカン連射のみならず、カーヒルアタックだ。
ガノタなら必ず自機に仕込んでおく、あの姫様もろとも殴り殺しかねない連続パンチである。
互いに衝撃の連続。
次第に衝撃のリズムが遅くなっていく。
そして、静寂。
加えて暗転。
無論、シン少尉が意識を失ったわけではない。
動力を喪失しただけである。
とはいえ、MS同士の殴り合い――中身のパイロットはその衝撃でボロボロだった。
あいまいな意識のなかで、生きることをあきらめないシン少尉は直ちに脱出すべくエマージェンシーバーを全力で引っ張る。
しかし、うんともすんとも言わない。
ジムTB仕様の素晴らしき脱出用ブロックシステムはどうやらダメそうだ。
(究極の二択だな)
コクピットを開けて脱出する→トンデモな量のスペースデブリが飛び交う空間に身をさらすのは、ほぼ自殺と同義である。
このまま救援が来るまで待機する→流れ弾で死ぬ、あるいはバニング大尉の如くダメコンエラーで爆死。緩慢な自殺ともいえる。
「んんんっ!! ホワイトドールのご加護のもとに!」
髭の石像に祈りを捧げながら、強制的にコクピットハッチを吹き飛ばす。
拳銃を抜いてそのまま宇宙空間へ。
「!!」
シン少尉は息をのんだ。
相手のザクからも同じくパイロットが飛び出してきたのだ。
この構図は……0083のガトーとウラキが機体を絡ませた状態で脱出せざるを得なくなるあのシーンそのものだ。
シン少尉はジオンのパイロットに銃を向ける。
だが、実際に人を見ると――引き金を引けなかった。
そのまま敵のパイロットがシン少尉のもとにたどり着いてしまった。
ヘルメットとヘルメットを合わせ、お肌のふれあい通信状態になる。
「……貴様、シン少尉か!?」
「!? お前、クラウン!?」
ガノタならばガンダムの登場人物など自分の誕生日のごとく記憶しているもの。
当然、シン少尉は相手がだれか一目で判断できた。
そして、それが意味することも察した。
クラウン――本来はホワイトベースの地球降下時に大気圏突入で焼け死んでしまうザクのパイロット。
すまん、ザクに大気圏突入能力はない、とシャアに説明させるためだけに殺されたあの男。
それが、生きている。
しかも、ヤツは、クラウンはシン少尉を知っている。
その意味するところは、オールドタイプたるシン少尉ですら察することができる。
「――自分は、ガノタだ。シン少尉に憑依して……」
「俺も同じくガノタだ。今はクラウン少尉をやっている」
互いに見つめあう二人。
察するに余りあるものが、互いの胸中に飛来する。
「――シン少尉、俺は、何としてもハマーン様をお救いする」
クラウンが絞り出すように言った。
いつ死ぬかわからぬ戦場で伝えなければならない最小限の言葉にして最大の想い。
シン少尉は、クラウンの想いをしっかりと受け止めた。
「すべて相分かった。また戦場であったら――存分に殺しあおう。武運を祈る」
「ああ、貴様もな、シン少尉」
二人は、先ほどまで殺しあったことなど忘れてしまった。
二人の胸中に飛来するは、理解者との出会い、そして、敵対せざるを得ない状況へのやるせなさだった。
そして、擱座している二人の機体のもとに、ドムとジムが向かってくる。
互いに隊長を救うべく、停戦信号を互いに発しあっている。
「成し遂げろよ」とシン少尉。
「ああ」
シン少尉とクラウンは互いに敬礼をして別れた。
シン少尉はシャニーナ伍長のジムに。
クラウン少尉はドムに回収される。
『隊長、仕留めますか?』
「やめておけ、シャニーナ伍長。いけ、と伝えろ」
『了解しました』
シャニーナ伍長が南極条約に基づく一時停戦受諾信号を発する。
ドムも同意し、互いに離れていく。
『隊長、いったん戻りましょう。補給を受けないと』
「ああ。自分も機体が要る。すまないが、連れて行ってくれ」
『了解』
シャニーナ機以下、大隊の残存ジムたちが後方へと下がっていく。
シン少尉は、ノーマルスーツのHUDに映っている日時をチェックする。
ダメだ。
シャア、ララァ、アムロのややこしい関係をどうにかするタイミングは逸してしまったようだ。
とはいえ、エルメスのビットを回避する方法を何一つ思いついていないので、介入する前に殺される可能性のほうが高かったのだが。
――それでも、ガノタとして、また一つ取りこぼしてしまったと、忸怩たる思いにさいなまれるだけであった。
「いや、違う!?」
シン少尉は真空の宇宙で叫ぶ。
もしかしてクラウンのやつ、シャア、アムロ、ララァ問題を何とかするために突出してきてたのか?
だとすれば、邪魔したのは自分だ。
未来を変えようとしていた男を、俺が……?
その日、シン少尉は初めて泣いた。
許してくれ、と泣いて虚空に詫びるしか、彼にはできなかった。
この作品、シン/ガンダム無双じゃないんで、ごめんやで。