オニールシリンダー(島3号型)に類似しているスペースコロニーは、その構造上、外周大地部分に重力こそあれ、中空部のほうは低重力ないし無重力に近くなる。
さて、SFSに乗ったネロトレーナ率いる部隊がそのエリアに待機しており、燃料を節約しつつ、コロニー内部での突発事態に備えて即応待機していた。
もちろん、アルファ任務部隊である。部隊の設立趣旨が、MSを運用した特殊作戦一般を遂行しうる高機動、広汎用機動部隊という建前なので、こういった要人警護における対MS戦闘に備える任務にも従事することになっているのだ。
(下にいるエコーズの機体は――ジムⅢベースのナイトシーカーじゃないか)
暇を持て余しているシン少佐は、全周囲モニターの一部を拡大する。
地上の要所――ザビ家が宿泊するサー・ウィンストンホテル周辺や、連邦政府要人が待機しているアーチボルトホテル周辺だ。
これらのホテルは、今回の式典のために整備されたコスモス平和記念公園に隣接しているため、いざとなればコスモス平和記念公園に要人を退避させ、地上のエコーズと空中機動任務を行うアルファ任務部隊で救出することになっている。
なお、ジオン側の部隊も当然展開しており、目と鼻の先にハイザック部隊がフォームミングフライトしている。
シン少佐は王冠のエンブレムを肩にデカデカとペイントしているハイザックカスタムに短射程のワイヤー通信機を飛ばす。
「おい、クラウン。挨拶もなしかよ」
0083以来の再会なので、シン少佐からアイサツを入れておく。
ガノタたるもの、戦場で出会えば殺し合いだが、平時はそれこそ同志である。
『なんだ貴様か。貴様は機体にエンブレムがないから、分らん』
「あっ!」
今まで意識したこともなかった。
そうだった。せっかくガンダム世界にやってきたのなら、専用機ガンダムと専用エンブレムは必須……というわけにもいかない。所属部隊と個人を特定できないようにするのが特殊部隊である。我こそアルファ任務部隊だっ! などとわかるノボリ旗を掲げて任務に従事する特殊部隊はない。
「お前さんが来てるってことは、もしかしてハマーン様も?」
『カーン家の当主代理として、随行団に加わっている。連邦側の名家の子弟と顔つなぎをするいい機会だからな』
「マーセナス家とかか?」
『貴様には教えん』
そっけないやつだ。どうしてこんな愛想のないクール野郎がジオンで大人気なのか皆目わからない。
「これだけは教えろよ――ジオンの金融危機対応は何とかなってるのか?」
『ギレン総帥のお力で、月企業と関係サイドの金融危機は出口戦略がある。ザビ家資金で株式を買取ることで資金を融通するようだ。いい筋だ。かつてオリガルヒを解体した独裁者を思い出すよ』
「……え? お前、経済わかんの?」
『――貴様は一生MSに乗っていろ。苦手なゲームに参加すると火傷ではすまんぞ』
うーん、苦手ではあるけれど、理解できないのはヤバイと正直思っているんだよね……などとシン少佐はあれこれクラウンに相談するが、一方的に通信を切られた。
「んだよ。ここはガノタ同士、教えてくれてもいいじゃねぇか……」
ふんすっ、とシャニーナ大尉の物まねをして鼻息を出してみるが、不意に乾いたハナクソが飛び出してしまい、慌ててティッシュで回収する。イオがコーネリアスに『ティッシュあるか』と言っていた意味が少しわかった。
「ん?」
シン少佐は一瞬の違和感を覚えて、全周囲モニタの一部をズームする。
黒い、ガンダム。
あれは間違いなくガンダムMk2だ。
シン少佐は素早く各部隊の行動予定をチェックするが、ティターンズが上空に上がってくるなどという話はなかった。ティターンズは外征機能を中心に編成されているため、今回のような任務では宇宙港の外や、コロニー外周部の哨戒にあたっている。
「アルファリーダーよりアルファ101。援護位置につけ。こちらで接触する。アルファ201は邀撃行動後の損害回避に備えろ」
シャニーナ隊に援護指図を、ヤザン隊には、もしシンのネロトレーナーがガンダムMk2と交戦し、どちらかが撃墜などという事態になったときに墜落する機体を回収する重大な仕事を任せる。市街地に墜落したり、要人のホテルに墜落などは言語道断である。
シン少佐のネロトレーナは直ちに動き、黒いガンダムMk2に素早く接近する。
交戦距離に到達したシン少佐は、いざとなれば2秒以内に接近し、コックピットのみを焼き払って始末する目算を立てる。
「そこのMk2、止まれ。ガンダムは出禁だぞ」
多少の私怨を混ぜつつ、シン少佐は規則通りに警告する。
チャンネルは多種で行う。無線封鎖していて聞こえませんでしたなどという言い訳を回避するためだ。
警告に対する応答はない。
シン少佐は何も言わなくてもついてきているであろうヤツのほうに視線を向ける。
ネロトレーナーの隣には、クラウンのハイザックカスタムが飛んでいる。
すでにハイザックカスタムはビームサーベルの発振装置を手に握りしめており、こちらが仕掛けるのに合わせる準備は万端だ。
さすが互いに殺しあった仲。
殺しの呼吸に関しては通じるものがある。
カミーユ・ビダンは困惑していた。
破壊された格納庫の天井を呆然と見つめている。
ジェリド中尉に誘われてガンダムMk2を見学しに来たのだが――いざ間近でガンダムをみて、ジェリド中尉の解説を聞いていると、突然、ガンダムMk2が立ち上がったのだ。そのままガンダムMk2は跳躍し、格納庫の天井をぶち破って出て行ってしまった。
案内してくれていたジェリド中尉は慌てふためいて、今壁際の通信端末で上長に事態を報告している。
「ビダン君、怪我はない?」
パイロットスーツをきたエマ中尉が駆け寄ってきた。
「は、はい」
本当は瓦礫にあたってあちこちに打撲があったが、それは黙っておく。
「一体何が起きたの? カクリコンは?」
「カクリコンさんは、あっちです」
カクリコンを乗せた担架を、衛生兵たちが運び出していく。
「――じゃあ、Mk2は誰が乗っているのよ?」
「それが、僕らがあれをみていた時は、間違いなく無人でした」
カミーユは当時の状況をエマ中尉に説明する。
ジェリド中尉と一緒にメンテナンス用タラップを操作しながら、Mk2がティターンズのエース向けMSとして配備されているという解説を聞いていたのだ、と。
ただ、カミーユは解説の内容を意図的に省いた。
ジェリドは、他人に言うなよ、と空のコックピットについても説明もしてくれていたのだ。
Mk2は、たとえパイロットが不在であったとしても、ファントムシステムという無人操縦AIによる自律戦闘が可能なのだ、と。
実際、RX78-2にも先行試験型が積み込まれていて、アムロ・レイの挙動を学習していたそうだ。ただ、当時は技術的に完成とは言えず、いわゆるラストシューティングモード――パイロットが脱出した後に、パイロットの撤退を支援すべく最後まで戦うモードとしてのみ、運用可能だったらしい。
「――ビダン君、すぐにここから逃げて。あれを積んでいない三号機で追いかけるわ」
「え? エマさんが出るんですか?」
「もともと3号機は私の機体だから。スラスターを派手に吹かすから、死んじゃうわよ」
「あ、はい」
ジェリド中尉にも声をかけると、わかったと上官への報告を中断して、いっしょに軍用エレカに乗り込む。
エレカが走り出し、背後の格納庫がだんだんと小さくなる。
そして、スラスターの熱。
巻き上げられた粉じんの中から、黒いガンダムが飛び出していった。
――外したっ?
ネロトレーナーとハイザックカスタムは、コンマのズレもなく黒いガンダムに接近し、互いにコックピットをビームサーベルで焼いたはずであった。
しかし、とても人間業とは思えない反応速度で身をひねった黒いガンダムたちは、そのままスラスターを吹かしてすり抜けていった。
「アムロのクローンでも乗ってるのか!? クッソ、SFSじゃ追いつけん……」
ネロトレーナーはSFSを無人追従モードに切り替えて、飛び降りる。
両肩のムーバブルフレームから伸びる可動式大型ブースターを吹かし、急加速する。
シン少佐はリニアシートに押し付けられながらも、かつて乗っていたジム系ほどの負担は感じなかった。ノーマルスーツも改良され、シートも改良されれば、対G能力も大幅に補助されるということだろう。
『アルファ101、行きます』
『アルファ202、カバーする』
シャニーナ隊とヤザン隊がすぐに動いてくれた。
クラウンが率いていたハイザック部隊も、黒いガンダムを取り押さえんと包囲機動をとる。
下のお偉いさんと民間人に被害を出さないために、使える武器はサーベルか格闘くらいしかないが、そういう制約下での戦闘訓練や実戦経験は、ここにいる連中ならば何一つ問題ない。
「!?」
シン少佐は目を疑った。
シャニーナ隊とヤザン隊があっさりと抜かれてしまったのだ。
当の本人たちも信じられないらしく、どんなエースが乗ってやがるんだ? などとぼやきつつ、反転して急加速をしている。
結局、最も反転加速が早かったシン少佐のネロトレーナーを先頭に、各部隊が追従する形となった。
「ん、ハイザック部隊が降下していく?」
クラウンが率いていたハイザック部隊が、要人たちの滞在しているホテルに向けて降下していく。下で何かあったのか? いや、これから何かあるかもしれんという予備挙動か。
こっちのことは丸投げかよ、とシン少佐は舌打ちをする。
『親愛なる、地球圏人類諸君――』
通信にギレンの演説が走る。どうやらこんな事態なのにも拘わらず、下では式典が始まってしまったらしい。こっちの状況はちゃんと伝わっているのか?
「こちらアルファリーダー。アルファマム、要人保護作戦はどうなっている?」
『こちら、アルファマム。インシデントレベルは低いと作戦司令部が判断。事態収束を最優先とせよ』
「了解」
確かに黒いガンダムMk2がこちらをおちょくって飛んでいるだけだ。被害が出てからでは遅いが――アルファ任務部隊なら何とかできるだろう、という謎の信頼があるのかもしれない。とりあえずマッケンジー中佐に任せておけば何とかなる、といった感じか?
原作でもブライトの部隊にいろいろ丸投げする性質がある連邦なので、こういうこともさもありなん、という気もする。
「アルファマム、火気使用許可を」
『ダメだ。許可できない。サーベル一本で何とかして見せろ』
うーむ、マッケンジー中佐は元MS乗りなのに、こういうムチャぶりを平然とかましてくる。確かに、あの人は原作だとザクをエイヤとサーベルでやってしまう方ですが……今は時代が違う。敵も味方もゆっくり動いたあの頃と違って、いまのMSの性能だと、交戦速度はあの頃の軽く1.5倍くらいだ。人間の反射神経がそんな簡単に1.5倍に追従できるわけがないじゃないか……などと、シン少佐は内心で不満をぶちまけながらも――すでに、黒いガンダムのバックパックに追いついていた。
「推進装置を仕留める。アルファ201、回収準備」
『応っ!』
ネロトレーナーが最小モーションでビームサーベルを突き出す。
まるで背後に目でもついているかのように黒いガンダムMk2が動き、体を大きくひねり、そのまま可動式のスラスタを駆使して反転。
「避けんの!?」
黒いガンダムMk2がビームサーベルを抜きはらい、ネロトレーナを刺し貫かんとする。
だが、ネロトレーナーは可動式スラスタを使い急上昇。
「あひゃぁぁぁ」
シン少佐はイカレた縦Gを受けて、腰の悲鳴を口が代弁する変な声を吐きながらも、ネロトレーナーの腰にマウントしてあるクラックグレネードを手に取り、投擲。
一瞬で光信号を放ち、相手の近接INS経由で機体そのものをクラッキングする。
システム干渉を受けた黒いガンダムは、力なくそのまま墜落していく。
ヤザンのネロトレーナーが可動スラスタを起用に噴射しながら飛び上がり、機能停止したガンダムを回収する。
「あー、やばかった――まずは一つ」
あー、イングリッド様に頼んで骨格改造してもらうかー、などと妄想しながら、二つ目のターゲットを狙う。
――パイロットの脳を揺らしてやるか
ネロトレーナーが指先からトリモチを射出して、黒いガンダムのバックバックのスラスタをあらぬ方向に向けて固定する。
最大出力で移動してるさなかにスラスタをいじられて、キリモミ降下を始めた黒いガンダムの移動ベクトルを計算するに、中のパイロットには一瞬で6G近くかかったはずだ。備えていなければ首のサポートと筋肉が間に合わずに、脳を揺すられて空間識失調を起こしているはず。
「!?」
信じられなかった。全身のアポジモータを素早く調整して機体を立て直したガンダムMk2が、反転して逆撃をかましてきた。
「ウブォ!!」
もちろん、ネロトレーナーも急制動+急回頭。
超音速で回る遊園地のコーヒーカップの中身になりながら、シン少佐は黒いガンダムから伸びてきたビームの閃光をギリギリで回避する。
『はい、隙ありです』
シン少佐のネロトレーナーと入れ替わるように相対したシャニーナ機が、サーベルを抜きはらい、ガンダムMk2の腕を切り飛ばし、そのまま手首を急回転させてコックピットを刺し貫いた。
『えっ!?』
シャニーナのネロトレーナーが逆噴射して急速離脱。
まだガンダムMk2は闘志を失っていないらしく、無事だったほうの腕でサーベルを構えている。
あの構え――アムロ君の癖とそっくりだな、と長らくオンライン対戦ばかりしているツヨツヨNTのことを思い出す。
『あれ、複座式なんですか?』
コックピットを潰したにもかかわらず動いているとなると、普通なら別の操縦系統があると勘ぐるだろう。
「いや、こりゃゼファーシステムだな」
『え……』
「機密事項だ。忘れろ」
シン少佐はそれだけ言って、すぐに突貫した。
急加速ですり抜け、急制動からの急反転。
一撃でバックパックを切り払い、やつの滞空能力を失わせる。
墜落していく黒いガンダムの腕を、ヤザン機体が切り落とし、サーベルを奪い取った。
ダンケルとラムサスのネロがガンダムを無事キャッチし、クラックして強制停止させた。
「――ったく、デカいほうが漏れちまったぜ」
ケツのトイレパックに熱いものを感じながら、シン少佐はマッケンジー中佐に連絡を入れる。
「こちらアルファリーダー。事態の収束を確認。機体を回収して持ち帰ります」
『アルファマムからアルファリーダーへ。機体はティターンズに渡せ。こちらに管轄権はないそうだ』
「なんすかそれっ! ウンコ漏らし損じゃないですか……」
『見ていてこちらも調子が悪くなったよ。貴官はよくまぁ、あんな無茶な動きができるな』
手元モニタに映るマッケンジー中佐の顔は、少し引きつっている。
「アルファマムも、MS乗り続けてたら自分なんて超えてますよ」
謙遜しつつ、相手を褒めて出世ポイントを稼ごうとするシン少佐。
だがマッケンジー中佐にはそれが通じず、バカなことを言ってないでさっさと元来任務に復帰せよ、と言われて通信を切られた。
閣下、問題は収束しました、とジャミトフはコスモス平和記念公園に設けられた平和条約締結会場にて、側近から耳打ちされた。
壇上に座り、式次第を淡々と消化していたのだが、上空でいくらかのビームの閃光が交錯したのを受けて、急遽ギレン閣下の演説で間を繋ぐこととなった。会場にいたジオン、連邦関係者は彼の雄弁な語り口に耳を傾けているため、荒事から注意を逸らすのには成功したようだ。
「条約締結の式次第を急げ」
ジャミトフの指示を受けた文官たちが、相手方の事務担当とすぐに協議をする。
しばらくすると、ギレンがさっさとスピーチを締めくくり、コスモス平和記念公園に設置されている式典会場内に平和条約締結のアナウンスが流れる。
ジャミトフはすぐに席を立ち、中央に設置されている署名台に広げられている電子ペーパーに向かう。
相手方はギレンと変わって、若き貴公子ガルマ・ザビが出てきた。
互いに軽く会釈を済ませ、電子ペンを手に取る。
背後に設置された、巨大な石板には平和条約締結の表題が彫り込まれていて、レーザー彫刻装置がジャミトフらの署名を待っている。
「ガルマ・ザビ閣下、ともに平和への道を歩めることに感謝します」
「こちらこそ。ジオン国民と連邦市民の未来に、星々の加護があらんことを」
両者は相並び、署名を行った。
互いに全権委任された立場であることを明記し、平和条約に署名した。
そして、互いに共同声明を読み上げる。
『何人にも悪意を抱かず、すべての人に対して愛を持ち、神が私たちに示したその正義の確信によって、私たちが今取り組んでいる課題を成し遂げるため努力しようではないか。国の傷をいやし、戦争に従軍した人とその未亡人や子どもを助け、私たちの間とそしてすべての国の間に正しくそして永続する平和を達成し育むためにあらゆる努力を尽くそうではないか』
二人は石板に記された互いの署名を確認し、壇上で握手をする。
メディアのカメラがそこに向けられ、会場からは盛大な拍手が巻き起こる。
やっと平和が来たのだ、とメディア経由で平和条約の締結を見守っていた数多くの人々は安堵したことだろう。
もちろん、その場にいるジャミトフとガルマも同じだ。
互いに困難な内政事情を抱えている以上、両国が相争うのではなく、互いに経済的なつながりを持ちながら共に発展するほうに未来があると、両者の心中は重なっていた。
この平和条約と同時に署名された各種経済条約関係により、ジオンと連邦の関係性は今までと変わり、相互依存を深めあいながら実質的平和を構築することに繋がるだろうことは、条約締結に携わったすべての者の共通認識であった。
互いにメディアに向けたインタビュー時間となり、ジャミトフとガルマは再度握手を交わしてから、別れの挨拶を述べた。ここからは互いに国内向けのパフォーマンスの時間だからだ。
ジャミトフは別途用意されていたメディア向け会場へと足を運び、連邦政府の国章やティターンズのエンブレムを並べたボードを背景にして立つ。
メディア戦略というものは昔から代わり映えしないものである。
「それでは、メディア側幹事会社の仕切りで始めさせていただきますね」とジャミトフの広報官が笑顔で宣言し、メディア側の幹事にマイクを渡す。
そこから先はあたりさわりのない質問が続き、想定質問をおおむね消化したことに満足したメディアは、そろそろ解散で、という雰囲気を見せ始める。
「では、本日はお集まりいただき――」
広報官の音声をかき消すような、メディアサイドのざわつき。
ジャミトフは一切を表情に出さず、イヤホンから流れてくる情報に耳を傾ける。
事情変更の原則により、平和条約の発効を停止とする、という声明が連邦最高行政会議――通称、連邦政府首相府より発表されたという。
メディアが一斉にジャミトフにカメラを向ける。
ジャミトフは静かに深呼吸し、冷静に回答を始める。
「国際法において、事情変更の原則は確かに条約の効果を変更させるに足る慣習法であることは認める。だが、その事情変更の法理は、有効に成立した条約に対して順守義務を課す国際法の本質的な法理に矛盾しているため、平和条約や休戦条約などの高度の政治的牽連性を伴う条約に適用するのは、解釈に誤りがあるだろう」
ジャミトフの理路整然とした回答に対して、とくにメディア側のインタビュワーからの反論はない。
ただ、なんともいえぬ空気だけが流れる。
『閣下、首相府が明確に宣言しました。通称ジオン公国による分離独立運動ないし革命運動は、純然たる連邦政府における国内問題であり、国際法たる平和条約の対象にならない。また、0080年に締結された休戦協定についても同様に、内紛に対して直接適用できるものでなく、また連邦憲章に反する違憲行為であるため、その執行を停止するとのことです』
冷静な頭脳を持つジャミトフは、連邦政府の狂気の決定に対していかに抵抗するかに思考を切り替えた。
まだ打つ手はあるはずだ、と連邦議会のどのスイッチを押して事態を統率するかを考えつつ、メディアに対して「一度政府首脳と会談し、事情を確認する」と述べてその場を離れた。
もちろんメディアは首相府が出した声明に対するジャミトフの見解を聞き出そうと追いすがったが、護衛に付いていたバーザムが動いて、メディアを追い払った。
送迎用のSFSに乗り込んだジャミトフは、直ちにレビル将軍に連絡を取る。
通信端末を手にしたまま外を見ると、ジオン側も騒然としているらしく、ハイザックやマラサイがSFSに乗って警戒態勢を強めている。
ザビ家を乗せた輸送機を身を挺して守るように展開している親衛隊仕様のマラサイの姿を見ていると、ギレンは連邦政府にもはや期待はしていないということが痛いほど読み取れた。
『ジャミトフ閣下』
レビルの声だ。普段は冷静な男だが、怒りが言葉に交じっているのを感じる。
『首相府は地球連邦軍に対して、綱紀粛正を命じました。エウーゴ、ティターンズはその成立根拠法の執行を停止。即時解散せよとのことです』
法案の成立に関しては議会の管轄だが、その執行を停止するかどうかは首相府の管轄だ。
地球連邦政府というシステムのスイッチの押し方としては筋が通っていた。
「レビル将軍、地球連邦軍、いや、統合参謀本部はどうなっているかね?」
『コリニー統合参謀本部議長が逮捕されました。ティターンズ、エゥーゴの軍閥主義を支援した内乱容疑です。おそらく、数時間以内に我々にも司直の手が迫るでしょうな』
「――なるほど。互いに守勢ということか」
『はい。ではこちらも――』
急な振動。
ジャミトフはシートベルトに締めあげられて、息を吐いた。
何事かとSFSのコックピットに声をかけると、地上からのミサイルです、とのこと。
転送された映像を見ると、エコーズのジム・ナイトシーカーや、対空ミサイルを携帯した歩兵がこちらを狙っている。
どうやらエコーズが攻撃を仕掛けてきたらしい。
バーザム隊がやつらの追撃を阻止すべく、サーベルを抜いて切り込んでいる。
『閣下、正規軍のジムⅡが来ます。撃ち落しますか?』
護衛MS隊長から連絡が入る。
「馬鹿なことを言うな。ここは連邦市民とジオンの要人がいるんだぞ。ビームを撃っていいわけが――」
ジャミトフは窓の向こうに、ビームの閃光に砕かれるバーザムを見た。
理解できなかった。
ジャミトフは、己が人の愚かしさを過小評価していたことを悟った。
な、なんだかおかしなことになってきちゃったぞ