シン少佐は届いたオーダーを見て目を疑った。
ティターンズとエゥーゴを武装解除せよ?
このタイミングでどこの誰がこんなクソな命令を――と、シン少佐はコックピットでヘルメットのバイザーを磨きながら、司令に連絡を入れる。
「アルファマム、こりゃどういうことなんですか?」
『さぁな。ただ、アルファ任務部隊には最優先任務がある――参謀次官殿、つなぎます』
回線が切り替わり、我らがスポンサー兼政治担当からのお達しである。
『はい、みんな聞こえてる? みんなはあたしの安全を第一義に考えてくれればよし。正式な命令も量子キーもあるわ』
転送されてきた命令文は、確かにそうなっている。
ただ――通信の奥で銃声が聞こえるが、本当に大丈夫なのだろうか? すでにエコーズに踏み込まれているとしか思えない音が後ろから聞こえている。
「ゴップ参謀次官殿はご無事なのですか?」
『あたしは無事よ。可哀そうなのは巻き込まれてる市民ね。ホテルの屋上で待ってるから、さっさと迎えに来るように』
そしてマッケンジー中佐に切り替わる。
『各機、聞こえたな。アルファ任務部隊はアーチボルトホテルの屋上でパッケージを回収する。各機、状況開始』
了解、と事前に想定していた回収プラン通りに行動を開始する。
直ちにネロたちが急降下していく。
シン少佐のネロトレーナーもSFSとともに降下。
途中ですれ違ったティターンズのバーザム隊やジムクゥエル隊は無視しておく。
シン少佐はアーチボルトホテルの屋上に爆発とマズルフラッシュを確認する。
どうやら屋上で撃ち合いになっているらしい、と判断したシン少佐は機体をさっと傾けて、ホテルの屋上の周りを周回する。
どうやらエコーズの歩兵と誰かが戦っているようだ。
――スーツ姿でアサルトライフルを連射しているゴップ参謀次官殿が見える。
『まったく、遅いわ。カウント、合わせて』
「かしこまり」
シン少佐のネロトレーナを乗せたSFSがさらに降下し、ビルの中層階あたりを周回する。
ゴップ参謀次官は何名かの敵兵を始末した後、そのまま駆け出して――屋上から飛び降りる。
空をコロニーの遠心力に従って落下しているゴップのもとに、ネロトレーナーの手が差し出され、彼女の身を巨大な掌でやさしく包んだ。
これは――ガンダムにおける主人公がやるやつだっ! とシン少佐はこの混沌の戦場でガノタとしての喜びを見出した。すまねぇな、カミーユ。主人公の座を盗っちまってよ……などと不遜なことを考えるシン少佐。
『ご苦労様。SFSに移るわ』
シン少佐は巡航速度を落とし、ゴップ参謀次官をSFSのコックピット横のハッチから移乗させる。さすが人造人間。なんの問題もなく飛び移ることに成功している彼女の身体能力に、シンは素直に感銘をうける。
「アルファリーダーよりアルファマム。パッケージを回収した」
『了解。各機、直ちに後退』
アルファ任務部隊は後退を開始する。
コロニー内のあちこちで戦闘が発生している様をすべて見過ごしていくアルファ任務部隊の姿は、住民からすればすべてを見捨てて逃げていく部隊にしか見えないだろう、とシン少佐は自分の部隊が正義の集団になれない現実を受け入れる。
宇宙港から飛び出したトロイホースⅡ他、SFSに搭乗したMS部隊は、別のバンチ側の外壁付近に待機していたアルファ任務部隊の艦艇と合流する。
トロイホースⅡ、スパルタン、スタリオン、トリビューン、アルバトロスのペガサス級5隻で構成された地球/宇宙殴り込み艦隊である。
ペガサス級はサラミス級やマゼラン級と船足が合わなかったり、運用思想と設計思想が合わないなどの理由で単艦運用されがちだったのだが――
「全部ペガサス級で固めたらいいじゃない?」
というゴップ参謀次官のアレな発言と、宇宙艦隊を再編して統一化された補給システムに組み込み、運用コストを下げたいという連邦軍統合参謀本部の専門委員らの意見が合致し、こうなった。
確かに地球/宇宙いずれでも艦隊行動をとれるこの編成は強力なのだが――欠点がないわけでもない。火力はサラミス級に及ばず、MS積載数はコロンブス級空母に及ばない中途半端な戦力であるため、正規戦における正面戦力を担えないのだ。
ゆえに、特殊部隊たるアルファ任務部隊として編制されている事情もある。
『各MSは艦艇から推進剤補給を受けよ』
マッケンジー中佐からの命令に従い、部下たちをトロイホースⅡやそれぞれの所属艦艇に接近させ、推進剤補給装置経由で船外補給を受けさせる。
緊急事態に備え、船内作業に入るわけにはいかないのだ。
(ん? グワダンか)
シン少佐はギレン・ザビの座乗艦たる赤い巨体をみる。
すでに回頭を始めていることから、おそらくギレン他、ガルマやほかの外交使節――地球連邦政府の言い分を認めるなら、使節を名乗る活動家たちを回収したのだろう。
護衛に付いている親衛隊のMSが展開しているが、交戦状況には入っていない。
連邦軍はジオンには手出ししていないらしく、コロニー外周部ではエゥーゴやティターンズの機体がジムⅡやジムⅢと交戦している。
アーガマを中心として再集結をはかっているらしいエゥーゴは、独自運用しているネモを中心にジムシリーズを圧倒している。
だが、それ以上に圧倒的なのは、アムロが自慢していた輝くプラチナシルバーMS『白式』が、ジムⅡ相手に大人げなく無双していることだ。百式ではなく白式なのが、シン少佐に世界線変動を感じさせた。
――無双しているようだが、あれ? なんだかこちらに近づいてきているような……
いや、間違いない。アムロ君はこちらをガチ警戒している、と確信する。
先手を取られるくらいなら先手を取ってやるという意思がパンパンに感じられる。長らくオンラインシミュレーター経由で互いに部隊演習を繰り返してきたことは無駄じゃなかったようだ。
『あーあー、あの野郎こっち意識してやがる』とヤザン。
『あたしは相手するの嫌ですよ? ヤザン中尉が行けばいいじゃないですか?』
『嬢ちゃんよ、あっちは他にもウラキやキース、カイにハヤト、そんでスレッガーまでいるんだぜ? あいつらが乗ってるネモ・ディフェンサー相手じゃこっちが火力負けだ』
ネロトレーナーは機動力においてははるかにあちらを上回るが、ネモ・ディフェンサーの手数と火力には到底及ばない。
腕前も考えて、よくて勝率四割くらい、というのが冷静な判断だろう。
「あ、じゃあここはイオ大尉のラムダガンダムで……」
シン少佐は戦力的に均衡しそうなのは、腕と性能を考えてイオ大尉だろうと考えた。
『アルファマム、こちらアルファ301。うちの隊長がブルって仕事してねぇぜ?』とイオ大尉。通信のバックにモダンジャズが流れている。規律違反癖は治らないようだ。
『――ダメだな。ミノフスキー粒子が濃くてブライト中佐に繋がらん。アルファリーダー、伝令任務だ。アーガマ隊に接触し、交戦の意思なしと伝えてこい』
「えぇ!? アルファマム、アレを見て言ってるんですよね? 白式ですよ? あの速さ見て言ってます? あっちは殺る気マンマンなんですよ?」
アムロ君の白式がジムⅡを3分で24機くらい落とせそうな動きで暴れまわっている。
あれで推進剤の使用量を節約している動きなのが見て取れるので、最悪の敵であること間違いなしである。
『なーにをごちゃごちゃ言っている! アーガマのハイメガ粒子砲を食らったら、こっちの艦隊は消失だ。部下たちのために、貴官が行け』
え? もうハイメガ粒子砲積んでるんですか……原作のアーガマ大火力改修はZZなんで来年じゃないんですか? 神様配慮してくださいよ、などとシン少佐は追い詰められ、望みを絶たれた。
『リーダー、応援してますっ』
『がーんばれっ、がーんばれっ』とヤザン、ラムサス、ダンケルが腹の立つコールを投げてくる。
「――できらぁっ!!」
『お、何ができるってんですか、アルファリーダー』とイオ大尉。
「ネロトレーナーで白式とサシバトルできるって言ったんだよっ!!」
『え!? ネロトレーナーで白式を!?』
あひゃひゃと笑い転げているであろうイオ大尉の声など無視して、シン少佐は目いっぱいアクセルを踏み抜き、ネロトレーナーを最大加速させた。
――来るっ!
アムロ・レイはあの人が来た、とジムⅡの手を切り飛ばして武装解除しながら、この戦場でかなりの脅威だと思われる、あの少佐が動いたことを感じ取った。
直ちに白式を旋回させると、やはりシン少佐のネロトレーナーが機体性能の限界速度でこちらに迫ってきている。
『アムロ大尉、アルファ任務部隊を挑発するなよ。奴らに絡まれたら脱出もままならん』とブライト中佐から通信が入る。
「わかってるさ。あっちはシン少佐しか出してない。本気じゃないよ」
あちらが本気だったら、シン少佐単機で突っ込んでくるなんてことはない。
彼は確かにいい腕だけれども、本当に恐ろしいのは仲間との連携だ。チームでの戦闘力という意味では、あの人に勝てる要素はかなり低い。実際、シミュレーターでは何度も煮え湯を飲まされてきた。単機同士なら絶対に勝てるのに、隊を率いて戦ってみるとほとんど勝てないのだ――長らく部隊指揮官として任務をこなしてきたあの人と、俺の決定的な差はそこだな、とアムロはシン少佐を高く買っていた。
――ただ、一つ気に入らないところがあるとすれば、いつもおちゃらけて冷やかしてくることだ。こっちを親戚の甥っ子みたいに扱ってくるのが、本当に腹が立つ。
『――バァァァ……スッ……』
いつもの得体の知れなない裂帛の気合の言葉。
これが聞こえるということは、本気で来てるということだとアムロは直観した。
「シン少佐、あなたに勝つのが俺の仕事です」
アムロはネロトレーナーに向けて、一直線に加速する。
――ここっ!
アムロの白式がライフルを撃つのと、ネロトレーナーがライフルを撃つタイミングは同じ。放たれたビーム粒子同士がぶつかり合い、巨大な閃光が広がる。
アムロは片目を閉じていた。
いくらCG処理されるとはいえ、閃光が瞳孔を閉じさせるからだ。
宇宙では常に光に敏感に――瞳孔が開いているほうが生理的に有利なのだ。
やはり、閃光に合わせてきたか! とアムロは光を囮にして、ナナメ下から回り込んできたシン少佐のネロトレーナーを見つける。
反応とほぼ同時に射撃したが、シン少佐のネロトレーナーが颯爽とインメルマン旋回で回避する。
「読み合いばっかりうまくて……あなたはいつもそうだっ!」
ビームが来る、と直感し先に回避しておく。
予測通り、シン少佐のビームライフルの弾道はナノ秒前にいた空間を貫いていた。
もしアムロが予測して回避していなければ即死だ。
「でも、これだって誘いなんだっ!」
アムロはシン少佐の行動特性に詳しくなっていた。何度も演習を重ねているから知っているが、彼は本当にいやらしい戦い方を好む。死角や奇襲を愛し、決して正面からのマニューバをやらない。
彼がこうやって目に見えてやらかしてくるということは、それがすべて囮行動だということだ。
「――そうかっ! クラックグレネードか!」
アムロは何も見えない空間にビームを撃つ。
何かが蒸発した光。
それはまもなく白式に迫らんとしていた。
「そして、これも囮!」
アムロは少し離れたところに見えるビームサーベルの光を無視――そこにあの人はいないからだ。出しっぱなしにして囮にしてるだけ。
急旋回してライフルを構える。
(ほらみたことかっ!)
後ろに回り込んでいたシン少佐のネロトレーナーがビームライフルを構えている。
互いに、回避不能。
だが、シン少佐は最低な男だから、ここで簡単に墜ちてはくれない。
こちらのライフルの銃口の向きにしっかりネロのライフルを合わせているのが見て取れる。
「くそっ!」
白式の射撃と、ネロトレーナーの射撃がまたしても重なり、爆発的な閃光を生じさせる。
今度は至近距離過ぎた。
真っ白になった全周囲モニタの画面を無視。
瞬時にアムロは自分の動物的な勘を信じる。
宇宙空間に繊細に気を配り、一番違和感があるところに――
「そこだっ!」
サーベルを抜き、最速で刺突を繰り出す。昔のように振りかぶったりはしない。
「くそっ! しぶといっ!」
白式のサーベルはネロトレーナーのシールドを突き破り、左腕を奪っただけだ。
『馬鹿野郎! なんでガチで殺しに来てるんだよっ! 頭冷やせよ少年!』
接触回線で彼の喚き散らす声が聞こえる。
ふざけているのはシン少佐のほうだ、とアムロ・レイはわめきたくなる。
いまだって……やろうと思えば、こちらをやれるじゃないか、と。
「ふざけないでください! あなたは……あなたは敵になったんですよっ! エゥーゴの敵にっ!」
『おーおーおー、アムロ君、そんな大人みたいな理屈は似合わないぞ』
敵になったくせに、いつもみたいに接してくるシン少佐になんだか腹が立ってくる。
「俺だってもう23ですっ!」
普通に返事をしてしまう自分にも。
『知ってるよ、毎年誕生日プレゼント送ってるだろうが』
「なんで毎年毎年新型のハロを送り付けてくるんですかっ! 官舎がハロだらけでうるさいんですよ!」
『マジかよ、ちゃんと取っておいてくれるなんて、おじさん、感動だぜ……』
親戚のおじさんかっ! とアムロはサーベルを引き抜き、蹴りを入れる。
しかし、ネロトレーナーに損傷した左腕で受け止められる。そのまま後退用の反力として転用されてしまった。
『もっと心に余裕を持てよ、アムロ君。人を敵味方に分けるなんて、つまんないぜ。あと、今年もハロを送るからなッ』
「別のものにしてくださいっ!」
何かわかったような分からないことを言い残して、あの人のネロトレーナーが後退していく。
「くそっ! 一体何しに来たんですか、あなたはっ!」
アムロは怒りのままにモニターを拳で殴りつけるが、逆に痛みで悶絶する。
『――アムロ、朗報だ。アルファ任務部隊はこちらに干渉するつもりはないようだ。白式をハブにしたメッシュ通信でマッケンジー中佐からの秘密電文が届いた。あいつらに構うな。友軍の撤退を支援しつつ、さっさとここから逃げるぞ』
ブライトからの通信に、アムロは奥歯を噛みながら答える。
「――っ、了解。白式はアーガマの直掩に戻る」
アムロがアーガマの周りで連邦のパイロットたちに八つ当たりしていると、アルファ任務部隊の艦隊はどこか遠くのほうへと消えていった。
直掩艦隊と合流したジャミトフは、直ちにサイド7に駐留していたティターンズ部隊を率いて脱出を図った。このままサイド7を戦火に巻き込むなど、宇宙市民の反感を買うだけであるので、さっさとティターンズの新兵器開発拠点たる『いばらの園』へと向かった。
暗礁宙域の中にある一大MS開発拠点であるここは、ラビアンローズ級四隻を中心に、戦後のコロニー再開発計画のどさくさに紛れて建造された居住用兼開発拠点バンチを有する。
ジャミトフはアレクサンドリアから『いばらの園』側のコロニーに移り、エレカに乗り行政庁へと向かう。
本来はコロニー自治政府の政庁となる予定だった構造物を、ジャミトフは宇宙におけるティターンズの司令部として運用していた。
内部に勤務していた兵たちが敬礼をするので、ジャミトフは答礼しつつ廊下を進む。
会議室に入ると、すでにティターンズの主要幹部一同が円卓を囲んでいた。
ジャミトフは連邦とティターンズのエンブレムが描かれたタペストリーを背にして、椅子に腰かける。
「閣下、お待ちしておりました」
ブレイブ・コッド大尉が口火を切る。
戦争は兵器ではなく技量、という古典的なドッグファイト主義者ではあるが、MS教官として優秀であり、ティターンズのMS運用ドクトリンの開発と教導を担っている。
「ブレイブ君、ガンダムMkVの開発状況はどうかね」
あえて本題には踏み込まない。
テーブルを囲む幹部たちはみな緊張した面持ちであるので、すこしばかりブレイクが必要だと判断した。
「まずまずです」とブレイブ大尉。
ジャミトフはティターンズ系ガンダムの到達点たるMkV計画を重視していた。レビルたちが追及するNT専用機としてのガンダム計画ではなく、純粋な兵士たちの兵器としてのガンダム――かつてあったガンダム開発計画の趣旨を継承し、適切なコストのもとで、MSパイロットの戦闘能力を最大化する目論見であった。
もとより少数精鋭たるティターンズであるからこそ、配備すべき機種は1対多を意識した兵器体系であるべきだとジャミトフは考えている。
「インコムの開発はまだ途上ですが、機体の側はアセンブルし、テストを開始しています。ファントムをベースとしたゼファーシステムにより、搭乗者の意図を支援するAIも完成間近です」
無人戦闘MSとして運用したい、というのがジャミトフの本音ではあるが、ブレイブ・コッド大尉はそれに反対しているため、口を出すことはない。
高度な技量を持つ兵士が、思い通りに機体を動かす支援装置としてAIを採用することは身体の拡張――つまり、技量の延長であるが、無人MSは単なる兵器性能なので気に食わないらしい。
ジャミトフとしてはそのような人間中心主義を受け入れる土壌もティターンズには必要だろう、と判断し、彼を受け入れている。
「結構――そして、あちらはどうかね?」
緊張感が多少ほぐれたのを確認して、ジャミトフは本題に入る。
「はっ。地球連邦政府首相府の動向について報告いたします」
ジョッシュ・オフショー少尉がモニターを指し示しながら説明を始める。
成果を多数輩出しているオフショー一族出身であり、ジャミトフのカバン持ちとして政治のイロハを学んでいるところだ。
MSパイロットでもあるが、主たる任務は政界のフィクサー見習いである。
「今回の平和条約反古に関する声明を発表するに至る政変について説明いたします」
オフショーがスライドを示す。
つい数日前の中央上院議員選挙である。
2年ごとに3分の1ずつ改選されるのだが、一年戦争中は臨時で改選が延期されたため、ちょうどつい数日前に選挙が行われていた。
「先日の選挙にて、我々ティターンズを支持する政党勢力が議席を大幅に減らしました。この原因は、ジャミトフ閣下が兼任しておられた大陸復興公社及びインターナショナル国債公社が関与したとされる、CDOにまつわる金融危機の影響です」
大幅に、という言葉にジャミトフはオフショー少尉の配慮を感じた。
スライドに示されている数字は、ティターンズ派の議員の議席がほぼ消し飛んだことを表している。数字は雄弁だ。
「また、エゥーゴ派も政治資金のひっ迫により、議席を減らしました。結果、大衆の不満を吸収する形で党勢を伸ばしたのがこちらです」
モニターに映し出されているのは、ガイア理論系の地球中心主義を唱える政治団体『シン・フェデラル』の党首である『リュウ・ホセイ』だ。
「このリュウ・ホセイは一年戦争時にジオンの捕虜になっています」
彼の軍歴が表示された。
ルゥム戦役に偵察機乗りとして従事。その後ゴップとレビルが推進していた『V作戦』のパイロット候補として選抜され、ホワイトベースに配属。コアファイターにてジオンのガデム補給艦隊を撃破。人類史上初の大気圏突入時MS戦闘ではガンキャノンに搭乗し、シャア・アズナブルの母艦であるファルメルを抑えるも、ホワイトベースを制圧したクラウン曹長(当時)による説得で、虜囚となる――が、結局アムロらと共に解放された。
「0081以降はムラサメ研究所にて被検体になっています。アムロ・レイの身代わりとして志願したようです。この時の過剰な強化からか、特殊な力――この世界の未来知識らしきものを騙るようになり、虚言症が深刻化し……」
スライドが変わる。
『元ムラサメ研究所』の残骸である。
「0084年、宇宙怪獣事変後の、連邦軍再編処理で警備戦力を抽出されてしまったムラサメ研究所の隙を突き、リュウ・ホセイは被検体たちとともに反乱を主導」
研究素体だったリュウの反乱により、施設が完全に破却された際の映像が流れる。
鎮圧にあたった兵士たちを、ひと睨みで倒していく長身痩躯の褐色の男。
縮れた長髪がまるで獅子のたてがみのように見える。
「これがサイコショックです。一定距離にいる人間に膨大な情報を送信し、情報飽和により自我を崩壊させます」
ゴップがハンフリーと組んで研究していたサイコキネシス研究所や、ジャミトフが管轄するチャクラ研究所のような、NTの力の運用を目指した場所ではない。
人工的に身体改造を施す人体実験施設と化していたのが、連邦政府保健衛生省直轄の『ムラサメ研究所』の本質だ。
「そして――ムラサメ研究所に保管されていた、これを奴らは奪いました」
スライドに表示されるのは、MSサイズの打刀である。
ムラサメ研究所のMSはこの実体刀の能力を発揮させることのできる人間を生み出すことを目指していたという。
「――妖刀ムラサメか。木星よりもたらされた少量のイデオナイトを含有する、精神感応兵器」
ジャミトフは知っていた。
レビルの送り出したシロッコという男がもたらした、最初の成果物だ。
レビルたちはこれをもとにモーラ・バシット技術大佐を中心としたサイコフレームの開発を急いだ。
ただ、シロッコという男の思慮深さというべきか、彼は一つの派閥に与することの危険性を熟知していたらしく、各派閥にも平等に成果を送り付けていた。
ゴップは量子脳に記憶を思念転送するサイコドライブシステムの開発に熱中したが、残念ながらヤツは誰からも覚えてもらえないホンモノの英雄として死んだ。
ジャミトフは受け取ったそれをチャクラ研究所における『タオの間』を開くための思念導体及び、ファントムシステムとゼファーシステムの研究装備に利用している。
そして――当時の連邦政府に送られたそれは、保健衛生省のムラサメ研究所にて研究されることとなった。
その成果が、この妖刀ムラサメである。
「妖刀ムラサメを擁するリュウ・ホセイらは、片足を宗教に突っ込んでいると評されるガイア理論を主軸として『シン・フェデラル』を組織」
そして、中古のジムに妖刀ムラサメを担がせ、ジムの掌の上で座禅を組むリュウ・ホセイの姿が映る。かつての丸々とした愛嬌のある姿は失われ、そこに座るのは開眼人たる修験者であった。
健康そうな褐色の肌、鋭い眼光、愁いをおびた顔立ちは、世のカリスマとはこうでなければならぬという風情をかもしている。
「こちらが、現時点で判明している『シン・フェデラル』の主要幹部です」
顔写真の中には、見知った顔がいくつもある。
特に目を引いたのが、現地球連邦政府の大統領であるレイニー・ゴールドマン。
かつてジオンのコロニー落としで家族と親族をすべて失った、対ジオン強硬派の筆頭格である。
「――そうか。我々がここまで何もつかめなかったのは、大統領が絡んでいたからか」
ジャミトフは、己がいかに間違った判断を繰り返していたのかを自覚させられた。
連邦政府は首相府に実権が集中しているが、首相を任命する権限を持つのは連邦市民の直接選挙で選ばれる連邦大統領である。
連邦大統領は首相の任命権を行使することで間接的に民意を行政に反映させる。任命された首相は民意を執行するべく強大な権限を保有する――いわゆる、半大統領制に近いシステムである。
「はい。ティターンズ及びエゥーゴ派の議員の減少と、議席の三分の一近くを押さえた『シン・フェデラル』。この上院での権力バランスの変化がこちらです」
従来の議席はこうであった。
対スペースノイド強硬派が1/3。
ティターンズ派1/3
諸派(エゥーゴ含む)1/3である。
ティターンズは対スペースノイド強硬派の穏健派、エゥーゴの強硬派を巧みに利用し、議席で過半数を押さえていた。
だが、今は違う。
対スペースノイド強硬派1/3
シン・フェデラル1/3
諸派(ティターンズ、エゥーゴ、他)1/3である。
この上院の状況を利用し、対スペースノイド強硬派とシン・フェデラルが樹立したコアビタシオン(保革共存)政権が今の首相府ということになる。
首相が変われば政策が変わり、政策が変われば状況がすべて変わる。
それが民主主義であり、地球連邦政府である。
大衆の、大衆による、大衆のための政治。
ジャミトフの想いなど、大衆の民意の前には何の意味もないのである。
選挙前に金融危機を巻き起こした連邦政府の増税法案は、対スペースノイド強硬派と諸派がタッグを組んで行ったことだったが、それを段取りしたのは間違いなくレイニー・ゴールドマン大統領だろう。
CDOの暴落を利用した月面経済圏に対する金融危機は、事実上の強力な経済制裁であり、ジオン経済の土台を完全に揺るがせている。そのような状況下であれば、唐突な平和条約の一方的効力否定を連邦が行っても、ジオンは打つ手がない。
経済再建のために、全資本をそこに集約している中で戦争などできるはずもないからだ。
すべてを見越したうえで、金融危機を引き起こし、議席改変を行い、強硬派+シン・フェデラルによる強力な議会支配と首相府を実現した、ということだろう。
「この絵を描いたのが、リュウ・ホセイなのか?」
ジャミトフが椅子に背を預けながら言った。
「はい。こちらは調査部の資料です。レイニー・ゴールドマン大統領は0085年から、リュウ・ホセイと思想を共有しています」
モニターの映像資料では、野生と理性を備える黒豹のような雰囲気を漂わせたリュウ・ホセイが大統領府に招かれている映像だった。大統領執務室で歓談する二人は、気心の知れた中であるように思える。
「大統領が新時代の若手リーダーと対談する、広報動画として作られたものですが、リュウ・ホセイとの接触を図るための偽装広報活動ですね。事実、他の対談者との番組は公に放送されていますが、これは官邸の意向で差し止めされています」
そして、音声データは不自然にも失われていた。
間違いなく、堂々と政権中心部でリュウ・ホセイとレイニー・ゴールドマン大統領は政治的な結託を深めていたのであろう。
「ムーン・クライシスか」とジャミトフがこぼした。
月の金融危機を利用した連邦経済とジオン経済への重大なダメージ。
このダメージを利用した政変工作と民衆扇動。
そしてジオンに対する強硬政策とティターンズ、エゥーゴの排除行動。
「――リュウ・ホセイ。何を企んでいる」
ジャミトフは、修験者のような風貌のリュウ・ホセイの顔写真を、ただじっとみつめるだけであった。
なんら打つ手がなく、ただ組織存続を図るしかない己のふがいなさに、ジャミトフは震えた。
それは、ジャミトフの人生で初めての怒りであった。
うーん、クレイジーな話になってきたぞ……