シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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第三四話 0087 ダカール強襲阻止作戦(下)

 コックピット内に二人の男女。

 戦線を下げて、艦砲射撃で支えきるという方針変更を受けたシン少佐は、EWACネロに搭乗することとなった。

 

「コックピット内は未調整。シン少佐が積みあげた学習済みデータ群は食わせてあるっすけど、機体が機体なんで、ガチバトルはアウトっすね」

 

 ノエミィ・フジオカ技術少佐からレクを受ける。

 EWACネロ最大の特徴である戦域統合情報処理機能は、これからの逆転劇のために必須だからだ。

 

「護身用の火器は、90㎜マシンガンだけか?」

「そりゃそうっすよ。センサー群に影響が出そうなブツはムリっす」

 

 フジオカ技術少佐とシン少佐が打合せしていると、タイトな紅白のパイロットスーツを着た女性士官がやってきた。

 

「ぬぅ、サイズがギリギリだな」

「あー、胸周りと腰回りがミチミチっすねぇ、司令」

 

 クリスティーナ・マッケンジー中佐がフジオカ技術少佐にスーツの調整をしてもらいつつ、シン少佐に向き直る

 めっちゃ前はだけてますヨ、とシン少佐は邪念を振り払うべく、脳内でRGMシリーズをすべて連呼する。

 

「すまない、シン少佐。本来ならば私自ら操縦桿を握ればいいのだが――こう見えて、空き時間にはちゃんとMSシミュレータはこなしていたんだぞ」

「知ってますよ。ログで見たこともありますし」

 

 シン少佐が答えると、無理やり胸元を締めたマッケンジー中佐が機体に乗り込んできた。

 彼女に手を貸し、後部座席へと促す。

 

 ガノタなら当然知っているように、EWACネロは複座型である。Early Warning And Controlの名を関するこのネロは、二つの運用方法がある

 警戒管制運用と、戦術指揮統制運用である。

 

 今回は、マッケンジー中佐を乗せての戦術指揮統制運用を行う。

 

「わざわざ司令が前に出なくても……」

「アルファ任務部隊の総力をもって奴らを止める。そのためには、第一線情報を確保しながら戦術判断を行う必要がある。それに、シン少佐の機体がやられてMS部隊の士気も落ちている――」

 

 マッケンジー中佐が複数の専用ディスプレイを立ち上げ、操縦桿(有線ドローンカメラ機や有線センサパッケージ、専用レーダ照射装置などを制御するもの)を握る。

 

 シン少佐の背後は、情報要塞と化した。

 

 あと、なんだかいい匂いがする。

 オ・ノーレッ! とバーニィの幸せ者ぶりに大嫉妬してしまうシン少佐。

 だが、ハスハスと呼吸することで、すべてが満たされ、不毛な怒りは消失した。

 

「――大丈夫か、シン少佐。呼吸が浅いぞ」

「はい、問題ありません」

 

 シン少佐はニヤニヤがバレぬように、あわててヘルメットのバイザーを降ろしミラーモードにしつつ、司令の凛々しいみちみちのパイロットスーツ姿を、コックピット内カメラに収めるよう手早く処理を走らせた。

 

「よし。任務機長はわたしが務める。シン少佐、貴官はこちらの統制に従い、わたしを守れよ」

「了解、バーニィのところにちゃんと送り返します」

「こら、バーナードと呼べ。バーニィと呼んでいいのはわたしとアルだけだ」

「それは失礼を」

 

 シン少佐は機コックピットを閉じる前に、ハンドサインでフジオカ技術少佐に確認する

 司令のノーマルスーツがハチ切れたりしないだろうか、と。

 ノエミィ・フジオカ技術少佐から微笑みのフ〇ック・ハンドサインが返ってきたので、慌ててコックピットハッチを閉じて、機体を移動させる。

 

 EWACネロをカタパルトに乗せ、いつも通りセリフを言おうとするが、今度はマッケンジー中佐に先を越される。

 

「アルファマム、EWACネロ。射出よろし」

『了解。マム。ご武運を!』

 

 おい、自分の時はそういうコメント返ってこないぞ。ゴミでも出すように『射出! 射出!』しか言わないじゃないか管制……などと、よよよと世を儚むシン少佐に、Gがしっかりとかかる。

 

 戦闘速度、よし。

 そのまま友軍に合流すべく機体を制御する。

 

「シン少佐、前に出ろ。わたしの機体を中心にMS部隊を再編し、後退させる。艦砲密度を上げて敵を処理するのが趣旨だ」

「了解」

 

 シン少佐はEWACネロを前に出す。

 動きは上々。

 ネロトレーナーほど素早いわけではないが、逃げの一手を打ち続けるだけの推力と大容量プロペラントタンクを備えている。

 

「各機傾聴――こちらアルファマム。お前たちの面倒を見に来たぞ」

 

 すると、アルファ任務部隊の各MSから歓声が上がる。

 ママァー! とわめいているのはラムサスか?

 

「残念ながらアルファリーダーは我々の心の中にしかいない。だが、悲しむ必要はない。お前たちにとってはアルファリーダのケツより、ママのおっぱいのほうが恋しいだろう?」

『恋しいですっ!!』

 

 隊員たちの士気を完全に掌握したらしい。

 やる気に満ちた応答ばかりなので、シン少佐はヘルメット内のボリュームを落とした。

 なんだろう、自分の時は『アルファ201、りょーかい』くらいの低いモチベなのに、ヤザンやダンケル、ラムサスは『ヒャッハァァァ!!』などと奇声を上げる始末だ。

 

「よーし、わたしのカワイイバカ息子、バカ娘ども。ママのいうことをよぉーく聞いて、精一杯戦え。後でいっぱい褒めてやるからな。ほら、言ってみろ。我々はなんだ?」

『アルファ! アルファ! アルファ!』

 

 シン少佐も、コックピットでアルファ! アルファ! アルファ! と連呼する。

 

「よろしい。各機、集結地点を送る。直ちに集合。敵を連れてきてもいいぞ。ママが平手打ちしてやるからな」

 

 おギャー、などと幼児退行を起こした返事をしているバカな隊員もいるが、頭がおかしくともアルファ任務部隊。

 歴戦の特殊部隊らしく、戦術MAP上では各機素早く後退行動に入っている。

 

「さすが、司令。連中を奮い立たせましたね」

「言葉だけでは動かんよ。わたしがこうやってMSで出ているからだ」

 

 そんなことはないと思いますがね、とシン少佐は苦笑する。

 たとえトロイホースⅡの艦橋で同じことを言っても、みなの士気は上がったはずだ。

 ただ、その時はトロイホースⅡが前に出ている状況だろうから、今よりもはるかに危険度は高い(母艦喪失ほどMS乗りにショックを与えるものはない)。

 

「――あと、さっき、アルファリーダーがいないみたいなこと言ってましたけど」

「ん? そんなこと言ったか? 言葉のあやみたいなもんだろう――よし、少佐、全員にデータ転送を終えた。是より観測データを送り、アルファの艦砲とミサイルを誘導する」

「了解。敵陣に突っ込みますか?」

「できるだけ派手にやれ」

「アイアイ、マム」

 

 シン少佐はEWACネロを最大推力で前に出す。

 接敵せず、とりあえず戦場を走り回ればいいだけなので、ある意味集中力を持続させやすい。戦いは判断の連続だが、マッケンジー中佐に戦術判断をすべて任せ、自分は彼女に指示されたベクトルを駆け抜けるだけだ。

 

 

 

 

 艦砲射撃の密度が上がり、アルファ任務部隊はアーガマ隊を圧倒している。

 味方を誘導し、艦砲観測情報を送付し、敵の位置を明らかにし続けるだけで戦場は変わる。

 情報優越、火力優越、そして統制優越を確保。

 まさにEWACネロの面目躍如である。

 

 シン少佐はこちらの重要度に気づいたアーガマ隊の連中を適当にあしらいつつ、DFo883などと協調して味方の戦線を、主に情報で支援する。

 その情報が火力となり、敵に決定的ともいえる損害を強いる。

 イプシロン任務部隊もアルファと協働。攻勢軸をそろえているため、互いのMS連携、火力連携ともに理想形である。

 周辺部隊にも協力を仰ぎ、サラミス改とジムⅡ部隊とも連携できたのはマッケンジー中佐のおかげだ。

 

「――敵MSをみたか?」と司令。

「バリュート装備が増えてきましたね。あいつらやる気ですよ。こちらも換装させますか?」

「そうだな――各機、兵站計画の121番で換装にかかれ」

『了解』

 

 戦争というものは大人数が参加し、様々な専門家が混ざった組織で行うものなので、何をするにも事前計画は必須だ。

 随時命令というのは作戦計画の大枠の中でおこなわれるものであるし、ある作戦計画が破綻した場合は代替作戦計画に切り替わるだけ。

 

 さて、ではこの様々な計画という名の付くドキュメント(文書)を作るのはだれか。

 隊司令と隊付幕僚である。

 往々にして人手不足であるアルファ任務部隊では、兼務という空手形が大量発行されているので、もちろんシン少佐はMS運用訓練幕僚を兼職している。

 

『――こちらアルファ301。兵站計画121番、これ古いやつです』

 

 サンダーボルトのテーマ曲になっていたあの曲が後ろに流れている。

 

「――おい、シン少佐」

 

 ゲシっ、とヘルメットにクリスティーナ・マッケンジー中佐のおみ足が乗る。

 我々の業界では、これはご褒美なんだよなぁ、などとくだらないことを想いつつ、シン少佐は訂正を発出する。

 

「121-2を。改定申請します」

「この戦闘中にか? 貴様、後で覚悟しておけよ」

「なーに、世界最強のブラック組織であるアルファ任務部隊の隊畜を舐めないでいただきたい」

 

 シン少佐はマッケンジー中佐にゲシゲシとけられながらも、素早く音声入力で補給計画書を改定し、さっさと提出した。

 

 もちろん、敵のビームの嵐を回避しながら、片手間にネモも一機落としておくのも忘れない。

 なにせEWACネロなので、敵の集中攻撃を浴び続けるからだ。

 

 ちなみに、この機体は本来、隠ぺいして運用すべきものである。

 しかし、士気高揚と戦線立て直しという鉄火場を迎え、このような残念な運用になっている。

 

『こちらエンジニアリーダー。計画を確認。メンテナンスライン、動かしました』

「迷惑をかけた。後で幕僚はシバいておく」

『あ、それはこっちでやるっす。その人、マムに折檻されてもご褒美だと思えるタイプっすよ』

「――そうか。では任せる」

 

 最後に一発、いい感じの蹴りをもらう。

 このヘルメット、洗わないようにしなくちゃな。

 

「まったく。ブラックな職場ですな」

「貴様がそうしてるんだろうがっ!」

 

 あたた、あたたた……世の中には様々なブラック労働がある。

 ガノタならば、戦場で命狙われながら美人上司に蹴とばされつつ事務仕事をこなし、MSをも乗り回す、このアットホームな職場に歓喜の涙を流しながら転生してくるはずだ――なお、士官は管理職なので、毎日16時間のサービス残業な。

 

「む、まずい――わたしをトロイホースⅡに戻せ」

「トイレですか?」

「バカもん! 艦艇に指揮所を移す。レビル将軍の艦隊が前に出てきた。こちらがせっかく閉じた穴をこじ開けるつもりだ。今度は砲雷戦で一仕事することになる――戻り次第、貴官専用機を用意してあるから、それで出ろ」

「せ、専用機!」

 

 ドゥング! と大太鼓のように心臓がはねて、一瞬心停止した。

 戦闘中の出来事であるので、文字通りシン少佐は一瞬、戦死したといえる。

 KIAである。

 だが、どこからともなく響くガノタたちの罵倒(死ぬのは勝手だが、クリスティーナ・マッケンジー中佐は生き残らせろ)を受けて、意識を取り戻す。

 

「ふぁっ! すみません、一瞬意識を……」

「――」

 

 マッケンジー中佐の意識がない。

 やばい、と焦ったシン少佐は彼女のノーマルスーツの応急処置システムを起動させる。

 数秒後、げほげほとむせる彼女の声が後ろから聞こえた。

 

「司令、ご無事ですか?」

「あ、ああ。シン少佐、次から急旋回と急加速は自重してくれ。わたしもまだまだ現役だと思っていたが――アルファリーダーはもう担えないようだ」

 

 どこか残念そうなマッケンジー中佐はだが、他人の操縦に合わせるのと、自分で操縦するのではわけが違うので、まだまだ行けるんじゃないですか? とは思う。

 

 さて、なぜマッケンジー中佐が意識を失ったのだろう、とシン少佐は行動ログをチェックする。

 どうやら専用機をもらえると聞いた瞬間に、EWACネロは急減速、急回頭、急加速の、やってはいけない3点セットをすべてやったらしい。

 やらせたのはシン少佐だが。

 

「すみません、司令を急いで母艦に戻さないとと、焦りました」

 

 もっともらしい言い訳をするシン少佐。

 

「構わん。戻せと命じたのはわたしだ――しかし、シン少佐。貴官は女に乗るときもこう、乱暴なのか? もしそうならシャニーナは嫁に出せんな」

 

 え? それって司令の許可案件だったんですか? とシン少佐は固まる。

 シン少佐は優しい人のところお婿さんに行きたいです、とだけ回答した。

 

 

 

 自律型吸放熱デバイス(Reversible thermal panel:RTP)のパラメータを確認してから、EWACネロはトロイホースの後方格納庫に着艦する。

 指定された空きハンガーにEWACネロを預けて、コックピットハッチを開く。

 シン少佐が先に出て、マッケンジー中佐に手を伸ばす。

 

「お手を」

「すまんな」

 

 グッと彼女を引き寄せ、そのまま勢いを与える。

 慣性に従って彼女は格納庫内を漂い、何度かノーマルスーツの推進システムを利用して、軌道を修正する。

 

 無事、エレベータにたどり着いたのを確認したシン少佐は、担当整備士にEWACネロの損傷などについて報告を済ませる。

 

 そして、艦内通路をひたすらに移動して、トロイホースⅡの右前足――右舷格納庫にたどりつく。

 

「少佐、こいつっす! 少佐好みに調整しておいたっす」

 

 ノエミィ・フジオカ技術少佐に案内されるままに、シン少佐は専用機の下に立つ。

 見上げたその姿に、シン少佐は開いた口がふさがらない・

 胸部装甲が真っ赤に塗り上げられたそれは――ネロであった。

 だが、ガノタたるシン少佐には、それが特別なネロだとすぐに分かった。

 

「これは……いいものだ」

 

 かつてニュータイプ1987年8月号に載っていた、ヒデアキ・アンノの手によるネロのデザインである。

 なお、金髪のチェーン・アギが載っているのもこの号だ。

 

「さすがっすね。そう、普通のネロなんで、なんか隊長っぽさを出そうと思って――臨時で塗ってみたんすよ」

「ありがとう。これが専用機……専用塗装の魅力ってやつか」

 

 ジオンの連中が無駄にMS色塗りしてる理由がわかりましたわ。

 戦術云々じゃない。これはもう、ロマンですわ。

 

「えー、ネロのオプションは全部盛りっす。肩部ミサイルランチャー、頭部バルカンポッド、少佐好みのクラックグレネード。よく考えたらサンダース曹長のネロの色違いっすね、これ」

「いや、違う。これはシン専用ネロだ。そう名付けたまえ」

「え、色違いじゃ」

「ちがうもんっ! これ僕のっ! 僕専用ネロだもんっ!」

「うわ、めんどくさっ! じゃあ、それでいいっすよ……」

 

 統制用機体登録DBにノエミィ・フジオカ技術少佐が書き込んでくれたおかげで、正式にこの機体の備考欄に『シン少佐専用』と登録された。

 

「せーかいにひーとつだけのネロ♪」

「歌ってないで、さっさと出撃してくんないっすか?」

「お、おうっ! 行ってくるぜ、フジオカちゃんの思いを乗せてなっ!」

 

 バカだなぁ、とあきれられながらも、シン少佐はタラップをうまく使って、さっとシン専用ネロのコックピットに滑り込む。

 リニアシートに座り、いつも通り発進シーケンスを進める。

 

『シン少佐、バリュートをつける』と通信。

 

 しばらく待つと、バリュートReadyのアイコンがついた。

 

「バリュート、よし」

『了解。カタパルトに進め。死ぬんじゃないっすよ、バカ』

「もちろん。次の休暇に焼肉食いに行こう」

 

 ノエミィ・フジオカ技術少佐ともずいぶん長く一緒にいる。

 昔は夏のように燃える恋心に浮ついたこともあったけど、それももう秋の日差しみたいに、穏やかな想いに変わった――のか?

 普通になんだかいつだってドキドキしてる気がするぞ。

 

「アウト。あーしはいま焼き鳥の気分っすね」

「じゃ、それで」

 

 シン少佐は機体をカタパルトに乗せる。

 

「シン専用――」

『シャシャーッス!!』

 

 ついに射出、とすら発音されることもなく、トロイホースⅡから飛ばされるシン少佐専用ネロ。だが、専用機(色違い)を手に入れたという満足感が、彼を寛容にしていた。

 発進セリフがないことなど、もはや些事。

 今はただ淡々と仕事をこなすだけだ、と。

 

 だが、シン少佐のネロの真横を、極太のビームが走る。

 シン少佐は思わず目を細めたが、体は勝手に操縦桿を操り、機体を回避行動へと仕向ける。

 

 体中から嫌な汗が噴き出す。

 心のスイッチは壊れ、心臓はびくびくと不気味なリズムを奏でる。

 

 見てはだめだ。

 見たら、それが現実になってしまう――

 

『トロイホースⅡ、被弾! 右舷全壊。機関緊急停止!総員退艦命令。繰り返す、総員退艦命令』

 

 聴きたくもない緊急事態宣言の通信が耳に入ってくる。

 右舷には、彼女がいるんだ。

 

 シン少佐のネロがふらふらと軌道を変える。向かう先は、爆炎を上げて轟沈しつつあるトロイホースⅡだ。

 緊急脱出ポッドが艦体から多数射出されている。乗組員たちの退艦が始まった証だ。

 

「……」

 

 シン少佐は目を皿のようにして、ノエミィ・フジオカ技術少佐の姿を探す。

 

 もう自分が何を考えているのか分からなかった。

 

 本来であればMS隊の指揮官として、救援を命じるのか、あるいは戦線維持を命じるのかを決断しなければならないのに、ただ、ノエミィ・フジオカ技術少佐の姿を追い求める。

 

 そして衝撃。

 機体を激しく揺すられ、シン少佐はふらふらとした視線のまま、何があったのかを確認する。

 

『隊長! しっかりしてください! イプシロン任務部隊のエイミー中佐が指揮権を継承しました。救助活動は艦艇に任せ、MS隊は戦線維持に務めよ、です』

 

 シャニーナ大尉の機体はネロに変わっていた。どうやらリックディアスは破棄して予備機に乗り換えたらしい。

 

「お、シャニーナ大尉、ネロに乗り換えたんだな」

「……っ!! イオ大尉、アルファリーダーを継承してください。隊長は……隊長はとても指揮をとれません……」

 

 いや、そんなことないってシャニーナ大尉。

 こう、ほら。

 まだ、やれる気がするんだよな。

 

『アルファ301了解。全機傾聴、ラムダガンダムを起点に再集結。前方のガンダムどもを仕留める! アルファ201は隊長を連れて後退しろ。部下はこっちで借りていくぜ――よぉし、そろったな。敵討ちだ。皆殺しにしてやれ!』

『アルファ! アルファ! アルファ!』

 

 なんだかみんな気合が入っているみたいだ。

 ガンダム、という言葉を聞いて、シン少佐は呆然とその先を見た。

 ティターンズの精鋭だろうか。

 ガンダムMk2部隊の直掩を受けたアレキサンドリア級が見える。アル・ギザだろうか?

 

「隊長、退きましょう? ここは怖いところですから……」

 

 シャニーナ大尉が妙に優しい気がする。

 いつもはふんすっ、と鼻息を荒くしているのに、どうしたんだろう。

 

『――見つけたっ! こいつだな!』

 

 ヤザンのネロトレーナーが白いガンダムMk2に斬りかかっている。

 アレクサンドロス級に有線接続されていたメガ・バズーカ・ランチャーを捨てた白いガンダムMk2は、抜刀してヤザン機に立ち向かう。

 

『戦場ではしゃぐ奴が悪いんだろ! 撃ってくれって言ってるようなもんじゃないかっ!』

『ダメよカミーユっ! その機体から離れてっ! やられるわ!』

『ネロなんかにガンダムが負けるわけないでしょう! エマさんが下がってください!』

『ぶっ殺してやる! 捕虜になれるたぁ思うなよっ!』

 

 援護のためか、黒いガンダムMk2たちが集まってくるが、アルファ任務部隊の面々が絡んでいき合流を阻止するところが見える。

 

 

 

 

 だが、そんな戦場の光景もだんだん離れていく。

 シャニーナ大尉のネロに、無理やり牽引されているからだ。

 

『くっ! 隊長、離れて!!』

 

 シャニーナ大尉が、こちらを放り出し、敵に対応する。

 彼女のネロトレーナーが何かと切り結んでいる。

 あれは、メッサーラか?

 

「シャニーナ、そいつは、そいつはダメだ……」

 

 シン少佐は、メッサーラの乗り手であるシロッコの強敵ぶりを熟知している。

 ゆえに、自分が立ち向かわなければ、シャニーナ大尉が死ぬ、と直感する。

 すでに自分がまともな判断力を失っていることはなんとなく感じているが、それでも、守るために戦うくらいは、できるはずだ。

 ただちにネロの肩部ミサイルランチャーを発射し、シャニーナ機を援護する。

 

『隊長っ! 余計なことしてないで逃げてください! ここはわたしが抑えます!』

「抑えられる相手じゃない! 援護するっ! フォーメーション1-1!」

 

 シン少佐とシャニーナ大尉の機体がV字に軌道をとる。

 敵に対して二方向から常に圧をかけるオーソドックスで強力な攻撃だ。

 

『――シャニーナ大尉といったな。そんな無神経な男など忘れて、こちらにこないか?』

 

 こちらのライフルなど無意味と言わんばかりにすべてを回避するシロッコ。

 

『うるさいっ! あなたみたいな女を使うことしか考えていない男に、誰がなびくもんですか!』

 

 こちらがミサイルランチャーでメッサーラの進路を制限する。

 そこに、呼吸を合わせて、シャニーナ機が突貫。

 サーベルを一閃させる。

 

『シャニーナ大尉。君が好きなその男は、歴史を作れない男だ。ただ生きて、ただ巻き込まれ、何もしない。今までその男が何か歴史を変えたか?』

 

 シャニーナ機のサーベルをいなし、メッサーラのクローが彼女の機体の腕を握りつぶす。

 彼女は直ちに腕部をパージして距離をとる。

 

『歴史を変えるかなんてどうでもいいです。わたしが好きだから。傍にいたいから、それでいいんですよ。そういうのが分からないから、あなたの心はそんなにも傲慢なのですね』

『――知った口を』

『わかりますよ。女になれなかった男の悔しさが、伝わってきますから』

 

 そこからのシャニーナ機の動きは、ともシン少佐の目では追えなかった。

 光の筋がただひたすらに交差し続けるさまは、光の精霊同士がただ舞っているようにしか見えず、NT同士の戦いについていけない己の未熟さを思い知らされる。

 

『浅かった!?』とシャニーナの声。

『殺すに忍びないが――覚悟!』

 

 シャニーナ機がメッサーラの左肩を切り飛ばしたが、可変機構を失ったシロッコの機体だが、まだ致命傷ではない。

 クローがまさにシャニーナ機のコックピットを抉ろうとしている。

 

『隊長、たすけ――!』

 

 間に合わない。

 ようやく目にとらえられたメッサーラとネロは射線軸が重なっている。

 撃てば、二人とも死ぬ。

 

『――っ、ちぃっ!! リュウ・ホセイかっ!』

 

 シロッコの舌打ち。

 直上からの閃光。

 一条のビームがシロッコとシャニーナを分かつ。

 

 直上から味方の信号を出したMSが援護に駆け付けたらしい。

 表示される情報によると、ホワイトベースⅡの艦載機のようだ。

 作戦司令部直掩機がわざわざ来てくれるなんて、どういうことだ?

 

『シャニーナ大尉下がっていろ』

 

 割り込んできてサーベルをメッサーラと合わせたのは、ジムカスタム高機動型だった。

 シン少佐は、そのジムカスタム高機動型に見覚えがあった。

 コックピットハッチ横に刻印してある『R.I.P. GOP』 の文字。

 かつてゴップ元帥からもらったその機体がベースであることの証明だ。

 

『リュウ・ホセイ! この期に及んで女一人のために……! 貴様なら、切り捨てられたはずだっ! 女のために何度繰り返すつもりだっ!』

『パプテマス・シロッコ、俺の弱さを許してくれ』

『神を気取ったなら、執着くらい捨てろ……くそっ、傍観する立場の私にも我慢の限界というやつが――』

 

 メッサーラが不利を悟ったのか、離脱しようとする。

 しかし、ジムカスタム高機動型が加速して、メッサーラに追いつく。

 GP01Fbの試験機ゆえ、背中に搭載しているユニバーサルブースターポッドの性能はガンダムGP01Fbとほぼ同等。

 その推力/質量比はのちのユニコーンガンダムに迫る。

 

 ゆえに、メッサーラは手も足も出ない。

 圧倒的な加速と急旋回をモノにしているジムカスタム高機動型によって、メッサーラは一瞬でバラバラにされ、シロッコが入ったインジェクションポッドだけが漂うばかりだ。

 

 シャニーナ大尉とシン少佐は、その圧倒的機動力を使いこなす技量に沈黙した。

 本来は一戦闘単位でしかないMSが、単機で戦局を打開できるだけの力がある、と勘違いさせるほどの、技量を見せつけられてしまった。

 

『――ここまでか』

 

 どこかあきらめたような声が、シャニーナ大尉とシン少佐に届く。

 

『あの、助けていただいて――』

『礼はいい。俺は――しくじった』

『え、何を……?』

 

 そして、ジムカスタム高機動型がシン少佐のネロに近づく。

 

『接触回線で聞こえているな、シン』

 

 彼の機体から有線接続されているようだ。

 シン少佐が、はい、と答える。

 

『イデ発動させる。せっかく俺がここまで頑張ってきたのも水の泡だ。言っておくが、お前にも責任がある。だからこそ、お前に行ってもらう』

 

 何を言っているのか全く分からなかった。

 ただ、通信先の男の声は疲れ果てていながら、闘志を失った様子はない。

 なにか、希望はあるといわんばかりだ。

 

『時間がない。ルールだけを伝えておく。イデの意識によって時空を超えたことを、あちらの時空の俺に知られるな。リュウ・ホセイが俺だと、俺に知られたときに、イデが発動する。発動するまでの時間は5分だ。もし次のシンに引き継ぐときは、渡した記録を必ず継承させろ』

 

 意味が分からなかった。

 ルール? ルールってなんなんだ?

 

『――いいか。ここからが本番だ。お前が守りたいもの、お前が幸せにしたいものは……お前は絶対に手に入れられない。サララも、ノエミィも、シャニーナもな。それでも、お前はやるんだよ。イングリッド、ギレン、モーラ、ジャミトフ、そしてレビルやシロッコ、ワイアットも、お前が間違えなけりゃ協力してくれる』

 

――UC0081年8月。お前のスタートはそこだ、と。

 

『ノエミィ・フジオカのこと、好きだったろ?』

 

 シン少佐は理解した。このジムカスタム高機動型に乗る男は、シンを知っている、と。

 

『宇野サララのこと、愛していただろう?』

 

 間違いない、この男は、俺だ。

 

『お前は――これからサララとノエミィの幻影を追い続けて、シャニーナを傷つけ続ける。そうなる前に、終わらせる』

「そんなことは――」

 

 強い口調で遮られる。

 

『そうなるんだよ! 俺が一番よく知っている……愛する人を傷つけることでしか生きられないクズ野郎になっちまう奴の気持ちを――モーラ、あいつに記録をインジェクションしてくれ』

『はいはーい。いやー残念やったな。愛するすべてを捨てて、成し遂げるんかと思うとったけど、やっぱシャニーナはんはダメやったかぁ』

 

 シン少佐の後頭部が痛む。なんだ、何をされている?

 

『……どうしてだろうな。この執着さえ捨てられれば、俺はうまくやれたはずなんだが』

『ええんちゃうか。うちは、あんたとここまで来れて楽しかったで』

「お前ら、一体何を――」

 

 シン少佐は言葉を失った。

 

 信じられないものを見た。

 イデオンソードの輝きが、地球を砕き割り、瓦礫が地球連邦艦隊を、そしてスペースコロニーを砕いていく様を。

 ラグランジュ点を喪失したサイドに浮かぶコロニー群は安定を失い、互いにぶつかり、ひしゃげて潰れていく。

 

 

 

 リュウ・ホセイは終わりゆく世界を眺めていた。

 自分もここまでだ。

 イデの力で世界移動を行った意思は、次のイデの発動時には排除される。

 イデは、傲慢を許容しない。

 一つの意識に何度でもやり直す機会を与えてくれるような、寛容な神ではないからだ。

 

「始まったか。モーラ。こちらのモーラに連絡は入れたのか?」

 

 瓦礫を回避しながら――と言っても、無数の瓦礫だ。いずれ巻き込まれて死ぬ。

 時間の問題でしかない。

 それでも、モーラと少し話す時間くらいは稼ぎ出したかった。

 

「こっちのモーラはギレンと過ごすんやとさ。うちはあんたと終わりを迎えるつもりやで。あんたも一人だと寂しいやろ」

 

 彼女のアバターが、眼前に映る。

 モーラの協力があったからこそ、やり直す決意ができた。

 ギレンが大衆の反乱を受けて倒れ、元の時空は閉塞が確定した。

 

 そんな中で、自分は何事にも無関心になりながら、愛してくれようとするシャニーナを傷つけるようなことばかりをしていた。酒や電子ドラッグのようなカワイイもんじゃない。

 いつしかシャニーナも去り、いよいよ死ぬかと覚悟を決めたその日に、モーラはこちらの量子脳に入ってきた。

 

 やりなおさへんか? と。

 

 そこから先は――苦労しかない。

 

「――最後まで、苦労をかけた」

「並行世界のどこかに、献身的うちがいてもええやろ」

「なぁ、イデに拒絶される俺たちの意識はどうなるんだろうな」

「さぁな。イデのおらん時空に飛ばされるんちゃうか」

 

 そうだったらいいな、とリュウ――失敗したシンは、祈る。

 

『た、隊長!』

『シャニーナ!』

 

 モニターに目をやると、まだ何もしていないシン少佐が、シャニーナ機に向かっている。

 破片の乱打で操縦不能になったネロトレーナに、シン少佐が機体を捨てて飛び移った。

 ハッチを解放し、中に飛び込むシン少佐。

 モーラがあちらのコックピット内カメラの映像を送ってくれる。

 おびえたシャニーナ大尉が座席で丸くなっていた。

 

『隊長……?』

 

 ハッチを締めたシン少佐が、シャニーナ大尉を抱き寄せる。

 

『大丈夫だ! 最後まで俺が隣にいる!』

『隊長、本当ですか? 本当に?』

 

 泣きながらすがるシャニーナに、シン少佐がしっかりとした口調で告げる。

 あれを、俺はできなかったんだな――と、失敗したシンは唇を噛む。

 後悔しかなかった。

 

『ああ。今だからちゃんと言うよ』

 

 シン少佐はヘルメットを取り払う。

 そして、シャニーナのヘルメットをとり、唇を奪う。

 

 失敗したシン少佐は、あのシンが何を思っているのか手に取るように分かった。

 愛するのが怖かったんだ。

 愛されたことがないから、誰かに愛されてしまったら……その幸せを失うことに耐えられないと分かっていたから……ただ逃げていただけのクズ野郎。

 そんな身勝手な想いを抱いてたその馬鹿野郎を許してやってくれ、シャニーナ、と願う。

 

 本当に愛してくれる人がシャニーナであることを知っていたからこそ、どこまでも彼女に甘えて、傷つける。

 

 事実――今でさえ、俺はシャニーナに死んでもらう。

 この世界を終わらせ、この時空の彼女の人生を閉ざす決断をしたのは、失敗したシン自身だ。

 本当にクズはクズ、さ。

 

「そんな最低野郎と添い遂げるうちは、けなげやなぁ」

 

 茶化すようにモーラが言った。

 

「本当に、そうだ。ありがとう」

「あんたは……ホンマ、最低野郎や。けど、前のあんたよりはマシだったわ。あいつは、自暴自棄になって逃げだして――うちらが探し出さんかったら、この世界移動すらできへんかったで」

 

 前任の数多のシンたちが積みあげた膨大な失敗の記録を捨てて、すべてから逃げようとしたのが、かつて元の世界に渡ってきたリュウ・ホセイだった。ああいう情けない自分にならないよう、こちらの世界に渡ってきてからはできる限りの手を打ってきた。

 とはいえ、ムラサメ研究所からの脱出が遅れたせいで、宇野サララを死なせてしまった。

 そこから、すべての歯車が狂っていった。この失敗事例の記録は渡してあるので、有効に使ってくれ、としか言えない。

 

「いうなよ。今の俺よりクズな俺がいたって事実は、一番俺がショックうけたんだからな……さて、アイツに最後の言葉くらい投げかけてやるか」

「待てぇい。空気読まんやっちゃな。アレが終わってからにせぇ」

 

 モーラに止められ、促されるとおりにモニタを見つめる。

 

 シャニーナを真剣に見つめる、シン少佐が映っている。 

 彼の口から出てくる言葉は、陳腐ながら真心を込めたものだった。

 

『誰よりも、愛してる。本当に……本当にすまなかった……』

 

 シャニーナを強く抱きしめながら、言い切った。

 だが、シャニーナはぐっと、シン少佐を押しのけ、ビンタをかます。

 

『馬鹿野郎! なんでもっと早く言ってくれないんですかっ!』

『???』

『人生最後の瞬間に言われたって――』

 

 さらにもう一発のビンタ。

 というよりも殴打。

 

『――幸せな時間が短すぎるでしょうが!』

『!?』

 

 シン少佐の鼻っ柱にキマるストレート。

 

『もっと……もっと早く言ってくれれば、わたしは――ずっと幸せだったのに……』

 

 そのままうずくまるシャニーナの姿。

 シン少佐が鼻血をたらしながら、寄り添う。

 

『す、すまない』

『いいんですよ。どうせ、わたしはかわいくない女です。もうすぐ死ぬのに、いま隊長をボコボコにしたくてたまらないんです。こんなに腹が立つのは、人生で初めてですよ』

『……』

 

 言葉を失い、ただ手をシャニーナの肩に乗せることしかできないシン少佐。

 

『――なんですか、捨てられた犬みたいな顔して』

『いや、返す言葉もなくて……』

 

 シン少佐がうつむいていると、シャニーナがシン少佐の顔をバチンと両手でつかむ。

 

『もし――わたしが昔に戻れたら、絶対、隊長と既成事実を作るように言います。それで、絶対に幸せになってやるんです。ゴップちゃんにも、ノエミィ姐さんにも絶対渡さない……隊長をわたしのものにするんです』

 

 そして、シャニーナの唇がシン少佐の唇をふさぐ。

 

『――シャニーナ』

『来世で会ったら、こんどこそ幸せにしてくださいね』

 

 シン少佐がキスで答える姿をみるリュウ・ホセイは、コックピットでヘルメットを投げ捨てた。

 もし自分が次の世界に行けるなら、今度こそうまくやれる。

 だが、行くのはあのバカなシンのほうだ。

 

「モーラ、俺たちの時みたいに、二人で時空の壁を超えさせてやれないか」

「無理やな。うちらの時みたいに、量子的な意味で一対になってない」

「結局、俺は、ここでもシャニーナを殺すことになるんだな。何一つ、うまくやれなかった……ひとつの時空を終わらせるってことは、皆殺しってことと同じだからな。ガノタってのは、トミノの軛から逃れられないのか」

 

 後悔の言葉をはき出す彼に、モーラが失笑する。

 

「なーにをいまさら。ギレンはんなんて、未来のために人類半分始末しとったで。イデなんて使わずにな」

「理解の及ばない英雄と、ただのガノタの俺を一緒にするなよ」

 

 ジムカスタム高機動型は、小学生レベルのキスを繰り返す二人が乗りこんでいる損傷だらけのネロトレーナーをかばうように抱きかかえる。

 

 すでに死を覚悟している失敗したシンは、不安であろうシャニーナのために、ネロトレーナーのコックピットの中に、記録してきた様々な映像や写真を電送してやる。シンのことははっきり言ってどうでもいい。お前は苦労する義務がある、としか思えない。

 

 モーラとギレンが陰謀を企んでいる密室や、ゴップがシンをシバき倒すところ、ノエミィ・フジオカの結婚式で号泣するシンとフンスつくシャニーナ。

 そして、アルファ任務部隊の集合写真。

 とどめに、シンとシャニーナがずっと過ごしてきた日々を切り取った写真。

 あいつらにとって、一番幸せだった時間の記録を、流せるだけ流してやる。

 

 こちらのコックピットには、ただ肩を抱き合ってそれを眺める二人の映像が映っている。

 

「時間、やな」

 

 モーラが消えていく。

 リュウ・ホセイの体も、消えていくのがわかる。

 

「――いいか、これは、ガノタの、ガノタによる、ガノタのための、歴史改変チャレンジだ。あきらめるなよ。お前の内なるガノタを信じろ。ガノタなら、ハッピーエンドの一つくらいつかめるだろう?」

 

 しくじったシンは、新しい世界に行くシンに言葉を贈る。

 通じたかどうかは分からない。

 ただ、わかっていることは――失敗した宇宙が終わることだけだ。

 イデが引き寄せたプレーン同士の接触。

 フル・フロンタルがみた時の最果ての冷たさを、その時空にいたすべての生命体がその身で知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手術室、だろうか。大型のライトが自分にあたっていて、目がくらむ。

 

「だから言ったんですよ。量子脳の移設は早すぎました。脳をいじりすぎて、肝心のNTサンプルを一つ失った形になります」

 

 手術台の脇で、手術衣に身を包んだものたちが何か話し込んでいる。

 

「……このまま何の成果も出せなかったら、ムラサメ研究所は閉鎖だぞ? ただでさえゴップのところに後れをとっているんだ」

「確かに――逆に考えよう。人と機械の融合、サイバネティクスを我々は推進し、それをニュータイプと再定義するんだ。いわゆる有機人類をオールドタイプとするならば、バイオエンジニアリングされた人類は新しい人類の形、だろ?」

「同意するけど、私たちはまだ肝心の『人間』とやらを、量子脳っていう機械のほうに移せてないわ」

 

 シンはなぜか手術台に拘束されているが、すでに手足を拘束するそれらは緩んでいた。

 彼はそれに力を込めて引き抜く。手首が擦り剝けて、血が流れている。

 そして、ゆっくりと上体を起こす。

 血に汚れた着衣は、なにか自分の体に手をくわえられたのであろうと推論するに十分なものであった。

 

「!!」

「おい、起きてるぞ……」

 

 手術衣の連中が、恐る恐るこちらの様子をうかがっている。

 

「――水を、くれませんか」

 

 シンは渇きを覚えていた。

 ただ水を要求しただけだが、手術衣の連中は「おおっ!」と互いに見合わせながら、歓声をあげた。

 即座に内線で呼び出されたらしい武装した警備員たちがやってきた。

 一人の警備員が水を入れたコップを手渡してくれたが、ほかの警備員たちは銃を構えている。

 

 シンは水を飲み干す。

 しみるうまさだった。

 

「おい、立てるか?」と手術衣の連中の一人が声をかけてくる。

「どうだろう」

 

 シンはゆっくりと床に降り立つ。

 ふらついたが、警備員たちが脇を支える。

 よろよろ、と二、三歩あるいたところで、手術衣の連中が拍手をした。

 

「運動野も機能しているぞ」

「大成果だ。えー、キミ……リュウ・ホセイくん、だったかな」

 

 資料に目をやりながら、手術衣の連中の一人が言った。

 

「まずはしっかりと療養しよう。細かい話はそれからだ」

 

 そうだそうだ、と研究員らしき連中が同意して、あれこれと手配にかかる。

 警備員に連れ添われるように、リュウ・ホセイは厳重なセキュリティが施された個室に案内された。

 

 ベッドに寝かしつけられ、専門医と思しき連中が術後経過を観察しに、たびたび出入りするようになった。

 

 シンは睡眠とあいまいな覚醒を繰り返す。

 

 

 

 何日が経過しただろうか。

 真っ白な病室で、リュウ・ホセイはベッドに腰かけている。

 視界に映るMR(Mixed Reality)UIに表示されている時計は、ちょうどUC0081年9月に入ったばかりを指している。

 

 ようやく、頭がまともに働くようになり――自分の量子脳とMRの連携を自主トレし始める。

 手始めに――リュウ・ホセイは視界のMRにフォトフレームを浮かべる。引き継いできた皆の写真をながめて、一人一人を思い出す。

 

 どの写真も心を動かされた。

 

 一枚一枚を見ていくことで、何をすべきかを思い出していく。

 なぜここにいるのか、どういう理由でここにやってきたのか――フォト一枚ごとに込められた圧縮情報を、ゆっくりと解凍していく。

 

 リュウ・ホセイ――いや、シンは一筋の涙を流す。

 彼は親指で涙をぬぐう。

 

「――やってやる。同じ過ちは、繰り返さない」と、彼は静かにつぶやいた。

 

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