シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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第三六話 0081 ムラサメ研究所(中)

 

 ムラサメ研究所の朝は様々である。

 奉仕者それぞれによってカリキュラムが違うためだ。

 例えば、本日のリュウは0600起床。トレーニングウェアに着替え簡単な朝食を済ませると、0800~0900までフィジカルトレーニング。15分のシャワー休憩後、学問的な研鑽を積む時間を1200まで続ける。

 とはいえ、リュウにとっては量子脳の仕様により、知識の習得自体は文字通りマイクロ秒で終わり、その使い方や社会にどう実装されているかというメソッドのほうが重視される。

 これは担当の研究者――時には何も知らされていない外部講師によるオンライン講義のときもあるが、当然その会話ログは記録される。

 

 リュウ・ホセイは学科の際はいかにも従順にふるまいながら、様々な内職に励む、

 活動資金を作るための金融取引AIを改善し、その資金を謎の財団たるロームフェラ財団に流し込む。もちろんガノタ記憶から引っ張ったそれである。

 ロームフェラ財団という言葉に反応し、こちらを嗅ぎまわったヤツはガノタだ。

 ガノタを釣るための撒き餌と言ってもいい。こちらの露骨な撒き餌に引っ掛かるような知恵の回らないガノタは適切に処分しておきたい。

 

 このロームフェラ財団は現在ベルギー貴族社会の子弟に対する寄宿舎事業と各種学校支援、そして奨学金事業をメインとしている。貴族とて人の親であるので、戦後のただならぬ経済状況の中、子を安心して預けられる環境を欲していた。

 金を学校に流し込み、貴族の受け入れ枠を作らせ、そこの困窮している貴族子弟をどんどん放り込んでいく。生活資金の面倒はロームフェラ財団がみる――ここで重要なことは、見返りを求めないことだ。

 貴族社会は名望主義であり、もっとも重んじられるのは名誉である。

 慈善事業――金はきれいに使い、名誉を買うのが上流社会の流儀である。

 

『――以上が、財団の収支報告になります。このひと月でベルギー貴族社会はロームフェラ財団のことでもちきりですよ』

 

 そう告げるカムラン会計士は、非常に有能であり、使い勝手のいい男である。

 サイド6で監察官をやっていた彼に非公開求人でコンタクトをとり、『見返りにミライ・ヤシマの情報を教える』と言ってやるだけで、サイド6監察官のジョブを捨てて会計士として手駒になってくれた。

 原作と違い、ホワイトベースがサイド6に寄っていないため、カムランはミライの行方をつかんでいないのを利用した。

 

「(そのまま金をばらまき続けてくれ)」

『はい。皆様はウィルビウス・ソレル伯爵に一目お目にかかりたいと切望しておられますが、いかがしますか?』

 

 ソレル家に養子入りしたウィルビウスという市民データを作り上げ、リュウはそれを利用していた。もちろん、金をソレル家に突っ込む代わりに、爵位を継承させた。

 

「(いまは時期ではない。ソレル伯爵家の親族すべてを買収済みとはいえ、全員の弱みを握っているわけではない。利害関係者全員の弱みを握り、必ず報復できるようになってからだ)」

『かしこまりました。新参者らしい慎重さですので、むしろ好感は増すでしょう』

 

 カムラン・ブルームはヤシマ家が姻戚関係を結ぶにふさわしいと判断した上流階級出身である。

 彼を手に入れた理由の一つに、上流社会に溶け込む能力があり、適切なふるまい方を知っているという点があげられる。

 

「(ところでカムラン君、ミランダ嬢とは進展があったのかね?)」

 

 サイド6の頃の公務員生活と違い、ロームフェラ財団の代理人兼会計士という仕事は社交界での出会いが多い。カムランはミライの結婚と妊娠という事実をうけ、一時は呆然自失であったが、そんなものは出会いラッシュで何とかなる。

 

『ま、まぁ……今度、デートの約束があります』

「(接交費を自由に使え。どうせ使い切れる金の量じゃない)」

『い、一度言ってみたいセリフですね』

 

 こまごまとした決裁書類にウィルビウス・ソレル伯爵としての量子サインを行い、カムランとの通信を終える。

 すでに時計の針は1200に迫っており、外部講師が講義の締めくくりに入っている。

 リュウはあたりさわりのない質疑応答を終えて、相手を満足させて講義を終える。

 

 

 

 昼食をとっていると、ほぼ確実にアン・ムラサメがやってきてあれこれと彼女自身の話をする。リュウはそれをうんうんと聞いてやる。会話を聞くということは、こちらから何かを話す以上に価値がある。

 気持ちよく話をバラまけた彼女は、満足げに「んじゃ、またねザコおじさんっ!」と言って帰っていくからだ。どんな内容を話したかはログに記録があるため、聞いてなかったでしょっ、という怒りのシナリオは発生しえない。

 

「リュウ大尉、だったね?」

 

 化学的なフレーバーがするバイオ紅茶を飲んでいると、ゼロ・ムラサメが対面に座った。

 彼は合成コーヒーを手にしている。

 

「やぁ、ゼロ大尉。会話を交わすのは初めてですね」と先任大尉であるゼロ・ムラサメには丁寧に接しておく。

 

「ああ。君は――そろそろ実戦投入されるのかい?」

 

 率直な質問だった。これは機密保持テストを兼ねているのだろう、と判断する。

 

「お答えしかねます。開示要求資格を提示していただければ説明いたします」

 

 規則通り、である。

 軍隊というところは任務ごとに誰がどれだけの情報を知るべきかコントロールされていたりする。いわゆるセキュリティ・クリアランスである。

 

「そうか。思ったより口が堅いんだね」

「はい、仕事ですから」

「いいね。合格だよ、合格。今日から僕のバディだよ、リュウ大尉」

 

 ゼロ大尉がそういうと、どこからともなく研究員がやってきた。

 こちらにさっと端末を差し出してくる。

 内容は――典型的な演習任務であった。アグレッサー役をやれ、ということだ。

 ただし、その相手というのはトロイホース隊である。

 考えるだけで胸が苦しくなる。

 内容は、月に出向き、対NT演習をやる、とある。

 UC0081年11月の半ばだそうだ。

 

「ゼロ大尉とリュウ大尉には、これからバディを組んでもらい、地球連邦軍の対NT戦術研究に従事してもらうことになる。頑張って君たちの有用性を皆に見せつけてきてくれ」

 

 先生がそう告げる。

 リュウとしては、狙い通りであった。ムラサメ研究所を強化人間製造センターとして運用するだけでは、その価値を認めさせることはできないはずだとドクター・ムラサメ相手に相談した成果が出た。

 手っ取り早く、地球連邦軍そのものの演習に必須の機関であるというポジションを確立し、保健衛生大臣官房の役人連中が「なるほど」とわかりやすく有用性を理解できるようにすべきだ、と。

 

「リュウ大尉、ドクター・ムラサメが、話したい、と」

 

 先生に促され、リュウはゼロに手を振って分かれる。

 彼も行って来いと手を振っているので、互いの間にまだわだかまりはなさそうだ。

 人間関係は慎重に構築していかないと、とリュウは彼の表情などをしっかり記録しておく。

 

 

 

 ドクター・ムラサメの研究室に案内され、入室する。

 彼の専門はバイオサイエンスであるから、ラボラトリは別の場所にあり、ここは単なる事務仕事や応接に使用する部屋でしかない。

 そのため、実験器具的なものは一切なく、事務机と、来客用のソファ及びテーブルがあるくらいだ。ただ、壁の一面がガラスになっていて、信州の広大な緑地を見下ろせるようになっている。遠くには演習場たるクレータもみえる。

 

「リュウ・ムラサメ大尉、入ります」と敬礼。

「結構。楽にしたまえ」

 

 ソファに案内され、座る二人。

 

「リュウ大尉、君と話をした通り、軍部に提案をしてみた。意外にもゴップ元帥が対NT戦術開発に最も興味をもって驚いた。ゴップ元帥というのは戦争を知らないものだと思っていたのでね。一年戦争ではずっとジャブローにこもっていたと聞く」

 

 おそらく、戦争を理解していないのはあなた方ムラサメ研究所のほうですよ、とは口が裂けても言わない。

 

「ドクター・ムラサメ、軍のパワーゲームには決して参加してはいけません。あくまで予算取りのために軍との関係を深めるに留めるべきです」

「それが――君の量子脳が導き出した結論かね?」

「はい」

 

 なるほど、とドクター・ムラサメは頷く。

 

「ところで……」

 

 ドクター・ムラサメがにやりと唇の形を変える。

 リュウ・ホセイはこの事務室に仕掛けられているマイク群とセンサ、そしてカメラのストリームにアクセスし、その内容の改ざんを始める。

 事前に合成してきた映像データと音声データを配信しておく。

 

「こちらです」

 

 ドクターから預かっている小型記録デバイスを渡す。株価予測データが入っている。

 ドクター・ムラサメは家族思いの普通の男であり、その家族とやらは基本的に金がかかる。いい寄宿学校に通わせるにせよ、妻につつがない暮らしをさせるにせよ、体面を保つため、あるいは品位ある暮らしを保つためには金が要るのだ。

 

「――ログは残っておらんのだな? 監視機能は?」

「この部屋はすべてクラック済みです。俺は常にドクター・ムラサメの味方ですよ」

 

 ちらりと、この事務室兼応接室に置いてある端末を見やる。

 

「ふむ。しかし――なぜ君はこう、私に感謝してくれるのかね」

「こいつをもらったからですよ。いわば恩返しです」と頭を指さす。

「……まぁいい。私は君が忠実に利益をもたらしてくれる限り、何も言うまい」

 

 逆だ。言えないのだ。

 すでに強化人間を私的利用して私財を増やしている事実があり、もう抜け出せない。

今まで学術研究以外に身を立てる方法を知らなかった研究員たちを、金で篭絡していくのはとても面白かった。

 ここでドクター・ムラサメは自分だけが得をしていると思い込んでいるようだが――『先生』たちはすでに、こちらの金融商品予測データに依存する奴隷になっている。

 彼ら、彼女らは強化人間たるリュウが馬鹿正直で素直なのを利用しているつもりなのだろうが、逆である。

 やつらの金を増やすために、アレが必要、これが必要と言えば、やつらはすべて己の利益のために用意してくれる。

 戦後、という環境――何をするにも金がかかり、常に金が入用になる世界のおかげで、リュウは研究所の支配権をほぼ確立しつつある。

 

 あとは、内側の利益供与だけでなく、組織図の中にロームフェラ財団の意志通り動く人員を送りこめばゴールである。

 

「それより博士。この研究プロジェクトですが、もっといいプランがありますよ」

 

 リュウは研究員の一人から提出されているアン・ムラサメの量子脳計画について、異議を申し立てる。

 ゼロとアンは能力的に似通っているため、将来的に人格に問題がありそうなアンのほうをリュウのように量子脳装備型に切り替える実験体に使用したい、というプランだ。

 こんなアホな計画を進めたら、貴重な手勢を失ってしまうことになりかねないため、是が非でも阻止しておく。

 

「量子脳装備の奉仕者を増やしていく、という方針は間違っていないと思うが」

「問題は成功率ですよ。アン・ムラサメ少尉はパイロットとしては使えます。これを潰してしまった場合、ムラサメ研究所の貴重な武力が減るわけです」

「こちらにはファントムがあるではないか」

 

 ドクター・ムラサメが、窓の外の森林地帯に潜んでいるジムコマンドを立ちあがらせる。

 ムラサメ研究所の保安のために、強力な無人MSが配備されているのだ。ある意味、強化人間の反乱を抑止する最終手段と認識しているのかもしれない。

 

「ドクター・ムラサメ、その認識は甘いですよ。ファントムの命令権は政府からドクターに与えられたものです。それは政府の意思次第では、権限剥奪や書き換えができるということです」

 

 つまり、政府が強引にムラサメ研究所を武力制圧するシナリオとてありうる、ということだと説明する。パワーゲームの素人であるムラサメ研究所の先生方は、自分たちは常に安全だと誤認しているところがある。

 

「もしムラサメ研究所の研究内容を隠ぺいしよう、と政府が決断したらどうなるか、お分かりですよね?」

「ば、バカな……あれが我々を焼き払うというのか?」

「そういう可能性を、ここがはじき出しています」

 

 リュウは頭を指さすが、むしろゴップらのパワーゲームを知っている普通の人間でもたどり着く結論でもある。

 

「ですから、手持ち戦力は持っておいたほうがいいのです。ファントムはいつ裏切るかわかりませんが、アンやゼロは裏切りませんよ。そう教育したのはあなたじゃないですか?」

「た、確かに」

 

 それで納得してしまうのは、本当に政治に向いていないということだぞ、とリュウは内心で苦笑するしかない。

 あるいは、自分たちの研究成果に絶対の自信を持つ彼ら、彼女ら固有の思考回路なのかもしれない。

 

「それで、代替案というのは?」

「簡単ですよ。適当に死刑判決か終身刑を食らった連中を連れてきてください。量子脳に人間とやらを移すノウハウを研究するだけなら、数が必要です」

「しかし、そう都合よく手配できるかね? 連邦政府は一応、法治主義だ。死刑は死刑制度に基づいて処理されねばならないし、遺族に遺体を返す義務もある」

 

 突然まともなことを言い出したドクター・ムラサメ。

 マッドサイエンティストらしく、ここは常識を忘れてもらいたいものだ。

 

「確かに、足がつきますね。そこでこちらです」

 

 リュウは地球連邦政府特殊警察機構なる組織図と、その根拠法令をドクター・ムラサメに提示する。

 

「不法滞在者の摘発と強制宇宙移送?」

 

 ドクター・ムラサメは今年設立されたそれを知らなかったようだ。

 

「らしいです。さて、不法滞在在者をコロニーに送る、という点を利活用してみてはいかがでしょうか?」

 

 例えば、開拓地送りとされるが、開拓地はムラサメ研究所だった、など。

 リュウは自分がどんどん悪党になっていることを自覚する。

 女たちのために、容赦なく他人を犠牲にしていく俺はロクな死に方をしないな、と自嘲するほかない。

 やると決めたのだ。

 ただ愛を叫ぶバケモノになってやる。

 

「君、それは……ただの民間人を使った人体実験だぞ? バレたら――」

「バレませんよ。私がいるんですから」

 

 そしてリュウ・ホセイは窓の外を見る。

 ドクター・ムラサメもつられてそちらを向いた。

 

「ヒィッ……」

 

 ドクター・ムラサメがソファから転げ落ちる。

 窓にはでかでかとジムコマンドの顔が映っているのだ。

 こちらをじっと見ている。

 

「ドクター。やりましょう。もしNoなら、一緒に死んでください」

 

 ジムコマンドの頭部バルカンを指さす。

 60㎜バルカンなどという頭のオカシイ大口径弾を生身の人間が食らえば、ミンチより酷くなる。

 

「き、君、まさか……ファントムを乗っ取れるのか?」

「当然ですよ、ドクター・ムラサメ。私はいつでもドクターを守りたい。そのためなら何でもします」

 

 ドクター・ムラサメが頭に埋め込んでいるであろうインプラント通信経由で、何かを研究員に伝えようとしたので、そのログに『いつでも見ていますよ』とレスを返しておく。

 

「!?」

 

 ドクター・ムラサメの目には明らかに恐怖の色が浮かんでいる。

 だが、リュウは彼の肩に手を置き、こう告げる。

 

「ドクター、本物のバケモノというやつは、人間の形をしているそうです」

 

 

 

 

 UC0081年10月末。信州の高山地帯はいよいよ冷え込んできた。

 木々の葉も少しずつ色が変わり始めており、季節が秋へと移ろいつつあるのがわかる。

 研究員たちはマンハンターから買ってきた老若男女で日々人体実験を繰り返し、量子脳への人間の移植プロセスを完成させようと必死だ。

 当然、試行回数が多くなれば得られるデータも多くなり、日々新たな発見が生まれる。

 リュウ・ホセイは青白い顔をしたドクター・ムラサメから、毎日執務室で、彼自身からそのレポートを受けていた。

 

「いいですね、ドクター。素晴らしい成果だ」

 

 生体脳の情報を量子脳に移す場合、先に脳にインプラントを行い、思考アルゴリズムを抽出しておいたほうが無難であることが分かったそうだ。

 何人犠牲にしたかは知らないが、進捗はある。

 

「必死にもなる。君を倒しうる量子脳保有者を生み出さねば……私は穏やかに眠れん」

 

 率直なお気持ちを頂戴し、リュウ・ホセイはうんうんと頷く。

 

「それは素晴らしい。ただ、俺の後輩がドクターに忠実に従う保証はないですよ? 少なくとも俺は、ドクターにとても忠実です」

 

 ムラサメ研究所を支配するためには、穏便な関係など構築することは不可能だ。

 ドクターとは真摯に利害関係で向き合っていきたい。

 

「――私の家族は、絶対守ってくれるんだろうな?」

「もちろんです。ドクターにはすべて差し上げますよ。富も、学術的成果も、地位も。ドクターが俺を売らない限り、という条件はありますが」

 

 すでに力関係は逆転している。

 あとはドクター・ムラサメのメンタルが壊れないように調整しながら締め上げ続けるだけだ。罪を共有させ、富を共有した以上、もはや逃れられまい。

 

「くそっ、どうしてこうなった……」

「ご自身の胸に手を当てて聞いてみたらいかがでしょうか。さて、俺は来週から月旅行です。しばらく心穏やかに過ごせるんじゃないでしょうか? ドクター」

「そのまま都合よく事故死してくれんかね?」

「私が死んだら、ムラサメ研究所の非道な研究内容はすべて暴露されますよ」

「くっ、外道め……」

 

 外道なのはお互い様である。

 悪党同士がののしり合う様ほどバカげたものはない。

 

「では、ドクター。量子脳研究を進めておいてください。その研究結果を手土産にすれば、ゴップ元帥と誼を結べますよ」

「そんなわけあるか。ゴップ元帥はムラサメ研究所の実験は気に食わない、とジャブローで話しているそうだぞ」

「ほう? そのお話はどこから?」

 

 実は知っている。

 ドクター・ムラサメがゴップ傘下のジャブローのニュータイプ研究所に弟子を送り込んでいて、互いの内情を時たま私的通信でやり取りしていることを。

 互いに本当にリスクのある情報は共有せず、ただ量子脳に対する記憶移植ついて希望が見えてきた、などという概要だけだ。

 

「……」

「すみませんね、冗談ですよ。ドクター、それはゴップ元帥のメッセージです。興味がある、というね」

「馬鹿にしているのか? 嫌っていると明確に言っていたぞ」

「いいですか、本当にどうでもいい状態を無関心といいます。嫌いだ、と言っているのはその内容に興味を持ち、調べ、何かが気に食わなかったという意味です。つまり、気に入る何かを持っているなら見せにこい、という合図です」

 

 相変わらずゴップ元帥は回りくどいことをしているな、とリュウは苦笑する。

 

「――本当かね?」

「もちろんですよ。試しにメッセージでも入れてください。数日もしないうちに秘書から返事がありますよ。その件について興味はないが、別件で話がある、とかね」

「むぅ、政治屋というのはよくわからんが……それで私は、軍の中枢とつながりを持てる、ということだな? 保健衛生官房の官僚なんぞに頭を下げるよりは、マシか」

 

 何がマシなのかリュウには皆目分からなかった。

 ゴップ元帥の子飼いになる意味を知っているリュウは、ドクター・ムラサメの致命的に低い政治センスを憐れんだ。

 

「まぁ、うまくやってください。俺は月で遊んできますよ――あ、ちゃんと月からでも皆さんを見守っていますからね」

「そのまま月で美人でも見つけて脱走してくれんかね」

 

 本音だろう。消えてくれという熱い思いがヒシヒシと伝わってくる。

 

「わかりました。月で美人を見つけたら、考えます」

「ほ、ほんとうかっ!?」

 

 ドクター、あなたのそういうところが、センスがないんですよ、とリュウはかぶりを振った。

 

 

 

 

 UC0081年11月初頭、リュウ・ホセイとゼロ・ムラサメはムラサメ研究所のエンジニアたちとともに輸送機の窓から月面のフォンブラウン市を見下ろしていた。

 かつて、ここでノエミィ・フジオカと甘く苦い恋に身を焦がしたことを思い出す。イオと出会い、ガノタとしてのJAZZセッションをキメ、アムロとも戦った。

 月には、楽しかった記憶だけがある。

 

「リュウ大尉、君がそんな目をするのは初めてだね」

 

 隣の席に座るゼロ大尉が茶化してくる。原作と違い、ガチエリート強化人間養成機関と化していたムラサメ研究所のおかげで、身も心もまっすぐな連邦に忠誠を誓う超人として育て上げられているゼロは、はっきり言って好青年である。

 なんでこの研究成果があるのに、アン・ムラサメなんてのが仕上がってしまったのか理解に苦しむ。

 

「ゼロ大尉、俺は月の街並みが好きなんですよ。見えますか、あのアナハイムの私設宇宙港。一企業があんなでかいのを作ってるんです。ここは、金さえあれば飛ぶ鳥も落ちるような、そういう自由な都市なんですよ」

「確かに、自由と秩序が形になったような街だね。でも、僕は信州の山と森が好きだよ。こういう躍動感のある世界より、静かで、川のせせらぎが聞こえるようなところのほうが居心地がいいんだ」

 

 互いの性格が違っているからだと思うが、リュウはゼロのことが気に入っていた。

 ゼロもまたリュウとはよく話すようになった。ログに残るからこそ互いに不用意な会話はしないが、出来るだけ互いの本心を、公的なレトリックに乗せて互いに交わすようになっている。

 悪党の自覚があるリュウにとって、唯一友人と呼んでもいい存在なのかもしれない。

 

「川のせせらぎ、ですか。ゼロ大尉の戦い方は、どちらかというと疾風怒濤ですけどね」

 

 大火力と機動力で押し切る、という単純な戦いを好むのが彼だ。ゼロ・ムラサメ専用にチューニングされたペイルライダーDⅡは、ガトリング砲とメガビームランチャー、有線ミサイルシステムをユニット化した兵装システム『シェキナー』を振り回し、戦場で敵を圧倒する。

 

「僕は一度、リュウ大尉と対抗演習をしてみたかったけど――トロイホース隊とやらとの演習が終わったら、どうだい?」

「構わないぜ。手合わせ願おうじゃないか」

 

 ムラサメ研究所はバトルジャンキーの巣窟なのか、そうなるように仕向けられているのか定かではないが、とにかくMS演習が大好きだ。先生方も賭博の種にしている上、奉仕員たちもMSに対する好奇心はかなりのものだ。

 普通に強化されたスーパーソルジャーを生み出すなら、指揮官型のようなものがいてもおかしくないのだが、そこらへんは軍事というものを深く探求していない先生方のやらかしなのだろう。

 そのおかげで、好き放題やらせてもらっているわけだが(もし頭の切れまくる奉仕員がいた日には、さすがにリュウも研究所での振る舞いを変える必要がある)。

 

 

 

 指定の宇宙港に降下した輸送機から降り立ったムラサメ研チームは、事前に指図されていた通りに、アナハイム系資本が入っているカフェテラスへと向かう。

 もちろん、途中の入国ゲートにてフォンブラウン市の職員から入国目的などを問われるが、公用とだけ答え、提出データを出せばスムーズに事が運んだ。

 フォンブラウン市は政治的にはジオンの影響下にあるが、決して連邦を敵に回しているわけではない。

 そもそも経済活動における敵というのは、利潤の追求を邪魔するもののことを指す。

 連邦もジオンも利潤をバラまくお客様であることから、敵になろうはずがない。

 

 さて、指定されたカフェテラスでカフェラテなどを楽しんでいると、カジュアルスーツスタイルと男と、アメカジの女の子がやってきた。

 

 リュウの胸が締め付けられる。

 シン大尉の腕をとっている彼女の姿を一目見ただけで、これほどに心かき乱されるとは思ってもいなかった。

 もし自分が運命を変えなければならないという重力に縛られていなければ、今すぐに抱き寄せて唇を奪っているだろう。

 

「どうしたんだい? リュウ大尉。バイタルが乱れているようだが」

「いや、研究所の外の人と会って話すのは初めてで、緊張している」

「あぁ、確かに、さっき税関でも声が上ずってたね」

 

 くすくすと笑うゼロ大尉の心中は分からない。彼とて強化人間だ。NT並にこちらの心を読んでいるかもしれないと思うと、油断はできない。

 たとえ友とて、信じるわけにはいかないのだ。それが、地獄への道を突き進みながら誰かを救うということだ。

 

「え、ようこそ、アグレッサー部隊の皆さん。ゴップ元帥から話は聞いています」

 

 シン大尉が軽く敬礼するが、その腕をシャニーナ少尉候補生がつかんで降ろさせる。

 馬鹿野郎、ここでは軍隊感をだすんじゃねぇよ、とリュウはシンを見ていら立ちを覚える。

 

「んもーっ、隊長、何やってるんですか。あちらの方がすごく不愉快そうですよ」

 

 シャニーナ少尉候補生がすみませんっ、と頭を下げてくるので、軽く手を振って制しておく。

 頭を下げなきゃならんのは俺のほうだよ――などとは言わない。

 

「(リュウ大尉、本当に大丈夫か?)」

 

 こちらのバイタルの乱れを察したゼロ大尉が耳打ちをしてくる。

 

「(ああ。やっぱり外の人相手だと……すごく緊張するな)」

「(大丈夫、僕がついていてあげるから)」

 

 ぽんぽん、と軽く肩を彼に叩かれる。ゼロ、お前なんていいやつなんだ、と使命のために冷徹になっている心が溶かされそうになり、踏みとどまった。

 

「えっと、シン大尉とシャニーナ少尉候補生だったね。僕はゼロ大尉だ。もちろんコードネームさ。こっちはリュウ大尉。こちらもコードネームだからね」

 

 ゼロに促される形で、かるく頭を下げておく。なんであのバカに頭を下げなきゃならんのだ、という己に対する怒りが一瞬沸き立つが、押し殺しておく。これはシャニーナに頭を下げているんだ、と変換する。

 

「今回は君たちトロイホース隊にNT戦闘を体験してもらうために来たんだ。対抗演習は2日後からだけど、機体の調整は大丈夫そうかい?」

 

 事前にレクされているデータによると、トロイホース隊は月面での兵装受領とNT対抗演習を受講した後、地球に向かい、大気圏突入からの緊急展開演習、そして地球一周航海をすることになるそうだ。

 NT対抗演習以外はあの頃と同じだ――だが、さっそく歴史改変の影響が現れたな、と小さな変化にも注意する。

 目の前でへらへらしながらシャニーナ少尉候補生と戯れている男とこちらでは、魂の面構えが違う。

 

「はっ。ゼロ大尉殿、我々は教導を受ける身ですので、受領機体の慣熟は始めております」

 

 シン大尉が答えた。

 当時のトロイホース隊には、ジムカスタムを主力として、一部ジムキャノンⅡが配備されていた。ゴップ子飼いのエリートタスクフォースである。

 

「よろしい」とゼロが頷く。

「えー、ゼロ大尉、指定のホテルまで案内させていただきます。荷物のほうはあちらに。簡単ながら月の観光案内などいかがで?」

 

 シン大尉がパーサーロボを指した。

 

「わかった。みんな、荷物を預けてシン大尉のご相伴に預かろうじゃないか」

 

 ゼロ大尉が言うと、エンジニアと――エンジニアに偽装している先生がそれでいい、という同意を向けてくる。これは対人関係形成試験でもあるからだ。どこまでもこちらは人間兵器。しっかりとデータ収集されるモルモットである。

 

「お、さっすがゼロ大尉、話がわかりますな」

 

 ゼロ・ムラサメに出会えたことがうれしいと顔に出ているガノタ野郎にパンチを繰り出しそうになるが自重しておく。

 なお、あちらはこちらに何一つ気づいていない。もう出会って5分経過したがイデは発動していないからだ。

 

 原作のリュウ・ホセイと違い、リュウ・ムラサメはクロヒョウのようにしなやかに痩せた、野性味あふれる男に仕上げてある。

 ツーブロックのドレッドヘアをキメた、いかにも猛者パイロット感を出している偽装は大成功のようだ。

 あのガノタ野郎に気付かれたらそれこそイデ発動で終わりなので、最善を尽くしておいて良かった。

 

「あの」

 

 荷物をパーサーロボに積んでいると、シャニーナ少尉候補生が話しかけてきた。

 なお、シン大尉はゼロ大尉となにやら盛り上がっている。

 

「なんでしょうか、シャニーナ少尉候補生」

「いえ、その、どこかの戦場でお会いしたことありますか? 一緒に戦列に立った感じがするんです」

 

 こちらを上目遣いで見上げるシャニーナの表情に、やられそうになる。

 現状は、大破。かろうじて脱出可能、である。

 

「ええ。星一号作戦でWフィールドに」

「あぁ! なるほどっ。だからなんだか懐かしい感じがしたんですねっ! わたしもWフィールドだったんです」

「任務秘密ゆえ詳細はダメですが、DFo883を御存じで?」

「はいっ、うわぁ、ほんとうにWフィールドを知ってる人と久しぶりに会いましたっ」

 

 そうかそうかと機嫌が良くなったシャニーナの心境を察する。

 このころのシャニーナはまだジャブロー軍官学校の最終課題――実部隊教導訓練を受けている立場だ。教員養成課程の教育実習のようなもので、少尉に任官するために少尉候補生として実際に軍艦や部隊に飛び込んでいき、現場の士官に教導を受ける立場である。

 士官に任官する際の最大の通過儀礼、と言ってもいいだろうが、ストレスは大きい。

 

 実際にトロイホース隊に来てみれば、ストレスマッハでいらいらしているクリス少佐や、事あるごとにお祭り騒ぎをしたがるシン大尉、男女構わずイケナイ遊びを教えてくるヤザン少尉とラムサス、ダンケルなどという面々に『教導』という名の雑用や遊びに突き合わされてストレスがマックス状態――というのを今なら察することができる。

 

「あの、リュウ大尉」

「なんでしょうか」

 

 シャニーナがこちらを見上げて頼み込んできた。

 

「うちの部隊って、そのヘンな人しかいなくて――まともに士官教導を受けられてないんです。隊長はあんな感じだし、ヤザン少尉なんてマージャンしか教えてくれないんですよ? 勝負勘を養えるっ! とかなんとか。本当にどうしたらいいのか……」

 

 たしかにヤザン、ラムサス、ダンケルの三人だとマージャンは打てない。

 しかし、そこにシャニーナが加わることにより、ほぼ延々とマージャンを遊び続けることができるのは事実だ。

 懐かしいな――と、頑なに締めこんできた心を縛る縄が緩みそうになり、首を振る。

 

「いいでしょう。相談事なら乗りますよ。シン大尉と相伴の場で、ですが」

「やった! ありがとうございます、大尉殿っ!」

 

 かわいい敬礼を受けて、リュウは笑みを返す。

 心で泣きながら、笑うというのは心がねじ切れそうになる。

 だが例え心がねじ切れようが、精神が砕けようが関係ない。

 何があろうと、この子は救う。

 彼女が笑っていられる世界だけが、俺の愛すべき世界なのだ。 




頑張れ。振り返るな。前を見て進め。
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