『アン少尉、全員の避難が完了するまで時間を稼いでくれ。15分でいい』
ムラサメ博士からの緊急展開要請から何分経ったのか、アン・ムラサメはもうあいまいになっていた。
初めての実戦、初めての緊急出動。
なんとかなるかな? なんて出撃するまでは思っていたけれど――
すでにムラサメ研究所の地上施設は瓦礫だらけ。
わずかに残っている管理棟もそろそろ強度限界を迎えて崩れそう。
わたしの大好きな居住棟のほうは――まだ大丈夫。
だけど、お気に入りの植物園は飛散したビーム粒子ですっかり燃えちゃった。
「――これでぇっ、10機っ!」
アンカーで引き倒したザク改に馬乗りになり、コックピットにヒートナイフを突き立てる。
相手からの殺意が消えたから、こいつは殺せたはず。
「うまく、うまくやらなくちゃ……」
初めてやることでも、アン・ムラサメはなんでもうまくできた。
いや、そうしないと生きていけないから。
居場所がなくなってしまうから、なんでもうまくやってみせた。
コロニー落としでママとパパがいなくなって――施設から施設へとたらい回しにされて、ムラサメ研究所に引き取られてからは、いろんな初めてがあったけれど、どれだってうまくやってきたつもりだ。
同じ世代の子どもたちのなかでは、勉強も訓練もなんでもちゃんとできたし、泣き言一つ言わずに頑張ってきた。
だからずっと奉仕員でいられたし、先生たちもセンパイたちも優しくしてくれた。
無条件に居場所を用意してもらえるわけじゃない、ということをなんとなく知っているアン・ムラサメにとって、ここはただの実験施設ではなく、勝ち取って維持しているホームだった。
そこを不条理にも蹂躙される、というのはとても腹立たしかった。
「こんのっ! 死んじゃえっ!」
コックピットモニタに映っているゲルググをヒートナイフで滅多刺しにする。
崩れたゲルググを無視して、次の得物を定める。
同じゲルググタイプだけども、たぶんあれはガルバルディってやつだ。
「このっ!」
ハイパーバズーカをいじったレールキャノンで撃ち抜く。
なんだろう、演習でいつも相手にしているゼロ兄とかクソザコおじさんのほうがずっと手ごわい。
攻めてきたジオンの部隊は、MSの種類がバラバラ。
授業で習った内容だと、ホキューってのが大変だから、出来る限りブタイのソービってのはキカク化して揃えないとダメだって聞いていたのに、そういうのは全気にしてないみたい。
HLVとザンジバルからたくさんの機体が降りてきたけれど、正直、アン・ムラサメにとってはヨワヨワの『ざぁこ』であった
はっきり言ってクソザコおじさんのほうがずっと――強い。認めたくないけど。
もちろんゼロ兄がイチバンなんだけど、やっぱりカワイイを加味したらわたしがイチバンのはず。
そんなイチバンのわたしからすれば、本当に――ジオンの敵はざぁこ。
でも、なかには当然例外がいる。
気を付けなくちゃ……
「うわぁっ!」
衝撃。エアバッグが発動。
しかし、アン・ムラサメの体は大きく振られる。
いかんせん、シートが大人サイズであり、キッズには向いていないのだ。
先生たちが用意してくれたシート補助キットだけではさすがに実戦に耐えられない。
じわり、とアン・ムラサメの瞳に涙がにじむ。
すごく痛い。
肩から胸にかけてめり込んだシートベルトは、つらい。
子どもの体だから軽いし、Gによる運動エネルギーも大きくないなんて先生たちは言ってたけれど、苦しいのは変わらない。
どうしてこんな目に、という思いが湧いてくる。
コロニーが落ちなければ、わたしはママとパパと一緒に、いまごろ楽しく暮らせていたはずなのに。
なのに、なのに、ジオンのせいでわたしは戦争させられてる。
「……っ! 消えてよっ!」
わたしの機体にビームを当てたアイツに、レールキャノンを向けて発射。
でも意味ない。
あいつはすぐに飛んで距離を詰めてきた。
あのロングバレルのライフルを抱えたゲルググJに、本当にひどい目にあわされている。
ブラックライダーに対ビームコーティング塗装がされてなかったら、いまごろ死んじゃってる。
でも、そろそろ被膜も限界かも。
どうしよう?
ゼロ兄、助けてよ。
クソザコおじさん、どこにいるの?
ほかの奉仕者でMSに乗れる子はもうとっくにやられてしまったんだよ?
わたしより小さい子はいなかったのが唯一の救いかな。
でも、センパイたちだって、わたしほどにはMSをうまく扱えないけれど、そこらの連邦軍のパイロットより強いはずなのに。
なんで、みんなアイツに殺されちゃうの。
わたしよりMS使うのはヘタッピだけど、わたしよりずっといい子だっていっぱいいたのに、なんで殺すの?
「お前、きらいだっ!」
ランチャーを連射して片づけようとしたけれど――グリップの力を緩める。
あのゲルググJが盾にした建物――大部分は壊れて、先生たちの何人かが下敷きになっているのが見えてしまう。
助けなきゃ。
先生たちが死んだら、わたしの居場所がなくなっちゃう。
「がんばらなきゃ……」
無人のジムコマンドたちが数機、援護に来てくれた。
ブラックライダーを無人機と協調させる。
基地警備のジムコマンドはもう数機しかない。
ほとんどがあいつにやられてしまった。
そう、一人だけ本当に動きがおかしいあのゲルググJのせいだ。
だって、そうだよ。
センパイたちが最初に出て、HLVやザンジバルから降りてきたジオンのMSと戦ってるときは、はっきり言って楽勝だった。
先生たちが応援の声をくれる余裕があるくらい、簡単だった。
わたしたち奉仕員が、本当にツヨツヨパイロットだってことを、実感できていた。
けど……全部あいつに――あのゲルググJに全部ひっくり返された。
ジオンのMSたちがわたしたちのツヨさにおどろいて、街のほうに逃げ出そうとしたときに、アイツが降りてきた。
仲間のはずなのに、逃げようとしたMSを撃ち抜いて、おびえていたパイロットたちを無理やり私たちに立ち向かわせてきた。
あいつが出てきてから、スキあらば逃げようって感じだった敵のMSの動きが変わった。
どうせ死ぬなら、やけくそ、って感じだ。
そのせいで、このザマ。
「なんとかしなきゃ。わたしが頑張らないと、ゼロ兄と、クソザコおじさんの帰るところがなくなっちゃう……」
ゼロ兄も、クソザコおじさんもあたしと違って可哀そうな人たちだから。
だってそうだもん。
あの人たちの心は、いつも涙でジメジメしたヘンタイさんだから。
だから、わたしは――そんなヘンタイさんを、最強美少女として助けてあげなくちゃいけない。これって、オトナのオンナの義務よね。
ゼロ兄にいつも寝る前に頭を撫でさせてあげてる、あの図書室。
クソザコおじさんに、カワイイわたしを抱っこさせてあげてるカフェテラス。
そういう場所がなくなったら、あんな暗い人たち、一生幸せを知らないまま生きていくことになっちゃうから……わたしが、ダメダメなゼロ兄やクソザコおじさんのために、ここを守らなくちゃ。
『純粋さを強化されているのか……さすがムラサメ研、やることが汚い』
相手にしているゲルググJからの通信。
なにくそ、と抵抗を試みるアン・ムラサメ。
しかし、こちらが何かを言うまでもなく、先に無人のジムコマンドたちが動く。
無人機は普通の人よりはずっと強い。
だって、中身に柔らかいパイロットを乗せていないから。
重力下で無茶な動きだってする。Gなんて関係ないからだ。
『――人形風情が、人をマネして誰かを守ろうとするとはな』
次々とジムコマンドを撃ち抜き、切り倒していくゲルググJの姿に、アン・ムラサメは恐怖した。
すでにトイレパックから漏れ出した何かのせいで、腰から下が実に不快だ。
「バカにしないでよっ! 人形だって何かを守りたいときくらいあるんだからっ!」
アンは最後まで奮闘して倒れていくジムコマンドの姿に、自分を重ねる。
あきらめない姿、それがアン・ムラサメの心の柱。
辛いことはいっぱいある。
イヤなことだっていっぱいある。
実験だって、痛いし、苦しい。
だけど、あたしは――人形よりもずっと、ずっと頑張れるっ!
ムラサメ研でいちばん優秀な奉仕員だって、先生も、ゼロ兄も……。
――クソザコおじさんだって、そう言ってくれたもん!
ブラックライダーが立ち上がり、対人戦用の光学迷彩を発動させる。
足跡で見えるってクソザコおじさんに言われたから、粉じんで視界をごまかしてやることにする。
ジャンプとステップ、そしてスラスタ光で攪乱しながら不意打ちを狙う。
「そこっ!」
渾身のヒートナイフによる奇襲。
『幼い身でよく戦った。いま楽にしてやる』
必殺の一撃を、いとも簡単に受け流されてしまう。
ダメだ! と察したアンは、機体を急後退させる。
「く、くるなぁっ! 死んじゃえ! 死んじゃえっ!」
アンのブラックライダーは、レールキャノンを連射する。
当然、レールガンであるのでその弾速は目視で追えるものではなく、反射神経で回避できるものでもない。
しかし、あのゲルググJはそうではない。
プラズマの残滓をまとう弾体を、容赦なくビームサーベルで切り払う。
わけがわからなくて、アンは歯が嚙み合わないほどに震える。
戦いの授業で習ったことが全然通じない。
レールガンを回避できるようなやつは、例外なので無視していい。
レールガンを切り落としてしまうようなのは、ファンタジーだからありえない、と習った。
なのに、あのゲルググJは――習わなかったことを全部やってくる。
どうしよう、先生のいうことを素直に聞きすぎるんじゃなかった。
先生があり得ないって切り捨てたことを、もうすこし考えてみるべきだった。
そうしたら、ちょっとは変わってたかもしれない。
「ここはっ、ホームはわたしが守るんだっ!」
そうわめきながら、ブラックライダーは倒れていたジムコマンドから90㎜マシンガンを受け取る。
弾倉がカラになるまで撃ち続けながら時間を稼ぐ。
数秒でも――あわよくば、数分でも時間を稼げれば、なんとかなると信じて。
カワイイを加味してイチバンのわたしじゃ、勝てない敵のエース。
だったら、クソザコおじさんなのに強いアイツか、ゼロ兄が来るまでとにかく、意地汚く粘るのがここでの一番いい回答のはず。
テストだったら、100点間違いなし。
先生も、ゼロ兄も、クソザコおじさんだって褒めてくれる、満点回答。
やれる。
わたしなら、やれる。
だって、わたしは特別な存在のはずだもん。
『――アン少尉、もう1分粘れっ! そちらへの降下行程を消化中っ! ゼロと一緒に助けに行くからなっ!』
マシンガンを連射していると、クソザコおじさんからの通信が割り込んできた。
返事をする余裕もない。
だって、あのゲルググJ、こっちがスキを見せたらヤるつもりだから。
不思議なことに、悪意は――全然感じない。
やると決めたことだから、という冷たい殺意が、アンにはとても耐えがたいプレッシャーに感じられる。
なんで?
どうして?
あったこともない人を、どうしてそんなにオシゴトだからって殺せるの?
そんなナエた心を立ち上がらせるために、クソザコおじさんに通信を入れる。
「くすくすっ、はやく来てくれないと、かわいいアンちゃんがヘンタイさんにあんなことや、こんなことされちゃうかもねっ」
『あと40秒っ! 奴に近づくなっ! 相手は本物のエースだっ! くそっ! なんであの野郎がここに……』
クソザコおじさんから必死な声が聞こえて、アンは身を固くした。
あんな余裕のない声、初めて聞いた。
クソザコおじさんはいつも余裕ぶってるから、遊んであげてたのに――
どうしよう?
わたしが戦ってる敵、ほんとうにヤバいやつなんだ。
『アン、頑張るんだよ! 僕とリュウがそいつを倒しに行くまで、逃げて、逃げて、逃げるんだっ!』
ゼロ兄がそんなことを言ってくれるけど、逃げるってどこに?
わたしが後退したら、あいつはムラサメ研究所をボコボコにする。
逃げ遅れている先生やセンパイ、コーハイが死んじゃう。
そんなの許せないし、認めないから。
『――連邦の強化人間。今なら見逃す』
「さいあくっ! なんでよっ! 勝手なこと言うなっ! わたしが逃げたらホームを壊しちゃうんでしょ? そんなの許さないんだからっ」
『ここを離れて、本当の愛を見つけ――』
「うるさいっ!」
みんなわたしのこと愛してるって言ってくれるものっ!
実験のスコアとテストの成績がよかったら、みんな愛してくれるんだからっ!
いやなことばっかりしてくる、アイツはキライだっ!
「……ははーん、さてはジオンのおじさん、愛されたことないんだ?」
弱点見つけたり、って感じ?
いっぱい愛されてないから、こんなひどいことできちゃうんだ。
絶対そうだよ。
誰かに愛されないから、寂しくて、怖くて、誰かを傷つけちゃうんだ。
『っ、増援か――本当にすまない。時間切れだ』
「え……?」
こちらの弾幕をシールド防御で無理やり突き抜けてきた。
エースのゲルググJが正面、至近距離。
あわててブラックライダーがヒートナイフを抜きはらうが、腕ごと切り飛ばされる。
予備動作にカウンターされたらしい。
ならば――と頭部バルカンを連射。
この距離ならバカにできない威力はあるはず……あれ、あれ?
なんで?
なんであいつが、切り飛ばされたわたしのナイフもってるの?
「こふっ……!」
胸のあたりが苦しくなり、口から血がこぼれた。
あれ?
え?
なんで、なんで? なんでなの?
メリメリと潰れたモニタが押し寄せていた。
みしみしと体にコックピット内の部品と装甲が、体にめり込んでくる。
ダメダメダメ、苦しい、死んじゃう。
でも、狭いコックピットに逃げ場はない。
逃げなきゃっ! どこかに逃げなきゃっ!
シートと、モニターに挟まれて潰れ――
「やだ、やだやだ、やだ……」
アンの意識は、そこで途絶えた。
こんなの耐えられないので、30日中に続き書きます……。