生死の中に仏あれば生死なし。
ただ生死即ち涅槃と心得て、生死として厭ふべきもなく、涅槃として欣ふべきもなし。
是時初めて生死を離るる分あり。
唯一大事因縁と究尽すべし。
-修証義-
戦場から一時離脱したシン少尉たちは、1stサプライエリアまで後退した。
ありがたいことに、母艦たるフゲンは応急修理を済ませたらしく、レディ・サプライの信号を出してくれていた。
自律型吸放熱デバイス(Reversible thermal panel:RTP)にエラーが起きていない機体から順次着艦挙動に入る。
熱を一定以下にしてから着艦するのは、ガノタの常識である。
わずかな整備兵と、彼ら、彼女らが制御する整備用ドローンが飛び交うハンガー。
シン少尉はどこかマイホームにでも戻ったかのような安心感をおぼえた。
さて、空母フゲンに着艦したMS大隊のパイロットたちは小休止に入った。
機付整備士たちが忙しく担当機体の修繕にあたる中、シン少尉はフジオカ軍曹に代替機の案内を受けていた。
「まったく、機体がないから死んだと思ったっすよ。心配させんなっての、シン少尉」
フジオカ軍曹に肘で小突かれたシン少尉は苦笑する。
「すまん、普通に敵が強かった」
シン少尉が反省の意を示す。
フジオカ軍曹は少々いらだっているようだが、なんとか怒りを収めてくれたらしい。
「ま、このあたしが整備してたジムのおかげってとこっすね」
「心底同意するよ。ありがとう、ノエミィ・フジオカ技術軍曹は最高だ」
「もっと褒めてもいいっすよ。ってことで、こいつが次の少尉さんの機体っすわ」
案内された先にあったのは、RGM-79Cであった。
つまり、ジム後期生産型である。この後期生産型をベースにあれこれマイナーチェンジしたのが0083スターダストメモリーに出てくるジム改になる代物――どっちも型式が同じなのはなぜなんだろうか、などとシン少尉はガノタの迷宮入り事件の推理を始めようとして、即中断する。
「なにぼーっとしてんすか!」
「す、すまない!」
「で、推力/重量のスコアは977.5。素ジムが944くらいなんで、ちょいと速いんすかね。以上」
「え、他には?」
「別にねぇっすよ。わずかに速いジムでしかないんで。新人ならともかく、シン少尉なら問題ないっすね」
「えぇ……」
「あたしは武器出して、コクピットを少尉好みに仕上げなくちゃいけないんで、ほら、さっさと休憩に入ってくださいよ。邪魔っすよ、邪魔邪魔」
シン少尉はフジオカ軍曹に追い出されてしまった。
パイロット待機室に行くと、耳栓をして無重力空間で仮眠をしているもの、スレッガーさんのようにハンバーガーを食べているものや、サンダーボルトよろしく互いにキスしたりしているものがいた。
敬礼をしようとしてくるものがいたが、シン少尉は手振りで静止する。
しっかり休んでろ、という意図はすぐに伝わった。
「隊長、超時空おしるこ、いかがですか?」
シャニーナ伍長が温かいおしるこパックを差し出してきた。
「お、おう」
どういうチョイスなんだ? と思わないでもなかったが、好意は素直に受けておく。
「――ゴップシステムってすごいです。こんな最前線でも、甘いものが飲めるし、飢えたりもしないなんて」
シャニーナ伍長が戦闘の話題をあえて回避しているのを察した。
ガノタたるもの、紳士的気遣いはマナーであるので、それを受け止める。
「ゴップ提督は優秀なんだろうな――シャニーナ伍長、君は戦争が終わったら何がしたい? たぶん、この戦争は長くないぞ」
「終戦――本当に終わるんですか?」
「終わるよ。紛争の時代は続くかもしれないけれど、こんな総力戦はもうないだろう。互いに傷つきすぎたんだ」
希望的観測を多分に含んだ言葉だった。
本当はシン少尉もわかっている。
停戦は次の大戦のための準備期間に過ぎないだろう、と。
「そう、ですか……わたし、MSに乗るのが好きなんです。そういう仕事、ないですかね?」
「おー、奇遇だな。自分も同じことを考えていた。整備のノエミィ・フジオカ技術軍曹が除隊したら事業をやるらしい。作業用MSのパイロットを絶賛募集中だとさ」
シン少尉はフジオカ軍曹からもらっていた事業プランと求人案内を、シャニーナ伍長と共有する。
「へー、寮もあるんですね。給料やっす……。でも、わたし、帰る場所もないし、こういうのがいいかもしれませんね。少尉もいるし」
サンダーボルト宙域から転属してきた少女としかいえない年頃の彼女。
戦争が青春で、地獄が故郷。
そんな彼女が望む、ほんのささやかな幸せ。
シン少尉は目頭が熱くなった。
心のキルスイッチを操作するが、ダメだった。
「絶対に、お前らみんな生きのこらせてやるからな。おじさん、頑張るから……」
「うわ、なんで泣いてるんですか隊長?」
「泣いてない! 目が汗かいてるだけだ!」
ズズっと鼻水をすすりながらも、シン少尉は超時空おしるこパックを飲み干した。
『ブリッジより大隊CPへ。出撃命令です』
簡潔な秘匿通信とともに、指揮統制本部からの伝送データが届いた。
任務は、残存大隊を率いてのア・バオア・クーWフィールドを突破。要塞に上陸するとともに、要塞内ジオニック社の工場及び研究センターを無傷で確保することだった。
「よーし、皆、再出撃だ。10分で支度しろ!」
シン少尉は待機室の連中に声をかけるとともに、指揮下にある兵たちにメッセージを送付した。
「了解、先に行きます」とシャニーナ伍長。
待機室から続々と兵たちが飛び出していく。
最後に残ったシン少尉は、一人天井を仰ぐ。
「Wフィールド?」
ガノタならア・バオア・クー攻略戦の戦区情報など九九のように諳んじられる。
Nフィールドはキマイラ隊やらドロスがいる、鬼畜エース空間。行ったら死ぬ。
EフィールドはIGLOOでおなじみ、カスペン大佐以下、ヨーツンヘイムやビグラングがいる、ジオンにとっての撤退路にあたるエリア。
Sフィールドは、アムロとシャアがバチバチにやりあっている危ういところだ。ここもオールレンジ攻撃を使うシャアに殺される。
だが、Wフィールドはあらゆる作品で描写がないのだ。
事前情報なし。
ましてや原作ガンダムと似て非なる状況。
シン少尉の情報優位による無双プロジェクトは前提が崩れ去っているのだ。
担当宙域に続々とMSが集結する。大隊長向けHUDには各大隊の進路マーカーや到達目標時間などの任務情報が表示される。
さまざな3D矢印が表示されているが――
(結局、突撃にすぎない。攻撃のベクトルがいろいろあるとはいえ、分進合撃をやるだけだ)
シン少尉はある種の諦観の念を抱きつつ、大隊の先頭に立つ。
Wフィールドに向かうMSの数は、万単位であり、原作の規模をはるかに凌駕している。
残念だ。このクソ世界はMSが文字通り大量生産品であり、パイロットは歩兵のごとき消耗品である。
『隊長、味方がいっぱいいますね』とシャニーナ伍長。
「その通りだ。シャニーナ伍長以下、大隊各員へ。戦いは数だ。友軍と連携して面制圧で押し切るぞ」
『了解』
シン少尉は部下全員に戦闘展開図を共有しながら、各大隊長同士の指揮通信ネットワーク経由でWフィールド突破作戦の仔細を確認する。
熟練兵が多い大隊が敵主力をひきつけ、シン少尉が率いるような寄せ集め大隊をまとめて敵中に放り投げる、訂正、強行突破させ、上陸するクソ作戦であった。
ジオンとて先鋒は戦慣れしたベテランどもだろうから、こちらがベテランをぶつけるのもセオリー通りともいえる。
とはいえ、そもそもジオン側の火力がやばい。
要塞からの火力支援は言うに及ばず、要塞近傍に展開するジオン艦隊の皆さんが砲口を熱くしていた。
『戦域司令部より各大隊長へ。敵、衛星ミサイルを確認。回避しつつ突入せよ』
ミノフスキー粒子の影響でレーダーがまともに動かないこの状況で、衛星ミサイルを回避しろって? そんなのは熟練兵にしかできない。
しかも、それを潜り抜けたら、敵MS部隊とのダンスパーティだろ?
「大隊各員へ。衛星ミサイルが来るぞ。計器戦になる。レーザー探知を起動し、ベクトル解析を怠るな。石っころくらいよけて見せろ」
『了解!』
石の塊にロケットをつけてぶつけてくるだけの単純な質量兵器。
安価で、効率よく殺しができるクソ兵器である。
「……くそ、モビルスーツを動かせたって、生き残れる保証があるわけじゃないんだぞ」
一人愚痴をこぼしてから、シン少尉はまた心のスイッチを切る。
絶対に、部下が死ぬことがわかっているからだ。
いよいよ、本物のア・バオア・クー攻略作戦が始まる。
Wフィールド、中央最前線。
『隊長、助け――』
部下のジムがゲルググに斬り裂かれてしまう。
シン少尉は、眼前に迫っていたドムを撃ち抜き、振り返りざまに部下をやったゲルググを片づけた。
漂っているジムの残骸から目が離せなかった。
現時点でWフィールドは、連邦側劣勢であった。
ザクレロやビグロが超高速で暴れまわり、名もなきエースたちが乗り回すMSV系の派生機体が跋扈する最悪の戦場である。
豪雨のように降りかかる大量の火力を勘だけで回避し続ける無理筋な戦い。
シャニーナ伍長のジムTB仕様他、数機のジムがムサイの残骸の影に隠れて、砲火をしのいでいるのがみえる。
『隊長! 動けませんっ! 隊長!』
シャニーナ伍長の叫び声がシン少尉の耳にこびりつく。
「そのままだ! そこに隠れてろ! こちらS909BCP109、DFo883に要求! 突撃支援射撃を求む!」
『了解、座標データを確認した。デリバリーピザを送る』
古式ゆかしき間接照準射撃のために、前進観測士官をやってくれているどこかのエースが駆るジムスナイパーカスタムに叫んでおく。
さすがエースのジムスナ。
戦いながら観測データを送ってくれたようだ。
HUDに要請射撃の射線とカウントダウンが表示される。
「大隊各機、友軍射線から離脱するか、障害物に退避せよ」
シン少尉は先ほどから味方のジムを粉砕しまくっていたガッシャを撃ち殺し、射線から離れた。
数秒ののち、後方の友軍艦隊――要請射撃担当のマゼランやサラミスから無誘導ロケット弾やメガ粒子の輝きが届いた。
だが……信じられないほどに要請射撃の火力が薄い。
「DFo883、ピザが薄すぎないか?」
『S909、友軍艦隊が散開しすぎているようだ。作戦統制がクサってるのかもしれん』
DFo883からもらった戦況図を見ると、密な火力支援をよこすはずの艦隊がかなりバラけて散開しており、全く火力集中ができない状況になっていた。
(なんで艦隊がバラけているんだ? レビル将軍は狂ったのか?)
シン少尉はサーベルでまとわりついてきていたザクを始末しながら、理解しがたい艦隊運動に疑義を抱く。
どう考えても、艦隊を集結させての火力集中は要塞攻略のセオリーだからだ。
ところがどうだ。
艦隊は散開しており、うがった見方をすれば、とても及び腰だ。
『艦砲は頼れん。MS隊だけでやるしかないようだ』
「そんな無茶な……」
シン少尉はぼやきつつ、自らに迫るビームを回避した。
こちらを狙っているのは――ゲルググJだ。
恐ろしく正確かつ執拗に狙撃してくるが、勘で回避する。
「あのクソ野郎!」
このWフィールドにおける最悪の敵は、今のところあのエースが乗っているゲルググJであると、シン少尉は判断した(もっと言えば戦況そのものが最悪だが)。
『おい、誰かあのゲルググJをやれ! ただでさえ足りない火力が削られるぞ!』
近接火力発揮点を形成している量産型ガンキャノン部隊から要請が入る。
ゲルググJは正確かつ無慈悲にこちらの近接火力支援機(量産型ガンキャノンや、ボール、ジムキャノン等)を潰しやがるのだ。
あいつのせいで、まともに前に出られない。
シン少尉のようにあいつの狙撃を回避している連中はむしろ例外で、ほとんどは無残に狙撃されて爆散するしかないのが現状だ。
奴の弾切れや推進剤切れを狙いたいのだが、腹の立つことにWフィールドにはモスグリーンのビグ・ラングが複数配備されている。
ビグ・ラングからの補給のせいで、ゲルググJの手数が止まらないのである。
(くそっ、近づけない! あいつの疲労待ちしかないのかよ)
味方のパブリクが爆散しながらも送り届けてくれた補給コンテナから90㎜マシンガンの弾倉とショートバレルのビームライフルを回収する。
(仇はとるぞ)
砕け散ったパブリクの残骸を見送りながら、シン少尉はハラスメントを仕掛けてくるゲルググJをどう殺すか思案する。
(突っ込むか?)
試しに前に出てみるが、前衛を買って出ているらしいリックドム・ツヴァイに絡みつかれて抜くに抜けない状態だ。
「くそッ、戦術レベルで負けてるんじゃないか?!」
シン少尉は敵の苦々しいまでの連携に業を煮やしていた。
数と数のぶつかり合い。
それでありながら、極めて高度な戦術的連携と兵站戦。
しかも、その実、ジオン側の機体は性能でこちらを上回っており、ゲルググJやゲルググM相手にこちらの主力たる素ジムやジムTBでは全く歯が立たない。
(あのクソゲルググJを潰さないと、Wフィールドを抜けない!)
分かってはいるのだ。
あいつを落とせばここの趨勢が変わるというのは。
だが、後方から狙撃してくるエースのゲルググJを仕留めるのはかなり厳しい。
それだけにとどまらず、他にも要注意なエース機がぶっころブンブン丸状態で襲い掛かってくるのがWフィールドだ。
生き地獄ぶりにめまいがしてくる。
しばし、時間が経つ。
シン少尉の呼吸は荒くなり、疲労は蓄積される一方である。
相も変わらず、消耗をしいられていた。
魑魅魍魎の如く湧いて出てくるガッシャ(ハンマーを撃ってくる狂った設計のMS)やガルバルディαなどのペズン計画系の連中が、奇々怪々の攻撃でストレスを与えてくるため、近づくに近づけない。
ベテランが乗っているであろうザクやドムの嫌がらせは極めて巧みであるし、学徒兵として動員されたゲルググどもをうまくカバーしている。
(どう考えても、アクシズの戦力や小惑星ペズンの戦力がここに集められているじゃないか。ジオンは本気で勝負を決するつもりだな)
『――繰り返す、繰り返す、Wフィールドを突破できない。増援を求む!』
最前線に設営されたJTFCP(Joint Task Force Command Post)の最先任大隊長の少佐が、ジムコマンドを巧みに操りながら第一艦隊司令部に打診を続けている。
少なくとも彼一人で10機以上は落としているはずだ。
戦域にいる各大隊を統制するのが主任務たる彼が、最前線で撃ち合いに参加せざるを得ない激烈な戦況という現実に、あるいは疲労ゆえか、シン少尉は本格的な頭痛を覚える。
さて、いよいよやばい。
激烈な状況のWフィールドは、連邦側のベテランやエースが粘り腰で戦線を下支えしつつ、パブリク突撃艇が運んできてくれる補給コンテナ及び、ボール部隊の火力支援で何とか崩壊を防いでいるというありさまだ。
もうすでにジムキャノンは全部消えた。
近接火力支援は、ベテランの量産型ガンキャノン乗りと、クレイジーな腕前のボール使いに託された状況だ。
統合司令部がAI自動音声で送りつけてくる『早急に上陸せよ』という言葉もまた、シン少尉をイラつかせる。
掛け声ではなく、あの少佐殿の声にこたえて増援を出せよ、と心中で罵る。
「っ!!」
シン少尉は息をのんだ。
JTFCPで指揮を執っていた少佐のジムコマンドが撃ち抜かれてしまった。
やったのはあのクソゲルググJだ。
突っ込んでアレを落とすか? と覚悟を決めようとした矢先、通信が割り込んでくる。
『隊長! 助けてください! 助けてください!』
シャニーナ機がゲルググ数機に囲まれて、満身創痍になりながら逃げまどっている。ゲルググが学徒兵なりの知恵で、1対多の状況を作り、彼女を殺すつもりらしい。
助けて、助けて、と悲痛に訴えかけてくる彼女の声が、シン少尉の決断を変える。
ゲルググJは――後回しだ。
「シャニーナ伍長っ! 止まるな! 絶対に止まるな! いま助けに行くからな!」
シン少尉のジム後期生産型が加速する。
進路を邪魔しようとするザクをすれ違いざまに始末して、危機的状況に追い込まれているシャニーナ伍長のもとへ飛ぶ。
『隊長っ! たいっ――』
「!?」
シャニーナ伍長のジムがゲルググに撃ち抜かれた。
だが、ガノタたるもの、鉄のハートで冷静に動揺を抑え込む。
きりもみしながら流れていくシャニーナ伍長のジム。
「まだだ! まだ可能性は――あっていいだろ! あきらめるな、シャニーナ伍長!」
シン少尉は歯を食いしばりながら前進する。
が、飛び出してくるドムに邪魔される。
このままだと、シャニーナの機体がゲルググどもにトドメをさされてしまう。
『貴様のところのヒヨコか? 援護してやる。後でおごれよ』
前進観測士官兼、エースのDFo883が操るジムスナイパーカスタムが、ロングバレルのビームライフルで、シャニーナ伍長にまとわりついていたゲルググをいくつか始末してくれた。
ホンモノのエースとしての見事な動きだった。
「DFo883、恩に着るぞ!」
進路を邪魔するドムをハチの巣にする。
そして、ジムスナイパーカスタムが作ってくれた間隙をくぐりぬけ、シャニーナ機に接触する。
しつこくまとわりついてきたゲルググは、切り殺しておいた。
そしてボロボロの胴体を回収する。
外部から強制的にリンクし、余計なパーツをパージしてコックピットブロックを回収する。
「シャニーナ伍長、しっかりしろ!」
『……助けてください、隊長……ママ……』
近接INS経由でシャニーナ伍長のバイタルを確認する。
意識レベルは極めて低いうえに、重傷だ。
彼女のノーマルスーツにコマンドを送り、止血点を圧迫しつつ脳に血液を送るよう応急処置を施す。
そして、シン少尉は周囲を見渡す。
(赤十字、赤十字……)
戦域を駆け回ってコクピットブロックや脱出した兵士を回収する衛生兵ボールを探す。
すると、デカイ赤十字のマークを身に着けた、真っ白なボールがいた。
見事な操縦で敵の火線を潜り抜けてくる様は、本当に天使だった。
「いたっ! こちらS909、負傷兵がいる!」
救護チャンネルで呼びかけると、サンタクロースのようにコクピットブロックをネットにぶちこんで運んでいるボールがやってきた。
ボールおなじみのデカイ砲塔はないが、代わりにすべてを推力に振ったかの如く、大型ブースタを増強装備している。
『OKボーイ、あーしの投網に放り込みなっ! タイミングは一瞬だよ!』
衛生兵ボールから交差ベクトルが送られてきて、HUDに進路として表示される。
『3、2、1――』
「今っ!」
一瞬の交錯。
シャニーナ伍長のコックピットブロックをしっかりと衛生兵ボールのネットに差し入れた。
『いいね、優しい手つきだったよっ! あとは任せな!』
そのまま弾幕を回避しながら衛生兵ボールが高速で後方へと飛び去った。
(頼む、生きてくれ)
あのボールなら大丈夫そうだ。
何とか後方へと送り出せたという安心感が、シン少尉に隙を作らせた。
一条のビーム。
反応が遅れたシン少尉はシールドで受ける。
派手にシールドが砕けた。
容赦のない、エース様ご搭乗のゲルググJの狙撃だ。
シン少尉は即座にターゲットをズームする。
確実に殺しに行くためだ。
そしてようやく気づく。
あのゲルググJの肩に刻まれた四本トゲの王冠マークを。
「クラウンのクソ野郎が!!」
ガノタたるもの、互いの信念ゆえに殺しあわざるを得ないときもあるのだ。
敵の注意をひきつけるべく、シン少尉は無理やり突貫する。
敵の弾幕のカーテンを奇跡に頼りながらすり抜け、進路妨害を企てるドムを数機始末する。
だが、飛び出してきたゲルググM型のマシンガンの弾幕に辟易させられて、やはりゲルググJのいるエリアには近づけない。
『我に続け』
突然の光信号変換通信。
何者だと思いきや、蒼く塗られたジムコマンドがビームガンで、シン少尉の前を邪魔していたゲルググMを屠りながら駆け抜けていった。
バチバチのエースの動き。
ブルーのジムコマンドのパイロットをガノタたるシン少尉が見誤るはずがない。
「くそ、ついていくのがやっとだ。さすがはユウ・カジマ」
シン少尉のジム後期生産型の他、狙撃ハラスメントを回避し続けていた周辺のガンキャノンやジムスナイパーカスタムなどが一斉に動く。
蒼いジムコマンドが切り開いた一点をさらに広げんと突入していく。
強引に戦域に穴をあけるという、完全に力業であった。
幸いなるかな、量産型ガンキャノンとボールの混成大隊が後方から面制圧火力を集中してくれるおかげで、一周の間隙を拡大することに成功しつつある。
だが、好都合なことはそう続くものではない。
敵とて自らの戦形に崩れが生じたことを悟ったのだろう。
動きのいい機体たちが率先して穴埋めに向かってきたのだ。
そして、恐るべき速度で先陣を駆けるユウのジムコマンドに追いすがるゲルググがいた。
凄腕の蒼いジムコマンドの足を止めるべく、そのゲルググが立ちふさがる。
手足が青く塗られたゲルググを見て、シン少尉は察する。
「アナベル・ガトー……」
史実ではSフィールドにいたはずのガトーがWフィールドに回されているということは、もう歴史がどんどん変わっているのだろうと察する。
ガノタとしてガトーVSユウというドリームマッチを見ていたい気持ちもないわけでもないが、まずはゲルググJを仕留めないと死んでしまう。
いや、本当はガトーとやりあって勝てる自信がないからでもあるが――
任せたぞ、とガトー対応を蒼いジムコマンドに託し(押しつけ)、シン少尉はゲルググJに接近する。
こいつを殺さないと、味方が前に進めないからだ。
「もらった! 成仏しろよ、クラウン!」
シン少尉のジム後期生産型がショートバレルのビームライフルを速射。
正確に撃ち抜いた――はずだったが、ゲルググJは華麗に回避してみせた。
『――その射撃の手癖、シン少尉か!』
ゲルググJからの光通信音声ファイルは、クラウンの声だった。
そして奴は今まで以上のプレッシャーでシン少尉のジム後期生産型に立ち向かってきた。
シン少尉はヒリヒリと迫るゲルググJのプレッシャーに負けまいと、機動射撃戦を展開する。
回避と射撃の輪舞。
一呼吸でも遅れれば即死する、最悪のダンスである。
「残弾なしっ!」
Eパック方式を採用していないショートバレルビームライフルを潔く捨てる。
素早く腰にマウントしてあった90㎜マシンガンをつかみ、射撃戦を継続する。
『――すべてはハマーン様の笑顔のため! 友よ、死ね!』
「そう簡単に死ねるかよ! アニメじゃねぇんだぞ!」
シン少尉の耳にザブングル~♪ という幻聴がはしる。
間違いない。
いまシン少尉は超集中(ゾーン)に入っているのだ。
仕留めるなら今しかない――バースト射撃を繰り返しながら、じりじりとゲルググJに近づいていく。
そして、いよいよゲルググJがビームマシンガンを捨てる。
丸腰!
ビームサーベルを抜くまでのコンマ数秒の隙が、やつに出来た!
分かり合えるであろうクラウン。
友になれるであろうガノタたる彼を、生きるために、殺す。
「隙を見せたな、強敵(とも)よ!」
90mmマシンガンの弾幕で回避機動を制限して、サーベルで仕留める――という算段を実行に移そうとしたのだが、体が勝手に動き、あえて後退した。
決して同情ゆえに手を引いたわけではない。
むしろガノタの真の友情とは殺し合いである可能性すらあるからだ。
すぐにシン少尉はなぜ自分が引き下がったのか理解した。
ゲルググJ型は両腕に仕込み銃を装備していることを、脊椎と神経及び筋肉が覚えていたのだ。
ゆえに脊椎反射で、危険を察した。
隙ありと不用意に近づけば、速射砲なりビーム砲なりでハチの巣にされる――!
『仕留め損ねたか』
「てめぇ! ガチで殺しに来やがって!」
『ああ。お前は強い。だから、死ね』
「……!!」
シン少尉は突然の衝撃に、一瞬視界が真っ白になる。
パイロットスーツがファーストエイドプログラムを起動し、無理やり首筋を圧迫して意識を取り戻させる。
ぼんやりとした視界を取り戻したシン少尉は驚愕する。
ビグロにつかまれていたのだ。
ゲルググJに気を取られすぎて、超高速で戦場を荒らしていたビグロの接近に気づけなかったらしい。
「畜生! やりやがったな!」
『いま楽にしてやる』
「言ってろ!」
クソっ! ケリィ・レズナーじゃないか!
そのままクローで握りつぶされそうになるが、シン少尉のジム後期生産型は頭部バルカンをビグロのアーム関節に連射した。
伝達系を破壊されたアームが緩み、ジム後期生産型が放り出される。
ミキサーにかけられた哀れなリンゴのようになりながら、シン少尉は機体の安定制御を取り戻すべく、コックピットで奮闘する。
「ユニバァァァァス!」
コクピット内で大声で気合を入れながら、エラーと警告音しか出さない無能な操縦システムを宥めて、機体を安定させる。
(失態だ! ガトーのゲルググがいるなら、ケリィのビグロがいるに決まってるじゃないか)
自分の失態にウンザリしつつも、シン少尉は索敵を怠らない。
ケリィが容赦なくとどめを刺しに来るかもしれないからだ。
だが、強運に恵まれているらしい。
ケリィのビグロは別のやつとやりあっているようだ。
あれは――DFo883のジムスナイパーカスタムだ。彼ならケリィとやりあっても何とかなるかもしれない、とシン少尉は自らの強運に感謝した。
(どうする? ビグロのせいで機体がやばい。武器もどっかに落としてサーベルしかないが……)
教範通りなら後退して補給を受ける、となる。
しかし、いまは敵陣深くに突入してしまっており、引くに引けない状況だ。
正史だとア・バオア・クーの戦いで連邦側はMSの8割近くを失うという壊滅状態に追い込まれる。そんな状況で、たまたまジオンの内輪もめで奇跡の停戦が実現する、というのが筋だ。
だが、現在ザビ家指導部はみな健在としか思えない。
このあり得ないほど重厚な防衛線、そして反転攻勢を視野に入れているとしか思えない十分な敵補給システム(ビグラングの配備等)に恐れを抱くほかない。
ドズルが指揮しているであろうア・バオア・クーは、鉄壁の要塞そのものだった。
(圧倒的ではないか、わが軍は、か)
ギレンの勝利を確信した表情が脳裏に浮かぶ。
「畜生、もうここまでか……?」
シン少尉のジム後期生産型がビームサーベルを抜いた。
かすむ視界の先には試作型ビームバズーカを持ったドムが数機。
どうやら生き残るための、最後の悪あがきをするタイミングが来たらしい。
シンは、生き延びることができるか(震え声)