UC0081年12月下旬。年の瀬も迫り、高地である信州には細雪が降り注いでいた。
視界が悪いなか、熟練の航空機パイロットが操っているであろう高速EWAC航空機ディッシュが、ムラサメ研の地上滑走路に無事ランディングする。
そのままグランドスタッフロボの誘導に従い、駐機場へと案内される。
駐機場で停止したディッシュの胴体から、タラップが地上へと延びる。
ドアが開き、そこから地球連邦軍高官が、護衛も付けずにタラップを降りる。
襟元と肩に光る階級章は元帥。
丸みを帯びた体系と元帥位と言えば、隠然たる権力者、ゴップである。
ゴップ元帥を迎えるは、いつも通りの白衣姿のドクター・ムラサメと、にやにやと妙な笑みを張り付けているビショップ博士である。
ゴップが二人を一瞥し、さらにビショップ博士をじっと見つめる。
ビショップ博士は何か? という顔をするが、ゴップが告げる。
「ビショップ博士、君はモテるのではないかね?」
ゴップがそう思ってしまうほどに、ビショップ博士はファッションモデルのように整った顔立ちと高身長である。その内面はとてもではないが文字にすることはできない。各種法令と条例違反のフェスティバルである。
「それがしが? いやはや、なんとも難しい質問でござるな」
「あ」
ゴップは何か察したらしく、口元を隠した。
そして、そのまま君は何も言わなくていい、と言った。
「ドクター・ムラサメ、歩きながらでいい。簡潔に概要を説明してもらえるかね」
「かしこまりました、閣下」
ムラサメ博士と並行して歩くゴップ元帥。
その後ろをのこのことついていくビショップ博士。
ただ、ビショップ博士はゴップのおじさんそのものの後ろ姿になにやら色気のようなものを感じ取ってしまい、連日の術後処理で疲れ切っているのか? と目頭を押さえた。
瓦礫を撤去して掃除をしただけ、という状態のドクター・ムラサメの執務室兼応接室に案内されたゴップは、割れた窓ガラスを覆うブルーシートをみる。
なお、ビショップ博士の姿はない。
「施設の損害はどうかね?」
埃っぽいソファに腰掛ける。掃除機で何とかしてみた跡が目立っている。
「地上構造物はダメですね。対民間向けのカモフラージュは厳しいかと」
ドクター・ムラサメが地元の一般市民に向けていた三つの顔を説明する。
病理診断専門医療機関、そして児童福祉施設。最後に、日本最大のMS研究・開発・生産施設である旨である。
「幸い、MS関係やNT研究、医療系ラボに関しては地下化してありますので問題ありません。ただ、地上建物は急ぎませんと。建前上、病理診断ラボであり、児童福祉施設でもありますから」
ムラサメ研に務める博士や技術者たちは頭のオカシイ連中ばかりなので、町の診療所や町病院から持ち込まれる診断依頼――組織診断、細胞診断、術中迅速診断(※派遣)、病理解剖を行うことで地元の信頼を勝ち得ていた。
それらは地下に集約されている各種ラボで処理されているのだが、大衆からすればわかりやすい建物というものがあるほうが安心できるのである。
そして、それは地元の建築関係の業者にとっても助かる話、ということだ。
「話の内容次第で、考慮しよう」
さっそくゴップ元帥はカードゲームを始める。
互いの手札を操り、妥協点を見出すそれだ。
「わかりました――ビショップ博士、あれを」
呼び出し端末にドクター・ムラサメが命じると、応接室のドアが開き、イケメンたるビショップ博士と、ゴップが目を丸くするほどの戦闘美少女が現れた。
「アン・ムラサメ少尉です」
少女のそれは型通りの敬礼だが、ゴップは思わず後ずさりそうになる。
なんとか足を止めたが――なんだ? プレッシャーか?
「こちらが閣下に拝謁していただきたいご神体にござる」
意味不明なことを言っているビショップ博士だが、ドクター・ムラサメに翻訳を頼むと、生体脳から量子脳に初めて正確に人格を移植できた成功例であるという。
確かに、神々しさを感じないこともない。戦闘美少女などというものはフィクションにしか存在しないはずなのだが……いま眼前にいる。
「アン少尉、楽にしてくれ」
アン少尉をドクター・ムラサメの横に座らせる。
なお、なんとなくビショップ博士をアン少尉の隣に座らせてはいけない気がしたので、そのまま立たせておく。
「本当に、量子脳に意識と記憶を移植したのか?」
「さようでござる。詳細な移行手順書も作成済みゆえ、閣下には情報をご提供させていただけるナリ」
さっとスライド化された手順と、個別具体的なメソッドを集約したデータベースへのアクセス権を提示される。
これほどまでにムラサメ研における量子脳研究が進んでいるとは、ゴップは予想もしていなかった。
ならば、とゴップは決断する。
「ムラサメ研はどうしたいかね? 保健衛生省と軍の相乗り的外局のままとどまるか? J7に編入する、という手もあるが」
統合参謀本部の第7部であれば、地球連邦軍における国防戦略の中枢研究機関となれる。
まさに、軍を育てる機関、というポジションだ。
「ありがたいお話です。ただ、旧装備開発実験団上がりのスタッフもここは抱えておりまして――ゴップ閣下、海軍戦略研究所を我々にいただけませんか?」
ゴップは確信する。
このドクター・ムラサメか、あるいはここの関係者にガノタがいる、と。
UC0081年の時点で海軍戦略研究所を欲しがるなど、ガノタであることを自白しているようなものだ。
ゴップとていずれ来る小型MS開発計画の中心となる海軍戦略研究所――サナリィを放置しておくつもりもなかった。時を見て手中に収める算段ではあったが、まさかこうも都合よく己の手駒に揃えられる機会が来るとは思っていなかった。
「アン少尉」
「はい、閣下」
「君はMSに乗るそうだね?」
「はい」
アン少尉が素直に頷く。なんだこれ天使か? とゴップの内に秘めたる女子が目を覆う。
こういう子こそ、本当のアイドルなんだよなぁ、と昔の売れなかった時代を思い出し死にそうになる。
「MS演習をするとき、手ごわい相手はいるかい?」
「はいっ! ゼロ大尉どのと、リュウ大尉どのですっ!」
その二人の人事情報を出せ、とドクター・ムラサメに促す。
彼から渡されたデータは、強化人間あるあるのそれであった。
ゼロ・ムラサメは戦前の経済的苦境に巻き込まれてネグレクトされた家庭出身。
リュウ・ムラサメは六番目の実戦仕様強化人間。コロニー落とし孤児。
両者とも技量はトロイホース隊を殲滅できるほどであり、ゴップ子飼いのシン大尉から『チートですよぉ』という泣き言報告を受けている。
「なるほど。アン少尉はこの二人に、勝てるかい?」
「えーっと、ゼロ兄なら、たまに。クソザコおじ――訂正、リュウ大尉どのには勝てません」
「アン少尉、これはプライベートの会話だから崩していいよ?」
ゴップが孫娘に話しかけるように笑みを浮かべて促す。
「え、ほんとっ? すごい、ゴップ閣下は話が分かる人だからってクソザコおじさんが言ってたの、本当みたいね」
クソザコおじさん……これは、俗にいうメスガキちゃん、だっただろうか。昔の記憶過ぎてうまく思いだせないが、こういうタイプの子がいたようないなかったような。
「そのクソザコおじさんについて、どんな人か教えてくれるかな?」
「んーとね、すんごい強いの。だけど、メンタルはクソザコね。わたしみたいな子がいないとすーぐ、寂しがっちゃって。だからわたしが、オトナのオンナのミリョクってやつで、ちゃんといやしてあげてるわ」
「Oh」
ゴップ元帥はそのクソザコおじさん――リュウ大尉が危険な特殊性癖を持っているかもしれない、と危惧した。いや、むしろムラサメ研究所の連中が勢ぞろいで、こんな天使な子を洗脳しているのではないか、と思えなくもない。
「そうかぁ。アン少尉も苦労しているんだ?」
「そうよっ! わたしがいないと、ホームのみんなはダメダメねっ」
ふんすっ、と胸を張るアン少尉の姿に、ゴップはどう答えたものかと悩む。
ただ、彼女自身がそれほど暗い雰囲気をまとっていないので、もしかしたらこれはこれで幸せなのかもしれない、とも思える。
ゆえに、彼女に軍内メッセージアカウントを渡しておく。何か困ったことがあったらおじさんに報告するように、と。
「ありがと、ゴップ閣下。ねぇ、閣下のこと、まんまるおじさんって呼んでいい? すごくイイひとだって、わたし分かっちゃったんだ」
NT的な強化感性か? 心理は読まれていないようだが、なにか深層を見ているのかもしれない。ゴップは多少警戒しながらも、この子が使える手駒になるかもしれないという期待と、単にかわいいものを手元に置きたいという私欲から、いいよ、と答える。
絵面的には、元帥が美少女に変な綽名で呼ばせている構図になるが、それもよかろう。
むしろ、ゴップが極めて俗物――あらゆる世代の女と関係を持つような、煩悩の塊のような奴として世間にプレゼンしておくほうがいい。そもそもスキャンダルというのはクリーンなイメージで売っているときに起きるもの。
もともとダーティなイメージを世間に抱かせておけば、スキャンダルなど起きようがない。
「アン少尉、聴きたいことは聞けたよ。ありがとう。退出してくれたまえ」
「うん、バイバイ、まんまるおじさんっ!」
手を振って退出していく彼女に、ゴップも軽く手を振る。
ドアが閉まり、ゴップは居残りのドクター・ムラサメとビショップ博士をみる。
「――年始の軍令で、ムラサメ研を正式に統合参謀本部のJ7に移管する。以後は統合参謀本部議長たる私の命令で動きたまえ。同時に、海軍戦略研究所も移管させよう。これに合わせ臨時予算を予備費から吐き出させる。あるいは機密費かもしれんがな」
ムラサメ研を正式に軍直轄にする、と明言を受けたドクター・ムラサメは満足そうに頷いた。
どうやら、このドクターは今までの処遇に相当の不満があったのだろう。
保健衛生官房からすれば最大限の予算的配慮を行っていたようだが、強欲な博士連中にとってはそんな政治的機微など分かるはずもない、か。
「そうだ。私のホームパーティにムラサメ研究所の諸君も招待しよう。正式に直轄になったのだから、私の管轄する組織の面々と縁故を結ぶ機会も必要だろう」
ゴップはデジタルチケットを複数枚ドクター・ムラサメに渡しておく。
それは『ゴップ家主催、ニューイヤーパーティ』と開催日、会場の位置情報及びドレスコードが記載されているものだ。
政治資金パーティではないから、参加費も無用。
無料で飲み食いさせ、知らぬ者同士を交流させる顔つなぎの場であり、何のかんのと理由をつけて様々な機会に行っている私的なパーティである。
「ありがとうございます」
「そ、それがしも参加してよいでござるか? アン様のドレスの着付けなどをご教示差し上げねばならぬゆえ」
君は来るな、とは言えない。どうやら先ほどの場を観察するに、アン少尉はビショップ博士にもそれなりの敬意を払っているのが見えたからだ。彼女が信頼する連中は一通り連れてきて構わない。
あとは、そこからガノタを拾いあげるだけだ。
おそらく一番怪しいのは――ビショップ博士あたりだろう、とゴップは目をつけている。
何せ、こちらが量子脳に対する意識と記憶移植で困っているこのタイミングで、実際にそれを成功させているのだから。
おそらく、この外見に似合わぬ異常に早口なござる口調も、ブラフに違いない。
愚か者を演じて、油断を誘っているのだろう、と長年の政治的直感が告げている。
「さて、では失礼させてもらおうかね」
ゴップが立ち上がり、ドクター・ムラサメとビショップ博士に同伴されながら飛行場へと案内される。
ディッシュが駐機している格納庫にて、ゴップはビショップ博士に向き直る。
「ビショップ博士、私は君を見ているぞ」
「ひぇっ! それがし、申し訳ないでござるが異(常)性愛者でござるっ!」
ふむ、バカのふり、か。
うちのシン大尉もこのくらい狡猾であれば政治に放り込めるのだがな、とゴップは内心でため息をつきながら、ディッシュのタラップを上った。
リュウ・ムラサメは飛び去って行く空飛ぶ円盤、というより空飛ぶカメのごときディッシュを、演習場のジムカスタムのコックピットから見送る。
ゼロがペイルライダーを破壊されたので、ジムカスタムに乗り換えるべく、機種転換訓練に付き合っているところだった。
『リュウ大尉、どうしたんだい?』
すっかり打ち解けた様子のゼロ大尉が話しかけてくる。
「いや、偉い人の航空機なのに護衛がないな、と」
『コマツから出るみたいだよ。ライトライナー装備のジム改小隊』
「そうか」
ムラサメ研の各種監視システムに記録が残るゆえに、互いに無用なことは言わないが、ともに実戦の場をくぐったので、相応に親愛の情というものが湧くのは自然なことだった。
ただ、リュウ・ムラサメはそれを警戒していた。ドクター・ムラサメ他の連中が、リュウの心理的弱点はゼロやアンである、とみなし、人質として使うシナリオを想定しているからだ。
そのシナリオに備えるべく、リュウとて研究員たちのプライベートを洗っておき、やつらの愛を弱みに転換できるよう手を尽くしている。
いまのところ、ビショップ博士以外については、対応可能にしてある――つまり、ビショップ博士というやつは極めて怪しいやつである、とリュウは警戒しておくべき対象に組み入れている。
『あの偉い人のことが気になったの?』とゼロ大尉。
「ほら、俺は偉い人の前に立ったことがないから――経験を積みたくてね」
一目会ったら、どんな気分になるだろうな、とリュウは想像する。
最高にハッピーかつ最悪の気分になるだろうな。
『そっか、そうだね。リュウ大尉はマッケンジー少佐より上の階級の軍人と、仕事でかかわったことないもんなぁ。んー、嫌なやつとかも結構いるけれど、大抵はふつうのおじさん、おばさんだよ?』
気を使ってくれているのか、ゼロ大尉が自身の経験を語ってくれる。
彼のジムカスタムが謎の身振り手振りをするのが少し面白かった。
『ゼロ兄、クソザコおじさんっ! かわいいアンちゃんから大事なお知らせよ!』
突然通信に割り込んでくるアン少尉に、リュウは苦笑する。
体を変えたばかりだってのに元気なものだ。
それに、新しい体のここが気に入らないうんぬんとビショップ博士にごね倒して、日々身体改造にいそしんでいる。
大興奮しながらハハァー、ありがたき幸せっ! と平伏して24時間体制で勤め上げるビショップ博士も異常だ。
そんなに乳首の色なんて重要なのか?
「アン少尉、通信プロトコルは守れ――」
「わたし、偉い人のニューイヤーパーティーに誘われちゃったわっ! でもぉ、わたしがいないとみんな寂しくて死んじゃうでしょ? そこで、みんなのチケットもゲットしてきちゃったぁ。ってことで、年末はヒコーキ旅行よ」
馬鹿野郎、せっかくゴップ元帥にバレないように接点減らしてるのになにやってんだっ! とブチ切れそうになるのを抑える。
『んん? クソザコおじさんのくせになんか文句あるわけ?』
勘のいい小娘であるアン少尉に、こちらの隠しきれなかった気配を感じ取られる。
ぬぅ、量子脳になったせいだ。
「いや、急な話で驚いただけだ」
『またまたぁ。ホントはわたしにシットしてるんでしょ? まんまるおじさんのチョーアイってやつを受ける、わたしに』
ちょ、寵愛? ゴップ元帥なにを考えているんだ?
俺が知っているアイツは、そんなビショップ博士みたいな野郎じゃなかったはずだ、と困惑するリュウ。
『ゴップ閣下のパーティなら、マッケンジー少佐来てるかも。うっひょー、僕なんだかワクワクしてきちゃったよ』
お前、3番目の彼氏にしてくれって提案は丁重にお断りされたんじゃなかったのか。
ゼロ大尉まで脳みそハッピーセットである。
『で、ニッポンでは年末に、互いにおもしろいアイサツをするって先生がいってたから、わたし、まんまるおじさんに、メッセージを送ろうと思うの』
『へぇ、どんなメッセージかな?』
ゼロ大尉がわざわざ相手にしてやっているが、リュウも分かっていた。
年末とくれば、あの言葉だ。
『えー、よいお年を、だったかな』
その通り。
いまだこちらの世界で身を隠しているだろう世界中のガノタに、リュウは心中でアイサツをキメる。
よいお年を。
来年は、ガチバトルだ、と。
良いお年をお迎え下さい