シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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山、でした。
下界に戻ってきたので、淡々と更新再開でやんす。
エタったのではないかという恐れを抱かれぬよう、次、山に行くときは事前に期間を明記いたしまする。
ご心配をおかけしてすみませんでした。


第四二話 0082 月光と世界システム

 UC0082年2月ごろ。

 今日は満月だから、みなで月と一緒にダンスをしよう、とゼロが提案した。

 まさにルナティックな提案だが、ムラサメ研究所の職員たちはおかしなことが大好きなので、ゼロの提案にノリノリで賛同した。

 

 リュウとアン・ムラサメが演習場での鍛錬から戻ってくると、居住棟の雪が降り積もった中庭に数多の雪像が組み上げられていた。

 ムラサメ研究所に属する奉仕者――子どもたちがプチモビを使って造り上げた雪像は、アニメやコミックのキャラクターであったり、まぁるいおなかのゴップ提督であったりとさまざまである。

 

「すごいじゃん」

 

 アンが子どもたちといっしょにキャッキャと雪像を見て回る。

 リュウは広場のケルト調ミュージックに気を引かれた。

 その音源をたどると、中央でキャンプファイアを囲みながら踊りまくっている博士たちの輪がある。

 

「これは――いったいどういうお祭りで?」

 

 リュウはワインボトルをラッパ飲みしているドクター・ムラサメに声をかけた。

 

「ゼロ大尉が、満月だから踊ろうと」

 

 しっかりとアルコールを含有した呼気がドクターから漏れる。

 

「理由は何でもいいわけですね」

「まぁ、ゼロに聞け。私は好きなように生きて、好きなように死ぬ」

 

 さらにワインをあおるドクター。

 リュウは話にならないことを察して、キャンプファイアの傍でステップを刻んでいるゼロの横に立つ。

 もちろん、流れているケルト調の曲に合わせて足さばきを繰りながら、だ。

 

「やぁ、リュウ」

「ゼロ。これはいったい?」

 

 リュウの問いに、ゼロはダンスで答える。

 彼の踊る姿は、そこにいる誰よりも月光が似合っていた。

 

「ダンスをするのに理由がいるのかい?」

「意味などない、か」

「リュウ、君のよくない癖だよ。なんでもかんでも理由をつければいいってものじゃないんだ。ただ何も考えずに、踊って、楽しんだらいい」

「けど、俺は……」

「分かってる」

 

 ゼロがぐっと体をリュウに寄せる。

 

「君がどれだけのことを抱え込んでるか、僕にはわかるよ。それを軽くしてあげることもできない。だけど――」

 

 ゼロから差し出された手をリュウがとる。

 曲調が変わり、ワルツのリズムに乗る。

 

「一人で戦わなくていいよ。周りをみてみなよ。リュウ・ホセイ」

 

 リュウはゼロにうながされるままに周囲を見渡しながら、ゼロのステップに合わせて身を任せながらくるくると回る。

 

 こちらに来た頃と違い、ムラサメ研の皆の表情はとても明るい。

 その非道さは日を追うごとに悪そのものへと至っているはずなのに、研究員たちも被験者たちも揃いもそろって楽しそうだ。

 

「リュウ、これが君のチームなんだ。愉快な悪党と哀れな被験者たち。だけど、ここに幸福は確かにあるんだ。それは君が用意したものだね」

 

 ゼロの言葉に、リュウは温かみを覚える。

 このストレートな優しさがニュータイプの本質なのではないか、とすら思えてくる。

 ニュータイプを戦いの道具としてしか利用できなかった原作宇宙世紀とは別の可能性を、リュウはかすかに感じた。

 

「――そろそろ、なんだろう?」

 

 ゼロの手がリュウの褐色の頬に触れる。

 

「君は歴史を変える。そんな予感がするんだ。そのために、僕らを使ってよ」

 

 ゼロのまなざしにやましいものはなかった。

 その穏やかな瞳に、リュウは見入った。

 リュウはゼロの手を取り、そのまま身を寄せ合いながらワルツを踊る。

 

「――わかった。だが……」

「危険、なんだろ? いいよ。君のために死んでやるのも悪くないさ」

 

 ゼロの優しげな笑みに、リュウの心は締め付けられる。

 そうでは、ない、と言いたかった。

 誰かを切り捨てて未来に行きたいわけではないのだ。

 そう、ただ皆で幸せに宇宙世紀を生きたいだけなのに――とリュウは心中で喚き散らす。

 誰も死なせたくない。

 しかし、これはガンダムの世界。

 想いだけではダメなのだ。

 手練手管を巧みに使い、因果の糸を紡がねばならない。

 

「ありがとう」

 

 リュウは言葉に尽くせない思いをこめて、礼を述べる。

 

「いいよ。その言葉があれば、僕は戦える」

 

 二人はただ月光の下でダンスを続けた。アン・ムラサメがゼロを奪っていくまでは。

 

 

 

 グリーン・ワイアット大将はウェールズの辺境にある私邸にて意外な来訪者に対応していた。

 仮面の女は英国式の挨拶を心得ているらしく、本来は警戒すべき不審人物であるにも関わらず、どこかワイアットの懐に飛び込んでくるようなところがあった。

 

「お初にお目にかかります。わたくし、イングリッド・ソレルと申します」

 

 シックなスーツ姿が馴染んでいるが、まだデビュタント(上流階級における社交パーティへの出席)を終えたばかりの令嬢のはずだ。

 外見の年齢と、仮面の下に覗く巧緻のまなざしギャップがありすぎるな、とワイアットは心中で警戒を強める。

 

「ご丁寧にどうも。ソレル家のお嬢様が私のような一軍人にいかなるご用件で?」

「端的に申し上げますと、ワイアット大将とお近づきになりたくて参りました」

「ソレル家のご令嬢にそういわれると、断れませんな。応接間にどうぞ」

 

 ワイアットはこのウェールズの辺境にあつらえた私邸にて、休暇を楽しんでいた。

 楽しむ、と言っても俗なコリニー大将のようにゴルフ三昧などではない。

 ワイアットの楽しみとは、知的な研鑽である。

 書斎にこもり、私財を投じてかき集めた様々な書物を開き、そこに人類史が積みあげてきた知性の塔を見出すのだ。その塔をさらに高く、あるいは基礎をより強くすることに貢献していくことこそ、ワイアットにとっての快楽であった。

 

 孫子――旧世紀よりひたすらに手あかのついたこれに、宇宙世紀の戦闘ドクトリンを鑑みた形での新たなる解釈をなせるのではないか、というウォーミングアップを始めたところに、突然の来訪者――イングリッド・ソレル嬢である。

 

「ヨーコさん、甜茶を用意してくれ」

 

 住み込みで屋敷の維持管理を行っている老婆に声をかける。

 ジオンのコロニー落としで頼れる息子や娘を失い、孫も失った身寄りのないアジア系の老婆をワイアットは私費で雇っていた。社交界や高級娼婦との遊びであるならば若い女性たちや妙齢の女性たちと戯れるのも男の嗜みではあるが、ワイアットにとって私邸――知的聖域にそれは不要。

 ゆえに、ただ哀れな老婆に屋敷の手入れをさせ、ウェールズの郷土料理を作らせたり彼女の家に伝わる東洋の料理などを振舞ってもらったりしている。

 

「かしこまりました、旦那様」

「簡単な茶菓子も用意するように。私は彼女の本家に失礼がないよう、連絡をいれてくる。しばし彼女の相手をしてくれ」

「はい、旦那様」

 

 紳士たるもの、突然の若き令嬢の来訪に対してはクレメンティアの精神で相対すべきである。特にデビュタントを終えたばかりの令嬢というものは、相手が真の紳士であるのか、紳士の皮をかぶったオオカミに過ぎぬのかを見抜く眼力というものが足りない。

 

「まったく。令嬢に傍仕えも付けないとはなにごとか……」

 

 経験、というもので学ぶことを否定しないが、社交界の令嬢にとってそれは心身共に傷物になりかねない。

 

 ワイアットは私室の通信端末を立ち上げ、貴族名鑑に載っているソレル家を呼び出す。

 しばしのコール音の後、通話がつながる。

 

『ソレル家応接AIでございます。ご用件をどうぞ』

「グリーン・ワイアットである。イングリッド嬢のプロトコル(社交界の儀礼)の件を担当できるものにつないでくれたまえ」

『かしこまりました。カムラン・ブルームにつなぎます』

 

 カムラン? とワイアットはいきなりの大物に繋がり内心で首をかしげる。

 いま欧州社交界を席巻しているロームフェラ財団の筆頭代理人である彼が直々に対応するということになると、ますます訳が分からなかった。

 

『代わりました。カムラン・ブルームです』

「通話にて失礼いたします。グリーン・ワイアットと申します」

『これはこれは……閣下。ロームフェラ財団のカムランです』

 

 二、三の社交的な挨拶を済ませて本題に入る。

 

「――さて、イングリッド嬢が当家に来訪されておられる。傍仕えの者がおらず、正直困っております」

 

 紳士の世界において、若い女性がこのような老境の域も見えようという男のもとに単身密会にやってくるなどというのは、どちらの家にとっても醜聞になりうる。

 

「これは失礼いたしました。閣下のご指摘はまことに正しい。送迎させたパイロットには同伴するよう伝えたのですが……おそらくイングリッド様が断られたのでしょう。閣下と戦史について相談したいことがあるとのことなので、お一人になりたかったのかと」

 

 今どきの上流階級の令嬢は、軍人になるものも数多いるため、そのような好奇心を持つことは決してマイナスではない。

 しかし、歴史の積み重ねが過ぎる欧州貴族――特に、男系主義が色濃く残っている貴族社会では、いまだ女性の軍事への興味関心は、男の領域に踏み込むもの、として恥とされる文化があると聞いたことがある。

 なるほど。となるとイングリッド嬢はそのような閉塞的な身の回りの貴族社会を飛び出して、お忍びで来訪されたということだろう。

 

「なるほど、事情は理解いたしました。ただ、私邸に若い令嬢を無警戒に招き入れたとなると私の風聞も悪いので、送迎担当のパイロットに降りてくるように伝えていただけますか?」

『かしこまりました。大変恐縮ですが、お嬢様をよろしくお願いいたします』

「無論です。責任をもって無事お返しいたします」

 

 通話を終え、ワイアットは裏口を通って外へと出る。

 上空を眺めると、SFSに乗ったジム改が降下姿勢に入っているのが見えた。

 地球連邦軍の機体ではなく、州軍所属のそれは、ワイアットの私邸に隣接する広大な空き地に颯爽と着陸した。

 地球連邦に加盟する旧国家群や貴族領は、各地方で州軍を組織している。ソレル家もまた、州軍に出資しているのは間違いなく、建前的な州軍の階級も持ち合わせているのが常。そういった経由で、令嬢の送迎にMSとSFSを使用できる、ということだ。

 

「いい腕だな」

 

 MSから降り立ったパイロットスーツ姿の女性を認め、ワイアットは出迎えるべく表口へと急ぐ。

 

 玄関口でワイアットが待っていると、パイロットの女性がやってきた。

 

「お待たせいたしました。ライラ・ミラ・ライラ中尉です」

 

 州軍の階級章を付けたライラ中尉からの敬礼に、答礼。

 

「ご苦労、ライラ中尉。すまないが、ソレル嬢のお相手をしている間、応接間にて待っていてくれないだろうか?」

「了解、閣下。ところで……ウィスキーについて興味がありまして。古来よりウェールズのそれは絶品だとか」

 

 ライラ中尉のチャーミングな頼みごとに、ワイアットは苦笑する。

 

「用意がある。ただし、ほどほどにな。貴官はソレル嬢を無事送り届ける義務がある」

「心得ております。なに、焼灼アンプルも用意済みです」

 

 アルコールを一気に体内から抜き取るパイロット御用達の薬物である。

 過剰な使用は建前上厳禁とされているが、副作用もない便利グッズであるため、現場ではかなりの数が出回っているのをワイアットも心得ている。

 

「まったく……。ようこそ、ライラ中尉。ワイアット家は君を迎え入れる」

「はっ。お世話になります、です!」

 

 その日、ワイアットの貴重なウェルシュ・ウィスキーが数本消えることになったのだが、ワイアットは歯ぎしりとともに何とか紳士的に耐えたのである。

 

 

 

 その日のうちに送り返すつもりだったのだ、とワイアットは誰にでもなく言い訳をする。

 だが実際はどうだ?

 久しぶりに激しく若い女性たちと一夜を明かしたワイアットは、いま散らかった酒瓶と乱雑に広げられた数多の書物の中で、大の字にひっくり返っていた。

 

「あらあら、閣下のアレは情けないのですね? この程度でこんなに疲れて……」

 

 ブラウスの胸元が緩んでいるイングリッド嬢のまなざしに、蠱惑的なものを感じるワイアット。

 そして、ノーマルスーツの前を大胆に全開にしているライラ中尉は酒瓶を抱えてぐーぐーと寝息を立てている。

 

 若い女性二人との夜は、とても激しかった。

 どれほどのカロリーを消費したか……計算するだけでも恐ろしい。

 

「なんの……このワイアット、まだまだ若いお嬢さんに組み敷かれてしまうほどでは」

 

 そういいながら、ワイアットは気合を入れて、最後の力を以って立ち上がる。

 

「でも、アレが奮い立たなければダメなのでしょう? ワイアットおじさま」

 

 イングリッドが指先をワイアットの額にあてる。

 

「ここが、元気じゃないとだめですわ」

 

 まさにその通り。

 知的乱闘ともいうべきかような夜を過ごしたのは久方ぶりであった。

 

 事の始まりは、イングリッド嬢による、かつてワイアットの提出した『アメリカ革命』に関する論考についての様々な質問であった。

 よもや若いお嬢さんがそのようなものを読んでいるとは、と気をよくしたワイアットは、まるで女学生に講義するがごとく、かいつまんで話をしたのだ。

 

 それが、失敗であった。

 

 イングリッド嬢はそのようなことを求めていなかったのだ。

 それはいわばアイサツ代わりのジャブのようなもの。

 まだまだラウンドの序盤。

 新進気鋭のイングリッド嬢による、ワイアットへの探りでしかなかったのだ。

 

 そこからが激しかった。

 アメリカ革命論とジオニズムの共通性の話題へと至り、次第に話は現実へと大展開され、いかにして革命論をぶら下げているジオン公国と妥協的文明の延長線上に存在する連邦を、人類を分断することなく互いに共存する政治体制へと至らしめるか、という話へと突き進んでいったのだ。

 

 かねてより、旧世紀のアメリカ流統治――被支配地域に対する親米政権樹立と国家承認について深く調査を進めていたワイアットは、アメリカの南ベトナム統治の失敗や、アフガン統治の失敗、そして日本統治の成功と独立について論じた。

 ここに、ジオン公国――いや、スペースノイドたちを再び地球連邦の旗のもとに統合する何かヒントがあるのではないか、とワイアットは思索を進めていたのだ。

 

「さすが閣下は教養が深い。わたくし、感心いたしました」

 

 脳内ボクシングリングでは、イングリッド嬢の左ストレートがワイアットに直撃、である。

 教養が深い――すなわち、斬新でもなければ先があるわけでもない。

 ただ人類の積みあげた知的財産にお詳しいのですね、という痛烈な皮肉をくらい、ワイアットは一度マットに沈んだ。

 

 ただ、すぐに立ち上がるのがワイアットである。

 

「ではイングリッド嬢の見解を聞かせていただきたく」

「世界帝国システム論。わたくしは、これでジオンと連邦の道が見えるはずなのでは? と考えているのです」

 

 そこからのイングリッド嬢の試論は見事であった。

 いかなる時代においても世界はシステム化されていた。

 例えばかつてのマケドニア帝国やローマ帝国。

 これは政治的統合を伴う帝国システムであり、それは中央システム、半周辺システム、周辺システムの三つによって構成されたシステムである。周辺と半周辺は中央へと経済的余剰と知的余剰を移送する機能を有し(戦略リソースの中央移送機能)、中央システムは半周辺、周辺から提供された戦略リソースを半周辺、周辺に再分配する処理機能を有する。

 

 このような世界帝国システムが古代において成立しつつも持続しなかったのは、巨大な官僚統治システムと周辺防衛システム(すなわち、軍事力)を維持し続けるにたる、持続可能な戦略リソースを有さないからである。

 ローマ帝国であれ、マケドニア帝国であれ、中央銀行もなければ電子計算機もなく、AIも自動化工場もない。ただ人が人を統治し、半周辺、周辺に住まう人々の生み出す財とサービスは農本主義とそれに紐づく原始的資本主義のみであった。

 

 農業が不作になれば。

 周辺部に異民族が来襲し、戦場になれば。

 疫病が流行し、周辺部の人口が減少すれば。

 

 古代の世界帝国システムは、かくも容易く瓦解する要素を内包していた。

 

「そして、中世期の世界システムは過渡期的システム――すなわち、世界経済システムですのよ」

 

 旧世紀――すなわち、世界がブルボン王朝やスペイン帝国、アメリカやロシアなどと『主権国家』概念のもとに割拠していた時代を、イングリッド嬢は互いに外交ネットワークでつないだ分割統治システムによって成り立つ『政治的統合なき世界経済システム』と呼ぶ。

 

 この世界経済システムは、分割統治政治システムと世界経済システムの二層で構成される。分割統治政治システムとは、選挙や革命、クーデタなどという政変APIを有するもので、政変は局限された影響(一国、あるいは外交ネットに繋がる関係国)しか持たない。

 

 しかし、一方で経済に関しては世界経済システムと呼ぶべきものに至っており、互いに違う国家に属しながらも(政治的分断)、経済的には密結合関係にある時代である。

 

 このような時代においては、戦略リソースを世界中から調達することが可能でありながら、政治的統合がない、という世界が誕生する。世界の財とサービスを繋ぐ――小麦を世界中から買い付けて、製パン工場に投資し、大衆にパンを与えて対価を得る経済的な仲間たちが力を持つシステム――『CON(共に)PANIS(パンを食らう)』すなわち、企業(カンパニー)の時代である。

 

 ゆえに、このような時代では失業こそがもっとも大衆にとって恐ろしいものであり、カンパニーに所属できないもの(失業者、障がいをもつもの、高齢者など)を救済する社会福祉政策こそが分割化された各統治システムに求められる処理となる。

 

 また、この分割統治政治システムと世界経済システムの二層構造を有する社会は、経済的余剰と知的余剰の偏りを世界システム全体として再分配する機能を有さない。

 なぜなら、分割統治政治システムだからである。中央処理システムがないのであるから、当然である。

 

 つまり、この時代は、経済的余剰と知的余剰を積みあげ続ける国家と、そうでない国家に分断される。

 そして、最終的には経済的余剰と知的余剰を積みあげた国家が、世界帝国システムに再び世界を再編するかどうかを決める、というシンギュラリティポイントを迎えることとなる。

 

「何度も繰り返した世界帝国システムと政治的統合なき世界経済システムの循環の先に生み出された怪物が、地球連邦政府ですわ。わたくしはこの怪物のことを『人類帝国システム』と名付けていますの」

 

 人類帝国は人類を統治するために生み出されたシステムである。

 政治的に統合されているため、外敵はおらず、その防衛システムに対する戦略リソースの投入は極めて限定的である。

 人類統治のための官僚システムに関しても、数多の文化的差異を有するすべての人類を包摂する以上、その執行及び立法行為は文書主義の洗練――すなわちデータベース中心主義へと変遷する。

 データ化された大衆の意思決定の履歴を解析し、それを未来演算のためのビッグデータ資源として扱うAIによって支援された巨大な計算主義的官僚機構が誕生する。

 

 これが工学化された現代の地球連邦政府なのだ、とイングリッド嬢が持ち寄ってきた電子資料を基に語り――ワイアットはただ刮目し、童心に返った。

 

「おもしろいっ! イングリッド嬢、これはとても面白いですなぁ……!」

 

 地球連邦宇宙軍を預かる大将という身分も忘れ、ワイアットはそのままワクワクとした心境の赴くままに、年甲斐もなくイングリッド嬢と一晩熱く語りあってしまったのである。

 

 そして、明け方ごろに、いよいよジオンとは地球連邦に対するサブシステムの整備にほかならないのではないか? という仮説をイングリッド嬢と語らっていて――疲労のあまり、意識を失ったのである。

 

 本当に激しい夜だった……とワイアットはこれほど盛り上がったのは、かつてゴップ提督とアメリカ革命論を語り合った日以来ではないか、と思いをはせる。

 

「イングリッド嬢――あなたは、私の知の女神だ……」

 

 ワイアットは目の前に現れた美しい乙女に、すっかり心を奪われていた。

 年甲斐もなく――彼女と語らっていると胸が熱くなり、頭がフル回転する。

 彼女とこのような時間を過ごせるなら、今すぐ軍を退役してもいいとすら思えるほどに、若き衝動のようなものが再びワイアットの内心を焦がしていた。

 

「ええ、閣下。世界はまだまだ、面白いことでいっぱいなのでしょうね」

 

 そういって、イングリッド嬢が応接間のソファに身を預ける。

 ブラウスの胸元のボタンが外れており、豊かな胸の谷間が強調される。

 ワイアットは彼女にさっと毛布を掛けて、淑女として恥じらいのないように配慮をする。

 そしてチェイサーの炭酸水をショットグラスにぐいと注いで、一杯流し込む。

 寝息を立てるイングリッド嬢の美しい寝顔に見入りながら、ワイアットは『恒久平和のための世界システム試論』を頭の中でくみ上げる。

 

 アースノイドとスペースノイドなどというわかりやすいラベルに分断された世界を、もう一度一つにするために。

 

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