申し訳ございません
コンペイトウ――かつてジオンの要塞であったソロモンを、連邦はこう呼びかえた。
コンスタンティノープルをイスタンブールへと変えた歴史があるように、名前の衣替えというものは支配の第一歩でもある。
さて、様々な自動工廠を備えるコンペイトウにて、一人の将軍が、かつてザビ家側近の執務室であった重厚な内装に囲まれている。
彼はマホガニーの執務机に置かれている小さなサボテン鉢に霧吹きを向けながら、木星から届くディレイのある通信に耳を傾けていた。
『――では、あれは機関部品ではないのですか?』
パプテマス・シロッコの疑義に、将軍――レビルは静かに答える。
「そうだ。イデオンガンというコロニーレーザーを凌駕しかねない超兵器ゆえ、扱いは慎重にな」
『了解――閣下、ご指示いただきましたソロシップ発掘/起動試験についてですが、ほぼ全工程を完了しております。技術屋としても……この反物質エンジンと亜空間航法システムについては、とても興味深く』
「つかえそうかね?」
レビルは霧吹きを片づけ、執務席に腰掛ける。
エゥーゴ群長という官職と大将という階級をぶら下げたレビルの机には、自らが率いる組織の略称が刻まれたネームプレートが置かれている。
A.E.U.G(Advanced Engineering Unit Group)である
先進エンジニアリング部隊群、などという胡散臭い名称を掲げている理由は単純。
MS中心とする兵器運用ドクトリンを開発するから、である。
地球連邦軍コンペイトウの施設と設備を接収し、仮想敵たるジオン公国に対抗する各種兵器――その内実を見るならば、MSとそれを支える艦艇や航空戦力の開発計画及び運用計画を遂行し、もって地球連邦軍における次世代戦闘ドクトリンを確立せしめる。
これが建前としてのエゥーゴである。
その実態は地球連邦軍におけるレビル将軍の私兵であり、月企業群(アナハイムグループを筆頭に、ジオン系企業なども当然参加する巨大軍事コングロマリット)による民生技術の軍事転用――あるいは、民間企業の軍需産業進出の最前線ともいえよう。
『……あれらは、まがまがしいですな』
やはりシロッコは勘がいいな、とレビルはあの白い顔を思い浮かべる。
天才、と称してはばからない枠にはまらぬ男ではあるが、レビルにとっては面白い男である。
「貴官がそう感じるのであれば、それは正しかろうな――ソロシップの運用試験を開始せよ。イデオンを積載し、亜空間航法にてコンペイトウまで帰還したまえ」
正式な命令書を電送しながら、レビルは淡々と命じる。
『はっ。地球圏に波乱を持ち帰りますよ』
「結構。多少かき回さねばなるまい」
レビルは通信を切り、ふぅ、と一息つく。
立ち上がり、執務室の一角に置いてある合成コーヒーメーカーから、コーヒー香料がキツイ黒々とした液体をマグに注ぐ。
かつて若いころにレビルが嗜んでいた天然物のコーヒーとは違う、ひどい代物だ。
「やはり『ギレンの野望』のようにはいかないが、どうするかね?」
レビルはマグを片手に、応接セットのソファに腰かける。
苦い液体を飲みながら、そう言葉をこぼす。
もちろん、独り言ではない。
対面のソファーに寝転んで昼寝を決めている若い娘に向けた言葉である。
「ボクねむい、のです」
眠たげに状態を起こしたのは軍医のマサキ中尉である。いまでこそレビル将軍直轄の衛生幕僚というポジションに収まっているが、もともと彼女は軍医であった。短期現役志願兵として後方の軍病院に勤めてた彼女とレビルの出会いは、それなりに衝撃的だった。
「レビル、ボクはつかれているので、ねます」
またしてもソファに寝転ぶマサキ。
上官に対する態度としては大問題だが――彼女はレビルと二人でいるときと、そうでない時を峻別できる。
二人が出会った時もそうであった。
ジオンの捕虜であったレビルがエコーズの手配で脱出後、心身の健康を検査すべく一時的に入院したサイド6にある軍病院にて二人は出会った。
診察室にて一通りの問診を受け、さまざまな検査をしてくれたのが軍医のマサキ女史であった。
その時は優秀な医者にしか見えなかったのだが――
『コロニーレーザーに焼き殺されたくなければ、ボクに従うのです』
と、唐突に真顔で宣言されたときは、どうしたものかと思ったものだ。
人払いを、と言われ、渋る警備兵を追い出して話を聞いてみると、マサキが診察室のモニタに今後のジオンと連邦の趨勢に関する未来を示した。
それはかつて、モーラ・バシットから聞かされていた内容に合致していた。
――この世には、ガノタっちゅう厄介な存在がおるんや。もしそいつに会って……使えそうなら、手元に置いたほうがええで、などとモーラが言っていた存在がこれか、とレビルはイレギュラーとの出会いに運命じみたものを感じた。
そしてマサキからギレンの野望、などという簡単なゲーミフィケーションされた資料を託された。
例のジオンに兵なし演説を済ませ――地球帰還後、レビルはゲームのエンディングに流れるスタッフロールに記載されていた、マサキの連絡先へとコールし、ジャブローへと呼び戻したのだ。
それ以来、彼女と二人三脚でうまく……いや、それなりに……そこそこにうまく互いに――もしかしたら一方的に、レビルが引きずられる形で、今日まで歩んできたのだ。
「マサキくん、君は寝てばかりだな」
「よく眠るために、人は一生懸命はたらくのです」
「私はここ数年、よい眠りとは無縁だよ――」
レビルはストレスにさらされ続けてきた最近を思い返す。
「ボクが助けてあげるのです。レビルを」
「階級をつけたまえ……ところで、これは?」
幕僚活動に伴う具申書の形で提出されたそれは、トリントン基地にて黒歴史情報を翻訳し、リバースエンジニアリングしているモーラ・バシット技術大佐に関するものであった。
「モーラ君について、何か心配することがあるのかね?」
すると、まるでコロニーが落ちてきたかのように飛び起きて、こちらを見るマサキ。
「レビル。モーラは、ヤバいやつなのです」
連邦とジオンの技術格差を埋めたキーパーソン、だからか? それともV2計画を行い、外宇宙の脅威を知って備えようとしているからか? レビルにはマサキの懸念が分からなかった。
ただ、モーラが何かを成そうとしているのなら、それは未来のためなのではないか、と思うほどには信頼している。
「彼女はギレンともずぶずぶの関係であることは承知だが――」
「モーラの要請で、トリントン基地に配備されていたMS部隊が交代したのです」
「……そのようだな」
「ぜったいに、何かあるのです。だって、モーラは原作のモーラと違うから」
彼女がいう原作、というのは、彼女がまるで見てきたかのように語るこの世界の歴史の話だ。例えば、まもなく迎えるUC0083年には、原作では地球連邦政府に対してデラーズフリートが決起し、コロニー落としテロと核運用テロを行うらしい。
そもそも、彼女が語る歴史はジオン公国を滅ぼしてしまったが故の――枝から腐っていく地球連邦政府の話と言い切れるものであった。
いまはその世情ではない。
ジオンは存続し、その政治的役割を果たし続けている。
「だから、トリントン基地に部隊を送ってほしいのです」
確かに、本来トリントン基地に配属されていた古参兵を中心とした部隊が軒並み転出され、戦後練兵されたものたちを中心とした部隊が転入していた。
「確かにきな臭くはあるが――これはモーラ君を守るためかね?」
「違う。レビルを守るため」
マサキが提出した具申書によると、ブライト少佐の部隊だけにとどまらず、レイヤー少佐率いるホワイトディンゴ大隊を送り込むよう記載されていた。いずれも本来のガンダムの量産を目指したRX-81ジーラインを擁する強力な部隊だ。
もしトリントン基地で何かが起こる――それがMS同士の戦闘であるならば、まだジーラインで防衛任務を完遂できるだろう。
だが、それだけで済むのだろうか?
モーラが怪しげな動きをしていて、マサキが警戒心をあらわにしている。
これは本物の危機なのだろう、とレビルは確信する。
ゆえに、手持ちの切り札について考えてしまう。
ゴップにより崩されてしまった正式なガンダム開発計画を秘密継承し――レビルとアナハイム社は決戦仕様のガンダムとして試作2号機の開発を進めていた。
高機動型無人機とし、核兵器にとどまらない対宇宙怪獣用の決戦兵器――言葉を選ばずに言えば、各種大量破壊兵器を運用するための極めて優秀な機体。
それはいま、コンペイトウの工廠で数機組み上げられている。
試作2号機もブライト少佐とレイヤー少佐に渡し、部隊運用データ取得などというお題目をつけて、事が生じたときは彼らの助けになるように準備をしておくべきかもしれない。
「マサキくん、本来のエゥーゴ設立の趣旨は、地球連邦政府のリビルドにある。私を守るなどという理由では兵を動かせんよ――人類を守るうえでその手段が有意義かを問いたい」
エゥーゴはレビルの私兵的組織であるとはいえ、建前というものがある。
それに、事実、レビルにとってエゥーゴは希望の核であった。
エゥーゴにかかわる政財界や軍人、科学者たちには後の地球連邦政府の中枢を占める精鋭たちになってほしいと期待を込めて育てているものたちだ。
兵の一人とて、無駄死にさせるようなことは避けたい。
「レビルはバカなのです」
一年戦争の英雄に向けるべきではない言葉が、マサキからあっさりと飛び出す。
じっとレビルを見据えながら、マサキが平然と言葉をつづける。
「レビルは原作で無責任に死んだのです」
「ふむ……」
「宇宙世紀人類史の損失。だから、ボクがレビルを使ってもいい、はずなのです」
そして、勝手にレビルの手からマグカップを奪いとる。
「レビルはバカでいうことを聞かないおじさん、なのです。」
マサキが、じっとレビルの瞳をみつめる。
「だから、ボクがガノタとして、レビルに責任をとらせるのです」
彼女が何を考えているのかは、レビルには読み取れない。
そして、だから、が何にかかっているのかも見当がつかない。
老境を迎えつつあるレビルにとって、マサキの言動はあまりにも突飛すぎて、理解する意味がないのではないかと思うようになっている。
いつだってマサキは唐突で、理不尽で――この老人に無茶を要求する。
理由を説明することはない。理由は後からわかるから、と。
「ボクの愛を受け取るのです、レビル」
マサキはレビルから奪い取っていたマグの合成コーヒーを一気に飲み干して、空のマグカップをレビルに投げ返した。
あわててそれをつかむレビル。
「――よくできました。受け止め損ねたら、壊れてしまうのです」
わけのわからぬことを言い残し、マサキが執務室から退出した。
彼女が出ていった戸口を唖然として見つめる。
しばしレビルは呆然としていたが、気を取り直し――軍人として、トリントンへの増援の詳細を詰めて是非を検討するべく、作戦幕僚と兵站幕僚への呼び出しコールをかけた。
地球連邦軍におけるミノフスキー物理学の結晶たるペガサス級強襲揚陸艦トロイホースは、ただひたすら浮き続け、かつ加速し続けるという物理学者も困惑する機動で地球圏の重力から離脱しようとしていた。
「マッケンジー艦長、トロイホース、現時にて大気圏離脱です」
大気圏突入と離脱を繰り返す、集中機動演習もいよいよ佳境である。
先般の突入、そして急速離脱。
特殊部隊たるアルファ任務部隊に求められる技能を演練すべく行われた集中機動演習は、検閲官の講評を以って正式に終了となる。
MS乗りであったころにくらべて格段に考えることと、掌握すべき人事と責任が増えたことに多少の胃痛を覚えながらも、マッケンジー少佐はつつがなく訓練を消化できているクルーたちの練度に心の中で感謝しておく。
特に、この近代化改修を施されたトロイホースは、戦闘艦であるにも関わらず少人数運用を可能にするという矛盾した実験艦でもある。
船体中心部にあるAIが各種制御を負担してくれるため、艦艇運用士官の乗員数を同型艦艇に比して、わずか30%の乗員で最大効率運用できるとのこと。
とはいえ、船体被弾時の応急作業員などの人海戦術が必要なところはどうなのだろうか? とマッケンジー艦長は艦長席で艦内の人員動体を確認しながら肝を冷やす。
応急修理活動に関しては、人手不足は間違いないだろう。
ゆえに、無人作業ロボたちに活躍してもらう形になるだろうが――この艦内作業に従事するドローンやロボの整備について整備科へ押し付ける形になっているため、まだまだ少人数運用理論を完ぺきに実装できているとは言いがたい。
「艦長、想定していたよりも機敏であり、練度も期待に沿っている。概ね良と評価する」
検閲官――という建前でトロイホースをタクシー代わりに使用しているのは、地球連邦軍の大黒柱ともいうべきゴップ元帥である。
かのレビル将軍を差し置いて元帥号を連邦議会に承認された重鎮が、わざわざ手駒の特殊作戦群に所属する一部隊に過ぎないアルファ任務部隊の練度を確認しに来た、ということになっているが、そう簡単な話ではない。
これを解するためには、軍というものを知る必要がある。
一年戦争時代は、地球連邦軍というものは化石のような組織であった。
連邦陸軍、連邦海軍、連邦空軍、そして連邦宇宙軍。
これらが軍事行政単位として存在するだけでなく、官僚主義と縦割り行政の弊害極まれるともいうべき、軍事力の運用単位としても組織されていた。
中世のアメリカ合衆国という国の軍事組織で進められていたという統合運用を忘れてしまったが如き組織編制ゆえに、予算を陸海空宇宙軍で互いに分け合う――もっと直截に言えば奪い合うという怪現象が起きていた。
予算だけにとどまらず、現場でも宇宙軍と陸軍の指揮権が縦割りされるなどという珍現象が発生しており――ジオンの地球降下作戦にまったく対応できないままズルズルと失地を増やしていった連邦軍の体たらくは、ジオンのザクの力もあるかもしれないが、どちらかというと地球連邦軍という構造に対する統治機構の失敗であったのではないか、という見解がかなり根強い。
CGSの授業ではないが、一つ政軍関係論の基礎演習課題を思いだす。
史実調査の課題だったろうか。
中世初期のジャパンにおけるメイジリストレーションにおけるミリポリシステム。
人類がいまだ地べたをはい回ってカタナやテッポウを振り回していた時代ですら、メイジ政府は陸軍海軍を分割せず、兵部省として一体運用を志したという。
なお、チャーシュー(チョーシューだったかもしれない)と、サチュマ(サツーマだったかもしれない)の政治的対立によって陸軍省と海軍省に分断されるという愚かな結末になり、それが数十年後にメイジリストレーション体制のエンパイアジャパンを滅ぼすことになったそうだ、とかつてCGSの政軍関係論で学んだ。
事実、マッケンジー少佐の隣に設けられた臨時の艦艇貴賓席に座るゴップ提督が剛腕を振るい、地球連邦軍CCMD改革プロジェクト――いわゆる統合軍計画により、軍種と編成は明確に大別された。
相変わらず予算争い、というものと無縁なわけではない。
だが、ゴップ提督が組織している統合幕僚会議という組織体とスタッフたちが策定した『第一次統合運用計画』により、その予算争いはかつての軍事官庁における既得権確保から、戦争遂行能力の確保へと大転換されている。
特に、MSの運用はすべての運用技術領域を巻き込む。
MS運用に牽連する形で宇宙/水上艦艇や航空機の活動領域は拡大しつつ、かつ互いに有機的連携を伴うものにならざるを得ないのだ。
ゆえに、エゥーゴなどという組織が誕生する。
古式ゆかしき陸海空宇宙軍の予算争いを嫌ったゴップ閣下が、何かしらの方向で予算争いにベクトルを持たせられないかと捻りだし――戦争の英雄であるレビル将軍に組織を紐づけることで、ごちゃごちゃと余計なノイズを黙らせるという、まさに政治的産物であるが――レビル将軍がそれを私的に利用しているという下馬評を否定するのは難しい、とクリスは思う。
(レビル閣下にも何か思惑があるのだろう)
隣に座るゴップ閣下の姿を横目にみながら、ゴップ閣下とレビル閣下の政治的に対立しているようなしていないような、という微妙な関係に巻き込まれたくないなと切に願うばかりだ。
さて、ゴップ閣下が同時に進めたのが連邦政府と連邦軍の指揮命令系統の確立である。
軍が政治家を動かしてしまうようなシビリアンコントロール違反を廃止。
軍の政治干渉を避けるべく、連邦政府の首相府に実権を集中させた。
連邦憲章に明文化されている通りに、首相を地球連邦軍の最高司令官に据えることに成功したのである。
首相→国防大臣→各統合軍司令官という形で指揮命令権が明確化され、ゴップは首相に軍事専門職として助言するチームである統合参謀本部議長の席に着いた。
統合参謀本部は議会を経由することなく軍の利益を代表する組織でもあるのだよ――と、既得権を代表する守旧派の軍人と防衛官僚を説得したゴップ閣下の腐敗言行録が本当かどうかはマッケンジー少佐には分からない。
ただ、首相に耳を目に戦争に関する助言を行い、首相がその助言に従わないときは『諫言』や『積極的指導』を行ったため、戦時中の不安定な政権によって首相がコロコロ変わった事実があるにもかかわらず、一貫して地球連邦軍としての軍事戦略が保たれた事実だけが、マッケンジー少佐の知るところである。
とはいえ、アルファ任務部隊の性質は少しばかり違うのだが……とマッケンジー少佐はちらりとゴップに視線をやる。
ゴップ閣下は鷹揚とした態度でブリッジクルーたちと談笑している。
堅物のマッケンジー少佐より話しやすい、などという失言をこぼし、はっとなってこちらを見ているシン大尉などを見ていると、ゴップ閣下は人にあれこれと口を開かせる天才なのではないかとすら思えてくる。
「――シン大尉、上司の悪口は陰でいうものだ」
マッケンジー少佐は冷めた目を向ける。
そもそもシン大尉とやらの軍歴は怪しすぎる。
速成教育で任官した消耗品としてのMS乗り士官としてソロモン攻略戦に参加。
それ以前の戦歴は、特筆すべきこともない。
ところがソロモン戦にてMAを一機。
その後のア・バオア・クーではかなりのMSを撃墜するなど、突然数字が『盛られ』はじめる。
(明らかに、ゴップ閣下との政治的コネね。なんであたしの部下にこんなのが配属されたのかしら。あとでバーニィに愚痴聞いてもらわなくちゃ)
いらだちを感じつつ、シン大尉を見下ろす。
当時、連邦軍内でも優秀なパイロットであると認められ、新型機のテストパイロットとしてガンダム開発と調整に従事していたクリスティーナ・マッケンジー中尉として言わせてもらうなら――モリモリの数字などありえない、と言い切る自信がある。
実際、この集中機動演習においてもシン大尉はシャニーナ少尉やヤザン少尉に対抗戦を依頼されても、断ってばかりいる。
「マッケンジー艦長、そういう目はよくないよ」とゴップ閣下が優し気な笑みで諭してくる。
「はっ。しかし、階級秩序というものもあります、閣下」
「よい心がけだね、マッケンジー艦長。だが……君は人の機微というものにこう、もうすこし配慮すると良い艦長になれるなぁ」
はっはっは、と若輩者の艦長の口答えを笑い飛ばすゴップ閣下の懐の深さには、さすがのマッケンジーも感嘆した。
だが、それはそれ、これはこれ、だ。
急速に冷え込んでいる環境の空気をマッケンジー少佐は理解しているが、トロイホースは軍艦であり、和気あいあいとしているというほうがオカシイ、と自分に言い聞かせる。
ゆえに、厳しくシン大尉をにらみつけたまま、彼の謝罪の言葉を待つ。
「……艦長、そのまなざしは、その……」
シン大尉があわわと言葉を探している。
そうだろう。
艦長に睨まれる、というのはこうあるべきだ。
艦長たるもの、権威と実力を示して厳格に艦艇運用規律を保ち、慈愛をもって厳しく乗員を導かねばなるまい。
甘やかして戦場で死なせるなど、ナンセンスこの上ないからだ。
「自分の業界では、ご褒美でありますっ……くっ!」
なぜか、一筋の涙をこぼすシン大尉。
その姿をみたマッケンジー少佐は、中国の古典を思いだす。
怒りのあまり、頭髪が逆立ち、冠をブチあげたという。
「貴様っ! 10分後にMSに搭乗し表に出ろっ! 宙間機動戦というものを教えてやろうじゃないかっ……!!」
おおっ、と艦橋のクルーたちがどよめく。
事の成り行きを見守っていたゴップ閣下が「では私が統裁官を務めよう」と太鼓判を押してくれる。
艦長として、いや、MS乗りとして、このふざけた男を叩き直さねば――と、マッケンジー少佐は艦長席を立った。