シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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これが滅びなのだ。これが、即ち、滅びなのだよ。

――栗本薫『滅びの風』


第四八話 再帰の0083

 

 シン大尉は困惑していた。

 トロイホースの艦橋にて指揮官級のブリーフィングを受けていたのだが、状況がひどすぎて硬直していた。

 シン大尉の薄い顔に張り付いている鼻から飛び出している鼻毛だけが、無常に全艦空調の風に当てられてフニャフニャとなびいている。

 

「――つまり、ジオンはかつての地球降下作戦以上の戦力をこの宙域に集結させているわけだ」

 

 マッケンジー少佐がシン大尉の鼻毛に軽蔑の目を向けながら、説明を続ける。

 

「ジオンの言い分は、北米ジオン暫定統治区、アフリカジオン暫定統治区に緊急展開する大規模降下演習を行うため、停戦協定に反しない軌道に突入するとのこと」

 

 艦橋の大型モニタに映し出された戦況図と戦力展開図、投射予測図をマッケンジー少佐が指し示す。

 

「当然、地球連邦政府の上層部はそのような戯言に対して厳重に抗議。そして、その抗議の意思を表明すべく、最も機動性に富んだ我々がここに派遣された」

 

 そして、マッケンジー少佐が各警戒線をモニタにレイヤーとして表示する。

 阻止限界線、と書かれたレッドラインの前方に展開するは、ジオンに比してあまりにも過小な連邦艦隊。

 

(Gジェネなら骨がありそうだ、で済む話だろうが、これは現実だぞ?)

 

 シン大尉は思わず目元を押さえた。めまいを感じてしまったからだ。

 ガノタたるシン大尉にはなじみのある連中ばかりなので、希望が無いわけではない。

 サンダーボルト勢を積んだスパルタン艦隊、スピンオフ作品から素敵な女性たちだけをピックアップしたとしか思えないグレイファントムを中心とするイプシロン任務部隊、そして紅茶提督が増援で派遣してくれたコロンブス級空母を中心とするルナツー分遣艦隊である。

 そして、なぜかムラサメ研究所の装備開発実験団がペガサスジュニアで戦列に参加している。なにかの実戦テストでもするつもりなのだろうか?

 

(ムラサメ研……不穏すぎるだろ?)

 

 シン大尉はガノタであるがゆえに、ムラサメ研究所にまつわるあれこれを知っている。

 とはいえ、一介の大尉に過ぎない彼自身がどうのこうの介入できるシロモノでもないため、あえて何も言うことはなかった。

 

「――現時点での戦力差は1:100という評価値だ。つまり、諸君らが奮戦し、各機が100機ずつ敵を落とせばいいだけである。さて、何か質問はあるか?」

 

 マッケンジー少佐が冗談なのか真面目なのか判別のつかないセリフを吐いている。

 よく見てみると、彼女の顔色は芳しくない。

 これは万策尽きて覚悟が決まっているか、何か悪いものを食べたかのどちらかだ。

 あるいは両方かもしれない。

 

『スパルタン隊のイオ中尉から質問事項一点。 増援の見込みは?』

 

 光学通信で参加していたイオ中尉が、渋い顔で問う。

 絵柄が太田垣センセのそれである。

 

「エゥーゴ艦隊がジオン艦隊の後背を突くべくコンペイトウより出航。3時間で現着だ」

『3時間って……』

 

 イオ中尉が絶句するが、マッケンジー少佐は無視する。

 

「ほかにあるか?」

 

 マッケンジー少佐の問いに対して、沈黙のみが返る。

 

「……よし。詳細は各自作戦計画を参照し、頭に入れておけ。あと、シン大尉は残れ。以上、かかれ」

『かかります』

 

 各員が略式の答礼を行い、それぞれのタスクを消化せんと行動を開始する。

 あわただしくなった艦橋で、残ることを命じられたシン大尉は艦長席に歩み寄る。

 

「大尉、この状況、どうみる?」

 

 マッケンジー少佐の目の奥に不安が潜んでいるのに気付いたシン大尉は、言葉を慎重に選ぶ。

 

「そうですね、気休めかもしれませんが、このまま睨み合いのまま幕引きというシナリオもない訳じゃないと思うんですよ」

 

 シン大尉は感想にとどまらず、自分なりの分析を艦長席のC4I2端末に表示する。

 政治的交渉というシナリオがどこかで進んでいるはずだという上部レイヤー分析と、降下して得られるポイントがあいまいすぎるという軍事的不完全情報ゲーム分析の結果を提出した。

 

「事が生じてしまえば、くたばるまで戦うほかないです。とはいえ、ジオン艦隊の動きを見てください」

 

 ここ数時間のジオン艦隊の動きは整然とした待機戦列を成しており、降下に向けた準備攻撃の兆候すら見られない。

 敵艦隊の運動質量ベクトル解析のデータや、補給艦艇からの物資搬送の諜報データをつかって具体的に、敵がただ何かを待っているだけではないか、という事実を適示する。

 

「この戦力差です。本気でキメる気なら、その物量で我々なんぞ潰して地球に降りればいい。しかし、それをやらないという事実。これが勘所だと本官は思料します」

 

 そして、シン大尉はあえて真面目な表情を作る。

 とても大事なことを言うからだ。

 

「――それに、最悪、我々は抵抗むなしく不可抗力による大気圏突入というチョイスがあるのです。艦長の経歴に傷をつけるかもしれませんが、ペガサス級を運用する我々だからこそできる、このダーティーなチョイスも、お忘れなく」

 

 シン大尉が説明を終え、マッケンジー少佐をみる。

 するとどうだろう? なぜかマッケンジー少佐が不思議そうな顔をしてこちらをみている。

 

「艦長、なにか?」

「貴官は、ちゃんと実戦慣れした士官なのだな」

「は?」

 

 今度はシン大尉があっけにとられた。

 

「正直に言おう。わたしは貴官がゴップ閣下のコネで軍の階級を持っているだけの素人だろうという疑念がいつもあった」

 

 さもありなん、とシン大尉も頷く。実際、正規の教育課程を経ているとはいえ、各課程の履修資格に関しては明らかにゴップのあれこれが働いていたのは事実だ。

 

「まぁ、そう思われてもおかしくはないかと」

「だが、考えを改めた。貴官はこのような状況でも――冷静だな。逃げることも算段にいれる、か」

「それは過大評価ですよ。単に臆病なだけです」

 

 シン大尉はとびっきりの励ましの笑顔(※主観)を浮かべる。

 マッケンジー少佐が顔を背ける。

 

「――弱音を吐いた。忘れろ、大尉。貴官の助言は頭の片隅に置いておく――プフッ」

「はっ」

 

 なぜだろう。マッケンジー少佐が顔をそむけたまま震えている。

 

(そうか……クリスちゃんはバーニィに甘えたかったけれど、いまは俺しかいないもんな。いけないいけない、ついつい包容力のあるオトコを演じちまったぜ……)

 

 震える艦長を抱き寄せるかどうか悩んだ末、それはやっぱりバーニィの仕事だな、と確信したシン大尉は、かかとを鳴らし、敬礼をして艦橋を退出した。

 

 

 

 廊下にでると、シャニーナ少尉が膝を抱えて浮かんでいた。

 どうやら、ずっと待っていたらしい。

 

「……あ、隊長」

 

 シン大尉がくるくるとゆっくり膝を抱えて回っているシャニーナ少尉を受け止める。

 

「少尉、不安が顔に出ているぞ。そういうときは、こうだ」

 

 シン大尉はまだ年若いシャニーナ少尉を元気づけるべく、彼女の手をとり、両手で包む。

 

「お前は死なない。このスーパーエース、シン大尉が援護してやるからだ」

 

 シン大尉の言葉に対して、シャニーナ少尉が頷く。

 

「はい、隊長」

「よし、おっぱじまる前に腹ごしらえだ。シャニーナ少尉に命じる。ヤザン他、久々の実戦でイキリちらしてる連中を一般食堂に集合させること。かかれ」

 

 シン大尉が仰々しく命じると、シャニーナ少尉が崩した答礼。

 

「かかります。隊長のおごりだと伝えておきますね」

 

 シャニーナ少尉のかわいいお尻を見送りながら、シン大尉は自分のやらかしに気付く。

 地球連邦軍は地球連邦市民の税金によって運営されている軍事組織である。

 それゆえ、その税金の使途は小数点以下まですべて国民に開示されなければならない。

 すなわち、士気を高めるための喫食といえども、それが艦長決済を得ないものである以上、そこに一滴たりとも血税は投じられないのである。

 

 

 

 

 RGM89Nジムカスタムのコックピットにて放心状態のシン大尉は、うわの空で部下たちの私的通信を放置していた。

 

『――で、オレはクローディアに言ってやったわけよ。俺の名前を言ってみろっ! ってなっ!』

『キャーっ!!』

 

 シャニーナ少尉他、女性パイロット勢がイオ中尉の十八番である『クローディア奪還』の話を聞いてギャーギャーと黄色い声で盛り上がっている。

 

『まったく、色恋話ばかりだな、イオ中尉は』

 

 マッケンジー少佐がたしなめる体で会話に混ざっているが、今までシャニーナたちやイプシロン隊の連中と一緒に盛り上がっていた事実は消えない。

 

『んなこといったって、マッケンジー艦長どのの大恋愛も、俺はちゃぁんと小耳にはさんでますよ? ジオンのパイロットと恋に落ちた連邦のエリート士官さまの、悲劇待ったなしのロミオとジュリエットってやつをよ』

『……おいこらっ! 誰から聞いた!? いわないと軍法会議だぞっ!』

 

 マッケンジー少佐が珍しく動揺しているのを、兵たちがきゃっきゃと笑う。

 

 これはイオ中尉とマッケンジー少佐が仕込んだ、戦闘前の緊張を緩和するためのブレイクスルータイムであり、士官ならば士気の維持のために使えて当然の統率法の一つである。

 このような話が始まっているということは、戦いの気配が濃厚になってきているという意味であり、兵たちはそれをうっすらと感じ取りつつも、その不安をバカ話で誤魔化しているのが現実である。

 

『そりゃもう、アルファ任務部隊のエースサックス奏者様ですよ』

 

 イオ中尉が話を振った先は、もちろんシン大尉である。

 そのシン大尉は自らに話を振られたことも気づかず、ただ膨大な額に積みあがっているクレジットカード請求残高に震えていた。

 

『シン大尉、貴様か?』

 

 どすの効いたマッケンジー少佐の演技により、シン大尉はようやく現実に戻された。

 

「っふぁ!?」

『何を腑抜けた返事をしている。まったく、貴官というやつは……もっと隊長としての威厳というやつを保つべく、勤務中は気を遣え』

 

 大げさなため息のマッケンジー少佐。

 

『艦長さんよぉ、そいつぁ無理な注文ってやつさ。オレらの隊長は、そういうキャラじゃねぇ。基本、ナイナイ尽くしの隊長さまよ……特に、カネがな』

 

 ヤザンが口を挟み、ダンケルとラムサスがアヒャヒャと笑っている。

 

「貴様らが飲みまくったせいだろうがっ!」

 

 シン大尉が演技ではない悲痛な叫びをあげるが、兵たちは誰も気にしなかった。

 

『ま、ないない尽くしだから悪いってわけじゃねぇ。死なない、っておこぼれもついてくるかもしれん』

 

 ヤザン少尉がそういうと、兵たちも違いない、と口をそろえる。

 シン大尉なりに部下たちに最大限配慮してきたつもりだったが、思わぬ方向で信用を寄せられていることに気付き、シン大尉はうろたえた。

 

「えーあー、MS隊員に告ぐ。おこぼれに預かりたかったら、各隊の隊長から離れるな。ヤザン、シャニーナのいうことを聞け。もしはぐれたら、俺のところにこい」

 

 シン大尉が少々クサいか? と自分でも思うセリフを吐いてみると、意外にも素直に兵たちの返事が返ってきた。

 そのことにますます動揺するシン大尉。

 

『――そんじゃ、一仕事終えたらセッションしようぜ、大尉どの』

 

 イオ中尉からの通信が終了する。

 否、全私的通信が艦長権限で遮断されたようだ。

 

『シン大尉、ジオンが動いた』

 

 マッケンジー艦長からの秘匿通信。

 戦術状況とリアタイ映像が届いた。

 ミノフスキー粒子が巻かれたらしく、推論AIによる合成映像だ。

 

 だが、降下作戦というには様子がおかしい。

 大気圏突入用のHLVやコムサイ、ザンジバル級から続々とMSが出撃している

 まともな作戦指揮官なら地球降下部隊と、その降下支援部隊は分けて運用する。

 荷物を届けるために荷物に戦わせるバカな指揮官などジオンにはいないはずだ。

 これは降下ではなく、明らかにこの宙域を戦場にしようとする意志の表れである。

 

「なんだこれ、様子がおかしくないですか?」

 

 シン大尉が首をかしげながら、ヘルメットのバイザーを締めていると、突然の警報。

 

『――本当にこの映像は正しいのか?』

 

 マッケンジー艦長が観測部に再検証を促しているが、間違ってませんよ! という荒い応答が漏れ聞こえた。

 

「艦長?」

 

 秘匿通信回線を開いたままにするなど、珍しい。

 どうやら艦長は本当に動揺しているらしい。

 

 シン大尉は息をゆっくり吸って、吐いた。

 

「全機、傾聴。これからダンスパーティになる。パーティの最後まで踊り続けるコツを教えるからよく聞け。眼前の相手にこだわるな。相手を落とすことにこだわらず、手際よく引いてもらってもいい。今回は、そういうダンスパーティーだ」

 

 モニタに映る景色は、いつもの殺風景なハンガーエリアである。

 ボイスオンリーの各MS搭乗員たちからは、すこし不安げな了解、という返事。

 

「もし相手が手に負えないお転婆さんだったら、遠慮なく隊長たちに擦り付けろ。ヤザン、シャニーナ、覚悟はキメてるな?」

『はいっ』

『応っ』

 

 良い返事だ、とシン大尉は部下に恵まれたことを感謝する。

 

『シン大尉、MS隊発進。フル兵装、完全自由射撃!』

 

 マッケンジー少佐からの命令を受ける。

 シン大尉のジムカスタムはジムライフルと予備弾薬を兵装供給システムから回収し、装備。

 そのままカタパルトデッキに出ると、低速射出された。

 

 戦闘速度まで加速されないとはどういうことだ? といぶかしみながらシン大尉が周囲を警戒していると、信じがたい映像がコックピットのモニタに映る。

 

「――うそだろっ!?」

 

 シン大尉は宇宙の景色に唖然とした。

 なにやら得体のしれない裂け目が宇宙空間を斬り裂いていた。

 計器類が「宇宙の法則がみだれています」という結論を数式でもりもりと伝えてくる。

 どうやらジオン艦隊はこちらより先にその異常に気付き、MSを展開していたらしい。

 さすがジオン、こっちよりセンサー性能が上で悔しい。

 

 さて、裂け目から現れるは、異形の有機生物たち。

 触手をうねらせた気色悪いバケモノたちである。

 ガノタたるシン大尉は、それがなんであるかの同定を光速で終える。

 

 Gの影忍、百騎夜行編に出てくる、宇宙怪獣どもである。

 

「よ、妖怪!? 外道!?」

 

 シン大尉の中の人は、ガノタなので当然異形生物との戦闘にもイメージトレーニングを怠ったことはない。いつELSと出会いコミュニケーションをとらざるを得ないかわからない以上、常日頃から備えておくものだ。

 

 しかし、である。

 ガノタであるがゆえに、そのイメージは願望にゆがめられてしまうものだ。

 出会うなら、ELSかな? という願望がシン大尉のガノタとしての備えを歪めてしまった。

 ゆえに、宇宙怪獣相手の戦闘についてはイメトレ不足であった。

 

「いやいやいや、これはMS忍者案件ですよ……」

 

 ただ、地球連邦政府に雇われているMS忍者がいるのかどうか、シン大尉は見当もつかなかった。

 

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