シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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さつじんイベント【殺人イベント】
人を殺すこと。読者の興味を失わせないために、唐突に発生する物語上のイベント。
生死を判別しにくくするために、各種レトリックによって修飾される。

~民明書房『超辞苑』より~


第五話 ア・バオア・クーに花束を

『全将兵に告げる。戦闘を停止せよ。繰り返す。戦闘を停止せよ』

 

 今まさにリックドム・ツヴァイにとどめを刺そうとしていたシン少尉のジムが、ビームサーベルの刃を消失させた。

 

『マッシュ、オルテガを牽引して後退だ』

(黒い三連星だったのか……)

 

 

 殺されかけたドムたちから距離をとり、停戦信号を発光する。

 相手のドムも、重大な損傷を追っている味方を回収して、後退する。

 

「停戦、成立なのか?」

 

 コクピットの中で、シン少尉はバイザーの割れたヘルメットを脱ぎ、予備のヘルメットに交換する。

 いまだわずかに交戦の光が見えるが、全体として互いに武器を収め、さっさと後退するスラスタ光ばかりだ。

 

 先ほどまでやりあっていたらしいほぼ半壊のガトー機と、満身創痍のユウのジムコマンドも停戦信号を光らせながら互いに距離をとっている。

 

(戦場にもルールがあるってのは、こういうことだよな)

 

 イグルーのアニメでは、下衆化した連邦軍が停戦命令を無視して、オッゴやビグラングをいたぶっていたが――いま、それはあり得ない。

 あれは一方的な戦況で発生するものだ。

 現状、ことシン少尉が目にしているWフィールドで、あの手の事態はあり得ない。

 

 予断を許さない戦力均衡。

 もしこの一時停戦のタイミングを逃したら、互いに無駄に犠牲を出す。

 戦力の均衡こそ、最良の停戦タイミングなのだ。

 

 さて、シン少尉は味方の後退する波に乗り遅れまいとするが、どうにも機体の調子が良くなく、少々遅れ気味である。

 黒い三連星にボコボコにされていたため、バグにやられたビルギットさん、とまではいかないが、近いくらいの損傷だ。

 結局、通りすがりのボールにワイヤーでけん引してもらう形で、なんとか後方の集結エリアにたどり着いた。

 

(やっと一息つけるな)

 

 シン少尉はコックピットでレーションのパックを開封し、ばくばくと食べ進める。

 友軍空母がぞろぞろと集結地点に集まり、整備員が操縦する野外整備ボールが続々と宙域に展開する。

 

 もちろん、シン少尉の母艦たるコロンブス級空母フゲンも来ていた。

 ただし、すぐに着艦整備というわけにはいかない。

 整備用ボールたちによる機体トリアージが行われ、損傷が大きすぎる機体や、融合炉に問題を抱えている機体は強制停止の上投棄が始まる。

 

『少尉、今回は機体を持って帰ってきたんすね』

 

 フジオカ軍曹が乗っているらしい整備用ボールが接近してきて、消火剤をシン少尉の機体に噴霧している。

 

「機付整備士にお叱りを受けるからな。で、なんで停戦なんだ?」

『あー、応急修理で忙しいんで、ご自分でどうぞ。大体、将校のほうが高位情報にアクセスできるっしょ』

「つれないな、軍曹」

『あたしはイイ女なんで、無駄口は叩かないんすよ』

「なるほどな」

 

 シン少尉は通信をやめて、機体間相互通信によって確立されたメッシュネットワークを介して、事情を調べ始める。

 大隊長代理が参照できるソースによると、デギン公王によって全権委任されたガルマ・ザビとジャブローのゴップ統合参謀本部議長が実務級会談を決行。

ひと悶着あったものの、停戦合意とあった。

 

「ガルマ!?」

 

 ガルマが生きている……!?

 率直に言って驚いた。

 おそらく、クラウンに憑依しているガノタの工作の結果なのだろうが……これはなかなか難易度の高いことを成し遂げたものだと感心する。

 

 そして、一介の現場将校の立場で大戦略レベルに影響を及ぼし、大勢を決するところまでもっていったと考えると、同じガノタとして、最上級の敬意を払うほかない。

 

 次に戦場であったときは、最大限の敬意を払って殺してやろうと決めた。

 ガノタにとって、ガンダムWに搭乗するヒイロとリリーナの言葉は、アイサツであり、アイコトバなのだ。

 お前を殺す→早く殺しにこい、である。

 

 さて、シン少尉が食事を終え、ゴミをシート下のガベッジコンテナに放り込んでいると、通信が入った。

 いつでも爆発したらぁ、と喚いていたコックピット内の各種警告が消えている。

 

『少尉、機体を母艦におねがいしゃす。じゃ、あたしは部下の手伝いがあるんで』

「ありがとうフジオカ軍曹。あとで一杯おごらせてくれ」

『高いやつでよろしくっす。じゃ』

 

 フジオカ軍曹のボールがほかの機体の支援に向かった。

 シン少尉は先ほどよりましになった機体をなんとか制御して、空母フゲンの緊急着艦甲板に張られた牽引ロープにジム後期生産型をひっかける。

 そして、パイロット回収のために飛んできた連絡艇に乗り移り、艦内へと戻った。

 

 

 

 MSがほぼ空になってしまった格納庫が、臨時の野戦病院になっていた。

 360度、天井と壁面に簡易ベッドが展開され、負傷した兵士たちが治療を受けている。

 ゴップシステム最大の恩恵ともいえる、十分な野外衛生資材のおかげで、生存率は極めて高いらしいと聞き知ってはいたが。

 

「シャニーナ伍長……」

 

 集中治療キットをつけられたシャニーナ伍長の意識は戻っていない。

 シン少尉はベッド脇で、ただ絶句した。

 明らかに予断を許さない状況だからだ。

 

「おい、邪魔だよ」

「あ、あぁ」

 

 衛生兵の曹長が呆然としているシン少尉をどかして、シャニーナ伍長に取り付けられていたキットのパラメータを確認している。

 シン少尉も、微弱な心電図を食い入るようにみた。

 衛生兵が首を振った。

 

「そう長くないな。少尉さんよ、こいつの面倒は任せた。看取ってやってくれ」

 

 それだけ言って、衛生兵の軍曹は次の患者のところへと飛び去ってしまった。

 あまりにも酷なセリフを受けて、シン少尉はガノタであるにも関わらず、ただ無為に、シャニーナ伍長の手を取ることしかできなかった。

 

 彼女の手を握り、頼む、頼むから生きてくれ、とイデの集合無意識に祈る。

 だが、第六文明人の集合無意識は極めて無慈悲であった。

 シャニーナ伍長の自発呼吸は浅くなり、そして――心電図がフラットになる。

 

「……あきらめるなよ、おい」

 

 集中治療キットを操作して、AEDを実行する。

 何度かショックがあり、シャニーナ伍長の体がビクリと跳ねた。

 だが、それだけだ。

 心電図は、極めてフラットである。

 

 シン少尉はノーマルスーツからベルトアンカーを引っ張り出し、ベッドを固定する金具に装着した。反動で飛んでいかないためだ。

 そして、なりふり構わず、古式ゆかしき心肺蘇生を試みる。

 肋骨が折れてもかまわない。

 

「1、2、3、4、5――」

 

 正確に1分間に110のテンポで圧迫し、時折、気道確保をして人工呼吸を行う。

 

「1、2、3、4,5――」

 

 必死の形相で、何度も何度もシン少尉は胸骨圧迫と人工呼吸を繰り返した

 5分、10分とひたすらに続ける。

 

 何度でもだ。

 

 シン少尉はあきらめない。

 ガノタはあきらめたらそこでガノタ終了なのである。

 

「1、2、3――」

 

 長期戦による体力の消耗など忘れたかのように、鬼気迫る様子で心肺蘇生を試み続けるシン少尉にいたたまれなくなったのか、兵たちが集まってきた。

 

「少尉さん、その子、もう休ませてやれよ」

 

 ヘロヘロになりながら心肺蘇生を続けていたシン少尉を、兵たちが引き離した。

 それでも、じたばたと力なく抵抗するシン少尉。

 

「まだ……雪みたいに冷たくなってないんだ。唇だって、まだこんなに赤いじゃないか」

 

 シン少尉が兵士たちを振り払い、心肺蘇生を続ける。

 彼女とシン少尉を囲む兵たちは、ただ目を伏せるばかりだった。

 

 宇宙世紀0080年1月1日、未曽有の戦争は巨大な犠牲と深刻な疲弊を人類に与える形で終結した。

 勝利者などいない、戦いに疲れ果てた人類による『戦後』が、いま始まる。

 

 

 

 

 ア・バオア・クーの決戦から数日。

 サイド3首都、ズムシティ。

 上流階級の屋敷が並び立つ閑静な住宅街――のはずだが、騒々しい屋敷が一つあった。

 

「クラウン! クラウンはいないの?」

 

 寒緋桜を思わせる麗しい髪をドリル巻きにした少女が、フンスと鼻息を荒くしながら屋敷内で声を荒げている。

 お付の女中たちが「お嬢様、はしたないのでおやめください……」とたしなめているが、鼻息の荒い少女は「クラウーン?」と呼びかけながら廊下をずんずん進んでいく。

 

「ハマーン、やめないか!」

 

 書斎から飛び出してきた当主たるマハラジャ・カーンが、愛娘を叱責する。

 

「だってお父様……クラウンがいけないんですわ」

「……何がいけないんだい?」

 

 マハラジャ・カーンがうーんと額に手をやりながらおずおずと尋ねる。

 思春期の娘の気持ちがいまいち読み取れず、困惑しているのだ。

 

「お父様、今日は何の日かご存じですの?」

「なんの……」

 

 休戦記念日……は、まだ制定していない。まだ事務レベルで休戦協定と終戦宣言までのプログラム策定を進めている段階だ。

 デギン公王の側近として様々な職務をこなしてきたマハラジャ・カーンはプロパガンダとして策定した様々な祝祭日のカレンダーを頭の中でめくる。

 

「ショーガツ・デイ?」

「さすがですわお父様。そう、1月3日! サンガニチofオショーガツといえば、ハツモウデ! 殿方がこれと思うレディをお誘いし、神前に誓約を立てに向かう厳かで特別な日。にもかかわらず、あの方は軍務が公務がと言って、全くこちらに顔をお出しになりませんの! あの方はわたくしのセイン(従士)ですのに……」

 

 マハラジャは愛娘のハマーンがぷりぷりと怒るさまにどこか愛らしさを覚えながらも、父親として娘に男が現れたことに何とも言えぬ気持がわいてくる。

 

「ハマーンや」

「なんですの、お父様」

「クラウン少尉は当家のセイン(従士)であるから、私やそなたに仕える義務があるだろう。だが、勲功十字章を持つ身でもある。慮ってやりなさい」

 

 シャア少佐とともに連邦軍のV作戦のカギを握る木馬――ホワイトベースを前例なき大気圏突入フェイズで拿捕した功績により、勲功十字章を授与されている彼のことを知らぬものはジオンにいないだろう。

 

 だが、マハラジャ・カーンにとってはそんなことはどうでもいいことであった。

 かつてマハラジャがアクシズにいる間に、キシリア機関の手のものによって、娘を得体のしれぬニュータイプ研究所に送り出さねばならぬ状況に陥っていた――その苦境を救ってくれた恩人、というのが彼にとってのクラウン少尉であった。

 

「でも、お父様、クラウンは約束したのですわ。必ずオショーガツには帰ってきくる、と」

「ううーむ」

 

 そう約束したのなら、彼ならば帰ってくるような気もする。

 少なくとも、クラウンのカーン家に対する忠誠を疑ったことはない。

 

 そもそも彼とは利益共同体なのだ。

 カーン家は名門であるが、すでに権門ではない。

 

 クラウンによるハマーンの窮地のリークを受けたマハラジャは激怒した。

 アクシズ総督の地位を利用して、アクシズもろとも本国に強引に帰還してしまうというクーデターまがいの荒業……。

 ハマーンこそ救えたが、ザビ家に相応の代償を支払うことになったのだ。すでに政界、軍部に対しての影響力は形骸化してしまっている。

 元ダイクン派に属していた経由もあり、長女たるマレーネをドズルの側室、事実上の人質として供しなければならないなど、カーン家は苦慮していた。

 

 しかし、カーン家にはクラウンがいる。

 ジオン勲功十字章を持つクラウンをセイン(従士)として召し抱えているのであれば、カーン家に名誉ある武門を打ち立てることができる。

 クラウンをカーン家として後押ししていくことは、主家の名誉と実権を増大させる最善手ではあるのだ。

 ゆえに、彼が主家の次代当主たるハマーンにウソをつく必然性などない――。

 

「まったく、クラウンはわたくしのことをどう思っているのかしら」

「どうって……」

 

 マハラジャは当家にセインとして滞在しているときの彼の姿を思い出す。

 端正な士官の礼装をまとうクラウンは、いつも穏やかであった。当家に与えてある一室でいつも書物を手にしている印象しかない。

 

 いや、それだけでもない。

 ハマーンが無理筋のわがままを女中に申し付けたりすると、レディのふるまいではありませんな、と静かに嗜めるような、礼儀正しく厳格な男だった。

 

「手のかかるおてんば娘だと思っているのではないか?」

「ちょっとお父様!? 宇宙世紀にもなって、レディがどうこうと口うるさいジオンの社交界がオカシイだけですわ、まったく……。そもそもクラウンは、わたくしのやることなすこと、大抵は笑って許してくれる度量をもっていてよ」

 

 ハマーンが目を丸くしてマハラジャに食って掛かる。

 そういうところですよお嬢様、と女中たちがあわわとハマーンの怒りを鎮めんとする。

 

「――旦那様! お嬢様! クラウンが戻りましたっ!」

 

 筆頭女中がぱたぱたと廊下を走ってきた。いつもは静々と歩む彼女を走らせるとは、当家におけるクラウンの重要性がわかるというものだ。

 

「うむ、応接室へ通せ。ハマーン、お前も身支度があるのではないか?」

「そ、そうですわ! クラウンに次期当主としての威厳をお見せしなくては!」

 

 どすどすと私室へと戻っていくハマーンの後ろ姿を見ていると、日ごろの政務による精神的疲労がすっと消えていくように思える。

 

「旦那様、いま使用人たちがクラウンを応接室に」

「うむ。すぐに向かおう」

 

 マハラジャは書斎のハンガーにかけていたジャケットをとり、袖を通す。

 女中頭がネクタイを直し、よろしゅうございます、と告げた。

 

 

 

 マハラジャ・カーンが応接室に入ると、傷跡が目立つ歴戦の将校から敬礼される。

 

「楽にしなさい。よく帰ってきてくれた」とマハラジャ。

「はっ」

 

 クラウンが促されるままに応接室の椅子に腰を下ろした。

 マハラジャも上座につき、女中頭に茶をだすように指示する。

 

「――また勲章が増えたな。昇進もしたのか?」

 

 マハラジャはクラウンの胸元を飾る勲章が増えていることに気づく。

 そして、階級章の星も増えているようだ。

 

「本日付で中尉です。ア・バオア・クーは酷いところでしたが、戦功をあげるには都合がよかったので――撃墜殊勲章と、戦傷章をもらってきました」

「そうか。苦労を掛けた。戦場はつらかろう」

「本当に苦労しました。ジム後期生産型にまとわりつかれて肝を冷やしましたよ。カーン家のご支援たるゲルググJがなければ……やられていたかもしれません」

「お役に立てて光栄だよ、クラウン」

 

 カーン家は弱く、クラウンに頼るところが大きい。

 モノを送り、ねぎらうことくらいしかできない己の身が恨めしいとマハラジャは思う。

 

「マハラジャ様、キシリア様のアレがまたきな臭い動きをしていますのでご注意を。シャア大佐からも気を付けるようそれとなく指示されました」

 

 そして、クラウン中尉の軍内での現在の立場や、これからの方針について報告を受けた。

 

「彼は……シャア・アズナブルはどうするつもりかね?」

 

 クラウンから受けた報告の中で最も重大なことは、ダイクンの忘れ形見であるキャスバルことシャア・アズナブルの動きであった。もとより優れたリーダーの素質とカリスマ性を持つ男だ。十分な戦場での功績も持っていることから、いつ政治の舞台に進出してもおかしくないだろうことは、政界に長く身を置くマハラジャなりに理解できる。

 

「私には何とも。大佐は純粋すぎる方ですから。今は穏やかにお過ごしですが、あの純粋さがいずれ人々を巻き込むやもしれません」

「彼は難しい生い立ち故、まだ何をなすにも時間がかかるだろう。むしろ、ザビ家のほうが君にはわかりやすいかもな」

 

 マハラジャはクラウンにコーヒーをすすめる。

 マ・クベ中将からの贈答品であり、希少な天然ものだ。

 二人でカップを傾けてから、話を進める。

 

「ええ。デギン公王は此度の終戦工作をガルマ様にお任せし――そして、ガルマ様はやり遂げなさった。名実ともにジオン公国の後継者として着々と世論固めを行っていくでしょう」

「うむ。ア・バオア・クー防衛の英雄たるドズル中将――いや、大将がガルマ様を支えることは政界でも既定路線として扱われておる。あとはガルマ様が月のキシリア様と協調することができれば、軍の支持は手堅くなろう」

「ええ、しかしギレン総帥閣下がどう動くか――私には読めないのです。終戦工作において、ガルマ様に総帥閣下が全面的に協力なさったらしいのですが、意図が読めません」

 

 クラウン中尉について、先見の妙に秀で、かつジオンの政界・軍部のパワーゲームに習熟していると評価しているマハラジャだったが、この男にも読めぬことがあるのだなと妙な安心感を覚えた。

 

 確かにギレン閣下は読めない。これは政界に身を置く者ならだれでも身に染みていることだ。

 

 利益供与

 脅迫

 そしてカリスマによる支配。

 

 あの男は政治家の三大武器を巧みに使いこなす。

 キシリア機関にハマーンが奪われかけたこと、そしてそれを阻止せんとアクシズを率いて本国にマハラジャが戻ってしまうこと、この動きにクラウンが深く関与すること――すべて実はギレン閣下に踊らされただけなのかもしれない、と言われればそうかもしれぬのだ。

 結果として、アクシズの本国合流はア・バオア・クー戦における戦力集中の効果を生み、『時間稼ぎ』を果たすことに大きく寄与した。

 

 かの決戦兵器、ソーラ・レイの使い方も一流だ。一発しか撃てぬ事情はひた隠し、さも連射できる体でア・バオア・クー宙域に照準を定め、連邦艦隊にその情報をリークすることで、ティアンム艦隊とレビル艦隊の集中を阻止。

 しかるに、有力な艦砲射撃の支援を得られない連邦のMS部隊は大苦戦。

 ア・バオア・クーを陥落させるための前提たる、艦砲火力の集中を『一発も撃たずに』見事に破砕してみせたのだ。

 

 いくらMSの数をそろえようとも、戦場の大勢を決するは火力である。

 ア・バオア・クーの要塞火力陣地の支援と強固な補給線を保持する精鋭MS軍を、まともな火力支援のないMS集団だけで攻略するなどどんな名将をもってしても不可能だ。

 せいぜい、出血を強いる持久戦の体になるだけだ。

 

 そして、からめ手による恫喝。

 ア・バオア・クー及びグラナダの防衛ラインを抜けない連邦は、それでもなお休戦判断を先延ばし続けた。

 そこで、ガルマ様は手を打った――ということになっているが、どう考えてもギレン総帥のお膳立てであろう。

 サハリン家に開発させていたアプサラスを用いたジャブローの政治屋どもを恫喝する離れ業。

 それだけにとどまらず、月社会に戦後の利益供与を約すことで、ルナリアンが使用するマスドライバを武器に変えてしまった。

 月は無慈悲な夜の女王と化し、ジャブローに月面から重質量物をいつでも叩き込めるというメッセージがジャブローのモグラどもを戦慄させた。

 

 ゆえに、見事な休戦。

 

 一方的な無条件降伏を回避し、様々な条件交渉を行いながらジオン優位に持ち込む政治ゲームを、ギレン閣下はこれから手抜かりなく遂行するつもりだろう。

 

「ギレン閣下はあまりにも恐ろしい方だ。しばらく――」

 

 しばらく動向を探るしかない、と言わんとしたとき、ドアがバンっと開いた。

 

「ハマーン様!?」とクラウンが慌てて立ち上がる。

「クラウン! まずはお父様ではなくわたくしに会いに来るのが筋ではなくて?」

 

 いや、どう考えても現当主では? とマハラジャは口から滑らせそうになるが、娘の思春期特有の怒りに火を注ぐのもあれなので黙っておく。

 

「それは……その……大変申し訳ございません」

 

 ちらりとクラウンがマハラジャをみるが、いいから娘の相手をしていろと返しておく。

 

「ハマーン、次期当主としてクラウンの報告を受けておけ。後ほど、私に報告するのだぞ」

 

 威厳を正してマハラジャがハマーンに命じる。

 親子といえども、ジオン上流階級の形式というものがあるのだ。

 

「はいっ、お父様。さぁ、クラウン、ハツモウデの準備よ!」

 

 ハマーンに手を引かれてクラウンが拉致されていく。

 お嬢様、殿方をそのように扱ってはなりません、と女中たちがぞろぞろと追いかけていく。

 

 0080年1月3日、ジオン公国はいまだ健在。戦後の新たなパワーゲームを始めるべく、魑魅魍魎たちが、静かに準備を始めていた。

 




一年戦争編、終わり。
いろいろ書いたけど、シン少尉の中の人があっちの世界にいって10日も経ってないという。
やっぱ一年戦争は密度おかしいっすわ。
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