とっくに忘れた
ラブレター
何故だか
今頃
涙が
溢れ出す
――降神『暴風雨』
地球連邦軍の基本的軍事オプションを政治家に提示する統合ドクトリン(※軍内では単に統合教範と呼ぶ)教書には、連邦軍をどのように使用すべきかについて、戦略級、作戦級、戦術級の三層構造で説明している。
その統合ドクトリンに基づき、各レベルに関する軍の運用についてのあれこれを細かくマニュアル化されたものが、いわゆる各級FMである。
当然、クリスチーナ・マッケンジー少佐は指揮幕僚課程を修了しているため、統合ドクトリン及び、各級FMについての委細は当然頭に入っていた。
そして、頭に入っているがゆえに――彼女に業務が集中していた。
連邦とジオンのFMは当然、互いを仮想敵と設定しているそれであり、決して連携を前提としたものではない。
しかし、今は共闘せざるを得ない。
畢竟、G3(※作戦運用責任者)たるマッケンジー少佐は、ジオン艦隊のG3部門との調整タスクをこなす必要があった。
この結果、現場で戦争をしながらも、同時に幹部級の調整活動を遂行しながら、戦術級の成果を総覧しなければならないという膨大すぎるタスク量に忙殺されているのだ。
とはいえ、マッケンジー少佐は文字通り優秀であり、そのタスクを確実にこなしていく。
トロイホースの艦長席に腰かけた彼女は、あごに手をやりながら戦術モニターを凝視していた。
交戦宙域のど真ん中。
シン大尉が何かを喚き散らしているが、それはミュートにして、ジオンとの火力運用調整に注力する。
慣れぬジオンとの共同戦線。
互いのOP(※作戦プロトコル。どのように命令を伝達し、受領し、戦力を管理運用し、戦闘KPIをどう設定するか)の共有を何とか曲りなりに整えて、ようやく互いの火力を有機的に連携させることができそうだ。
「――クワラン大尉、協力に感謝する」
カウンターパートとなるジオン側のG3連絡士官に礼を述べる。
かつて地球でワッパという小型偵察バイクもどきを乗り回していたという下士官出身の大尉は、現場からのたたき上げというだけあって、建前よりも実益を重視してくれたため、大変助かった。
『こちらこそ。早速ですがこちらのFO(※前進観測士官)から観測情報を送ります。連邦さんの艦艇火力のほうがアレなんで』
クワラン大尉はジオン艦艇に比して火力優越を有する連邦艦艇の底力を肌身で知っているようだ。
連邦は大艦巨砲主義を捨てられず、的外れの防衛予算投資を行っている、というのは何も知らない連中のたわ言である。
MSだけを揃えれば勝てる、などというのは1年戦争初頭のジオン型ドクトリンの研究を全くしていない証拠でもある(あれはMSとミノフスキー粒子を実践運用した初の諸兵科統合ブラインド電撃戦である。連邦軍が訓練を重ねてきた艦艇火力と航空機動力を情報処理システムを介して高度に連携させる、インテリジェント優勢火力機動ドクトリンの根本を破壊するべく練り上げられた、一世一代の賭博的な教義が決まり手になった戦例である)。
そもそも、MSの戦術的特性は3つに集約されてしまう。
1 重装歩兵機能
2 低次航空(宙)戦機能
3 戦闘工兵機能
つまり、これ以外のことは、それを専門とする兵器兵装に及ばないということだ。
戦局を決する火力優越を確保する、という視点に立つならば、宇宙においては、軽快かつ高度の火器管制機能を持ち、大火力を継続的に戦場に投射できるサラミス級やマゼラン級を超える兵器はないのである(※なお、地上では砲兵やMBT派生のガンタンク等は大変強力であるのは実戦証明されている)。
まさに、今のようなミノフスキー粒子が薄く、マトがうじゃうじゃとうろついている戦場こそ、地球連邦軍の宇宙艦艇にとって面目躍如のシチュエーションといえよう。
「火力要求を受領。FAAI経由で投射する。以上」
『了解。たまには連邦さんもいいところ見せてくださいよ。通信終わり』
クワラン大尉との通信を終えるや否や、マッケンジー少佐は受領した要求火力データを戦列参加している艦艇に送付する。
数秒も経たずに、各艦艇のメガ粒子砲が極太の光弾を宇宙空間にバラまき始めた。
「――修正情報、来ました」
砲雷長からの報告。
観測射撃に対するこまごまとした修正データが来ているが、火力要求に基づく初段階投射で相応に有効射が出ているようだ。
戦線から送られてくる映像資料には、バケモノどもが大量に蒸発していく光景が写っていた。
「よし。以後の火力要求処理は砲雷長に委任する」
「了解」
火力運用に関するプロトコル調整さえ終わってしまえば、あとは優秀な専門士官たちに委任しておけばいい。
そのためにブリッジクルーたちは士官の階級章をつけて艦橋に乗り込んでいるのだから。
一番厄介だったタスクを片づけたマッケンジー少佐は、ミュートにしていたシン大尉との通信を繋ぐ。
「こちら臨時CP。アルファリーダー、さっきから何を騒いでいる?」
騒いでいられるうちは落とされない、というのはクリス自身、MSパイロット上がりであるため肌感覚で知っている。
『――こちらアルファリーダー。忙しいのはわかりますが、聞く耳くらいは持ってくださいよ。以下、報告。バケモノ連中は対抗学習を繰り返している模様。MSモドキに変容した事実を観測。ここからは、私見。こちらのMS運用に適合したカウンターを仕掛けてくる可能性、大ってやつです』
シン大尉から送られてきた交戦ログを手早く参照する。
戦術解析AIにも分析プロンプトを走らせる。
シン大尉のいわんとしていることについて、AIも同意している。
そもそも、交戦記録に映っているMSサイズの人型のバケモノが、シン大尉を撃ち抜かんと胞子弾を発射する様をみればシン大尉が嘘を言っていないことがわかる。
「よく回避したな。完全に無挙動の不意打ちだぞ」
『褒めても何も出ませんよ。それより連邦艦隊をもっと前に押し出してください。援護火力の密度が薄すぎます。こっちの位置データを常時送ってるんですから、スマートFCS経由で誤射ゼロ火力投射やれるんじゃないです?』
シン大尉から火力要求とともに、連邦系MS部隊の臨時前進統制CPを設置した旨が届く。
どうやら、こちらが大局に関する仕事をしている間、あちらは雑多に集まっていた連邦側のMS部隊の統制をとるべく手配し、稼働させたようだ。
「シン大尉、貴官は実戦となると優秀だな。なぜ普段からそうしないのか」
『逆です、逆。こういう時に真面目にやるパワーを、普段貯めてるんです』
「ものはいいようだな」
軽口を飛ばしながらも、マッケンジー少佐は全艦に前進射撃を命じる。
モニタに表示されている艦隊図に移動ベクトルがリアタイで表示されていく。
『――お、火力密度が上がってきました。感謝します。ところで、増援は期待できそうですか?』
「ゴップ閣下のおかげで、第一、第三軌道艦隊が15分後に戦列に加わる」
『そりゃ何より。艦隊直掩のムラサメ研の連中はどうです? 直掩防空ちゃんとやってます? ヤバかったらヤザンたちを回しますが』
「手堅く仕事をしてくれている。おかげで艦隊被害は今のところない。貴官らはそのまま戦線を押し上げろ」
シン大尉は以前、対NT教導演習でムラサメ研から派遣されたリュウ大尉とゼロ中尉にボコボコにされているから気がかりなのだろう。
彼は器の小さいところがあるからな。
『了解。アルファリーダーよりアルファ201、アルファ301へ。是よりGマニューバ4で前進するぞ。隊を統制しろ』
『了解』『あいよ』
MS部隊が戦闘行動に入ったので、マッケンジー少佐はシン大尉らの武運を祈りつつ、来援する第一、第三軌道艦隊との調整タスクにかかる。
第一軌道艦隊、第三軌道艦隊を連れてきた仕掛け人たるゴップ大将の座乗艦『ペガサス』の艦橋は、不穏な空気に包まれていた。
幕僚たちは、普段温厚なゴップ閣下がイライラしながら貧乏ゆすりをしてるという珍しい光景に動揺していた。
だが、艦橋で最も階級が低く、それでいて最も敬意を払われる女性下士官であるグレース最上級先任曹長は、事の発端は、ムラサメ研究所所属のジムカスタム高機動型が満身創痍のエマージェンシー着艦を行ったことであると気づいていた。
GP計画をあの手この手で封印してきたゴップをあざ笑うかのようにGP01Fb用の高機動推進ユニットを背負ったそれが、ペガサスの足に飛び込んできたからなのかは不明であるが、あのジムカスタム高機動型がやってきて以来、普段は温厚なゴップ大将がどこかイライラした様子をみせたため、艦橋の幕僚たちは動揺した。
しかも、ゴップ閣下直々に「さっさと艦橋に上がってこい」と命じられたジムカスタム高機動型のパイロットは、いまだにブリッジに来ない。
どこかで道草を食っているのか、と甲板部の士官が気を利かせて艦内センサとカメラで探したが、なぜかデジタル上の痕跡がゼロで、ますます混乱が深まるばかりだ。
もしや、ほぼ大破と言っていいアレの着艦により、ペガサスの電子機器類に影響がでたのか? などと技術士官たちが相談する始末である。
「閣下、幕僚たちが動じています。抑えてください」
かつて士官学校の戦技教官としてビシバシとゴップを鍛えたころからうん十年。
いまでは互いに年を取り、偉そうに司令部で椅子を温める立場になってしまった。
「教官……失敬。つい、な」
ゴップ大将がふう、と息を大きくはき、背筋を伸ばす。
「すまんな、諸君。すこし空腹でイラついたようだ。はっはっは」
「プロテインバーです」とグレース最上級先任曹長が簡易レーションを差し出す。
「世話をかけますなぁ、教官殿」
鷹揚に笑うゴップの姿をみた幕僚たちが、なにやら幕引きが相成ったらしいと勝手に納得して、それぞれの業務に対する集中力を取り戻したようだ。
「それで、何をイラついておられたので?」
グレース最上級先任曹長はゴップに訊ねる。
個人的に親しい間柄では決してないのだが、軍人としてはかつて師弟関係であり、また互いに幾年月もそれぞれの領分で血と汗を流したものだから、強い仲間意識はある。
これはゴップ大将も同じのようで、大将という階級章を肩に載せているにもかかわらず、いまだにグレースに対しては教官という敬称をつけてくれている。
「……先ほど飛び込んできた機体のパイロット。少々個人的な交友がありましてな」
バツが悪そうに答えるゴップ大将の姿に、グレースは首をかしげる。
なぜ大将が一介の大尉と個人的な交友があるのか見当がつかなかった。
互いの職務領域が離れすぎているのだ。
将官レベルの業務は、ほとんどの場合佐官たちとの協働となる。
ましてや現場職であるMSパイロットと、ジャブローの穴倉司令部で仕事をするゴップ閣下が仕事を通して知り合う機会など――現地視察のときの、儀礼的な挨拶以外ないのではないかとすら思える。
「は。私には分かりかねますが、親戚かなにかで?」
「まぁ、そんなところです」
甥っ子かなにかなのだろうか? とグレースは深く探りを入れることなく、そこで話を切り上げた。
そんなことよりも、宇宙怪獣騒ぎのほうがはるかに重要だったからだ。
グレース教官の問いを話半分に受け流していたゴップは、量子脳通信によるリュウからのコンタクトをさばいていた。
『――つまり、DG細胞による特級テクノハザードの成れの果てが、イデの意思を導体として並行世界を渡り続けているんだ。奴らの求めているものは救済。テクノハザードに巻き込まれ全体意思として強制結合された個々の自由意思を再び取り戻すことだ』
艦内のセンサやカメラ類にダミーデータを送りながら、リュウが館内に侵襲していたDG細胞の芽胞を始末している。
ビューティーメモリーを強奪してきたかと思えば、突然ここに殴りこんできて好き勝手な理屈を垂れ流してくる品のなさは、間違いなくシンと同じだ。
「(ビューティーメモリーのそのメソッドがあるとして、それをどう伝えるのよ?)」
ゴップはグレース教官から差し出されたプロテインバーをちまちまとかじりながら、トンデモ理論とジオンの秘宝たるビューティーメモリーの使い方について、様々なシナリオを検討する。
『俺が、やる』
覚悟が決まった波長。
バカがバカなりに必死になっているのが伝わってくる。
「(やるって……まさか、あんた死ぬつもりじゃないでしょうね!?)」
『他に手があるのか?』
リュウから送られてきたプランは極めてシンプルだ。
ビューティーメモリーと接続を確立した量子脳保持者が、バイオ中継器となってDG細胞に取り込まれることで、ビューティーメモリーとDG細胞群のコミュニケーション仲介を行うというイカレプラン。
どう考えても、DG細胞群とビューティーメモリーの間の情報トラフィックの膨大さによって量子脳が破壊されて終わる未来しか見えない。
事態は解決できるかもしれないが、バカが確実に死んでしまう。
『――具体的なミッションプランだ』
リュウから送付されてきたシナリオは、ムラサメ研のトンデモ兵器投入及び、強化人間たちによる一世一代の自己犠牲作戦。
あまりにも視野狭窄過ぎるため、ゴップは脳内で却下のハンコを押す。
「(あんたなんなの? 突然現れて、突然こっちの世界をいじくり倒して、最後は死んでサヨナラ? ふざけんな!)」
ゴップは量子脳の内部で教育教育教育指導指導指導とスタンプを連打する。
「(あたしはね、あんたみたいなのが一番嫌いなの! 未来はこれしかないっ! みたいなこといって、すぐ安易な解決策に落ち着く直線的な思考が大嫌いっ! あんたなんなの? ガンダムユニコーンみてないの? 可能性を――本当はないかもしれないけれど、それでもあがいていくっての、心に刻んでないわけ?)」
不満だった。
リュウ――の中身に入り込んでいるシンの直情と不器用が。
そして、彼を送り込んだ元凶の、どこかのあたし自身に対して、中指を立てる。
どんな呪いを彼に掛けたのか。
どんな言葉を吐いたら、バカなガノタでしかないシンがこうなるのか。
いまの彼は、呪いを希望だと思い込んであがいているとんでもない怪物になってしまっている。
「(絶対、こんなプラン、承認しないから。ゼロ中尉やアン少尉だけじゃない。ムラサメ研究所の連中も、こんなところで無駄死にさせていい連中じゃないのに)」
『お前の承認なんか関係ない。俺は、やる。ゼロもアンも分かってくれている』
命の天秤がおかしくなっているリュウの態度に、ゴップは心中で頭を抱える。
この戦いで、仮にゴップが戦死したとして何の問題があるというのか。
連邦にはレビルやジャミトフがいる。
ジオンにはギレンの次世代たるガルマやそれを支える若手たちがいる。
もう、この世界の宇宙世紀は、多くのガノタたちが知る血みどろで陰惨な宇宙世紀にはならないように大きな流れが出来ているのだ。
つまり、あたしは既に、ガノタとしてある程度満足がいく結果を得ているということ。
あとは静かに、去るだけだ。
『……なぜお前は、そうやって大局的なものの見方のふりをして、心を隠してしまうんだ』
「(はぁ? 何言ってんのよ? あたしはね、ちゃんとガノタとしてやりたいことやったし、歴史の流れだって作り出したわ。そりゃ心残りなところも無いわけじゃないけど、何でもかんでも都合よく手に入る世界なんてないんだから――)」
『そうさっ! その通りだよ……お前はそうやって、いつも自分を納得させたふりをして、最後までこの世界を優先するんだ!』
リュウの心が荒れた感覚がストレートに伝わってくる。
痛みとは違う。
苦しみとも違う。
悲しみでも、ない。
伝わるは、イメージ。
かき氷
夏祭り
約束
待ち合わせ
焼きそばの香り
祭囃子、汗流し「ねぇねぇ痩せた、あたし?」
浴衣に委ねる姿
宇野サララになった、あたし
手を差し出すと
その手を取るかどうか気恥ずかしそうに悩む誰かがいた。
与えられたビジョンに、思わず心打たれる。
見ないようにしていたなにか。
夢見てはいけない、なにかを、見せられてしまったのではないだろうか。
「なに……これ……」
ゴップは思わず現実で言葉をこぼした。
視界が切り替わり、イマジナリーの世界から武骨な軍艦の艦橋に引き戻される。
あくせくと働く幕僚たち。
怪訝そうな顔をしてこちらを慮っているグレース教官。
そして、眼前に立つ精強なクロヒョウの如きパイロット。
彼はかかとを揃え、姿勢を正し、挙手の敬礼を以ってゴップに向き合っている。
「リュウ・ムラサメ大尉、出頭いたしました」
悔恨に支配された黒々とした瞳。
意思の強さそのままに結ばれた唇。
対面して、すぐに察した。
この男は、もう、決めているのだ、と。
だからこそ、こいつを止めないといけない。
死なせたくなどないからだ。
まだこの世界に必要なガノタの一人として、責任を果たしてもらいたい。
だから、決めた。
こいつがどこかのあたしから引き受けてきた呪いは、あたしがこの手でケリをつける、と。
「――この男を、拘束しろ」
ゴップは控えていた憲兵たちに、命じる。
もう、心に躊躇いはなかった。