シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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もう未来はないの?まだ始まってもいないのに……

――アン・マキャフリー『旅立つ船』


第五三話 0083 地球軌道決戦3

 

 可視化された情報密度。

 世界を繋ぐ無数の情報パイプラインをグラフィカルに表現すると、それは輝ける曼荼羅となる。

 クラウンは、改造された人間であることに感謝した。

 常人には見えない世界を見ることできるという力が、確実にジオン――ひいては人類の勝利に役立つということに確信を持てたからだ。

 

 要塞級に侵入して2時間以上が経過した。

 外での戦闘の様子は、徐々に受信できなくなりつつあり、そとの様子は断片的にしかわからない。戦況がどうなっているのかすら不明だ。

 しかも、要塞級の奥へと入り込んできた結果、外部送信用の中継リレー装置の数もそろそろ限界である。交代ないし補給がない限り、ここから先は文字通り、通信途絶の孤軍奮闘となる。

 

 クラウンは光の流れを見る。

すでに光の線の束が太く、濃くなってきている。

 ここから先は、敵の密度が段違いになるばかりでなく――最悪の場合、DG細胞に汚染されたGガンダム世界のMSやMFが出てくるかもしれない。

 宇宙世紀MSの模造品以下であるMSモドキなどの比ではない、本当の強敵との連戦は、間違いなく部下たちの手に余る。

 

「各機傾聴。お前たちは、ここまでだ」

 

 クラウンは今までついてきてくれた部下たちをねぎらう。

 一人一人の名を呼び、語り掛け、その労苦と艇身に感謝した。

 

「アカハナ、イワノフ、貴様たちで隊を無事に脱出させろ」

『――納得できません。隊長だけいい格好しようっていうんです?』

『ここで隊長を置いて帰ったら、あとで偉いさんからどやされちまいます』

 

 地球連邦軍の本部たるジャブローへの秘密潜行作戦を遂行したこともある、優れた特殊工作員である二人が抵抗をする。

 クラウンとしてもアカハナ、イワノフ(※互いにコードネームでしかない)らの協力がなければここまで万全の状態でここまでこれなかったことは自覚している。

 しかし、これほどの人材をバケモノ相手の損耗戦で失うなどというのはガノタとしても、ジオンの将校としても戦力計算上大問題であった。

 

「命令だ。部隊を統制し、撤退を成功させろ」

『しかし……』なおも抵抗するアカハナ。

「お前たちなら無事、脱出を成功させられるだろう。だから託した。それに、心配するな。こちらも死ぬつもりはない」

『……了解』

 

 しぶしぶ、というよりも泣く泣くといった様子で、アカハナとイワノフが、その他のクラウン隊の面々を再編し、撤退準備にかかる。

 クラウンはハイザックを、持ち込んでいた最後の推進剤補給システムに接続。

 同時に、もはやヒートシステムがイカレて棍棒に成り下がっていたヒートホークを捨て、ビームライフルも置いていく。

代わりに武器コンテナからザクマシンガン改を手に取り、その交換銃身、予備弾倉をハイザックの体中にアタッチできる限り装着する。

そして、先ほどまで装備していた三連装ミサイルポッドをパージ。

代わりにビームサーベル発振器を二本搭載する。

 

『隊長、ご武運を』

 

 撤収準備を手早く終えたアカハナたちからの別れの挨拶。

 

「ああ。必ずデータを持ち帰れ。いいな」

『はっ』

 

 アカハナたちのゲルググJが背を向けて飛び去って行く。

 遠くなっていくスラスタ光。

 残されたハイザックの頭部及び肩部から展開される外部投光器だけが、ハイザックを寂しく照らし出す。

 

「――行くか」

 

 己の身を奮い立たせ、クラウンはハイザックを再起動させる。

 システムチェックが行われ、ステータスが更新される。

 イエロー、ばかりのチェック結果にクラウンはある意味で感心した。

 数えきれないほどの連続交戦。

 かつ、消耗品の補給のみで、冷却液や油脂類などのリキッド交換もなしにここまでやって、イエローコンディションで済んでいるハイザックの信頼性の高さ。

 これは間違いなく、いい機体になる。

 0084年から調達が始まるジオン公国主力MS調達トライアルは既に始まっており、今回の要塞級大深度踏破のデータにより、ハイザックの主力MS採用は確実となるだろう。

 

 重力・空間戦闘をシステム変更と整備変更のみで実現可能な汎用性。

 任務特性に応じて変更可能なウェポンシステム。

 高負荷かつ激甚性に耐えうる高い信頼性。

 セミモノコック構造による低廉な量産性と、簡潔な整備システム。

 低いパイロット技量要求。

 脱出用イジェクションポッド採用による生存性――文字通り、何一つ欠点のない、ザクⅡの後継機として必要十分なシロモノである。

 

 対抗機体であるゲルググ系の発展系であるガルバルディシリーズもよい機体ではある。

 徹底的な軽量化による『速さ』を追求することで生み出される機動射撃戦能力の優秀さと近接格闘能力に関する瞬発力の高さは、ハイザックの比ではない。

 しかし、それは、トライアルパイロットであるフィーリウス・ストリーム大尉のようなエースたちにとって素晴らしい、という話であり、普通のMS乗りには通じない理屈だ。

 

「無事帰ったら、フィルのやつに自慢してやるか」

 

 そんなことを口に出しながら、眼前から迫るプレッシャーをごまかす。

 ハイザックの足裏からスパイクグリップが飛び出し、それを要塞内の通路に突きさす。

 

 一歩、一歩、一歩と踏み出し、跳躍。

 慣性に身を委ねたハイザックが、わずかな推進剤の使用で加速する。

 

 しばらく通路をただよい、曲がり角に出会えば壁を蹴り進路を変更し、奥へ、奥へ、奥へ。

 

 真空の世界にもかかわらず、ライトに照らされぬ闇の向こうから唸り声のようなものを聞いた気がした。

 

 そして、ハイザックの投光器から伸びる光が、新たなる敵の姿を捉える。

 一つ目。

 黄土色。

 棍棒を兼務するライフルを装備した、デスアーミー……いや、宇宙空間戦闘用にコウモリ羽上のスラスタユニットを背負っているから、デスバットだ。

 原作同様、圧倒的な数の暴力を振るうべく、通路をミチミチに行進している。

 そして……ちらりと見えるいくらかのゾンビシャイニングの姿。

 ガノタの中でも一部の界隈しか気づかぬその姿――コミックボンボンの模型企画で登場したままの、機械製の触手をヌタヌタさせたヒドイ様である。

 

「――こりゃ、ダメだな」

 

 動悸。

 クラウンは作戦を変更する。

 奥へと突き進むプランから、デスバット、ゾンビシャイニングらの進軍に対する遅滞戦闘を遂行しながら脱出するという、完全に180度変更のプランだ。

 

 恰好をつけてアカハナ達を帰しておいて良かった。

 もし部下をもった状態で遅滞戦闘+脱出などという多目標任務をやれなどと言われたら、とてもではないがこなせない。

 

「こっちはハイザックだが……言っておくか」

 

 クラウン大尉は、息を大きく吸う。

 自分を落ち着かせるために。

 そして、取り込まれてしまった数多のGガンダム世界の人々への供養の念を込める。

 

 

「ガンダムファイトォっ! Ready Goっ!」

 

 拳ではなく、ザクマシンガン改を構えるハイザック。

 迫りくるデスバット。

 単眼の群衆にただ一機、ハイザックが挑む。

 クラウンの転生人生最大のピンチが、そこにあった。

 

 

 

 

 勝っている、とはいいがたいのではないか? と第一機動艦隊の最前線にて火力線を形成しているバスク艦隊の司令、バスク・オム中佐は、座乗艦であるサラミス改級巡洋艦『アイズオンミー』の艦橋にて、そのつぶらな瞳でデータを精査する。

 

「司令、ジオンからの要求が過大なのでは? なぜ我々だけが火力負担を……」

 

 ジオンに対する敵愾心が強すぎるG3幕僚が余計な口を利くので、黙らせておく。

 

「ジオン連中に要求火力をどんどんくれてやれ。あちらが敵を間引いてくれればくれるほど、我々の損害が減る」

 

 ジオン艦隊の艦艇火力の劣悪さを、連邦艦艇が補填する。

 代わりに、大軍縮の結果、数を担保てきていない連邦のMS部隊の穴埋めをジオンの精鋭MS部隊が埋める。

 その結果、ジオン艦艇はMSの運用(回収、放熱、整備、再出撃)に集中できるようになり、連邦はただでさえ軍縮で数が足りないMS乗りの損耗を押さえられるというわけだ。

 数字で考えるなら、ジオンとの共同作戦ほど理にかなったチョイスはない。

 

「巨大有害鳥獣群、数を減らしています」

 

 観測員が戦況図を更新する。

 今更ながら連邦軍内での正式呼称が決まったバケモノどもの戦力が、戦況マップ上ではどんどんと減少。青色で表示されている連邦軍、緑色で表示されているジオン、そして赤で表示されているバケモノどもの比率は、明らかに赤が少ない。

 

「実弾兵装の余力はどうか?」

 

 バスクがG4幕僚に問う。

 

 メガ粒子砲の連射に関しては、連邦艦艇にとっては大した問題ではない。

 ただ、近接防御火器の弾薬、機雷、短距離、中距離、長距離ミサイルに搭載する各種弾頭に関しては、艦内に製造設備を持っているはずもなく、どうしても補給を受ける必要がある。

 範囲制圧火力、という点において、ミサイルや誘導機雷などは非常にキルパフォーマンスが高いため、これの亡失は致命的である。

 

「コロンブス級補給艦が適宜サプライしてくれています。今のところ、収支バランスは保たれています」

 

 G4幕僚が試算表を提出してきたので、それに目を通す。

 幕僚見積もりの数字が甘すぎるのは、敵の戦力を過小評価しているからだろうか。

 先んじてバケモノどもと交戦した特殊作戦群の連中からのレポートを見る限り、G4幕僚が提出してきた補給計画収支予測は明らかに楽観的だ。

 

 数字は嘘をつかない。

 数字を評価する人間がいつも誤謬と予断をはさむのだ。

 

「G4、再起案しろ。論拠になる数字を確定させ、再度提出――G3、MS隊に指導。敵による後方浸透阻止を優先させ、我々の後方連絡線を潰させるな。戦線のプレッシャー役はジオンに押し付けてしまえばいい」

「G4了解」

「G3了解」

 

 幕僚たちがそれぞれの職務に戻る。

 AOC(Advance Officer's Course)を修了したばかりの幕僚大尉の見積というのは、大抵は主観にまみれている。課程の教育プログラムに問題があるのか、あるいは人材に問題があるのか、もしくはその両方か――数字の論拠や行動の論拠に関する検討が極めて軽薄であり、事実を事実と直視せず、評価を挟んで試論と起案を行う悪癖が、数多くの幕僚大尉にみられる。

 

 バスクは内心でため息をつく。

 一年戦争時代に優秀だった士官たちはとうに軍を去り、その賢い頭とピンチを楽しむ胆力を駆使して、戦後の復興経済における資本主義ゲームに参戦し、大金を荒稼ぎしている。

 

 それもまた当然、である。

 そもそも一年戦争は地球連邦政府の外交の失敗を尻拭いする戦争であり、あげく、その尻拭いに失敗してジオンの独立を許している有様だ。

 多少でも頭の回る人間なら、次もまた負ける連邦軍なんぞに残らず、市中でまっとうな経済活動に従事し、誰もが幸せになる経済エンジンを回すほうがマシである。

 

 軍に残った目端の利かない連中、行き場がない連中、戦後入隊組の頭がお花畑連中で地球連邦軍という暴力装置を何とかメンテしていかなければならないと考えると、頭痛どころか胃痛や腰痛を併発しそうである。

 

「(まったく。おいらが出世して立て直すしかないな……母ちゃん、おいら、戦功をあげて出世するよ)」と、心中で母に誓う。

 

「――司令、オープンチャンネルで騒いでいるジオン兵がいます」

 

 G2幕僚が無線のチャンネルをこちらに飛ばす。

 バスクが耳を傾けると、ジオン公国軍第101戦闘群長のクラウン大尉であると分かった。

 一年戦争時代、地球連邦軍のV作戦をかき回した恐るべき仇敵のことを、騒いでいるジオン兵などと表現してしまうG2幕僚は、CGS(※Command and General Staff Course)受験を突破できないだろうと確信する。

 当然、地球連邦軍のMS教導POIにもアムロ・レイのガンダムを始末した当時の戦闘ログが使用されているのだから、その名を覚えているべきである――とバスクは思うのだが、ここに乗り込んでいる幕僚大尉どもは艦艇勤務でも、要塞防空部やMSパイロット上がりではないのだった。

 1年戦争中は後方職域や支援職域に配属されており、MOSも軍政職寄りだったのだが、軍縮の結果、艦艇勤務士官や艦隊司令部付が不足してしまったために配置転換となった連中がメインなのだ。

 要するに、畑違いである。

 彼ら、彼女らも、本来の畑である会計業務や補給計画などでは優秀なはずだ。

 ただ、このような戦闘司令部勤務にはあまり向かない、というだけのこと。

 より後方の軍政寄り機関たる、統合参謀本部や補給統制本部などに勤務すれば、連邦軍を支える優秀な将校として誰もが幸せになれるだろう。

 そうならぬ人事状況は、やはり問題である。

 

『戦区オープンチャンネルで警告する。約300秒で敵増援多数出現。当方が遅滞戦闘を試みるも、効果僅少。MS級『デスバット』の数、有視界データとAI推計によると10万を超える模様。至急、迎撃態勢をとられたし』

 

 クラウン大尉の音声データとともに転送されているリアルタイム交戦情報ログによると、敵の導出口は――バスク艦隊の正面の延長線上にある。

 つまり、初動迎撃作戦の主軸は必然的に、バスク艦隊が担うこととなる。

 

 バスクは司令席にて、直ちに指揮を執る。

 

「G1は直ちに統合艦隊司令部に増援要請。必要戦力見積をG3スタッフと協議して起案し、ASAPで統合艦隊司令部に送り付けろ。G2は我が担当戦区に展開している全MS隊及び艦艇に、我が艦隊の任務方針と行動を常時共有するとともに、各対処方針を回収し、G3に提供せよ。G3は事前想定たる『ストロベリー計画』を開始。我が統制下にある隷下部隊を用いて、デスバットなるMS10万機に対する初動迎撃作戦を実施しつつ、速やかに計画的遅滞戦闘への移行を計画し、周知、実施せよ。G4は直ちに事前計画66に基づき、後方収容計画と実施に移行。ボロボロになった我々を受け入れられる安全地帯を作れ。以上、各幕僚、かかれ」

 

 先遣艦隊司令として今できるのは、このくらいが関の山である。

 確実にこの場の戦闘という意味では、押し負ける。

 所詮は先遣艦隊の一つに過ぎないバスク艦隊は、本格的な敵の逆襲に抗しえない。

 となれば、情報収集がてら迎撃にあたり、速やかに遅滞戦闘へ移行しつつ後退するのがベストシナリオである。

 

「(――母さん、皆、おいら、帰れんかもしれんぞな)」

 

 数字だけでみるならば、ベストのシナリオで進んだとしてもバスク艦隊が壊滅しない可能性は五分五分でしかない。

 いまから振るダイスは、50パーの確率で戦死という結果が出てくるわけだ。

 

「(んども、ここで運があったらば、おいらの階級もあがるぞな)」

 

 機を見るに敏であるバスクは、ここが戦功の勘所だとも分かっていた。

 うまくいけば、大佐の階級章をぶら下げ、故郷に凱旋することができるだろう。

 

「(したら、皆喜ぶさね)」

 

 この町からも、連邦軍の偉い人が出たんだと、生活に追われるばかりの人々に希望を抱かせることもできるのではないだろうか。

 

「――クラウン機、飛び出してきます!」

 

 観測部から報告。

 バスク中佐は取り急ぎ、G3から提出された火力起案を訂正し、艦隊に周知する。

 数秒も経たず、隷下のサラミス改級らから、メガ粒子砲の連射が始まる。

 この火力投射の目的は、クラウン大尉のハイザックに追いすがる敵の群れを足止めし、クラウン大尉の離脱を確実なものにすることである。

 

 そして、メガ粒子の砲弾が、脱出してきたハイザックの後方に見事に突き刺さっていく。

 

『連邦艦隊へっ! 離脱支援射撃、感謝します! 修正諸元を送りますっ!』

 

 突出し、危険エリアにてFo任務に従事しているジムスナイパーカスタムⅡが、クラウン大尉の姿とともに、修正諸元情報を転送してくれている。

 バスク艦隊JTMS隊を統合指揮する立場の、リド・ウォルフ少佐らしい配慮だ。

 

 受領した修正諸元は速やかにバスク艦隊他、協働するジオン艦隊にも共有され、さらなる支援射撃が行われる。

 

『ダンスマスターより先遣艦隊司令部へ。これよりJTMS隊は全機、遅滞戦闘へと移行する。まともに正面から迎撃するのは不可能。火力要求を送る』

 

 通信部を経由せず、直接バスクの司令席に通信が入る。

 ダンスマスターに与えた権限の一つである、司令への直接上申である。

 

「了解だ……ところでウォルフ少佐、貴様の勘でいい。まともな撤退戦はできそうか?」

『私見ながら、不可能でしょう。MSの数が違いすぎる。核弾頭でもつけてミサイル届けてくれるなら多少は変わりますが』

「わかった。死ぬなよ。これは命令だ」

『了解。ダンスマスター以下、JTMSは状況を開始します』

 

 一気に戦況が動いた。

 無事に離脱したボロボロのクラウン大尉のハイザックの代わりに、連邦軍のMSパイロットの中で、アムロ・レイに告ぐともいわれるエースパイロット、リド・ヴォルフ少佐が率いる踊る死神隊及び諸隊連合JTMS隊が、10万どころでは済まないデスバット軍団の束に対して抵抗を仕掛ける。

 

「艦隊転進は無理だな。逆噴射しつつ低速後退。火力支援を止めるな」

 

 バスク艦隊の主力艦であるサラミス改級巡洋艦は、かつてのサラミス級と違い、艦首を敵方に向けることによって、艦載火力の90%を投射できるように設計変更が為されている。

 艦体両舷に配置された二連装メガ粒子砲2門及び、艦首部マルチミサイルスプレッドシステム、艦橋正面に配置された近接火力防御システムを、協働艦艇及び協働MSらと効率的に組わせることで、隙のない火力網を構築できる。

 これこそが、連邦艦隊の本懐たるファランクスⅡドクトリンである。

 

 しかし、である。

 濁流はとまらない。

 氾濫する大河を、重機で何とかしようとするようなものだ。

 

『くそったれがっ! もっと火力をよこしやがれっ!』

 

 普段は温厚かつ冷静なリド・ウォルフ少佐からの罵声の如き要求。

 3Dホログラフ戦況図に目をやるバスク中佐。

 敵の群れがあまりにも多く、レッドの塊はErrorを吐いている。

 一方の、ダンスマスター率いるMS隊は雪崩に巻き込まれる登山チームのような様相を呈しており、もはや戦争の体を成していない。

 

『――退っ――――置い――けっ……』

 

 JTMS隊が抗しきれずに、飲み込まれた。

 すでに眼前に一つ目の群れが襲い掛かっている。

 ファランクスドクトリンⅡは焼け石に水。

 直掩のMSたちは袋叩き状態。

 そして、艦橋の窓の向こうに、棍棒を抱えたデスバットが迫る。

 

「……母さん、ごめん」

 

 走馬灯が見えた。

 

 バスクは太平洋諸島国家群の生まれだ。

 地球連邦政府への加盟が遅かった太平洋諸島国家群は典型的な宇宙移民重点抽出地域――宇宙移民促進のための宇宙強制移住の指定を受けていたため、当然、連邦政府からの経済支援が打ち切られ、地上インフラ投資なされず、人々が宇宙に住まう宇宙世紀だというのに蛇口をひねれば泥水が出る地域に成り下がっていた。

 

 そんなスラム化が進む太平洋諸島国家群の離れ島に生まれたのが、バスクだ。

 バスクは、娼婦であった母親から父知らずの子として生まれた。

 普通はそのまま施設に預けられるか、商売の邪魔だとして秘密裏に殺されて終わるはずなのだが、少しだけバスクの母は違っていた。

 

 父親はわからないけれども、母親はわたしだからしっかりしないと、と学がないなりにバスクのことを愛し、真剣にバスクの将来について知恵を絞ってくれたのだ。

 

 客として訪れていた連中にピロートークであれこれと世の中の仕組みを仕入れ――バスクに教育を受けさせることだけが、この苦しい生活から愛する我が子を逃がす最良の手段であると感じた。

 

 そしてバスクの母は、なけなしの収入を愛する息子の教育にあてるようになる。

 少しでもいい教育を――しかし、彼女の稼ぎでは決して息子をよい学校に通わせることが出来そうになかった。

 

 しかし、母親はあきらめなかった。

 もちろん、バスクもだ。

 

 そして偶然が味方する。

 ついに母子の住まう地域にある小高い丘の頂に、仏教系団体の南洋宗が、慈善学校と寺院を開いたのだ。

 わずかな喜捨――それこそ、パン一つ分の喜捨を毎月行えば、教育が受けられるという。

 

 以後、少年バスクは、晴れの日も雨の日も、嵐の日も、バスクはボロボロの服を着て、ジャンク品の寄せ集めで自作したタブレット端末に違法ダウンロードしたテキストを詰め込んで、丘を駆け上った。ダクトテープで靴底を止めたシューズで毎日、毎日、毎日、スラム街の小高い山を登るのは大変だったが、それでもくじけなかった。

 

 貧しい人々のための学校だったにもかかわらず、母親が娼婦であること、金がないことを理由にいつまでもイジメられ続けた。

 低栄養であったがゆえに、体も大きくならず小柄だったため、子どもたちのイジメの格好の標的であった。

 

 バスクは殴られ、蹴られ、地面に這いつくばる日々を送る。

 しかし、バスクの両目は常に開かれていた。

 なぜ、周りの子どもたちがいじめてくるのか。

 いじめてくる連中の手段はどういったものか。

 誰がいじめを主導しているのか――

 

 決して周りから学ぶのを辞めなかった。

 

 諦めるわけにはいかないのだ。

 

 学ぶのを諦めて、母に悲しい思いをさせたくなかった。

 それと同時に、母に学校がツライところであると悟らせたくもなかった。

 

 バスクは、考えた。

 家に帰っても母は夜遅くまで仕事でいない。

 だから、バスクは傷だらけの体のまま、南洋宗の尼僧院を訊ねるのだ。

 傷だらけで汚れた子どもにたいして、南洋宗の優しい尼僧たちは優しかった。

 シャワーを浴びさせ、傷口に消毒と絆創膏を施してくれた。

 バスクは尼僧たちに頭をさげ、御礼に聞き覚えた南洋宗経典の一節を諳んじて見せる。

 一介のスラムの少年が、敬虔な信徒になっていく姿を見せることで、彼女らに満足感と幸福感を与えるのだ。

 

 バスクは、学んでいた。

 信仰に生きるものたちとの対話の技法を。

 彼ら、彼女らはすでに物欲を捨て、精神的な修行に身を置いている。

 喜捨や物納は、建前上、喜んで受け取るが、かといってそれから満足感を得ることはないのだ。

 尼僧たちが求めていたのは、己たちの行いが他者の精神を次の段階へと進めた実感。

 そう見抜いたバスクは、尼僧たちの前ではいつだって南洋宗の教えを敬虔に学ぼうとする、哀れで傷ついたスラムの少年を演じ続けた。

 

 そうして尼僧たちから治療を受け、家に帰る。

 母のいない家で、宿題をして、洗濯をして、料理の下ごしらえをする。

 母に罪悪感を与えないために、料理の仕上げだけは母に委ねるのだ。

 

『いっぱい勉強しぃ。母ちゃんは字もかけんけど、あんたは字も、計算ももうできるやろ? 母ちゃんは幸せもんやねぇ。天才っちゅうのを生んだけぇ』

 

 母は、毎日男たちに雑に扱われて疲れ果てていても、バスクの前ではそういって微笑みながら料理の仕上げ――錆びた鉄鍋にココナッツミルクとナンプラー、スパイスをいれて煮込むカレーを作る。南洋宗系の慈善団体が配ってくれる野菜や、肉や魚の缶詰を適当に放り込んだだけの、ココナッツ臭いカレーを母と二人で食べるのである。

 

 カレーを食べながら、バスクはいつも学校で学んだ内容を努めて楽しそうに話した。

 今日は数学で乗算を学んだという話や、リーディングでこういうお話を読んだと、身振り手振りを大げさに語り、決してつらい様は悟らせない。

 

 そうやって、バスクは少しずつ、大きくなった。

 いつも何かに虐げられ、困難に直面させられた。

 超えれど超えれども、幾たびもそびえ立ってくる苦難が、彼の意思を鋼鉄の如く鍛え上げていく。

 

 そしてついに、不屈の精神と不断の努力が実を結び、バスクは13歳で地球連邦軍立太平洋諸島士官予科学校(※高等学校に該当)への飛び級入学を勝ち取った。

 

「母ちゃんがわかっとった。やっぱ坊やは天才じゃっ」

「知っとっと? 士官予科学校ば給与でるけん、母さんはもう、働かんでええんよ。おいらがちゃんと稼いだらぁ」

 

 母と二人で喜び合ったあの日は、いつもより肉の多いカレーを食べたことを覚えている。

 

 そしてバスクは親元を離れ、予科学校の寄宿舎に入った。

 母は娼婦としての仕事を辞め、南洋宗の尼僧院で下働きをし始めた。

 尼僧院にたびたび出入りし、尼たちに好感を抱かれていたバスクの母親である。

 無下にされることもなく、徐々にコミュニティになじんでいった。

 

 一方、給与のすべてを母に仕送りしていたバスクは、訓練を便利にする私物道具を買うこともなく、被服の自由もなく、いつも官給品の軍服とブーツを大事に繕いながら日々を過ごしていた。

 食堂で支給される食事はすべて平らげ、成長期の体を育てるべく、廃棄処理される予定の残飯を調理下士官に頼み込んで分けてもらうこともあった。

 

 当然、その貧しさが狙われた。

 またしても、いじめられた。

 だが、バスクはくじけず、打開策を着実に打っていく。

 

 学科は当然手を抜かない。

 そして、金のかからない自衛の術を身に着けるべく、格闘術にのめり込んだ。

 

 当時の士官予科学校に赴任していた格闘MOSを持つ年若き少尉――アデナウアー・パラヤ少尉に指導をお願いし、こまめに通い、熱心に補習指導を受けた。

 

 頭でっかちの多い士官予科学校で、格闘術に熱心なバスクの態度に感心したアデナウアー少尉は、様々な実戦的な指導を施してくれた。

 

 こうした積み重ねの結果――学業に熱心なバスクを、教官たちは当然、高く評価した。

 調理下士官らも、腹を空かせて頼ってくるバスクを無下にはできなかった。残飯を調理しなおした食事を提供してやりながら、調理下士官たちはバスクの身の上を聞き、それでも卑屈にならぬバスクに感心した。

 

 こうして、教官らから高く評価され、下士官らから人格を高く評価されたバスクは、ますます学校で孤立し、友と呼べるものは一人もできなかった。

 

 そして、時が過ぎる。

 士官予科学校を終えるころには、当初のチビのバスク、などという蔑称は消え失せていた。

 卒業生代表として挨拶をするバスクに対して、教官と下士官らだけが拍手をするという前代未聞の卒業式を経て、ジャブローの士官学校本科(※各地の士官予科学校から教官推薦を得たもののみが入学する大学課程)へと推薦入学する。

 

 本来4年をかけて修了するべきジャブロー士官学校本科を2年で修了し(※様々な演習単位があるため、どうあがいても2年以下にはできない)、卒業生総代として壇上に立つバスクに対しては、もはや誰も何も言えなかった。

 

 武闘派のバスク。

 戦術の天才。

 

 畏怖と嫉妬の入り混じった視線を受けた、丸太のような筋肉に包まれた巨漢。

成長した彼は、意外にもキュートでつぶらな瞳がとても印象的なチャーミングマッチョとして、少尉の階級章を肩に載せたのである。

 

「バスク、ようやった! ほんまに、ようやったねぇ……」

 

 ジャブロー士官学校本科卒業式に来賓出席した母親が、バスクを抱きしめてくれた。

 母は昔より老けたにもかかわらず、より健やかになっていた。

 穏やかな顔を浮かべた母親に、あんたのおかげで、ぜーんぶ良ぉなったと褒められたとき、ああ、自分が正しい道を歩んできたのだと、確信できた。

 

 視界は、現実に戻る。

 

 デスバットが振り下ろす棍棒で潰されゆく艦橋。

 虚空に吸い出されていく部下たち。

 バスクはノーマルスーツのバイザーが下りるのがやけに遅く見えていた。

 そうか、死の直前だから脳が加速しているのか、と察した。

 

 バスクは自分亡き後の母の人生に、仏の加護あれと祈りを込めて、手を合わせて南洋宗の経典を謡った。

 

 

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