――古くからの格言
「なんだ、何がどうなって――」
シロッコはノーマルスーツの割れたバイザーにテープを張りながら、あたりを見渡した。
突如として激しい振動に見舞われ、ソロシップ艦内が大変な状況と相成ったところまでは覚えている。
艦橋勤務の乗組員たちはほぼ、シートベルトにぐったりと寄り掛かったまま意識を失っていた。
ワープ航法の失敗で、次元の狭間にでも挟まったのだろうか? もしそうであるならば現時点でのこちらの科学力ではどうしようもない。
状況を把握せねば、と、外部環境を直視できる船窓に張り付くシロッコ。
我らが故郷、青い星、地球。
それを背景にした、裸眼でも分かる大混戦状態。
あれはジム改か。
ゲルググもいるようだが……互いに交戦状態というわけではなく、むしろ手を取り合って何かと戦っている。黄土色をした一つ目のモビルスーツに対して必死の抵抗をしているようだが、連邦でもジオンでもない第三勢力だろうか?
「何も分からんな……おい、しっかりしろ」
ぐったりと機器にもたれかかる通信士官に駆け寄り、声をかけた。
ノーマルスーツに外傷は見られず、外部表示されているバイタルデータも正常だ。
「起きろ、おいっ!」
ヘルメットを軽く小突くと、ううっ、と通信士官が目を覚ました。
「……あれ、パプテマス大尉?」
「しっかりせんかっ! 直ちに通信機器の復旧と、艦内呼びかけだ。負傷者を救護し、戦闘要員は直ちにMS搭乗っ!」
「はぁ、はい」
「呆けている場合かっ、リード中尉っ!」
この男は……といら立ちを覚えながらも、シロッコはリード中尉に己を取り戻させ、職務を遂行させるべく方針を再度繰り返す。
ようやく頭がクリアになったらしいリード中尉は、慌てて通信機を再起動して、関連部署へと連絡を取り始めた。
「まったく……おい、そこのお前、なにを突っ立っている! 倒れている連中の救護をしてバイタルチェック! さっさと艦橋司令部機能を復帰させるぞっ!」
素人どもめ、とシロッコは拳銃を抜いて全員を処刑したくなってしまう。
シロッコに与えられた部下たちは、地球連邦軍の中央に置けるほど賢くなく、戦闘部隊に配置するにはスキルが足らず、後方職域に配置するにはリスクがあるという、いわゆる『申し渡し付士官』と呼ばれる連中が多い。
士官が何らかのポジションに着く際は、必ず掌握するべき部下の情報を前任者から引きつぐ。
この引き渡し書類の中に、同じ将校でありながら問題アリな人物たちをリストアップした申し渡し付士官に関する注意と指導要領という書類があり、そこに載る=何らかの方法で他部隊に転属させたほうがいい、あるいは仕方なく引き取ったままにする場合、補職の際に注意せよ、ということを意味する。
士官学校他、各種の士官養成課程を修了することはできたものの、そこから先がダメだったというなんとも悲しい人員というのはどうしても生まれてしまうもので、そのような者たちは、定員あれども充足せず、という部署をたらいまわしにされる悲しき立場に転落するのである。
シロッコの下で通信士官を務めるリード中尉は、一年戦争時代にV作戦の概念実証部隊であったホワイトベース隊を地球に降下させる際に、護衛のサラミス級の艦長として同行し、致命的な判断ミスをしてホワイトベース拿捕の原因を作ってしまった男だ。
上官たるワッケインからホワイトベース護衛任務を任された彼は、本来、ホワイトベースの大気圏突入の盾としてサラミス級を運用して防空火力を担わなければならなかった。
しかし、何をトチ狂ったか、あるいは任務分析を誤ったのか、リード中尉はサラミス級に付属する大気圏突入シャトルに乗り込み、非武装のまま交戦エリアへ侵入。
当然の如く被弾し、ホワイトベースにエマージェンシー。ホワイトベースのブライト中尉は見捨てるべきであったが、人道的見地からこれを収容しようとしてしまった。
この隙を、ジオンのザク乗りであったクラウンなる男は見逃さず、シャトルを収容しようとしたホワイトベースのハンガーに飛び込み、そこでザクマシンガンを構え、降伏勧告と相成った。
以来、リード中尉は艦艇士官としてのMOSを保持しているにもかかわらず、どの艦艇も艦隊司令部も引き取らない軍内無職と化し、一生中尉のまま終えかねない状況へと至ったのだ。
『かんちょう、MSをだしてもいいか?』
ソロシップの艦載MS隊指揮官たるハインツ・ベア大尉から通信。
一年戦争時代には豪傑ハインツなどとあだ名されたパイロットだ。当時の連邦軍にとって最もコストがかかっていた機体たるフルアーマーガンダムを与えられた彼は、烈火の如き火力を以って、当時の撃墜記録第7位をたたき出した生きる大量破壊兵器である。
そのような彼が、なぜソロシップなんぞに乗船しているのかというと、リード中尉とは別の意味で『申し渡し付士官』だからだ。
ハインツ大尉は、仕事ができない。
部下の訓練計画も立てられず、MS乗りの大尉に課せられる日々の訓練プログラムも消化できず、ましてや戦場での戦術判断と統率など期待するだけ無駄なのである。
FAガンダムでも何でも構わないが、MSに搭乗すれば、古今東西に比類なき無双者となる――それだけで大尉になった男だ。軍としても士官としての勤務を求めているわけではなく、対外的な意味(※主に広報)でそのような肩書を与えているに過ぎない。
乗っていないときは、ただ虚ろな目をして、レクリエーションルームでマンガを読んでいるだけのダメ野郎である。
「――ハインツ・ベア大尉、後ろにいるロン・コウ中尉に通信を切り替えろ」
『おい、ロン。かんちょうがはなししたいってよ』
やはり、か。
ただの破壊兵器が自分の意思で出撃を申し出るなどありえない。
実質的にソロシップMS隊の指揮を執っていると言っていい副隊長のロン・コウ中尉に通信がつながる。
『いやはや、パプテマス大尉。困ったことになりましたな。隊に軽傷者数名。ただし搭乗に支障なし。すでに各員は搭乗待機。下命いただければ、直ちに全機防空任務に出撃できます』
このロン・コウ中尉はソロシップに配属されている士官の中で、数少ないまともな士官だ。
仕事もできる上に、本人のMS戦歴も輝かしい。
一年戦争時代の撃墜数に至っては、なんとバカのハインツ大尉の次席である第8位。
木星なんていかず、地球圏にいればいくらでも出世の機会もあったろうに『やっぱ惑星間航行っていうロマンに身を投じたいじゃないですか』などと別の方向でバカなことを言い出し、木星まで来てしまった大バカ野郎である。
本来であればMS隊の指揮官兼、MS戦幕僚としてシロッコの右腕になるべき人材なのだが、連邦軍からハインツ大尉をおしつけられてしまった結果、階級補職の関係でMS隊副隊長兼MS隊運用幹部という立場しか与えることが出来ず、大変遺憾である。
「了解。防空出撃せよ。ロン・コウ中尉は隊長代理として臨時指揮権を行使」
『はっ――あ、隊長、出撃OKですよ』
『おう。むづかしいことは、やっぱりおまえがいちばんだ。おれは、てきをたおすぞ』
『お願いしますねー。あ、今回の敵はジオンじゃないですからね。注意してください』
『そうか。てきのえいぞうを、くれ。ぜんぶ、たおす』
シロッコは通信を切る。
バーサーカーたるハインツの制御はロン・コウ中尉に任せて、やるべきこと――ソロシップの保全と積み荷の安全確保、そして、状況の把握を優先したい。
「あのー、パプテマス大尉……」
申し出にくそうにリード中尉がシロッコを呼んでいる。
「なんだ? 端的に話せ」
「はっ。その、積み荷が勝手に動いているみたいです。甲板部の連中から連絡が来てます」
「わかった、回せ」
通信をこちらに回してもらうと、うろたえた様子の甲板員の声が聞こえた。
『あ、パプテマス艦長っ! 巨人が、巨人が勝手に動こうとしていますっ!』
「こちらでも映像で把握した。誰かが内部に侵入したりはしていないか?」
御用学者たちのレポートによると、木星の衛星ガニメデで発掘した機械の巨人は、どこかの外宇宙の巨人族の機体ではなかろうか、とすら言われている。内部構造は地球圏人類のサイズにあわぬ大きさであり、おそらくは最小でも15メートル級の巨人らが操縦したり整備するにとって都合がいい構造になっているという。
つまり、地球人類が乗り込んでどうこうできるものではない。
操縦席らしきものは約3か所ほどあったのだが、そことていまだに手を入れていないのだ。
『誰も入ってませんよっ! 甲板員を全員点呼しましたが、医務室の連中も含めたら全員いますっ!』
「ぬぅ、わかった。まずは命を守れ。甲板員は撤収だ。わけのわからぬ乱戦状態ゆえ、直ちにソロシップの中央に移動し、ダメージコントロール待機せよ」
『はっ』
甲板員らとの通信を終え、リード中尉に他にないか、と手で合図する。
たくさんあります、というサインが返ってきて、シロッコは大事に巻き込まれているな、と確信する。
だが、一方でシロッコはある決断を下していた。
シロッコの任務自体は、ソロシップを地球圏に届け、レビル将軍に引き渡すまで保全することだ。それを最優先とするならば、ここで雑用係のボス役をやっている場合ではない。
ソロシップの保全――もとより謎の力でバリアが張られているため、早々被弾するものでもない。極論を言えば、この宙域をうろうろしている分には、誰が指揮をとろうと結果に差はない。なんとかなる、である。
「ジャマイカン大尉、聞こえるか?」
シロッコはソロシップの砲雷長(※なお、ソロシップに固定火器はない。つまり、砲雷長とは名目だけの閑職であり、砲雷長室は船倉の一画に置かれたテーブルとイス、無線機を指す)であるジャマイカン・ダニンガン大尉を呼び出す。
一年戦争時に部下を見殺しにした前歴があり『申し渡し付士官』の中では頭一つとびぬけたクズである。クズではあるのだが、仕事はできてしまう。作戦起案もできれば、それなりの艦艇火力統制もこなせる。
『はっ、艦長。ご用命をば』
媚びるような口調のジャマイカンに、シロッコは軽蔑の念を覚える。
既に二度CGSを受験しているが、当然落とされている。
部下を見殺しにしたという最悪のマイナス評価を覆す特性事項がないにもかかわらず、悪びれることなくCGSを受験しているその腐り果てた根性はどういう人生を送ると手に入るのか、シロッコには理解できなかった。
挙句、CGS不合格については上司の推薦点が不足していたのだろう、と考えているらしく、いまは年下の直属上司たるシロッコにあの手この手で媚びていた。
「(ほかの士官がろくでなししかいないため)貴様にソロシップの指揮を一時任せる。ただし、ソロシップを運用した戦術判断を行う際は、必ず私に決裁をとれ。これは命令だ。わかるな? すぐにブリッジに上がれ」
『りょ、了解しましたっ! 必ずや艦長のご期待に応えますっ!』
ようやく、上司からチャンスを与えられたとジャマイカンは思ったらしい。
興奮した様子の応答であった。
これでようやく、シロッコは自分のやるべき仕事にかかることができる。
「艦長よりロン・コウ中尉へ。私も出撃し、前進戦闘指揮所を設置する」
ブリッジから駆け足で退出。
ブリッジ前ロータリーエリアには、複数のエレカが駐車されている。
ソロシップは巨大すぎるため、艦内の移動はエレカを使うほかないのだ。
適当な一台に飛び乗り、ハンドルを握り、アクセルを吹かす。
『――こちら、ロン・コウ中尉。いらないと思いますが、護衛の一個小隊を回します。雑用係に使ってください。艦長のEWACジムはすぐ出れますが、2体のガンダムは何の調整も手入れもしていないので、搭乗禁止です』
偵察・早期警戒のみならず、広域戦術統制通信が可能なEWACジムは、MS隊を統制するにおいて極めて重要である。諸部隊との連携のみのとどまらず、各機体、リーダー機等に対して光通信、レーザー通信などを用いて随時、作戦指導を行えるからである。
もちろん、シロッコはEWACジムで出撃するつもりではあった。
注意事項として指摘された2体のガンダムとは、NT-1とFAガンダムのことだ。
連邦初のNT専用機を与えられたという事実はシロッコにとって大変名誉なことではあったが、軍事的合理性の観点から、ただでさえサプライチェーンが弱い木星圏にてガンダムNT-1なるワンオフ機を運用するのはナンセンスだった。
もちろん、FAガンダムも同じである。
こうして、二体のガンダムはハンガーの飾りとなり、暇を持て余した木星赴任のエンジニアたちの手によって、FSWS計画に関する応用研究の素材として使用された。
FAガンダムのコンセプトとNT―1に用いられていたチョバムアーマー関連技術を足し合わせ――ジム改にオプション装備可能な外部装甲+火砲類+推進システムとしてパッキングしたブルドックシステム(仮称)が誕生。
これを装備したジム改を、便宜上FAジム改などと呼称し、MSというオモチャが大好きなハインツ大尉に渡してある。
「了解した。それと、例の巨人型機械が勝手に動き出そうとしているが、何か心当たりはあるか?」
『いやぁ、なんとも見当がつきませんが――むしろ勝手に動くのであれば、好きにさせては? どうせ我々では起動すらできなかったわけですし』
「確かに、それも一理あるか」
『おっと、ヤバくなってきたぞ……失礼、通信終わります』
ロン・コウ中尉からの通信が強制的に終了となる。
シロッコはエレカに搭載されている通信端末をあれこれと操作しながら、様々なチャンネルから情報を収集する。
かき集めた断片的な情報からするに、どうやら地球連邦軍とジオン公国軍が何らかの理由で睨み合っているところに、エイリアンのようなものが来襲したという三文小説のような話になっているようだ。
そんなところに、さらにどこの何とも分からぬ古代遺物を持ち込んだ形になったシロッコは思わず舌打ちをする。状況を好転させるどころか、より一層ややこしくした張本人ということになってしまったからだ。
「私もよくよく運がないな。ただの歴史の立会人にでもなれればと欲をかいて地球に来てみれば、むしろ私が歴史の当事者になるとは」
腹立ちまぎれに独り言をこぼし、がらんどうのMSハンガーの中をエレカで駆ける。
残っていたEWACジムの脇にエレカを停車し、タラップを登ってコックピットの中に飛び込む。
完全にクールダウン状態であったEWACジムを起動させ、挙動チェック。
オールグリーンの後、無人武器管理システムから差し出されたジムライフルを装備し、予備弾倉をマウントする。
「ジャマイカン大尉、ハッチを開けろ。シロッコ・パプテマス大尉はEWACジムで出る」
『了解、ハッチ解放』
言われたことはつつがなくこなすジャマイカンの手により、出撃口が開く。
もちろん、ソロシップにはカタパルトなんぞはないので、シロッコのEWACジムは自力で外にノロノロと飛び出した。
とはいえ、ソロシップの速度と同期はしているので、足が遅すぎてどうしようもない、ということはない。
「なんとも穏やかなソラだ。地球圏の感覚だな――木星とは違う」
激戦区に飛び出したにもかかわらず、シロッコは青い地球があるここが、どこか安らかなところに思えた。
イデオンが動いている!? とシン大尉は壊滅したバスク艦隊の生存者救出に従事しながら、目を見開いた。
クラウンの野郎がロクに足止めもできずにデスアーミー(※シンの中の人は、デスアーミーとデスバットの区別がついていないというGガン見識甘いニキである)の群れをじゃらじゃら外に出したせいで、Zガンダムで悪役を一手に引き受けるバスクが死んでしまったという一大事態に巻き込まれているというのに、イデオンまで出てくるのかよ!? とシン大尉は頭を抱えた。
とはいえ、シン大尉は無駄に器用な男なので、先ごろ回収した中佐の階級章を付けた重傷のノーマルスーツを緊急搬送ランチにそっと預ける。やたらと体格のいい中佐だったので、鍛えた心肺機能のおかげでワンチャンスありそうな気がした。ノーマルスーツのAED機能及び、応急止血システムも正常稼働していたから、運があれば助かるだろう。
「どこの中佐かわかりませんが、頑張って生きてくださいよ」などと声をかけておく。
衛生兵が搭乗した緊急搬送ランチが中佐を収容。他の負傷者も満載しているため、戦域を急速離脱していく。
また後続便のランチが飛び込んできたので、シン大尉率いるアルファ任務部隊MS隊は作業を続行する。
「アルファリーダーより各機へ。バスク中佐を回収した機体はいるか?」
『こちらアルファ101、情報なし』
『アルファ202。そっちが誰かわからん中佐を回収してたろ?』
ヤザンに指摘されたが、先ほどの中佐は違うだろう。
シン大尉の中の人はガノタだ。0083バスクの姿をOVA及び劇場版スターダストメモリーで脳裏に焼き付けてきている。
あの特徴的なサングラス――視力矯正用ともいわれるアレを装着したマユナシ、頭髪ナシの特徴的なフェイスが分からぬはずがない。
だいたい、バスク・オムが持つまがまがしいまでの悪役感は、ガノタなら一目で分かってしかるべきなのである。
「さっき回収した中佐殿は、どちらかというと徳が高そうな感じだった。絶対にバスク中佐ではないな」
『本当かよ。隊長の勘はまったくアテにならねぇからなぁ……』
ヤザンの苦言に、シン大尉が「俺が一番バスクのことを分かってるんだっ!」などと意味不明な強弁をして、ヤザンを困惑させていると、鶴の一声が飛んできた。
『――貴様ら、無駄話ばかりするなっ! まだ生存者のビーコン反応があるんだぞ! さっさと回収しろっ!』
「Yes,マム!」
『うぉっ、了解っ!』
トロイホースのマッケンジー艦長からそういわれると、二人は黙って職務を遂行するしかない。
シンもヤザンも所詮は宮仕えの身。艦長に査定を下げられてボーナスが減ってしまっては泣きを見るというものだ。
『隊長、あの大きいの、なんです?』
シャニーナ少尉のジムキャノンⅡが、シン大尉のジムカスタムに通信ワイヤを張り付ける。ヤザンと違い、艦長にどやされない知恵がそこにあった。
「あれは木星で見つかった巨人型巨大機械だな。100メートル以上あるとか噂されていたが、実物はもっとでかいな」
シン大尉は確信する。間違いなく逆襲のギガンティス仕様のイデオンだ。サイズが二回り以上でかくなっている。
『変な形ですね』
「そりゃ、異星人のデザインしたものだからな。こちらの感性とは違うだろう」
『えっ! 異星人のなんですかっ? ってことは、バケモノたちの仲間っ?』
シャニーナ少尉の声に不安の色が濃く混じったので、シン大尉が落ち着かせる。
「そうと決まっちゃいないさ。連邦の木星派遣部隊が回収してきたシロモノだから、こっちの制御下にあると考えるのが妥当だろ?」
何一つ妥当ではないと自覚しつつも、嘘も方便と言い訳をしながらなだめすかす。
『本当に、そうなんでしょうか……なんだろう、わたし、なんだかすごく嫌な感じがするんです』
まてまてまて、とシン大尉は滝のような汗が背中からにじむ。
NTであることが分かっているシャニーナ少尉がそういうことを言い出すということは、文字通りろくでもない展開が来るということだ。
「シャニーナの勘は当たるからな。艦長にも共有しておこう」
『はい。では、救助活動を続けます』
シャニーナ機が離れていく。
シン大尉は秘匿通信でマッケンジー艦長に直接通話を呼びかける。
『なんだ? いま私は忙しいぞ』
「1分だけ。あの巨人型の機械の件です」
『木星ラムダ遺跡のことか。どうせ貴官のことだ。ゴップ閣下から情報は貰っているのだろう?』
「はい。実は最高機密情報を持っていまして」
『――私は忙しい。ぜったい訊かないからな。そういう面倒ごとは、閣下とお前でなんとかしてくださいお願いします、わたしはもう疲れたんです。さようなら』
ブチっ、と秘匿通信を切られてしまう。
まいったな、マッケンジー艦長も連続交戦のストレスがいよいよマックスだな、とシン大尉は戦闘心理と戦闘効率に関するAOCでの講義を思いだす。
そもそも人間というのは肉体的疲労により判断力も同時に低下する。
となれば、気力体力を酷使する激甚状況である戦場では、当然に兵も指揮官も心身が摩耗していく。
もしこれを放置すると、たとえ武器弾薬や糧食が充分であったとしても、任務分析の誤りや伝達事故、装備事故、運用事故が多発するようになり、結果として戦力が漸減ないし、評価上壊滅状態と呼んでもいい状況へと遷移していく。
このような状況へといたった部隊は我が方の弱点となりうるので、交代ないし増援による休息機会を与えねばならない、とされていた。
いま、アルファ任務部隊はそのような状況へと遷移しつつあるのは間違いない。
それを理解しているからこそ、マッケンジー艦長は戦闘任務ではなく、多少は神経がすり減らない救助活動の手伝いなんぞの仕事を引き受けてきて、我々にやらせているのだ。
仕方ない、とシン大尉は大きく息を吸い、とある私物端末――ゴップ閣下とどこからでもつながる量子通信装置を手に取り、コールする。
『なに? 忙しいんだけど。バカなの、死ぬの?』
さすがゴップ閣下である。
ご苦労だな、シン、という言葉などいただけようはずもない。
「閣下、お忙しいところ恐縮なのですが、うちのマッケンジー艦長のメンタルがヤバくなってきました。といいますか、アルファ任務部隊ほか、スパルタン隊、イプシロン任務部隊いずれも疲弊の極みです。後方で数時間の休息をとらせないと、閣下も望まないくだらない事故が起きかねません」
クリスとバーニィのラブロマンスチャンスをメイクアップしたのは心が乙女のゴップ閣下自身だ。こんなところで二人のラブロマンスを終わらせるなど、ガノタとして許せるはずもない、と判断してくれるはずだ。
『……くだらない事故を起こさせないように、あんたを付けてるんだけど』
「ですから、私の力ではどうしようもない状況ですので、連絡した次第です」
『無理言わないで。いま第一軌道艦隊、第三軌道艦隊の全力を以ってデスバットどもを止めてるんだから。むしろ救助任務に行かせている今が、あたしにできる最大限の配慮ってやつなのよ。本来であれば今すぐあんたらを前線に叩き込まなきゃいけないのっ』
おっと、マズイ。閣下のほうもストレスがマックスの香りを感じた。
とはいえ、閣下の変わりが出来そうな連中は――どこにいったんだ? ワイアット大将やレビル将軍、ジャミトフやコリニーは?
「閣下、ワイアット大将に一時的に指揮を任せて、休まれては?」
『あんたねぇ……ワイアットも、レビルも、ジャミトフも休暇中に失踪。たぶんギレンに一泡吹かされて監禁ってとこかしら』
「はぁ!? そんじゃ、閣下一人でずっと艦隊統率してるんですか?」
『いないんだから仕方ないじゃない。それに、あたし以上にこの世界を守りたいって思ってるガノタがいるとでも思ってんの?』
なるほど。
これはまた大きく出たな、とシン大尉は鼻で笑う。
「実に強烈な自負で、このシン、心底感心するとともに、張り倒したくなりました! 待ってろゴップ閣下、俺は今からそっちいくからなっ! 無理やり殴ってでも休ませてやるっ! 連合艦隊司令の仕事は一時的にワッケインかコーウェンにでもやらせりゃいいんだバーカっ!」
『ちょっとあんたっ――』
ゴップからの反撃を無理やり遮断すべく、通信機の電源を落とす。
ふざけるなよ。
ゴップ閣下、あんただけがこの世界を守りたいと思ってるわけじゃない。
俺だって、そう思ってるんだ。
一人で背負うなよ。
俺にも、背負わせろよ。
あんたの手駒になったときから、こっちはあんたに賭けてるんだ。
ゴップ閣下なら、史実以上に宇宙世紀ガンダムをマシな方向に持って行けるんじゃないかってな。
人死にが減って、悲劇が減って、最後はみんな老衰で死んでハッピーエンド。
そこに連れてってくれると信じてるんだ。
「マッケンジー艦長、マッケンジー艦長っ! 閣下から特命ですよっ! 耳塞いでてもダメですからねっ!」
シン大尉は好きに使え、とゴップから渡されていた白紙命令書に、自分の意思を書き込む。
アルファ任務部隊以下、特殊作戦群各隊は統合艦隊司令部に集結し、次なる特殊作戦に備え補給と休息をとること、などとでっち上げる。
『――よかった……よかったよぉ……』
ゴップの暗号鍵付きの命令書を受領したマッケンジー少佐から、涙声の応答。
「コネ野郎の大尉もたまには使えるって覚えておいてください。さ、艦長、涙を拭いて指揮を執ってください」
『別に、泣いてなんかないぞ。私は艦長だからな――シン大尉、ありがとう』
強がるマッケンジー艦長からの厚い信頼の情がこもった感謝の言葉に、シン大尉はとんでもない破壊力を感じた。
胸がきゅっとする。
思わず手で胸を押さえてしまった。
これは……バーニィ一人では支えきれないのではないか? むしろ自分も共に支えなければならぬのではと、胸の高鳴りを覚えたが、ただの戦時過労による心肺機能の異常である。
そう、シン大尉の体もまた、限界を迎えつつあるのだった。
過労による心疾患、脳出血は兵士のありがちな死因である。
「アルファリーダーより各機へ。特命が下った。救助作業をジオンの部隊に引き継ぎ、我々は母艦へと帰投する」
シン大尉が宣言すると、部下たちから口々に『助かった……』や『1時間でも寝られれば』などという希望に満ちた声が上がる。
『――おい、隊長、いいのかよ』
ヤザンのジムカスタムが通信ワイヤを張り付けてきた。
「なにがだ? ヤザン少尉」
『考えがあってやってんだよな? どんな手品か知らねぇが、オレたちにとって都合がいい話は、戦局全体からすれば不都合な話だ。軍隊ってのはそういうのを許さねぇ』
ヤザンの心配はもっともだが、シン大尉は決して思い付きで貴重な白紙命令書を使ったわけではない。
「心配するな。休んだ後に特別作戦ってのがあるのは本当だ。なぜなら、自分に腹案があるからだ。敵の要塞級に殴りこむぞ。クラウンが出来たんだ。我々にできない理由はないだろう?」
『――マジで言ってんのか?』
「ああ」
『くそっ。聞くんじゃなかった――』
興奮して寝れねぇじゃねぇか、とのたまうヤザン。
その闘争本能にドン引きですわ、とシン大尉は顔を引きつらせる。
数分後、トロイホースに帰投したアルファ任務部隊の面々は、這うようにコックピットから出て、パイロット待機室に流れ込み、壁際に埋まっている安全固定具にノーマルスーツの安全索を繋ぎ、目を閉じた。重力区画ではないため、何処かにつないでおかないと急な艦体挙動で死傷事故につながりかねないからだ。
皆の仮眠を見届けたシン大尉は、己の疲労をごまかす素敵な栄養剤の注射をキメる。
ブチ切れて待っているであろうゴップ閣下を納得させるための、特殊部隊による要塞級破壊作戦の起案書と状況想定図を作っておく必要がある。
「さて、いっちょやりますかね」
ラップトップ端末と拡張モニタに向かうシン大尉。
その姿を、シャニーナ少尉は壁に隠れて見守って――いたかったのだが、彼女もまた疲労のため、眠りに落ちてしまう。
宙を漂っていたシャニーナの姿に気付いたシン大尉は、彼女をやさしく抱き寄せて、ノーマルスーツの安全索を壁の安全固定具につないだ。
すーすーと寝息を立てるシャニーナ少尉の寝顔に励まされたシン大尉は、その後、何とかゴップを納得させうる起案を仕上げた――夢を見た。
シン大尉もまた限界だったのだ。
彼はベンチに自身を固定したまま、あっさりと眠りに落ちた。
漂うラップトップ端末。
そのモニタには、何も書かれていなかった。
だが、シン大尉が眠りに落ちて数分後、端末の文字列が勝手に生成され始める。
要塞級有害鳥獣に対する最深部侵入破壊作戦、と題されたそれは、精緻かつ大胆で無理がない作戦であり、一介の大尉が限られた時間で作るにはあまりにも出来すぎていた。
結びとして、シン大尉しか知らないはずの暗号化署名が書き込まれる。
そして、起案者から受領者に対する秘密通信欄に、受領者たるゴップしか閲覧できないサイバーパンク短歌が詠まれていた。
『いつかぼくは 救われるだろう たぶんそこは 小雨のなかの 電気椅子だろう』
参考 加藤治郎『マイ・ロマンサー』