シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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本を読んでも、物語や歴史に聞くところからでも、真実の恋は滑らかに運んだためしがない。

――シェイクスピア『真夏の夜の夢』


第五五話 0083 地球軌道決戦5

 ゴップはペガサス級1番艦たるペガサスの中央部へと一人で移動する。

 シンのバカが、いざというときに使えとゴップが渡していた白紙命令書を好き放題使い、一時的に第三軌道艦隊司令のコーウェン中将が連合艦隊の司令代理として指揮を執っている。

 

 強制休息と相成ったゴップは、一人、同じように苦悩しているであろうもう一人のバカのところに足を運んだのだ。

 

「――閣下!?」

 

 警衛についていた兵士が敬礼をする。

 

「すこし席を外してくれたまえ。コーヒーでも飲んでくるといい」

 

 艦内自販機の購買チケットを二人に電送すると、警衛らは顔を見合わせる。

 

「しかし、閣下お一人では。拘束されている男は危険人物だと聞いています」

 

 さすが、ゴップの座乗艦の乗組員に選ばれただけのことはある。末端の兵士一人まで職務に忠実かつ、責任感が強い。

 

「わかった。妥協案でどうだ? 君たちはコーヒーをここに持ってきて、中の様子はモニターで確認。ただし、音声は切れ」

 

 ゴップの妥協案を警衛の兵士が、それならばと同意する。

 彼らが心配なのは拘束されている人物ではなく、ゴップが害されることであるので、モニターさえ使えれば、何かあってもすぐに飛び込むことができると判断したのだ。

 

「了解。我々はコーヒーを受領し、モニターにて状況を注視。閣下に危害が及びそうな場合は、申し訳ございませんが強行突入いたします」

「結構。ただし修正事項1点。コーヒーは4パックだ。私と虜囚の分も頼む。かかれ」

「かかります」

 

 ゴップが追加分のチケットを電送。

警衛の一人が残り、一人がコーヒーを買いに走る。

30秒も経たず、コーヒーを4パック抱えた兵士が戻ってきた。

 

「お待たせいたしました」と、二つ、ゴップにコーヒーが差し出される。

「ご苦労。では、監視任務を継続したまえ」

「はっ」

 

 兵士らがいくらかの独房が設置されている懲罰室の扉を開ける。

 ゴップは懲罰室の廊下を奥まですすむ。

 後方で、扉が閉まる音がした。

 

 

 

 ゴップは、これと言って特徴がない単なる独房の一室のドアの前に立つ。

 ペガサス級に設置されている独房だからと特別なこともなく、単なる複合金属製の密閉ドアがあり、その奥にはベッドとトイレしかない虚無の部屋があるだけだ。

 

 ゴップは特に何の警戒もなく、そのドアを開ける。

 そこには、腕を組んでベッドに腰かけている図々しいリュウ・ホセイがいた。

 

「――逃げないのね」

 

 この男は、いつだって逃げられるはずだ。量子脳に換装済みの、人間をやめました連中の一人なのだから。

 

「ここが一番都合がいいんだ。君を守るためにもな」

「守ってなんて頼んでない」

 

 ゴップが壁に背中を預ける。

 

「あんたのやってることなんて、気持ち悪いストーカーと同じじゃない。勝手にあたしの周りをうろちょろして、かき回して……さぞ悲劇のヒーロー気取りなんでしょうね」

 

 ゴップはいらだっていた。

 だから、リュウが嫌がりそうな言葉をとにかく選んで、ぶつけておく。

 

 どのような状況でも、常に主導をとってきた自負がある。コントロールできないような事態に直面したとしても、最大限、自分の意思を押し通せるよう手練手管を挟み込んできたのだ。

 

 しかし、今の状況はナンセンスだ。

 ゴップの意思がゆがめられ、シン大尉は勝手に動き出し、宇宙怪獣騒に関しては何一ついいところなしのレビル派に華を持たせるチャンスだと、シン大尉にそそのかされて横やりを入れてくる始末だ。

 あげく、部下の参謀団やグレース教官までもが、働きすぎの烙印を勝手に押して、ゴップに休みを取るように迫る始末。

 

 鷹揚な提督として振舞ってきたゴップに、それを無視するという選択肢はなかった。

 こんなことなら、最初から強権的で高圧的な将官として振舞えば――いや、それでは、いまのこの地位に就くことはできないだろう。

 

 人の上に立ち、人を使うということは、厳然さや実直さだけではダメなのだ。最後は人間力とでもいうべき、ある種の個人的魅力がキーになってしまう。それが俗に、人の器といわれている部分なのかもしれない。

 

「どーせ、俺だけがあいつを救える、とかそんなこと考えてイキリ散らしてるんでしょ? 信じらんないわ。どうしてあんたごときがこのガンダムの世界で意思を通せるなんて勘違いしてんのかしら」

 

 ガノタであれば分かっていることだ。

 容姿も、家柄も、カリスマも、そして技量まで備えていたシャア・アズナブルという男ですら、原作では何一つ己の本当に望んでいたことを実現しえなかった。

 ガノタごときでは対抗できないほどに多才だったフリットは、ユリンもグルーデックも救えない。

 コーディネーターとしてナチュラルよりも多才に設計されたキラはフレイを救えない。

 ガンダムの世界では、どうしても救えないときというものがある。

 そのような業を、刻の涙を見る、とZガンダムでは表現していたのではないだろうか。

 

 ゴップは壁に背を預けたまま、腕を組んで沈黙するリュウに語り掛ける。

 しかし、それほどひどい言葉をぶつけようとも、彼は何も言わない。

 

 何かを言って欲しいわけではないし、このままケンカ別れしても仕方ないとは思う。

 ゴップはなによりもまずゴップでなければならないからだ。

 宇宙世紀における、ゴップならばできそうな役割を率先して果たさなければらならない。

 それがガンダムという作品の中に入り込んでしまったガノタの義務であり、そしてガノタとしての誇りでもあるからだ。

 

 そう、結局はプライドの問題なのだ。

 ガノタならば一度や二度、ガンダムの世界にいったらどうしようと妄想するものだ。

 無双してみたり、ラブロマンスを繰り広げてみたり、と幅はあるだろう。

 だが、ある時気づくのだ。

 ガンダムという物語に入り込み、好き勝手にいじるということが、ガンダムをガンダムではない何かに変えてしまうのだということに。

 

「……ねぇ、何とか言ってよ」

 

 ゴップが、うつむきながらリュウにうながす。

 しかし、リュウは何も言わず、ゴップの眼に視線を向けるばかりだ。

 お前の言いたいことは、それだけか? と彼の瞳が言っているようにもみえる。

 

「あたしさ、結構な数のガノタを殺してきたのよ」

 

 ゴップはただ黙って聞いているだけのリュウに、ずっと秘密にしてきた内容を話す。

 隠しておきたかった。

 だが、この男にはすでに見破られている、あるいはいずれ見破るであろうから、自分から話しておく。

 

 そもそもガノタとて一枚岩ではない。

 それぞれに望みがあり、作りたいガンダム世界がある。

 この世界にやってきたガノタたちは、それぞれに己の能力と想いを遠慮なくこの世界にぶつけてくるのだ。

 

 ゆえに、ある段階で、必ずガノタ同士は衝突する。

 

 そもそもかつての世界では、Seed派だの宇宙世紀派だのファースト主義やらで、ガノタ同士は本当に些細な違いを大きな断絶と思い込んで、互いに互いを罵倒していた。

 

 では、ガンダムの世界にやってきたガノタ同士だったら何とか分かり合えるのだろうか?

 答えは、否である。

 たとえば、バーニィとクリスを助けたいと思うゴップのようなガノタもいる。

しかし、一方で、やはり原作は最高であり、クリスとアルを曇らせたいというガノタもまたいるのである。

 ゴップには理解しがたいガノタ。

 そして、相手にとってもゴップは理解しがたいガノタであっただろう。

 00で語られた、対話の可能性は――ゼロだ。

 

「あたしが戦った中で、一番強かったガノタは、エルラン中将の中の子ね。たぶんあんたよりずっと頭が回ったし、原作もよく理解してた。でも、彼はそれを自分自身のために使おうとしたわ。ヒロインたちを自分の手元に集めて、ハーレムを目指したの」

 

 欲望に忠実なガノタというものは厄介だ。

 文字通り、好きなことをするためには手段を選ばないからだ。

 原作通りの展開に進み、傷心状態になったクリスを甘言を弄して自分のもとに置こうと考えているエルランの計画をつかんだゴップは、動いた。

 

 その結果、エルランはガノタとしての夢を実現することなく、KIAと相成った。

 原作のようにスパイ容疑で拘束されたわけではない。

 副官のジュダックと共に乗り込んだ早期警戒兼連絡機デッシュの予定航路が、なぜかジオンに漏れ、不幸にも撃墜されてしまったのだ。

たまたま近くを通りかかったゴップは、取り急ぎ墜落現場へと出向いた。

 墜落機の残骸。

 半身を押しつぶされたエルランの姿。

 まだ、息はあった。

 

『ゴップ、やはり貴様は……ガノタだったか』

 

 ゴップは何も言わず、エルランを射殺した。

 エルランの死体は、ファーストガンダムオタクならおなじみのスーパーナパームで火葬し、後日、盛大な軍葬をして弔っておいた。

 

 ゴップは、そうやってガノタを殺してきた。

 己の意に添わぬガノタとは、ままならぬもの。

 

 最後は殺し合うしかない。

 

「――ねぇ、あんたって、あたしのこと勘違いしてるのよ。あたしが、あんたを殺さないってどうして信じ切れるの?」

 

 ゴップはほんのわずかに、躊躇いの息遣いをみせた。

 だが、すぐにそれは消える。

 その手には拳銃。

 銃口は、リュウへと向けられている。

 

 だが彼は、向けられた拳銃に動じることもなく、ゆっくりと口を開く。

 

「お前を信じるのに、理由が必要なのか?」

 

 リュウ・ホセイがゆっくりと立ち上がり、その黒々とした眼でゴップをじっと見据える。

 

 その目に惹かれる。

 情熱的で、それでいて、やさしくこちらに向けられるその双眸に心惹かれないわけがない。

 そして惹かれるほどに、どうしても嫌いにならざるを得なかった。

 

「動かないで」

 

 ゴップが銃の引き金に指をかける。

 

「――」

 

 リュウが無言でゴップに一歩、また一歩と迫る。

 二人の物理的な距離は縮まり、ゴップの構える拳銃の銃口が、リュウの胸部にあたる。

 

「……本当に、撃つわよ?」

「撃てよ。お前に撃たれるなら、本望だよ」

 

 リュウの手が、ゴップのふくよかな頬に触れる。

 ゴップは構えていた拳銃を力なく、降ろす。

 そして、おそるおそる――空いた手を彼の手に重ねる。

 

 重なる視線。

 限りなく近い物理的距離。

 

 しかし、どこまでも遠いのだ。

 ゴップの心にわずかにさざ波立った高鳴りは、すぐになりをひそめてしまう。

 残されたのは寂寥感だけだ。

 そして、どうしようもない諦め。

 手を重ねたリュウの肌から感じるのは、狂ってしまった行き場のない想いだけ。

 

 ゴップは悟る。

 彼がおとなしく拘束されて、ここで待っていたのは、別れのためだと。

 たったそれだけのために、彼はこの艦に飛び込んできたのだ。

 

「どうして、あたしたちって、こうなっちゃうのかしら」

 

 ゴップが、リュウの手をそっと払いのける。

 リュウがためらいがちに再び手を伸ばす。

 だが、ゴップは首をふる。

 

「……やめて。みじめなだけよ」

 

 ゴップが、顔を伏せて声を絞り出す。

 彼は、何も見ていなかったのだ。

 ここにいる、このゴップの中で一人うずくまって苦しい思いをしている宇野サララを見てくれてはいないのだ。

 

 やはり、この男は――この男は、あたし以外のあたしの影を追って、ここに立っていると悟る。

 

 量子脳に換装して、初めて彼の存在を感じた時、ゴップは膨れ上がる期待を押さえるのに必死だった。

 時を超えて。

 時空と次元を超えて、あたしのために命を懸ける男が現れたのだと、思ってしまった。

 それは恋心にも似た、ときめきのある希望だった。

 

 けれど、時が経ち、彼がなりふり構わず策動を積み重ねていくのを見て、その希望は不安へと変わった。

 

 もしかしたら、彼は、あたしのことを見ていないのではないか、と。

 

 よく考えてみれば当たり前のこと。

 恋愛経験がご無沙汰なゴップの中の人でも、すぐに思い当たった。

 彼が助けたかった女は、もうすでに失われてしまった。

 

 そうであるならば、ここで救おうとしているのは、誰なのか。

 繊細で、感じやすい宇野サララは悟る。

 彼が救いたいのは、消えた宇野サララであって、いまここで孤独に生きている彼女ではないのではないか、と。

 

 だから、以前にイングリッドの体を借りて、彼を遠ざけるようにふるまった。

 怖かったからだ。

 事実を突きつけられて、自分には救いがないということを思い知らされるのが恐ろしかったからだ。

 

「自覚、あるんでしょ?」

 

 ゴップが、リュウの胸に手を当てて、ゆっくりと押す。

 離れてほしい。

 だが、本当に離れて消えてほしいのかと言われれば、躊躇いは、ある。

 

 ゴップは、リュウとの距離を測りかねていた。

 彼のやさしさにウソはない。

 けれども、彼の気持ちは、ここにはいないあたしに向けられているのだと思うと、やるせなかった。

 

 あたしは、この世界で、孤立していた。

 元の世界でだって、最後は寂しく一人で死んだ。

 でも、ガンダムの世界来てからは、ちょっとだけ希望が持てた。

もし、一緒に同じ夢を見てくれるガノタと出会えたら――絶対に、幸せになれるという確信があったのだ。

 

 仲良くなって、毎日毎日、この世界のためになることを語り合えたら。

 カミーユとファの未来や、ジュドーとルー・ルカの未来なんかを一緒に考えて、行動してくれる人が傍にいてくれれば――それだけで、救われたのに。

 

 でも、やっぱり、見てくれなかった。

 彼は、本当の意味であたしを救ってくれないのだ、と、わかってしまった。

 どうしよう。

 望んでしまった。

 もしかしたら、と希望を持ってしまった。

 でも、そんな希望はなかった。

 本当にあたしのことを見てくれているなら、一緒にこれから歩んでくれるだけでいいのに。

 

「自覚は、ある」

 

 彼は、押しのけようとしていたゴップの手をそっと取り、下ろした。

 

「……ひどい男」

 

 ゴップは、こぼれそうになる涙をこらえた。

 唇をきつくむすび、奥歯を強くかみしめる。

 

「お前に、未来を用意してくる」

 

 本当に欲しい言葉とは違う、彼なりの誠意。

 そんなのはいらないのに、と言いたいのに、言えない。

 もう彼にはその言葉も届かないだろうから。

 

 独房のドアが開く。

 警衛の兵士たちではない。

 一人の女士官――に変装した、よく知った顔の女がそこにいた。

 

「――どうも、おじさま」

 

 いつの日かゴップの体を捨て、記憶を移植する予定だったイングリッドがそこにいた。

 ペガサス級一番艦、ペガサスにはゴップ以外、量子脳に換装したバケモノは乗っていない。

 事実上、この艦は制圧されたも同然であるが、彼らがこの艦を害することはないだろう。

 彼らには、目的があるからだ。

 あたしの未来を作るという、身勝手な目的が。

 

「俺は逝く。お前は、生きてくれ」

 

 リュウが、立ち尽くすゴップとのすれ違いざまに、つまらない祈りを残していった。

 イングリッドとリュウの姿はすぐに遠くへと消えていき、ゴップは1人、開け放たれた独房のベッドに腰かける。

 キャスバルから金塊をもらった時のセイラのように、ゴップはベッドに倒れ込む。

 情けなくて、仕方なかった。

 

 そして、今までの疲労と失意に誘われ――わずかな時間の、意識の消失。

 

 ゴップが目を覚ました時には、すでにシン大尉らによる要塞級殴り込み作戦がちょうど始まろうとしていた。

 

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