シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。
世の中にある人、事業(ことわざ)、繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。

花に鳴く鶯、水にすむ蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。
力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり

――『古今和歌集 仮名序』


第五八話 0083 宇宙怪獣の腹の中2

 

 

 クラウンが目に入る汗を拭わんとノーマルスーツのバイザーを上げた時、唐突に壁を突き抜けてペガサス級が飛び込んできた。

 巨大なコアルームであるから、かのペガサスすらも小さく見えてしまうのだが……それでも、地球連邦軍の強襲揚陸艦の来援は頼もしくもあった。

 

『クラウン大尉、援護するぞっ!』

 

 オープン回線での声。

 どこかで聞いたことがあるような……だが、思いだせない。

 ペガサス級のカタパルトデッキが開放され、数体のMSが飛び出してくる。

 ペイルライダーD2が二機、あとはジム改がそれなり。

 数こそ心もとないが、量子脳の感応が二つある。

 となると、あのペイルライダーD2のペアが連邦の決戦級エースか。

 

「助かるっ! こちらは黒い方を相手にしていて手いっぱいだ……」

 

 クラウンのバイタルはマラソン後半の状況に酷似しており、体力的にも集中力的にも、すでに底が見えつつあった。

 マスターガンダムとの演武は佳境を迎えているものの、やつはまったく本気ではない。

 遊んでいるとしか思えないマスターガンダムの武技であったが、ハイザックのクラウンのほうは全力そのものである。

 これほどに……MFとMSでは差があるか、と心胆寒からしめるものがある。

 いや、違うな。

 マスターアジアとクラウンの間には、武人と兵士という根本的な違いがあるのだと理解する。

 

『……白いほうは、俺が引き受ける』

 

 ペイルライダーD2からだろうか。

 頼もしそうな声だ。

 量子脳が共鳴し、ぼんやりと何かを思いさせそうな気がしてきた。

 

「……!?」

 

 クラウンはマスターガンダムの手拳をさばきながらも、息をのんだ。

 ペイルライダーがゴッドガンダムと差し向かいになるものだと思い込んでいた。

 違う。

 違うのだ。

 ロングバレルマシンガンを肩に担ぐように屹立するジム改が、ゴッドガンダムと視線を交わしていた。

 

「――無茶だっ! 下がれっ!」

 

 思わず、ジム改のパイロットに叫ぶ。

 だが、ジム改はゴッドガンダムと相対したままだ。

 

「やめろっ! そいつはただのガンダムじゃないんだっ!」

 

 誰もがガノタであるとは思っていない。

 誰があのジム改にのっているのかは分からないが、少なくとも、ガノタではないはずだ。

 ゴッドガンダムにジム改で挑むような愚行を、ガノタなら選択しないからだ。

 

『試合の最中に余所見かっ! 未熟者がぁぁぁ!』

 

 クラウンの、視界が揺れる。

 コックピット中に響く無数の警告音。

 直撃と損害を知らせるアラートに攻め立てられながら、クラウンはかすむ視界でマスターガンダムに食らいつく。

 

「うぉぉっ!」

 

 せめて、せめて……マスターガンダムだけでも止めなければ、と、クラウンのハイザックはタックルを敢行し、マスターガンダムの腰にまとわりつく。

 そのままマスターガンダムを押し倒さんとするが、トルクもパワーも段違い。

 MSでMFに対抗するなど、大木に相撲を挑む園児よりも分が悪い。

 当然、マスターガンダムは動かない。

 

『ふんっ! 気合ばかり先走りおって!』

 

 そのままバックドロップを仕掛けられてしまい、ハイザックは頭からコアルームの床に叩きつけられる。

 当然、機械部品である頭部は派手に潰れて、様々なリキッドが噴き出し、ハイザックのコックピットの内部では衝撃のあまり破損した部品類が飛び交い、容赦なくクラウンの体を引き裂く。

 

「気合!? バカにするなっ! こっちは戦争屋だぞっ! 計算に決まってる!」

 

 クラウンは朦朧とする意識の中で、最善の戦技を選択する。

 インジェクションポッドを射出――と同時に、携帯してきていた要塞工事用の爆薬を起動する。

 MSは核融合炉であるがゆえに、爆発のしようもない。

 核融合に用いる重水素とて、それもまた原理的に爆発しない。

 被害は最小。

 それでいて、確実にマスターガンダムにダメージを与えられるはずだ。

 

 

 

 クラウンのハイザックから射出されたインジェクションポッドが、エアバッグを展開しながら壁面に激突した。

 直後に、黒いガンダムを巻き込む大爆発。

 

「アン少尉っ! 彼を回収しろっ!」

 

 ゴッドガンダムの手に頭部をつかまれたジム改からの通信。

 

 ペガサスジュニアの法壁やぶりをやらかそうとオシクラマンジュウをかましてくるデスバット達の数を減らす単純作業をしていたアンは、リュウ大尉からの命令に戸惑った。

 

 アン少尉は、初めて人生で迷いをもった。

 このまま言われた通りにすると、間違いなくクソザコおじさんのジム改がやられる。

 

 でも、インジェクションポッドで飛んでいったジオンの兵士を助けないと、命令違反になる。

 

 命令に反すれば、軍法会議だ。

 命令に従えば――クソザコおじさんが死んでしまうかもしれない。

 

 数少ない、家族なのに。

 

 アンにとって、ジオンのしらない人よりも、イカくさいクソザコおじさんのほうがちょっとだけ――本当に、本当に、ほんとぉにちょっとだけ、大事だった。

 

「やだっ!」

 

 アン少尉は、生まれて初めての命令違反をする。

 はじめてを、クソザコおじさんのためにあげてしまったことを、一生あてこすってやらなければ気が済まない。

 

『僕がクラウン大尉を拾う! アン、いけっ!』

『法力を高め、艦の法壁を護持するっ! 行くのだ、アン少尉! 仏加持故! 我証菩提! 以仏神力!!』

 

 ゼロ兄がインジェクションポッドに向かう。

 そして、お坊さんのレヴァンさんが、艦のことは気にするな、と言ってくれた気がした。

 

「クソザコおじさんっ!」

 

 アンは、おじさんのジム改をいじめている、へんなガンダムに突進をする。

 ペイルライダーD2が装備するシェキナーのあらゆる火器を動員して、クソザコおじさんからガンダムを引き離そうとする。

 

『――とても清い想いだな』

 

 しらないガンダムからの声。

 ガンダムはクソザコおじさんの機体をどこかに放り投げると、こちらに輝く拳を見せつけてくる。

 きりもみをして飛ばされるおじさんのジム改。

 

「おじさんっ!? ちょ、投げ飛ばされるとか、クソザコナメクジじゃん!」

 

 いくら強化されているとはいえ、さすがにあれはまずい。

 おじさんのバイタルはよろしくない状態らしい、と部隊同期情報で把握する。

 

「――っ! 死んじゃえっ、ガンダムもどきっ!」

『全力で、受けて立つ!』

「うるさいっ! お前なんかっ! 嫌いだっ!」

 

 ガトリングシステムやマイクロミサイルを連射するが、それらすべてが、たおやかな手さばきで弾道を変えられてしまう。

 近接信管で爆発するはずのミサイルですらも、するりと受け流されてしまう。

 全弾、無効。

 その事実を受けて、アンの量子脳が撤退のシナリオをいくつも提示してくる。

 

 しかし、である。

 アンのハートが計算を拒絶する。

 

 数多の生存可能性のルートのどれもが、クソザコおじさんを見捨てているからだ。

 そんなことをして生きていたくない。

 

『バァァァルカァンっ!!』

 

 ガンダムもどきのバルカン砲がこっちを正確にとらえてくる。

 当たったら――やられる。

 ただのバルカンの威力じゃない、とアンは本能で察する。

 

 ペイルライダーD2はそのスペックを最大限に発揮し、かつ、アン少尉との神経接続による機体同調制御により、文字通り人機一体となって、バルカンの弾幕を回避する。

 

『よい体捌きだっ! できるようだな、清い乙女よ!』

「キモっ! 負け犬みたいな気持ちをぶつけてくるなっ!」

 

 相手からは、闘争心を感じない。

 何かを訴えかけようとしているが、言葉では表せず、仕方なく戦っているような、そういう気持ちが伝わってくる。

 

 けれど、それが気持ち悪かった。

「キモすぎっ! あんたはもう、あんたじゃないっ! 生きてるふりしてる、怪物なのっ!」

 

 相手からは、確かに意思のようなものが感じられる。

 けれど、それは相手本来のエネルギーというか、情熱のようなものの残りカスみたいな感じだ。

 

 生きているってことは、そういうことじゃない。

 

 ただ息をして、うわごとを繰り返すのを、生きているなんて言わない。

 

 クソザコおじさんをイジリ倒したり、ちょっといやらしい目でみてくるクソザコおじさんをバカにするのが、生きているということだと、アンは思う。

 

 明日から本気出すっていってるおじさんに、昨日もいってたよね? って言わなくちゃいけない。

 今日もキモいね。明日はなおるといいね って言わなくちゃいけない。

 恋人いない歴のギネス記録でもねらってるの? って言わなくちゃいけない。

 

 まだまだイジリ倒したい言葉が溢れてくる。

 

「生きてないんだから、もう一度死んじゃえ!」

 

 アン少尉のペイルライダーD2が両手にサーベルを抜刀。

 通常の人間では反応できないはずの、無数の太刀筋で攻め立てる。

 しかし、それすらも手で受け流されてしまう。

 

『想いだけでは、な』

 

 まるで自分のことのように語る、ガンダム乗りの誰か。

 モニタいっぱいに映し出される金色に輝く掌。

 

「あ」

 

 衝撃。

 コックピットのエアバッグが展開され、アン少尉はそこに思い切り体を預けてしまう。

 体にめり込むシートベルト。

 やばい音を立てる鎖骨。

 口から飛び散る血泡。

 

『――許せ。ヒート・エンド』

 

 躊躇いがちな言葉。

 それでいて、そこには明確な死の予感があった。

 量子脳が警告を発してくる。

 直ちに機体から脱出せよ、と。

 

 明らかに機体がやばい音を立てていて、体を溶かす熱が頭のほうから迫っているのを感じる。

 

「やだ……やだやだやだっ! 助けてよっ! 助けてよっ! おじさんっ!」

 

 アンはインジェクションポッドの射出ボタンを連打しながら、一人で叫ぶ。

 ERRORと吐きつづけるモニター。

 泣きながら、シートベルトを外して、シート下にある物理レバーでコックピットハッチを開放しようとする。

 けれども、ギギギと音を立てるばかりで、歪んだコックピットハッチはびくともしない。

 

 そして、コックピットの電源が落ちる。

 闇が、アン少尉を包む。

 アンは恐怖に固まり、ただ膝を抱えて、リュウのことを呼んだ。

 

 

 

 急激なGで、体の自由が効かないリュウは、ジム改のコックピットでアンの絶叫で意識を取り戻した。

 乗っているジム改には、何一つ特別な設定はなく、当然、神経接続もない。

 あるのはいつもの操縦スティックと、四角四面のモニターに、いくつかのフットペダルだ。

 

 体が、動かない。

 いくら量子脳を運用すべく肉体を改造してあるとはいえ、多少心肺機能が高く、耐G能力が高いだけだ。

 先ほどのように、まるでゴミのように投げ飛ばされれば、MSが無事でも中身のパイロットは無事ではいられない。

 

『――助けてよっ! おじさんっ!』

 

 リュウの量子脳に直接響く、アンの思念波。

 彼は、戦慄する。

 眼前で、また、失う、と。

 

 リュウの量子脳が、補助心肺を無理やり稼働させる。

 体中の血液が強引に巡らされ、ハートビートが乱打状態になる。

 バイタルサインがイエローを示し、無理な挙動をやめるよう自重せよと警告を発する。

 

 だが、やめない。

 リュウは奥歯が砕けるほどに歯を食いしばり、スティックを握り壊してしまうほどに、強く握る。

 

 使い物にならないミッションディスクを引き抜いて捨て、懐に忍ばせていた想い出の出涸らしのようなディスクを挿入する。

 

 四角く狭いディスプレイに『ゴキブリマニューバ Ver.1.0』の表示。

 

 ノエミィ・フジオカ技術中尉と苦労して作り上げた、あの日々を思い出す。

 二人でガンダム開発計画を潰すべく、股間がオレンジのジムコマンド・ライトアーマーで立ち向かう無理ゲーを攻略していく日々は、ワクワクしたものだ。

 一緒に飲みに行き、イオたちサンダーボルト勢とJAZZセッションをかまし――そのあと、ノエミィ・フジオカ技術中尉に婚約者がいることを知るという苦い経験をした。

 

 その想いを力に変えて、アムロのガンダムに一矢報いたことは、大切な思い出だ。

 

 いま、手元にある起死回生の策は、それしかない。

 思い出を、力に変える。

 アムロ、お前を倒せた自信を、力に変えさせてくれ、と。

 

 ジム改が、再び立ち上がる。

 コックピットで、リュウは手早くスイッチを操作し、ディスプレイに現れる各種ソフトウェア応答をナノ秒以下で裁いていく。

 

 パイロットの安全を確保するためのリミッターを全て切る。

 機体の安全を確保するためのリミッターをすべて切る。

 そして最後に、操縦安定性を確保するためのリミッターを切った。

 

 核融合炉がレッドサインを示し、機体温度が急激に上昇する。

 コックピット中にエラー表示が出て、何一つ前が見えない。

 

 ハッチを強制開放し、文字通り、裸眼でアンの機体を掴むゴッドガンダムを見据える。

 デブリの一つでもコックピットに飛び込んできたら、それでリュウの体は深刻なダメージを受けるだろう。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 機体の放熱制御を失ったジム改の機体装甲は、オレンジに輝き始める。

 握りしめる操縦桿すらも熱くなる。

 その熱い操縦桿から、骨を伝って頭骨の内に鳴り響くジム改の駆動音。

 

 ジムの体が光って唸る。

 彼女を救えと輝き叫ぶ、ジム改の姿がそこにあった。

 

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