――イワーク・ブライア
コックピットの非常灯がようやく、ついた。
アン少尉は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、ノーマルスーツのポーチに入れてあった化粧落としのウェットティッシュで拭く。
なぜだろうか。
濃厚な死の予感があったのに、それが今は感じられない。
掴まれていたはず──なのだけれども、明らかにそれとは違う慣性を感じる。
いうなれば、放置されて漂っているような感じだ。
もし電装類が生きていれば確認できるのだけれども、今動いているのは非常用バッテリーに連動しているサバイバルシステムだけだ。
直近の危険はないのかもしれない。
だけど、このままコックピットから出られなければ緩慢な死が待っているだけだ。
ノーマルスーツにインジェクションされている酸素量はたかが知れているし、コックピット内の空気循環装置が無事だとはとても思えない損傷具合だ。
「助かる、のかな……?」
もしかしたら、と、アン少尉は希望を抱いてしまう。
本当にあり得ないことだけれども、あのクソザコおじさんがジム改でガンダムもどきをやっつけてくれているのかもしれない。
そんなことができるなら、クソザコおじさんは本当の意味でクソザコじゃなかったことになる。
でも、負けてたらやっぱりクソザコなめくじだ。
「おじさん、聞こえてる? かわいいアンちゃんはここですよー?」
頭に埋め込まれている量子通信を経由して、メッセージを送る。
だけども、おじさんから返事はない。
生きてるのか、死んでるのか、でいえば生きている。
そうでなければ、そもそも通信エラーを起こすからだ。
だが、状況が全く分からない。
せめてコックピットの電装の一部でも復活してくれれば──と、コンソールを叩いたり蹴ったりするのだが、うんともすんとも言わない。
頭に叩き込んである教範通りの手順も試す。
例えば、今稼働している非常用電源のパワーをバイパスして、何かしらの通信システムを蘇生させるとかだ。
「あっ」
アン少尉は気づいた。
そもそも量子通信は距離を選ばないし、ミノフスキー物理学も関係ない。
確か、ペガサスジュニアに乗っているムラサメ博士が量子通信端末を持っているはずだ。
どれどれ、と眼球内のHUDに表示されたムラサメセンセ、にコールするも、エラー。
死んだ? とヒヤリとしたが、よく考えればブッキョーがどうこうっていうバリアを張っていた気がする。
あれはなんかすごい強力らしく、量子レベルにまで干渉するお化け理論なんだと聞いていた気がする。
じゃ、どうしようもない。
いま自分の機体がどうなっているかは知らないけれど、このままふわふわと漂っていたら、そのうちデスバットか何かに袋叩きにされて死ぬ可能性もあるな、とアン少尉は身震いする。
「はぁ……使えないなぁ。おじさん、たまにはちょっと本気出してよね」
アン少尉は、再度膝を抱える。
助かるかもしれない、という一縷の望みにすがってしまったのだから、神様、仏様──わたしの希望を裏切らないで、と祈る。
クラウンの乗るインジェクションポッドは、ゼロ中尉のペイルライダーD2の掌に収まっていた。
そして、解像度の荒い外部カメラから届いた映像に、クラウンは驚愕する。
信じられない、と。
当然、クラウンはガノタであるのでGジェネレーションアドバンスについてもコンプ済みである。
あの作品では、ドモンの教えによってドアンが明鏡止水の境地に至り──ザクが、ハイパーモード化する。
いま眼前では、ジム改がハイパーモード化している……ようにもみえなくもない。
オレンジとも赤ともつかぬ、灼熱のエナジーを纏うその姿は、かの金色の衣をまといて──の下りのようでもある。
『クラウン大尉、ミンチになったらすみません』
ゼロ中尉からの通信。
なんの謝罪かと思えば、どうもデスバットにまとわりつかれて進に進めず、退くに退けない状況に追い込まれたようだ。
「感謝しています。何もできず、本当に申し訳ない」
破れかぶれの策であった自爆攻撃の結果、マスターガンダムはその半身を失った。
しかし、だからなんだと言わんばかりの速度で自己修復を行い、片膝をつきながら再生を待っている状況のようだ。
『あなたの時間稼ぎのおかげで、今があります。後はリュウに任せますよ』
「──もう一機のペイルライダーの救援はどうするつもりですか?」
自軍のことではないから、聞くのも野暮ではある。
しかし、連邦とジオンが手を組むこの瞬間ならば、友軍として心配することくらいは許されるのではないか、とクラウンは思う。
『レヴァン・フウ大僧正と、GNT僧侶たちが何とかしてくれています。見てください、デスバットどもが近づけていないでしょう?』
漂うペイルライダーに近づくデスバットが、ことごとく弾き飛ばされている。
まるでバリアでも張られているかのようだ。
『ミノフスキー仏理法壁です』
「連邦はゲミヌス計画を進めていたのか」
クラウンはなによりも、ガノタ僧侶なる存在に戦慄した。ゼロ中尉曰く、すべての世界のガノタたちの形而上的意思をエネルギーとしてこの世界に投射する存在だとか。
ギレン総帥と進めていた阿羅漢計画と同じようなことを、連邦が先んじて行っているとは予想していたが、ここまで実用化が進んでいるとは思っていなかった。
『ところで、前、ムラサメ研を襲ったのはあなたでしたよね?』
「任務だったからな。君は強かったよ」
『次は僕が落としますよ、絶対』
そんな軽口をたたきながら、ゼロ中尉は自らの包囲網を破ろうと抵抗を続ける。
クラウンは、何もできずただじっと戦況を見守ることしかできない。
仕方なく、リュウ大尉の輝くジム改とゴッドガンダムの戦いを見る。
何とも気持ちの悪い機動──いわゆる、人の感性では予測できないマニューバを駆使しながら、ジム改が極太のビームサーベルを振るっている。
おそらくはすべてのリミッターを切っているのだろう。
操縦安定性を完全に欠いているあのマニューバは、間違いなく中のパイロットにとんでもない負荷を与えているはずだ。
簡単に考えるなら、車のドライバーズシートに座り、シートベルトを締めて、急発進と急制動と急ターンを繰り返しているようなものだ。
吐いて済むならまだしも、MSの推力によってもたらされるその速度たるや低次の宇宙戦闘機に匹敵する。
つまり、加減速のGは、限界のGなのだ。
一方のMFにはそのようなものはない。
そもそもDG細胞によって生み出された紛い物なのだから──
「いや、本当にそうか?」
クラウンは目を凝らす。
リュウ大尉のジム改の動きは確かに気持ち悪いが、スキが無いわけではない。
クラウンとてジオンのMS乗りである以上、戦場であれと相対した場合、なんとか相打ちに持っていける程度には、対応できると感じていた。
ならば猶更、MFならば対応し、対処できるはずだ。
「──そうか、そういう、ことなのか」
リュウ大尉のジム改と、ゴッドガンダムが切り結ぶ様を観察していたクラウンは、はっと気づいた。
今まで、自分がとんでもない思い違いをしていたことを。
いま自分たちが何をしていて、何が間違っているのかを、ジム改とゴッドガンダムの戦いを見ていて悟ったのだ。
いま、ドモンの残留思念がリュウに稽古をつけているのだと気づいた。
だからこそ、簡単にとどめを刺せる隙があるにもかかわらず、それでもゴッドガンダムがジム改の攻撃に対して受け太刀をとっているのだ。
かつて、Gジェネレーションアドバンスでもそうだった。
ドモンが戦いはMSの性能で決まるのではない、その拳で決まるのだと語った光景が、いままさにリアルに再現されているのだと分かり、クラウンは瞠目する。
「くそっ、リュウ大尉に何とか伝えなければ……」
クラウンはオープンチャンネルで、呼びかけることにする。
「リュウ大尉! ゴッドガンダムを倒そうとするんじゃないっ! 対話だっ! 拳で対話をするんだっ!」
伝わっているのか全く分からない。
そもそも、ジム改のハイパーモードのような状態は、単純に機体限界を超えているだけの話でしかない。
当然、コックピットの通信システムなども死に絶えているだろう。
必要な計算資源を動きの制御に回しているだろうから、余計なものは全部切るのが道理。
「くそっ! やはり通じない、か……」
リュウ大尉のジム改の動きは変わらない。
ただひたすらに、執念をもってゴッドガンダムに挑むだけだ。
周りの様子もまるっきり見れてはいない。
本当なら、ゴッドガンダムなど捨て置いて、漂流しているペイルライダーを救援すればよいものを。
「馬鹿野郎がっ! リュウ大尉っ! 戦うんじゃないっ! お前がやるべきは、救うことなんだっ!」
クラウンは拳を自らの大腿に打ち付ける。
何が量子脳だ。
本当に必要な時に、伝えてやることもできないただの無能な高級計算機ではないか。
『クラウン大尉、うちのリュウ大尉はバカでしてね、こうなると話を聞かないんですよ』
ゼロ中尉のあきれた声が届いた。
『リュウ大尉……そろそろアン少尉のために読経しているGNT僧たちの法力が限界だ。一人、また一人と倒れている』
レヴァン・フウからの苦しそうなオープン通信に、クラウンは己のふがいなさを呪うばかりである。
間違いない。
リュウ大尉はすべての外部とのつながりを断って、ただ眼前の敵を打ち倒すべく、すべてを集中しているのだろう。
ならば、こちらからつながりを求めるしかない。
ジム改のコックピットハッチが開いていることを目ざとく見つけたクラウンは、覚悟を決めた。
「──ゼロ中尉、やるしかない」
『はい?』
ゼロ中尉にプランを伝える。
大リーグ野球よろしく、このインジェクションポッドをジム改とゴッドガンダムが交戦しているところにを投げてくれ、と。
12球団MSシリーズなるプラモデルがあったくらいだ。MSがインジェクションポッドを投擲するくらい、簡単なはずだ。
『いやいやいや……自殺行為ですよ。ジオンの英雄を野球ボールにして殺したなんてことになったら、僕らの立つ瀬がないです』
極めて常識的な応答を帰してくるゼロ・ムラサメに、クラウンは原作とはずいぶんと違ったものだな、と内心で思う。
「いいから、やってくれ。大丈夫だ、私は死なんよ」
クラウンはノーマルスーツのジッパーを下ろし、懐に大切にしまっているピンク色の薄い布を取り出す。
そして、ヘルメットのバイザーを上げ、鼻と口に押し当て──その香りをキメる。
わずか一瞬ながら、多幸感に包まれて意識が飛ぶ。
このような情けない姿をあの御方にしられてしまったら──と思うとぞくぞくして、さらに活力が湧いてくる。
丁寧に薄い布を懐にしまい、ジッパーを上げ、バイザーを下ろす。
「いける。今の私の感度は5000倍だ。戦場の空気を感じ取って、リュウ大尉に拝謁してくるさ」
『お、なんだかクラウン大尉もヤバそうな人だな。投げることにしました』
ゼロ中尉は切り替えが早いらしく、先ほどまで躊躇していたのだが、急遽アンダースローの構えをペイルライダーD2に取らせている。
『カウント3で投げますよ、いいですか?』
「やってくれ」
突如の投擲。
3,2,1とくるのではなく、唐突に投げられてしまう。
先ほどまではジオンの英雄云々で割と懇切丁寧に扱われていたはずなのだが、何か不況を買うようなことをしただろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。
弾道を頭の中で計算し、最も生存確率が高いところで──出る!
クラウンはインジェクションポットから飛び出した。
当然、慣性のままにくるくると回りながら飛んでしまうが、ノーマルスーツの背中にあるスラスタユニットを小刻みに吹かして、体の安定を取り戻す。
ガチンコの切り合いをしているジム改とゴッドガンダム。
ビーム粒子が飛び散り、閃光のハサウェイにおける市街地シーンよろしく、火花一つ食らえば蒸発する地獄絵図である。
しかし、クラウンは常人ならば焼け死ぬところを、確率論に依存しながら、強運をもって突破する。
いま目の前に見えるは、つばぜり合いをしているジム改とゴッドガンダム。
この一瞬こそが、チャンスである。
クラウンは加速し、ジム改の開いたコックピットハッチに飛び込んだ。
中に乗っていた、青いノーマルスーツを着た男が目を見開いてこちらを見ている。
何かをわめいているようだが、聞こえるわけがない。
クラウンは大尉のヘルメットに頭突きをかます勢いでぶつかる。
「馬鹿野郎っ! 頭を冷やせっ!」
『──クラウン!?』
「誰かを救いたいなら、周りに目を配れ。敵だけを見るな。ハートを熱くしても、クールに判断しろ」
そして、クラウンはコックピット奥のエマージェンシーシートに座る。
クソ狭く、ジープの後部座席よりもヒドイ。
そして、リュウ大尉のヘルメットの短波無線の周波数帯に合わせる。
「まずは、救いたい奴が乗っている機体を回収するぞ。法壁が持たん」
『──すまない、頭に血が上っていた』
「あやまるなら、アン少尉とかいうパイロットに会ってから言え」
もはや機体の限界を超えていたジム改が、ブスンブスンとよろしくない不等間爆発の振動をまき散らしながら、後方へと跳躍する。
サーベルを手放したジム改を、ゴッドガンダムは追ってこない。
『なぜだ……なにが、どうなって……』
「拳に込められた思いを、読み取れなかったか?」
ドモン・カッシュも、シュウジ・クロスも、理由もなくその武を振るうような輩ではない。
むしろ、常に拳に理由が込められているような存在だ。
彼らにとって武芸とはコミュニケーション手段の一つであり、我々のような軍人が振るう力とは根本的に違うものだということを、分かっているようで分かっていなかったのだ。
ガンダムファイターは、国家の代表として、国家の意思を伝えるべく拳を振るう。
また、個人の意思すらも拳で伝えようとすることはGガンダムを見たものならすぐに理解できるだろう。特に、島本版はいいマンガだ、とクラウンは数多の名シーンを思いだす。
『俺は、また間違えていたっていうのかよ、クラウン』
何を間違えていたのかはさっぱりだが、少なくともゴッドガンダムとのやり取りは間違いだな、とは思う。
ゴッドガンダムとサシでやりあうことよりも、損傷したペイルライダーを回収するほうを優先すべきなのは当然のことだ。
「軍人なら知っているだろう。戦争ってのはどういうもんだ?」
『外交の延長としての手段の一つ、だ』
「ご名答。外交なら交渉がある。だがお前はただがむしゃらに立ち向かっただけだ。任務目標を見失い、結節を誤ったのさ」
『くそっ!』
リュウは頭を抱えている。
だが、そんなことをして苦悩するのは後回しだ。
「ほらよ、お前が助けたい人の周りに、デスバットどもがいるぞ。どうする?」
砂糖に群がるアリの如く、アン少尉のペイルライダーD2はすでにデスバットの群れに囲まれていた。彼女の機体が無事なのは、GNT僧たちの献身的な祈祷による法壁のおかげであり、そしてそれは決して長く持たない。
『──ムラサメ博士、聞こえますか?』
リュウがオープン通話で呼びかける。
『おお、こちらムラサメ。外の状況はよくないようだね』
『はい──博士、反仏質の生成はどのくらいできていますか?』
『当初予定の5パーにも満たない。時間を稼いでくれんと……』
『それで構いません。撃ってください。目標は、アン少尉の機体を包囲しているデスバットの群れです』
しばらくの沈黙。
ムラサメ博士が誰かと話しているようだ。
漏れ聞こえる声を聴くに、他の博士や運用士官たちに他の手段はないのかを確認しているようだった。
『──アン少尉一人を救うために、任務失敗になるぞ、リュウ大尉』
リュウ大尉にとって決断の時なのだろう。
選ばなければならない時というのは、大抵、綿密に準備し、最大の努力を重ねてきたその先に現れるものだ。
『ここまで来るのに払った犠牲はどうなる? このバケモノを仕留めるのが、君の人生を賭けた目標だったのではないのかね? それを、強化人間一人のために、すべて諦めるというのは──ここまで付き合った、我々に対する侮辱だということも分かったうえで、言っているのかね?』
ムラサメ博士の口調は強い物だった。
彼ら、彼女らがどういう想いでここにやってきているのかは分からないが、どうやらリュウ大尉と協力して、かなりの時間とリソースを割いてここに至ったようだ。
『はい、詫びる言葉もありません。俺は、人類なんかより、たった一人の女の子を救うほうを選びます』
『ふん……クズ野郎だな、君は』
ムラサメ博士の言葉に黙り込むリュウ大尉。
クラウンはこの修羅場に口を突っ込む勇気などさすがにないが、早くなんでもいいから決めてくれと喉のあたりまで出かかっている。
『聞いたか、皆? ようやく、我々の被検体が我々と同じところにたどり着いたぞ。己の欲のために、クズになりきることを決めたようだ。ハッピーバースデー、リュウ。お前の頼み、我々ムラサメ研究所が叶えてやる』
ムラサメ博士他、ムラサメ研究所の学者たちがわっはっはと盛大に笑っている。
中には拍手をしている者もいるようだ。
『レヴァン・フウ大僧正、うちのものが迷惑を掛けたいそうです。飲んでくださいますかな?』
『それも一つの選択。合掌! 祈念せよっ! 仏性転換を中断し、アン少尉を守るのだっ!』
『はっ! 法壁展開っ! マニ車エンジン、最大出力!』
クラウンは、そこから先のことを一生忘れないだろう。
人類のことを忘れて、たった一人の女の子を救うために、団結して悪事をなす集団がいたことを。
貴重な──人類を救うための一撃たる、反仏質弾を、デスバットの群れを消すためだけに使った愚かな集団がいたことを。
反仏質によって、連鎖消滅していく敵の集団。
なぜかゴッドガンダムとマスターガンダムも、その消滅の連鎖の中にあえて飛び込んでいったように見えた。
わずかな反仏質で、これほどの威力。
もしこれが完全量生成されていれば、間違いなくコアを消し去り、要塞を構成するDG細胞すらも消失させられただろう。
だが、そうはならなかった。
装備開発実験団は、特別攻撃作戦に失敗。
コアを破壊するに至らず。
ボロボロのジム改がアン少尉のペイルライダーを回収し、ペガサスジュニアのランディングエリアに飛び込んだところで、装備開発実験団──ムラサメ研究所の戦争は終わった。
とはいえ、自衛戦闘は行わねばならない。
いくら法壁があるとはいえ、無限機関ではないのだから。
「ジオンの私が手伝えることなどなにもない、か」
いくら一時的な同盟関係にあるとはいえ、正式には仮想敵同士だ。
クラウンはゲストとして食堂あたりで時間を潰す係になるはず、である。
──だが、なぜかムラサメ研ではそうはならなかった。
軍事機密の塊である艦橋に案内されてしまったのだ。
そこにいたのは、艦長という名の置物、ナトーラ・エイナス大尉であった。
「ふぇぇぇ……やっと、やっと普通の士官が来てくれましたぁ」
世界線が、歪んでいるっ!? とクラウンはヒュッと息をのんだ。
なぜだ、なぜAGE世界の彼女がここにいるのだ、と。
「あのっ、えっと、砲雷長とか、お願いできたりしますか? この艦、ほとんど無人なんですけども、やっぱ人間が判断しなくちゃいけないところとかありますし」
ちょっとまて、とクラウンはナトーラ艦長を制する。
「エイナス大尉、その、私はジオンの大尉です。軍規に照らして、艦橋に出入りさせるべきではないのでは……?」
「いいんじゃないでしょうか? だって、お坊さんとか普通にいますし」
エイナス大尉にうながされるままに、周囲を見渡すと、そこにあるのはカオスであった。
艦長席のとなりにある、司令官席には軍事に疎いこと間違いないムラサメ博士。
司令部機能を補佐する幕僚席には、なぜかレヴァン・フウ大僧正と僧侶たち。
通信士官席、観測士官席、管制士官席は空席。
おまけに艦の火力を統制する砲雷士官まで空席。
操舵席にはメガネをかけた真面目そうな少尉がカチコチになって座っている。
「よく、ここまで来られましたね?」
クラウンは素直に感心した。
戦闘艦艇の艦橋ではなく、ただの動物園だ。
もし自分がこの艦に配属されたら、さっさとMSに飛び乗ってこの船から脱出する。
ゲストでも乗り込んでいたくない、と思わせるホンモノ感がそこにあった。
「ほんとうに、ラッキーなだけだったんですぅ。だから、ね、いいですね、ね? 砲雷長席はあっちですっ」
艦艇運用教育なんぞ概要しか受講していないクラウンは、ナトーラ・エイナス大尉の手でエイヤっと砲雷長席に押し込まれた。