シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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さりげなく 家族のことは 省かれて 語られてゆく 君の一日

――俵万智『チョコレート革命』


第六〇話 0083 暗く輝く炎

 

 アン少尉は、パイロット待機室に飛び込んだ。

 ペガサスジュニアに限ったことではないけれど、MSを運用する艦艇には、必ずパイロットたちが待機するための部屋が用意されている。

部屋には大型モニタと、インスタント食品を扱う自動販売機とドリンク類を扱う自動販売機なんかが備えてある。

 宇宙と重力圏を行き来するペガサス級の場合、イスが常に必要なわけではないので、そういうものは壁の埋め込み式収納庫の放り込まれていおり、宇宙にいる間は、ただがらんどうな部屋になっている。

 

「おっじさんっ」

 

 パイロット待機所の真ん中で、放心したように浮かんでいるリュウ大尉に、応急治療を終えたアン少尉は後ろから抱き着く。

 

「ねぇねぇ、ゼロ兄から聞いちゃった。おじさん、わたしが可愛すぎて、わたしのピンチにブチ切れちゃったんでしょ?」

 

 本当は素直に、ありがとう、と言いたかったのだけれども、なぜだか恥ずかしくて言えなかった。クソザコおじさん相手に恥も外聞もないと思うのだけれども、気持ちがざわざわしてしまうから素直になれない。

 

「ねーねー、御昼寝してないで、白状しちゃいなよ」

 

 アン少尉は、無理やりリュウ大尉を回転させる。

 安全索を結んでいないなんて規則違反だぞ、と注意してやろうかと思ったのだが――アン少尉はなんともいえない気持ちになった。

 

「……キモッ」

 

 リュウ大尉が、生まれたての新生児よりも顔をしわくちゃにして、泣いていたのだ。

 どうしていいかわからず、アン少尉はおっさんから離れる。

 

「え、なに? どゆこと?」

 

 事情が全く分からないアン少尉は、もともとおかしかったリュウの頭が、いよいよ取り返しのつかないことになったのかと心配になる。

 

 そもそも、泣いている理由が全く分からない。

 作戦の途中までは成功していたし、死者もゼロ。GNT兵士の中に負傷者は出たけれど、さすが強化人間なだけあって入院して治療を受ければそのうち復帰する。

 作戦自体は大失敗だっけれど――まだ連邦軍とジオンの正規部隊による主作戦がある。

 装備開発実験団や、クラウン大尉の特別攻撃作戦はあくまで支作戦。

 うまくいけば儲けものだし、ダメでも敵の戦力をそれなりには削ってくれるだろう、という大戦略的な見方で実行されたものにすぎない。

 いうなれば、主役ではなく、脇役のサイドストーリーに過ぎないのだ。

 

 だから失敗したところで何も問題はないはずだった。

成功すれば大英雄で、失敗しても尊敬される美味しいポジションだったのに、なぜリュウが自分を責めるように悔しがっているのか分からなかった。

 

「……アン少尉、無事でよかった。本当に、よかった」

 

 キモキモのしわくちゃ顔でいわれてもうれしくはない。

 わたしが生き残ったことにうれし泣きしているわけじゃないことくらい、すぐにわかる。

 

「なにそれ。おじさん、ゴミムシなの? そういうことはもっと媚びた猿みたいに嬉しそうにいうんだよ?」

 

 納得できず、アン少尉は口調が荒くなってしまう。

 とはいえ、なんだか可哀そうになってきたから、ポケットティッシュを渡してやる。

 ずびーっと鼻をかむリュウ。

 はみ出た鼻水が小さな球体となって飛んできたので、アンはそれは緊急回避する。

 

「きったなっ! ちょっともぉ~……」

 

 どう煽り散らかしてやろうかと、様々な構文を用意してきたのに、どうもそれらを使う気になれない。

 

 仕方なく、アン少尉は自販機のもとまで飛んでいき、手をかざしてコーラパックを二本買う。将来、超かっこいい人と出会って結婚した後に、旦那を札束で黙らせるために貯め込んでいる貴重なお金を、こんなキモおじに使うことになるなんて、自分でも信じられない。

 そういえば、かつての旧世紀、有名なコーラ会社2社が競い合って無重力用コーラを開発し、実際に宇宙に打ち上げたことがある。ひと缶当たり、年収の7倍だったそうだ。

 

 だが、今は宇宙世紀。

 炭酸飲料についてはブッホ・コンシューマープロダクト社が開発した圧力調整ストローのおかげで、普通の価格で買える。なんでも、ブッホ社はこの宇宙で炭酸飲料が飲めるという、どうでいいようで結構重要な発明で結構な利益を上げたらしく――新事業として、デブリ処理事業に投資するとニュースでやっていた。

 

 そんなことを考えながら、きもいおじさんにコーラを投げつける。

 

「まったくもぉ、それ、私が直に触ったものだから、ジカソーガクがすごいことになるんだからね」

 

 美少女が触ったものは何こともすごい価値になる、ということに世の中はなっているのだ。そう考えると、そんな高いものを私に奢らせたおじさんは、とってもピンチということになる。借りを返そうにも返せなくて、泣きついてきたら――ちょっとだけ養ってあげてもいいかもしれない。でも、ちゃんと働くのが条件だけど。

 

 アン少尉は圧力を調整しながら、コーラをストローで呑む。

 ちらり、とリュウをみると、彼はちびちびと泣きべそをかきながらちゅーちゅーとコーラを吸っていた。

 

「……ねぇ、おじさん。何かあったの? わたしには相談できないようなことなの?」

 

 部下だから。

 あるいは子どもだから。

 もしかしたらその両方かもしれない。

 だけど、それはアン少尉にとってとても寂しいことのように思えた。

 そうじゃなくて、わたしたち、家族だよね? と。

 

「ねぇねぇ、おじさん。おじさんがキモくてクサくてどうしようもないのは分かってるけど、わたしは、一応、おじさんのことどうしようもない家族だって想ってるの」

 

 だからさ、なんでも言っていいんだよ、とアン少尉はリュウの腕に触れる。

 どうしようもなくて、こっちの気持ちの伝え方がわからないから、アン少尉はリュウ大尉の太い腕に抱き着く。

 心臓の鼓動で、わたしのきもちがちゃんと伝わればいいのに、と。

 

「家族か。俺にはもったいない言葉だよ、少尉」

 

 ありがとな、とリュウ。

 そういうことじゃないんだけどな、とアン少尉は不満に思う。

 こういうおじさんは、ちょっと分からせてあげないといけない。

 

 だから、アンは、おじさんの腕から離れて、宙に浮かぶ。

 ホルスターから拳銃を抜いて、その銃口を自分の頭に当てる。

 

「――ちゃんとみてよ、なめくじ」

 

 リュウがこちらを向いて、そのまま固まる。

 何が起きているのか分からなない顔だ、

 その顔をみていると、なんだかゾクゾクしてくる。

 このわからずやを、わからせてやりたくなるのだ。

 

「なめくじにもわかるように説明するね。正直に話してくれたら、アンちゃんは死にません。でもうそをついたら、死にます。わかった?」

 

 にこやかに分かりやすく説明すると、おじさんの顔がみるみる青くなっていく。

 わかりやすくて、わらっちゃう。

 

「バカなことはやめろっ!」

「うごかないで」

 

 おじさんが手を出そうとするから、ストップと調教しておく。

 

「バカなのはおじさんでしょ? わたし、家族だって言ったよね? でも、おじさんはテキトーに受け流して、へらへらわらってた。ダメだよね? それって家族に対するタイドじゃないよね?」

 

 ただ人が集まるだけじゃ家族にはならない。

 血筋がつながっているだけでも、家族にはなれない。

 お互いに見つめあっていても、それだけでは家族にはなれない。

 アンにとって、家族とは、互いに苦難を乗り越える共同体であり、いつか離れるべきゆりかごでもあった。

 いま、アンが欲しいのは共同体のほうだ。

 そこでゆっくり成長して、いつか飛び出していきたい。

 飛び出した先で、今度は自分が誰かの親になるのだ。

 

「じゃ、おじさん。ルールを説明するね。正直に話してくれたら――」

「――アン、タムラ料理長に特別なバームクーヘンを焼いてもらっ……何、これ?」

 

 パイロット待機室にゼロ中尉がタムラ料理長謹製のスペシャルバームクーヘンのケースを手にしてやってた。ちなみに、今回の何が特別かというと、最近ではめったに手に入らない、天然のバターを使っているところだ。代用マーガリンばかりの世の中で、これほど香り高い代物はそうない。

 

「何してるの、二人とも?」

 

 ゼロ中尉がふたりをジロリと睨む。

 ケンカ沙汰になったら仲裁役を買って出るのはいつもゼロ中尉だ。

 そして、ゼロはこの三人の中で最も格闘術にたけている。

 

「近づかないでっ、ゼロ兄! いまわたしは、このなめくじをわからせようとしてるのっ!」

「なめくじ……わからせ?」

 

 あきらかに困惑するゼロ。

 ただ、彼は基本的に冷静な男であった。

 

「えっと、つまり、アンは何かいいたいことがある。で、リュウはそれを聞いているってこと?」

「ゼロっ! アン少尉を止めるんだっ!」

「うっさいっ! なめくじがいいたいことあるのに、いわないから、こうしてるのっ!」

「うーん、なるほどなるほど」

 

 ゼロ中尉がうんうんと頷きながら、ケースからバームクーヘンの一片をつまんでパクリと食べる。

 

「おいしいねぇ。あ、どうぞ、続けて。裁判長として参戦するよ」

「おい、ゼロ……」

「こら、被告は余計なことを言わない。真実のみを語るように。ごちゃごちゃぬかすならバームクーヘンぶつけんぞ」

 

 ゼロ中尉が低い声を出す。

 本気でバームクーヘンをぶつけられると気づいたリュウが、己の分の悪さに気付いたらしい。

 もう、余計な言い訳はしなくなった。

 

「はい、それで、アン。君はリュウに何をいわせたいの?」

「思ってることぜんぶ。なめくじのくせに、ニンゲンのマネして一人前になやんでるのが、すっごくハラ立つ」

 

 アンは、正直に自分の気持ちを話す。

 なめくじみたいなやつでも、わたしの大切な家族なんだからちゃんと支えてあげたいのに何も言ってくれない、こんなやつ死刑だ、死刑、と。

 

「はい、じゃあ被告は正直に答えるように。何に悩んでいるのかいいなさい」

 

 ゼロが促す。

 

「――お前らには、関係ない話だ」

「あ、そ」

 

 目にも止まらぬ速さで、ゼロが床を蹴る。

 しっかりと反動と体重がのった、のびやかな右ストレートが、リュウの頬骨にめり込む。

 

「っ!!」

 

 無様にふっとび、天井や壁にぶつかりながら漂うリュウ。

 なんとかして姿勢を戻した彼にの前に、すでにゼロが立っている。

 

「ひぇっ!」とリュウが防御の姿勢をとる。

 

だが、ゼロはバームクーヘンを一つ、リュウの口に押し込んだだけだ。

 

「――関係なくなんか、ないだろ? 僕は、リュウの味方だよ」

「ふがっ……」

 

 リュウの口に押し込まれたバームクーヘン。

 ふがふが言いながら、両手で目元を隠す情けない男。

 涙の粒が玉になって、部屋に散らばる。

 

「ちょっと、なんでゼロ兄がわからせてんのよっ!」

 

 アンは拳銃をしまい、ゼロの隣に飛んでくる。

 

「すっかり泣いちゃったじゃん……どうすんの、これ」

 

 おおんおおんと、大人とは思えない情けない声を上げ、バームクーヘンの粉をまき散らしながら大泣きするリュウの姿に、アンはどうしようもない情けない大人を感じた。

 

「ごめんなさい……」とリュウは涙を流している。

 

 なっさけなっ! とアン少尉がリュウを見下していると、ゼロ兄がアンの頭にぽんと、手を置く。

 

「大人になると、誰からも真剣に怒ってもらえなくなるんだ。誰にも甘えられなくなるし、家族にだって言えないことも出てくるんだよ」

「でも……わたし、頼ってほしかった……」

 

 本心でそう思う。

 リュウには何度も助けられた。

 命だって救われた。

 くそざこ扱いしてもいつだって許してくれた。

 

 だから、おじさんが辛い思いをしていて、それを抱え込んでいるなら、どうしても助けてあげたかったし、その重荷をいっしょに背負ってあげたかった。

 

「いい子だ、アン。リュウも僕も、他のみんなも、君を救えたことを誇りに思う」

 

 ぎゅっとゼロ兄が抱きしめてくれる。

 ちょっと甘えたくなるけれど、やめてよっ、とすぐに突き放す。

 

「わ、わたしもリッパなレディなんだからっ。子どもあつかいはやめてっ!」

「ありゃりゃ、ごめんごめん」

 

 ゼロ兄は笑っている――ように見えて、目が笑っていない。

 

「アン、次にあんなことしたら、お仕置きだからね」

 

 真剣な目で言われたので、アンは「ごめんなさいっ!」と即頭を下げる。

 その反動でくるくると回ってしまうアン。

 

「よし――じゃ、話してくれよ、リュウ。僕らは君の家族になりたいんだ」

 

 ゼロ兄にうながされたおじさん。

 しばらく沈黙があった。

 落ち着いたのか、ずっと泣いていたおじさんが、言葉を選んで、ゆっくりと話し始めた。

 

 別の宇宙、別の世界から来た事。

 前はジムに乗っていて、何もできないままに大事な人を失ったこと。

 その世界はイデの発動で消えて、いまの時間軸にやってきたそうだ。

 あまりにもバカバカしい話だったので、アンは途中で退屈になって、聞くのをやめた。

 

 ――というのは、ウソだ。

 

 そうではなく、こわかったのだ。

 

 もし、そのサララとかいう女を助けたら、おじさんはその女のところに行っちゃうのかもしれない。

 

 そんなの、ずるい。

 

 不公平すぎる。

 

 いまの世界でなめくじおじさんを支えたのは、わたしたちなのに。

 

 いま、おじさんにいてほしいって思ってるのは、わたしたちなのに。

 この気持ちが、どうしても伝わらないことに、胸のあたりがきゅっとする。

 

 そして、それ以上に暗い気持ちになる。

過去の幻影に引きずられて、どこまでもおじさんの心をうばっていく、その女のことがキライでしかたなかった。

 

 クソザコなめくじで、ドーテーのギネス記録ねらってるこのおじさんが、そんなに必死になって誰かを想うなんて――なんだかとても、イライラする。

 

 だから、アンは思い描いてはいけない想像をしてしまう。

 わたしの家族を盗ろうとする女を――消せばいいんだ、と。

 

「……ふーん。わたし、わかっちゃった」

 

 アンは胸の暗い気持ちを抑え込みながら、努めて明るく声を出す。

 語りを終えてうなだれているおじさんが、すがるようにこっちをみる。

 

 そう、それでいいの。

 おじさんはそうやって、わたしのことだけ見てて。

 

「まだワンチャンスあるってはなし、ききたい?」

 

 アンの量子脳がはじき出した計算では、まだまだその女の運命を変えるチャンスはある。

 だから、おじさんをそのチャンスにちゃんと挑ませてあげないといけない。

 

 そして、わからせてやる。

 せっかく見つけたチャンスをモノにできなかったのは、おじさんがわるいんだって。

 わるいことしたおじさんを、わたしがなぐさめてあげる。

 

 そしたら、もう、ぜったい、わたしのところからはなれないもんね、おじさん。

 

 

 








アンちゃん、オレは、君を、救いたいぞっ!?

――作者
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