「後続部隊の突入と同時に、脱出作戦を敢行します」
閉鎖した隔壁の向こうで、何かがドンドンと鈍い音を立てている。
おそらくは、デスアーミーの搭乗員をやらされていたゾンビどもだろう。
Gガンダムでも、確かドモンらがゾンビと格闘しているシーンがあった、とクラウン。
艦内浸透されると隔壁閉鎖以外手段がない、というのは極端な無人化が推し進められたというペガサス級の弱点であり、艦艇の無人化は、侵入対策とセットで考えるべきだろう、と敵ながら設計の甘さに助言をしたくもなる。
艦橋を覆うミノフスキー法壁も、いつまでも保つわけではない。
いよいよ、腹を決めて脱出プランを遂行するときが来たのである。
さて、ペガサスジュニアの艦橋にて、避難者の集合と脱出プラン説明を兼ねる簡単なブリーフィングが行われていた。
作戦指導はリュウ大尉。
彼の提案は単純で、連邦、あるいはジオンの後続部隊が現着する直前のタイミングで、脱出。
大雑把すぎるプランである。
なお、艦内の移動は、現在通行可能なルートを使い、格納庫まで駆け抜ける死の鬼ごっこになるようだ。
残念ながら作戦とはよべない荒行。
マトモな戦術教育を受けているなら止めるべき無謀なプランであり、会議にオブザーバー参加していたクラウンは首を振るしかない。
だが、ガノタたるクラウンには分かってしまう。
この作戦、おそらくはリュウが盗み出したビューティーメモリーを基軸とした、特攻作戦が裏側にあるはず。脱出作戦、と銘打っている主作戦については、おそらくレヴァン・フウ大僧正以下、僧兵チームの法力と、強化人間であるゼロ中尉のフィジカルで押し切る形で何とかする、という筋書き。
はっきり言って、二兎追うものは一兎も得ず、を地で行くプランだ。
クラウンにはリュウ大尉の心が『定まっていない』ように感じられる。
本来心を鬼にして、友軍をすべて見捨ててでもビューティーメモリーを使ってG細胞による特級テクノハザードを止める、ということを決断すべきだ。
仲間も、救う。
世界も、救う。
そのような都合の良い道はないか、といまだに迷っているようにしか思えない。
ビューティーメモリーが保持している対G細胞医療に関する情報のみならず、あれが保持しているヘルメスの薔薇の設計図に記録されているという、『ALIVE関連技術』について渡すことができれば──この珍事件は円満解決である。
かつて、コミックボンボンで連載されていたガンダムALIVEは、異なる時空をつなぐ技術をゲートという形で実装する技術基盤の上に物語を描いた。
あの技術情報があれば、すべてを形どる、といわれているG細胞の特質と相まって、この迷走する宇宙怪獣モドキを『やつらが望んだ未来がある時空』に送り返せるであろう。
知識さえ、設計図さえあれば、G細胞は文字通り、すべてのガンダム世界を救う細胞へと変容する。これは、神業とほぼ同義であろう。
つまり、ガンダム作品は全て神である。QED──と、ガノタ的論理飛躍を特大に盛り込みながら、クラウンは、はたと現実の問題に気づいてしまう。
とう考えても、ビューティーメモリーをブリッジする役割を担う存在が必要だ。それは普通に人間ではダメで、ニュータイプ、強化人間、量子脳保持者あたりになるはずだ。
つまり、ここにいる誰かが犠牲になる。
おそらくは、リュウ大尉自身が、それを覚悟しているのだろう。
なるほど、自己犠牲で済ませよう、という腹か。
そういうのは気に食わないな、とクラウンは、宇宙世紀のために頭脳と命を使っているギレン・ザビの姿と重ねる。
(このガノタ……ギレンと違い、精神的にキメきれていないところが、問題だな)
ガノタがリュウの中にいるであろうことは想定していた。なにしろ、ガノタ特有の愚かしさが所々にハミ出ているからだ。
好奇心、猫を殺す、と言われる古来からの格言の通り、ガノタはガンダム成分によって殺される。
(自己犠牲は、ガンダム成分そのものだからな。スレッガー然り、シュラク隊然り)
そういうガンダム成分に毒されたガノタを救う方法は、話し合うことではない。
救われる状況を、作ってやることだろう。
となれば、自分は、そういうムーブメントのきっかけを与えてやればいい、とクラウンはガノタ同士のマナーである、最低限の配慮を実行する。
腰に下げている拳銃を収めたホルスターの、バックルを外す。
「リュウ大尉の案は、いろいろと穴だらけですね。艦長、なんとかしてもらえますか?」
クラウンに話を振られたガンダムAGE出身のナトーラ艦長が、ええっ? と慌てふためく。原作以上に頼りない様に、クラウンは何とも言えぬ気まずさを覚えるものの、振り払う。
「む、無理ですよぉ」
必死に否定するナトーラ艦長。
しかし、クラウンは突然拳銃を抜いた。
狂ったか!? とリュウ大尉が自らのホルスターから拳銃を抜こうとするが、隣にいたゼロ中尉に制止された。制止すべきはクラウンの方では? とリュウが抗議したが、首を振るだけだ。
「余計な演技はいらない。モーラ・バシット。いや、ターン計画のエージェント、か」
拳銃を向けられてあたふたしていたナトーラ艦長が「つまらんやっちゃな」と、その容姿が一瞬で変貌させる。
モーラ・バシットの姿に成り代わったと思いきや、さらに変化する。
ガノタならば一度は目にしたことのある女が、そこにいた。
通称、ケルゲレン子。
アニメ08小隊でケルゲレンに乗艦して撃沈されるも、ゲームや外伝作品、コミックでは同時期に多数の戦線に並行存在し、おまけに終戦まで生き残る、あの娘である。
神出鬼没で異様な生存能力を持つ、ガンダム界の異能生存体──まさか生でお目にかかる機会があろうとは、とガノタ心にときめきを覚えながらも、ジオン公国の軍人として警戒心をも抱くという、ダブルシンクを強いられるクラウン。
そして、なによりも──ギレンが現状をこの女経由ですべて仕入れているのだな、という事実を改めて理解した。クラウン自身、ハマーン様の幸せのためならばギレンと敵対する道も躊躇しないつもりであったが、奴は、どこにでも手を伸ばしているのか? 勝ち筋がみえない。
「なんや? 変身してもだれも驚かへんの?」
ケルゲレン子が環境に集まっているムラサメ研究所の面々を見渡すが、誰も面白そう、という好奇心にあふれた目線を向けるばかりである。
クラウンとて、最初ナトーラ艦長が乗艦していたとき、狂った歯車のせいか何かだと『普通の思考』をとってしまったが、それは間違っていた。
ガノタであるならば、違和感のある存在には気を付けておくべきだった。
「ここはそういうマトモな連中がいるところじゃないからな。さて、エージェントさんはギレン・ザビ総統の目となり耳となり、ここにいるんだろう?」
ビューティーメモリーを『奪われた』と教えられていたが、今の状況を見るに、ギレンがリュウに与えたと判断すべきだ。
この未来を、このタイミングを、奴らは読んでいたのだろう。
天才どものお膳立てか、とクラウンは拳銃を握るグリップが震える。
「ビューティーメモリーは、失っていいんだな?」
クラウンは未来を知るべく、簡潔に問う。
「ほーん、返せんなら返せんで、対価っちゅうもんがあるやろ」
意外にも、ケルゲレン子はそれに対して淡白な反応である。
クラウンは、ギレンの思考に追従するのをやめる。天才の考えていることを追ったところで無駄だと判断した──ただ、間違いなくこの件に関わっている連中には何の常識も通じないし、軍の規律もハナクソ以下の価値なのだろうということだけは理解できた。
「……お膳立てはした。リュウ大尉、後は貴様のタスクだ」
クラウンは拳銃をしまう。
対価について答えるべきは、クラウンではないのだ。
ガノタには、ガノタに華と責任を持たせる時を見極める力が求められる。
クラウンは、それを心得ている。
「……俺は、ガンダムがある世界に、終わってほしくない」
リュウ大尉の断言に、ケルゲレン子は目を細める。
悪くない。
もう一声、と促す。
だが、迷える男でろうリュウ大尉は、うぅ、と声を詰まらせるばかりだ。
「人が人を統治するのではなく、人類の意思が、人を統治する世界へと移行させない限り、我々はいつまでも連邦だジオンだと喚き散らして殴り合うばかりだぞ、リュウ大尉」
ガノタなりの助け舟を、クラウンは出してやることにする。
人は人の上に人を作らず、という格言は正しい。本来人の上に立つは、人類の意思であるべきなのだということは、逆襲のシャアを履修したガノタならわかることである。アクシズが地球に落ちなかった時の輝きというのは、人類の意思の力の顕現にすぎない──と、クラウンの中の人は信じている。
「宇宙世紀に、未来を作る。俺は、一度、宇宙世紀が終わるのを見た」
リュウの言葉。
助け舟を出されたと気づく程度のガノタ力はあるようだ。
具体的な中身は何一つわからないが、リュウの言葉には力があった。
情熱と健康な体さえあれば、人生はなんとでもなることを知っているクラウンは、熱量を確認できただけでも良しとする。
クラウンの中の人もまた、宇宙世紀の終わりを体験したことがある。かの名作、逆襲のシャアを観て『富野由悠季の書く話は三流』などと評論する謎のガノタ原理主義者のようなものが現れはじめ、新しいガンダムを作ろうとしたF91でガノタはガンダムを裏切り、宇宙世紀作品の制作に関して下火状態へと追い込んだ事実は、ガノタ自身が自らに刻んだ傷痕である。
「ほーん、まぁ、合格、か。いつまでも地球圏でジオンだ連邦だでケンカしとっても、なんも進まんしな。ダンデライオン計画と、ソロシップ計画には手ぇ貸してもらうで。ギレンはんもこれなら納得するやろな」
ケルゲレン子も、リュウを誘導する気があるようだ。だが、ちらりとクラウンに向けられた彼女の視線。明らかなる余裕がみられるそのまなざし。
意図は、読めんな……とクラウンは、ゲルゲレン子らターン計画勢と、ギレンらに何か腹案があるはずだと考える。
やつらが切り出した、ダンデライオン計画、すなわち外宇宙への人類播種計画は、かつて機動戦士Vガンダム外伝で語られたガノタおなじみのそれである。漫画の場合、グレイストーク爺さん(※ジュドー説あり)の気合と縁故でなされたミニマムプロジェクトであった。
これを、この世界のギレン・ザビは本格的な播種プロジェクトとして国家のリソースをつぎ込んで実現しようとしている。すでにギレンの指示のもと、ニュータイプの素養を持つ移民候補者たちがピックアップされつつあり、いずれ計画に従事させるべく動員令が出るであろうことは、クラウンもつかんでいる。
一方で、ソロシップ計画については詳細を把握してはいなかった。長谷川ガンダム世界がクラウンの生きるガンダム世界に取り込まれている以上、イデオンがらみの事件や事故はあるだろうと予想していた。
しかし、まさかソロシップを使ってギレンが何かを企んでいる、とまでは、クラウンは考えていなかったのだ。そもそも、ソロシップは今、連邦の管理下にあるからだ。
「──俺の命は、貸す。だが、情報の行き違いで裏切ったと勘違いされたり、裏切られたとこちらが思い込む事態は避けたい。キシリア機関が使っているルパン組の連中がいるだろう? あれを経由して、ムラサメ研究所はそちらとコンタクトを密にしたいが、どうか?」
クラウンは、この瞬間、リュウ大尉のガノタ力について、少なくとも1級ガノタであると判断した。
準1級ガノタ程度ではないか、と推量していたが、ルパンというワードが出てきた時点で評価を上げる。
機動戦士ガンダムTV版の31話や39話にルパン三世他、次元や五右衛門がカメオ出演しているのはガノタの常識である。
この世界でもまた、彼らはキシリア機関の諜報員として、連邦の中枢部へと進入し、お宝(※情報)をしっかりと流してくれている。
この調子だと、ギレンの選挙資金を支えている破嵐万丈の存在も気づいていることだろう(※TV版第14話)。
「ええで。ただし、ライディーン、ダイターン3と鉄人28号の所在を把握したら、ただちにうちらに教えること。これが条件や。どうせレビルあたりが隠し持っとるんやろ?」
TV版42話のワンカットに写り込んでいるあのスーパーロボット共が連邦側にあるのでは、とクラウンも疑っていたが、まさか総帥府も探しているとは知らなかった。ギレンならば、すでに掴んでいて、ケルゲレン子あたりを送り込んで回収済みかと思っていたが……連邦側にも魑魅魍魎がいるということだろう、とクラウンはあまり首を突っ込むと切り落とされかねないと判断し警戒する。
「わかった、すぐに知らせる」
そう答えるリュウ大尉の生真面目ぶる瞳の向こうに、隠し玉の存在を見出したクラウン。
なんだ? 何を隠しているんだ? とクラウンはガノタなりの知恵を絞る。MSV系や戦略大全系の隠し玉を疑ってみるが、いまここで彼が扱える手勢には、そういう大玉は存在しない。もしや、リュウの中に入っているガノタは、単独で国家を転覆できる力を持つ特級ガノタだとでもいうのだろうか?
いや……それはない。
特級ガノタならばこういう状況、すなわち、八方ふさがりでクラウンやターン計画勢の手助けが必要な状況には至らない。
「ほんなら話はまとまった。後は力を合わせるだけやな。で、具体的にこの状況をどう覆すんや? 艦載機を見て回ったんやけど、予備機はいわゆる素ジムが一機。あとはゼロ中尉のペイルライダーD2、83式ボールがいくらか、やろ?」
ケルゲレン子がモニターに映し出した戦力表に、満点、という講評を付ける。
クラウンは目を疑う。
満点? あの戦力で満点と評価したケルゲレン子から、わからんやろ? というまなざしを向けられう、クラウンは顔をそむけた。
「まず、クラウン大尉を借り受けたい。83式ボールにて援護をお願いする。制御プロトコルはすべて開示するので、事実上、ファンネル代わりにはなるでしょう」
そこからはムラサメ研究所の博士連中による量子通信型無人操縦ユニットを搭載した83式ボールの説明が始まった。量子通信を用いる性質上、ミノフスキー粒子が介在する余地はなく、遠隔操作が容易であり、ボールは鉄の棺桶からミスターボールと敬意を表されるべき火力支援マシンへと様変わり、とのことである。
これを脱出用のランチからクラウン大尉が、運用する。
母機はランチ。ファンネルがボールである。
ランチなので、装甲は0。
ガンダムSeedにおけるメビウスゼロもびっくりの、ヨワヨワ母機である。
そして、説明の担当者がリュウ大尉に切り替わる。
「えー、クラウン大尉には博士らと僧侶他、艦艇スタッフ一同が脱出するためのランチの操縦と、残存MS隊の支援という二重任務になり大変心苦しいのですが、ジオンの英雄の力を、ぜひ助力頂ければと」
つまり、クラウンにランチ搭乗員の人命をすべて託す、ということである。
ここまで責任を押し付けられると、ある意味すがすがしくもなる。
「ほな、話もまとまったし、失礼するわ」
ゲルゲレン子が笑顔で異空間に消える。
おい、それで全員脱出させられるだろうが? とクラウンは思う。他人に試練を与えることにウキウキするターン計画勢の人間の屑ぶりに、失望せざるをえない。
ブリーフィングがいい感じにまとまったことを察したアン少尉は、ジオンのお人好しなおじさんに接近する。
「おーじさんっ。ずっと前に、わたしを殺そうとしたの、覚えてる?」
おじさんが、あっ、という顔をしたので、アン少尉は畳みかけていく。
弱みはテッテーテキに突くべし、という美少女の作法を守るのがアン少尉である。
なお、心理的距離を狭めるべく、物理的にも接近して、ケーレイしておく。
「すっごく、怖かったんだよ?」
「実に、申し訳ない」
頭を下げるおじさんに、いーよいーよ任務なんだし、と言って警戒のハードルを下げさせるアン少尉。
彼女は、心理障壁を下げたところに漬け込む心理浸透戦術を自然に使いこなせる小娘なのである。
「でさ、おじさん。83式ボールを使ったオールレンジ攻撃をしながら、ランチの防衛をするなんて、大変すぎるでしょ?」
冴えないおじさんが、そうなんだよ、と言ってくれればアン少尉の勝ちである。
「大変だが、出来ないこともない。シャリア・ブルさんからオールレンジ攻撃の教導は受けているからね」
予想の斜め上の回答をおじさんがするので、アン少尉は戦術を変更する。
「そっか、すごいんだね、おじさんっ!」
露骨に、媚びる戦法である。
女に免疫がなさそうなこのお人好しおじさんなら、アン少尉の美少女ビームで一撃陥落間違いなしだろう、と。
しかし、ゴーインに抱き着いたのに、あっさりと引きはがされるアン少尉。
なんだこいつ? とアン少尉は当てが外れて微妙な表情を浮かべるしかない。
「アン少尉、君が言いたいことはよくわかる。ただランチに乗って脱出するなどMS乗りとして納得いかない、と言ったところだろう?」
そんなことは全くないのだけれども、アンはおじさんの勝手な幻想を肯定しておく。
おじさんというものは、女子供に肯定されるとすぐ張り切ってしまうものなのだ。
ゆえに、運動会で頑張ってしまうお父さんたち、というものが出現する。
これは、おじさんたちの見栄の問題でもあり、同時に、保護欲の問題でもある。
「よし、なら君はランチの副操縦席を頼む。もし私が継戦不能になった場合、君がランチとボールを引き継いで、任務を続行してほしい」
「うんっ! わたし、がんばるねっ!」
言質はとった、とアン少尉は心中でガッツポーズを決める。
あとは適当なタイミングでボールの管制権限を奪うだけである。
博士に頼んで、プロトコル割り込みの優先順位をアン少尉よりクラウン大尉を下に設定してもらったので、なにも問題はない。
あとは、ターゲット……得体のしれない、サララとかいう女が戦場にのこのこ現れたら、これを片づけるだけである。
もちろん、ボールで誤射するなどというバカなことはしない。
宇宙怪獣に浸食されたので、ボールを自爆させたら、たまたまそれに巻き込まれてしまった、という形で進めるのだ。
ムラサメ博士やクソザコおじさんには管理者責任が降りかかっちゃうけれど、それは仕方がないことだ、とアン少尉は自分を納得させる。
自分が、悪いことをしようとしている自覚はある。
しかし、本当に欲しいものを手に入れたいときに、手段を選べないのだからどうしようもない。
寂しいのは、いやだからだ。
軍を辞めて、どこかのマンションの一室でぼーっとアニメを見ている自分を想像すると、心の底から恐ろしかった。
ただ生きるためにどこかで働いて、そのまま老いていくのは、絶対に嫌だった。
どうしても、家族が、欲しかった。
「わたし、本当に、がんばるね」
アン少尉は、何も知らないクラウン大尉に決意を表明する。
本当は、悪いことをする言い訳でしかない。
だが、人のよさそうなクラウン大尉は、少し言葉に迷って、手をアン少尉の頭に置く。
「嘘をつくのは楽しいか? アン少尉」
にこやかな笑みを張り付けたクラウンの掌が、アンの頭にぐいぐいと圧力をかけてくる。
アンは、勘違いしていたことを分からされた。
このクラウンとかいうおじさんは、悪い人だ。
「正直に白状すれば、お前の欲望に、私が手を貸してやろう」
バレている。
内股の筋肉が震える。
何が原因だろう? 違う、何を知られた?
「え、アンちゃん、なんのことか……ウッ!?」
みしり、とアンの頭骨がきしむ。
まずい、このおじさん、体が仕上がってるタイプのおじさんだ。
「やめておいたほうがいい。本物の悪党というのは、こんな風に、女子供相手に手を出すことを何とも思わないものだ。アン少尉、君がどんな悪いことを考えているか知らないが……例えば、誰かを殺そうと考えたときに、その誰かに対して、特別な感情を持つものではない」
本当の殺意は、きわめて単純だとクラウンが告げる。
リンゴを切るときに、君は特別な感情をもつか? と言われ、絡むべきおじさんを間違えてしまったことを後悔し始めるアン。
「ご……ごめん、なさい、実は……」
アンはどうしても殺したい相手がいる、と白状する。
下手な猿芝居は、このおじさんには効かないと判断しての、方針転換である。
「──ふん、了解した。手伝ってやる。だが、条件付きだ」
つかまれていた頭が解放された。
いたた、と頭を抱えて、クラウンから距離をとるアン。
「本当に……? 女の子に暴力振るうやつを信じるなんて、ありえない気もするけど」
「信じる必要はない。君の望みと、私の計画は同じ方向を向いている」
「同じ、方向?」
「あの男には、まだ死なれては困る」
クラウンが顎でクソザコおじさんを示す。
べ、べ、べつにあんなおじさんのこと、どうでもいいしっ!? とアン少尉は応える。
ただ、イライラするだけだもん。特に、サララとかいう女のことを考えているときのクソザコおじさんをみていると。
「アン少尉、私は、ある人のために命を捨てる覚悟がある」
「は?」
口調とは裏腹に、アンは髪をいじりながらクラウンの言葉を待つ。
本当は興味なんてないのだけれども、この悪いおじさんがどーしてもって感じを出してるから、アンちゃんは仕方なく聞いてあげてるだけ、と。
「もし、あの御方を救うために、その命を捨てるしか方法がなければ──私は、捧げる」
悪いおじさんの目に、いけない光が増す。あの顔は研究所の先生たちが研究でキメたときに出るやつと同じ。つまり、陶酔ってやつだ、とアンは察する。
「アン少尉。もし君が、誰かのために死んでもいい、と覚悟を決めたなら──私はガノタとして、君を、全力で手助けする」
ガノタ? それが何かは知らないけれど、アンはクラウンという悪いおじさんが、真心からそう言っているのだろうと感じた。
なんとなく、このクラウンとかいうおじさんも自分と同じように歪んでいるような気がした。
アンが家族に執着する以上に……このクラウンという大尉は、なんだろう、女に執着している? と感じるアン少尉。
「わたし──死にたくは、ないかな。こんなにカワイイのに、簡単に死んだら人類の損失だと思うの」
「そうか。いい女だな」
「そうじゃなくて……死ぬな、生きろ、くらい言ってよ」
アン少尉は、なぜかそういう言葉が欲しいような気がした。
歪んだ者同士、ここで野垂れ死ぬのはどうにも面白くないからだ。
誰かのために死ぬのもバカげている。
誰かを助けるために死ぬ? そんなの、おかしい。
助けて、自分も生き残る。それが絶対に正義だと思う。
それでも、どうしても死んじゃう状況に至ったら……どうせ死ぬなら、想っている人たちに傷跡を残して死にたいという気持ちがあるのは否定できない。
「……そうだな、生き残るぞ、アン少尉」
アンに呼びかけながらも、クラウンという男は別の女を見ているのだろう、とアン少尉は直感する。この男は、アンを通して、他の女を見ている男の目をしている。
こういう、歪な男は嫌いだが、その情けなさはアン自身とどこか似ていた。
だから、嫌いきれない。
むしろ、妙な仲間意識すら芽生えるほどであった。
「うん──ジオンの英雄って、歪んでるんだね」
アンの言葉に、クラウンが、すぅ、と深く息を大きく吸いこむ。
「……内緒にしておいてくれよ、同胞」
別に、通じ合いたくもないのに、悪いおじさんに仲間認定されてしまった。
そして、アンが知りたかったことを教えてくれた。
歪んでるんじゃない、愛しているのさ、と。
艦内で多少のドンパチはあったものの、息を切らしながら何とか格納庫までたどり着いたムラサメ研究所の面々と僧侶たち、そしてクラウン大尉。
事前計画通りにそれぞれが乗り込むべきものに、駆け込んでいく。
「隔壁閉鎖だっ!」
ムラサメ博士たちが、格納庫に至る隔壁をすべて落とす。
多少の時間は、これで稼げるだろうか。
リュウ大尉は荒れた息を整えながら、切り札の機体に乗り込む。
この世界に飛び込んだガノタとして最初に乗った機体であり、戦中大量に使い捨てられたRGM79GMである。
ただし、この機体はムラサメ研創設以前の、ムラサメ機関時代に、データ収集目的のために半導体部分に少量のイデオナイトを用いた特別機である。
実戦での実証試験もすでに行われており、機体限界を超える性能を発揮しうることを証明済みである。
「ゼロ中尉、一年戦争のころにこれに乗っていたんだろう?」
リュウ大尉は、慣れ親しんだジムのコックピットに着座して、起動プロセスを実行する。
コックピット内には様々な物理スイッチがあるが、迷うことなく正確に操作をこなす。
四面モニタが立ち上がり、ソフトウェアチェックが開始される。
IDEON、と一瞬表示されたOSアイコンに、背筋が震える。
『そうだね。初陣を終えてすぐの頃だったとおもう。その機体、変な幻影を纏うんだよ』
ガノタたるリュウ大尉は、それが何を意味しているかを把握してる。
劇場版機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙にて、ドムを撃墜するジムのシーンをコマ送りすると、一瞬、ジムの頭部がイデオンに変わるシーンがある。
あれが、この機体なのだ。
『正直言って、気持ち悪い機体だよ。人の意思というのかな? それを食らおうとする何かを僕は感じたんだ』
「そう、か」
イデの意思、というやつだろう、とリュウ大尉は背中に感じるぞくぞくとした高揚感を殺せないでいた。
いつもならジムに乗るときは虚無、ないし過集中状態であるので、余計なことを考えることがない。
しかし、今は、明らかに精神に作用してくる何かを感じて、落ち着きが不足している。
この状態はマズイ、死ぬかもしれん、という余計な不安まで煽られる。
死ぬ、などということは今までの人生──かつての生においても今生においても、それを任務中に考えることはなかった。
そのように洗脳されていたし、今でも自己洗脳を続けているはずなのに、この様である。
「各機、状況報告」
自分の感情をごまかすために、仕事に集中しようとする。
『こちらクラウン。準備よし。全員の搭乗を確認。83式ボール、すべて起動。いつでもいける』
『こちらゼロ中尉、準備よし』
問題、なし。
あとは、頼れる正規軍の突入を待つだけである。
ペガサスとマゼラン数隻、そしてMS部隊で飛び込んで、敵のコアにとどめを刺すという頭のよろしくない特攻作戦を無理やり実施する決断を下したのは、かの一年戦争時代に後方で椅子を温めていただけと揶揄される、ゴップである。
この命令のもとに参集した連邦各艦隊、各軍、各級部隊の特攻志願兵たちは、一年戦争終戦に伴い行き場を失った闘争心を、今になって噴出させたとしか思えないくらいの勢いがあった。
『フゥハッハッハ!! マゼランの火力はぁぁぁ』
『宇宙最強ォォォオオォォ!!』
怪現象であろうか。ペガサス艦橋の通信装置が、ダグラス・ベーダー中将率いるマゼラン級殴り込み艦隊の絶叫を受けとめきれず、ボンっ、とはじけ飛んだ。
すかさず、それを予期していたらしい電子士官と技術下士官が、手際よく交換する。
ガノタならばご存じ、闘将ダグラス・ベーダ―は、艦隊による殴り込みをさせるならば宇宙一の男である。艦艇運用畑ばかりを突き進み、MS運用が中心となった一年戦争では冷や飯を食らっていたが、今回のようにミノフスキー粒子の影響が極めて低い戦場においては、まさにうってつけの人物であった。
「閣下、ダグラス中将の殴り込み艦隊が、進路をヤバい速度で切り開いています……」
戦況分析担当の三課の佐官が驚いている。ヤバいなどとエリートにいわせしめるマゼラン殴り込み艦隊は、まさに闘魂の化身である。
期待通りね、とゴップの中の人、サララは、手持ちの隠し玉をすべて突っ込んで、事態の収拾を図るつもりだった。
先に飛び込んだあのバカを助けるため──ではなく、合理的な判断ゆえに、である。
「闘将ダグラスに、期待する、と電文を送ってやれ」
「はっ──返信、来ました。読み上げますか?」と通信係の軍曹。
「かまわんよ」
「ヒャハァァァァっ!!」
通信担当の軍曹のほうへと視線が集中する。
「いえ、あの……読み上げが、まずかったでしょうか?」
「迫力は、あったな」
ゴップが何事もなかったかのように返事をしたので、兵たちはまた仕事へと戻る。
自らが乗艦しているペガサスも、ダグラス中将の殴り込み艦隊および、護衛のMS部隊のおかげで期待以上の前進速度である。
目的とするコア層まで、のこり数分。
「君、特務MSにつないでくれたまえ」
羞恥に震えていた通信下士官に、仕事を与える。
「はっ──つながりました、どうぞ」
ゴップは座席の電話機モドキを手に取る。
「フランクリン・ノボトニー中佐、FAガンダムに例のものは搭載できたかね?」
害獣には南極条約の適用などない、というゴップの強引な解釈に基づき、容赦なく小型核弾頭をFAガンダムの実弾兵装へと搭載させている。なお、害獣に核兵器を使った前例など有史以来あるはずもない。
突入後、ノボトニー中佐のFAガンダムを突っ込ませて、コアを消し去る算段である。
GP02がなくとも、FAガンダムの装甲があればパイロットの保護くらいはできるはず、と技術部も太鼓判を押している。
『準備完了。ところで、もしかしたら出番なし、ってのはマジですか?』
「うむ。子飼いの特殊部隊を動かしていてね、実のところ、殴り込み艦隊よりも先行している。まもなく現場にて核攻撃を敢行するだろう」
ゴップは、切り札が一枚だけというのを好まない。
どのような戦略を遂行するにせよ、切り札の数の多さが、自らの優位に直結する。
切り札をいつ切るか、などということに注力するよりも、切り札をどれだけ事前にかき集めておくか、が戦略の成否を分けると信じている。
数多くの切り札が手札にあるならば、多少のミスを繰り返しても勝てるのが戦略ゲームというものである。
『へぇ、そいつらがしくじったら、俺の仕事ってことですね』
「うむ。気を悪くしたか?」
『いえ。閣下の切り札の中に俺が含まれていることに、感動しているところです。これで、軍縮後も安泰ですよね?』
ノボトニー中佐の心配事は、再就職できるような年齢ではない、という点にある。
中佐という階級とて、乱発された戦時階級に過ぎず、実際には士官としての仕事など何一つできない、平時の鼻つまみ者なのである。なまじ階級が高いため、戦後の駐屯地ではよくわからない名誉職──例えば駐屯地先任MS戦技開発担当官、などという補職に放り込まれ、出勤から定時まで、ひたすらMSシミュレータにこもるくらいしかやることがなかったときいている。
彼には養わなけれなならない家族がいるが、彼自身のスキルは、ただMSをうまく扱えるというだけだ。連邦軍のスコアレーティングでトップ級の撃墜数を持つ、ということが、すなわち再就職に有利なはずもない。
せめて、軍人恩給の受給資格が得られる7年後まで、軍に残りたい、というのが彼の希望であり、ゴップにとっての利用すべき弱みであった。
ゴップは、こういう利用しやすい手駒をとても好ましいと思う。時間を逆行してまで私情を持ち込んでくる馬鹿とは違い、手綱を握りやすい。
「ああ、心配せず、私に任せたまえ」
『それを聞いて安心しました。俺、軍隊以外でどうやって生きていけばいいか、分んないんすよ』
「最後まで面倒は見てやる。以上」
通信を終えて、ゴップはこの先の未来をどうしたものかと思案する。
核でも何でも使って、この宇宙怪獣騒ぎは終わらせる。
だが、そのあとは?
Zガンダムはどうなる? もうあまりにも本編の筋を離れてしまっていて、ゴップだけではとてもではないが、手に余る。
子飼いのシンは、こういうレベルの会話についてこられないガノタゆえに、どうしようもない。
となると、わざわざ時を渡ってきた男のほうに頼りたくもなる。
だが、あの男は私情で時を超えた大馬鹿野郎。
サララを救いに来た、と口で言うが、奴の本心は見えている。
やつは、ガノタとして、このガンダム世界を救うためにやってきただけだ。
サララに執着しているかのようにふるまっているのも、あの男の勘違い。
本音は、ただのガノタの癇癪だろう。
「(愛しては、くれないのね)」
押し殺していた慾が芽を出そうとするので、ため息で吹き飛ばしておく。
あいつは……この世界の未来について、ちゃんと責任をとれ、と言いに来ているだけだ、と自分を納得させる。
やだな、さっさとこの世界から退場して楽になりたい、と思う自分がいるのは、うすうす感じている。それは切実な心の声であり、甘い誘惑である。
もう、ガンダムの世界は十分楽しんだ。
だから、OK。さようなら、すべてのガンダム、とゴールしたくもなる。
「──閣下、例の部隊が、状況を開始します」
作戦士官が、緊張した面持ちで報告をよこす。
ゴップは鷹揚に頷きながら、モニタの戦況図に目をむけた。
モニタ一杯にそびえ立つ銀色の巨柱。
アルファ任務部隊、イプシロン任務部隊、現着。
シン大尉は息を止めて、何もいわずにロックオン。
核装備のジムカスタムによる、一世一代の奇襲作戦。
一撃で、決める、とシン大尉はグリップの引き金を引こうとする。
『隊長、ダメですっ! あれ、友軍ですっ!』
『オレらより先走ってる馬鹿がいたとはなぁ』
シャニーナの制止と、ヤザンからのビーコン誘導。
対NT戦技教導団──ムラサメ研究所の連中が先行していたのか、とシン大尉はゴップの深謀遠慮について思うところがあった。ゴップ閣下のことだ、シン一人だけにすべてを託すようなことはしないだろう、とは思っていたが……ただ、どうやら自分の前に切られた手札は失敗してしまったようだ、と察する。
だが、どうするか。
いまこそ障害なしの一発勝負が可能だ。
コアを吹き飛ばすなら、今しかない。
『おいおいおい、あいつら、追われてるじゃねぇかっ!』
ヤザン機が、取り急ぎ援護射撃の準備を隊員に命じる。
マッケンジー艦長もトロイホースに砲戦用意を命じているが、徐々に明らかになる敵の数が多すぎる。
一体、どうやってあのデスアーミー(※正しくはデスバット)の群れに対して今まで対抗していたのか皆目見当もつかない。どう見ても100はくだらない数である。
ペイルライダーD2、ジム、83式ボール数機とランチだけでは、なにをどう考えても粘れないはずなのだが。
『──シン大尉、我々の後方に、それをブチ込めっ!』
知っている声。これはリュウ大尉だ。
ガノタとして原作キャラを死なせるわけにはいかんか、とシン大尉は、ジムカスタムの抱えている巨砲を敵群集団へと向ける。
『アルファリーダー、何をしているっ!? 目標は巨大コアだっ! 射撃せよっ!』
一拍遅れてマッケンジー司令の命令が飛び込んでくる。
ただでさえ問題になりがちな核兵器運用である。直属の上官が命令を出したなら、それに従わない限り死刑判決を食らいかねない可能性すらある。
しかし、シン大尉は砲口の向きを変えない。
伝家の宝刀、ゴップ閣下の白紙命令状を使うときが来たか、と決心する。
「マッケンジー司令、すみません、より上位命令がありますので」
『どういうことだ、おいっ!?』
ストレスマックスの司令には申し訳ない、と思いつつ、シン大尉はリュウ大尉らを救うべく、核を敵群集団に対して発射した。
『うわ、うちのバカがやりやがったぞっ!?』とヤザン
『どうしようっ! 隊長が狂っちゃったっ!?』とシャニーナ。
彼らの喚き声とともに、巨大な爆発が起こる。
デスアーミーの群れを吹き飛ばした小型戦術核の輝きは、それだけにとどまらず、こちらにむけて後退行動中のリュウ大尉たちの機体を巻き込んでいた。
『──シン大尉、貴様というやつはっ!!』
マッケンジー司令の怒気が、シン大尉のヘルメットに響く。
被ロックオン警報。トロイホースのメガ粒子砲がこちらを向いている。
シャニーナ機が暴れ出そうとしているが、ヤザン機が羽交い絞めにしている。
『戦略目標を違えるばかりでなく、後退行動中の友軍まで巻き込むとは、狂気の沙汰だぞ。貴様が如何なる命令に基づこうとも、今この時点では戦争犯罪の現行犯である。ただちに武装解除せよ』
「──了解」
シン大尉は機体武装をパージしつつ、コックピットハッチを開放する。
これは言葉で説明してもどうしようもないだろう、とシン大尉は抵抗しない。
あとは、残留放射線がこちらのノーマルスーツを貫通しないことを期待するしかない。
一応、対放射線能力は十分ある、と設定集には書いてあったはずなので、信じる。
『あ、待ってくださいっ! あれ、あれをっ!』
シャニーナ機からの通信。
核爆発によるEMP効果のせいで、短距離光通信のみでの通信となる。
『なんであいつら、核くらって生きてるんだ? 常識ってもんがねぇ……』とヤザンが信じがたい、と疑問を口にする。
シン大尉は、機外に立ち、ノーマルスーツの簡易望遠機能のみで豆粒程度の光を観測する。
まちがいない、あれはサイコフィールドだ。この世界ではまだ誰もしらないであろう、Zガンダムでカミーユがビームを弾き飛ばしたトミノファンタジーパワーである。
『あれ、一機、ベクトルが変わりましたけど……』
この戦場にいる、誰もがその一機に注目する。
シン大尉も、興味本位のあまり、機体へと戻ってモニタをのぞき込む。
そこには一体のジムが、カプセルを抱えて、コアに飛び込もうとしていた。
アンは、動揺した。
タイミングよく現れた味方による核攻撃と、鼻血ブーだけど頑張ってくれたレヴァン・フーさんたちお坊さんチームの活躍で、ホーリキバリアもちゃんと機能した。
なーんだ、つまんな、とアンは安心していたのに、なぜか、想定した撤退経路からクソザコおじさんが飛び出していったからだ。
「え、なに、どゆこと?」とランチの操縦を担うクラウン大尉に確認する。
アンが知らされていない秘密行動があるのか、と。
「……いや、想定通りだ。ビューティーメモリーを使う、とブリーフィングで言っていただろう」
「え? それってなんか、デスアーミーよけに使うって意味でしょ?」
ウソだよね? ウソだと言ってよおじさん、とアンがクラウンにすがる。
「ヤツの真意は違う。自身の量子脳をブリッジさせて、ビューティーメモリの情報をバケモノのコアに受け渡すつもりだ。人類による、人類の未来ための対話とやらを目指してな」
「は!? 意味不明なんですけどっ!?」
アンは理解不能な行動に、意味を見出せなかった。
ただ、なんとなく、このままではクソザコおじさんがいなくなってしまう、ということだけは直感できたので、黙ってはいられない。
「勝手なことばっかりして……わからせてあげなくちゃっ!」
アン少尉は自身の量子脳を経由して、クラウンからビット代わりの83式ボールの制御を奪い取る。
ムラサメ研究所さんざんやった、三次元誘導戦闘の基本通り、多方向からボールをおじさんのジムに向かって突貫させる。
中に人が載っていないボールの限界速度は、とても早い。
これなら追いつけるはずだ、と確信する。
「そうだな、わからせてやれ」
クラウンが、アンの背中を物理的に叩く。
このセクハラおやじめ。
『──アン、やっぱり君が正しいよ』
ゼロ兄からの通信。ランチを先導していたペイルライダーD2も、予定コースを外れて、おじさんのジムを追いかける。
やっぱりだ。
ゼロ兄はちゃんと分かってくれる。
「さて、私も覚悟を決めるか」
クラウンおじさんがいきなり、ノーマルスーツの前のジッパーを下ろしたので、アンはビクリと、引く。
「え~、ご搭乗の皆さまにお知らせします。本機はこれより、乙女のハートを守るべく、想定外の行動を行います。お客様の意識は補償いたしかねますので、直ちにシートベルトをご確認ください」
クラウンおじさんがアナウンスすると「仕方ないナァ」と先生たちがシートベルトをきつく締め直している。え、どういうこと?
そして、クラウンおじさんは空いたノーマルスーツの懐に手を突っ込んで、懐からなにやら布切れを取り出す。
恍惚の表情を浮かべてそれを眺めたのち、それを鼻にあてて、スゥ~と深く息を吸う。
「な、なにかキメてるの……? ヤクブーツはヤメロって先生たちも言ってたよ?」
「……アン少尉、君は、あのおじさんのこと、好きかい?」
いきなり何をいいだすんだ? このセクハラ野郎は? とアンは思わず、ボールの機動を正しく維持できなくなりそうになり、慌てる。
「いや、言わなくていい。やはりガンダムの世界なんだよな……」
「は?」
「私も、一枚かませてもらうってことさ!」
ランチの舵を切ったクラウンおじさんが、さらにペダルをベタ踏みする。
急加速と横Gのコンボ。
ただの連絡艇が出しちゃいけない速度を出しているので、未強化のムラサメ研の先生たちが気を失っていく。
意識があるのは、アンとクラウンだけである。
機体が向かっている先は、クソザコおじさんの機体がいるところだ。
「手伝ってやる。距離が近いほうがボールを誘導しやすいだろ?」
「う、うん……けど、いいの?」
アンには分からなかった。大人たちはいつだって、敵はこちらを憎んで、殺そうとしてくるものだ、といっていた気がする。
「約束は、守らせてもらう」
「ふーん、じゃ、戦後はお礼にデートしてあげるね」
「精神的にあと三倍成長してから言ってくれ」
何てつまらない大人なんだろう。アンはジオンに兵なし、というレビル将軍の言葉を思いだした。
リュウ──いや、その中の人は、困惑していた。
なぜか、味方から攻撃されているからだ。それも、撃墜すら想定した加減なしのボールによるオールレンジ攻撃。
クラウンが裏切ったのか? と一瞬、頭をよぎったが、クラウンならそもそも、初手で決めてくるはずだ、と考えると──何が何やら分からなかった。
イデオナイト搭載型ジムは、こちらの願い──サララが生き残る世界線を勝ち取ることについて、エゴであると反応しているわけではなさそうだ。
もしそうであれば、素ジムでしかないこの機体が、これほどまでに俊敏に動くはずがないからである。
さんざんジムに乗ったのだから、間違いない。
だが、わからない。サララを救う……彼にとってこれほどまでに重要なことを、なぜ仲間たちが阻止しようとしてくるのかが、全く分からない。
「やめろっ、やめてくれっ! 俺に構うな!」
リュウは、通信機に向かって声を荒げる。
『──いいや、構うね。家族の問題なんだから、首を遠慮なく突っ込ませてもらうよ』
ゼロ中尉からの応答。
家族? なんの話だ?
『おじさん、いま、わからせてあげるねっ!』
「アンか? 早く連中に回収してもらってくれ! いつデスアーミーが飛び出してくるかわからないんだぞっ!?」
『ほーら。遠慮しなくてもいいんだよぉ?』
殺気!? とイデの力か、いま自分をあらゆる方向から貫こうとしているボールの射線を感じ取れた。
リュウのジムは、致命傷になりうるボールを一瞬で判断し、ビームスプレーガンを向ける。
放たれたビームが、ボールを精確に貫く。
それは、一瞬のうちに三度繰り返された。
『やるじゃねぇか。オレも混ぜろよ?』
どうしてそうなる!? とリュウはヤザン機からの通信に混乱する。
いまここで、ビューティーメモリをG細胞に接続しないと、サララが死ぬ世界線に近づいてしまうというのに……クソッと、ボールをとりあえずすべて叩き落とすことにする。
だが、生きのこっているボールは、リュウのジムをひたすらに翻弄する。
『ふふーん、クソザコおじさんの攻撃なんて当たらないもんねっ』
アンの声に、リュウは怒りをそのままぶつける。
「ふざるなっ! せっかく命がけで助けたのに、なんで邪魔をするんだっ!」
『は? 助けたなら最後まで責任とってよ?』
アンの冷たい声。
『おじさんに孕まされちゃったのに、わたしを捨てるの?』
アンの言葉が、一般通信回線により、広く周辺の機体へと伝わった。
ジムに搭載されたイデオナイトのせいだろうか、MSに乗っているはずなのに、なぜかすべての機体からの視線を強く感じる。否、痛みを感じる、というほうが正しい。
「へ?」
リュウのジムの動きが鈍る。
その隙を逃すような素人は、この戦場には一機たりともいない。
『リュウ、君は本当に馬鹿だよ』
ペイルライダーD2のビームサーベルが、ジムのバックパックを切り払う。
一気に噴出した推進剤が、リュウのジムをキリモミ回転させる。
「うおぉえぇぉ!?」
情けない声を出しながら、リュウは機体制御を取り戻そうと、各アポジモータを操作する。
なんだかんだで経験豊富なパイロットである彼は、ものの数秒で機体を立て直し、ビームサーベルを抜いて、ゼロの追撃を切り払い、ヤザンの不意打ちを受け流す。
「ヤザン少尉、手を引いてくれないかっ!」
『やなこった。こんな面白れぇ仕合に参加しない理由はねぇ』
「素ジム相手にイキって面白いか、この野郎!?」
『ああ、楽しいぜ? 大事なもんが見えなくなってるやつをぶん殴るのはな』
ヤザンのジムカスタムの拳がこちらのコックピットを揺すらんと、迫ってくる。
リュウのジムは、それを迎え撃つために、同様に拳をぶつける。
ジムカスタムとジムでは強度に差があるはずなのだが、ヤザンのジムカスタムの腕がちぎれ飛んだ。
ヤザン機は緊急後退。
リュウのジムも追撃はせず、アポジモータの推進力のみでコアへ向けて転進する。
『待つんだ、リュウっ!』
「いいや、待たない」
ゼロの呼びかけに応じることはなく、リュウのジムは振り返りもせずにビームスプレーガンを撃つ。これがゼロ機の片足を吹き飛ばし、ゼロは機体の再制御に時間をとられる。
だが、リュウのジムの足が遅くなっている事実は変わらない。
これを、ジオンの英雄は見逃さない。
本来、ランチが出してはいけない速度と急旋回を駆使して、リュウのジムの前に躍り出る小型艇の姿は、いかにも頼りなかった。
しかし、この頼りない小型艇は、ジムの足を止めさせるに十分な存在なのだ。
そこから飛び出す小柄なノーマルスーツの影。
リュウは、モニタ越しにその姿を認める。
「アン!? どうして君は邪魔ばかり……いや、アン、何を狙っている!?」
『人間を作った神様って意地悪だよね~? おじさんを見て……ぷぷ。ほんとにそー思うよ。おじさんが考える自己犠牲プランなんて、わたしにだって出来ることだもんね。それを必死こいてやろうとするなんて、ほんと、だっさ~い』
彼女の姿に気を取られるリュウ。
加速したボールが、その隙をつき、質量の暴力をもってジムに激突する。
足をとめてしまったジムが避けられるはずもなく。
衝撃か、イデの見えざる意思か、ジムの手から、ビューティーメモリーが離れる。
そして、別の83式ボールがそれをアームでキャッチして、アンの元へとたどり着く。
アンはそのボールに乗り込み、スラスターの軌跡を描きながらコアへと向かう。
『ねー、おじさん。あたしの事、嫌い?』
アンを乗せたボールの加速が止まらない。
リュウのジムは自分に絡みついていたボールを何とか投げ飛ばして、彼女に追いすがろうとする。
「嫌いなわけあるかっ! ゼロも、アンも、ムラサメ研の連中も……嫌いになんてなれるわけないだろうが!」
邪魔するな、どけっ、とリュウはジムに絡みつくボールをはがそうとするが、ボールには執念か何かがあるのか、なかなか剝がすのに難儀する。
『うそ。本当は皆きらいだから、わたしたちを置いていこうとしたんだよね? 図星でしょ? 悔しい? こーんな小さい子に言い負かされちゃって、くやしい? ねー、くやしいー?』
なんで、なんでわからないんだ……とリュウは歯を食いしばる。
本当に、心から、アンやゼロや、ムラサメ研の連中には、生きのこってほしかった。
どうしようもないマッドサイエンティストや、ずれた強化人間たちしかいないコミュニティだったけれども、それは、何もかも失って時間をさかのぼった自分にとっての、よすがだったのだと、なぜ分かってもらえないのか。
「噓なもんかっ! 俺は……どうしても、皆のことを切り捨てられないんだ──アン、やめてくれ……お前が犠牲になったら、俺は、もう、無理なんだよ……」
説得する言葉はもう、なかった。あるのは懇願だけだ。
わかってくれ、俺は、何もかも大事で、もう、どうしようもないんだ、と。
『そっか』
ボールが、リュウのジムから剥がれる。
ようやくか、とリュウは機体が爆散してもかまわんと、推力を全開にする。
『わたしも、大好き』
ビューティーメモリを掴んだままのアンのボールが、コアから伸びた触手に絡み取られ、コアの中に取り込まれていく様を、リュウは、見た。
まただ。
また、やってしまった、と、彼はコックピットにて虚空に手を伸ばし、取り戻せぬものを掴もうとする。
その時、ジムが、動いた。
リュウが操縦を放棄しているジムが、意思を持ったかのように、掌を開き、前へと腕を伸ばす。
IDEON、とコックピット中のあらゆるモニタに散らばる記号。
記号は、呼びかける。
IDEON記号の呼びかけに応えるように、震える獣の声が響いた。
要塞級周辺宙域にて、パプテマス・シロッコはショートサイズまで短縮したサーベルで、デスアーミーたちを斬り倒し続けてきた。
撃墜数は、100を超えてからは数えていない。
観測機兼、前線指揮統制機でしかないEWACジムで叩き出せるはずもない戦果を、パプテマス・シロッコは当然のように出す。
なぜなら、天才だからである。
「ジャマイカンっ! ソロシップに火力を発揮させろ! いつまでぼーっとしているつもりだっ」
天才は、いらだっていた。
この戦場には、不快な感情がパンパンに詰まっているからだ。
使えない部下に命令を飛ばしながら、さらに、二機、三機、と撃墜数を増やすシロッコのEWACジム。
『し、しかし、ソロシップには火砲などありませんが……』
「あるだろうが。貴様の馬鹿みたいに広い額でソーラ・レイでも撃ってみろ!」
ジャマイカンにハラスメント行為を働きながら、特攻部隊の成果はまだか……と、ヘルメットのバイザーを開けて、汗をぬぐう。
ハイドレーションシステムから水をガブ飲みし、高エネルギーバーを食らう。
要塞級の内部がどうなっているから分からないが、少なくとも、コーウェン中将が指揮を執る要塞外部の状況は、ア・バオア・クーの戦いよりもヒドイ状態なのではないか、とシロッコは思う。
「……光?」
よもやジャマイカンの額が光ったわけではあるまい。
殺意ある閃光が、要塞内部から漏れた。
あの輝きと線量、核攻撃に違いない。
となると、ゴップ閣下の特攻作戦が本格的に始まった、ということだ。
すでにこの作戦のために集結した連邦艦隊の2割近くが沈み、ジオン艦隊も同程度の被害を出している。補給を求めるMS達が続出し、継戦中のMSの絶対的な量が不足してきたため、いまや射撃武器もなく、ビームサーベルすらショートサイズで発振することで節約しながら戦い続けている状況だ。
『おー、さすがシロッコ大尉。オレ、つよいやつ、好きだぞ』
ハインツ大尉のFAジム改が、どこで見つけてきたのか、ガンダムハンマーを両手にぶら下げている。この馬鹿が合流したということは、こいつが救援に向かった部隊は無事後退できたということだ、とシロッコは胸をなでおろす。
すでに戦場の指揮権は混乱の極みであり、シロッコは一介の大尉ながら、半ば戦区司令官のごとく周辺部隊から頼られていた。仕方なく、こういうときは役に立つソロシップ所属の大量破壊兵器、ハインツ大尉をあちこちへと派遣しては、戦線を立て直したり、友軍を交代させたりしている。
問題児を押し付けられていた、と平時は感じていたが、有事では頼れる台風になってくれるところがジャマイカンやリードとは違うところだ。
昇進させるわけにはいかんが、また何か新しいオモチャ(※MS)を用意してやってもいいかもしれない。
『シロッコ大尉、オレ、仕事、終わった。皆を助けてきたぞ』
「助かったぞ、ハインツ大尉。私が呼ぶまで、しばらくは周辺の目に入る敵を撃墜しろ」
『わかった。シロッコ大尉の指示は、簡単で、良い』
また飛び出していったハインツ大尉のFAジム改。
頭はよくないが、機体の運用に関しては本物の天才だろう、と天才たるシロッコすら感心するほどである。
いまのFAジム改の挙動1つとってみても、本体側の推進剤は一切使用しておらず、ほんの一瞬、大出力でFSWS側を吹かすと同時に、ガンダムハンマーとAMBACを駆使することで、平均的なパイロットの4割程度の推進剤で機動戦闘へと移行している。
とはいえ、増援も見込めないこの状態ではじり貧だぞ……と、巨人の姿に目をやる。
相変わらず、うんともすんとも言わず、ただそこに浮いているだけだ。ソロシップから発生する力場のおかげか、どこかに慣性で飛んでいく、ということがないだけ救いはある。
『シロッコ、助けにきたのです』
うーむ、と未来のない状況を切り開く算段を考えながら、ついでにデスアーミーを刻んでいると、NT-1が隣にやってきていた。
「君か。わざわざMSで出てくるなど珍しいな」
『いま、想いが、走ったから、です』
「?」
シロッコも集中しようとするが、実のところ気力、体力ともに限界であり、NT能力は肉体的疲労に深い影響を受ける、という仮説が真実であることを証明しているところであった。
「すまん、こちらは感じ取れなかった」
『イデが、起きる、のです』
シロッコは、目を疑った。
今までただの人型巨大オブジェでしかなかった、あの巨人が、動いているのだ。
明確な意思を見せつけるがごとく、どのような原理か分からぬ推進機構が動き出し、大量のエネルギーが排出され、巨人が前進していく。
「なんだ、何が起きた!?」
『ターン計画の、始まり。閉塞する世界に、風穴を開ける一撃』
シロッコはマサキのたわ言には付き合っていられなかった。
直ちに進路を開けよ、と巨人の進出経路に散らばっている連邦、ジオンのMSたちに警告する。
『なんだありゃっ!?』
『ヤバいぞっ、退け、退けっ!』
先ごろまではギリギリ、シロッコの統制ある戦いを繰り広げてきた周辺の部隊が、蜘蛛の子を散らすように進路を開けようと後退行動に入る。
もう、このエリアの戦線を再編することはできんな、とシロッコは見切りをつけて、各部隊にソロシップを再集結地点にし、集合せよ、と命じる。
『みて、シロッコ』
「ええいっ、私は今、部隊の再編を──」
シロッコは、言葉を失った。
要塞級に一瞬で肉薄した巨人が、その剛腕を叩き込み、まばゆい光とともに、かの人類の難敵をいとも簡単に真っ二つに切り裂いたのである。
『──イデ。あなたを正しく使える人類が、未来に現れるということなの?』
「あれは……何なのだ?」
『この世界を肯定する、思惟。あの光は、未来への光、なのです』
シロッコは、ただ茫然とその光景を食い入るように見つめた。
歴史に名を残す、などとのたまっていた己の矮小さを、なぜか強く感じた。
そんなことにはなんの意味もないのだと、肩の力が抜けた。
『……キレイだな。オレは、好きだぞ。あれは、とてもいい輝きだ』
うおおおっ! と雄叫びを上げるハインツ大尉の声が、シロッコのコックピットに響く。
普段は馬鹿め、とハインツをバカにするだけのはずのシロッコが、拳を握る。
なぜだろうか、体中が熱くなり、魂の衝動を抑えられそうにない。
いまなら、我ら人類は、勝てる、と。
ゆえに、拳を突きあげる。
「うぉぉぉおおおっ!!」
シロッコは、叫んだ。
堰を切ったかのように、戦場を征く兵たちの雄叫びが、コックピットに満ちる。
疲れ果て、もうダメだと諦めつつあった兵たちの魂が、新たに奮い立つ。
勝てる。
勝てるぞ、とすべての兵士が、直観する。
ボロボロだったジムとザクが拳を合わせ、光に向けて前進していく。
ドムが、ゲルググが、ジムカスタムやジムキャノンが、シロッコの命令ではなく、自分の意思で戦列へと復帰していく。
弱々しい砲火を五月雨式に展開していた艦艇らが統制を取り戻し、ソロシップを中心にして艦列を揃え、再び火力網を再構成し始める。
人類は、まだ終わってはいないのだ。
「私は……初めて、人類に期待している……」
シロッコは、目頭に何かを感じる。
胸が熱くなり、体中に活力が満ちてくる。
『いこう、シロッコ。悪い夢から、醒めるときなのです』
NT-1が、翔ぶ。
シロッコのEWACジムがそれに続く。
二人の姿をみた、ハインツも合流してくる。
それだけではない。
あのジャマイカンが、誰の指示も受けずに、ソロシップを前進させ、シロッコらの後背に就く。
ソロシップを中心に再編された、自然発生的連合部隊は、光に向かって進軍する。
これは後世において『奇跡の12月行進』と戦史に語られる事象であり、パプテマス・シロッコ大尉の名が中心人物として記載されるのだが……シロッコは、この時、自身がそのような歴史書の人物になることを知らなかった。
彼は、その日の日記にただ、こう記している。
「もう一度、人類を信じてみようと思える日であった」と。
光の中を、マゼラン級の艦隊と大量のモビルスーツが通過する。
それに随行するペガサスの艦橋にて、ゴップは思わず席から立って、目の前で起きた大事件を凝視していた。
イデオンソードか? なのに、あたたかく、優しすぎる。
世界を滅ぼす一撃ではないのか? イデの意識は、イデの発動はなかったのか? とゴップは思考に大量の『???』をまき散らす。
だが、何よりも最も恐れたのが、あの私情全開野郎が死んだのではないか、という点であった。ゴップは量子通信で、おい、返事しろバカっ! 勝手に死んだら殺すからねっ! と罵倒交じりの言葉を吐き出す。
表情は一切変えていないつもりだが、兵たちチラチラとこちらを見ている様子から、少々抑えが効いていないようだが……そんなことはどうでもいい。
あいつは、あのバカは無事なの?
『おほぉぉっ!? なんだこの暖かな光はぁっ!? だが、心地よいから問題なしっ! 我ら殴り込み艦隊はぁぁぁッ!』
『銀河、最強ウゥゥウッ!』
MAX状態へと至ったダグラス中将率いるマゼラン級殴り込み艦隊が、光の中を突き進んでいく。
次第に光が弱くなり、ようやく宇宙空間らしき星の海が広がる。
要塞級はどうなった? コアは? と参謀たちが戦況図や、各種情報を収集しているセンサ系モニタリングリスト、ブリッジの舷窓の向こうをそれぞれが凝視している。
『はわぁぁぁっ!! 前方巨大障害物! 分列行進っ!』と素っ頓狂なダグラス中将の大声。
『了解、奇数番艦は左方、偶数番艦は右方。そぉれっ!』
『ドッコイショオォォ! ドッコイショ!』
前方の巨大障害物──すなわち、イデオンの巨大な腕である。
これを回避すべく、殴り込み艦隊が想像していたよりもずっとスムーズに分かれていく。
ゴップは、眼前に現れたイデオンの巨大な腕が、何かを掴んでいるのをみた。
なにが起きたのか、じっと見つめていると、イデオンの掌が開かれた。
そこには、一体の83式ボールが握られていた。損傷はないようだが──。
『よがっだぁぁ……』
一般回線と混線? とゴップは眉を顰める。
なんだか聞いたことがあるような声だからだ。
この情けない声は──子飼いのシン大尉のほうだな。
「君、シン大尉につなぎたまえ」
「はっ」と通信下士官が回線をつなぎ、どうぞ、とゴップの席の子機をとるように促す。
ご苦労、といい、ゴップは電話機型の通信機を手に取り、耳にあてる。
「シン大尉、状況を報告しろ」
本当は、リュウ大尉はどうか? と聞きたいのだが、これは一般的な口頭による通信だ。そんなバカな質問をするわけにはいかない。
『閣下ぁ! 奇跡ですよ、奇跡ッ! イデが応えたんですよっ! イデは意思で、巨大な計算空間だから、チューリングマシンと同じ振る舞いだってできちゃうんです!』
意味は、分かる。が、それは特殊な訓練をつんだガノタだけだ。つまり、イデにより、ビューティメモリの情報が完全性を保ちながらG細胞化した他世界の人類に伝わり、過去が再計算された、ということだろうか? そうであるならば、ゴップ自身が計画していた量子脳を使った対話作戦と、ほぼ同じ効果をえられたと評価できる。
つまり、危機は、去った、ということだ。
だが、なぜ、イデが応えた?
人の意思が集約する力場になっていたであろうことはわかるが、その雑多な意識を一つの方向へと向ける、何かがなければならないはずだ。
「……報告書にまとめ、後で提出するように。あぁ、それから、私の手駒として先行させた、ムラサメ研究所の連中はどうなっているかね?」
落ち着いた声を意識して、出す。
本当は、なによりも早く知りたかった。
『はっ、無事です。いやぁ、奇跡ですなぁ……そうだ、映像を中継しますよ。閣下にも見てもらいたくて』
ゴップは、自席に備えられている薄型モニターを引っ張る。
そこには、リュウ大尉が、極めて年若い女子と、機動戦士Zガンダム劇場版Ⅲのファとカミーユの如く、抱き合っていた。
よかった、本当に、よかった……と、ゴップは天井を仰ぎ、深く息を吐いた。この体だと心臓に悪すぎる。
そして、安堵したからか、突然、感情の抑えがだんだんと効かなくなってきた。
「シン大尉、あの女、誰?」
『閣下、口調、口調……あれは、アン少尉ですよ。ほら、ムラサメ研のカワイイ女の子です。覚えてません?』
「……」
もちろん、覚えている。リュウ大尉をいつも小ばかにしていた、メスガキである。
不意に、腹が立ってきた。
あんた、この期に及んで、なにしてんの? そんなメスガキさっさと放り捨てて、あたしのところに戻ってきて、捨てられた犬みたいな顔を見せに来るのが先でしょうが。
で、散々あたしの罵倒を聞いて、涙目になりながら反省したサルになって──あとでこっそり、あたしの私室に抱きしめに来るのが筋ってもんじゃないの? と、ゴップはカタカタと拳が震えるのを抑えられたない。
『それとですねぇ……閣下、これはちょっと内密に処理願いたいんですけどね』
「なに?」
兵たちが、ぎょっとした顔でこちらを見ているが、もはやゴップは気にしている余裕がない。
『リュウ大尉、アン少尉を妊娠させちゃったみたいです。いやぁ、ガンダム、って感じですねぇ、閣下』
「──!?」
ゴップは、通信子機を取り落とした。
慌てて侍従兵が拾い上げるたが、ゴップの真っ青な顔をみて、衛生兵、衛生兵! と声をかける。
「……すまない、回線をノボトニー中佐につないでくれたまえ」
どうしよう? あたし、あたし、捨てられた……? と呆然自失になりながらも、ノボトニー中佐の核問題に始末をつけなければ、と混乱したまま指示をだす。
「は、はぁ」
通信兵が大丈夫なのか? といった伺いを、他の参謀たちに向けるが、まぁ、とりあえずは、といった空気がながれ、そのまま回線が切り替わる。
『こちらノボトニー中佐。出番ですか?』
「……出撃。目標は、あそこで抱き合っている破廉恥な連中だ」
『──なるほどぉ。確かに、あれは犯罪ですね』
ノボトニー中佐がゴップから転送された映像をみて、月並みな感想を述べている。
「閣下っ!!? 敵群集団が、消え……消えて、いきます……!?」
事情を知らない参謀団及び、将兵たちはパニックとも歓喜ともつかぬ歓声を上げる。ペガサスの艦橋は、歓喜に震えていると言ってもいいだろう。
そんな中、ゴップはただ一人、漏れ出る怒りを抑えんと、フンスフンスと呼吸を荒くする。
衛生兵たちが、閣下ぁっ!? と心配そうに血圧を測り始める。
──宇宙世紀0083年12月13日0時00分、地球連邦軍および、ジオン公国軍は、有害鳥獣の共同駆除に成功したと発表。
地球連邦軍、ジオン公国軍の双方が甚大な被害を受けた、という事実を隠せるわけもなく、地球連邦政府首相府と、ジオン公国の当代内閣は、共同で事実を公表することを決定。
情報の整理に時間を要するため、という苦し言い訳のもと、宇宙世紀0084年1月末日に情報開示されることが決定された。
人々は軍が甚大な損害をうける有害鳥獣などありうるのか? 本当は連邦軍、ジオン軍の軍事衝突が起きたのではないか、と、両国の大衆は訝しみ、メディアも真相に近しい物から嘘八百まで様々な特番を放送した。
そして、宇宙世紀0084年1月末日、世界が動揺した。
世界の動揺に呼応するかのように、その日、一人の男が目を覚ました。
サイド6の軍病院にて集中治療を受けていた、地球連邦の次世代の星である。
名を、バスク・オムという。
病院の記録によると、予後の経過もつつがなく、PTSDの兆候も見られない、とあった。
だが、それは、事実に反していた。
バスク・オムは、単に目を覚ましたのではない。
自分が、何をすべきなのかについて、目覚めていたのである。
病院の中庭。小さなベンチに大柄な体が収まっている。
植物療法の理屈に基づいて整備された緑の香りと、あたたかな日差しに包まれながら、彼は自分が戦った恐るべき敵の姿に思いを巡らせる。
それはメディアで騒がれている宇宙怪獣でも、ましてやジオン公国ですらない。
バスクにとっての敵は、恐ろしいまでに無能だった地球連邦政府及び、地球連邦軍である。
彼は両手を合わせ、篤く信仰する南洋宗の経典を唱える。
善因善果
悪因悪果
自因自果
すると、彼の内なる仏様が、彼に優しく諭すように語り掛けてくるのである。
廃悪修善
世界を、よりよくするのです、と。
バスクは心中で仏様に制約する。
自浄其意
私が、やります、と。
「──バスク・オム大佐とお見受けします」
若い女性の声。信念の芽を育てている青い春の頃合いだろう。
視線を向けると、そこには連邦軍の士官候補生の制服を着た女性が、敬礼している。
バスクは、答礼して休め、と促す。
「楽になさい。いかにも、私はバスクだが……少佐だ。君は?」
「はっ、エマ・シーン士官候補生です。昇進の件はご確認なさったほうがよろしいかと」
昇進? それよりも、あなたの美しい黒髪を、どういうまとめ方をしたらそのような特殊な髪形になるでしょうか? と訊くのはハラスメントだろう、とバスクは判断し、エマ士官候補生に言われた通りに、携帯端末で人事記録を見る。
確かに、昇進していた。
地球連邦軍史上最速の、大佐昇任である。
推薦人は、ゴップ閣下と、閣下の幕僚団である。
既に課程は修めていたので、椅子が空くのを待たされるかと思っていたが──軍人として誉れ高き殊勲戦功により、椅子が空くのを待たずして、己を迎えてくれたのである。
「(おらみてぇなやつを、ゴップ閣下は、ちゃぁんとみてんだなぁ。ほんどに、エラい人じゃぁ)」
昇進したことではなく、己が軍全体のために最前線で敵に押しつぶされながら時間を稼いだことを正当に評価してくれたことに、胸をうたれた。
下手をすればただの戦傷扱いされかねない、一介の前線士官の隠れがちな犠牲を、ゴップ閣下は大局的に価値があったことだと判断してくださったことになる。
母に報告すれば、喜ぶだろう、と故郷を想うバスク。
おらは、連邦のすんげぇ方に褒められたんじゃ、というたら、母ちゃんも一緒に泣いてくれるとね。
「いかがでしたか、大佐?」
エマ士官候補生が、こちらをうかがっている。
「確かに。ところで、わざわざ私に昇進案内をしに来たわけではあるまい? エマ士官候補生」
もしかしたら、感銘が顔に出ていたかもしれぬが、威儀を正して問う。
「はっ。とある方に進路を相談したところ、あなたの元へ行け、と」
とある方? と訊ねると、紹介状です、とエマ士官候補生から古風な直筆の手紙を渡される。紙などというものは随分高くなったのに、とあきれながら差出人を確認する。
アデナウアー・パラヤ参謀事務局長、とあった。
ああ、と懐かしい面影が浮かぶ。
いつも腹を空かせていたあの頃、容赦なく自分をボコボコにしながら、『立ちなさい。諦めるな』と無茶な指導をしてくれたことを思いだすと、胸が温かくなる。
あなたのおかげで、私は強くなれました、と。
「パラヤさんとは知り合いかね? エマ・シーン士官候補生」
「はい。両親が小さな商社をやっておりまして、パラヤ参謀事務局長には様々な調達案件でお世話になっています」
「なるほど、場所を変えよう」
少しばかり詳しく事情を尋ねてみるか、とバスクはゆっくりと席を立つ。仏様のご加護か、生身はかなり損傷したものの、移植された義足や義手などの機械部品との適合アレルギーもなく、いずれは元の体のように動かせるとリハビリ主任が言っていたが、まだ無理はできない。
「お手伝いします」
訓練をうけた野戦救護法の要領で、バスクに肩を貸すエマ・シーン士官候補生は、バスクが紹介状を、とても大事そうに懐にしまうのをみた。
彼女の手を借りて、ようやく病院内のカフェテリアへと移り、適当な席に座る。
自動配膳の安いコーヒーがテーブルに並んだところで、再び話題を切り出す。
「──さて、君についてだが、御両親がパラヤさんと?」
バスクがカップを手にとる。
「はっ。両親の商社は、パラヤ参謀事務局長が立案する各種復興福祉政策に伴う様々な需品サプライチェーンを提供しています」
復興福祉政策というものは困った人々に金を配ることではない。
衣食住と医療、教育の五本柱を機能させるべく、支援地域ごとに地域復興支援事務所を設立し、現地スタッフを雇用し、難民向け簡易住宅と学校、病院の建設し、さらに人々の経済事情を再起させるべく、難民に対して様々な小規模金融事業を行い、経済的自立を促す仕組みを組み上げるのである。
ここまでやって、ようやく、各戸給付金の話が出てくる。福祉=金と現物給付、という考え方は、人々を奴隷として飼い馴らす政策であり、連邦政府が意図する福祉政策とは相いれない。社会福祉とは、苦しい状況へと至った人々が再出発できる社会を整えることなのだから。
社会を整える、ということは、当然、モノとカネが動く。
「──相変わらずだな、パラヤさんは」
「はい。パラヤ参謀事務局長は、尊敬できる方です」
「ソロモンなんぞジオンに売ればいい。そうすれば連邦のコロニーに対する福祉政策が充実し、スペースノイドがどうという反乱騒ぎなぞ立ち消える──とか、相変わらず言ってるのではないかね?」
「はい、よくご存じですね」
いまのモノマネはとても似ていました、と快活に笑うエマ・シーン士官候補生。
「あの人は、昔からそうだからな」
福祉政策というものは、思想が強く現れる。
大別して三つ。保守主義、自由主義、社会民主主義である。
その中で、アデナウアー・パラヤが最も忌み嫌っているのが、保守主義に基づく福祉政策である。
福祉の大元は皆が身近に属する家族や親族、企業で、というのが保守主義に基づく福祉政策の根本である。この思想のもとに行われる福祉政策では、家族や親族、企業らのコミュニティに一次負担を求め、それに頼れぬものに福祉政策に基づく給付が与えらえれる。かつての日本やイタリアがそのような価値観だった。
経済がうまく回っている時ならば多少なりとも機能するが、経済が回らなくなると国家存亡レベルの危機を迎えるという特徴がある。
福祉を求める人々が増える不況下において、家族や親族らは、自身らも経済的苦境にあるにもかかわらず支援を求められ、企業は苦境下にあるにも関わらず雇用を維持せねばならない──これは家族や親族、企業などの原始的なコミュニティーにとっての純粋な負担の増加であり、収入が減っている状況で、さらに負担を求められるという状態を意味する。
このようなものが持続可能なわけもなく、国家の経済政策の失敗に伴う負担を押し付けられた家族や親族のコミュニティは崩壊し、企業における新規雇用は絞られ、既存雇用は特権へと変質し、流動雇用は低賃金の奴隷制度へと変わる。
これはローマ帝国における帝国末期の世情とほぼ同じであり、怠惰な政治家と官僚集団による醜悪な不作為の芸術品だよ、とアデナウアー・パラヤは、破綻状態を収拾できず連邦へすがるように加盟することで国家主権を失い、自治州へと成り下がった旧国家群を鼻で笑っていた。
パラヤのことを知らぬものからすると嘲笑にもみえるが、バスクには分かっていた。
アデナウアー・パラヤは怒っていたのだ。
福祉政策には様々な種類があり、それを選択するのは国民なのだから、選べ、と政治生命を賭けられなかった政治家たちを憎んでいた、と言ってもいい。自由主義的福祉や、社会民主主義的福祉へと移行することもできる、それで未来はマシになる、と国民に語りかけ、未来を引き受けると約束する政治家が現れなかった悲劇を、この宇宙世紀に繰り返すわけにはいかぬ──とアデナウアー・パラヤは信念を持っているのだろう。
当時のバスクは、そのようなアデナウアー・パラヤの持論に懐疑的であった。
民主主義における結果責任は、大衆自身が引き受けることになる。それこそ民主主義の道理というものではないか、と生意気にも反論したことがある。
『バスク候補生。君が貧しい生まれで、苦労していることは、君の責任なのか?』
あの時の、パラヤ教官の悲しそうな声は忘れられない。そんなことはないだろう? そんなことは、許されてはいけない、と断言するパラヤ教官の言葉に、バスクは救われた。胸中にあった己と愛する母を責めてしまう、自己責任の呪縛から解き放ってもらったのである。
おらが貧乏なんも、おらが虐められるんも、おらのせいじゃねぇ……? と。
訓練といじめに追い詰められて、たびたび校舎裏の物置小屋に隠れて泣いていたバスク。
どういうわけか、いつもパラヤは目ざとくそれを見つけて、扉越しに、このようなややこしくて難しい話をよく語っていた。
隠れて散々泣きはらして落ち着いたバスクが、慰めてくれてもいいじゃないですか、と腹を立てながら扉をあけて出てくると『負けるな』とメモが張られたスポーツドリンクのボトルが置かれていたのを思い出す。
「……パラヤさんも、頑張っているのだな」
懐からパラヤからの紹介状をとりだし、目を通しながら、パラヤがエマ・シーンをどういう理由で自分の元へこさせたのかを理解した。
『──バスク君、私はエマ・シーン士官候補生のご両親には借りがある。この借りを返すべく、君にエマ・シーン士官候補生を託す。君の後を継げる優秀な将校になるよう鍛えたまえ。なお、断る権利はないはずだ。君は、私に借りがあるからね。必要な人事権はこちらで裁いてやる──追伸。大佐の階級章を制服に縫い付けたら、見せにこい』
あの人らしい尊大な手紙に、バスクは思わず笑みをこぼす。
エマ・シーン士官候補生が、どうかなさいましたか? まさか変なことが書いてあったんじゃ……と不安そうにこちらを見ている。
「いや、君のことは良く書いてあった。君の助けになれ、というご命令だ。それが何を意味しているか、分かるかね?」
エマ・シーン士官候補生は、大変なことになったぞ、と肩をこわばらせ、拳を握っている。
「それは、その……バスク大佐が、私の後援を引き受けてくださる、ということですよね?」
自身なさげに、上目遣いで確認してくるエマ・シーン士官候補生に、若さと未熟さを覚えるバスク。まずはハッタリでかまわないから、堂々とさせるところからか、とバスクは教育プランを見積もる。
「そうなる。かのゴップ閣下がクリスチーナ・マッケンジー氏を推しているのと同じだ。君は、私とアデナウアー・パラヤ氏の後押しを受け、将来の地球連邦軍統合幕僚会議の議長席を狙ってもらう。覚悟はあるかね?」
バスクはあえて、腕をくみ、圧を与える。
2m近くある、筋肉に覆われた大男に睨まれると、士官候補生程度なら簡単に怖気づいてしまうものだ。
しかし、エマ・シーン士官候補生は違った。
その可愛らしい瞳を頑張ってキッとさせながら、バスクを見返すのである。
「そのくらい、やって見せますっ! マッケンジー先輩の後追いになりそうなのが悔しいですけれど……」
ぐぬぬ、と頬を膨らますエマ・シーン。彼女とクリスチーナ・マッケンジー氏の間に何かありそうだ。彼女もマッケンジー氏も、バスクには全く縁がなかった良家の子弟が入校しがちなナイメーヘン士官学校出身であるから、何らかの形で知り合う機会もあったのだろう。
そういえば、と、バスクは先ほどエマ士官候補生にうながされて確認した人事記録に、自分と同じく殊勲戦功と評価されていたクリスチーナ・マッケンジー少佐の名があったことを振り返る。
バスクが稼ぎ出した時間が、アルファ任務部隊及び、殴り込み艦隊による特攻作戦に資したことを誇りに思うと同時に、とても頼れるライバルがいることを喜ばしく思う。
おそらくマッケンジー氏は、大佐昇任のための資格要件を満たすべく、ゴップ閣下の手で幹部高級課程に放り込まれるか、ジオン王立デギン軍事大学の博士課程へと留学させられるだろう。
ゴップ閣下の息がかかっていることを考えると、敵を知り己を知らば百戦危うからずを地でいくであろうから、ジオンへの留学コースで確定、か。
となると、連邦軍の最年少大佐昇任記録をバスクが保持できるのは、2年もないだろう。
彼女は優秀だ。マッケンジー氏が1年程度で博士号を取得する可能性とて、十分あるのだから。
「あれ? 大佐、私物端末が震えてますよ?」
連邦にも人材がいるのだな、とバスクはホクホク顔になっていたため、テーブルに置いたままの通信端末のことなど注意を払っていなかった。
失礼、とバスクはエマに述べて、私物の通信端末をとる。
──ジャミトフ・ハイマン閣下?
兵站畑と軍政畑を突き進んだあの方が、一介の武官に過ぎぬ己に何用だろうか? と、バスクは訝しみつつ、通信を開いた。
おわ、おわったぁ……次回から、シン/機動戦士Zガンダムやりまぁす。
※古典に通じているガノタの方へ。
B-CLUB87号~127号まで井上幸一様が連載していた『宇宙世紀小monoグラフ』について、何処かにまとまっていると訊きました。まとまっている文献をご存じの方、教えてくださいお願いします……。