シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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その威力、神の接吻

『ペルソナ3』より。


シン/機動戦士Zガンダム
第六二話 0084 政治の季節Re.1


 

 覆面をかぶせられてエレカに乗せられた一人の男が、暗いジャブローの迷路を護送されている。

 目的地は、一年戦争時代に損害を受けたまま放置されていたオフィスビル。

 かろうじて電気が生きているそのビルの前で、エレカが停車する。

 

 MP、の腕章を付けた兵士たちが、男の覆面をとることなく、彼を連れてビルの中へと入っていく。

 とある一室に連行された彼は、床に固定された椅子に着座させられ、厳重に手錠と足かせで連結される。

 

「もう、それはいい」

 

 部屋の主の声。

 MPの腕章を付けた兵が、男の覆面を乱雑に取り払う。

 よく見知ったる男の姿を、部屋の主たるゴップがにらむ。

 

「──ゴップ閣下」

 

 男が、頭を下げる。両手を縛られた彼なりの、礼節であろう。

 薄暗い照明の下、壁に背を預けて立つゴップの表情はみえない。

 

「ご苦労。退出しろ」とゴップが兵たちに告げる。

 

 何かあれば、ボタンを押してください、とMPらはゴップに口うるさく注意をして、退出していった。

 

「リュウ、好きにしゃべっていいわ。手は回してある」

 

 ゴップがつまらなそうに告げる。

 

「……何から何まで、すまない」

 

 その一言を受けたゴップは、そうね、と一言だけ答えて、リュウの傍による。

 そして、強烈な張り手を一発、リュウの顔に叩きもむ。

 リュウの唇が切れ、血が飛ぶ。

 

「今のは、挨拶。さて、申し訳ないけれど、リュウ・ホセイの出番は終わりね。あなたは連邦軍の組織秩序を脅かすほどに好き放題やらかしたわ」

 

 リュウには自覚がある。

 罪を散々重ねた。

 どれほど罪を重ねようとも、あらゆる手段を使って、サララを生存させる。

 その目的は叶い、いまこうやって彼女と対面できているのだから、悔いはなかった。

 

「君が生きているだけで、俺は満足だよ」

 

 さらに、平手打ちが飛ぶ。

 血の飛沫が、床を汚す。

 

「……今のは、サララとしての一発」

「効いたよ。強烈だ」

「そう。じゃ、本題に入るわ」

 

 リュウ・ホセイには死んでもらう、と断言するゴップ。

 すでに秘密査問会に付され、さらに非公開の秘密軍法会議によって死刑を宣告されている。

 もちろん、裁判官たる将官はゴップ。

 弁護役から検察役まで、裁判を構成する人員はすべてゴップの息のかかったものたち。

 起訴事実に基づき、弁護役は防御を行い、検察役は罪状に資する証拠をすべて提示。判決に至るまでのすべての供述、承認、証拠はすべて記録に残され、死刑判決が下った。

 この記録が開示されるのは関係者が軍を去る40年後。

 そこでようやく機密解除になるよう、仕組まれている。

 

「死刑執行日は今日。いまここで、リュウ・ホセイは死に、遺体は正式に検視手続きに回されるわ。まったく、あんたのせいで、あたしの手駒をすべて再編することになったわ」

 

 扉が開き、リュウがよく知っているムラサメ研究所の研究員たちが部屋へと入ってくる。

 次々と運び込まれてくる医療機器。

 部屋に満ちる薬品の匂いに、リュウはムラサメ研究所の実験室を思いだす。

 

「──閣下、始めても?」と義体移植の専門家たるビショップ博士。

「やれ」

 

 ゴップが退出する。

 扉が縛り、手術台へと移されるリュウ。

 頭髪をすべて剃られ、頭皮にマーカーが刻印される。

 

「じゃ、おやすみ。また今度焼肉でも食べに行こう」

 

 ビショップ博士が、リュウの口と鼻を覆うガス吸入器を当てた。

 

 

 

 宇宙世紀0084年2月中旬、地球連邦軍では大きな人事異動があった。

 連邦軍統合幕僚会議議長たるゴップ大将が、議長席をレビルへと譲ったのである。

 宇宙怪獣による損害を抑えられなかった責任を問う世論に応えるサンドバックが必要だろう、とゴップ自身がその役割を引き受けたのだ。

 一年戦争の英雄にして、最前線で特攻作戦まで指導したゴップが責任をとる、という事態になるとは地球連邦市民も想定しておらず、振り上げたこぶしをどう振り下ろしていいのか分からぬままに、世論は困惑による鎮静化へと向かう。

 

 とはいえ、ゴップ大将は退役したわけではない。

 彼は次の手を打っていた。軍の主導権は渡すが、院政を引く準備をしていたのである。

 

 ゴップが統合幕僚会議議長退任の式典に参加し、適当な挨拶を済ませたのちにむかったのは、地球連邦政府首都たるダカールである。

 

 ダカールは古代よりアフリカ西部の重要拠点として発展してきたが、宇宙世紀、そして一年戦争を経て、より一層重要なものになりつつあった。

 それは、地球連邦の地球戦線におけるアフリカ戦線の橋頭保機能を有している点にある。

 一年戦争はどちらかの圧勝に終わったわけではない。地球圏では北米とアフリカ東部、南部をジオンの支配下に編入されたままなのである。

 ジオンとの政治交渉があるにせよ、建前として、地球連邦政府の首脳たちは地球圏及びスペースコロニー圏の統一政体であることを掲げているので、ジオンに屈さず、のポーズを示すべく、最前線に極めて近いダカールを首都と定めている。

 

 最前線ゆえに、常に入念な開発が行われているダカールを象徴するがごとく、工事中の区画が目立つダカール国際空港。民間機の離着陸を許す空港でありながら、空港のいたるところに配置された防空システム群とMSの姿から、そこが実質、軍の施設であることを示している。

 滑走路に降り立ったディッシュ連絡機から、副官の大尉と、スーツスタイルの秘書らしき女性に先導されたゴップがタラップを降りる。

 地球連邦政府首相府の閣僚らは、リムジンで滑走路に乗り付けると、わざわざ車外に出て、ゴップを拍手で出迎える。

 事前に政府主導でリークされていたわずかな報道機関が、スクープ、という形でゴップの首相府首席安全保障担当補佐官就任を配信する。

 

 そして、用意されていた長大なリムジンの後部座席にゴップが乗り込む。

 続いて秘書の女性が滑り込み、副官の大尉が周辺を確認しつつ、自らも乗り込み、ドアを閉める。

 

「長旅、お疲れさまでした。ゴップ閣下」

 

 運転席と客室を隔てる窓が下りる。

 運転席にてハンドルを握るのは、ゼロ中尉であった。

 

「うむ。ご苦労。アン少尉は元気かね?」

「はっ。閣下のおかげで、訓練に励めているようです」

「SAC(Special Activities Center 特別行動局)に所属できることを喜べ、と伝えたまえ。私が存分に使ってやる」

「ははっ、こりゃ大変だ」

 

 電動音ともに、隔離窓が再度上昇し、客席と運転席が隔てられた。

 同時に、車両にわずかな慣性。

 車列は首相府に向けて前進中である。

 対面には副官の大尉が座り、隣には秘書官のイングリッドが座る。

 

「──大尉、新しい体の調子はどうかね?」

「馴染むまであとひと月ほどかと。従前どおりMSを使えるようになるには、さらにひと月ほどいただきたく」

 

 今後のこともある。無理はさせられないが、早くなじんでもらわねば困るな、とゴップ。

 

「貴様にはやってもらわねばならんことが山ほどある。休めると思うなよ」

「はっ」

 

 大尉が制服に縫い付けている名札には、アラン・スミシーと書かれている。これほど露骨なネーミングだとかえって印象に残るらしく、出会う人々にことごとく『本名ですか?』と大尉に訊ねるものも多い。

 さて、どんな言い訳を大尉がするかな? と楽しむのも、ゴップの息抜きである。

 

「イングリッド。今日中に対処すべき事案を」

「はい、お父様」

 

 イングリッド・ゴップ嬢が、ゴップが手にしている情報端末に目を通すべきすべきドキュメントを整理して渡す。首相とのミーティングに備えての各級機密資料のみならず、必要があれば首席安全保障担当補佐官として、軍や情報機関に準備命令を出す権限も与えられているため、決裁をすべき事案も多いのである。

 

「ふむ、これなら間に合いそうだ。イングリッド、予定を少々早められるかね?」

「はい、お父様。皆さま、喜ばれると思いますわ」

 

 イングリッドはゴップの行動予定表を調整する。

 首相府訪問後に、未定、となっていた、とある式典に出席と記入する。

 

 

 

 首相府は低層ビルとして設計されている。連邦市民を見下ろすような高層ビルはふさわしくない、という広報戦略上の理由ではない。工学的に、高層ビルは安全保障上のリスクが大きいからである。

 上空から見下ろせばわかるが、ダカールに設置されている首相府は、砂漠の緑化、という名目で周辺に整備されている広大なバイオサイエンスの結晶たる自然公園に周囲を囲まれている。

 さながら緑の包囲網であるが、これは必要に応じて垂直離着陸機や、ヘリ、MS部隊や防空戦闘部隊が展開可能なように余剰交戦想定地域として設計されているものである。

 

 さて、リムジンタイプの車列が首相府のエントランス前のロータリーに続々と駐車し、閣僚たちが秘書や事務官などを引き連れて、ぞろぞろと首相府のエントランスに吸い込まれていく。

 

 ゴップもまた、閣僚らに合流すべく、車両を降りる。

 降車したゴップに続き、副官の大尉と秘書が随行する。

 

「ゼロ君、次のピックアップは地下で御願いね」とイングリッドが声をかけている。

「了解」と、ゼロのリムジンが走り去る。

 

 

 

 ゴップらは首相府のエントランスに集合し、マスコミ向けの写真撮影を済ませる。

 地球連邦政府の閣僚級人事刷新に伴う、古式ゆかしき儀式である。

 写真撮影が終わると、閣僚に対するぶら下がり会見である。

 

 ゴップの周りにもメディアの記者たちが集まり、マイクとカメラを向ける。

 この際、メディアは自由に質問できるわけではない。事前に参加するメディアは幹事会社を決めて、質問をまとめて幹事に渡すのである。ゆえに、質問するのは幹事会社の記者、ということになる。

 

「リベルラーラ通信のモーリン・キタムラです。ゴップ首席安全保障担当補佐官に伺います。有害鳥獣、いえ、地球外生命体の存在を受けて、今後の地球連邦の安全保障政策に抜本的な変更はあるのでしょうか? お答えください」

 

 少し声が上ずっているモーリン・キタムラ記者の様子をみるに、あきらかに新人であることが伺われた。おそらく、先輩やほかの記者たちに鍛えられているのだろう。この場で幹事記者として質問させられているのもまた、修行の一環、といったところか。

 

「先に結論を。地球連邦政府としては、ますます軍縮を強く推進していきます。ジオン公国との年次軍縮会議のペースとは別に、連邦政府独自の軍縮計画を実行することになるでしょう」

 

 ゴップの回答を受けて、モーリン記者がさらに質疑を重ねる。

 

「軍縮の推進によって、地球外生命体対策が疎かになったり、地球連邦政府の統治下における紛争事態に対処できない可能性などが考えられますが、その点はどうお考えですか?」

「──それは二つの質問をしていますね。まず、地球外生命体対策ですが、今回の戦訓を踏まえ、対策組織たるティターンズを設立して備えます。詳細は報道向け資料を参照するとともに、ティターンズ司令、ジャミトフ中将にお尋ねください」

 

 ゴップは、一息ついてから、二つ目の質問に答える。

 

「次に、紛争対策の件です。これは因果が逆転していると考えます、強力な軍事力による抑止戦略ではなく、政治部門による政策にて様々な社会基盤再建のための支援政策を実施するとともに、復興地域に関する減税政策と財政投融資を組み合わせることで、闘争を選択するコストよりも、平和を選択するベネフィットが多い社会を作ることで、抑止していくべきである、と考えます」

 

 これも、詳細については報道向け資料を参照するように、とゴップが促すと、イングリッド秘書官が「資料データはあちらのコードを読み取ってください」とメディアに呼びかける。

 

「ご回答ありがとうございます。最後に、一点。木星、火星など、地球圏ではなく、太陽系開発について、地球連邦軍をそれらの地域に駐留させる予定はありますか?」

 

 面白い質問だな、とゴップは思うが、付き合っていられる時間はそれほどない。

 本来であれば、軍縮を受けて民間の報道機関に再就職したであろうモーリン・キタムラ元伍長に対して多少の埋め合わせ回答くらいはしてやりたいが、物事には優先順位というものもある。

 

「その件は、情報関連官庁からの報告を精査してからになります。状況があるのなら、ためらわず派遣、駐留の選択肢をとるでしょう」

 

 はい、ここまでです。と警備員たちが記者とゴップらの間に入り、群れを切り離す。

 ゴップはその足で首相府1階にある首相執務室へと向かう。

 歴代の首相や大臣らの顔写真や肖像画が飾られた廊下を進み、スーツを着用したSPらが厳重に警備しているゲートへと至る。

 

「ゴップ首席安全保障担当補佐官、首相がお待ちです」

 

 規定通りにゴップがゲートをくぐる。

 続いて、副官の大尉とイングリッド秘書官であるが、二人は武装しているため、それをSPに預ける。SPらは両者が携行しているのは拳銃くらいだろうと思いきや、イングリッドが内ももにナイフを仕込んでいたり、副官の大尉が携行していたアタッシェケースからサブマシンガンが出てきたりと、SPらを困惑させた。

 そして、二人がゲートをくぐる。

 副官の大尉は問題なかったが、イングリッドだけが引っかかる。

 

「あら、失礼」とイングリッドは、豊かな胸元に隠していた小型の暗器を提出する。

 

 ようやくゲートを通過した三人を見送ったSPらは、預かった装備を見て、護衛も兼ねているということか、と結論づけた。

 

 

 

「会えるのを楽しみにしていました、ゴップさん」

 

 首相執務室の金属製のドアが開く。

 そこにはスーツを着た女性と、秘書官の男性による出迎え。

 沈黙を破る第一声は首相による歓待の言葉であった。

 

「こちらこそ、首相閣下」

 

 ゴップと首相が握手を交わすと、儀礼もそこそこに、ゴップら三人は立派な執務机の前にある、円卓へと案内された。

 この円卓こそが、首相府における様々な討議と決断を見守ってきた静物なのである。

 

 ゴップら三人は椅子に腰かける。

 歓待する胡玉河首相は、アジア系女性として初めて連邦首相に就任した人物であると同時に、南洋宗の強力な後押しを受けている政治家でもある。彼女自身も厚く南洋宗を信仰していることを公言しているため、アジア太平洋地域では岩盤地盤をもち、中東付近の連邦市民からの支持は薄い、という状況にある。

 

「胡首相閣下、この度は──」と挨拶をしようとするゴップを、首相が制する。

「ゴップさん、仕事の話をさせてもらいますね。我々の一分一秒はすべて連邦市民の負託にこたえるべく活動するよう求められています。そうでしょう?」

「確かに」

「ゴップさん、この件についてどう対処すべきか、ご教示くださると助かるのですけど」

 

 首相が提示してきたのは、イングリッドより事前にレクチャーされていた件であった。

 ギレン・ザビ暗殺計画──ジオン公国内にいまだくすぶる反ザビ家問題に関して、近々、ギレン・ザビを標的としたクーデター騒ぎが起きるのではないか、というEFCIA(連邦中央情報局)からの警告であった。

 

「……報告を上げてきているEFCIAが自分で火をつけている、ということはないですね?」とゴップ。

 

 地球連邦政府中央情報局は、ゴップと相性が良くない。

 一年戦争時、ゴップが連邦軍安全保障局、偵察局、軍事情報局などの軍隷下諜報機関を運用して捕虜となったレビル将軍を救出した。

 だが、これが政府側情報機関であるEFCIAにとっては自らが主導すべき作戦をゴップにかすめ取られた形になり、しばらくの間政府予算が削られていたという組織的恨みのようなものが無いわけではないのだ。

 

「不幸なすれ違いがあったようなので、EFCIAの幹部職員は入れ替えておきました。ゴップさん好みの現場上がりが中枢についているので、政治の色気は出さないはずです」

 

 胡首相はそういうが、とゴップ。首相は信じますが、組織というやつは謎の意思を持つのよねぇ、と連邦軍が一枚岩ではないように、EFCIAとて一枚岩ではなかろう、と判断する。

 

「まぁ、構いません。首相閣下が、私に首席安保の地位を用意してくださったことを存分に使わせていただきます」

 

 首席安全保障担当補佐官の権限は、その長い肩書相応に広く、深い。

 最高機密指定情報を提出するよう命じることができる相手は、EFCIA長官、国防長官、地球連邦軍統合幕僚会議、司法長官、国務長官、財務長官ら、連邦政府および軍、情報機関、主要行政機関すべてに報告を求めることができる巨大な権限を有する。

 

 さらに、首相の委任さえあれば、これらの関連省庁すべてを巻き込む安全保障にかかわる戦略の立案と実施まで命じることができるのである。

 

 つまり、ゴップが必要だと考え、首相さえ説得できれば、ゴップは再びジオン相手に開戦することすら可能なのである。

 

「お願いしますね、ゴップさん。レクはいつになります?」

「明日の大統領日報でご確認できるかと」

 

 うげっ、という表情を浮かべる副官の大尉。ゴップは脳量子通信にて、仕事をすべて彼に押し付けておいたのである。

 

「さすがゴップ閣下。もしや、事前に情報を?」

「つい先日まで軍の情報機関を好きに使っていた立場ですからな」

「たしかに。あら、時間ですね」

 

 ゴップと首相は握手を交わす。そのわずかな間に、副官の大尉とイングリッド秘書官は首相の事務方と必要な情報やドキュメントのやり取りを済ませる。

 どの官庁や機関に務めようとも、官僚たちには『ロジを詰めろ』という言い習わしがある。

 これは、事前に準備できるものは全部準備し、政治家たちが不用意な言動や行動を出さぬようヒト、モノ、カネ、ジカンを詰め込んでおくことを指す。ロジ詰めが甘いと、大臣は珍答弁をしたり、妙な時間に得体のしれぬ人物と出会ってスキャンダル騒ぎになりやすい。

 

 会談に費やされた時間は30分程度であったが、これも副官の大尉とイングリッド、そして官邸側の事務官らによる長い調整の結果、生み出された30分なのである。

 ついで、首相執務室のドアを通ってきたのは、財務長官とそのスタッフ、そしてジャミトフ中将他ティターンズの軍人たちであった。

 もちろん、このすれ違いもまた、副官の大尉とイングリッドのロジ詰めによって実現していることである。

 

「やぁ、ジャミトフ君。おや、バスク君も」

 

 ゴップが二人に軽く挨拶をすると、ジャミトフとバスクは、背筋を伸ばして敬礼する。

 本来であれば首相に対して先んじて敬礼すべきである、というのが儀典要領なのだが、ゴップが議会名誉勲章を佩用しているため、すべてに先んじて敬礼を受けることになるのである。

 なぜなら、議会名誉勲章は連邦議会、すなわち立法府が与えた勲章であるからだ。民主主義と法の支配という二大権威を奉戴する連邦議会から与えられる最高勲章は、行政府の長である首相の権威よりも重いのである。

 

「ティターンズの件は、あまり先走らないように。私は大いに期待しているが、凡人の嫉妬というものは案外侮れないものだぞ」

 

 ゴップが軽い口調で声をかけている傍らで、イングリッドと副官の大尉が、隊付実習のエマ・シーン見習士官にゴップとの連絡窓口、こちらから渡せる情報の射程、こちらが要求する情報についてのリストなどを、素早く渡す。

 

「え、あっ……」と、慌てて端末で受信処理をするエマ見習士官。

「エマ見習士官、閣下への敬礼はどうした?」とバスクが諭す。

「あ、え、申し訳ございませんっ!」

 

 てんやわんやのエマ見習士官が、固く縮こまった情けない敬礼をする。

 すかさず、バスクがエマを叱責する。

 

「堂々とせんか。実戦の場は、閣下なんぞよりずっと恐ろしいぞ。猛火の中、涼しい顔で兵を率いるのが、貴様のあるべき姿だ。貴様の姿を、兵たちはいつも見ているのだぞ」

 

 バスクの厳しい叱責に、しゅんとなるエマ見習士官。

 だが、決して自信を喪失したわけではなさそうである。

 

「まぁまぁ、バスク君。首相や将官に大臣。若いエマ君には少々酷な場ではないかね?」と、ゴップは助け船を出す。

 

「はっ! 失礼したしましたっ!」とバスクが頭を下げる。

 

 君にも、私は大いに期待しているからね、とゴップが頭を下げたバスクの肩をポン、と叩くと、バスクが感極まったようにうつむく。

 

「あら、大佐だって威儀を保ててませんよぉ?」

 

 つんつん、と肘でバスクを小突くエマ見習士官。

 なんだとっ! 閣下にお褒め頂いて感動しない兵などおらんわっ! とでかい声を出すバスクに、ジャミトフが苦笑する。

 

「閣下、そこまでに。我々も首相と仕事があるのです」とジャミトフ。

「おお、すまんな」

 

 はっはっは、と笑うゴップ。

 このくだらない雑談の間、首相と財務長官はただ待たされている形になる。

 これこそ、イングリッドと副官の大尉が狙ったことである。

 ゴップを閣僚に加えた、つまり部下にした、という認識を持ってもらっては困るのだ。

 地球連邦軍の軍人たちは、誰に敬意を払うのか。

 軍のエリートたちは、どれだけゴップと親しいのか。

 ゴップはどれだけ軍の人心を掌握しているのか。

 それを、首相に分からせるタイミングが必要だと、イングリッドと副官の大尉が画策した結果がこれである。

 

 地球連邦軍という巨大暴力装置が、なぜ暴発して軍部独裁へと至らないのか。

 その重石は誰なのか。

 首相には冷静に、判断してもらう機会が必要なのである。

 

 

 

 地下駐車場にて、ゼロ中尉が運転するリムジンに乗り込んだゴップら三人は、予定していた式場へと向かう。

 メディアに気付かれぬルートを通り、車が地表へと至る。

 セキュリティゲートをいくつか潜り抜けて道なりに進むと、自然公園の湖畔へと至る。

 

 ゴップは窓の向こうに広がる、青々とした湖をじっとみている。

 白鳥の群れが水面に降り立って、なにかをついばんでいた。

 

「つかの間の平和とやらを支える仕事は、面倒しかないわね」

 

 ゴップは大尉のほうをみる。

 大尉がさっと、リムジンについているドリンクバーからホットコーヒーを抽出し、ゴップに手わたす。

 

「……いい景色ね」とゴップ。

「なぁ、今度の休日、ここを歩かないか? ボートなんかものってさ」

 

 大尉の誘いに、ゴップは目を閉じて、深呼吸をする。

 

「イングリッド、次の休日はいつ?」

「ええっと、2か月ほど先になりそうです」

「は? ちょっとあんた、ちゃんとロジ詰めてから提案しなさいよ?」

 

 げしっ、とゴップの足が、対面の大尉の脛を蹴りとばす。

 ぐぬぬ、とうずくまりながらも、大尉は言葉を続ける。

 

「いやいやいや、あのさ、今週末、みたいな立場じゃないだろ、俺たちは」

「何生意気な口調になってんのよ。あたし、あの件、べつに許したつもりないんだから」

 

 大尉が頭を抱える。

 いったいどうすりゃ許してもらえるんだ? と大尉は訊ねるが、知らないわよ、と一蹴されている。

 二人の間にあるくだらないわだかまりについては犬も食わない、と思っているイングリッドは、退屈そうに二人のやり取りを聞き流す。

 そもそも、女に弱みを握られたら男は一生どうしようもなくなるものだ。男女が紡いだ歴史とやらがそう告げている。こうなると、男は未来永劫、女が思うタイミングで「あの時だって」や「あの時、傷ついたんだから……」という伝家の宝刀で薙ぎ払われて沈黙せざるを得なくなるだろう。

 

「……そういえば、新しい義体、出来たのか?」

「何よ? 話題変更攻撃? 残念ね、それはあたしには通じませーん」

「いや、ほら、デートするときにさ、ゴップの体のままだとどう考えてもまずいだろ?」

「……今は宇宙世紀よ? おっさんがメンズとデートしてても、誰も何も言わないわ」

 

 話題変更攻撃直撃ィッ! とイングリッドは脳内で実況中継を始める。

 アラン大尉の得意戦術、話題変更が決まったぁ! さて、ゴップこと、サララ選手はどうでるか!? 

 

「おかしいだろ。俺が君を抱き寄せてキスしたとする。そしたら、翌朝には副官とゴップが出来てるって記事になるんだぞ」

「キス、してくれるの?」

 

 おおっと、これは強烈だぁっ! サララ選手得意のカウンター技、乙女の純情がでたぁ。

 おっさんのなりで、うるんだ瞳で大尉を見つめながら、生娘のような振舞ッ! 

 いやぁ、これは脳が壊れますねぇ。

 解説のゼロ中尉、この勝負の流れはどうなると思いますか? などと、運転席のラジオにイングリッドが自身の実況を流すと、客室と運転席を隔てる窓がウィ~ン、と開いた。

 

「アラン大尉、その人の後でいいから、僕ともデートして欲しいな」

 

 おぉっと、ここで強力なイケメンが乱入だぁっ! 

 世界中のBLドージンシをアーカイブした私への、神からの恩寵でしょうか? 

 すばらしいですねぇっ! いまのアラン大尉の顔は、あきらかにサララ好み。さながら織部好みに仕立てられた織部焼の如く、完全にサララの趣味全開でデザインされた、彼女専用色男っ。

 つまり、私好みでもあるわけだぁ。

 ゼロ君のすこし繊細さと影があるイケメン具合と、サララ好みの色男……これは、いい作品が仕上がりそうですねぇ。宇宙世紀コミケは安泰でしょう。いやぁ、乱世乱世。

 

「……イングリッド、声が出てるわよ?」

「え?」

 

 沈黙が、場を支配する。

 うぃ~ん、とウィンドウが上がり、客席と運転席が隔てられた。

 

 黙り込んだ4人が乗ったリムジン型エレカは、予定時刻より早く会場へと到着する。

 駐車場は満車だったが、新郎新婦らに特別招待されているゴップが招待状を係員に渡すと、丁重にVIP用の駐車場へと案内された。

 

『テメェら、飲んでるかぁぁ!?』

『ウェェェェイッ!』

『フォォォッ!』

 

 ヤザンの荒々しい声と、ダンケルとラムサスの合いの手が青空へと響いている。

 この結婚式のゲスト待機場はガーデンパーティになっているようだ。そのような状況なら、ゴップらがふらりと入っても、誰も緊張はすまいな、と、ゴップらはガーデンパーティの場へと向かう。

 

 よく整えられた芝生に、白い立食テーブルがいくつも並ぶ。

 正装として肩の階級章がモールに彩られている連邦軍人たちが、踊れや歌えの大騒ぎである。

 受付席兼友人席には、シン大尉とシャニーナ少尉が仲良く座っていた。

 

「あ、閣下!」と二人が敬礼しようとうるが、今日はオフだ、と制するゴップ。

 

 会場の面々も、ゴップの登場を驚いているが、副官の大尉がオフとしてふるまうように。これは命令だ、と宣言すると、じゃあいいかと、すぐにどんちゃん騒ぎに戻る。

 

「いやぁ、わざわざお越しいただきありがとうございます」とシン大尉。

「イオ大尉から受付を押し付けられたのかね?」とゴップ。

「ええ。ビアンカたちとお祝いのセッションも担当するんで、奮発してサックス買いましたよ」

 

 そう答えるシン大尉は、どこか浮ついていた。

 それに目ざとく気付いたらしいアラン大尉が、シャニーナに問う。

 

「シャニーナ少尉、君もなんだが幸せそうだが?」

 

 えへへぇ、とにんまりと表情を崩すシャニーナ少尉。

 鼻先をぽりぽりとかきながら、こう答えた。

 

「イオさんたちには、ちょっと先を越されちゃいました」と。

 

 シャニーナ少尉が顔を真っ赤にして、やだもぉ、えへへ、えへへ、と、なぜかポコポコとシン大尉に拳をぶつける。

 

「はっはっは。君たちの式にもぜひ出席させてもらうよ」

 

 ゴップは心からそう思いながら、イオ・フレミング、クローディア・ペール、コーネリアス・カカ合同パートナー宣誓式の参加者リストにサインをし、祝儀を送る。

 

「……閣下、わたしたちの式も、絶対きてくださいね?」とシャニーナ。

 

 すがるような彼女の手を取り、ああ、絶対に来るよ、と約束するゴップ。

 副官の大尉が涙をこらえきれず、おいおいと泣いている。

 イングリッドが、すみません、この人ちょっと涙もろい人で、とシャニーナらに告げる。

 

「すまないな、初対面なのに。その……君たちが、幸せになれると訊いたら……涙が止まらなくて……」

 

 おいおいと泣きはらす大尉に、礼装姿の端正なゼロ中尉が、ハンカチを差し出す。

 ハンカチを受けとり、涙をぬぐう大尉の瞼は、赤く腫れていた。

 

「泣かないで、大尉。僕が傍にいるからさ」

「ゼロ……」

 

 二人の視線が、交錯する。

 ぎゅっと、ゼロ中尉がアラン大尉を抱きしめるのをみて、はうっ、とシャニーナとイングリッドと、ゴップが心臓のあたりを抑える。

 この三人は互いに知らないが、その手の界隈では高名なセンセイでもあり、多くの読者を抱える活動家なのである。

 

 宇宙世紀0084年2月、宇宙はつかの間の平和を保っていた。

 

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