シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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私が何かワイルドなことをするのを誰もが期待している。でも私は、自分がやりたいことを、やりたい時にしかやらない

――レディ・ガガ『Billboard』2015年10月15日


第六八話 0084 バスクとエマ

 バスク・オムは真新しい階級章を輝かせながら、忙しく飛び回っていた。

 先の対G生物戦役でレビル将軍が持ち出したまま戦場に間に合わなかったため、健在であるペガサス級強襲揚陸艦アルビオンを基幹準備艦艇として預かったバスク。アルビオンを使ってどこへでも飛んでいき必要なことをしろ、というジャミトフ閣下からの暗黙の命令である。

 いま、アルビオンはルナツーに向かうべく、ふわふわと地球の空を浮かんでいた。

 そのまま浮き続けて宇宙に飛び出すという、気球もびっくりな航法で地球の重力を脱することができる恐るべき艦艇が、ペガサス級なのである。

 

 さて、その艦橋にてオブザーバー席に尻を預けながら、様々なモニターを増設したアームに保持させて、数値やらシミュレーション結果などを凝視していた。

 

「(課題を整理してみんまい……うーむ、こりゃ大仕事だぁ)」

 

 ティターンズ、なる対地球外生命体対策部隊を作るという仕事は、バスクが想像していた以上にスケールが大きい話で合った。

 ジャミトフ閣下から話を振られたときは、新設の小規模艦隊でも作って終わりだろう、などという認識だったのだが、それが大きく誤った認識であったことをバスクは恥じている。適当に貰った予算と権限でエイヤ、でカタチを作れるようなものではなかった。

 

 まず、資金源からして違う。

 ジャミトフ閣下があちらこちらで温めている金融公社系(国債公社等)及び、ジオン系の息がかかった月面企業団を取りまとめるアナハイム社、加えて地球連邦『政府』による三方向からの資金提供を受けて装備・資材を揃えることになるなど想定していなかった。

 正面装備予算、という意味では地球連邦軍をはるかに上回る好待遇である。爪の先に火をともすようにけちけちとジムを使い続ける連邦軍とは違い、三方出資による地球外生命体に抗しうる正面装備を一から造ることが求められている。

 

 この装備開発というのは、バスクをもってしても難易度が高い案件である。

 通常の安全保障の考え方であるならば、仮想敵を設定して、それに応じた装備を調達していくことになる。しかし、今回の仮想敵は地球外生命体──サンプル名、G細胞生物などという圧倒的物量をもってこちらを圧殺しかねない連中であった。

 

 圧倒的物量に対処するだけの能力を要求されるティターンズの基本戦略から、実務運用上の戦闘ドクトリンの開発まで、すべてがバスク・オム大佐の双肩にのしかかる。

 

 いま、バスクの思考の中で、G生物のような圧倒的物量の投入に対抗する手段はいくつかに絞られていたが、二つの有力候補があった。

 一つは、高機動かつ高火力を発揮できるMSを運用し、G生物を一気呵成に殲滅することを目指すシナリオ。

 二つに、有人機では不可能な戦闘機動を発揮するAIを活用した、無人機の集団運用システムと艦艇、有人機のネットワーク連携である。

 

 そもそも、MSの登場はミノフスキー粒子の登場による戦場の霧が電子機器レベルにまで影響を与え、戦争の形態が19世紀に戻ってしまったことに起因する。

 地球連邦軍の艦艇と戦闘機、偵察機群が高度に同期されて火力発揮を行う制圧的火器管制連携ネットワークたるファランクスドクトリンが通用しなくなったことが、MSというロマン兵器を主力兵器へと変貌させた主な要因である。

 

 ミノフスキー粒子はバラまくとあれこれを妨害する魔法の粉的な運用をされがちであるし、人類同士の愚かな戦いにおいては、それは有効に機能するのが前大戦の戦訓である。

 

 しかしながら、人類は愚かではあるが適応力はあるので、ミノフスキー粒子に対する措置がMSや艦艇の設計レベルで導入されつつある現在、そもそもMSも艦艇も有人である必要性が今後低くなるのではないか、とバスクは考える。

 

 スタンドアローンで運用可能な戦闘プロトコルを叩き込んだ無人MSを、有人機からの光通信で制御する、ということは、そもそも光通信技術自体が20世紀には実装されていた枯れ果てた技術である以上、導入コストもそうかからないはず、と試算してみる。

 

「(……いける、か)」

 

 バスクは地球上の駐屯地のあちこちで雨ざらしに放置されているRGM79の姿を思い浮かべる。あれに手を加えて無人機化してしまうのが手っ取り早い、と。

 仮想敵たるG生物が物量戦を仕掛けてくるとしても、こちらも物量+AI固有の人を超える反応と認知、判断の速度+生身の人間が乗っていないことによる無茶なマニューバをもって対抗しうる──かもしれない、と。

 

 仮のパラメータを組んで、戦闘検証シミュレータを立ち上げて実行。

 プロンプトを打ち終わった彼は、試行中、と表示されているモニターから視線を外し、ふう、と一息ついた。

 

「大佐、お疲れ様です」

 

 エマ・シーン少尉候補生がコーヒーパックを差し出してくれた。

 士官学校の課程を終え、部隊勤務で現役士官たちからあれこれと指導されている時期なのである。

 これを終えれば晴れて少尉任官。一人の士官として責任をもって職責を果たさなければならなくなる。言い換えると、今は先輩諸君におんぶにだっこ、ということになる。

 

「うむ。候補生、研修はどうだったかね?」

 

 少尉候補生としてMS運用艦艇に乗り込むことは、様々な部署を体験できることを意味する。MSの操縦や整備~艦艇の甲板部や航海、砲雷、電探など上げればきりがないほどに、MS運用艦艇は専門部署が多数存在する。

 エマ少尉候補生は、艦内のあちこちに顔を出しては、諸先輩とこわもて下士官に『かわいがり』を受けていた。

 

「んもぉ~サイアクですよぉ。どの部署もマニュアル読み込んでから行かないと、何しに来たんだバカ野郎っ! って罵声飛んでくるし」

 

 当然だな、とバスクは鼻で笑う。

 士官学校を終えたばかりの少尉候補生と、現役の少尉の間にある差は明確だ。

 知識すらもちょっと怪しいのが少尉候補生であり、自分の職分に関してはすべて諳んじているのが少尉である。

 地球連邦軍のキャリアの積み方は、学校で知識を詰め込む→実部隊をそれを確かに運用できるレベルにまで高めて維持する→再度、上級学校へ入校→また部隊に戻って略、という形を延々と繰り返すのである。

 

 実のところ、地球連邦軍は戦後の軍縮に加え、先の対G戦役の散々な損害により現役士官の質が著しく低下している。

 もしエマ少尉候補生が、適当な再編中のサラミス改級の艦艇なんぞに配属されていた場合、これほど苦労したりはしないだろう。

 むしろ、エマ少尉候補生のほうが使えるレベルにあるかもしれないほどに、組織の現場は疲弊しきっている。

 

 それに、本来であれば少尉候補生時代は一部門の研修を受ければ十分なのである。

 エマ少尉候補生の場合、例えばMS隊に所属させてシミュレータや実機訓練で先輩たちに可愛がってもらえばそれでよし、なのである。

 

 だが、バスクはエマを本気で鍛えるつもりでいた。

 アデナウアーからの肝いりの推薦なのだから、そのような安直な教育環境に放り込むわけにもいかず、バスクは自らの座乗艦に同行させることにした。

 私的利用過ぎるか、とも思わないでもないが、恩をあだで返すわけにもいかないバスクは、部下たちに「こいつのエリート意識をへし折ってやるように」と要請していた。

 MS隊のみならず、あらゆる部署を体験させ、自分がいかに何もわかってないかを自覚させて、努力を促す。

 これがバスクの教育方針であり、かつ、どうやら、バスクの言葉はちゃんと実行されているらしい。

 

「はぁ……なんだか自信なくしちゃいますよ。先輩たちみんな、ちょっと超人過ぎません?」

 

 エマ少尉候補生がそう愚痴ると、艦橋にいる士官たちからクスクスと笑いが起こる。

 んもぉー、笑わないでくださいよっ! と顔を真っ赤にして声を上げるエマを、艦橋の士官たちが「がんばれよぉ」「機関部はもっとヤバいぞぉ」などとおだてたり、脅したりと、エマをすっかりマスコットキャラとして扱っている。

 

「(──なんだかんだで、実力も大事だけれど、愛嬌ってのも上に行くのに必要だかんなぁ。エマはそれがあるべ)」とバスクはエマに、最低限は合格だな、と心の内で花丸をつけてやる。

 

 そんなことを思っていると、シミュレーションの結果が表示された。

 どれ、確認するか──と集中しようとしたとき、意外にも艦長席から声がかかり、バスクは不覚にも戸惑った。

 アルビオンを預けているカディ・キンゼー少佐は今の連邦軍では珍しい実戦経験豊富な佐官であり、何よりも艦艇運用畑をちゃんと歩んできたキャリアがある。押し出し士官(※後方から前方、あるいは前方から後方へ異動させられた、畑違い士官たちのこと)ばかりになっている連邦軍の中で、彼のような士官を確保できたのは大きいのだ。

 

 そんな彼が、顔に動揺を浮かべてバスクに「まずいことになったみたいっす」と告げるので、さすがのバスクも「マジすか?」と佐官同士にありがちなスッス語を交わしてしまう。

 

「映像、みてどうぞ」

「かしこまり」と何ともちぐはぐなやり取りをして、バスクは転送されたニュース映像をみて、座席から転げ落ちそうなほどに動揺した。

 

「はぁっ!? ジオンでクーデター?」

 

 勝手に後ろからバスクのモニタをのぞき込んでいたエマ少尉候補生が素っ頓狂な声を上げる。

 このバカっ、と盛大に艦橋内にアナウンスをしたエマの頭をはたくバスク。

 スパン、と頭を叩かれたエマ少尉候補生は「いったっ! 体罰反対っ! わたしの優秀な脳細胞が減っちゃうじゃないですかぁ~」などと涙目で抗議しているのだが、やはり勝手にバスクのモニタをのぞき込むのはやめない。

 この図々しさも愛嬌……なのだろうか。

 

「バスク大佐、いまのマジっすか?」

 

 砲雷長の少佐が艦橋スタッフを代表して訊ねてくる。

 

「本当のようだ──だが艦艇は航行中である。艦長」とバスク。

「はっ。各員、持ち場のタスクに集中しろ。後でニュースくらいみせてやるから」

 

 艦長のうながしを受けて、スタッフたちがしぶしぶ仕事に戻る。

 

「エマ候補生、こういうことになるから、口はしっかり閉じておくように」

「あら大佐、口をもって生まれたら減らず口を叩くのが人間ですの」

 

 ころころと笑うエマに、バスクはため息をつく。

 若い娘の相手は大変すぎて、おじさんには(※それほどの年齢ではないが)つらいのである。ひょんなことからハラスメントだと訴えられれば、バスクのキャリアも終わるため、面倒を見つつも踏み込みすぎないようにしなければならないような、そうでもないような……などと、ニュースフィードに全く集中できない。

 

 一方のエマは、ニュース映像をみてふむむ、などと鼻息を荒くしている。

 

「大変ですよ、大佐。サイド3とジオン系資源小惑星は皆、ジオン共和国に鞍替えするみたいです。ジオン共和国への移行を正当化するために、ちゃんと選挙をするらしいですし、案外民主主義の国になっちゃったりして」

 

 エマ少尉候補生の言葉に、艦橋の電探部門の中尉から「おーい、ジオンは元々立憲君主制の民主制国家だぞ~」とヤジが入る。「エマちゃん、CGS落ちちゃうわよ」と観測士官からも冷やかされている。基本、アルビオンの士官たちは将来のティターンズ基幹人材を担う優秀なものたちばかりである。

 

「むっき~っ! 知ってますぅ! 言葉のアヤです、アヤっ!」

 

 ふんすふんすと鼻息で空でも飛ぶんじゃないかと荒れ狂うエマ候補生をしり目に、バスクは自分がいま、何をするべきかを察する。

 

「──艦長、弾道軌道に移行して北米まで飛べるかね?」

「進路変更、ですね。ちょっと手間ですがやってみましょう」

 

 バスクの命令により、カディ艦長は航法士官に指示を飛ばすだけでなく、関連部署長たちにタスクを配布する。

 弾道軌道プロトコルへと移行した艦橋は一気に忙しくなり、先ほどのようにエマをからかって遊ぶ士官たちの姿は消え、戦闘艦艇の優秀な運用員たちの姿に成り代わっていた。

 

「うわ、ちょっとオンオフのギャップがすごくて引いちゃいますね」

「バカもん。それより、貴様の仕事をせんか」

 

 少尉候補生ということでエマは幅広くあちこちに顔を出しているが、このような第二種戦闘配置の時は、MS操縦徽章もちとしてノーマルスーツ着用の上、パイロット待機所でベンチ要員になっていなければならない。

 

「やばっ、怒られちゃうっ」

 

 艦橋から駆け足で飛び出していくエマ候補生を見送り、バスクは先ほどのシミュレータの記録に視線を戻す。

 バスクが大佐の階級をぶら下げているとはいえ、艦長はカディ・キンゼー少佐である。艦艇の運用にあれこれと口を出すのは無粋というもの。

 

 ゆえに、バスクは1人、自分の職務に集中する。

 無人機運用の可能性──もし、これが高機動かつ高火力のMSにも適用できるなら、核に依存しない戦術級兵器も実現できるのではないか? などと妄想のようなものが沸き上がる。

 例えば、0083年初頭より始まっていたTMA計画の機体、アッシマーである。

 重力下で自由飛行を行い、必要に応じて人型MAとしても運用可能な機体を目指して目下開発中のアレは、カタログスペック上、安全マージンを取ってもなお高速で飛行できる。

 

 なお、これのテストパイロットをしているというブラン大尉の意見書によれば、重力下運用は可能性しかないが、宇宙での運用は疑問が残る、とのこと。

 確かに、宇宙で可変機が役に立つ状況というのをバスクはまだ想像できなかった。

 空気抵抗があるわけでもなく、もともと宇宙で運用するMSはカタパルトで加速されて射出されているので、最初から戦闘速度に移行している。AMBACと小出しのアポジモータ―で推進剤を徹底的に節約することで戦闘時間の延長を図っているのだから……下手に変形させて、推進剤をドンと使うような機体にする意味は、まだ見えなかった。

 

 見えぬことを考えても仕方ないので、アッシマーの件にフォーカスする。

 もしこれを無人運用できれば、現在の比較ではないほどに迅速な戦力投射が可能になるだろう。なにせパイロットが乗っていないのだ。

 疲れもしなければ、ミスもしない。

 ただ機体が壊れるまで黙々と稼働できることを考えると魅力的ではある。

 いざとなれば核でも何でも積んで、宇宙で撃ち漏らした敵性生物を大気圏内で迎撃するというヤンチャ戦術とて考えられるのだ。

 

「(ブラン大尉のようなプロを養成するよりも、はるかに安い……)」とも思う。

 

 そもそも、地球連邦軍の軍縮政策上最大の問題は、人件費である。

 無人化を推進するほどにその問題は解決へと向かう。

 いつまでの総力戦体制を敷いているわけにもいかないので、すでにロジ関係や会計部門はAIとAIエンジニアによる省力化運用が常識になっている。

 艦艇とて、確か──とデータベースを叩くバスク。

 

 あった、とモニタに映るは地球連邦軍の外郭研究機関であるムラサメ研が試作した省力化艦艇の運用データである。対G戦役にて要塞級のコアに向かって突っ込んで放棄されたようだが、わずかな人数でそのような特殊作戦を遂行できると考えると、RMA(※軍事における革命)と言っても過言ではないだろう。

 

 みえた──とバスクの脳髄に光が走る。

 ティターンズの目指すべき方向は、省力運用艦艇と、無人MSによる稼働効率を最大化した運用である。仮想敵が仮にミノフスキー粒子をバラまいたとしても、スタンドアローンAIには事前にパターン学習を済ませてあるため、独立行動が可能となる。

 最悪、有人機による光通信により再統制も可能である。

 となれば、無人機についてはRGMシリーズの型落ち品を連邦軍から回収すればよく、有人機は高性能かつ生存性の高い新型を配備するのが最初の着地点となろう。

 

 決まったな、と、技術顧問としてアナハイムから出向しているフジタ博士と、サナリィから派遣されている戦闘教義開発コンサルのマツウラに連絡する文面を考えるバスク。

 

 二時間も経たず、概略ではあるが要求仕様書を固め、暗号化処理をかけていた。

 それをポストして、ふう、と一息ついたころには、艦長から「そろそろ北米ジオン防空圏です」という報告。

 

「ジオン公国側の誘導機はどうか?」とバスク。

「90秒です」

「早いな。さすがザビ家のプリンスの膝元。余念がないな」

 

 バスクは感心する。

 彼は貧しい出自ゆえに、学んだことがある。

 すべては行動と結果だ、と。

 生まれや財産、家柄の有無というものは運の問題であり、それ自体はなんら彼にとって争点にならない。

 むしろ、それらを使いこなすべく行動を起こし、結果を出そうとする人間を尊敬すらしていた。

 貧しい生まれでも、あがくほうが美しい。

 高貴な生まれであろうとも、あがくほうが美しいのである。

 じたばたとあの手この手を尽くそうとする行為を見苦しい、とする人もいるだろう。

 だが、バスクはそれを評価していた。

 かつてパラヤ教官が引き上げてくれたように、バスクは悪あがきする連中を愛していた。

 

 さて、北米の頭領たるガルマ・ザビは隷下の軍団を正しく運用できているようだ。

 連邦なら180秒かかるであろう防空出撃を、半分の90秒で済ませる点ひとつをとってみても、練度がこちらよりも高いことを察するに余りある。

 

『──ダイヤモンドリーダーより連邦艦艇へ。本機の誘導に従え』

 

 オープンでの通信が入る。

 こちらのレーダもとらえているが、すでに艦橋のすぐそばにドップ改が接近し、誘導灯を点滅させている。

 

「了解。本艦は貴機の誘導に従う」と通信士が送り返している。

 

 ドップ改の誘導に従い、アルビオンは北米のジオン拠点の中でも大規模と言われているキャリフォルニアベースへといざなわれる。

 上空から見下ろすに、キャリフォルニアベースは巨大軍港都市というべき様相を呈していた。偵察衛星経由での情報よりもはるかに敷地面積は大きく、隣接する都市部も大変な復興を遂げており、かつての林立する高層ビル群を取り戻していた。

 

 そして、何よりも目を見張るのが宇宙港と造船施設である。

 本来、宇宙への打ち上げにはオークランドあたりのほうが工学上適しているはずなのだが、どういうことだろうか? ここ、キャリフォルニアベースには上空から観察できるだけでも同時打ち上げ数12以上の打ち上げ施設が見える。

 

「司令、あれ……どう見てもこちらに対するパフォーマンスですよね?」とカディ・キンゼー少佐が示す先には、ザンジバル級が海からしぶきを上げて飛翔しようとしていた。

 

 本来ザンジバル級にはミノフスキークラフトはなく、ロケット推進とカタパルトによる補助を受けて宇宙へと投擲されているはずなのだ。

 しかし、それはもうすでに過去の話。

 いまや、ジオンのザンジバルは連邦艦艇の土壇場ともいわれていたミノフスキークラフト技術を採用し、運用する段階に至っていたのである。

 

「諜報部がそういう兆しがあるとは言っていたが、この目で見ると、いよいよジオン恐るべし、と思える」

 

 バスクはジオンが内乱騒ぎなんぞにうつつを抜かせる理由が分かった気がした。

 連邦と違い、やつらはこの数年間、本当の高度経済成長時代を謳歌していたのだろう。

 経済学者たちの論文をジャミトフ閣下から譲り受けて目を通してはいるので、数字としては知っているつもりであったが──このように眼前に堂々と見せつけられると、次の大戦はまずいことになるぞ、という不安の芽が頭をもたげてくるほどだ。

 

 

 

 

 軍楽隊の歓迎の演奏を受けながら、バスク大佐は礼装にてカーペットの上を淡々と進んでいく。その大きな歩幅を追いかけるように小走りで付従うは、従者役のエマ少尉候補生である。

 とてとてと駆けながら、バスクに追いすがるエマ。

 それを気にすることなく、バスクはどんどん前へと進む。

 もとより大男であるし、いちいちこじんまりと歩いていたら連邦軍人としての示しがつかないため、エマ少尉候補生には申し訳ないが突き進むしかないのである。

 

「ようこそ、バスク・オム大佐」

 

 出迎えに出てきたのは、案の定というべきか、北米の覇者たるガルマ・ザビ本人であった。

 ティターンズ発足に際して、ジオンが直接関与するわけにはいかぬが月経由で協力しようと申し出た、奇特な御仁。ガルマ曰く、共に地球圏に生きるものなのだから、手を組むべき時もあるというもの、と言っていたのを思い出すバスクは、ガルマに対して挙手の敬礼をする。

 

「お招きいただきありがとうございます。急な来訪ゆえ、閣下にご足労頂けるとは思ってもおりませんでした」とバスクが挨拶をする。

「はぁっ、はぁっ……大佐の副官を務める、エマ・シーン少尉候補生ですっ!」と元気よく敬礼するのは、ようやく追いついてきた情けない弟子であった。

「初めまして、エマ少尉候補生。とても利発そうなお弟子さんですね、バスク大佐」

 

 ガルマがエマをみて、バスクに外交用の微笑みを浮かべる。

 本心はわからないな、とバスクはガルマが一筋縄ではいかぬ相手だと理解する。

 

「──ご存じかとは思いますが、我々はいま緊急事態でして。あなたのような方がわざわざ状況を掴みに来てくださるのは、我々にとっても好機なのです。では行きましょう」

 

 ガルマに案内される形で、キャリフォルニアベースに用意されていた車列に乗り込むバスクとエマ。

 護衛の者を連れていくべきでは、という声も艦内では出たのだが、緊急事態に備えてすぐに離脱できる方が大事だというバスクの判断の元、最悪、捕虜になっても問題がないエマ一人が同行することになったのである。

 

 リムジンに乗り込んだバスクとエマは、向かい合って座る。

 運転と助手席には武装親衛隊と思しき兵たちが乗りこんでいた。どうやら、ガルマの意のままに動く兵をバスクらに付けたようだ。

 

「なるほど、公国は我々を歓迎してくださっているわけか」とバスクは余裕の笑みを浮かべる。

 

 しかし、対面にすわるエマ少尉候補生はガチガチに緊張しているのだろうか。

 ぷるぷると膝を震わして座っているのが何とも情けない。

 

「ど、ど、どうしましょうっ!!? 生ガルマさま、ちょっとイケメン過ぎましたよねっ? ねっ? あんなの見せつけられたら、大佐なんて里芋か山芋に変なグラサン付けただけにしかみえませんよっ? かーっ、どっかに私向けのイケメン落ちてないかなぁ、ハァ……」

 

 緊張ではなかった。只のメスになっていただけである。

 あきれたバスクはメス犬に堕落してしまったエマに、どうしたら人間に戻れるのか聞いてみた。

 

「うーん、ガルマ様のサインとぉ、握手とぉ、ちょっとしたハグなんかもらえたら……でへへ、メス犬から人間に戻れるかもしれませぇん」

 

 こりゃダメだな、と発情しきったエマのことは放置して携帯端末からニュースフィードを追いかける。北米圏に展開されているジオンの公開ネットワーク帯から取得できる情報は、連邦政府圏内で知りうることができる情報よりも、一層深く、広かった。

 

 民心工作においても細心の注意を払っているのだろう。下手な情報統制をするよりも、広範な情報を投げかけることにより、政治的無関心層をより無関心に、関心層をジオン公国寄りに仕向けられるよう、情報選別は極めて洗練されていた。

 

「やり手のメディア王を巻き込んでいるな。ハリウッドを手中にした効果は伊達じゃなかったということなんだろうな」

 

 バスクが感心していると「はぁ~んっ」とエマが甘い声で何かに感動していた。

 

「大佐ぁ、この司政官って人もぉ、ちょっといい感じじゃないですぅ?」

 

 きゃっきゃとエマが押し付けてくる端末をいやいや受け取る。

 司政官なるジオン共和国サイドの広報官兼、選挙準備委員長が颯爽と演説している姿にどうやらエマは盛り上がってしまったらしい。

 

「素敵だわぁ。甘いマスクに惚れ惚れする声、そして元ジオンのエースパイロットだから実力も完璧……おのれっ、ジオン許すまじっ!」

 

 突然キレ始めたエマに、さすがのバスクもどう対応していいものかおろおろしてしまう。

 おじさんというのは、若い女性の台風のような風向きの変化に、簡単には対応できないのである。さながら枯れ柳のように、嵐が過ぎゆくのを黙って耐えるしかないのである。

 

「イケメンをジオンだけが独占するなんて、おかしくないですか!?」

「え、あ、うーん……」イモですまんな、とでもいうべきかバスクは悩む。

「私、統計データとってみたんですよっ!」

 

 イケメン、男前、ダンディ、ワイルドなどという謎のクラスタ分析が施されたグラフが表示された端末を、ずいずいっ、と押し付けられるバスク。

 そこには確かに、ジオンばかりがイケメン、男前を独占しており、地球連邦サイドはダンディの項目にエイパー・シナプス大佐とワイアット閣下の名前が挙がっている。確かにワイアット閣下もシナプス大佐も、ともに紳士であり、戦術研究の論文を提出した場合、度々すばらしい助言や意見をくださる御方たちなのでバスクも納得する。

 ただし、この二人自体は似た者同士だからか、ちょっと仲が悪いという事情も知っているのでバスクは何とも言えない気分になる。

 なお、ワイルドにアルファ任務部隊のヤザン・ゲーブル、イモ、という項目にバスクの名前がちらりと見えたが、無視する。

 そもそも、このルッキズムの悪意に満ち溢れたデータを編纂した連邦女史力研究会とは何なのだ。直ちに解散すべきである。何なら連邦武闘研究会を作って武装闘争を繰り広げる覚悟まで芽生えそうである。

 

「いいですか、大佐。イケメンは人類の共有資源なんです」と力説するエマ。

「えっと、なら美人も共有資源に……」

「うわ、大佐、サイテー。女をそういう目でしかみれないんですね……」

 

 じとり、と軽蔑のまなざしを向けられるバスク。

 OMG、これが理不尽というものか、とバスクは久しぶりにこの社会に蔓延る悪を見た気がした。ああ、理不尽のメビウスの輪から抜け出せなくて、人は過ちを繰り返すのだろう──可愛い弟子だと思っていたが、どうやらエマは小悪魔か何からしい。

 悪魔なら仕方ない。

 後で体力錬成と戦史研究の課題を与えて心身共に錬磨無限法による悪魔祓いをするほかなかろう。

 

「あ、でもぉ」

 

 エマがにやにやと口元に手を当てて悪い笑みを浮かべている。

 

「大佐がぁ、どうしてもっていうならぁ、仕方ないナァ……私が結婚してあげても──」

「結構だ。私は地球連邦軍と結婚した身。死が二人を別つまで、この誓いは変わらん」

 

 バスクはハッキリと答えておく。

 本気でそう思っているのだ。

 剃り上げた自身の禿頭は俗世を捨てた修行僧の表れ。

 南洋宗の絢爛たる慈愛の教えを胸にして、ただひたすらに軍務に邁進するだけでバスクは幸せを感じることができるのである。

 

「……うそ、やだちょっと、なんかわたしだけ恥ずかしい感じなんですけど」

 

 もじもじ、と何故か涙目になるエマに、バスクは慌ててしまう。

 彼女は両手で顔を覆ってうつむいてしまった。

 まずい、ハラスメントか!? と、立派なはずのバスクは妙なところで小心者になるのである。

 

「す、すまない、エマ・シーン少尉候補生。何か至らぬ発言をしたようだが、詫びさせてくれ」

 

 困惑の表情を浮かべたバスクがあたふたと声をかける

 すると、彼女の顔を覆っていた手が離れ、ぺろりと舌をかわいく出して、しめしめといった表情を浮かべるエマ。

 なるほど、戦術負けか、とバスクは失笑した。

 

「えへへ、言質とりましたよぉ? えっとぉ、ガルマ様との写真、お願いしますね? あ、でもぉ、イモい大佐が一人くらい混じっててもガルマ様の魅力は減らないので、仕方ないから大佐も写るのを許してあげますっ」

 

 わかったわかった、と疲れ果てたバスクは、秘密会談にて話すべき議題について集中する。

 モノの数分で、彼の頭の中にはガルマとの話し合うべき事項と調整項目が整理されてリストアップされる。

 バスクは、エマに邪魔されない限り極めて有能なのであった。

 

 

 

 会談の場として用意されていたのは、打ち上げ空港に併設されたイタリアンレストランであった。

 バスクとエマが案内されたテーブルには、すでにカトラリー一式が用意されており、簡単なコース料理が振舞われることを悟る。

 ウェイターに椅子を引かれ、腰かけたバスクとエマは、遅ればせながら颯爽と良い香りを漂わせてやってきたガルマのすがたに目を引かれた。

 なるほど、カリスマだな、とバスクは対面に座り笑みを浮かべるガルマに惹かれるのを感じた。この男の前なら、ちょっとした打ち明け話の一つ二つもしてみたくなるな、と抗しがたい魅力を認めざるを得ない。

 

「やぁ、少し遅くなってしまったね」などとチャーミングに謝る彼に、隣に座っているエマがハウッという何とも言えぬ奇声を発している。

 

 しかし、バスクは敬虔な南洋宗信者である。

 心に念仏を唱えれば心機一転、邪念は晴れて集中すべきことに向き合えるのである。

 その禿頭は伊達ではなく、まさに修行僧としての強さを持ち合わせているのだ。

 

 一方、同席しているエマはどうだろうか? とちらりと目を向けてみると、見るも無残なメス犬に堕落していた。

 畜生道に堕ちた愚かな愛弟子をどうかお救い下さい、と心中で南無南無しておくバスクである。

 

「ここは私の海洋再生研究所で育てた飼育魚を間引いたもの出す店でね、いわゆる本物を提供する場として、北米屈指の人気を誇っている。バスク大佐にもぜひ、魚の臭さというものを体験してほしいな」

 

 ははは、と笑うガルマに悪意はないようだ。

 ジオンのコロニー落としで海洋資源に関しては割と絶望的な状態へと遷移した。

 ゆえに、ガルマが北米統治を任された際、自らの国が犯した罪の深さを、自らの手で癒さねばならぬという使命を背負わされる形となった。

 

 彼は自らの兄たちと姉の不始末を、ただ黙々と償い続けるためにこの地にとどまり続けているのであろうと思うと、なかなかに尊敬できる男だな、とバスクはガルマを評価したくなってしまう。

 

「前菜が来たようだね」

 

 かつては当たり前だっただろう、サーモンのカルパッチョとキャロットラペが供された。

 これが意味するところは、北米では漁業資源の復活だけでなく、厳しかった土壌汚染をも克服しつつあるか──あるいは、農業コロニーとの固い通商路を維持できているがゆえに、合成ものではない本物のキャロットを提供できる、という経済地力の証明であろう。

 

「どうぞ。当然ながら、毒は盛っていないよ?」

 

 ははは、とバスクとガルマは儀礼的な笑いを交換しあい、サーモンを口に運び、本物特有の独特のうまみについて語り合う。

 なお、バスクは本物の腐った魚を食ったことがある出自なので、実のところ、魚というものがあまり得意ではない。しかし今回たべたサーモンのカルパッチョなるものは、また食べてみたいと思わせる魅力があった。サーモンのわずかばかりの油分を爽やかにかき消すキャロットラペの白ワインヴィネガーの風味にも、感心した。

 

 なるほど、これは篭絡されかねんな、と思う。

 バスクはこの店に、いつか母を連れてきてやりたいと思ってしまったのだ。ジオンと連邦が互いに振り上げた拳を解き、互いに手を取り合う時代が早く来ればよいと思う。そうなれば、母をこの地に連れてこれるのに──と御仏の慈愛の心をこの世にいまだ実現できぬ己の不甲斐なさを、バスクは反省することで、とろけかけた心を律する。

 

 さて、バカ弟子はどうだろうかとみてみると、さすが良家の子女。この程度のことは普通──なのかと思いきや、勝手に給仕をよんで「あ、サーモン追加お願いします」と図々しさを発揮していた。

 なんというタフネス。

 逆に感心すら覚えるバスクであった。

 

「……面白いお弟子さんですね」とガルマ

「まぁ、はい。常識にとらわれないと言いますか、なんというか」

 

 おい、面白がられてるぞっ、とバスクはテーブルの下でエマの足を蹴って合図を送る。

 しかし、なぜか蹴り返されてしまう。

 満足げにサーモンをほおばる彼女の顔を見て、なるほど、邪魔するなということか、と悟るバスク。

 なんとなくエマの扱い方が分かってきたぞ、と謎の自信を深めるのであった。

 

「少し、本題に入りますか」

 

 次に運ばれてきたのは、本物のトマトをふんだんに使ったミネストローネであった。

 いわゆるレトルトトマトパックやトマト缶に入っている、バイオプラント製造のものではなく、カリフォルニアの太陽と土で育てた代物だそうだ。土壌汚染を除去するのに苦労した、というガルマの話を聞きながら、ちらちらと語られる本題に関心を寄せるバスク。

 

 ミネストローネを空にしたバスクは、ガルマからジオン共和国とジオン公国は既に手打ちを済ませているという事実を告げられた。

 サイド3及び各資源衛星はジオン共和国とし、フォンブラウン、グラナダなどの企業都市国家群と北米、アフリカをジオン公国とする暫定協定が結ばれているとのこと。

 となると、これは交戦が限りなく少ない冷たい内戦状態になるのか、とバスクはガルマに訊ねる。

 

「それは少し違うね。ジオン公国とジオン共和国は別の国のようにふるまうが、経済的にはかつてのEUと同じく、共通通貨と無関税、自由貿易と移動の自由を保障することになるんだ。察しの良いバスク大佐になら、その意図は伝わったと思うのだが」

 

 含みのあるガルマの苦笑に、バスクも頷く。

 なるほど、これは壮大な茶番劇だと理解する。地球連邦側の人間として初めて茶番である事実を掴んだバスクは、この内乱騒ぎは放置するべき問題なのだと察した。

 

 すべては推論だが、ジオン内に蔓延っていたザビ派だのダイクン派だのという宇宙移民の中での下らぬ派閥抗争に決着をつけるつもりなのだ。EUが緩やかな統合の元でアメリカ合衆国に抗しうる巨大な経済圏を維持し続けたのと同じように、ジオン公国とジオン共和国は互いにイデオロギー的に棲み分けを行いながらも、豊かさは双方で分かち合うということだ。

 

「──では、この茶番の絵を描いたのはどなたで?」

「私の親友で、最大の敵ともいえる男、シャア・アズナブルさ。十年くらいこの茶番を続ければ、いつのまにやらネオ・ジオンの旗のもとに二つのジオンは統合されるだろう、というはかない目論見に賭けたようだ。まったく……」

 

 あきれたようにため息をつくガルマに、続きを促すバスク。

 どうやらシャア・アズナブルの思惑に対してガルマは何かあるらしいことを感じていた。

 

「私に言わせれば、ザビ派だダイクン派だなどという血統主義は前時代の揺り戻しにしか過ぎなく思えてね。地球のことを考える、などというものナンセンスさ。地球なんてのは僕らのゆりかごの役割をやりながら、同時に屠殺場でもある、ただのランダム環境だからね──ユタの砂漠を見たら、どんなスペースノイドだって地球が楽園だなんていう幻想をすてるさ」

 

 飢餓や飢饉、感染症の流行で人類は何度も絶滅の危機を迎えていた。

 豊かな実りによって人類が栄えることもあれば、そうやって自然に殺されるときもある、というのを地球で繰り返した人類の歴史は、地球を神聖視するエレズムと呼ばれる思想のフィルタを介さぬ限り、必ずしも善性に満ちた母なる惑星、などとは言い切れないのだ。

 

「ダイクンが唱えたエレズム、すなわち全人類の宇宙移民化と、地球の不可侵領域化による環境浄化と保全。これは宇宙移民の教義としてはナンセンスだよ。なぜなら、それを忠実に実行しているのは地球連邦政府のほうだからね」

 

 地球連邦政府の主任務は、地球から人類を宇宙に送り出して環境を再生させることである。そのための立法と執行機関が地球連邦政府であり、立法措置によって生み出されたのが宇宙引っ越し公社であり、コロニー公社や、インターナショナル国債公社なのだ。

 

 つまり、ダイクンが唱えたエレズムは連邦の基本政策理念と何一つ矛盾しない。

 送り出す役割を果たす側と、送り出される側に分かれるだけである。

 

 問題があるとすれば、地球連邦政府が宇宙移民の送り出しを途中で停止したことだろう。

 コロニー公社側のコロニー建造速度の問題と、引っ越し公社側の滞留問題だけにとどまらない金の問題が残っている。

 

 スペースコロニーは巨大な生活空間であると同時に、高度なテクノロジーとエンジニアリングが集約された人類の英知そのものである。これを大量に建造し続けるためには資源衛星をかき集め、周辺のコロニーに部材を加工するプラントを建て、大型輸送船で資材と人員を輸送するというビッグプロジェクトを延々と回し続けることになる。

 

 それをなす金は本来は何一つ問題にならぬはずなのだが、ダイクンの負の遺産により停滞せざるを得ない時期を迎えてしまったのだ。

 

「ダイクンが唱えたエレズムやジオニズム、兄さんの選民思想もどきが……連邦とジオンが相争う愚かな結果を招いたのかもしれないが……それ以上に、私が解決しなければならないダイクンの負の遺産がある。なによりもまず、ジオン独自通貨とジオン中央銀行。これを何とかしなければならないんだ」

 

 ガルマの言葉を受けて、さもあらん、とバスクはミネストローネを飲み干す。

 

 コロニー開発計画を再始動するためには、その問題を避けては通れないからだ。

 ここは1つ、ミネストローネをがっついているエマに話を振ってカロリーを消費させてやるか、とバスクはエマのほうをみる。

 

 供されていた焼きたてもパンに本物のバターを塗りたくりご満悦の彼女は、ハチミツはないですかっ!? などとのたまう胆力を見せていた。

 どうやら御仏の力で畜生道から脱し、餓鬼道へと転移したらしい。

 まったく救いがない。南無。

 

「エマ少尉候補生、ガルマ閣下の仰っていることの意味はわかるか?」

 

 口の周りをバターとパンくずで汚したもぐもぐエマは、どうやら十分な糖分を摂取したことでブレインが高回転しているらしい。

 

「またまた大佐ぁ。そんなの簡単ですよ。コロニー再建計画が進まないからです。まったく、つまらない冗談は顔だけにしてくださいね」

 

 どやぁ、とにんまり笑うエマ少尉候補生の口の周りを、バスクはナプキンでごしごしと拭いてやる。見苦しいものをガルマに見せるわけにはいかないというのが、外交プロトコルというものである。

 

「なるほど。エマ少尉候補生、どうしてコロニー再建計画が進まないか説明していただけるかい?」

 

 ガルマもエマに興味をもったらしい。

 ただの食いしん坊ガールを連れてきただけなのではないよね? というガルマの視線をバスクは感じたような気がした。

 

「はい、ガルマ様。不祥、エマ・シーン少尉候補生が応えさせていただきますっ」

 

 バスクに対する態度と打って変わり、突如エリート士官候補生としての輝きを取り戻すエマ。ただ、彼女の瞳にはガルマを狙う肉食獣のまなざしのようなものがみえて、バスクは愛別離苦を知らぬ愚かな弟子に心中で南無る。

 

 地球連邦政府の最大の革命は、世界統一通貨の導入と連邦中央銀行制度の誕生である。

 連邦中央銀行の金融政策はストレートに地球連邦経済圏に波及する。

 金利操作によるインフレデフレの制御、物価安定性の確保など中央銀行に求められる金融政策のすべては、連邦中央銀行の手の内にあるのである。

 

 デフレ対策のインフレターゲッティング戦略や、インフレ対策の金利操作をとる際に邪魔になる為替の問題がそもそも生じないのである。

 

 同時に、財政上の問題も何一つ問題にならない。

 地球連邦政府が発行する国債はすべて地球連邦市民が買うのであるから、信用格付けなどという概念が消失する。

 また、いざとなれば地球連邦政府はインフレ覚悟で国債を連邦中央銀行に売りつけることで、無限の現金を入手することができる。

 これでインフレが発生したとしても、それは徴税と政策金利操作という形で市中から通貨を巻き上げればいいだけの話である──

 

「──と、言うところが前提知識となります。閣下もご存じの通り、UC50年代初頭まではこれを利用したコロニー建造プロジェクトが大量に走っていました」

 

 宇宙世紀黎明期以降、この金融マジック的な技法により、地球連邦政府はどんどんコロニーを量産した。コロニー量産プロジェクトは巨大雇用プロジェクトでもあるため、コロニーの量産は雇用をも量産する好循環を招いた。

 

 端的に言って、コロニー建造は、世界の経済エンジンだったのである。

 

「つまり、コロニーを建造し続ければ、宇宙移民も地球側も経済的にWinWin♡であります」

 

 ふんすっ、と渾身のぶりぶりスマイルと鼻息を同時発動するエマ。

 バスクは冷や汗を垂れ流し、ガルマが面白い娘だなぁ、と拍手する。

 

「お褒めに預かり光栄です。さて、そのようなシンプルなエンジンを、ただ回し続ければよかったのですが──物事は、理屈通りには回らないのです」 

 

 だんだん興が乗ってきたのか、エマの身振り手振りがおおげさになっていく。

 

 事の発端は、UC50年代にさかのぼる。

 ジオン・ズム・ダイクンという行動力のオバケのような政治家が連邦議会を飛び出して、サイド3へと移住する。

 彼はそこで持ち前の弁舌と圧倒的活動量でいとも簡単にコロニー自治政府の首相へと上り詰めてしまう。

 

 あとは歴史の教科書にある通り、サイド3自治政府はムンゾ自治共和国へと衣替えし、初代首相として彼は地球連邦政府からの独立を目指し始める。

 

 この時、彼は世界を逆回転させる禁断の果実に手を出す。

 それが、ムンゾ中央銀行の設立と独自通貨の発行である。

 地球連邦政府発足以来、世界の安定を金融面から支えてきたシステムに真っ向から反逆したのである。

 

 結果は──狂乱の時代の扉を開いただけである。

 月社会は連邦の通貨か、ジオンの通貨かと半世紀ぶりの為替相場の誕生に快哉を叫び、フォン・ブラウン市に為替取引所が誕生。

 為替関連の金融商品が粗製乱造されるだけにとどまらず、為替の再誕とともに企業株式が再び、為替相場の影響を受けることになった。

 株式相場が為替の影響を受けて荒れるとなれば、それを見越した金融保険市場が誕生する。

 

「──あぁ、なんということでしょうっ! つまり、ジオン・ズム・ダイクンは金融の針を過去へと戻してしまったですっ!」

 

 芝居がかったエマの演技は面白かったが、バスクはあの安定しなかった21世紀の愚かなる金融狂乱のカオスへと戻すことをためらわなかったダイクンの狂気に恐ろしいものを覚えた。

 

「コントロール不可能であることが分かっていたから世界統一通貨を導入したというのに、ダイクンによって元の木阿弥。連邦とジオンはイデオロギーだけにとどまらず、金融面でも正面切って争わざるを得ないという対決不可避の状況へ。最終的に一年戦争の悲劇へと至り──哀れ、ガルマ閣下と私は敵と味方になってしまうのですっ! まさに悲恋っ!」

 

 悲恋かなぁ? などとニコニコしながらエマに突っ込んでいるガルマは、どうやらエマの話を楽しんでいるらしい。

 バスクも、彼女が大げさに話してはいるものの、筋は一切外していないことに感銘を受けていた。ただのハラヘリ娘を連れてきてしまったのではないかと恐れていたが、どうやら普通にできる子だったようだ。

 

「まぁ、悲恋かどうかは後で別室で二人で考えません?」

 

 フツーにダメでしょ? とガルマがニコニコ答える。

 チッ、思ったよりガードが堅いですね、などと声に出ているのに気づいていないエマは、さらに終着点について解説を始める。

 

「えー、そんなこんなで、一年戦争の休戦協定交渉は、ガルマ・ザビ閣下ご提案のもと、両国の衝突の推進剤になってしまった為替相場を固定相場ルールにするところからスタートいたしました。将来的には通貨統合を行う、という留保事項を付けてのゴールに着地した──あの、これについて正直な見解を述べてもよろしいので?」とエマがバスクとガルマを見る。

「私は構わない。連邦にも人材がいるのだな、ということを知っておきたいしね」

 

 ガルマが促してくれたので、バスクは言ってよろしい、と許可を出す。

 

「ではでは……正直、あの固定相場はジオンの輸出にとって有利な条件だったんです。十分な生産力と企業群を保持するジオンにとって、戦後復興を迎える地球圏は市場でしかないですし。だから、実のところデギン閣下やギレン閣下の命などよりも、有利な固定相場協定を結ぶ方がはるかに大事だったのではないですか? これはずっとガルマ様ご本人にお伺いしたかったことなのです」

 

 今までの演技じみた態度は消え、エマの瞳には明らかに英知の光がさしていた。

 バスクはうむ、さすがはパラヤさんご推薦のご令嬢、など感服してしまう次第である。

 実のところ、単にエマはイケメンと談笑することが出来て幸せ物質が脳内にドバドバだっただけであるが、それをバスクが知るすべはない。

 

「……きわどい質問だなぁ。私には答えにくい。オフレコの約束ができるかい?」

「はい」とエマが頷く。オフレコにするかどうかを決めるのは上官のバスクだぞ、というツッコミ待ちなのかもしれないが、バスクは沈黙を貫く。

「答えは、イエスさ。ザビ家などどうでもいい。ジオンの民を守るためには、私も含めてザビ家全員の首を差し出してでも固定相場ルールの導入による終戦協定は必須だったんだ」

 

 君だってそうするだろ? とガルマに言われたエマは、なるほど、王子様なイケメンなうえに知略まで備えていらっしゃるのね、などと感心しきりである。

 

「あれは賭博だったんだ。けれど……今のところ、私の勝ちだと思っている」

 

 ガルマのいう通り、戦後復興期を迎え、ジオンは経済的に連邦に大勝利を収めた、というのがいまの状況である。地球連邦勢力圏の人々は何もかも足りない地球で暮らすために、ジオン製のものを買ったし、なけなしの地球資産をジオンに売り払ったりもした。

 

 あの一年戦争休戦交渉に一介の事務担当大尉として参加していたバスクは、当然この事情を把握しているし、ガルマ・ザビがジオンと連邦の衝突の原因がなんであるかを精確に把握するだけでなく、戦後の経済戦争の立役者でもあることを熟知していた。

 

 バスクは、供されていた白ワインのグラスを手に取り、ぐい、と傾ける。

 甘さの強いもので、おそらくはエマの存在を考慮してのものだろう。

 

「さて、メインを運ばせよう。エマ少尉候補生、イタリアンのコースは把握しているかい?」

「はいっ! アンティパストも終わりましたし、これからはプリモ・ピアットからセコンド・ピアット、コントルノにフォルマッジ、そして愛しのドルチェ……私、ガルマ様の愛人になってもいいと思うほどに、胸の高鳴りが抑えられませんのっ!」

 

 愛人はいらないし、胸の高鳴りじゃなくてお腹が鳴ってるんじゃないかな? とにこやかなガルマのツッコミに対して、エマが、やだもう、そんな大胆なぁ、などとモジモジしながら意味不明な回答をしている。

 

 はぁ、とため息をつきながら、バスクはコース料理を最後まで楽しんだ。

 キノコパスタに子羊のステーキ、チーズとジャガイモのなにかに、なんだか華やかなケーキセット。

 ケーキは獣のように俊敏なエマに略奪されてしまったが、それ以外は何とか死守して食べることができた。

 

 最後のエスプレッソを飲んでいるとき、ガルマ閣下がエマときゃっきゃと話し込むのを中断し、バスクのほうに向きなおった。

 

「バスク大佐、この子をうちに預けてみないかい?」

 

 冗談か? と思ったが、にこやかなガルマの瞳にはどうやら本気が混じっているように思えた。

 

「どのような条件で? ジオンとの二重スパイに仕立て上げられるのは困ります。こんな子ですが、親御さんから預かった大切なご令嬢ですので」

 

 そんなことはしないさ、とガルマが苦笑する。

 

「私には分かる。この子は伸びるよ。ニューヤークにある王立指揮幕僚大学に入学させて、ジオンの知恵を叩き込んで帰そう。代わりにうちから一人連れて行って、そちらの指揮幕僚課程に入校させてくれないかな。相互交流としてわるくないだろう?」

 

 ありがたい申し出ではあった。ジオンのMS運用理論は連邦より10年先を進んでいるし、経済的に後れを取っている連邦圏と違い、今後も技術開発や理論開発に予算が付き続けるジオンで学ぶことも、エマにとってはよい影響を及ぼすであろう。

 

「──えっと、すみませんガルマ様っ! 大変申し訳ないのですけれど、辞退させてくださいっ!」

 

 バスクがメリットとデメリットを計算していたにも関わらず、当事者たるエマが勝手に断りを入れてしまう。

 バスクは額に手を当てて天を仰ぐ。

 こりゃもう、手に負えませんわ、と。

 

「残念だね。フられちゃったな。理由を聞いてもいいかい?」とガルマが貴公子然とした笑みを崩さずに問う。

「はい。大佐が私を将来、連邦軍トップの椅子に付けてくださると約束してくださったからです」

 

 エマの言葉をうけて、ほう、とガルマがバスクのほうをみやる。

 バスクは、恥ずかしながら確かに約束しました、と答える。

 

「私はガルマ様も大好きですが……本当に大好きなんですが、このハゲ、じゃない、イモにゴーグルつけたみたいな大佐を信じてるんです。スキンヘッドだし、巨体だし、声もバリトンすぎるけど、実はこの人、良い人なんです、本当なんですっ!」

 

 うん、良い人だと思うよ。悪い人だったらたぶん君、いまごろビンタされてるね、とガルマが微笑みながらエマに応えている。

 

「慕われているようだね、大佐」とガルマが微笑む。

「はぁ、恐縮です」としか答える余裕がない。

 

 エマがガルマに働いた無礼の数々を思うと、おそらく今日食べた高級品をすべて戻しそうになるので考えるのをやめるバスク。

 

「大佐、しばらくは滞在できるのかい?」とガルマが話題を変える。

「はい。一週間程度でしたら」

「なるほど。ちょっと北米を案内しよう。誘致企業たちもティターンズには興味があるようだし、君には好都合だと思う。そして私も、エマ少尉候補生からオモシロ話が聞ける。WinWinといっていいんじゃないか?」

 

 バスクは同意した。

 アルビオンの乗組員たちにも監視付だが、観光上陸許可を与えるとガルマが約束する。

 そんなガルマの態度に、バスクは企みの色を感じ取る。

 あわよくば、ティターンズにはジオン公国側と仲良くしてほしい、という言外のメッセージであると理解して、滞在中は慎重に立ち回らなければならないなと警戒する。

 

「あ、私、本物のピザとホットドック食べてみたいですっ」と、バスクの心配など軽く飛び越えて、エマがあっけらかんと己の要求を突きつける。

 

 こいつは本当に大物かもな、とバスクは胃のあたりにしくしくと痛みを感じる。

 賭けてみてもいいかもしれない、とエマをじっとつめるバスク。

 ちょっと視姦とかハラスメントなんでやめてもらえますぅ? などと言われ、バスクはかぶりをふって仏に祈った。

 仏様、このバカが所属している連邦女史力研究会を爆散させてください、と。

 




参考

小野圭司『日本戦争経済史 戦費、通貨金融政策、国際比較』日本経済新聞社(2021)

ポール・ポースト『戦争の経済学』バジリコ(2007)

デービッド.G.ルーエンバーガー『金融工学入門 第2版』日本経済新聞出版(2015)
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