――宮崎駿『風の谷のナウシカ』
コロニーの天候は曇り。これはすべてしめやかなる葬儀を演出するためだ。
ハマーンの父、マハラジャ・カーンの国葬が、ズムシティの旧公王庁を借り上げて行われている。もちろん、国葬の主催はジオン共和国。国葬事務局なる責任者不在の官僚組織が民間の葬儀会社に発注し、警備をジオン共和国軍が行うものである。
共和国軍のお披露目も兼ねた葬儀であり、しめやかに、かつ、荘厳に行われることをよしとする。
そのような新生ジオン共和国の意図を知ってか知らずかは分からぬが、喪主、ハマーン・カーンの隣には、礼装にサーベルを下げたクラウン少佐が周りを睥睨するかのように屹立していた。
沈痛な面持ちのハマーンと、それを守る騎士の絵面は演出としては悪くない。
「いやぁ、あの雰囲気は挨拶なんて無理ですよねぇ?」
まずいな、と帰還しなかった方のジョニーこと、司政官は、自身のブラックなネクタイをいじりながらローゼに声をかけた。
「ハマーン様の御父上を謀殺したうえ、国葬に付してジオン共和国建国のための犠牲者に据えるという政治利用。ジョニーのことを殺したいでしょうが、ハマーン様はよく飲み込んでくださったと思います」
ローゼの言葉は諦念と後悔の両方が入り混じったもののように思えたが、ジョニーは何も言わない。
否、なにも言えないのである。
いつのまにか部下の皆さんがいろんな思惑の元、なんやかんやで、ハマーン様のお父様を殺しました、などという話を聞かされて「え?」とならぬガノタはいない。
ガノタにはいくつかの禁忌事項がある。
やらかすと原作の強キャラが敵になってしまい、破滅街道を駆け抜けるだけの人生になってしまうものがそれだ。例えば、ララァを殺してしまうなどは、アムロとシャアの両方を敵に回す典型的な禁忌事項といえよう。
では、ハマーンの父、マハラジャ・カーンを殺すことはどうだろうか。
北爪Zガンダムによるならば、明らかに禁忌である。
さて、この世界ではどうなのだろうか……などとは、ジョニーの中の人は考えない。
そう、彼は、偏ったガノタなのである。
ロボット大好き~♪ の延長線上でガンダムシリーズを愛していたため、北爪Zガンダムなど読んだことはない。彼が愛する副読本はいつだって、グレートメカニックであり、ホビージャパンなのである。
そのような無知も相まって、ローゼらにおんぶにだっこであるジョニーの中の人は「ヴぇっ!?」と驚いたあとは「ひ、必要だった、ということですよね?」と訊ねることしかできなかった。
事の重大さを推し量ることが、できていないのである。
とはいえ、処罰なら受けます、などと平謝りするローゼらスタッフ一同に対して、ただただ見過ごしていただけのジョニーに何かをいう権利などあろうはずもなく。
なにより、ローゼら優秀なスタッフチームなくして、このよくわからないZガンダム直前期を泳いでいけばわからないのである。
おのれを信じることができない以上、頼れる仲間を信じるしかない。
世の中には、信じることを武器にするしかないどうしようもない人間というものもいるのである。
結局、ジョニーの中の人はガノタとして腹を決めた。
やってしまったものは、仕方ない。と。
ハマーン様に恨まれるポジションなんぞ多くのガノタにとっては願い下げポジションであろうことくらいはわかる。
しかし、逆を言えばおいしいポジジョンなのではないか、とジョニーの中の人は考えを変えた。ハマーンに恨まれる、ということはハマーンに一生覚えてもらえるということである。
この世界であれ、ほかの世界であれ、大多数のガノタというのはハマーンのことを覚えているだろうが、ハマーンに覚えられるガノタなどというのは中々いないはず。レアなポジションに感謝することにした。
これは……メインキャラに昇格している、と飛躍した思考が結論付ける。
ある意味、ガノタ冥利に尽きるというものだろう──と、自らの動揺する心をごまかすために、無理やりな理論武装をしてみた。
だが、そんな言葉遊びでどうにかなるはずもなく……ジョニーは三日三晩、自室に引きこもった。
「(ハマーン様の親殺しとか、冒涜も過ぎるだろ……)」
と、ガノタらしく、しばらく苦悩した。
しかしながら、彼はあくまでMS専門ガノタなのだ。
実のところ、マハラジャがどういう人物かもよく知らない。
人は、相手を知らなければ罪の深さを知ることはないのである。
ゆえに、彼は考えるのをやめた。
向き合おうとはしたのだが、そもそも帰還しなかった方のジョニー・ライデンは一年戦争初期に艦艇を何隻も沈め、百や二百ですまない人を殺した男である。
さらにマハラジャを殺してしまったとて、罪が+1されただけ。
「あ、そもそも、地獄落ちなんだからいいか」
そう腹落ちしてからは、ただぼーっと映画系サブスクで適当にいろいろ観ていただけである。何も考えたくないときは、映画鑑賞が一番なのだ。
三日三晩、浴びるように映画をみてすっきりしたジョニーは、シャワーを浴びて再びローゼ以下、スタッフの前に現れた。
「君たちと僕は一心同体なのだと思います。だから、君たちの罪は、僕の罪です」
だから、次から命を扱う案件が出たなら、僕にも覚悟を決める時間をくれ、とだけ告げた。
いうまでもないが、ローゼらはその言葉に震えた。
深紅の稲妻、ジョニー・ライデンは何があろうとも彼女らとともにあってくれるのだ、という確信が、スタッフたちの心に支えを与えた。
──弔いの鐘が鳴り、儀仗隊による礼砲を合図に、マハラジャ・カーンの棺が葬儀場から運び出される。
回想にふけっていたジョニーは、ごめんなさい、と真心を込めて謝りながら黙とうをささげる。
彼は罪を自覚しているが、謝るしかできないのである。マハラジャが何を望み、何をジオンに求めていたのかは全くわからない。知らないということは、何も継ぐことも、償うこともできぬことを意味する。
無責任に他人の命を奪うということは、そういうことなのだということを自覚しているからこそ、後悔も、悔恨もない。
あるのは、ただ謝罪だけだ。
「よく、顔を出せたものだ」
誰に話しかけられたのかと思えば、ジオン共和国軍に異動してくれた貴重なエースの一人、青い巨星ランバ・ラル少佐であった。
「犯人が葬式に出るのって、そんなにおかしいことですかね?」
「チッ、政治屋になりさがったか、ジョニー」
ラル少佐が軽蔑のまなざしを向けてくる。
そんなことをいわれても、としょんぼりするしかないジョニー。
元セイラさんこと、アルテイシア・ソム・ダイクンが共和国議会議員に立候補するという情報を聞きつけた数多くの元ダイクン派士官が、ジオン共和国軍への異動を希望してきたとローゼからの報告で聞いている。
騎士道精神に背く云々で公国軍からNT少女マリオンを連れて脱走していたニムバスとやらも共和国に合流したらしいので、後で名簿を観たら、意外と強キャラがそろっているのではないだろうか。
まぁ、そももそローゼの話だと、ジオン公国とジオン共和国は二国間条約を結んで、将来的にネオ・ジオンとしてかつてのEUのような政体に移行し、軍事機能も統合していくうんぬんとレクチャーを受けてはいる。
だから共和国軍か公国軍かなんてのはどうでもいいのでは? などと、ジョニーは難しいことのわからぬただの波乗りジョニーとして考えるのをやめている。
ローゼ曰く、それがジオンの内側の膿を吐き出させ、本当のジオンの未来を作るために必要なことなのだと教わったが、ふむふむ、とうなずくことしかできなかったのがジョニーである。細かい話をされたと思うが、覚えていないのである。
「ラル少佐、僕はですね、いろいろと教わってわかったんです。ジオンの未来というやつをちゃんと考えるなら、ザビ家もダイクン家もない、宇宙移民による、宇宙移民のための政体を単純に打ち立てる必要があるんだってことです」
ザビ家だのダイクン家だのという血脈と家門の話をされてもジョニーの中の人はわからない。
わからないなりに、ローゼらからの教えについて消化して自分なりの意見を持つとするならば、そういうイデオロギーはどこかに捨て去って、ただ宇宙に広がる人類とはどういうもので、どのように自らを統治するかを宇宙移民者自身で決めていく、という安直な答えが一番いいのではないか、と思っていた。
「ジオンという名は政治的統合の象徴として利用させていただきますが、僕は──いつか、ジオンの名もいらぬ宇宙移民たちの世界こそが、本当に求めるべき未来なのではないか、と考えているのです」
それらしいことを語るジョニーだが、元ネタはローゼの講義であり、どこかでみた映画の設定である。
「……アルテイシア様も、同じようなことを言っておられた」
ラルがううむ、とうなる。
そして、ジョニーもうなる。
まさかジョニーが映画を見ながら漠然と考えた内容が、アルテイシア様と似通った考えになるとは思ってもいなかったからだ。
「共和国建国に伴う選挙にて、アルテイシア様は共和党を率いて立候補なさる。貴様も比例第一位ゆえ、ほぼ共和党の院内総務に内定している以上、失態はするなよ」
「はい、まぁ……」
それはローゼさんたちに丸投げなので……とはいえない。
あいまいにうなずきながら、ラルのほうをみるくらいしかできない。
「ハマーン・カーン様とクラウンはこの国葬が終わり次第、地球の公国と合流すると聞くが……貴様、止められたりはせんか? クラウンは共和国軍に欲しい兵の一人だ」
あなたの主家であり主君たるマハラジャ様を殺した僕と一緒に、ジオン共和国を盛り立てていきましょう? というサイコパスっぷりを発揮できるほどにジョニーの心胆は鍛えられていない。
本物の政治家ならそのくらいをこなせるのであろうが、ジョニーにはそれができない。
「口をはさんで申し訳ございません、ラル少佐。その問題は私共が対処済みです。カーン家を守るために、クラウンは共和国軍に籍を置くことになるでしょう」
ローゼがそのようなことを言い出すので、ラルはそうか、とうなずく。
なお、ジョニーはどうしてそうなった? とますます混乱するばかりである。
「……まずはマハラジャ様をお見送りしましょう。政治の話は、後ほど」
ジョニーはとりあえず常識的なことを述べておく。
「確かにな。このラル、無粋であった」
ラルとジョニーは送り出されていく棺を先導するクラウンとハマーンの姿を目に焼き付ける。
ハマーンの目は赤く潤んでおり、そこには明らかな復讐の炎が見て取れた。
背筋が凍る。とはいえ、引き受けねばならない罪か、とジョニーは首を振る。
「僕が殺される分には何の問題もないのですが……」とジョニーは黙とうをささげているローゼの横顔を眺める。
殺すなら、僕だけにしろ、クラウン──と、ジョニーは祈る。
先に手を出しておいて本当に申し訳ないが、ハマーン様には手を出させないから、狙うなら僕だけにしてくれ、という無理筋取引をどう持ち掛けるか……初めて、ジョニーは政治家らしい取引を自分の頭の中で考えた。
北アメリカの諸地域を周遊し、ガルマ・ザビが復興させた地球圏ジオン公国に打ち震えたバスク・オムは、改めて戻ってきたキャリフォルニアベースの国際宇宙港に併設されている高層ホテルのVIPルームで、心を落ち着けるべく座禅を組んでいた。
だが、無心にはなれなかった。
心中に広がるは、旅程にて目にした様々な景色──
──ミノフスキークラフトを搭載したザンジバル級に同乗する形で、バスクとエマはジオン公国支配下の北米をめぐる旅行に出向いた。
まず、バスクが目を見張ったのは、グレートプレーンズが復興していたことである。
失われたはずのグレートプレーンズ、ロッキー山脈東から中央平原に広がる巨大穀倉地帯は、コロニー落としによる気候変動と粉塵災害による土壌汚染が深刻化し、その地を死の土地にされたはずであった。
しかし、実際は違った。ジオン高等バイオサイエンス研究所で生み出された新型小麦や大麦、バイオトウモロコシ満たされており、その素体にはアスタロス計画にて得られた基礎研究データが利用されているという。
アスタロス計画が地球に対するバイオハザード兵器になりうると知っているバスクは、アスタロスを平和利用する方向に賭けて成功したガルマの強運に、仏の導きでもあるのではないかとすら疑ったほどだ。
もともとアスタロス計画は食糧問題を解決する目的で生み出されたものとはいえ、結局兵器的側面が強くなりすぎて凍結されたプロジェクトのはずであった。しかし、ガルマにとっては凍結された事実などなんのその。ザビ家御曹司の力を遠慮なく行使することで、自らが統治を任された破壊の大地を再生することにしたのであろう。
復活した露地栽培に、バスクは深い感銘を受ける以外ない。
「黄金の大地、さ。私がいくら北米の支配者だと喧伝したところで、大地は荒れ果て、日々のパンに事欠き、家畜は死に絶えた世界で民心は得られない。では腹と大地を満たしてやろう、と考えるのはお坊ちゃんである僕らしい考えだと思わないかい? マリー・アントワネットの捏造された発言『パンがないならケーキを食べればいいじゃない』があるだろう? アレのストロングスタイルさ」
ほほう、とエマ少尉候補生がふむふむ、とうなずきながら、実際には再生に何年くらいかかったんですか? と問う。
「2年近くかかったかな。その間、月のアナハイムを通して各サイドの農業コロニーから大量に買い付ける羽目になってね。ずいぶんとあいつらを儲けさせてやったものだよ。北米で手に入るレアメタルを売り払いながら、綱渡りをするように食料を買いあさったのさ」
ジオンの戦争に大義などなかったね、とガルマがさも当然のように言い出し、バスクは兵たちの士気にかかわらないか? と見渡した。しかし、そんなことはさも当然、といった雰囲気がザンジバルの艦橋に勤める兵らから感じられた。
「でも、おかしくないですか?」
ガルマの言葉にエマが疑問を突き付ける。
彼女の言葉をバスクなりに要約するならば、理屈が通っていない、ということだ。
いくらアスタロス計画があったとて、汚染された土地の改良工事は途方もない工数がかかるであろう。
投入される労働力や資材の事を考えると、いくらガルマとザビ家が豊かだとはいえ、そのポケットマネーや公国の国家所得でどうにかなるはずがない、と、エマは計算しながら反論して見せたのである。
ふむ、合格だな、などとバスクはまた勝手にエマに何かの合格点をつける。
「そうだね、エマ君。だけどね、君はすこしばかり頭でっかちのようだ」
ガルマが貴公子然としたさわやかな笑みでエマを諭そうとする。
その態度に嫌味な要素などみじんもないのだが、なぜかエマが噛みつきはじめ、バスクは心中でため息をつくほかない。
「わたしの髪形を馬鹿にしましたね……? ガルマ様、この罪は孕ませていただくことで償っていただきますよ……?」
青筋をビキビキッと浮かべるエマを、バスクがペチリと叩いて制する。
「やめんか」
「痛っ!? ちょ、おかしくないですか? だって大佐っ、ガルマ様がわたしの頭髪をファルスだっていうからっ! そんな情熱的な誘い方されたら、もう、ヤるしかないですね? ね?」
「ギリシャ語だからといって下品なことをいうものではない。それと、おかしいのは貴様の耳と頭だ。ガルマ様のお言葉を幻聴しているぞ」
むきーっ、と顔を真っ赤にしてエマがバスクの頭髪のない頭部をペチリと殴り返す。
だが事実に反し、まるでそよ風が頭皮をなでるような、凪ぐような風だけをバスクは感じた。バスクは鍛え上げられた重戦士であるので、エマごときの平手打ちなどエアコンの風と同レベル程度にしか感じられないバスクは、何事もなかったことにする。
「き、効いて、ないっ!? ズル剥けのファルスみたいな頭なのに……」
動揺するエマのことなど捨て置いて、バスクはガルマに謝罪する。
「うちのバカが失礼しました」
「ん、あぁ……元気でいいんじゃないかな」
ガルマも艦橋の兵士たちも、視線がなんだか生暖かくなっている気がするが、バスクのメンタルは使命感にあふれた悟りあるブッディストそのものなので、何の問題もない。
問題は解決したとみなす。
「ガルマさまも大佐もわたしのことバカにしてっ……そんなにバカバカいうなら、わたしみたいなバカにわかるように説明なさいな」
エマが拗ねて、良いところ出のお嬢様の素の口調が出てしまっている。
はぁ、とバスクは肩をすくめつつも、おバカなエマに説明をしてやることとする。
「──政治の領分だが、将来偉くなるつもりなら知っておけ」とバスク。
ガルマの北米復興は確かに、ガルマの個人的なカリスマと技量に依存するところも多い。
しかし、それだけで復興をなせるなどということはあり得ない。
金の額が不足だからだ。
ジオン占領下の地域の事など、ジオンに面倒をみさせておけ、という連邦議会と連邦政府もまた、そのように考えていたため、実のところ、一年戦争時のジオン支配領域の大陸は復興に大きな問題を抱えていた。
だが、そこに一人の男が疑問を呈する。
ジャミトフ・ハイマンである。
彼は一年戦争が総力戦の様相を呈しながらも、最終的には相互確証破壊の元に和平へと軟着陸するであろうことを予想していた。
その後にやってくる『戦後』こそが、本当の地獄だろうとジャミトフは行動を開始する。
ジャミトフ・ハイマンは軍でのキャリアを、経済戦争ドメイン担当将校としてスタートさせ、そのキャリアを突き進んでいた。
ゆえに、彼は軍艦を巧みに操ることもできず、MSに乗って戦うこともできないのだが、数字だけで億の人々を殺すことも救うこともできる特殊な技能を身に着けていた。
そのようなジャミトフが1年戦争開戦後の、巨大な地球と宇宙の経済破壊活動を目にしたとき、真っ先に着手したのが『証券化』による復興準備であった。
『どのようなキャッシュフローも、集めれば証券化できる』
経済戦争ドメインを担当するジャミトフは、こう豪語する。
農家が作物を作って売ることでキャッシュフローを生み出すことも、製薬会社が新薬を開発して売り出すことでキャッシュフローを生み出すことも、ジャミトフから見れば『すべて同じ経済現象』なのである。
地球連邦軍経済戦争ドメイン担当将校の任務において重要なのは、キャッシュフローを生み出す各種産業──職人の手仕事から、農業、工業、サービス業に先進科学の何から何まで、すべての経済領域で地球連邦政府に利する状況を構築することである。
当時の地球連邦軍ではジオンとの開戦の機運に伴い、物理ドメイン戦争(※いわゆる兵器を運用して殺しあう戦争)にばかり傾いていく傾向がみられたが、ジャミトフとそのシンパたちは、経済戦争ドメインでのジオンに対する決戦を強要し、これに勝利することで物理ドメイン戦争が深刻化する前──具体的には、ジオン本国攻略作戦や、あるいは真逆の、地球連邦政府首都攻防戦などを防ぎうると考えていたのである。
そのために、ジャミトフらが真っ先にしかけた『決戦』が『大陸復興農業REIT』であった。
通常、農地というのは農家が買うか、借りるかである。
あるいは農業を営む企業が、農地を買うか、借りるか。
この二点にフォーカスすると、誰でもわかることであるが──キャッシュが少ないのである。
農家は平均年収の10倍のキャッシュを用意できるだろうか?
農業企業は業界各社平均の10倍のキャッシュフローを生み出せるだろうか?
断じて、否である。
農家も農業企業も、それぞれが個別に生み出せるキャッシュには頭打ちである。
となるならば、いわゆる市中銀行は、どの額までこれらに貸し付けられるだろうか?
銀行とて営利企業であるから、貸し倒れリスクを考えると、多くて農家の年収の2倍や、企業の売り上げの2倍くらいではないだろうか、というのは誰でも想像できる。
つまり、ジオンによってもたらされた災害によって農地が地球全土レベルで損害を受けたとしても、農家も農業企業も復興のキャッシュをだれからも借りられないのである。
多くの農家や農業企業によっても絶望的な状況であり、地球の食糧事情にも深刻な問題を引き起こすであろう事態を、古典経済学の常識である『神の見えざる手』では決して解決できないということが分かり切っていた。
連邦やジオンが公金を注入する? 残念ながら、人類が生み出した二つの理想国家は目下、物理ドメインでの大量消費戦争を実行中であり、両国ともに大陸復興だのコロニー再建だのに回せる金などビタ一文も出せない。
並の人間であるならば、ここで『詰んだ』と悟り、あきらめるであろう。
しかし、ジャミトフ・ハイマンは『勝った』と悟ったのである。
彼は経済戦争ドメイン担当将校として、直ちに世界中の荒廃農地を文字通り二束三文で安値で買い上げる『大陸復興公社』を設立した。
ジャミトフ率いる大陸復興公社は、荒れ果てた農地を前にして、ただただ茫然としていた農家や企業の従業員たちになけなしの現金を与えつつ、こう尋ねる。
『まだ農業で生活を立て直せる、としたら、農業を続けますか?』と。
もちろん、多くの農家も企業も首を縦にはふるが、ほとんどの場合は「でも、どうやって?」と問うてくるのである。二束三文の荒れ地をどうするのか、皆は想像できないのである。
だからこそ、ジャミトフら大陸復興公社は彼らにこう告げる。
『我々大陸復興公社が、土地をすべて買い取ります。そして農家の皆様にはこれを貸し付けさせていただきます。賃料は総売り上げの3.9パーセントで構いません』と。
しかし、荒れ地になってしまっているし、除染にも金がかかる。これは農地再開発と同じだから、どうしようもないのでは? と農業企業の役員などは問うてくる。
そこでジャミトフら大陸復興公社の社員たちは、切り札を出すのである。
『大丈夫です。我々が農地再開発を主導いたします。あなた方にはあくまで、売上の3.9パーセントを収めて下さるだけでよいのです』と。
甘い話ではないか、と多くの人々は疑った。
大陸復興公社というペーパー上に設立されただけの連邦政府関係の一公社がまともなことをするはずがない、と噂ばかりが先行する。
ジャミトフはそのような噂を鼻で笑う。
やって見せれば、すべては証明できるのだ、と。
一年戦争開戦後、ひと月も立たずに、月面の証券取引市場に一つのREITが上場された。
その目論見書の概要はこうだ。
・地球圏のすべての農地を大陸復興公社が買い取る(※すでに連邦政府支配域の3割を調達済み)
・大陸復興公社がこれら取得農地を改良し、農家・農業法人に賃貸する
・賃料収入から一定の管理費を除いた額を、投資家に分配する
・利回りは3パーセント程度となる見込み
・アスタロトデータ取得見込みあり
開戦後の月経済界の目端の利く連中は、この『大陸復興農業REIT』が、今後拡大していくであろう各種復興REIT証券化の先駆けであると察した。ファーストペンギンの総取りになりがちな不動産の証券化(※土地の数には限りがあるから)を知る財界は、我先にとこのREITに金を突っ込み始めたのである。
この後、ジャミトフは大量の復興REITを組成し、運用するようになる。
医療施設や介護関連施設の土地取得と設備投資を主軸とした大陸復興医療REIT、コロニー落としの災禍によって住宅を失った人々に住宅を賃貸する大陸復興住宅新興REIT等、彼は世界の救済を愛ではなく、金で実現する手段を知っていた。
「山が動いた、か」と電子口座に流れ込んでくるカネを、ジャミトフはジャブローの穴倉にあるモニターに囲まれた手狭な一室でじっと見つめていた。
そして、やおら連邦政府の外交委員会の事務局へと電話をつなぎ、ジオンへのホットラインを一つ貸せ、と宣言する。
誰だお前? と怪訝な問いをする電話口の向こうにいる役人に対して、ジャミトフはへりくだった口調でこう告げた。
『世界を救う、一介の公務員ですよ』と。
「──と、おおむねこのように、ジャミトフ閣下は当時のガルマ大佐と繋がることに成功なさり、タッグを組んで大陸復興農業REITにジオンの北米、南アフリカ地域をも組み入れることとなったのだ」
巨大な投資資金を集めた大陸復興農業REITからもたらされる金で、アスタロス計画他、さまざまな土地改良事業を加速度的にはやめて実施したのだ、とバスクはエマ少尉候補生に説明をしてやる。
エマ少尉候補生は「へぇ~」と感心したようにうむうむと、うなづいている。
そして、あっ、と手をポンっ、と鳴らした。
「つまり、一年戦争の頃から、ジャミトフ閣下とガルマ様はズブズブの関係だったってことですかっ!? あ、あ、あぁ~っ!? だから、一年戦争の終戦を主導することになるのは、ガルマ様なんですねっ!? そっか、北米統治やアフリカ農地をリカバリーをしているのは結局ジャミトフ閣下主導の金融マネーだし、そのマネーがないと、ジオンの地上降下部隊を支える食料も民心も維持できないんですね……」
エマ少尉候補生が、全てがつながった、と納得の表情を浮かべている。
当時、ジオン統治下の領域へと向かうジャミトフの安全を確保する護衛部隊長を拝命していたバスクは、ジャミトフの知己を得るとともに、そこでバスクが知らない特殊な戦争の領域が存在することを知った。
一年戦争を終戦に導く数字による決戦を見事に遂行し、農地復興という難敵をすべて降したジャミトフであったのだが、世間、ましてや政界では恐ろしく評価が低い……というよりも、理解されていなかった。
総力戦と物理領域戦争を混同しがちな大衆たちも、その大衆に選出された議員たちも、ジャミトフの計略が戦争の終結とどう関係があるのか理解できていないのである。
そして、連邦政府からも勲章を得ることもなく、ギレンの意を受けたガルマ主導のジオン公国特殊外交部と地球連邦政府との和平交渉の橋を架けたジャミトフの事を、バスクは心から尊敬していた。
「その通りさ。ジャミトフ閣下は狡猾で、気骨ある方だ。彼はどうすれば愚かな人類を救えるかよく知っている。愛を信じず、金を前にした人類の狡猾さを利用するジャミトフ閣下だからこそ──彼が主導するティターンズを、私たちは陰ながら応援させていただくのさ」
なるほどねぇ、と納得してうなずくエマ少尉候補生に、ガルマがティターンズに期待している旨を強調する。
そしてガルマは、艦橋の舷窓にむかい、大地を見下ろしながら言った。
「──地球にコロニーを落として、地球の生存基盤を破壊することで宇宙移民を促進する、なんて戯言を兄さんも信じていたわけがない。どうせ兄さんは、これを機に人口調整をしておこう、とでも考えたんだろう。あの人は、地球とコロニーの状況を複合的に考えて、このままでは人口問題で歴史が逼塞する、と言っていたからね」
機密、というものもあろうに、ガルマはそのギレンの試算データをあっさりと、お気に入りらしいエマ少尉候補生に渡す。
連邦の一介の少尉候補生に渡すには重すぎるデータを受け取ったエマは、おもしろそうっ! と不謹慎な喜びの声を上げて、タブレット端末に表示されているデータに見入っている。
「人類の間引きの監視に私を送り込んだつもり、だったのだろう。だが──」
ガルマは低空飛行させたザンジバルの舷窓から、黄金の大地を眺める。
払い下げられた旧ザクたち──殺し合いの道具ではなく、農業用として人々を支えるジオンのMSたちが、ザンジバルに向けて手を振っているのがバスクにも見えた。
農薬散布用に売り渡されたであろうルッグン偵察機がザンジバルの艦橋の隣に飛んできて、光通信にて電文『黄金の日々に乾杯』と。
「……私は坊やだからね。大地に生き残ってしまった人々を見捨てられなかった」
去っていくルッグンを見送りながら、ガルマがこぼした。
これがザビ家の次世代か、とバスクは羨望と同時に──どこに振り下ろせばいいのかわからない怒りの感情が腹の底からこみ上げる。
大きく息を吸い、吐いて、バスクはガルマに告げる。
「少々用事がありますので、一度お借りしている船室の戻らせていただきます」
バスクの言葉に、ガルマが「君には複雑な思いがあるだろう」とだけ告げた。
「大佐、顔色悪いですけれど、何か悪いものでも拾い食いしたんじゃないですか?」
まじまじと覗き込んでくるエマに「ガルマ様のお相手を頼む」とだけ言い残し、バスクは一人、艦橋から出ていく。
案内役の上等兵に案内され、ゲストルームとされている部屋にたどり着く。
ご苦労、とバスクが軽く頭を下げると、上等兵が敬礼をして、御用があればお気軽にどうぞ、と告げられ、部屋に入る。
ドアが閉じられ、バスクは狭いベッドに腰かけた。
抑えようと思うも、その激しい記憶の波を抑えられず、頭を抱えるバスク。
ジオンが、バスクの世界を壊したあの日の光景を思い出してしまう。
決して、ガルマが悪いわけではないのだ。
人類の歴史の流れと仏縁が、かような破滅をもたらしたはずなのに――ザビ家の名に、バスクはどうしても怒りを抱かずにはいられぬ未熟者なのである。
お前たちが始めなければ、犠牲は少なかったのではないか? と衝動的な怒りの発言が飛び出してしまいそうで、つい、ガルマの前から去ってしまった自身の狭量さを呪いながら、バスクは、ベッドに倒れこんだ。
ティターンズを盛りまくらないと、Zガンダム書けない病に罹患中。
もりもり純情ティターンズを曇らせたいんごご。
参考文献
『不動産証券化ハンドブック2023』