――機動戦士ガンダム0083 第12話
モンシアが世界一輝いていた瞬間。
経験ある士官らしく、敵部隊の展開マニューバを誰よりも先に気付いて警告するニュータイプ顔負けのワンシーン。
男女別寮あり。即日可能。
プチモビ持ち込みのこと。ない方は応相談。リースあり。
職業安定所の求人票を手に取って、それをじっと眺める若い女性がいた。
「まぁ、これでいいか」などと言って、彼女はそれをエントリー窓口に提出する。
申込書に書かれた名前は、フォウ・ムラサメ。
もちろん、本名ではない。
残念ながら名前も住所も、家族すらも一年戦争初期の大混乱ですべて失ってしまった。
孤児院をあちらこちらへと転院し、ひどい病気を患ったときは慈善病院として有名なムラサメ病院を頼った。
そのムラサメ病院で便宜上与えられたフォウ・ムラサメという社会保険用の仮称をそのまま使用し続けて、3年以上たったはずだ。
彼女はプチモビ屋として、さまざまな作業現場を転々としながら、なんとか日々食いつないでいた。
財産はまだローンが残っているドラケンECというプチモビだけ。軍用のそれより二回りもコンパクト化され、かつ経済的になった働くマシンで、フォウの生命線である。
メーカーはミドルモビルスーツとか言っているけれども、現場では小さいMSをプチモビと呼んでいるし、それを使用して仕事をする職人の事を『プチモビ屋』と呼ぶ。
フォウは、職業安定所に訪れている人々の様子を観察してみる。同業のプチモビ屋の人に気が付いて、軽く会釈したりなどしながら。
有効求人倍率は2倍近くになっているので、仕事があること、食べてはいけることに安堵した様子の者がおおい。
『UC0085年度末経済見通しについて、地球連邦政府はさらなる宇宙開発促進により、公共需要の増大と財政出動を強めていくと発表。同時に、宇宙への産業移転、特に無重力環境を利用した特殊マテリアル事業や、量子コンピュータをさらに進化させる新誤り耐性処理事業などに──』
職業安定所の片隅においてるモニターが、フォウにはよくわからないメディアニュースを垂れ流している。
言葉はわかるけれども、意味は何一つ分からなかった。
フォウが生きていくうえで必要だった知識というのは、今、メディアで流れているような言葉ではなかった。
プチモビで行う作業に関する言葉のほうがずっと大事で、アームや脚部に対する安全荷重や、地球重力下や月重力、あるいは宇宙の無重力化におけるプチモビの中心軸安定にかかわる計算機用のプログラムのほうがずっと大事だった。
そういうものは、現場の先輩の女性などに聞けば、たばこ一本、あるいはコーヒー1杯で罵声と一緒に教えてもらえる上に、理論ではなく、どちらかというと、この時はこう処理する、という刻み込む系の話なので、初等数学しかやっていないフォウでもなんとかついていくことができた。
現場で事故を起こしたらどんなにそれまでの仕事がよくてもクビになるし、安全運転履歴証明書にマイナス点が付く。
フォウにとって唯一の稼ぐ手段であるプチモビの安全運転履歴書にバツが付くのはよろしくないので、フォウはいつだって慎重に仕事をこなし、手を抜かなかった。
「──ムラサメさーん、フォウ・ムラサメさーん、手続きが終わりましたよ」
窓口のお姉さんが声をかけてくれる。クソ忙しい田舎の職業安定所にプライバシーの尊重だのはない。
フォウははーい、と窓口に駆け寄り、次の仕事先への紹介状を受け取る。
相手方にはすでに伝送されているので、フォウは何も考えずに現場へ行って、紹介状をスキャンしてもらえば現場仕事を振ってもらえる、ということになる。
いつもの流れで、いまではもう慣れたものだ。
「じゃ、がんばって」と窓口のお姉さん。
「お姉さんもね」と適当な愛想笑いを返して、フォウは職業安定所の入っているビルを出た。
指定された現場は、キタ・キューシューの特別復興都市というところで、カンモン海峡との間に巨大なトンネルを掘り進めるところだとか。
フォウはプチモビを荷台に乗せたぼろぼろのトラックで、現場のゲートに立ち寄った。
運転席の窓を開けて、ゲートの警備員に話をする。
「すいません、職安から来ました」と紙を差し出す。
「あいよ」と警備員のおじさんがコードを読むと同時に、セキュリティゲートが開いた。
「北7A地区があんたさんの現場な。赤い旗が立ってるとこに現場監督がおる」
「わかりましたー」
返事をして、トラックのアクセルを踏むフォウ。
構内徐行、の看板通り、制限速度以下で移動する。
なにせ、現場に様々な人が従事しているので、交通事故なんてものはまれによくあるレベルなのだからだ。
そんなことでマイナス点をもらうわけにはいかない。
指定された停車位置に止めて、トラックを施錠。
その足で北7A地区の現場監督が詰めているというプレハブ小屋へとお邪魔する。
図面とにらめっこしていた若い現場監督に声をかけると、あー、とすぐに「明日からすぐ入ってくれ。セグメント組み立てやってもらうから。7A12班の班長に挨拶しておいて」と命令されたので、フォウは指定された12班の班長とやらを探すべく、プレハブ小屋を後にした。
道行く先輩にコーヒー缶ひとつで情報を聞き出し、班長が仮住まいしている寮にお邪魔する。
女子寮棟の角部屋で、玄関の扉には『ロザミア・バタム』と名札がぶら下がっている。
「ロザミア班長~、本日からお世話になる、フォウ・ムラサメでーす」
ドンドンドンと、無遠慮にドアをたたくフォウ。
現場では陰湿なオフィスワーク的な気遣いなど不要で、とにかく、元気よく、はっきりとしゃべる奴が好まれる。わからないことを明確に『わかりませんっ!』と言わないと事故につながってしまうため、腹芸など使っている場合ではないのである。
そのため、人間関係も好きか嫌いか、ではなく、『使えるか、使えないか』だけしかない。
ゆえに、挨拶の態度などもあまり問題にはならず、適当な安菓子なり、コーヒーやらタバコのようなブツを添えてアイサツしておけば、大抵何とかなってしまうのだ。
「あーい」
ロザミア班長は、タンクトップ一枚の姿でドアを開けた。
ぽよんとゆれる何かに、でっか……と思わずフォウはこぼしてしまう。
「んだよ、挨拶しにきたの? マジメじゃん」などと、ロザミアが眠そうなまなざしのまま手を差し出してくれたので、フォウは握手を交わす。
「明日からよろしくおねがいしまス」と、フォウは軽く頭を下げて、箱を差し出す。
箱の中身は、この辺でアイサツ用の基本となっているらしい菓子の詰め合わせだ。
「あんがと。なんなら食ってく? 茶くらいだすよ」
尻の主張も強いなぁ、などとフォウはタイトなスパッツに視線を奪われながらも、彼女の招きに応じて部屋に入る。
当然だが、部屋の中は整理されていた。現場仕事をしている連中は整理整頓しないと気が済まないからだ。仕事道具がどこにあるかなんぞ探していたらイライラして正気を保てないくらいに忙しいのが現場というものである。
「失礼します」と、リビングテーブル代わりのキャンプテーブルとチェアのセットに腰かける。引っ越しばかりの流れ職人は家具を持たずに、こういうキャンプ道具を持っていることが多い。
「前はどこの現場?」
ロザミアがインスタントコーヒーの入ったプラカップを差し出してくれる。
あざます、とうけとりながら、フォウはこれまでの経歴を軽く説明する。
「トーキョーでドームの解体を」
「へー。あそこ、水没してどうしようもないもんねぇ」
などと、当たり障りのない会話をしながら、菓子を広げて二人で食べる。
「年は?」
「15、くらい」
「同い年じゃん」
世代が同じなら、共通の話題もたくさんある。
あれこれとどうでもいい話をしているうちに、フォウとロザミアの間にあった薄い氷の壁はあっさりと溶けて、同世代の同級生、くらいの感覚に代わる。
「これさ、いつも後輩にもらうんだけど、普通なんよ」
「あー、わかる気がします」
手土産の定番、といわれるだけあって、まずいものは一つもないが、旨すぎて感動する、というようなものもない。
はずれのない商品、というやつである。
「でさ、ここのトンネル工事も半年くらいで終わりそうだけど、次どうすんの?」
あるあるなロザミアの問いに、フォウはなんも考えてないです、と答える。
とりあえずプチモビさえ持っていれば、なんとかなってしまうのだから。
「ふーん。ほら、うちらみたいなガキなんて幾らでもいるわけで、プチモビ持ち込みの一人親方なんてケガしても会社の保障はないわけじゃん。自前のでしょ? これずっとやってくの大変だよぉ~?」
一応、一人親方保険というものには加入しているが、それに加入していないとこういう現場に採用されないからだ。
「大変なのは、わかりますけど……他にできることないし」
男に体を売って生きるのは、ちょっと嫌かなぁ、などとフォウはほかにできそうな仕事について考える。
10代でそういう仕事をしている子たちは、フォウなんかよりもずっと羽振りがいいのは知っているけれど、それを楽しんでやれるとは思えないのだ。
「だよねー。で、こないだ軍の広報官がチラシもってきたんよ」
はらり、と一枚の紙切れがテーブルに置かれた。
君もMSに乗ろうっ! と、なんだか可愛らしい小動物系のお姉さんが、ぴちぴちのパイロットスーツを着てポーズを決めている。
背景にはジム系のよくしらないMSが決めポーズで映り込んでいるけど、これはガンダムとかにしたほうが宣伝効果ありそうなどと、フォウは素人ながらに思ってしまった。
「このパイロット、ちょっとえっちすぎない?」
小動物系のおねーさんの写真には※モデル シャニーナ中尉 と書かれている。
正規パイロットでかわいくてえっちだとか、ちょっと嫉妬する。
「ぐぬぬ、なんか腹立ってきました」とフォウ。
「そうだろう、そうだろう、妹よ」
ぽんぽん、と勝手に義理の姉妹を作り出したロザミアがフォウの肩をたたく。
「で、調べたんよ。このえっち姉さん、動画にでてたんよね」
「え、えっちな動画ですか?」
「バカ、普通の広報動画だよ」
そして、携帯端末の画面に動画が表示される。
広報用に撮影されたらしいプロモーションムービーで、このチラシのお姉さんがインタビューを受けていた。
どうやらMSに乗りながらの、コックピット内カメラの映像をそのまま使ったものらしく、乗っているシャニーナ中尉は少し緊張しているようだった。
『え? 一番大事にしていることですか? それは、生き残ることですよ。死んだら何にもなりませんからね』
広報としてそれはありなのか? とフォウは思った。
普通は、何かしら使命感的な何かか、組織としての建前みたいなものをいうのではないのだろうか。
『これ、本当に大事で──ちょっと外部カメラに切り替えますね』
シャニーナが何かを操作する姿が映り、カメラの映像がMSの主観視点に切り替わる。
その視界に移っているのは、北京ベース演習場というところらしく、一年戦争で荒れはてた北京郊外の市街地をそのまま演習場にしているようだ。
鉄筋ビルを遮蔽物にして隠れながら、シャニーナの機体が物陰から物陰へと加速して移動していく。
『とにかく、まずは身の安全です。そうしないと……』
シャニーナ機がぽん、と何かを大通りに投げた。
それはバルーングレネードで、ポンッとはじけて大きな人型のバルーンを生成した。
風船が展開して秒も立たず、そのバルーンが弾けた。
どうやら演習弾に撃ち抜かれたらしい。
『こんな感じで、すぐ死にます。敵はプロですし、こっちもプロです。読みあいになりますし、互いにセオリー通りのことは、必ず仕掛けてきます。こんな感じに──』
シャニーナ機が通りとは別の方向、ビルの合間に伸びている細い道に視点を向けて、マシンガンのようなものを連射する。
『うぉっ!? あぶねっ!?』
と情けないおじさんの声が聞こえた。
どうやら、相手はバルーンを倒した後にすぐに移動をしてシャニーナの裏へと回ろうとしていたようだった。
彼女はその移動ルートと時間を正確に読んで、そこを攻撃したらしい。
『いまご覧になったように、敵は極めて冷静かつ合理的に、こちらを殺そうとしてきます。自分だけが生き残れる、自分は操縦がうまいから大丈夫、なんてことはないんです』
そして、シャニーナ機体の視界の映るビルたちが、急速に後方へと通り過ぎていく。
目にもとまらぬ速さで路面を滑走し、低い視線になったかと思えば、MSが通れるはずもないような狭いビルの狭間を、機体を横に傾けて滑空するという、プチモビ乗りならば『あ、安全基準違反だぁっ!?』となる動きを平然と行う。
そのまま敵役のジムの後ろに躍り出て、ビームサーベルを一閃。
絶対に倒せた、と視聴者たるフォウは固くこぶしを握ったが、そうはならなかった。
信じがたいことに、相手のジムの腕がぐるりと後方を向き、なんということもなくシャニーナ機の腕を狙撃し、ペイント弾まみれにしたのである。
『あ、やられちゃいましたね……』と焦るシャニーナの声。
相手の機体はそのままスラスタを使い大きく跳躍し、シャニーナの視界から外れる。
シャニーナのカメラが敵を捕らえたときには、すでに銃口がずずい、とアップで映っていた。
『中尉、教科書通り、背後に回ったなら射撃で仕留めろ。抜刀のほうが早い状況なんて万に一つもないんだからな……』
相手役のおじさんがシャニーナに注意をするが、決して嫌味な空気はない。
『中尉、お前が死んだら、俺は悲しいぞ』
そんなことを言ってのける敵役のおじさんに、フォウは目を見開いた。
フォウの様をみて、ロザミアもうんうん、とうなずく。
『えへへ、すみません、隊長。一回やってみたくて』
『そんなにやってみたいなら、後でやり方教えてやるから、撮影中にそういう無茶するのやめろ』
あきれた様子のおじさんの声で、演習シーンは終わる。
今度はカットが変わり、基地のパイロット待機所での姿が映る。
シャニーナ中尉はスーツの胸元を大きく開き、インナーを見せている。フォウはロザミアのタンクトップ姿と見比べて、ロザミアの勝ちで、私の勝ちだな、と優越感を覚える。
字幕で『何歳からMSに乗っていますか?』と出る。
『何歳のころからって……わたし、ムーア同胞団出身なので13か14のころから戦場に出てます。本当は15歳からじゃないと志願できないんですけど、そこはいろいろあって。あー、でももうすぐ二十歳かぁ。お姉さんになったなぁ。来年は大尉に昇進だし、がんばらないといけませんね』
『昇進ですか?』
『はい。軍隊の階級は職掌と紐づいていますから。いろんなキャリアレーンがあるので、それぞれの人生に合わせてレーンを選択する自由はあります』
自由……とフォウがぼそりとつぶやいた。
ロザミアも、動画を見るのは二度目だが、工事現場を巡り巡って食うや食わずの生活を送るよりは、動画の向こうの人生のほうはキラキラして見えてしまう。
そして何よりも、動画の向こうの女性が、自分たちと同じような年ごろの時は戦場をMSで駆け巡っていたという事実に、感動した。もしかしたら、自分もMSに乗れるから、同じようなチャンスをつかめるんじゃないか、と。
『えっと、みんな殺し合いにつかれて転職しちゃったので──訂正、軍は若い人とか、チャレンジしたい人をとにかく求めてます。どんどん応募してください』
シャニーナが軽く会釈する背後で、鼻毛カッターをウィーンと鳴らして鼻に突っ込んでいるおじさんが横切って行った。何とも締まらない広報動画である。
『地球連邦軍アジア太平洋方面軍MS教育団は、志願者を待っていますっ!』と安いフォントが画面の最後に映り込み、応募フォーム関係の問い合わせ先なんかがでかでかと主張されている。
フォウは、動画の内容はすでに忘れつつあった。
実は軍隊には興味ないし、MSにも面白さなんかを感じたことはない。
食べていくために、プチモビに乗っているだけだから。
でも……さっきのおじさんのセリフを言ってもらえるなら、軍隊はいいかも、と思ってしまった。『お前が死んだら、悲しいぞ』なんて、今のフォウに言ってくれる人はいない。
「……ちょっとだけ、興味がわきました」
「でしょ? あたしはさ、この現場終わったら志願するんだ。フォウも、その時やる気があれば、一緒にいこ」
びしっ、とロザミアが広報紙の注意書きのところを指さした。
そこにはフレンドシップ制度というのが書いてあって、友人同士で志願した場合、教育課程を一緒の場所で受けられる制度だという。何やら、旧アメリカ合衆国軍以来の伝統らしく、多くのバディがともに教育を受け、戦士になったそうな。
「考えて……おきます」
さすがに今日聞いた話を即決できないので、フォウはロザミアにまた半年後相談しよう、と提案する。
「うん。じゃ、明日から現場仕事、がんばろうね」
お菓子を食い散らかした二人は、そろそろお開きということで解散することになる。
ロザミアの案内で遅ればせながらフォウは自室の場所を知る。
そこは前の子が事故で死んでから空きっぱなしで、家具はそのまま使っていいとのことだった。
フォウは確信する。
この仕事をずっと続けていたら、こんな感じで終わるのか、と。
トンネル採掘工事というのは、お勉強ができる専門家の皆さんが考えた設計に基づいて、図面通り仕事を進めていくことになる。
工事手順そのものは分業化されていて、ロザミア率いる7A12班はシールドマシンが掘り進んだ穴に、よく知らない頑丈なコンクリでできているらしい『セグメント』というパーツをはめていく作業をやる。
シールドマシンがゆっくりと海底を掘り進み、堀ったトンネルが崩れないように筒状のコンクリ囲っていく、という仕組み、らしい。
シールドマシンが前に進むための足場にもなるので、セグメントは図面通りにしっかりはめないと、トンネル事故になって皆死ぬ、という笑えない状況になるらしい。
「今日もご安全にっ!」
と始業前点呼を終えて、フォウはロザミアの班員たちとともに、機体点検をして異常なし、と記録をつける。
最後に班長のロザミアが全員のプチモビをチェックして、本当に事故るようなメンテミスがないかを確認し、作業を開始。
ここから先は、心を無にする仕事。
とにかくコンベアで運ばれてくるパーツ分けされたセグメントをプチモビで傷をつけないように拾い上げ、それを壁面にはめ込むのだけれど、その前に下処理工程があって、ちょっとした壁面作業が入ったりもする。
プチモビ革命、などと土木産業界を沸かせただけあって、プチモビが一機あれば様々な重機の仕事をこなすことができる。様々な建設機械はプチモビの工具キットに置き換わり、プチモビ屋はそれら工具の使用について熟練していることを求められる傾向が強くなってきている。
フォウはたいていの道具を使えるので、重宝された。
結果、初日の作業時間で班員の中で『使えるやつ』ということになり、あっさりと受け入れてもらうことに成功する。
作業を終え、就業点呼を済ませたら解散。
ロザミアは次の作業班への引継ぎに向かい、その他は地上へとさっさと移動となる。
地上へと戻ったフォウは、班員らと適当に話を合わせながら飯を食い、風呂に入って自室へと戻る。
フォウは、何も考えずに歯を磨き、服を脱いで洗濯カゴに放り込み、明日の作業服を枕元に畳んでおいておく。
そして、疲れ切ったおのれの体をベッドに放り投げて、目を閉じる。
このベッドって、事故で死んだ子が使ってたんだろうけど、その子も死ぬまではこんな生活がずっと続く、って思っていたんだろうなぁ、などと考えてしまう。
「もしかしたら、軍隊も同じなのかも」
よく考えてみると、どこの世界でも一緒、といえるのではないかと思えてしまう。
仕事を探してくる人、計画して人を集めて仕事をさせる人、手仕事で成果物を出し続けなければならない人、みたいな感じだろうか。
よくわからないし、考えても無駄だから、フォウはそこで考えるのをやめる。
どれを選んでも、どうせ大変なんだろうな、ということしかわからなかったからだ。
海底トンネル堀の現場に慣れてからずいぶん経った。
現場監督が過労で入院したり、シールドマシンが壊れて作業が遅延したりとトラブルはあったけれども、おおむね工期通りに進んでいるということらしい。
そもそも24時間シフトを組んで工事をしているのだから、多少なりの遅延があったとしてもマンパワーの投入でどうにかなる、ということなのかもしれない。
今日は夜勤シフトだから何か腹に入れておこう、と夕方の食堂に赴いたフォウは、自分と同世代の子たちが想像以上に多く働いているのだと気づいた。
考えたら当たり前のことで、両親が戦争で死んだ子どもたちというのは基本的に金がないのである。生きていくために働くか、犯罪まがいのことに走るか、売春をやるかの三択問題になってしまうパターンが多く、子どもの権利条約なんてものはコロニー落としとともに吹き飛んでしまったのだろう。
「D定食にするか」とフォウは自身のIDをかざして注文端末を操作する。
あとは食堂の自動調理ロボットシステムが工場出荷出来立てホカホカ規格定食をご提供してくれるのである。
今日のD定食は、培養肉の照り焼きと、ごった煮野菜汁、あとは各人の趣味でイモなりライスなり、パンをとって食べるだけだ。
現場がやたら培養肉ばかり使うのは、宗教上の理由という問題を片づけるため、らしいけれども、何も信じちゃいないフォウはそんなことどうでもよかった。
というか、フォウにとってほとんどのことはどうでもいいことなのだ。
今日の飯がある、寝床がある、風呂まで入れる……それでは足りない、というのはあまりにも贅沢なのではないかと思ってしまうのだ。
「……みんな、疲れてる」
フォウは食堂の片隅のテーブルについて、ごった煮野菜汁をすすりながら周りの様子を観察する。
この現場は佳境に入ってきたからだろう。
24時間をシフト組んで回す現場は、だんだんと事故発生率が高まってくる。
作業の難易度が変わったからではなく、慣れや油断が増えてくる上に、従事している職人たちの疲労感が高まり、集中力まで削られているからだ。
そうなると、だんだん工事手順が雑になっていって、プチモビ事故も増えてくる。
例えば、作業現場のいたるところにあるケーブル注意書きを見落としての事故、などだ。
機体がひっくり返るような場合、周りにいる生身の作業員が死傷するし、あるいはケーブルが暴れても死傷事故は起きる。
基本、プチモビが入る作業圏内に生身の作業員が立ち入らない、ということになっているはずなのだが、なかなかどうして、事故は減らないのだ。
AIによる補助もある。しかし、プチモビの視界が360度死角なしでカバーしているなどということはないので(※そもそも安価だからだ)、カメラ外の死角に人やモノが入り込んでいたら、AI安全補助装置も動かない。
「あー、やばい現場感が出てきたねぇ。悪い予感しかせんわ」
ロザミアの声だ。
おっす、と定食のプレートを手にして歩み寄ってくる。
当然のように対面に座った彼女は、今日のサバモドキの味噌煮込み、うまそうだなぁ、などとコメントしている。
「あのさ、ロザミア」
「なんよ?」
「あたしさ、悪い予感っていつも当たるんだけど……って言ったら、どう思う?」
おずおずとフォウが申し出てみると、ロザミアは器用にハシを操りながらライスを掻き込みつつ、答えてくれた。
「そういうやつは、何人かいるよ」
ロザミアはいろんな現場でそういう子とあったことがあるらしい。
そういう連中の話を聞いて、危険を回避したこともある、とロザミア。
「あんたがさ、悪い感じがするってんなら、そうなんだろう。でも、それがどういうシチュエーションで起きそうかまではわかる?」
「うーん、それはちょっと」
細かいところまでは分からないのだ。この現場に絡んで、としかいえない己のなんともいえない予感力に、フォウは不甲斐なさを覚える。
「だよね? みんなそんな感じだから、単に不思議ちゃん扱いされて終わんだけど、うーん……」
ロザミアはきれいに平らげた定食のプレートを前にして、思案に暮れる。
「ちょっと注意深くする、くらいしかできないよね」
フォウなりに考えて、それくらいしかできないように思えた。
具体的に、例えば天井が落ちるぞ、みたいな話が出来るのであればいいけれど、ただ漠然と『すごく良くないことが起きる』としか分からないのだ。
「そうだよなぁ。12班で事故を起こさないようにする、ってことしかうちらには出来んよね」
所詮はガキの与太話だよなぁ、とロザミアがいうので、フォウも仕方ない、と諦める。
こういう予感はいつも当たるので、注意しておこうとだけ決めて、二人は食器をもって立ち上がった。
嫌な予感、というものがどういうものかを思い知らされたのは、その予感というか、耳鳴りのようなものがピークに達した二週間後のことだった。
遅番を終えて風呂を浴びて、ぐーぐーと昼過ぎまで寝ているときに、地響きと、ドーンという爆音にたたき起こされた。
窓がびりびりと震えていたので、相当にデカい音だぞ、と布団をかぶっていたフォウは、コロニー落としの日を思い出して震えてしまう。
コロニー落としの日もそうだった。
東南アジアの群島にある観光ビーチにニューイヤー休暇で家族と遊びに行って楽しんでいた時を壊したのが、落ちてきたコロニーだ。
海で泳ぎつかれてコテージでお昼寝をしていたときに、すごい地震が来て、パパに抱えられて外に飛び出したのを覚えている。
大きな津波が来る、とパパは高いところに逃げようとしたけれど、山まで走っていくには遠すぎたし、車を出そうにも、もう道路は渋滞していてダメだった。
でも、パパとママはあきらめなくて、プライベートビーチの裏にある飛行場に向かった。
そこに駐機していたVWのマークがある飛行機に駆け寄って──フォウだけが乗ることができた。本当はパパとママに乗ってほしかったけれど、集まってきた大人たちは、子どもと女性だけ乗せよう、と相談して決めた。
ママはパパと残るね、と泣きながらフォウは無理やり突き放されて……他の子どもたちと泣きじゃくりながら飛行機のハッチが閉まるのを嫌がったことを思いだす。
「パパぁ……ママぁ……」
フォウは、寮のベッドの上で布団にくるまって丸くなり、泣いた。
本当は逃げなくちゃいけないのに、なにもできなくてただ、丸くなって泣くしかないのだ。
「おいこらフォウっ! 火出てるから避難するぞっ!?」
バァン、と部屋の薄いドアがけ破られた。そこから飛び込んできたのはロザミアだった。
彼女は丸くなってベッドにこもっているフォウを見て絶句する。
「お、おい……」と、恐る恐るフォウに近づくロザミア。
「もうやだ……パパとママのところに行くっ!」
そう泣いて抵抗するフォウの姿にショックを受けたのか、ロザミアは口元を手で覆う。
しかし、このままでは、と判断したのか、ロザミアは被りを振って、声を絞り出したようだ。
「空が落ちてこようが、うちらは生き延びたんだろうがっ! テメェのパパとママのためにも、うちらは意地汚く生きるんだよっ!」
だりゃあぁっ! と奇声を発しながらロザミアが布団を強引に引きはがすと、エメラルドグリーンの髪を乱して泣きはらしたフォウの姿。
びぇぇ、と泣きじゃくる彼女をむんずと抱きかかえ、下着姿のまんま外に放り出す。
ああ、くそ、この格好じゃだめだ、と判断したらしいロザミアが、部屋の中に干してあったジャージをひと揃い掴んで、共用廊下で腰を抜かしているフォウに放り投げる。
「そいつを持って逃げんだよっ!」
ロザミアが、フォウの手を引いてくれた。
フォウはパパとママのところに行きたいというぐずりを止めて、黙って彼女についていく。
サンダルを履いて下着姿で駆ける彼女の様子を見咎めるものなどいない。
どの作業員も、避難計画に従って退避場所へと急ぐばかりである。
だが、不意に強烈な頭痛がフォウを襲う。
ロザミアもめまいを覚えたらしく、くそっ、とだけこぼして、その場にしゃがみ込んだ。
「こんな……時に……」とロザミアが悔しそうに言った。
「ちがうよ、ロザミア。むしろ、逃げちゃダメなんだと思う」とフォウ。
「ああ?」
「嫌な予感がする。なんだかプレッシャーが……」
今度はフォウがロザミアの手を引いて、人の流れを逆行する。
それはそれで困難を極めたのだが、次の瞬間、それが正しかったのを理解する。
一条のピンク色の光が走ったかと思うと、逃げようとしていた先が爆音とともに炎に染まった。圧縮されたビーム粒子が着弾とともに散って、それらが細かな粒子が人々を焼き尽くし、ハチの巣にしていく。
難燃素材で出来ているはずの落下防止シートが燃え上がり、それが群集の頭上へとふわりと落ちていき、人々を焼いていくさまを、フォウはその目に焼き付ける。
「な、なんだよ、これ……」
ロザミアが困惑しつつも、何かを感じたらしく、あっちか、と振り返った。
フォウも嫌な感じの中心のほうを探すように周りを探ると、ロザミアと同じところを見ていた。
それは、海底トンネル工事の立坑のほうだった。
何が起きているかわからないけれど、そこからビームが飛んでいることだけは分かった。
ところかまわずビームを乱射している主体が何なのかは分からないけれど、犯人捜しは二人にとってはどうでもいいことで、とにかく安全そうなところを探そう、となった。
しかし、そんなところはなかった。
こっちかな、と思えばやはり嫌な予感がして、ビームが飛んでくる、の繰り返しになり、へとへとに走りつかれた二人は、半ばあきらめて、泣きながら適当に逃げ込んだ現場監督の事務所になっているプレハブ小屋に隠れて、互いに抱き合いながらおいおいと泣いた。
このまま二人ともビームに焼かれて死ぬんだ、とフォウが諦めを口にすると、この世に生まれてきたことの意味って何だったんだよぉ、とロザミアが悔しがって、さらにひどく泣いてしまうばかりだった。
さて、強運が味方してくれたのだろう。
フォウは友人のロザミアとともに、小屋でわんわん泣いているところを、周辺を捜索していた州兵たちに保護された。
何があったのかもわからないまま、毛布をかけられたフォウとロザミアは診療所が設置されているテントに案内されて、健康状態に異常なし、と医療ロボの診断を受けた。
異常なし、だった子たちは州兵たちに「帰っていいんだよ」などと促されるが、当然ながら彼ら、あるいは彼女らの中で帰る場所があるなどという贅沢な暮らしをしている奴は1人もいない。
州兵たちだってそんなことわかっているはずなのに、と思うが、州兵らも悔しそうな顔をしながら「本当にすまない」と缶詰やレトルトパウチ、チョコをくれるだけだ。
「あの、あたしらのプチモビってどうなったんですか?」とロザミアが州兵の一人を捕まえて聞き出そうとする。
「プチモビ? ああ、駐機場は軒並みやられちまったみたいだ。マフティーの環境テロは、大抵そういうところからやるからな」
強く生きろよ、とキャンディの袋を二人に押し付けて、州兵は足早に去ってしまった。
「ふ、ふざけんなっ!」
ロザミアが悔し泣きのまま、膝から崩れて地面に拳を打ち付けて、血を流す。
「何が環境テロだよっ! 地球に穴掘らないと生きられないウチらみたいなのを殺したいって、どういう歪んだ連中だよっ!」
何もかも、最悪だ。
ロザミアが喚き散らしているのと同様に、フォウもまた悔しかった。
これからローンだけを抱えて生きていかなくちゃいけないし、再ローンを組むための頭金なんかどこにもない。
再出発するために金を稼ぐには、いよいよ体を売るしかないのではないか、という状況に無理やり追い込まれてしまった。
だけども、これはいい機会なのかもしれない、とも思えた。
下手にプチモビがあったから、何とか食いつないで生きていくことが出来ていたけれど、いつまでもアレ一つでどうにかなるわけじゃない。
事故で働けなくなったら、もうそれで終わり。なんの保障もないのだ。
だったら、せめて保障があるところで働くほうが、まだマシなのでは、と。
「ロザミィ」と、フォウは地面に伏して泣いているロザミアに声をかける、
「んだよ……一緒にチンコ舐める仕事でも始めるってか? 願い下げだね」
「違うよ。棒をシゴくってとこでは同じかもしんないけどさ」
軍に入ろう、とフォウは告げる。
「このままだったら、あたしたち、どん詰まりだよ」
フォウはロザミアの隣にしゃがみこんで、彼女をのぞき込む。
ロザミアが顔を起こし、フォウのほうをみる。
泣きはらした彼女の頬を、薄汚れた手で包んで、告げる。
「だったら、二人で軍隊で頑張ろうよ」
「フォウ……」
そうだよな、やるしかねぇんだよなぁ、とロザミアが自身の頬を包む手に、自身の手を重ねた。
「一緒に、やってやるか?」
「プチモビ屋魂を、みせてやろうよ」
そんな貧乏そうな魂あんのか? などと泣き笑いながら、二人は手を繋いで立ち上がった。
手元にあるのは州兵から貰ったお菓子パックだけ、
ATMに行って金を降ろせば、ヤリ部屋の隣室みたいなヒドイところくらい借りられるだろう。
来月の入隊申込までがんばろう、とフォウとロザミアは約束する。
二人は孤児だった。
いまも、孤児かもしれない。
しかし、もう、一人ではなかった。
北京には中国という巨大帝国の歴史的な遺構が大量に残されている。
その一つ、清朝の権力者、西太后が愛したと言われる頤和園を訪れていた文化人たるグリーン・ワイアット大将は、軍人として最後のキャリアを、中華帝国の歴史的遺産を数多抱える北京ベースで迎えらえることを、割と喜んでいた。
本当はベルファスト基地あたりで自身の別荘などを行き来しながら優雅に過ごしたかったのだが、レビルは『馬鹿を言うな。趣味は辞めてからやれ』という至極当然な理屈をもって、アジア太平洋統合軍の総司令官として赴任させられたのだ。
地方自治政府以上に力のある南洋宗徒たちやら、香港シティの経済特区、果ては観光復興特別地域である東南アジア諸島及び群島の治安を預かるのは、諸文化に通じた文化人として名高い上に、艦艇運用畑を歩み、昨今のMS運用に関しても並々ならぬ関心を寄せるワイアットにこそふさわしかろう、とワイアット自身も思っている。
宇宙については、目をかけていたバスク君のような前途ある者たちにそろそろポストを譲ってやるべき時期でもあるし、いつまでもジジイが要職のイスを温めているとカビが生えるだけだ。
「素晴らしい景観だ。昆明湖を眼下に見下ろしながら、大国の欲望にさらされ、食い散らかされていく大清帝国をいかにして守るか──西太后の苦悩を我がことのように感じ入りますな。そう思わんかね、シン少佐」
副官──ではなく、ゴップ閣下から預かったMS戦のプロに訊ねる。
「千山鳥飛絶 萬徑人蹤滅──」
シン少佐が漢詩を朗々と歌うので、ワイアットははっとした。
意外や意外、とワイアット大将はジャズを嗜みくらいしか雅事に興味のない武辺者かと思い込んでいたのだが、それは勘違いだったようだ。
「──孤舟蓑笠翁 獨釣寒江雪。つまり君は、孤独だけが彼女を包んでいた、と言いたいのかね。ふぅむ、権力者とは孤独だと訊くが、やはりそうなのかもしれんなぁ」
シン少佐とやらを見直したワイアット大将は、頤和園の広大な庭園が、いつか地球圏を人類が離れたのち、大自然に飲み込まれて消えるであろうことを想像すると、少しばかり胸が痛んだ。
「人の世というのは、思った以上に儚いものだとは思わんかね?」
「はっ。儚いからこそ、終わりあるからこそ、慕情は募り、情愛は深くなるのではないかと」
なるほどな、とワイアットはシン少佐を気に入った。
指揮幕僚課程を低空飛行する成績で卒業した、という話であったが、それはそれだ。
彼は勉強ばかりしてきたエリートどもと違い、MSに乗って前線でエースとして戦い続けてきた。そのような血反吐を吐く現場を知っているにもかかわらず、高級将校の第一歩としてそのような兵を『数』として扱い、一介の現場作業員として見る指揮幕僚課程の教育には面食らったであろう。
慣れれば──それが必要なことだと受入れられれば、成績も伸びようが、彼はどうもなかったらしく、課程を担当した教授陣からは『実戦部隊の旅団長向き』と評されていた。要するに、ジャブローに椅子はないぞ、という意味であろう。
まったく、官僚制度というものは意味もなく試験万能主義に陥り、試験が何かしらの能力を表していると組織人に『勘違い』させるもの。
本来、試験など『選抜の言い訳』にしかすぎない。
限りあるリソースをどのような理由でそう振り分けたか、という言い訳のために各種選抜試験があるだけで、その順位が何かを保障しているわけではないのだ。
野に智者、山に賢者、街に愚者とはよく言ったものである。
「シン少佐、君のことはゴップ閣下からよろしくと言われていてね。下手に扱うわけにはいかんのだ。ゆえに、君には将来の連邦軍をになう若人たちを育てる仕事をやってもらおうと考えていてね」
ワイアットはシン少佐に、アジア太平洋統合軍に付属している、キャンプ・モンゴリアを任せるつもりである。
古代より盛況な騎馬戦士たちを生み出したモンゴルの大地に、ワイアットはMS乗りを育てるための学校を用意した。
一年戦争時代に粗製乱造されたMS乗りの中で、比較的生存率がマシだったMS教導特技学校のカリキュラムをもとに、それを現場での経験値が高いシン少佐と、その部下のシャニーナ中尉に改良させることで一層強靭なMS乗りを育てることを目論んでいた。
北京ベースには宇宙港もあるため、軌道上に打ち上げることも可能。
つまり、重力下戦闘教育と、無重力下戦闘教育を行うカリキュラムを実施可能であることを意味する。
また、アジア太平洋統合軍の管轄下には様々な地形──砂漠、高地、山岳、原野、熱帯雨林に市街地。おそらく地上にあるほとんどの戦場地形について学ぶことができるであろう。
広大な演習場、そして歴戦の士官。
これらを手元にそろえることができたワイアットの『若人を育てるぞ』という野心は留まるところを知らなかった。
「閣下、そろそろ紫禁城のほうへ向かいませんと」
本来の副官である、目端の利く利口そうな顔立ちの少佐が声をかけてきた。
いわゆる、生粋のエリートと呼ばれる連中である。
彼ら、彼女らが、現場たたき上げのシン少佐のことを気に入らないのは聞き知っているうえ、妙な嫉妬意識を持っているのも分かる。
何せ、彼ら、彼女らの戦場はジャブロー戦しか知らないのだから。
「(やれやれ、シン少佐は苦労するな)」などと、ワイアットは前途有望な彼が折れないことを期待して、チャンスを与えるくらいしかできないのである。
上空から見下ろすと、濃い緑が広がるモンゴルの大草原の一画に、白い点が集中するエリアが目に入る。
古来からのモンゴル式建造物、すなわち、ゲル、パオ、ユルトなどというテント形式の構造体が並んでいるようだ。
それは大多数の遊牧民がそこで羊を飼っている、というわけではなく、アジア太平洋諸地域から集められたMS搭乗員候補生たちを飼育するための、教育用の放牧施設ということになっている。
一応、ワイアット閣下なりの思いやりにより、シン少佐に用意された活躍の場でもある。
北京のワイアット閣下から預かった新型SFS『ベースジャバー』を操るは、もちろんシン少佐──ではなく、彼の婚約者であるシャニーナ中尉である。
「隊長、このドダイ、遅すぎません?」
ドダイじゃなくて、ベースジャバーだ、とシン少佐は訂正しておく。ガノタというのは機体名の間違いにうるさいのである。
「どっちでもいいじゃないですか。どうせ中身はドダイなんですから」
「おい、身もふたもないことを……」
「ジオニック社による対連邦商取引の記念すべき一号ですけど、これ一年戦争の時のドダイのガワを変えただけですし」
そういわれると何も言えぬシン少佐である。
論破されて仕方なく地上を見ていると、誘導灯が光っている。
どうやら垂直着陸しろということらしい。
もちろんSFSはVTOL機なので、垂直離着陸も何のその。
歴戦のシャニーナの手に掛かれば、ふんわり着地である。
なんでも、新任の教育隊長はゴップ閣下の直属の特殊部隊出身らしい、という噂がキャンプ・モンゴリアの教官たちの間でもてはやされていた。
教官用の事務室として使用されている一つのテントに、第四教導隊、と書かれた看板がぶら下がっている。そこには3人のくたびれた士官が、カードに興じていた。
「そんなエリートがこんな田舎にくるかねぇ?」
と、バカにするように他の教官と話をしていたのは、ベルナルド・モンシア中尉である。彼とトランプゲームに興じている元不死身の第四小隊所属の面々──アルファ・A・ベイト中尉もアデル中尉も、あまり新任の教官には興味がなさそうである。
「そういえば、若い女性の中尉殿も赴任するとか」とアデル少尉。
「それを先に言えよ、ばっきゃろっ!?」とモンシアが色めき立つ。
「テメェより先任だとよ。言葉遣いには気を付け、な」
ベイト中尉のフルハウスが決まり、モンシアとアデルが頭を抱える。
「──いや、待てよ? エリート中尉のお嬢さんなら、この歴戦のオレ様のワイルドな魅力で、コロッとなんねーか?」
敗北から立ち直るのが早いのが、モンシアである。
ちょっとでも希望の炎が見えれば折れることはない、という逞しさは、賛否両論あろうものの、ベイトやアデルは比較的好意的に解釈していた。
「知らねーよ」とデジタル口座をチェックするベイト中尉。
「女性より資格試験ですよ」とアデル少尉も軍を辞めたあとのセカンドキャリアに向けて、なにかの問題集を開いた。
「ぐぬぬぬ、お前ら、どうしてそう、なんでも斜めに構えてやがんだ──ん!?」
モンシアが人事データを漁っていたらしく、端末の画面に驚いていた。
「ちょ、おいっ、シャニーナちゃんじゃねぇか!?」
モンシアはおぉ~神よぉ、と唐突に祈りだす。
その様にあきれるベイトとアデルだが、モンシアは恍惚感に満ちていた。
「広報専門のお嬢ちゃん中尉なんかに、興味あんのか?」とベイト中尉。
「ムーア同胞団なんて存在しないんでしょ?」とアデル少尉もあきれる。
「ばっきゃろっ! そういう設定がいいんじゃねぇか、設定がよぉ……お前らは、アイドルっちゅうのが全然分かってねぇ」
そんなことを熱く論じるモンシアだが、誰も聞いてはいなかった。
『教育隊長がまもなく着任される。教官室各員は、直ちに教育隊司令部天幕前へと集合せよ』
アナウンスで呼びかけが始まり、不死身の第四小隊の面々はベテランの雰囲気を漂わせながら、やおらと席を立つ。
「まぁ、いっちょ、エリート少佐さんとシャニーナちゃんに、本当のベテランのミリョクってやつを伝えてやりますかね」
などと鼻息を荒くするモンシアに、バカに付ける薬はねぇなぁ、とベイトとアデルがあきれるのであった。
司令部──ということになっている、大型テントの前に整列した教官らは、教育隊長代理であるサウス・バニング大尉に率いられて整然と整列していた。
列に並ぶモンシアら不死身の第四小隊の面々は、新任の教育隊長さんはどんなもんかねぇ、と見学気分であり、モンシアだけはシャニーナたん、と鼻息を荒くしていた。
「なんでこいつ、シャニーナシャニーナってうるせぇんだ?」とベイト中尉。
「広報動画でハマったらしいですよ。もともとアイドル好きですからね」とアデル少尉。
「設定がいいんだよなぁ~。テメェらにはわかんねぇだろうが、若い身空で歴戦のパイロットって設定がいいんじゃねぇか」
設定ねぇ、などとベイトとアデルがモンシアの趣味を理解しかねているところで、バニング大尉から『気を付けっ!』と号令がかかり、反射的に全員が背を伸ばす。
新任のエリート少佐さまやアイドル中尉にはまねできないであろう、圧倒的な経験と実力がバニング大尉にあるからこそ、不良軍人でしかない第四小隊の面々は彼の号令に従うのである。
『敬礼』とバニングの声に従い、モンシアらも気合を入れて敬礼する。新任少佐どののためではなく、バニング大尉のメンツのためだ。オヤジに恥をかかせるわけにはいかねぇ、というのは不死身の第四小隊の面々共通申し送り事項である。
「──ご苦労、休ませてくれ」と新任の少佐が答礼。
だが、モンシアはそんなことよりも、シャニーナ中尉の姿を認めておほぉ~とため息をつく。リアルを見て、動画よりすんごぉい、と感動したのである。
『休めっ!』とバニング大尉の号令。さらに、楽に休め、と続いた。
教育隊長着任の挨拶、というのが執り行われ、少佐が急ごしらえの板材で作られた壇上に立つ。
「えー、本日は御日柄も良く……なんて話はいらないな。いいメンツが揃っていて、俺は震えている。特に、不死身の第四小隊を部下にできるとは嬉しい限りだ」
いきなり褒め殺しかよ、と不死身の第四小隊の面々は呆れる。
たまにこういうエリートがやってくる時がある。
全員の名前を憶えていて、全員の功績をしっかり頭に叩き込んでいるホンモノというやつである。
こういうガチなエリートは、お客様接待をして、任期を終えるまでつつがなく過ごして貰たほうがいい。何せ、こういうのは育ちも良ければ家柄もついていたりして、下手に不興を買えば、いくら不死身の第四小隊出身だからと言って予備役送りになりかねない。
「やべーな」とベイトが小さくつぶやく。
「オヤジさんも緊張してますね」
アデルが言うように、モンシアがバニング大尉のほうをちらりと見てみると、妙に真面目腐った顔で少佐殿の話を聞いておられた。
あのパターンは、ものわかりがいいタイプのエリート上司が着任してしまった場合のやり過ごしシナリオのときの顔だなぁ、とバニングも悟る。
「MS乗りだったみたいですけど、撃墜数とかちょっとおかしいですよね」
アデルのいうことはもっともだ。
モンシアも人事書類のデータくらいは目を通している。
おそらくは、エリート少佐殿の経歴を拍付けするためにジャブローのモグラたちが色を付けたデータを作っているのだろう。
「──諸君らの忠実な職務邁進を期待する。以上」
ほとんど話を聞いていないうちに、少佐どのの演説が終わった。
各自所管の任務へと戻ること、かかれ、という号令が出たので、不死身の第四小隊他、教官たちのはバニング大尉に敬礼をしてぞろぞろと、それぞれの事務テントへと戻っていく。
だが、やんちゃダメおじさん筆頭格であるモンシアだけは違った。
誰よりも早くシャニーナちゃんとお知り合いにならなければ、という使命感の元、一人こそこそと、女性下士官に居室天幕に案内される彼女の後をほいほいついていくのであった。
次はMSの現況チェックのために整備隊長と話をしないと、などと考えごとをしながら歩いていたシャニーナは、不意に物陰から現れちょび髭の男性に気付くのが遅れた。
「誰か?」と自然と誰何する形になり、シャニーナの手が拳銃へと伸びる。
「おぉっと、失敬。第四教育隊MS教官、モンシア中尉でありますっ!」
ビシィッ! と効果音でもつきそうな敬礼をするモンシアに、シャニーナは答礼する。
「あなたが元不死身の第四小隊の……」
シン少佐から聞いている。歩く下半身だから警戒するように、と。
とはいえ、根っからの悪人というわけでもなく、ちょっと頭がわるいだけだ、という話であったが。
「おぉ、御存じでいらっしゃいましたか。このモンシア、大変うれしく──」などと、流れるように握手を求めてきたので、仕方なくシャニーナは握手を交わす。
後でしっかり手を洗っておこうなどと思わないでもない。
「シャニーナ中尉です。一応、私の方が先任ということになるので、よろしく」
二十歳になった彼女と、おっさんのモンシアが同じ階級かつ、シャニーナが先任という状況はかなり珍しいが、ありえないわけではない。本来では先に中尉になったほうが先任となるのだが、アルファ任務部隊所属だったため様々な規則上の効果により、不条理にも彼よりシャニーナが先任中尉ということになってしまうのだ。
「よろしくであります。それで、シャニーナ中尉どのに、このベース・モンゴリアをご案内するお役目を預かれれば幸いなのですが」
なるほど、やっかいなおじさんだなぁ、などと思いながら、ちょび髭が可愛いので許すか、とシャニーナはモンシアに案内するように、と命じる。
「まずは整備大隊のところにお願いね、モンシア中尉」
「かしこまりました」
モンシア中尉に案内されることになったわけだが、道中、彼のたわ言に耳を傾けなければならなかったので、ゴップ閣下から教わったバカな男をあしらう『必殺さしすせそ』を駆使して自動処理をする。
さすがです
知りませんでした
すごいですね
センスいいですね
そのとおりです
これらのワードを出来るかぎり可愛く言っておくだけである。
なお、すでに隊長に試して効果を確認しているので、モンシアに対しても効果はてきめんであった。
整備隊長から教育に使用するジム及び、ジムトレーナーはおおむね良好な状態にあると報告を受け、実物を確認する限りでも、ぎりぎりアリかなぁ、とシャニーナは兵站状況レポートに記録をとっていく。
忙しくしているシャニーナの隣で、モンシア中尉が一年戦争時代にジムに乗って大活躍した話をしているので、少しばかりイライラしてしまう。
「すごいですねぇ」と適当にあしらっていると、モンシアが、そうだ、と思いだしたかのように言い出した。
「シャニーナ中尉どのもジムに乗られていたとか」
上目遣いに訊ねてくるモンシアにイラっとしながらも、そうだと答えるシャニーナ。
一年戦争の頃はハッキリ言って素人だった。
もし隊長がいなかったら遺体もなく蒸発させられていただろうと思うと寒気がする。
いまの力があれば──もし、過去に戻れたら、あの時の仲間であるシュバイツァーやチェン=リェンを助けられたのかもしれない、などと思わない日はないくらい、後悔しかない。
「どうでしょう、ジムトレーナーでご一緒に、整備状況のチェックなどは」
モンシアがそんなことを言い出したので、シャニーナはそれも一興か、と判断する。
報告を聞き、数値を確認し、外観チェックをするだけでもだいたい分かるが、本当の状況は確かに動かしてみれば分かるともいえる。
せっかくなら重力下戦闘をやって、どの程度ムリさせることが出来る機体の状況なのかを確認して、MS候補生たちの安全マージンを出したほうがよいだろう。
「なるほど、一理ありますね。モンシア中尉」
「はぇ?」
なぜかモンシア中尉が怪訝そうな顔をするが、シャニーナはジムのコンディションについて頭がいっぱいなのでそれどころではない。
「整備隊長、ジムを二機出していただけます? 同程度のやつで」
できますぜー、と整備隊長の大尉が返事をしたので、シャニーナはモンシアに告げる。
「じゃ、モンシア中尉。実機演習といきましょう」
「は、はい?」
やはり、なぜかモンシア中尉はへんてこな返事をするばかりであった。
予定と違いすぎるだろ、とモンシアは毒づきながらジムのコックピットに座り、起動プロトコルを消化するために、忙しくスイッチを触っていく。
『モンシア中尉、先に行きますね』とすでにハンガーから離れたシャニーナ中尉の素ジムが、こちらに通信を入れてきた。
「了解です。すぐに行きますんで」
初動立ち上げて俺が負けた? スクランブル発進を俺よりやり込んでるなんて話はありえないだろ、とモンシアは焦りつつも、数秒遅れでジムを立ち上げ、ハンガーから離れてシャニーナ機体の背中を追いかける。
本来のプロットでは、シャニーナとジムトレーナーに乗って、実はわたし、MSなんてのれないんですぅ、みたいな暴露話を聞きつつ、アイドル役をやる苦悩や辛さのようなものを聞き出して仲を深め、互いの心の距離を縮めるはずだったのだが──
そんなことを考えながら、ただ広いだけの草原に立つ。
MSの基本挙動演習を行うために、この広大な野原を後日、数多のジムが走ったり転んだりする予定のエリアである。
『モンシア中尉、近接格闘演習だ。サーベルを演習設定に切り替え。被弾設定は──』と彼女から矢継ぎ早の指示が飛んでくる。
この子、演習しまくってたということなのだろうか? とモンシアの頭に???? が無数に浮かんでくる。地球連邦軍アジア太平洋統合軍のアイドル広報官って設定じゃなかったの? と。
『よし、設定相互確認──モンシア中尉、サーベル長の設定をこちらと同じにしろ。標準の半分以下でやる』
ビームサーベルは短くすればするほどに密度が上がり、一撃の威力が上がる。
重装甲のビグロのようなMAをサーベルで仕留めるときや、艦艇の推力発生装置を狙うときなどに使うのだが……これを対MS演習で使うということは、すなわち、懐に飛び込んでぶつかっても構わないガチ系演習シナリオである。
MSの四肢を使った格闘挙動を混ぜ込んだ激しい戦闘は、重力下でやるとパイロットの負荷が大きく、下手をすれば頸椎をやりかねない危険な行為だ。
「シャニーナ中尉、つかぬことを伺うのですが、重力下での──」
『大丈夫です、モンシア中尉。相手の中身をミンチにしないよう、ヤザン少尉とみっちり練習してきたので』
誰だよヤザン少尉って、という思いも走るが、なんでそんなヤバい訓練をあなたの年齢で積んでいるのですか? と思う間もなく──
『相互チェックよし。カウント3でいくね』
いや、そこは普通、10だろ? とモンシアは舌打ちしながら、操縦桿をどうさばくか、頭を高速回転させる。
このアイドル、もしかしてMSも乗れちゃう系、というか、MSで本当に人殺してた系なのでは? とモンシアは己の中のアイドルが溶けて消えてしまうような感覚を覚えた。
──なお、演習は計5セット行われ、うち4セットはシャニーナ機によるモンシア機の撃破。1セットを辛くも、モンシアがプライドをかなぐり捨ててガチスタイルを発揮したので、シャニーナ機小破の判定であった。
『整備状況は良好ですね。ある程度は思い通りに動かせました』
うきうきと楽しそうに語るシャニーナ中尉の感想戦に付き合いながら、モンシアは割れたヘルメットバイザーにテープを張りながら、三半規管をやられたせいでぐるぐるする視界と戦っていた。
かなり激しく衝突があり、モンシアは複数回、地球の重力というやつを本気で恨んだ。
大地に叩きつけられても故障しないジムの耐久性もさることながら、素ジムで本気の格闘を躊躇なくかまして、こっちのコックピットをガンガン揺らしてくる鬼畜行為に本気で引いてしまった。
普通、演習でコックピット周りを殴るのは禁じ手だろうが????
「な、なかなかやりますね、シャニーナ中尉」
『モンシア中尉も、さすがです──実は、わたし、いまちょっと嬉しいんですよ』
む、意外な方向で心の距離が近くなったのか? とモンシアは吐き気をこらえつつ、希望に胸と妄想を膨らませた。
『ヤザン少尉相手だとフルセット取られちゃうし、隊長相手でも4セットは取られて……ホント、なんていうか、前の部隊の人達って容赦ないんですよ? ラムサスさんとかダンケルさんとはちょうどいい感じに戦えるんですけど』
こっちがゲロ吐いてても『息を止めてでもあがかないと死ぬぞ』とか隊長は平気でいうんですよねぇ、などと、前任地のヤバい話のオンパレード。
うちのバニング大尉もなかなかなの厳しさだったと思うモンシアだが、そのアルファ任務部隊とかいうところはあまりにも──ブラックすぎた。
『コックピットを揺すらないと、演習に身が入らないとかうちの艦長が熱弁してましてぇ』
「か、艦長?」
意味が分からなかった。MSに乗らない艦艇運用士官がなぜコックピットを揺らす話をするのか、モンシアには理解できない。
『うちの艦長、元ガンダム乗りで、すんごい演習にうるさいんですよ。ちょっと奇麗だから、うちの隊長も鼻の下のばしちゃって……なんか腹立ってきましたね』
意味が分からない。ガンダム乗りが艦長で、その人がキレイなオネーサン?
頭を激しくぶつけすぎたか? とモンシアは背筋が冷たくなる。
実はヤバい神経もやられてて、下半身もオシゴトできなくなっているのではないか? などと不安に押しつぶされそうになる。
『あ、そうそう、0083年の地球外生命体戦役のとき、わたしたち72時間以上機体に乗ってて。あの時はさすがに死ぬかと思いましたね。でも隊長はまだいけるみたいな顔してるし、同期のヤザン少尉なんか楽しんじゃって──あ~なんだか懐かしくなっちゃいますねっ!』
モンシアは、吐いた。
いかれたモンスターがキャンプ・モンゴリアにやってきたのだという現実をようやく体が受入れて──拒否反応を示したのだろう。
モンシアが愛したシャニーナもまた、死んだ。
いま嬉々としてブラック話を続けているのは、可憐な女の子の形をしたモンスターである、と認識しなおし、モンシアは嗚咽した。
『ちょ、モンシア中尉が泣くんですかっ!? あ、でも、なんだかわたしも懐かしくって、泣けてきちゃったなぁ……またみんな戦場に出たいなぁ』
しみじみとした口調には、戦場への思慕が溢れていた。
戦場なんか行きたくねぇよ、とモンシアは内心で吐き捨てながら、さらにメットを汚すのであった。