シン/機動戦士ガンダム   作:すしさむらい

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 我らもただの人間だが……
 人は、ただの人間であることに異議を唱え、そこから抜けようとあがく瞬間からただの人間であることをやめるのだ。

 私は、随分前に「ただの人間」をやめたぞ。

 泣き言も、自分が小さい事を悲しむのもやめた。それよりは隠れて努力することにした。

 努力は恥だが、悲しむよりはいい。
 ただの人間である事を悲しむよりも、世界を敵に回して戦うための実力を磨くほうがいい。
 どんな人間よりも、我らは恥をしのんでいる。
 必要なら我らの信じる事を、万難を排して行うためだ。
 そこで既存の勢力と戦いが起きるなら…、
 その結果、世界は、我ら(ガノタ)に征服されるのだ。

~ガノタについて 芝村 舞~


第八話 0080 俺が、お前を、倒す

 

 シン大尉はシャトルの窓から月面都市の輝きをみつめていた。

 月面都市と聞いただけでシン大尉の中の人は大興奮である。中の人の故郷では、月面というのは地球から逃れた富裕層が住まうゲーテッドコミュニティであったからだ。

 ゆえに、どうしても月というものに憧れをもってしまう。

 

 企業都市、フォン・ブラウン。

 先鋭化した資本主義の到達点ともいうべき経済都市に、シン大尉のシャトルが降り立つ。

 

 さて、アナハイム社指定の私設宇宙港に降り立ったシン大尉は、田舎からのお上りさんと同じく、月面構造物の洗練されすぎたデザインの内装をきゃっきゃと楽しみながら、携帯ナビの案内に従ってすすむ。

 

「お、この先だな」

 

 めざすは、ガンダム開発計画準備委員会の拠点となっている、先進技術開発棟である。

 夢にまで見た、アナハイム・エレクトロニクス社のオフィス。

 ワクワクがとまらねぇぜ。

 

「はーい、そこまでっす」

 

 ナビのガイドを無視して進んではならぬ通路にむかったシン大尉を止める者がいた。

ガンダムを、未来オフィスをみたいんだよぉというガノタの悲願成就を妨げるのは、かつて戦場をともにしたノエミィ・フジオカ軍曹改め、少尉である。

 

「どこ行くつもりっすか。大尉はこっちすよ」

「いや、ちょっとトイレを」

「トイレならそこっす」

 

 ノエミィ・フジオカ技術少尉が、指さした先には、男女その他のユニバーサルトイレットゾーンがあった。

 

 地球を出発する際、今回の技術支援リーダーだとノエミィ・フジオカ技術少尉を紹介されたときは驚いた。

 なんでも、シンが中級幹部課程を履修しているあいだ、彼女も技術幹部課程を履修し、大学院にも通っていたらしい。

 フォン・ブラウンに向かうまでのシャトル機内であれこれと彼女の話を聞くと、なんど除隊申請出してもダメだったそうだ。あ(察し)となったので、軍隊ってのは理不尽なものだよと諭しておいた。

 

 さて、ノエミィ・フジオカ技術少尉に引っ張られるようにしてたどり着いたのは『ガンダム開発計画準備員会 連邦宇宙軍月面方面戦技教導隊分遣隊派出所』という、廃材利用の看板が立てかけてある元物置であった。

 

「これじゃ、ない……」

「ちょっと、大尉、何グダグダいってるんすか、早く荷ほどきするんすよ」

 

 元物置部屋の中にはダンボールが積み上げられていた。

 0083で描写されていた、あのアナハイムのおしゃれで近未来的なオフィスは、ない。

 

「あ、大尉、中古のエアコンおいてあるっす。吸排気口は……いけそうっすね」

 

 物置の壁面を調べて、うんうんとフジオカ技術少尉が何かを調べている。

 

「フィルタ替えたら使えそうっすね。じゃ、あーしは需品科にいって機材とエアコンの部品とってくるんで。戻ってくるまでに机の組み立てとかロッカーづくりよろしくっす」

 

 じゃーねー、とノエミィ・フジオカ技術少尉が去っていった。

 取り残されたシン大尉は、しぶしぶ、説明書を読みながらデスクや電子ロッカーの組み立てを始めた。

 

 

 二台のデスクとガンロッカー(フォン・ブラウン市役所の封印つき)。そして偉い人に繋がる特別な通信端末。それだけでミチミチの状態になってしまうのが『ガンダム開発計画準備員会 連邦宇宙軍月面方面戦技教導隊分遣隊派出所』である。

 

「エアコンが動いてよかったよ。ありがとう、フジオカ技術少尉」

 

 

 空気の流れの悪い部屋で黙々と組み立て作業に従事していたシン大尉は、フジオカ技術少尉のおかげで、空気を循環させることの重要さを再認識していた。

 

「はぁ。それよりも腹減ったっすね」

 

 ノエミィ・フジオカ技術少尉曰く、先ほどアナハイム・エレクトロニクス社のガンダム開発チームが、素敵な社員食堂でディナー・ミーティングをしているのを目撃したらしい。

 腕の立つシェフが料理を提供してくれるらしく、残業を頑張る社員たちをしっかりサポートしてくれるそうだ。

 もちろん、シン大尉たちに利用権はないが。

 

「レーションならあるぞ。タンドリーチキンと、テリヤキチキン、どっちがいい?」

「チキンしかないんすか」

 

 二人は大して味の違いが判らないチキンを半分こにして分け合った。ぼそぼそのパンをかじり、得体のしれない合成コーヒーで乾杯する。

 

「あー、もう、最悪っすよ。せっかく月に来たのに遊びに行けないなんて」

「制服での外出は禁止、だぞ。べつに私服でうろつく分には問題ない」

 

 月面中立都市宣言の効果で、月面にある各都市はいずれも連邦、ジオンいずれの将兵も出入り自由だ(武装の封印措置はあるが)。ただし、0083のアルビオン隊のように、制服でうろつくと揉めることになるので禁じられている。

 

「――マジっすか?」

「ああ」

「なんで早く言ってくんないんすか! ゴップチキン食べちゃったじゃん!」

 

 突然怒り出すフジオカ技術少尉に、シン大尉は困惑した。

 

「えぇ……」

「ほらっ! 大尉も着替えるんすよっ! 時計見てください、もう課業終了! はい、ガン所長、訓示っ!」

 

 ガンダム開発計画準備員会 連邦宇宙軍月面方面戦技教導隊分遣隊派出所、略してガン所だそうだ。

 

「えー、明日から実機調整と対抗シミュレーションやるので、協力を頼む、以上。分かれ」

「分かれます!」

 

 シン大尉とフジオカ技術少尉が敬礼をして課業終了の儀式を終える。

 

「じゃ、準備したら、空港のロビー集合。30分後っすよ、いいっすね?」

「あ、ああ」

 

 フジオカ技術少尉があっという間にいなくなった。

 月面滞在中の宿舎は、ここアナハイムの私設空港に併設されているビジネスホテルの一室となっている。すでにそれぞれの私物は運び込まれていることだろう。

 

 

 

 さて、私室でカジュアルスーツに着替えたシン大尉は、フジオカ技術少尉に言われた通り、アナハイム私設空港の待合ロビーのベンチに腰掛けて待機した。

 ついたぞ、と位置情報とメッセージを送っておく。

 そして、しばらくガラスの天井の向こうに広がっている宇宙を見ていた。

 地球と違って、本当に星がきれいに瞬いている。

 

「お待たせっす!」

 

 Tシャツにオーバーサイズのネルシャツを着たフジオカ技術少尉が声をかけてきた。

 グランジファッションの申し子となったようだ。

 長らく娑婆の空気というものに触れていなかったシン大尉はまじまじと見てしまう。

 

「な、なにじろじろみてるんすか……」

「いや、センスあるなと」

「大尉がコンサバすぎるだけっしょ」

 

 実は年が近い二人なのだが、ならんで歩いてみると、いかにもおっさんと女子学生といった感じになってしまう。

 そんな様を互いにわいわいと話しながら、空港前で無人タクシーを拾い、フォンブラウン市内へと向かった。

 

 

 無人タクシーの検索AIにシックな宇宙世紀JAZZバーを提案してもらい、現在混み合っていないところに送ってもらった。

 タクシーを降りると、そこは歓楽街から一本奥に入ったエリアとなっていた。静かに飲む連中に向けた店舗が多いらしく、ネオンサインやMRサインは控えめなものが多い。

 行き交う人々も、勤め人やカップル、そしておそらく軍人ばかり。

 

「へーっ、月の飲み通りってきれいなんすね」

 

 月面の不動産会社があの手この手で再開発を繰り返しているらしく、0083でウラキがボコられていたような通りはもっと奥まったところか、下層にあるらしい。

 

「じゃー、まず一件目っすよ!」

 

 フジオカ技術少尉につれられるままに、ちょうどJAZZバンドが交代作業をしているタイミングのバーに入った。

 テーブル席に二人で座り、パネルでサラダとナッツを頼む。

 

「何にするんだ?」

「あーしはホワイトエールで」

「自分はスタウトにするよ」

 

 注文してしばらくすると、シャープなスタイルのお姉さんが二つのジョッキをテーブルに配膳してくれた。

 

「かんぱーいっ!」とフジオカ技術少尉。

 

 二人でグラスを軽く合わせて、さっそくジョッキを半分ほど空にする。

 

「うまっ! これガチのやつじゃないっすか!」

「停戦のおかげで地球や各コロニーからの物流が正常化したんだろう。戦争ってやつは、市場から戦場へと物とサービスを移動させてしまうからな」

「そうじゃねぇっすよ。うまいなっ! って相槌打つところっすよ。そんなんだから大尉はモテないんすよ」

「す、すまん……」

 

 なんだか同じようなことをゴップ大将に言われていたような気もするが、どうだったか思い出せない。平手打ちされたときに記憶が飛んだのかもしれない。

 

「お、新しいバンドっすね。2ピースじゃん」

 

 ジャズステージを見ると、ガノタならば押さえておくべき人物がいた。

 

(イオ・フレミングとタトゥーのビアンカ……)

 

 ペガサス級強襲揚陸艦スパルタンのパイロット連中である。

 ゴップ大将は、何が何でもジオンのサイコミュ技術とリユースサイコデバイスを手に入れると言ってたが、もしかして月面で何か陰謀ゲームをやってるのか?

 

「いいじゃん」

 

 イオとビアンカ、ドラムスとピアノのセッションが始まった。

 まずはクラシックだがモダナイズアレンジされた『キャラバンの到着』だ。

 ミシェル・ルグラン特有の、リズミカルなエスプリをキメている原曲。

 イオとビアンカのセッションは完ぺきなグルーヴであり、音響に色彩が満ちていた。

 

「ちょ、何泣いてるんすか……」

「うぅ――生まれてきて、よかった……」

 

 ガノタにとって、イオとビアンカのセッションを生で聞けることは、父なる何かから啓示を受けたイエス・キリストと同じレベルの感銘である。

 つまり、シン大尉はいま、祝福を受けているといっていい。

 

「大げさな……二曲目は最近の曲っすね」

 

 サンダーボルトのサントラでおなじみのアレがかかり、ますますシン大尉は涙を流しながら追加のスタウトをオーダーする。

 本当はバーボンウイスキーに手を出したいのだが、深酒での失敗は二度とできないので、ビール系統でがまんしておく。

 

「――よぉ。そこのカップル。そんなにオレらのセッションに打たれたかい?」

 

 イオ・フレミングが、3曲目を終えたマイクパフォーマンスでシン大尉のテーブルに声をかける。

 

「最高のグルーヴだよ。ハートがブルった」

 

 涙と鼻水を流すシン大尉が、率直に答えた。

 

「ありがとな。なんか希望の曲はあるかい?」

「なら、Moanin’を」

「――サックスが足りねぇなぁ?」

 

 イオが来いよ、とスティックを振る。

 シン大尉はすっと立ち上がり、スーツの襟を正す。

 月面都市フォン・ブラウンシティで、イオとビアンカとセッション。

 シン大尉の中の人は、幸せとは何かを、いま理解した。

 

「え? 大尉、楽器できるんすか?」

 

 フジオカ技術少尉が驚いたのか、まちがってシン大尉のスタウトを一気飲みしてしまう。

 

「ちょっと、遊んでくるよ」

 

 ガノタたるもの、いつイオのJAZZセッションに呼ばれてもいいように、楽器一式は嗜んでおくものである。

 無論、シン大尉の中の人は電子サックスを鬼練済みである。

 

 ステージに向かう途中、店のオーナーらしき方からエレキサックスを預かる。

 そして、シン大尉はステージの端に立つ。あくまでゲストであり、メインは2ピースプレイヤーだからだ。

 マウスピースとプラリードの調子を合わせて、軽く音合わせ。

 そして、三人でMoanin’。

 今、ガノタの魂が、解放される。

 

 

 

 客席からの拍手にこたえて、ステージから降りる。

 イオとビアンカとはもう言葉を交わすことはないだろう。互いにギグで伝えきったからだ。互いがMSパイロットであること、やむに已まれぬ任務があること。

 すべて、理解した。

 ガノタならば当然のことである。

 

「――大尉って、かっこいいときもあるんすね」

 

 酔いが回っているらしいフジオカ技術少尉は、少々顔が赤い。

 一応、水のはいったグラスを注文しておく。

 

「いらねぇっすよ! ったく!」

 

 なぜか顔をしかめられた。わからぬ。

 

 その後、二人はイオとビアンカの演奏をすべて聴いてから退店した。

 二件目に行くかどうか話し合ったが、明日から搭乗訓練と整備調整が本格化するからということで、二人でホテルに戻った。

 

 もちろん、部屋は別々である。

 

 

 

 

 月面に急遽造成された秘密演習場にて、シン大尉はゴップから回されてきた機体の慣熟訓練に励んでいた。

 

 ジムコマンド・ライトアーマーである。

 

 これは絶対にジムスナイパーⅡが来るっ! と確信していたシン大尉は、ハンガーに出向いてみたら股間オレンジのジムがドンと収まっていて、慄くことしかできなかった。

 

「股間、オレンジじゃん。アピールしすぎっしょ」とフジオカ技術少尉が汚いものでもみるような目を、シン大尉にむけてくる。

「違うんだ……決して、自分のパーソナルカラーじゃないからな」

「ほんとにぃ? JAZZの時はかっこよかったけど、こりゃないっすわ」

 

 さて、期待したブツではなかったものの、さっそく慣熟訓練を始める。

 いざ乗り回してみると、これが傑作。

 月面宙返りも何のその。

 ジムコマンドLAはシン大尉が思い描くすべての動作を予備動作0で実行してくれる優れものであった。

 ジムコマンド宇宙仕様の装甲をモリモリ削り、推力もわずかに盛られているおかげで、今まで乗ってきたジム系統が歩く戦車に思えるほどである。

 

 これぞ、モビルスーツ。

 

 着て動かしているようなダイレクトな反応に、ジム本来の可能性を見た。

 今は文字通りバレリーナの如く、しなやかかつ華麗に舞っているつもりである。

 

『大尉、そのゴキブリみたいな動きやめてもっていいっすか? ピョンピョンカサカサ動き回って、見てるこっちが酔いそうっす』

 

 フジオカ技術少尉からの通信が入る。

 どうも股間オレンジのせいで評価が低い……気がする。

 

「ゴキブリ!? 失敬な。蝶のように舞い、蜂のように刺す、を実践中だ」

『どう見ても部屋飛び回るゴキブリっすよ。人間様の手を煩わせるアレっす』

 

 言い方というものは大事なんだな、とシン大尉は学んだ。

 もしフジオカ技術少尉が『速い! 通常の三倍っす!』とでも言ってくれれば、調子が出てきてガンダム試作0号機をワンパンできるかもしれないのに、などとくだらないことを考えていると――

 

「!!」

 

 派手に頭から月面に突っ込み、クラッシュするジムコマンドLA。

 

『あちゃーっ! 大尉、無事っすか?』

「鼻血でた……」

『はぁ。とりあえず機体チェックするんで一回戻りで』

 

 シン大尉はジムコマンドLAを立ち上がらせて、格納庫に向かう。

 まずは粉じん処理エリアで派手にかぶっている月の砂礫を吹き飛ばす。

 同時に冷却噴霧を受けて機体を冷ます。

 そしてようやくハンガーエリア・イン。

 

『よーし、そのまま。後はオートで』

 

 ハンガーに機体をロックしたのを、事故防止を兼ねてフジオカ技術少尉とダブルチェック。

 

『ロックよし。搭乗員は降機せよ』

「了解」

 

 コックピットハッチを解放。

 可動式タラップが静止したのを確認して、そこに移る。

 タラップを動かして地上に降りて機体を見上げる。

 下から見ると、やはり股間がオレンジなのが気になる。

 

「大尉、整備ドローン展開するんで、どいてほしいっす」

「あ、すまん」

「ほら、休憩入って。あとはあーしの仕事っすから」

 

 フジオカ技術少尉に整備を任せ、シン大尉はハンガーエリアに増設されているパイロット待機室に入った。

 

 自販機で水を買い、ずずずとすすりながら先ほどまでの外録をチェックする。

 自分が意図している通りに動き回るジムコマンドLAの姿を見ていると、なんだかうれしくなった。

 素ジムやジム後期生産型も悪い機体ではない。

 多少のディレイはあるが、意図した通りには動いてくれる。

 ただ、どうしても『常に素早く、もっと速く』動けるわけではなかった。一瞬だけ早い、は可能だったが、俊敏に動き回る――フジオカ技術少尉の言う、ゴキブリマニューバは実現不可能だったのだ。

 

「お疲れっす」

 

 フジオカ技術少尉が待機室にやってきた。

 どうやらあとはドローン整備に任せるらしい。

 

「いい動きっすね、ジム股間オレンジ」

「ジムコマンド・ライトアーマーだ……。正直、驚かされた。思い通り動かせるだけで、こんなにMS操縦というのはストレスが消えるんだな」

「そんなもんなんすかね? あーしは技術屋なんでわかんないっすけど。ただ、整備しやすくていいっすよ」

 

 そして二人でいくつかの運用上のまずい点を洗い出すミーティングを始めた。

 まず、何よりも被弾厳禁であること。

 装甲が文字通り紙なので、バルカンで沈みかねない。

 むろん、先ほどのような転倒事故、接触事故もできる限り回避すべきことである。

 

「たぶん、すっ転ばないようにゴキブリ殺法を極めれば――ガンダム試作00号機でしたっけ? 迫れるかもしれないっすよ」

 

 いや、迫るんじゃなくて倒さなくちゃいけないんすけど、とシン大尉は口に出しそうになったが、止めた。

 もしかしたらゴップ大将が何らかの意図で伝えていないかもしれないからだ。

 呑みの席でも、フジオカ技術少尉は機体を完ぺきな状態に維持するのがあーしの仕事っす、と言っていたので、その目的までは知らされていない可能性がある。

 NeedToKnow、というやつかもしれない。

 

「よし、あと二か月でジムコマンドLAを自分の体のように使えるようにするよ」

「そっすか。じゃあまず大尉のアレをオレンジにどうぞ」

「うわぁ、下品だなぁ」

 

 二人でげらげらと野卑な話をしながら、また演習をしては整備、検討会をひたすら繰り返す。

 朝も。

 昼も。

 夜も。

 二人はひたすらに、ジムコマンドLAのシン大尉最適化作業を繰り返す。

 時には、ゴップ大将から送られてきたGP00の機体情報をもとにしたシミュレータに挑み、攻略法そのものを研究することもあった。

 

 最初のガンダムGP00は大したことがなく、二人で楽勝じゃないかなどと盛り上がっていた。

 しかし、日々更新データが届き、シミュレータアップデートを重ねるごとにGP00は強力になっていく。

 しかし、シン大尉とフジオカ技術少尉はあきらめない。

 ガンダムGP00が強力になっていくならば、二人も成長すればいいだけなのだ。

 

 シン大尉は戦技シミュレータにこもり、難易度上げてシバき、シバき倒され。

 フジオカ技術少尉は知識の海でダイビング。必要があれば月面の大学研究所などにも潜り込んで、使えそうな技術を拾い集めてくる。

 

 高難易度版、桃太郎のじいさんばあさんのような暮らしが二人をたくましく鍛え上げていく。

 

 

 

 

 

 そして、GP00との実機交戦トライアルまで残り三日となったころ。

 

 二人は完ぺきに仕上がっていた。

 

 演習場の管制室から、フジオカ技術少尉がシン大尉に通信を送る。

 

「最終調整テスト、始めるっす」

『はじめてくれ』

 

 カウントダウン0。

 演習場から複数の訓練用レーザーターレットが湧き出てくる。

 それらがメガ粒子砲に見立てた演習弾を発砲。

 文字通り、オールレンジ弾幕である。

 

 あまりにも弾幕が厚いために、管制室のフジオカ技術少尉はサングラスをかける。

 そして、拳を握りながら、仕上げたジムコマンドLAの動きを食い入るように見守る。

 

 砂塵を巻き上げながら演習場をピョンピョンカサカサと縦横無尽に駆け回るジム。

 四方八方から襲い掛かるビームを、ジムコマンドLAは移動、機動、ジャンプ、滑走、ステップ、遮蔽物利用など、ゴキブリが兼ね備えているすべてのマニューバで回避していく。

 時には開脚からのストレッチ匍匐など、ヨガを習得しているとしか思えないジムコマンドLA。

 

「すごい、マジでキモいっ……」

 

 手足をフル活用し、アシタカを追い詰めるタタリ神のように這いつくばったまま移動するジムコマンドLAをみて、フジオカ技術少尉は恍惚の笑みを浮かべる。

 

「これが、あーしの造り上げた、ジム・アソコオレンジ……」

『ジムコマンドLAだっ!』

 

 二人の息はぴったりだった。

 

 すべての対オールレンジ攻撃コースを終えたジムコマンドLAは被弾0。

 堂々と演習場に屹立するジムコマンドLA。

 フィジークの選手権に出場するかの如く鍛え抜かれたそのボディが太陽光に輝く。

 

「大尉、すべての工程完了っす。スコア、パーフェクトです」

 

 そして、管制マイクに万感の思いを乗せて、フジオカ技術少尉が述べる。

 

「ゴキブリマニューバ・コントロールMOD、完成っす」

『今更だけど名前変えてもらえないかそれ?』

 

 この日、地球連邦軍のジム系MSに新たなるマニューバを普及させうる新動作MODソフトウェアパッケージが完成した。

 つまり、二人はガンダム開発計画に対抗して、GM改良計画()を成し遂げてしまったのである。

 

 

 

 

 

 それから三日間、泥のように二人は眠りこけ、トライアル試験当日を迎えた。

 シン大尉の体調は万全。

 ジムコマンドLAの機体整備もばっちりである。

 

 予定されていた月面演習場に、ジムコマンドLAを乗せたMSトラックを二人で交代運転しながら出向く。

 

「いよいよっすね」

「ああ。やれることは全部やった。あとは相手次第だ」

 

 二人は互いに見つめあい、ふっ、と微笑みあう。

 思えばとんでもない苦労を重ねてきたものだ、と互いに思うところがあったのだ。

 なりふり構わぬジムコマンドLAの運用改善。

 時には対立し、とっくみあいのケンカもした……だが、いまはどうだ?

 二人の間には、まるで何も言わずに通じ合えるものがあるようにシン大尉には感じられた。

 

「このトライアルが終わったら、その――」

 

 シン大尉が慎重に言葉を選ぶ。

 何か、そう、伝えなければならない何かがあるはずだからだ。

 

「あ、そうだ。トライアル終わったら、あーしの結婚式きてくださいっ」

「え?」

「なんかぁ、こないだプロポーズされちゃって――いや、なんかただの幼馴染だと思ってたんすけど、アイツ、すんげーマジでさっ……」

 

 シン大尉は、嬉々として婚約者の話をするフジオカ技術少尉の話を、うんうんと仏の笑みを浮かべながら聞いていた。

 

「あーし、いまシン大尉のこと、マジの親友だと思ってるっす。こんなにあーしの全部、受け止めてくれる人いなかったっすよ。マジ感謝っす」

「そうか、とても――うれしいよ」

 

 シン大尉の頬に涙がこぼれた。

 

「うれし泣きしちゃってぇ。大尉ってそういうところカワイイっすね!」

 

 えいえいっ、とフジオカ技術少尉に肘で小突かれるシン大尉。

 すこし痛かったが黙って受け入れた。

 ガノタとは、たとえ何かに破れてしまったとしても菩提心を持ってすべてを受け入れるよう、日ごろから……日ごろから……鍛錬、して、しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 演習場に二体のMSが立ち並ぶ。

 一つは、かの高名なエースパイロット、アムロ・レイが搭乗するガンダム試作00号機、コード『ブロッサム』。

 アナハイム・エレクトロニクス社の現時点で保有する技術がすべて投入された、まさにアナハイムの魂が宿った姿をしたガンダムである。

 

 対するは、ジムコマンド・ライトアーマー。

 外見は、普通にジムである。

 ビームガンとシールド、そして腰に90㎜マシンガンを携帯している、普通のそれである。

 しいて言うなら、股間がオレンジ色で目立っている。

 

『お久しぶりです、シン大尉』

 

 アムロからの通信がシン大尉の乗るジムコマンドLAのコックピットに届く。

 

「……」

『見てください、このガンダム試作00号機。僕の操縦を全部受け止めてくれるんです。これが次のガンダム。本物のモビルスーツなんです』

 

 アムロ君の嬉々としたガンダム語りを、シン大尉は黙って聞き続けた。

 シン大尉の表情はノーマルスーツのミラー反射のせいでよく見えない。

 ただ、バイタルは極めてフラットである。

 

『聞いてますか、シン大尉?』

「聞こえている」

『あの、言いにくいんですけれど、これは出来レースだと思います。どう考えても、このガンダムと、そのジムだと、勝負になりませんよ。これは政治的に決まった話なんだって、アナハイムの人たちも言ってましたし』

 

 アムロなりの思いやりが、シン大尉に伝わってくる。

 おそらくアムロ君は、少尉になり、ガンダム開発計画に従事して大人たちと話し合うことで、少しは人として成長したのだろう。

 相手を思いやる気持ちも、不器用ながら出せるようになったようだ。

 

「そうかもな」

『ケガをさせたくないですし、適当なところで降参してくださいね』

 

 アムロの心配そうな声。

 それに対して、シン大尉は静かに答える。

 

「アムロ君」

『何ですか』

「今日の自分は、なんだかとてもリラックスしているんだ」

 

 シン大尉はフジオカ技術少尉と濃密に過ごした二か月を反芻する。

 すべてがキラキラと輝いていた。

 これほどに輝ける日々の積み重ねの果てにここに立っているのだと。

 フジオカ技術少尉……幸せにな。

 

『それはお酒飲んでないだけなんじゃ――』

 

 なにかを言いかけたが、アムロは言葉をつづけるのをやめた。

 なにやら得体のしれない雰囲気――今まで感じたことのない何か、とても黒い、恐ろしいものを感じたのだ。

 

「こいよ。ガンダム一つ、ジムでブチ壊してやる」

 

 そう宣言するジムコマンドLAは、F◎CKと、立派に黒光りしたぶっとい中指を突き立てていた。

 




逢ふことの

絶えてしなくはなかなかに

人をも身をも

恨みざらまし

~拾遺和歌集 中納言朝忠~
意訳『いやぁ、マジつれぇっす』
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