跳びしその脚 瞬くに 〜裏でパルクールしまくって有名になっている人形系ウマ娘〜   作:にわとり肉

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丸見えな罠

 いつからだったんだろうか。覚えている限りでは、多分5歳の時。実家の階段の傾斜がキツくて、足を滑らせて転げ落ちた時だろう。

 どったんばったん、壁に背中やら脚やら、果てには頭もぶつけたんじゃ無いだろうか。ゴム毬みたいになって、ようやく止まった時、全身が痛いのはもちろんだったけど、何故だかその時の、跳ねた時の感覚が気持ちよかった。

 お母さんと親父に心配されてもみくちゃにされて、でも私はあの時から変わったんだと思う。

 一週間に一回ぐらいのペースで、私は階段で転ぶようになった。最初のうちはただ転げ落ちて吹っ飛ばされていくだけでも楽しかったけど、だんだんつまらなくなってきて、自分なりにアレンジを加えたりもした。例えば、壁にぶつかりそうになったら、足で壁を蹴って方向転換してみたり、頭から落ちたらハンドスプリングの要領でさらに飛び上がってみたり。

 やるたびに怒られたけど、私は聞く耳を持たなかった。“どっかの名家”の血を引いているらしいお母さんからもらった身体は、私にどこまでも悦楽を提供してくれた。

 階段では満足できなくなったから、ベランダから飛び降りてみた。ベランダの手すりの上を綱渡りみたいに渡ってみた。ニチアサのアクションを大真面目に練習した。ニチアサは禁止になった。

 幼稚園では、屋上から木に飛び降りて、安全に地面に着地してみたり、逆にロッククライミングの要領で屋上に乗ってみたりして、私のマネをする奴が続出。つまり、ケガ人が大量発生することになったりした。先生からはやめてくれって懇願されたけど、そんなのできなかった。

 食う寝る遊ぶ。これを止めるなんて、子供にはできないんだから。

 たまにみんなとかけっこをしたり、ままごとに参加することもあったけど、全部つまんないし、一人で空を舞っていた方が、気持ちよくて刺激的で、自分って感じで好きなんだから。

 そして、小学五年生の時、私に初めて友達ができた。

 

 「じゃあ今度はこれやって!」

 

 そう言って、私が持っていなかったスマートフォンで、プラちゃんは“パルクール”の動画をいっぱい見せてくれた。みんな私を日光猿軍団の猿かなにかを見るような目で、遠巻きにしてるような感じだったけど、プラちゃんは違う気がした。

 多分、本質的に私と似ていたから、むしろ仲良くなれたんだと思う。

 いついかなる時もプラちゃんは引っ付いてきた。楽しそうな“コース”を見つけてきてくれるし、エンプティとして活動しようって言ってきたのも、衣装も、全部プラちゃんが考えてくれた。

 だから、私は思い切り楽しむ。それが1番のお礼なんだから。

 それに、永遠に満たされないこの欲求をなぐさめるためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レトロチックな窓から燦々と差し込む暖かな日差しに、トレーニング用の教本が理路整然と並べられた棚、真っ新なホワイトボード、そして、現在肘をつけているデスク。

 これでコーヒーの芳醇な香りでも漂っていれば完璧だろう、そう考えて遊んでいるトレーナーの表情は、その実、あまりこの状況を喜んでいるとは言えないものである。

 

 (中坊に強請られることになるとは)

 

 実際には、向こう側に動画という形で記録をとられてしまったため、どう転ぼうともこの形に収まる他ないのであった。しかし、この疲れは人生初の経験をさせられたことによるもので、名実ともに担当を持つことができたことは素直に喜んでいた。

 まして、かの“エンプティ”を、である。

 男の脳裏に、満月を背に狂笑を湛えていた白髪の少女が浮かぶ。

 

 (おまけに金魚の糞がくっついてきやがったが……あの人間離れどころかウマ娘離れした動きができるんだ、相当なもんになるだろ……)

 

 ぎいい、と軋む音と共に背もたれに寄りかかり、逆さの青空を享受した男は、ようやくうっすらと笑みを浮かべるのだった。

 その時、

 

 「たのもー!!」

 「うわっ」

 

 破砕音かと見間違うような音と共に、鉄製の扉が開け放たれたのである。危うく椅子ごところげそうになった男は、その原因がいつも通りの笑みを浮かべているのを確認し、その後ろの扉が息をしていることに胸を撫で下ろした。

 

 「次やったらデコピンするぞクソガキ」

 「そんなこと言って、いいのかなぁ〜ん?」

 「んなこしてみろ絶対お前も道連れにしてやるからなぁ……!!」

 

 スマホをぷらぷらして挑発する黒縁メガネのクソガキ(プラタナス)に大人気なくメンチを切るトレーナー、その空間を後ろから見つめる一つの影があった。

 

 「んあ……?」

 「あぁ、なんで来ないの〜ライトちゃーん」

 

 疑問を許す暇も与えず、プラタナスに惹かれるように、その影は姿を晒した。

 男は2度の瞬きを禁じえなかった。

 

 「よろしく……」

 「……よろしく」

 

 目も合わせず、あいさつはぞんざい。紫の瞳を伏せがちにした芦毛のウマ娘、アレキサンドライトは、プラタナスを盾にする様にした。

 

 「なんだ?男信用できない的なノリか?」

 「いや、この子私が大好きすぎるから、私の言うことしか聞かないの」

 

 全く持って意味不明だが、男は一先ず納得することにした。そうしなければ、ここに呼びつけた目的を忘れてしまいそうだからである。

 

 (昨日のそれとはまるで別だな)

 

 デスクの引き出しを弄って、2枚の紙を手にした男は、2本のボールペンとその紙を机に投げ、再び背もたれに寄りかかる。

 

 「まぁいい。とりあえずその契約用紙に署名を頼むわ……」

 

 我先にとペンを手に取ったのはプラタナス。見るや否や、淀みなく署名欄に記述をしたかと思えば、2枚目にも、スラスラと“アレキサンドライト”と記したのである。

 黙ってその風景を眺めていた男は、さすがに顰めっ面で口を開いた。

 

 「勝手に書かれてるけど」

 「……プラちゃんがやったから、大丈夫です」

 

 しかし、帰ってくるのは乾燥した言葉である。男はますます首を傾げる。

 

 「全部、プラちゃんが考えてくれるから、それでいいです」

 「……」

 

 そう言われてしまうと、男は眉を顰めつつも、閉口せざるを得ないのであった。

 

 「んじゃ、明日からよろしくお願いしますねー!トレーナー、さんっ!」

 

 そして、バタン、という音と共に男は一人となった。

 しばらく二人の残穢が残っている扉の方を呆けたように眺めていた男は、ぽつりと一言、

 

 「……どう飼い慣らしたんだ?」

 

 それは、暖房で茹った空気に溶け、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よう!」

 「あぁ、先輩……」

 

 然るべき場所へ書類を提出し、その帰りに何か飲み物を、と男が立ち寄った職員室前の自販機にいたのは、筋骨脆弱な男とは対照的な、強面の先輩トレーナーであった。

 言葉もなく、二人は自販機の隅の壁に背をつける。男の方はというと、手の中にある缶コーヒーの温かさを体感しているふりをしていた。

 

 「まさか、お前があの問題児を手なづけるとはな、ま、一番関わり合いは深いしなぁ」

 「手なづけたというか、手なづけられたというか……不本意ですよ俺ぁ」

 

 どんどんトーンの落ちていく男の上から、ははは!と威勢のいい笑い声がこだまする。しかし、男は不愉快さを感じることはないのであった。

 

 「しかも、同時に二人も相手するってんだから驚いたよ、俺のサブをやっていた時からは考えられん成長っぷりだな!」

 「いつの話を……」

 「アレキサンドライトだったか……大人しい子だと聞いているが、プラタナスと併せてやれそうか?」

 「仲良しこよしだったみたいで、相性的な問題は無さそうです」

 

 男は徐に背を壁から離して、先輩トレーナーの前を陣取った。

 その彼の黒々とした瞳には、懐かしい雰囲気が宿っているように、先輩トレーナーには思えた。

 

 「ま、先輩を踏み越えていけるように、頑張りますよ」

 

 この言葉を、彼は一日千秋の思いで待っていたのである。

 

 「……あぁ。そうだな」

 

 万感の思いを込めて、彼は改めて、男の前に立った。

 

 「俺の育てたウマ娘と、お前の育てたウマ娘、どっちが強いか。勝負だな」

 

 この瞬間、男と先輩トレーナーは、対等のライバルとして成立したのである。

 

__そして、その台風の目となった、雲のような芦毛の少女は、今まさに、トレーナー室へ向かう用意を、人の気が冷めやらぬ教室にて行っていた。

 とは言っても、一度寮に戻らなければならない物品もあったため、実際は帰りの支度である。

 誰もが声をかけ、各々のコミュニティで喋りながら放課後を騒がしく彩っているなか、このアレキサンドライトはたった一人で、教室の隅っこで教科書をまとめ、自分のロッカーに詰め込み、軋んだ扉を乱雑に閉じた。

 これが、彼女の普段の日常なのである。

 生徒たち(ウマ娘)も無情ではない。そんな彼女を放っておかない者もいたのであるが、ツンケンとした芦毛の少女の壁の厚さは並大抵ではないのである。教師で有れば尚更で、入学してはじめての年末を迎えようとしている今では、もはや空気と同義なのであった。

 

 「……」

 

 指定のスクールバッグに必要最低限の教材だけを入れた彼女は、緩慢とした動作で教室を後にし、ふらふらと人の往来をすり抜け、正面玄関から校舎外に出た。その瞬間、凍てつくそよ風が彼女をなでた。

 

 「ちょっとまって〜!!」

 

 彼女は歩き出そうとしたが、急に右肩が重たくなっていることに気が付き、右肩に視線を落とすと、指の細い小さな手が乗せられていた。

 さらに後ろを向くと、そこにいたのは、彼女に取っては久しぶりの珍客であった。

 珍客__困ったように笑みを浮かべ、冷や汗をかいた鹿毛のウマ娘は、安心したようにため息を吐く。

 

 「突然ごめんね、私“ユーフォリア”っていうの」

 「そう、それじゃ」

 「まってまってまって」

 

 ガンとして帰ろうとするアレキサンドライトにザリザリと引きずられていく小柄なウマ娘__ユーフォリアも、ガンとして退かない様子である。

 

 「一緒に、選抜レース走ったの、覚えてない!?私が1着で、君が6着っ、昨日のやつ……!」

 「それが?」

 

 奇異の視線に晒されながらも、とうとうアレキサンドライトと校門の前まで到達すると、突如としてユーフォリアはアレキサンドライトの前に立ち塞がり、大きく咳払いをした。

 

 「私わかるのよ!あの場で私を倒し得たのは君だけだって!!」

 

 しかし、アレキサンドライトは無表情のまま、こてん、と首を横に倒すだけであった。ふらつきそうになったのを我慢できたユーフォリアは、人差し指で空気を切り裂いて、渦中の人へ向けた。

 

 「単刀直入にいうけどさ、手ぇ抜いてたでしょ」

 「……」

 

 その瞬間、アレキサンドライトの脳裏に、二頭身サイズのプラタナスが浮かび上がった。そして、こしょこしょと耳打ちをしてくる。

 しばらくして、脳裏のアレキサンドライトは、天啓を得たという表情を浮かべ、瞬く間に現実へと帰還した。

 

 「別に、全力を尽くして相手をしたよ」

 

 普段からして抑揚のない喋りをする彼女であるが、それにしても絶望的な大根役者としての素質を感じさせる棒読みであった。

 二人の合間に、奇妙な雰囲気が流れ出した。

 

 「……」

 「……」

 「……はぁ」

 

 この空気を押し流したのはユーフォリアの方であった。

 そして、赤茶けた瞳を改めて紫の瞳に合わせた彼女は、纏う雰囲気を露骨に切り替えた。

 

 「回りくどかったね、ごめん」

 「?」

 

 瞼を閉じ、そして開いた瞳は、目の前の羊の喉笛に噛み付かんとする捕食者のそれに変わったのである。

 

 「私と本気でレース、してくれない?」

 「いや、別に。いい……」

 

 しかし、相手もまた、草食動物とは言え、象の類なのである。一部の揺らぎもない紫の瞳を縫い付け続けるユーフォリアは、少し俯き加減となって、

 決定的な一言を言い放った。

 

 「私、知っているのよ?貴方が昨日の夜に、何しにいっていたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「“世代最強”と模擬レース?大きくでたなぁ」

 

 キーボードをいじりつつ、あくびを噛み殺した男は、特に怪しむこともなくそう返した。

 しかし、備え付けのソファを占領していた翠色の瞳の少女は、無表情なアレキサンドライトの機微に気づかないはずがなかったのである。

 

 「何をそんなに慌ててるのライトちゃんは……」

 

 すると、スクールバッグを強く握りしめ、扉の前に立ち尽くしていたアレキサンドライトは、重苦しい口を開いた。

 

 「エンプティのこと、バレているのかもしれない、から……」

 「「……」」

 

 一方はパソコンの画面から、もう一方は上体を起こして、無表情で冷や汗を流しているアレキサンドライトを凝視した。

 

 「おい……プラタナス……」

 「まさか!昨日は本当に誰も着いてきてないって!!トレセン学園の奴の匂いぐらい覚えてるわよっ」

 「気持ちわりーな!!」

 

 しかし、焦りを見せているのはプラタナスだけではない。

 

 「走らなければばら撒く……ってことか?はー、世代最強様はよほどお前と走りたいと……」

 

 確かに、エンプティとしての活動がばら撒かれるのは不都合が多い。何せ、エンプティという存在が世間で話題となっている大きな部分は、“法的に”グレーな行動を行なっている部分があるにはあるというのもあるし、真似をして怪我をした、という報告も相まって、世間では全肯定というわけでは無いからである。

 しかし、男が言葉を切ったのはそこではなかった。どうにも喉奥に小骨が引っかかっているような、謎の違和感を覚えたのである。

 ちらりとプラタナスの方へ目をやると、同じように翠の視線と交差し、互いに見解が一致しているのは明白であった。

 そして、男の喉奥の魚の小骨が取れた。

 

 「アレキサンドライト……ユーフォリアはなんて言った?」

 「?……昨日の夜してたことを知ってる、って」

 「具体的なことは?」

 「?」

 

 その瞬間、男とプラタナスは勢いよく立ち上がり、はてなマークだらけのアレキサンドライトに詰め寄った。

 表情は、般若のように恐ろしいものになったのである。

 

 「言わなかったんだな?」

 「?……ん」

 

 男は大きくため息を吐き、プラタナスはアレキサンドライトの両肩に手を添えた。

 

 「ライトちゃんは……っ!」

 「あうあう」

 

 つまり、アレキサンドライトは、その漏れていた秘密が“具体的にどのようなものか”を知らずに、この話に乗ってしまったということである。

 

 (これで、もうこの話から降りようが降りるまいが、この子に何かしらの隠し事があるってことがバレたことになるっ……!)

 「うああ」

 

 ぐわんぐわんと揺らされているアレキサンドライトは、あいも変わらず無表情でいるのだった。




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