東方幻想学園   作:YOTUYA12

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第2話

 

 記念すべき初授業を前に、黒塗りの机と座布団が並べられた畳部屋ではある話題で持ち切りだった。

 

「あの人が今代の博麗の巫女?」

「らしいよー。学園長が親代わりなんだってー」

 

 こそこそと話す声が聞こえてくる。彼女らの視線の先には、誰とも話すことなく黙々と書物を読む霊夢の姿があった。

 その横顔は昨日の宴会とは打って変わった真剣なものであり、集中に集中を重ねて自己研鑽に費やしているように見える。

 俺は邪魔しないように音を殺し、恐る恐る彼女の読む書物を確認した。

 

 ━━世界の美味しい食三十六景。

 

「てめぇぶっ飛ばすぞ」

「へにゃっ!?」

 

 彼女はビクンっと激しく身体を震わせ、宙を舞う書物を慌てて掴む。

 

「ちょっと……! びっくりさせないでよ……!」

「気遣いを返せ」

「なによ、気遣いって……。もう……」

 

 霊夢は膨れっ面をし、書物を仕舞った。

 俺の席は彼女の後ろ。隣には確かアリスが指定されているはずだ。なんて考えていると、当の本人が欠伸をしながらやってきた。

 

「おはよう、二人とも。……って、なんで怒ってるのよ霊夢」

「おはよう。聞いてよ、一生懸命勉学に励んでいたのに後ろの男子が邪魔してきたの」

「なにが勉学だよ。絵見て腹空かせてただけだろ」

「食は生きるための重要な知識ですー!」

「あー、はいはい。なんとなくわかったから、もういい」

 

 アリスが面倒臭くなって話を強引に打ち切る。

 

「よく博麗の巫女と話しできるよな。俺、親にもすごい言われたぜ、彼女の機嫌だけは損なうなって」

「私も私も。近づかないのが一番だって」

「触らぬ神に祟りなし、的な!」

 

 当事者たちは聞こえてないと思い込んでいるみたいだ。霊夢はというと、あからさまに鼻歌を奏でては聞こえてないフリをしていた。

 

「……そういえば、霊夢。おまえって寮━━」

「ちーっす!」

 

 空気を変えようと話題を振ろうとした瞬間、横から金髪の少女が飛び出しては霊夢の肩を強引に組む。俺にとっては昨日の宴会ぶりである魔理沙だった。

 

「三人とも早すぎだろ! 朝っていうのはもう少しゆっくりしていくもんだぜ!」

 

 眩しいくらいの満面の笑みで言う。少し遅れてチルノも額に汗を滲ませながらやってきた。

 

「ちょ、ちょっと……! 魔理沙おいてかないでよ……!」

「おー、ごめんごめん!」

「もう……」

 

 そして「霊夢、聞いてよ」と昨夜の魔理沙の悪事を話すチルノ。それを聞いて笑う霊夢と魔理沙。さっきまでのおかしな空気は二人がすっかりどこか吹っ飛ばしてしまった。

 

「その役回り、あなたには向いてないのかもね」

「……うるせえ」

 

 

 

 そしてついに訪れた初の授業。部屋の障子がゆっくりと開かれ、教師となる女性が姿を現した。

 部分的に青く染まった銀色の長い髪に、上下一体となったレース付きの青色スカートを靡かせる。

 

「初めまして、私はあなたたちの幻想史の授業を担当する上白沢慧音よ。苗字だと長いから、慧音先生と呼んでね」

 

 そして彼女が綺麗に笑うと、一部の男子生徒が嬉しそうに声を上げた。

 

「この幻想郷では、新入生の最初の授業は幻想学と決まっているの。この中にその理由がわかる人はいるかしら」

 

 聞くも、俺を含めて誰一人手を挙げる生徒はいなかった。それでも先生は嫌な顔一つせずに授業を進める。

 

「それでこそ、授業のし甲斐があるってものね」

 

 優しく笑った後、先生は一度深呼吸をして少し真剣な表情に変わった。それを見て、俺たちは無意識に背筋を伸ばす。

 

「これから話すのは、幻想史の基礎。そして、この世界の始まりよ」

 

 そして語られるのは、世界の真実。

 

「かつて、と言っても、もう千年も前だけれど。この世界にはもう一つの世界が隠されていたの。その世界の名前は━━幻想郷。

 幻想郷は、≪日本≫と呼ばれた国の山奥に存在し、大きな結界によって外界から切り離されていた。そしてそこには、世界から忘れ去られた者たち、つまりは幻となってしまった者が集う。人間だけではなく、妖怪や妖精、神霊の類などの生き物もすべて。

 しかしある日、幻想郷を覆う大結界が何らかの原因で崩壊し、空想だった生き物たちが解き放たれてしまったの。するとどうか、外界の人間たちは幻だとして信じなかった存在たちに忽ち蹂躙され、世界は総人口の約八割を失った。

 当然なのよ、外界には、私たちの持つ幻想━━いわば異能なんていうものはとっくのとうに廃れていたのだから。幻想郷にも異能者はいたようだけれど、守れる人数も範囲だって限られている」

 

 ここまでの生徒の様子は、静かに聞くというよりは言葉を失うの方が正しいと思う。筆を持つことも忘れ、俺たちは先生の言葉に夢中になった。

 すると、突然先生は俺たちに問いかけた。

 

「ここで質問よ。あなたたちなら、この状況でなにをする?」

 

 反応の早い生徒が何人か手を挙げる。

 先生は一人も零さずに意見を聞き、彼ら彼女らが言い終わると律儀にお礼を告げた。

 

「うん、どれも正しい選択だと思うわ。でも、歴史では、そこの彼女が言ったように異能を作り出すことを選んだの。

 廃れた世界で、残っていた魔術、錬金術、呪術、禁じられた術の痕跡すらかき集めて、全人類に異能を授けることはできないだろうか、と。そんな幻想じみた未来を夢見て、血と汗と涙を流し続けた」

 

 まさに死に物狂い。

 不意に聞こえてきた≪呪い≫という言葉に、少し身体が震えた。

 呪いを行使するということは、それ相応の代償を払わなければならない。ならば、世界を変えるほどの力を求めたその時代には、どれだけの犠牲がでたのだろうか。

 だからこそ、死に物狂い。

 

「そして、創り出されたのは≪夢想錬成(むそうれんせい)≫と呼ばれる大秘術。

 その秘術がもたらした加護は、これから誕生する生命の深層、魂に異能を刻印するというもの。

 それが私たちの持つ異能━━幻想の誕生。この世界の始まり」

 

 ここからは俺たちの知る歴史が繰り広げられるようだった。

 

「とまあ、簡単にだけどこれで説明は終わるわ。頭の整理ができていない子もいるみたいだし、一旦ここで休憩をしましょう。はい、休憩」

 

 気を遣って明るく声を上げる先生。しかし、すぐに身体を動かせる生徒はどこにもいなかった。数十秒経って、恐る恐る立ち上がった生徒を皮切りに部屋がようやく休憩モードに変わる。

 すると、見知った顔が青い髪を揺らしながら、慧音先生のもとへ緊張した面持ちで近づいていった。

 

「お、お久しぶりです上白沢先生……! チルノです……!」

「ええ、久しぶり。少し背が伸びたんじゃない?」

 

 先生は優しく微笑んでは彼女の頭を撫でる。チルノは頬を少し赤らめて、心底嬉しそうに笑った。

 

「そういや、あいつ先生と昔から知り合いみたいなこと言ってたな」

「ええ。寮でも寝る直前まで、上白沢先生は上白沢先生は上白沢先生はってことあるごとに話をしてるんだから」

 

 アリスがため息交じりにそう言う。

 

「そういえば、霊夢はいまの話全部知っていたわよね」

「え、あー、うん……」

 

 なんだか歯切れ悪く霊夢は返事をした。

 

「へぇー。てか、そもそもこの真実ってなんで隠されてたんだ?」

「んー、別に隠されていた訳じゃないみたいなの。大人はよっぽどのことがない限り皆知っているはずだし。ただ、現代ではこの真実を知ることを成人への第一歩にする、みたいな考えがあるからあえて子どもには語らないって、以前ゆか……学園長が言ってたわ」

「なら、ようやく私たちはその一歩を踏み出したってことなのね」

 

 

 

    ☆    ☆    ☆    ☆

 

 

 

 衝撃の真実溢れる幻想学の授業を終えた俺たちの次なる授業は、早々の実技だった。

 夜桜に咲き誇る大広場に集められた新入生たちの前には、巨大な岩石が聳え立つ。まだ先生の姿はない。

 

「おっきい……」

 

 チルノが眼前に鎮座する岩を見上げて零す。俺たちとは身体一つ分小さな彼女からしたら、感じる威圧も倍はあるだろうな。

 

「さっきの授業、先生と何話したんだ? 久しぶりだったんだろ?」

「うん。二人で過ごした寺子屋での思い出とか、いろいろね」

「おまえと先生しかいなかったんだってなその寺子屋、アリスから聞いたわ」

「そう、そうなの。……確か、そうだったはずなの」

「ん?」

 

 チルノは痛そうに額に手を添えた。

 

「最近、昔のことを思い出すと頭が痛くなるの……。なにか奥から無理矢理こじ開けられるような」

「大丈夫か? 酷いようなら休めよ」

「大丈夫、ありがと」

 

 彼女はそう言って深く呼吸をして前を向く。

 そして、授業開始時間が訪れた。その瞬間、俺たちの前に巨大な炎の竜巻が顕現する。

 

「うわっ!? なんだ!?」

「あっちぃ……!」

 

 あまりの熱と光景に、生徒たちが驚嘆の声を上げながら腕で顔を覆い隠した。

 闇夜に立ち昇る俺たちを焼き払うような劫火の柱。不意に外した視線が、アリスと交差する。そこで俺たちは確信を持った。

 あの時、獏竜から俺たちを守ってくれた炎はこの炎だ。

 

「欠席者はいないんだったな、輝夜」 

「ええ。まだ、だけど」

 

 炎の中心から響く二人の声。そして、次第に威力を弱めて消えていくと、そこには背中合わせに立つ二人の教師がいた。まず目についたのは、白と黒の対比するような長い髪。それぞれが色彩豊かな和装に身を包む女性だ。

 白髪の教師が俺たちを見渡し、口を開く。

 

「よ、私が幻想術担当の藤原妹紅だ、よろしくな。厳しくする気もないが、甘やかすつもりもないから覚悟しろよ。そんで、こいつが助手の━━」

 

 妹紅先生が言い終わる前に、隣にいる黒髪の教師が言う。

 

「私が本当の担当、蓬莱山輝夜よ。授業については助手の妹紅に一任してるから、勘違いされがちだけど、これだけは必ず今日で覚えておいてほしいわ」

「いやいや、こいつは寝ぼけてるだけだから気にすんな。私が本当の担当だ」

「違うわ」

「違わない」

「違う」

「違わない」

「違う!」

「違わない!」

 

 言い争う両者に、生徒達は首を左右交互に振りながら慌て始める。段々とそれはヒートアップしていき、なんだか焦げ臭い匂いを感じ始めた。

 

「なんだか、やばくないか……?」

「だ、誰か止めろよ」

「いや、もう遅いかも……!」

 

 先頭だった生徒が踵を返すより一秒早く、

 

 「違うって言ってるのよッ!!」    「違わないって言ってるだろうがッッ!!」

 

 二人の幻想が解き放たれる。

 

 妹紅先生の身体から溢れるに噴出した炎。それを輝夜先生の足元から生えた七色の玉を実らせた大樹が、捻れながら彼女の身体を覆って防ぐ。

 そして違う場所から生えてきた大樹が妹紅先生へと突貫していく。それを妹紅先生は炎の翼を広げて空を飛んで避ける。

 それでもまだ、互いに刃を止める気配は全くない。

 しかしその攻防は、関係無いはずの俺たちにまで襲い掛かってきた。

 

「に、逃げろぉぉぉ! 火の玉が飛んでくるぞぉぉ!」

「きゃぁああああああああああああ!!」

 

 阿鼻叫喚の嵐。飛んでくる攻撃の余波に俺たちはとうとう列を乱して逃げ始めた。

 

「ひぃぃぃぃ! なんのよこれぇぇ!」

「離れんなチルノ!」

 

 俺は咄嗟に彼女の腕を掴む。辺りを見渡して、安全地帯を探す。

 

「稜花! こっちだぜ!」

 

 魔理沙の声だ。向くと、巨大な岩石の陰で凌ぐ彼女の姿があった。横にはアリスと霊夢、そして何人かの生徒が。

 俺とチルノが地面を蹴り上げる前に魔理沙は指笛を吹いた。すると、桜の木々をかき分けながら彼女の箒がこちらへ飛んでくる。

 

「乗るんだぜ!」

「助かるッ!」

「え、ちょ……!」

 

 有無を言わさずチルノの小さな身体を抱きかかえ、箒を待ち構える。

 箒は荒れ狂う炎と大樹の波を駆け抜けて、あと数秒。俺は手を伸ばした。

 

「上よ、稜花!」

 

 アリスの切り裂くような声が響く。

 見上げると、操作を失った大樹が勢いよく倒れてきていた。

 

「なにやってんだよもう……ッッ!!」

 

 なるべく怪我しないようにチルノを力強く抱きしめ、その場から飛び出す。勢いを殺せずに、地面に背中を打ち付けながら一回転。痛みを感じる前に、俺は即座に立ち上がって走り出した。

 

「パパぁママぁ! 早くに死ぬあたしを許してぇぇぇ!」

「ちくしょう……ッ!」

 

 至近距離で生じる爆発。焼かれて落ちる玉の枝。降り注ぐ灼熱。それに耐えながらも、俺はチルノを抱え、回り道をしてでも岩石を目指す。それが最善じゃなくても、いまの俺には考えている余裕はない。

 

「おらぁあああああああああああああああああああ!!」 

「はぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

 後方で聞こえてくる妹紅先生と輝夜先生の叫びに呼応するように、俺の眼前に地割れが起こり、炎と大樹が溢れ出してきた。

 もう異能というより災害だ。これが幻想郷の教師の力。緊急事態にも関わらず感心すらさせられてしまう。

 立ち込める土煙で視界が塞がれる。しかし、それを貫くように魔理沙の箒が現れた。

 

「よっしゃぁ!」

 

 一切の躊躇なく、俺は高速で駆け抜ける箒に飛び乗る。

 鞭のように振り下ろされる木々、雨のように降り注ぐ炎を紙一重で交わしながらアリスたちのもとへ一直線に突き進む。

 

「来ぉぉぉい! 受け止めてやるぜ!」

 

 魔理沙がドシッと構えて手を大きく広げる。男とか女とか関係ない、もうこうなったら遠慮なく突っ込んでやる。

 

「あ━━」

 

 腕の中でチルノが声を上げた。途端、バチンッとすぐ後ろで大きな音が響き、箒の柄にも振動を感じる。

 恐る恐る確認すると、さっきまであった穂先がごっそり焼け焦げてなくなっていた。

 

「「うわああああああああああああああああ!!」」

 

 急激に平衡感覚がなくなり、為す術なく高速で斜線上に落下していく。それだけでは飽き足らず、次は持ち手の先っぽが大樹に激突し、慣性が働くのままに俺たちは宙に投げ出された。

 やけに時間がゆっくりと感じる。腕の中でしがみつく小さな彼女だけでもどうにかできれば。だけど、もう。

 

「稜花ッ!」

 

 呼ぶ声が心を貫く。凄烈な世界のすべてが背景にでもなってしまったかのように、その透き通った声が響き渡った。

 見なくてももうわかる。この声の主が誰なのかを。

 

「霊夢……」

「ん……ッ!」

 

 彼女がいつの間にか俺の眼前で手を伸ばしている。お腹辺りには青白い糸が巻かれていた。糸の先には、岩陰に隠れていたアリスと魔理沙、そして他の生徒たちがおり、糸を掴んで待っている。

 

「掴んで……ッ!」

 

 言われるがまま、俺は必死に手を伸ばした。空振りそうになっても、霊夢が力強く俺の手首を掴んだ。

 

「「「「「「おらぁああああああああああああああああああ!!」」」」」」

 

 一本釣りが如く、全力で引っ張り上げられた俺たちの身体は空高く舞い上がる。そして、そのままアーチを描いて岩陰の地面に衝突した。

 土を巻き込みながら転がること五回。勢いがなくなった俺たちの身体が止まる。

 

「……生きてるか、二人とも」

「な、なんとか……」

「……私も」

 

 仰向けで空を見上げたまま、声だけで二人の安否を確認した。どうやら無事に目的地に辿り着けたらしい。

 

「ちょっと! まだ寝るのは早いわ!」

「だぜ! 早くこんなところ逃げちまおう!」

 

 痛む俺の身体をアリスが雑に起こして立ち上がらせる。

 

「痛い……、もっと優しく……」

「それどころじゃないわよ!」

「ぐぅぅぅ……」

「ほら、肩貸してあげるから」

 

 彼女は俺の腕を首元に回し、ゆっくりと茂みの中へと歩き始めた。その後ろをチルノを抱えた魔理沙と霊夢が続く。

 

「悪い魔理沙、箒壊しちまった……」

 

 俺はアリスに連れられるがまま歩きながら、後ろにいる魔理沙に謝った。魔理沙はなんら気にしてないかのように明るい声を放つ。

 

「別に構わないぜ! 実家に頼めば何本でも送ってくれるからな!」

「そうか、ありがとう……」

 

 まさか二日続けて死にかけるとは思わなかった。

 これが幻想郷。異変溢れるこの世界で、守りたいもの守る力、辿り着きたい境地へと足を踏み入れる覚悟を叩き込む学び舎。

 そんな場所で生きていくという過酷さを実感するのには十分だった。

 

 

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