「嬢ちゃんよぉ、いい加減離してくれねぇか?」
裾を掴む小さな手、小汚い格好、意志の薄い瞳。
ぎゅうと音が聞こえそうなほどに力強く服を握り締め、何を考えているか分からない瞳でこちらを見上げる少女。
さっきから何度か声を掛けているが、一向に離す様子はない。
どうすっかなぁと、男は途方に暮れる。
憎たらしいほどの青い空と、足元のちびを交互に見ながら盛大にため息を吐いた。
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そこそこな規模がある都市の大通り。
店の呼び込みや屋台が並び、それなりに賑わっている。
そんなところを男はふらふらと歩いていた。
見た目はそれほど目立つような男ではない。
平均的な身長よりやや高い程度で、無精髭が目立つ顔は人混みにあれば大して気に留めないだろう。
しかし、その光を呑み込むような暗い瞳は、近寄り難い何かを発していた。
ほんの少し距離を取られながらも男は気にしない。
それは男にとっていつものことだから。
男はちょっとした思いつきで、ぶらぶらと散歩をしていた。
せっかく新しい都市に来たために、たまにはちゃんとしたものを食おうと思ったのだ。
風来坊の如く旅をしている男は、何も保存食に飽きていたとか、文句があるわけではない。
ただなんとなく、干し肉を齧ろうとしたときになんとなく思ったのだ。
たまにはちゃんとしたものを食おうと。
宿屋で何か頼んでも良かった。
ただ、そうではないような気がして、ふらりと宿屋を出た。
自分でも分からぬままに男は歩く。
とりあえず、あそこで売っている串焼きでも食おうか、と。
そうして串焼きを一つだけ買い、道の端でしゃがみ込み、ぼぅっと通りを眺めていた。
男、女、老人に子供、武器を持つ者持たない者。
そんな中、裏通りに続く薄暗い道にボロ切れを被った少女が見えた。
やっぱそれなりにデカイ都市だといるもんだな、などと思う。
それなりの収入を得て、それなりの家に住み、当たり前のように家族と過ごす者たちがいる一方で、何らかの事情で親を亡くしたり、捨てられる子供がいる。
自分も似たようなものだった。
ふと、少女と目が合う。
少女の何かを呟いた気がするが、それより気になる少女の後ろの怪しい男。
いかにもな風体の男は素早く少女に麻袋を被せ、裏の闇に消えていった。
一連を見ていた男は思う。
よくある話だなと。
鬱憤を晴らすためか売り物にするためか、はたまた性のはけ口か。
幼い少女が好きな奴なぞ当然いる。
男もよく知っていることだった。
よく知っていることだったが、どうにもあの少女が気に掛かる。
男は勢いよく駆け出していた。
消えていった姿は直ぐに見つけた。
追ってくる者なんかいないと思っていたのであろう。
人攫いは男の姿を見てギョッとしている。
「どうしたんですかい兄さん、これを買いたいんですかい?」
直ぐに表情を取り繕い、薄笑いを浮かべながら人攫いは言った。
男は気に食わなかった。
何が、と言われても分からないが、とにかく気に食わなかった。
「いや、まぁなんだ。虫の居所ってやつが悪いんだ。」
男はそう言いつつ一気に踏み込み、人攫いをぶん殴り、ついでに袋を掴み取った。
加減もしたし、死にはせんだろうと願いつつ、袋から少女を出してやる。
思ったより幼く、軽い。
「おい嬢ちゃん、痛いとこねぇか?」
男は少女の前にしゃがみ込み上から下まで観察する。
怪我はなさそうだが、こんな状況でも顔色一つ変化がない。
少女は何も答えずに男を見ている。
「怪我やらはなさそうだな。まぁ運が良かったな。」
少女はなにも答えず、じっと男を見ている。
男はそんな視線に怪訝な顔。
「嬢ちゃん?」
少女答えない。
なんだかジリジリと近づいて来ている気がする。
「…」
男は立ち上がって一歩下がる。
少女は同じだけ寄って来る。
「あー、嬢ちゃん、次からは気をつけろよ。じゃ…」
ぐわしっと力強く掴まれ、男の言葉が止まる。
少女、無言。男も言葉が出ない。
やんわりと引き剥がそうとするが、離さない。
手を掴んで離させようとする…思いのほか力が強い。
手を脇に入れ持ち上げてみる…離した。
男はさっと少女を降ろして踵を返す。
ガバッと、飛びつくように服を掴まれる。
「…あー分かった分かったから。置いてったりしない。」
少女はじぃっと見上げてくる。
絶対に離さないと言わんばかりに力がこもっている。
「嬢ちゃん、親はいんのか?」
少女は小さく首を横に振る。
そりゃそうだよな、なんて思う男。
「そうか…とりあえず表通りに出るぞ。」
男は歩き始める。
少女はそんな男の服をギュッと掴んでいる。
「嬢ちゃん、手をな」
「や」
「今喋った?」
首を横に振っている。
今一言言ったろと男は言いながら歩く。
なんだかふんわりした空気。
二人を見つめる空は憎たらしいほど青かった。