「久しぶりだね暴れん坊。元気かい?あたしは今でも最高だよ」
「なんだその馬鹿面。腑抜けになっちまったか?」
二人の老人が近づいてくる。
ブルの背は益々伸びるばかり。
近づいてくる老人達は耳が長く、自然の民であるらしい。
その顔に刻み込まれた皺の深さは長い年月を生きてきたことが伺えるが、しゃんと伸びた姿勢は年齢を感じさせない。
ただ、それだけである。
身に纏う衣服は丈夫そうだが安っぽく、体躯もごく普通。
威圧感のようなものも何も感じない。
どこをどう見ても一般的な老人にしか見えず、何故ブルが畏まるのかが分からない。
ブルの様子を見て、老人達に得体の知れないものを感じたクレアがそっと離れていく。
「黙ったままか?」
「この子やそっちの子はなんだい?娘かい?」
「この子は…娘とか妹みたいなもんだ。そっちはその…ツレだ」
「おじいちゃん、おばあちゃん…だれ?」
他がたじたじになるブルを見て困惑する中、ブルの肩に乗ったウルが物怖じせずに尋ねる。
その声に老人達は揃って見上げ、顔を顰めた。
「ああ全く!図体ばかり大きくなって…首が痛いったらありゃしない」
「全くだな」
「にぃおっきいから。ふふん」
顔を顰めた老人達に対して優越感を得ているウル。
萎縮するブルを見て、とりあえずブルはすごいんだと勝ち誇りたくなったウルであった。
何故か勝ち誇る幼子を微笑ましく見上げる老人達。
老婆の方が口を開く。
「おやおや、可愛らしいねぇ。どれ、よく顔を見せておくれ?」
「うおっ!」
「わっ!」
老婆がそう言った途端、ウルとブルに襲いかかる浮遊感。
ブルは反応が遅れ、ウルを庇うように動くしかできない。
ウルはただただ驚いて目を閉じた。
ほんの一瞬だけの浮遊感の後、少しばかりの衝撃。
ウルが目を開けると、目の前には下にあったはずの老婆の顔。
「…え、あれ?おばあちゃん…おおきくなった…?」
ウルは状況を飲み込めず困惑している。
そんなウルの様子になんとも楽しそうに老婆が話す。
「そうさ、あたしは大きくなれるんだ。すごいだろう?」
「因みに儂もだ」
「おじいちゃんもおっきくなってる…すごい…」
ウルは素直に驚き、目をきらきらとさせた。
大きなため息を吐くブル。
「ウル、下だ下。下見てみろ」
「した?…っ、にぃうまってる!…あれ?うまって…?」
ブルの言葉に下を見るウル。
いつの間にか人一人すっぽり入るような穴が出来ており、その穴にブルは落ちていた。
ウルは埋まっていることに驚いたが、直前に聞いた老人達の言葉を思い出した。
何度か穴と老人達を見るうちに、段々と老人達を見る目が湿り気を帯びていく。
「……おっきくなってない…うそついた…」
「ありゃ、間違えた。相手を小さくできるのさ。」
「ちっちゃくもなってない…おじいちゃんもうそついた」
「なんぞ?最近耳が遠くてな」
「うそついた!」
「んー?いやぁ歳は取りたくないもんだ」
いけしゃあしゃあと嘘を重ねる老婆。
唐突に難聴に陥り、ウルの声が聞こえないふりをする老爺。
どちらもウルのじとっとした目もまるで意に介さない。
ウルが騒ぎ、老人達がのらりくらりと躱しながらからかっていく。
そんな様子に、ブルは薄ぼんやりとしていた昔の記憶が頭に過ぎる。めちゃくちゃに渋い表情であった。
一方、孫に構うのが楽しくてしょうがないような老人達を見ながらルサルナ達は目も口も開けて驚愕していた。
幸いというべきか、その顔は誰にも見られていない。
周囲の人も皆が騒ぐウルと老人達に注目しているために。
何故驚愕しているのか。
それは魔法を発動させるための‘起こり’を一切認識出来なかったことに起因する。
魔法というものは例外を除き誰もが使える技術であるが、当然その練度には差がある。
特に差が出るのは速度だ。
大規模な魔法は、確かな想像力をもってじっくりと魔力を練り集めれば放てるものも多い。
しかしそれを高速で行うとなると途端に規模が弱まったり、精度が甘くなったり、そもそも想像が甘く魔法そのものが放てなくなったりするものだ。
自らに流れる魔力を認識し、それらを集め、起こす事象を想像し、それから解き放つ。
認識は魔法を扱う者全てが意識せずともしているもので、これに時間をかけるものなどいない。
しかし魔力を集める、解き放つといった魔力操作、それから想像するという三つの工程はどうしても時間がかかるもの。
想像をより明確にするために言葉を紡いだり、解き放つ際の引き金として何かしらの動作を行う、というものは大抵の者が行っている。
ルサルナも解き放つ際は杖を掲げる、突き立てるといった動作や、足を踏み鳴らすという動作を行っている。
クレアやアメリアも技名や何かしらの動作を引き金としている。
しかしながら老婆のそれには何一つない。
呼吸をするように、手足を動かすように自然と魔法を放っていた。
そしてルサルナだけが気づいたのだが、魔力の動きも一切感じ取れなかった。
魔法に習熟した者や、ブルなどの勘が鋭い者であれば魔力の動きを感じ取れたりする。
が、ルサルナも気づけず、ブルも反応出来ないほどの高速かつ緻密な魔力操作。
このような芸当が可能な者は過去現在において極僅かであり、その極僅かにルサルナは心当たりがある。
“黄龍”とも呼ばれる、数多い魔法使い最強の存在である。
そして老婆が“黄龍”ならば、老爺は恐らく“麒麟”と呼ばれる実力者だ。
魔法の扱いでは“黄龍”に一歩劣るが、こちらは体術にも秀でた人物である。
因みにこの二人、何年も行方知れずであり、老齢であったために噂では既に亡くなったとされていた。
ルサルナはまさかの幸運に驚きと喜びを噛み締めた。
まさかこんなところで出会えるとは、しかもブルと何やら関係が深そうな様子。
是非魔法についてご教授願いたい、ついでにブルの昔話も。
ついでの割合が多そうだが、どちらも本心である。
ルサルナは未だウルをからかって遊んでいる老人達へ、緊張から震える足を一歩踏み出した。