「さぁさ着いたよ」
通りから外れ、建物も人の往来もほとんどない陰気な雰囲気が蔓延する場所。
ブルが早く紹介しろという圧力に屈しかけ、クレアの服が冷や汗でずぶ濡れになり、ウルのお腹が獲物を寄越せと鳴き始めた頃、一行は老人達の家に着いた。
老婆が指し示す先にあるのは巨大な木の根。
遠目からでも分かるほどに苔生し、蔦が好き放題に這い回っているが、よくよく見ればその間には明かりの漏れる窓がある。
住居というより棲家と言うべき外見だが、どうやら本当に住んでいるらしい。
老人達の歩みに迷いはない。
「…わ、わぁすごい…すごくすごいお家ですね…」
「その、趣きがあるというか…歴史を感じますね…」
家と認識した瞬間絶句したルサルナとアメリアが、己の良心に従い精一杯の賛辞を送った。
あまりにも衝撃的な光景を前にアメリアは語彙力を失い、ルサルナはその明晰な頭脳からなんとか言葉を絞り出していた。
「あれが家だと?」
「ゆうれいやしき…」
こちらは基本的に取り繕わないウルとブルの言葉。
あまりにもあまりな外見にウルの腹の怪物も黙りこくり、ブルもウルを休ませるには不適じゃないかと顔を顰めている。
クレアは黙っているが、老爺の圧力から解放されたばかりでそれどころではないだけである。
「くくっ…文句は中を見てから言いな」
「それにあれは作ってそれほど経ってないぞ」
それぞれの反応を面白そうに受け止めた老人達の言葉。
老人達のからかいにまみれたウルはじとりとした目で見ている。
「黒髪娘、そこの馬小屋にそいつを放り込んでこい。馬車は…隣にでも置いておけ」
「……あれが馬小屋?木の根に空いた穴じゃん。申し訳程度の柵しかないし…」
「何ブツブツ言ってんだ、さっさと行け」
「…はぁい」
「あ、私も行くね」
文句を言えるほどに持ち直したクレアだが、逆らうほどの気力は残っていない。
億劫そうにバサシの首筋を叩くと、賢いバサシは自分から穴へと歩き始めた。
そそくさとそれに付いていくアメリア。
「賢いね…いい馬じゃないか。ほれ、あんたらは先に入りな。入ったら足元をきれいにするんだよ?そこら中に泥をつけられるのは堪らんからね」
「……中は大丈夫なのか?」
「ぴーぴーうるせぇぞ、小僧。さっさと入れ」
「ボロかったら出ていくからな…!」
老爺の言葉に悪態を吐くブル。
さらにその言葉に老婆が返す。
「昔は廃墟で死骸を枕に寝てた小僧が偉そうだね」
「にぃ、ほんと?」
聞く機会がなかったブルの過去にウルの目が煌めく。
うずうずわくわくとしたウルの気配にブルは旗色の悪さを悟った。
「さ、行くぞーウル」
「ねぇほんと?」
「ご馳走楽しみだな、ウル」
「うん!たのしみ!……ねぇほんと?」
すかさず話を変えようと試みたブルだが、残念なことにウルは誤魔化されなかった。
ほんと?ほんと?と無邪気にブルを追い詰めている。
何も言ってこないがルサルナの視線も突き刺さっている。
ブルがウルを相手に珍しく頑なだが、一応理由はある。
このまま過去を掘り返されれば、ウルには伝えたくない過去にぶち当たるのは容易に想像できた。
遅かれ早かれ爺婆から漏れる可能性が高いが、出来れば、出来ればブルは言いたくなかった。
ウルの前では過去現在未来最強の男でいたい。
そんなちょっとした見栄である。
ウルの無邪気な追撃とルサルナの聞きたいと訴えかける視線を流し続け、ブルは扉を開け放った。
カビや泥の臭いとは異なる、新しい木材の匂いがふんわり流れ出る。
扉の先は外見からは想像できないほどに広く明るく、また華美にならない程度に装飾品の置かれた室内。
明るい木の色、ほっとするような木の匂い、優しげながらも暗さを感じさせない明かりと、心安らぐ温かみのある空間が広がっていた。
ウルの表情がぱっと明るくなる。
「ひろい…!いいにおい…!」
「…及第点だな」
「素直に褒めれないの?…それにしても外見とは全く違うわね」
老人達がいたずらに成功したような顔でウルに話しかける。
「どうだい?良いところだろう?」
「びっくりしたか?」
「うん!いいにおいで、すごくひろくて、きれい!」
ぴょんとブルから飛び降りたウルがあっちこっち跳ね回る。
「なにこれ!ふかふか!これも!にぃー!これすごい!」
どうやら見た目だけではないらしく、毛布や座布団までも良い物らしい。
ふかふかふわふわにウルは虜になっている。
そんなウルの様子を見てブルの一言。
「満点だ…非の打ち所がない…」
「手のひら返すの早すぎない…?」
ウルのはしゃぎっぷりに一足飛びにて満点をつける男、ブル。
己のつまらない意地より愛し子の気に入りっぷりを採点基準としたらしい。
結局いつも通りの様子にルサルナは呆れている。
老人達はウルのはしゃぐ様子を眺めながら安楽椅子に座り一息つく様子。
「さぁて…次はご馳走だね」
「おばあちゃんのごちそう!」
「ふふ、作るのはあたしじゃないがね」
「え、じゃあ…おじいちゃんの…?」
露骨に嫌そうな顔で尋ねるウル。
脳裏に過るのは薄荷味。
「嫌そうな顔だな…作るのはうちのお手伝いだ」
「よかった!」
「こらウル、失礼よ?」
「構わん構わん。可愛らしいもんだ」
老爺は笑っている。
また何やら意地悪なことを考えていそうな顔である。
「うわぁ!外と全然違う!クレア!クレアほら!あ、お邪魔します!」
「ふふ…どうぞ、ゆっくりしていきな」
「失礼しますー。ほんとだ、虫はいなさそうで良かった…」
賑やかな場が一層賑やかになる。
はしゃぐウルにアメリアまで加わり勢いはとめどない。
きゃっきゃとはしゃぐウルとアメリア、それに引きずり回されるクレアを大人組は笑みを浮かべながら見守っていた。