老人達の喧嘩に巻き込まれまいと脱兎の如く逃げ出したクレアと抱えられるウルだったが、飛び出して早々に問題に直面した。
問題とは、即ち虫。
老人達の家は勿論、裏手の広場までよく整備されており虫はほとんどいなかったのだが、他の場所はそんなことはない。
足元を駆けずり回る虫達に堪らず小さな悲鳴を漏らしているクレア。
老人達の家に戻ろうにも、下手をすれば二人がかりでけちょんけちょんにされてしまう。
恐らく抵抗も許されないほどに叩きのめされるのはクレアも望むところではない。
既に老爺にはぼこられているのだ。
それと同格か、もしくは格上の可能性もある老婆も同時に相手取ろうと考えるほど、クレアは蛮勇ではない。
ウルを抱えたまま、良い避難場所はないかと周囲を見渡したクレアは、すぐ後ろに立つ良い避難場所を見つけた。
ウルに釣られてついてきたブルである。
思わず飛びつきそうになったクレアだが、なんとか踏み止まり思考を巡らせる。
このまま飛びついたところで、ウルだけが保護され自分ははたき落とされるだろう、と。
そんな訳でぽしょぽしょとウルに耳打ちするクレア。
ウルはくすぐったそうに聞いている。
それからクレアがすっと何かをウルに手渡すと、ウルはなんだか厳かな感じで頷いた。
そしてクレアがぱっと振り返ると、二人して満面の笑みにてブルに飛びかかった。
「お兄さん!」
「
「な…!こいつ、ウルを盾に…!」
最強の鉾には最強の盾を、ということでウルを盾代わりに抱きかかえ突撃するクレア。
ウルはウルで両手を広げて抱っこを強請る構えである。
口に何かを詰め込んだような発音は気の所為か。
飛びかかられるブルはウルを前に抵抗するわけもいかず、棒立ちとなり遊ばれ放題になった。
遊具のようによじ登られ、きゃっきゃとはしゃぐお子様達にため息しか出ない。
もっとも、ため息の理由はそれぞれ異なる。
ウルに対しては可愛さや愛らしさ、尊さのあまり出るため息。
クレアに対してはクソガキに向けるため息である。
クレアはウルと離れた時点で毟り取れば良いと思うだろうが、そうは問屋が卸さない。
賄賂を受けたウルがそうはさせないと、ブルの両手をがっちり掴んでいるのだ。
クレア手から飛びついてきたウルを、ついつい両手で抱き締めたブルの失体だった。
ブルは必然的に、二人の乗り物になるしか道はなかったということである。
からころと口の中で何かを転がすウルをしっかり抱きかかえ、ブルは敗北の重みを甘んじて受け入れた。
ところ変わってルサルナとアメリア。
二人は書き置きを残す僅かな時間の間に、先に飛び出た三人を見失っていた。
いつもなら焦るところではあるが、今日のルサルナにはなんだか余裕が見られる。
「あの、ルナさん?ブルさん探さなくて大丈夫ですか…?」
命からがら逃げてきた割に、機嫌良く鼻歌混じりで歩くルサルナにアメリアが問いかける。
「え?あぁ、今回は大丈夫じゃないかしら。ご老人に会ってから大人しいし」
「それはそうですけど」
「今頃ウルとクレアに振り回されてるんじゃないかしら?私はせっかくだし羽根を伸ばすわ」
「あ、じゃあ買い物でもしてから、甘いものでも食べませんか?」
「いいわね!早速行きましょうか!」
「ですね!とりあえず買うのは虫除けに、香辛料…保存食は暫く大丈夫だから…」
「…あれ?この流れで買い出しとか正気…?」
まるで気にする様子のないルサルナを見て、不思議と安心感を覚えるアメリア。
買い物に甘いものと女の子らしい提案だったのだが、装飾品などにはまるで眼中にないらしい。
困惑するルサルナをよそに、いそいそと必要そうな物を書き出す姿は主婦そのもの。
ルサルナが羽を伸ばせるのはもう少し後になりそうだった。
日はとうに暮れて、街灯がなければ目の前も見えなくなりそうな暗闇の中、ブル達とルサルナ、アメリアは老人の家の前で合流した。
「よぉ…なんか疲れてるじゃねぇか…」
「…あなたも萎びた野菜みたいな顔してるわよ…」
なんだか疲れきったルサルナと、萎びた野菜みたいになってしまったブルである。
結局、ルサルナを引きずり回したアメリアは途中で力尽き、ルサルナの背中ですやすやとお休みしている。
ウルもはしゃいでおねむとなり、つられたのかクレアも眠ってしまっていた。
二人は言葉少なく、扉を開けて中に入る。
やや荒れた室内では、これまた疲れた様子の使用人が掃除をしている。
その奥には机に突っ伏し力尽きている老婆の姿。
裏手に繋がる通路から、老爺と思わしき足だけが見えている。
喧嘩は老婆の辛勝だったらしい。
残念なことに二人には反応するほどの元気はない。
勝手知ったるとばかりに寝台へ向かい、それぞれ背負った子供らを転がした。
クレアとアメリアがウルを挟み込むように寝返りをうっている。
ウルは寝苦しいのかしかめっ面。
保護者二人はようやく一息、といったところで、ルサルナがごそごそと鞄を漁る。
取り出したるは巨木の町の名産品。
という訳ではないが、美味しいと評判の果実酒。
「…飲む?」
「……臭ったりしないか…?」
「これくらいなら大丈夫よ」
多分、という言葉は胸の内にて呟かれている。
子供らの時間は終わり、後は大人の時間である。
夜はもう少しだけ続いていく。