なんかよくある話   作:天和

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素質の話

 

珍しく寝坊しているブルとルサルナに、こっそりこそこそと三つの影が近づいてきている。

 

ウルとクレア、それからアメリアである。

 

三人娘は、いつまでも起きてこない二人を叩き起こせと老人達に厳命されていた。

反発するほどでもないことに三人娘は了承し、お寝坊さんを起こすべく行動しているのだ。

 

しかし、ただ起こすだけというのも面白くない。

日頃からお世話になっている礼に、とびっきりの目覚ましを贈ろうと三人、というよりもクレアがとあることを提案していた。

 

その提案にウルは乗り気で、アメリアは渋ったものの二人に押し負け、さらに雰囲気に流されたのか今は既に乗り乗りである。

 

 

三人が配置につく。

ウルを真ん中に、左右にクレアとアメリアが並び、仲良く手を繋いでいる。

 

互いに顔を見合わせ、それからクレアが抑えめに掛け声を発した。

 

「じゃあいくよー?…せーのっ!」

 

クレアとアメリアがウルを引っ張り、打ち上げる。

絶妙な力加減で成されたそれは、天井すれすれまでウルの体を飛び上がらせていた。

 

重力に引かれ、落下を始めるウル。

その表情は満面の笑み。

 

「とーー!」

「ふぐっ…!」

「はっ!何事!?地震…!?」

 

威勢の良い元気な声とともに落下するウル。

その照準はぶれることなく、見事にブルのお腹に着弾した。 

 

可愛らしいお尻による一撃にブルの体がくの字を描き、それから力なく元の位置へぽてりと戻る。

大きな衝撃に、隣のルサルナも飛び起きている。

 

「…あれ?にぃー?……おきない」

 

ウルはブルが起きないことに首を傾げ、その顔をぺちぺち叩いている。

叩かれているブルはなんだか満足気な顔である。

 

実はこの男、ウルの高高度爆撃をもろともせず、夢の中にいるままウルを堪能していた。

 

恐ろしきはその耐久力と、意識がなくともウルの全てを受け入れる深い愛である。

 

 

クレアとアメリアは手を合わせて、きゃっきゃと笑っている。

ルサルナを飛び起きさせたことで大成功なのだ。

ブルは予想不可能のため反応は考慮していない。

 

ぼさぼさな髪をそのままに、現状を理解出来ていないルサルナは困惑を隠せずにいる。

 

「えぇ…?何なのよ…もぉ…」

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、あんたらに稽古につけるといったね?早速だけど、あんたらにはいくつか“絵”を描いてもらう。ブルは…描いても描かなくてもいいがね」

「絵を描くとは…どうしてですか?」

 

食事を終えた一行に老婆が話しかける。

その言葉に、髪をあちこち跳ねさせたままのルサルナが疑問を口にした。

跳ねた髪の毛はアメリアが現在進行系でせっせと整えている。

 

「そりゃ描き終わった後に教えるさね。まずは描く、話はそれからさ」

 

使用人が手早く必要な物を各人の前に並べていく。

ウルはそれに早速飛びついている。

 

そんなウルを横目で見ながらクレアが手を挙げた。

 

「はいはーい。絵を描けって言ったけど、描くものは自由?何でもいいの?」

「いい質問だね。描くものは頭の中で想像したものか、難しければ記憶の中にあるものを思い出しながら描きな。ただし一つは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を描くように。模写、つまり人や景色を見たままに描くのは駄目だ」

 

 

からん、と軽い物が落ちる音。

 

 

音の方向に目を向ければ、そこには衝撃を受けたような表情で老婆を見つめるウル。

その手に握り締めていたはずの筆は、ころころと床を転がり逃げ出していた。

 

ウルの前にはなにやら格好良さ気な立ち姿のブル。

 

「……何枚描いてもいいから、一枚くらいは見たままを描いてもいいよ…」

 

その言葉に笑顔が戻り、逃げ出した筆をいそいそと捕まえに行くウル。

曾孫ほどの年の差がある子供に、老婆は強く出ることが出来ず折れたのだった。

 

 

 

 

 

「おばあちゃん!かけた!」

 

ウルが老婆向かってぱたぱたと駆け寄る。

勿体ぶるように隠した絵を、どやと言わんばかりに老婆に渡す。

 

「どれどれ…おぉ良く描けてる。ウルは上手だねぇ」

「んふふ、ありがとっ」

 

老婆はそれを見てウルを褒める。

その様子は曾孫に甘い老人そのもの。

 

拙いながらも一生懸命描いたことが伝わる作品である。

ついでに見たままだけでなく、武器も付け加えるなど加点要素が満載だった。

 

だが、残念なことに武器はブルの大好きな金棒ではない。

殴るというより斬ることを主とした武器だったのだ。

 

 

早い話が剣である。金棒は格好悪いのだ。

 

 

ブルは部屋の隅で崩れ落ちている。

ぶつぶつと聞こえてくる金棒を擁護する言葉。

 

老婆は勿論、誰もがあまりの憐れさに目を背けている。

 

「それじゃあ次は見たままじゃなくて、想像したのを描きな?それを描いたらまた好きなのを描くといい」

「うん!」

 

とてとてと上機嫌で歩くウルを見て老婆は思った。

 

無邪気故に何より無慈悲で、残酷だと。

 

 

「出来ました!」

「私も描けました」

 

お次に持ってきたのはルサルナとアメリア。

自信満々できらきらを振りまくアメリアと、やや自信なさ気なルサルナである。

 

「どぅれ、まずはアメリア…ふむ、これは故郷の絵かい?」

「はい!大好きな場所です!」

「ふむふむ…あんたの優しい心が伝わる、良い絵だねぇ…」

 

アメリアが提示した絵は長閑な田園風景だった。

その中に子供らしき二人の姿と、少しばかり腰の曲がった幾人かが描かれている。

 

上手だとは言えないが、どこか懐かしさを覚える優しい絵であった。

老婆の憐れみに重くなった心が癒やされていく。

 

「じゃあ次は記憶にもない、想像したものを描いておくれ。難しいだろうが頑張りな」

「頑張ります!」

 

ふんすと鼻息荒くアメリアが離れる。

 

「さて、ルサルナ。見せておくれ?」

「は、はい…どうぞ」

「これは…ふむ…」

 

老婆の目に映る絵には、圧倒的な自然。

 

空の上から眺めたような視点。

眼下に広がる広大な森に、断崖絶壁を擁する荒れ果てた岩山と、そこから流れ落ちる大きな滝。

 

「…これはどこかで見たものかい?」

「いえ、こんな景色があればいいなと思って…」

「ほう…素晴らしい…」

 

 

絵を描くには大事なものがある。

 

それは色彩や明暗、遠近など数多くの要素があるが、それらは数を熟せばある程度上達していくものである。

 

大事なものは──想像力。

 

自然と鍛えられるものではなく、そのために個々の素質が必要となる要素である。

 

老婆から見てルサルナは高得点であった。

 

「あんたは合格さね」

「あ、ありがとうございます!」

「そうそう、もし待つのが暇なら他にも描くといい」

「はい!」

 

綻ぶような笑顔を見せるルサルナ。

褒められた子供のようである。

跳ねるようにルサルナは戻っていく。

 

その姿をなんとも微笑ましい気持ちで老婆は見送る。

 

「さてさて…あのじゃじゃ馬は何を遊んでいるやら…」

 

視線の先にはクレアがあーでもないこーでもないと唸る姿。

その足元には何枚もの絵が散らばっている。

 

いつまで経っても持ってきそうにない様子に、老婆は重たい腰を上げた。

 

 

「うぅん…もっと絶望的な…救いがない感じを…」

「これはまた…あんたの性格が滲み出てるね…上手だけど…」

 

頭を抱えるクレアの後ろから、老婆は絵を覗き込んでいる。

 

見えたものは異様に完成度の高い絵。

なのだが、描かれているものがなんとも言えない。

 

この世の終わりかのような雰囲気の人々が跪き、天を仰ぐ絵であった。

想像力はともかく、非常に悪趣味な絵である。

 

「ん?お婆ちゃん?まだ未完成なんだけど」

「あぁ…うん、そうかい…」

「あ、これだけじゃあんまり分かんないよね。ちょっと待ってねー」

 

どん引きする老婆を気にもせず、クレアは散らばった絵を拾い集めて並べていく。

並べるごとに、老婆の顔が驚愕に変わっていく。

 

「こ、これは…!」

「じゃーん!超大作!魔王と怪物!…まだ未完成だけど」

 

クレアの絵はそれぞれが繋がるように描かれたものであった。

 

絶望的な雰囲気の人々の絵。

 

大きな虹に座り、何かを見下ろすルサルナらしき姿が描かれた絵。

 

その虹の根本を貪り食らう、ブルと思われる怪物の絵。

もはや金棒とその背にまたがるウル以外にブルの要素はない。

 

他にも虹に座るルサルナの顔を拡大した絵であろうか。

悪辣な笑みで見下ろすような絵もある。

 

恐らく本物はこんな顔をしたことなどあるまい。

ブルはなんとなく納得できるものがあるが。

 

 

複数枚を組み合わせる常識破り。

見慣れた人物を悪役と化け物に仕立て上げる、凄まじい想像力と発想力であった。

 

想像の遥か先へ行くクレアに老婆も言葉を失っている。

 

 

 

 

老婆が何故、わざわざ絵を描かせたのか。

それは想像力や発想力を見るためである。

 

魔法とは、魔力という不可視の力を用いる技術である。

火や水などを生み出し、大地さえも動かすこの技術は、何より想像力や発想力が大事となる。

 

勿論魔力の多少や、魔力を自在に操る能力も必要である。

だが、どれだけ魔力を自在に操れようとも、大火を、洪水を、大地のうねりを想像出来なければ何も生み出すことなど出来はしない。

 

天才、などといった陳腐な表現はしたくないが、これはそういう表現もしたくなる。

 

見て見てと絵を抱いて駆け寄るウルを撫でながら、老婆は楽しげに笑っていた。

 

 

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