「とても…とっても素晴らしい出来ね」
「全く、素晴らしい作品だよなぁ」
とある絵を二人の男女が褒めている。
ただ、その声色は酷く平坦で、感心から出た言葉ではないことがよく分かる。
「可愛らしい子供や綺麗な虹との落差が、より化け物の悍ましさを引き立ててる……虹のかわりにお前の
「ねぇクレア?別に他意はないのだけど…見下される気分はどうかしら?他意はないけど」
「むんむぅぅー!」
「んふふ…びちびちしてる…」
笑顔で青筋を立てる二人の男女、ブルとルサルナ。
二人の前にあるものは超大作である『魔王と怪物』、と簀巻きにされ猿轡まで噛まされたクレア本人である。
抗議するかのようにびちびちと跳ねているクレア。
そんなクレアが面白いのか、ウルがにまにまと眺めている。
「ウルちゃん、心が汚れちゃうからあんまり見ちゃ駄目。あっちで私とお絵かきの続きしようね?」
「んむ!?むぅむ!んむんんむぅ!」
「びちびち…びちびち…」
流石に見かねたのかアメリアがウルを抱えて連れて行く。
助けてと言わんばかりに何かを言って跳ね回るクレアからは目を背けている。
なんとも名残惜しそうなウル。
ふと、ルサルナが良いことを思いついたような顔になる。
絵のような悪辣な顔ではないが、思いついたことは間違いなく悪辣なことである。
「そういえばクレアって泣くほどクモが好きだったわね。大丈夫、私は分かってるわ。あの涙も演技だったってことはね」
青筋さえなければ見惚れるほどの美しい笑みである。
「ん゛っ!?ん゛む゛ぅ゛ぅ゛!!」
「おーおーそんなに好きなのか。なら罰として触れねぇように、簀巻きのまま戯れてもらおうか。残念だなぁクレア」
「む゛む゛ぅ゛ぅ゛!!」
びったんばったんと、ものすごい勢いでクレアが暴れる。
その様子をブルは心底楽しそうな顔で眺め、ルサルナは一瞥してから何処かへ去っていく。
因みに、老婆は簀巻きの次点でやり過ぎだと止めようとしたが、老爺に阻まれていた。
今は家の裏手で絶賛喧嘩中である。
つまり、クレアを助ける者は誰もいない。
「お待たせクレア。あなたが泣くほど好きな子を連れてきたわよ?」
音もなく戻ってきたルサルナの両手の上には、大きな毛玉。
それは暫く丸まったままだったが、やがて蕾が開くように脚を開き──裏返ったまま起き上がれずにうぞうぞと藻掻いている。
クレアの顔から血の気が引いていく。
跳ね暴れていたのが嘘のように、嫌嫌と小さく首を振るだけになるクレア。
満面の笑みでクモを近づけていくルサルナと、同じく満面の笑みでそれを眺めるブル。
「あ、ち、ちょっと!大人しくしないと落ちる…あっ…!」
ある程度両者の距離が近くなったとき、クモがより一層大きく藻掻き始めた。
ルサルナは慌てて落ちないように蜘蛛を抑えたのだが、クモは好機とばかりにルサルナの手に脚を這わせ、するりと手の隙間から抜け出し飛び跳ねた。
大きな体に見合わず、ふわりと軽やかに宙を舞うクモ。
行き先は──クレアの顔。
一つだけ伝えるとすれば、ルサルナは近づけるだけで済ませるつもりだった。
泣くほど苦手なもの押し付けるほど鬼にはなれなかったのだ。
ブルは違うが。
「あっ」
「む゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!?!!?」
思わず漏れたルサルナの声を掻き消すように、大きなくぐもった悲鳴が家中に響き渡った。
「すん…すん…」
「よしよし、もういないからねー大丈夫だよー…ふふっ、かぁいいなぁ…」
子鹿のように震えるクレアをアメリアが優しくあやしている。
姉のような、母のような対応なのだが、恍惚とした表情と漏れ出る呟きのためになんだか怪しげな様子。
無垢で素直だった田舎村の少女は、綺麗な花を咲かせようとしていた。
何の花かは知るべきではないだろう。
ルサルナは泣かした手前、下手に声をかけられず遠巻きに見ている。
混沌とした空気の中、疲れた様子の老婆が口を開く。
「さて、色々あったけど本題に戻ろうじゃないか。あんたらもそのままでいいから聞いときな」
老婆にウルがちょこちょこと駆け寄り、居住まい正す。
準備万端ときらきらした目を向けている。
老婆がにこりと笑って褒め言葉の代わりとし、続きを話していく。
「…まず絵を描いてもらったのは、想像力や発想力を見るためさ」
「俺は描いてねぇけどな」
「黙らっしゃい。茶々入れるようなら叩きのめすよ」
「うす…」
要らぬ口を挟んだブルが一瞬で黙らされる。
ルサルナもたしなめるような視線を送っている。
「他にも方法があるだろうけど…あたしの趣味さ。楽しかっただろう?」
ぶんぶんと何度も首を振るウル。
一番多く描き上げ楽しんでいた幼子である。
描いた絵はブルが全て保管している。
「で、何故想像力や発想力を見るのかというと、魔法を扱う上で一番重要だと考えているからさ。新しいものを思いつく発想力、それらを具体的に思い描く想像力。それらをなくして魔法のさらなる発展は有り得ない」
「新しい…さらなる発展…」
真面目に話を聞くルサルナの隣で、ブルがなにやらうんうんと頷いている。
その通りと言わんばかりの頷きだが、正直よく分かってはいない。
「火を灯す、水や氷を生み出す、風や雷を身から放つ、大地を操る…偉大な先人が自然から見出した技さ。ルサルナ、あんたらが自然の民と呼ばれる所以さね」
「そうだったんですね…」
「俺は知らねぇけどお前は知っとけよ。ご先祖じゃねぇか。なぁウル?」
「よくわかんないけど、たぶんそう」
ルサルナの反応にブルが茶々を入れ、ついでとばかりにウルを構う。
小難しい話で頭がいっぱいのウルはあまり考えずに頷いた。
真似っ子ウルである。
ごん、と鈍い音。
ルサルナの一撃がブル頭を強かに打ち据えた音である。
「知らなくて悪かったわね…!」
「次、茶々いれたらあたしもやるよ」
「あわわ…」
二人から発される怒気と沈黙したブルを見て、ウルは口元をあわあわさせながら姿勢を正した。
よく分からずに頷くことは良くないこと。
ウルはまた一つ賢くなった。
「馬鹿のせいで話が止まっちまったね。つまりあたしらが扱う魔法のほとんどは、先人が編み出したものにあやかっているにすぎない。敷かれた道をさらに踏み固めたところで、新たな道なんて出来やしないのさ」
老婆の目がクレアに向けられる。
「その点、そこの泣き虫は柔らかな良い頭を持ってる。風という、見えないものを刃にして放つ……どんなことを考えたら風をそんなふうに思えるのやら」
「…大した威力じゃないけどね」
ようやく泣き止んだクレアがぼやいている。
自慢の魔法だったのだが、ここのところ牽制にしか使えていないのだ。
「そりゃ練度が甘いだけさね。確固たる像を心の中で思い描いて、しっかりと魔力を練り込めればもっと良くなる。くくっ…扱きかいがあるねぇ…」
よし、とでも言うように、老婆が一つ手を叩く。
「今どれくらいのことが出来るのか、次はそれを見ることにしよう。さぁひよっこ共、裏手に出な」